ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
「…どうして、こんな事をしたの?」
いろはは静かに問うた。
怒りよりも、悲しみよりも、その疑問が一番強かったからこその問い掛けだった。
「私達はあなたに何もしていないのに…」
「…惚けるなよ環いろは。アンタだって薄々気付いているんだろ?」
秕は笑みを吹き消し、いろはに視線を向ける。
「咲だよ。アンタらがアイツと仲良くしなければ、今ここであたしがこうする理由も無かった」
最も、ユニオンが邪魔だったのは事実だし、いつかはこうしていたかもしれないけどね―そう言って、秕はクックッと喉を鳴らして笑った。
「たったそれだけの事で、こんな事を…」
「アンタ、自分勝手過ぎない?」
ももこが理解出来ないという風に首を振り、レナが秕の言葉に噛み付く。
秕は余裕の表情のまま、それを受け流した。
「アンタらには分からないだろうよ。咲がどれだけ身勝手なのか…アイツは友達だったあたしを裏切ったんだ。そんなヤツ、死んで当然だろ?」
「…分からないよ。たとえそれで裏切られたとしても、それが咲ちゃんを狙う理由にはならないよ!」
鶴乃が叫ぶ。その横ではフェリシアが犬歯を剥き出しにして秕を睨んでいる。
ういとかえでが悪意に晒されたかのように萎縮し、それをさなといろはが庇っていた。
「あたしにはなるんだよ…っていっても、正義の味方様には分からないか。正しさに支配されて頭に蛆が湧いているような連中には、あたしの考えは通用しないだろうよ」
秕は笑顔で侮蔑の言葉を吐き出す。
「だからもういいよ。大人しく死んでくれ」
「本当に身勝手なヤツだな…」
「こちらの話を聞きそうにもないわね…」
ももことやちよが呆れたようにため息をつき、それからいつでも飛び出せる様に身構えた。
「…ねぇ、本当に、分かり合えないの?」
「ゴチャゴチャうるさいヤツだな。いいか?あたしはあたしが正しいと思っている事をしているんだ。あたしが間違えと思っている事は正すだけなんだよ」
いろはの言葉を生温いと感じたのか、秕は冷たい表情でそれを否定し始めた。
「分かり合えるなんて有り得ない。互いの主張をぶつけ合って、分からせるしかないんだよ。そんな事、幼稚園児でも知っているのに」
バカなヤツだ―秕はそう言って、いろはを嘲笑った。
「…ッ、そんなの…」
いろはは唇を噛む。このまま争いにもつれ込んでしまう事が、堪らなく悔しかった。
震えるその肩に、やちよが手を置く。
「やちよさん…」
「悔しいけど、彼女の言う通りよ。私達と彼女では思想が全く異なる。だとしたら、争うしかない…」
マギウスの時だって、そうだった。
思想が違って、争った。
誰かが幸せになれば誰かが傷付く。
全員が幸せになる方法なんて無いし、そんな世界は夢物語に過ぎない。
それが分かっていても、いろははそれを受け入れる事が出来なかった。
「………」
いろはは俯く。その様子を見て、秕が呆れた様に言った。
「…本当にバカなヤツだな。咲と同じ、正しさに取り憑かれた大馬鹿者だよアンタは。どの道あたしはもう戻れないってのに」
アンタ、黒羽根を見て何も気付かなかったのか―そう秕は問うた。
「アンタの固有魔法で従わせているんでしょ?」
「そう、
「…え?」
レナが目を見開く。それを面白そうに眺めながら、秕は続けた。
「生きてるヤツもいるが、中には死体を操っているヤツもいる。殺して、それから操ってるんだよ」
「そんな…」
ういがちいさく悲鳴をあげた。
…これは神浜以外にもいえる事ではあるのだが、少女が死んだくらいではニュースにならない。魔法少女が存在している世界故、少女の失踪事件というのは昔から多く、数人が消えたくらいでは大規模なニュースにはならないのだ。
「あたしは人殺しだ。魔女じゃない、本物の人間を殺している。この時点でもう赦されるべきではないだろ?」
秕は口角を吊り上げ、「丁度いい。もうひとつ、争う理由を作ってやるよ」と愉快そうな声で言った。
「…来な、あたしの
秕が右手を掲げる。
その甲には、魔女の口づけが浮かんでいた。
―瞬間、辺りの景色が変化する。
夜の公園から、壊れた音楽室へと…。
「魔女を呼び出した?」
「魔女の支配も出来るのかよ!」
さなとフェリシアが声を上げる。
だが、驚きはそれで終わらなかった。
突如、何者かの魔力反応を感じたいろはは振り返る。
そこに立っていたのは…。
「…咲ちゃん?」
いつの間にか、琴音咲がいろは達の後ろに立っていた。
俯いており、表情は見えない。服装は青いパーカーにスカートというもので、魔法少女の服装では無かった。
「咲ちゃん、どうしてここに…」
ももこが怪訝そうに呟く。咲は魔法少女だし、居てもおかしくは無いのだが…何故か違和感を感じた。
それに、眼前の咲からはいつもの優しい雰囲気は感じない。纏う空気は何処までも空虚で、生気を失っている様だった。
戸惑っているうちに、咲がいろはの方へと歩いてくる。
いろはは何故か厭な予感を感じて後ずさろうとした。然し、それより一瞬早く咲がいろはに手を伸ばし…強い力で、その首を締め上げた。
「あ…ぐ…っ」
「いろは!」
「いろはちゃん!」
やちよと鶴乃が咲を引き剥がそうとするが、ビクともしない。
いろははそのまま押し倒され、地面に強く頭をぶつけた。
「咲、ちゃ…」
声が出ない。
意識を保つのが精一杯だ。
眼前に咲の顔が見えた。
傷だらけで、眼球が無い顔…そこで初めて黒羽根に襲われた時に見た光景を思い出し、いろはは掠れた悲鳴をあげた。
「琴音さんに何をしたの!?」
やちよが秕に詰め寄り、槍を突きつける。
秕は動じず、肩を竦めた。
「さあ?ちょっと痛め付けたら魔女になっただけだし」
「魔女に…?」
「そういやアンタらは知らなかったか」
秕が指を鳴らすと、その背後から魔女が現れた。
譜面で構成されたヒトガタに、醜悪なティンパニ…その魔女からは、覚えがある魔力反応を感じた。
「まさか…」
「あれが…」
全員が驚き、絶句した。
秕はそれを愉快そうに眺めながら言った。
「…ソイツは、もう死んでるよ」
「………!」
「早くその魔女を殺しな。じゃないと、アンタらが死ぬ事になるぞ?」
秕は咲の魔女を従え、再びニヤリと笑う。
そして左手を突き出し、何かを呟いた。
その左手にも魔女の口づけが浮かんでいるのを、いろはは目撃した。
秕は「…これで保険は掛けた」と呟いた後、ダガーを取り出し、宣言する様に言った。
「…さあ、始めようか」
*
―同時刻、子喰いの魔女結界
どういう事だよと夏々子は叫んだ。
それと同時に地面が大きく揺れ、バランスを崩してしまう。
その隙を狙って魔女が夏々子に襲いかかったが、霜華がその側面からバイクで突っ込み、攻撃を逸らした。
「助かった」
「早く立って」
素っ気なく言うと、霜華は拳銃を取り出し、発砲して魔女の気を引いた。
魔女が霜華に気を取られている隙に後ろから美雪が接近し、魔力弾を撃ち込む。
やっとの事で立ち上がった夏々子も攻撃に加わり、三方向からの攻撃を受けた魔女は苦しそうに叫んだ。
戦闘開始から大分経ち、使い魔を一掃してからは魔女に攻撃しているのだが、中々倒れる気配が無い。魔力もどんどん減っていっているし、このままではこちらが劣勢になるだろう。
加えて、先程からひっきりなしに地面が揺れている。そのせいでバランスを崩して危ない状況に陥った事も何度があった。
「なんでこんなに揺れるんだ!」
バランスを崩さないように踏ん張りつつ、夏々子が声を張り上げる。
「…多分、移動してるからだと思う」
霜華がバイクをぶん回し、魔女の躰をへこませながらそれに答えた。
「移動…って、結界ごと移動してるのか!」
今まで戦ってきた魔女は戦闘中に移動するなんて事はしなかった。然し美雪が言うには、何らかの要因で移動する事もあるという。
「もしかしたら、魔女の体力が尽きてきたのかもしれないね」
美雪が魔女の牙を躱し、口内に魔力弾を撃ち込みながら言う。
だが、夏々子は少し考えた後それを否定した。
「いや…多分、違うと思う」
「どうして?」
「体力が無いにしては動きが鈍くならないし、そもそもコイツは秕が支配している魔女だ。もしかしたら、アイツが呼び寄せたのかもしれない」
「…だとすると、行先は…」
「ああ、恐らく神浜市だ」
早く倒さないと大変な事になるかもしれない…そう思った夏々子は水晶を槍の形に変え、魔女の口内目掛けて投げ付けようとした。
だが、凄まじい揺れによりバランスを崩した事でズレが生じ、槍は魔女の躰に小さな傷を付けただけとなった。
全く、忌々しい―夏々子はそうぼやきながら、ちいさく舌打ちをした。
戦闘はまだまだ終わりそうにない。
琴音咲の魔女化によって終わりを迎えた筈の物語。
だが、彼女に関わった者の物語は、まだ終わっていなかった。
子喰いの魔女と戦う生方夏々子達。
魔女を従え、神浜に現れた吹綿秕。
そして、秕の暴走を止めようとする環いろは達。
…物語の後始末とも言うべき最終章が、幕を開けようとしていた。
これで3章はおしまいとなります。
構想時から大分展開が変わりましたが、何とか続ける事が出来ています。それでも駄文である事は変わりないですが…。
次回から最終章となります。といっても長く続けるつもりは無く、5話程度で終わるかな…という感じです。
それでは、次回以降もよろしくお願いします。