ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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最終章「ある少女の物語」
支配遊戯


凡ての創口を癒合するものは時日である。

――――夏目漱石

 

 

 かつて、ひとりの少女がいた。

 少女は平凡だけど幸せな人生を送っていて、それがずっと続く事を疑わなかった。

 だが、少女がもうひとりの少女と出会った事によって、何かが壊れ始めた。

 少女は理不尽に呑み込まれ、その果てに絶望を振り撒く怪物へと姿を変えた。

 目前に見えていた光を掴もうとしたけれど、自らが産んだ闇に呑み込まれて消えてしまったのだ。

 少女の物語は終わり、この物語もそこで終わる…筈だった。

 だが、少女に関わった者や、もうひとりの少女にとってはまだ何も終わっていなかった。

 それはつまり、物語がきれいに終わったとは言い切れないことを意味する。

 故に―後始末が必要だ。

 後腐れなく、綺麗に終わらせる為の最終章が、必要だった。

 これから展開されるお話は、そんな「後始末」のお話だ。

 琴音咲の…あるいは吹綿秕の物語の、後始末。

 

 “ある少女の物語”の終わりを飾る、物語。

 

 

 琴音咲が変化した魔女…ティンパニの魔女の結界内で、環いろは達と吹綿秕の戦闘が始まった。

 魔女は秕によって掌握されているらしく、動く様子は無かった。その代わり、小さな目玉が無数に連なった音符に無数の足が付いた様な見た目の使い魔が次々に襲いかかっできた。

 数は多いが、所詮は使い魔だ。やちよやももこ、鶴乃が次々と撃破していく。

 神浜市の魔法少女は他の街の魔法少女よりも強い。調整屋―八雲みたまの調整を受けているし、そもそも神浜の魔女が他の街の個体より強いので、それと比例して魔法少女も強くなっているのだった。

 咲も調整を受けた身だし、神浜の魔女とある程度は張り合えるくらいの実力はある。故に、咲が転化した魔女や使い魔も強いのではないか…やちよ達はそう思ったが、その考えに反し、使い魔は一撃で倒せる程に弱かった。

 とはいえ数が多い。何処からともなく湧いてきて、襲いかかっては撃破される…その繰り返しだ。おかげでやちよ達は魔女や秕の元へ辿り着く事すら出来ていなかった。

 一方、環いろはは琴音咲の死体に首を絞められ、何とか意識を保っているといった状態だった。死体なので痛覚が無く、異様にタフだったし、おまけに魔法少女の死体となればそのスペックは一般人の比では無い。咲はいろはに伸し掛る形になっているので何とか矢を放てば押しのけられそうだが、短い時間とはいえ一緒に過ごした友達をそう簡単に傷付けられる訳も無かった。死体であると分かっていても、いろはには出来ない事だった。

 だが、このままの状態を維持するのも限界だ。決断する必要があった。

 咲を殺すか、咲に殺されるかを―。

 危機的状況で脳細胞が活性化したのか、いろはにはある考えが浮かんでいた。

 秕の魔法で操られていて、しかも死体。攻撃を加えても動じず、異常な耐久力を誇る。仮令(たとえ)心臓を砕かれたとしても、躰は動き続けるだろう。

 だが…頭を切り離したらどうなる?

 人体である以上、ある程度の命令は脳から出ているはず。いろははゾンビ映画が好きという訳では無いが、昔見たゾンビ映画に出てきたゾンビは頭部にダメージを受けたら動けなくなっていた。それと理屈は同じ筈だ。

 と、そこでもうひとつの疑問が湧き上がった。

(吹綿さんの固有魔法は“精神汚染”の筈…なのにどうして、咲ちゃんは動けているんだろう)

 咲のソウルジェムはグリーフシードに転化した為、今の咲は魂が無い抜け殻のようなものだ。魂と精神を結び付けていいのかは分からないが、少なくとも今の咲には精神というものは存在しない筈。故に、秕が咲を操れているのはおかしいという事になる。

 だが、魔法が強化されたと考えればその限りでは無い。魔法を使っていくうちに、精神汚染から支配の魔法へと変わっていったのかもしれない。或いは、秕が精神汚染と誤認していた可能性もある。

 (いず)れにせよ、今はこの状況を何とかしないといけない。

 死体と(いえど)も、傷付けるのは赦されない事だ。友人によって齎される死を受け入れるのも、ひとつの選択肢であるといえるだろう。 

 だが、いろはには死ねない理由があった。自分の理想を達成するまでは、終わる訳にはいかないのだ。

 それに…魔女となり、操られた咲を解放してあげたいという想いもあった。その為には、傷付ける覚悟を決めないといけない。

 意を決して、咲の腹部を蹴り上げる。僅かに拘束が緩んだが、それでもまだ強い力で首を締め付けてくる。

 だけど、いろはにはそれで十分だった。

 一瞬だけ、意識を強く保つ事が出来れば―!

(…ごめん、咲ちゃん!)

 クロスボウを構え、魔力の矢を精製。

 そして―咲の頭目掛けて、光の矢を射た。

 矢は真っ直ぐ飛んでいき…ぽっかりと空いた咲の右目を貫いた。

 血と脳漿が飛び散る。拘束が完全に緩み、咲の躰は力無く崩れ落ちた。

 暫くの間、ヒクヒクと手足が痙攣していたが、軈てそれも収まり、咲は完全に動かなくなった。

 いろはは唇を噛み、肩を震わせる。

「…っ」

 それを見ていた秕がクックッと喉を鳴らし、それから大笑いを始めた。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!どうだい環いろは、咲を殺した気分は!最高だろ!?」

 秕は腹を抑えながら爆笑していた。その狂気的な笑みに、全員が不愉快なものを覚える。

「…コイツ、マジでヤベーぞ…」

「狂ってる…」

 フェリシアが顔を引き攣らせ、さなが怯えた様に躰を縮こませる。

 秕はひとしきり笑ってから、目元に浮かんだ涙を拭い、

「…ああ、そうだ。もっといい事を思いついたよ」

 ニヤリと笑みを浮かべた。

 瞬間、更に多くの使い魔が現れ、いろは達に襲いかかって来た。そんなに広いという訳でも無い結界は使い魔でいっぱいだ。

「ゴキブリじゃないんだから!」

「さ、流石に気持ち悪いよぉ…」

「言ってる場合か!とりあえず何とかしないと…!」

 全員が使い魔の波に呑み込まれ、必死に抗っていた。幾ら強くないとはいえ、たくさんいると厄介でしかない。

 フェリシアがハンマーを振り回し、かえでが植物のドームを作って襲撃を防ぎ、鶴乃が炎と共に舞う。ももこが大剣で薙ぎ払い、やちよが水の魔法とハルバードで巧みな攻撃を仕掛け、さなが盾から刃を出して使い魔を切り刻む。ういといろはは皆のサポートに回り、何とか持ち堪えているといった様子だった。

 それを愉快そうに見ていた秕は、状況が激しくなってくるのを見ると行動を起こした。

 荒々しくハンマーを振り回すフェリシアに接近し、その無防備な背中にダガーを突き刺す。フェリシアは使い魔の処理に夢中で、最後まで秕に気付かなかった。

「いっ…コノヤロー!」

 フェリシアは痛みと共に状況を悟り、秕に向かってハンマーを振り下ろしたが…それが秕の頭を打ち砕く事は無かった。

「なんで攻撃出来ねぇんだよ!」

 苛立たしげに攻撃を仕掛けるが、何れも秕の鼻先で止まってしまう。

「無駄だよ。アンタはあたしの下僕になったんだから」

 秕はフェリシアを嘲笑い、使い魔の波の中へと姿を消す。

 フェリシアは使い魔を攻撃しようとしたが矢張り寸止めに終わり、彼女の躰は使い魔の波に呑み込まれていった。

 

 その後も、秕は使い魔の波に紛れながら攻撃を繰り返した。予めターゲットを絞り込んでいたし、少し傷を付ければ魔法が発動する為、気付かれない様に行うのは余裕だった。

 長い時間が経過し、使い魔が全て一掃される。

 だが、そこでいろはが見たものは…

 

「なんだ…なんだよこれ!」

「躰が、動かない…!」

「しくった…クソっ!周りにもっと気を配っておけば…!」

「お、お姉ちゃん…!」

 

 フェリシア、さな、ももこ、ういが秕に支配され、いろは達に襲いかかってくるという…悪夢の様な光景だった。

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