ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
「…どうだい?仲間に襲われる気分は」
秕がニヤニヤと笑いながら誰にともなく訊く。
だが、それに答えるものはひとりもいなかった。…皆、この事態に混乱していたからだ。
「クソっ!レナ、かえで!全力でアタシに攻撃しろ!じゃないと…止まらない…っ!」
「そんな事出来るわけないでしょ!」
「わ、わあっ!ももこちゃん、やめて!」
レナとかえでに、ももこが得物を振り下ろす。ふたりは転がりながら回避するが、ももこに攻撃できる訳もなく…どんどん追い詰められていった。
「フェリシア!そんな事したら死んじゃうよぉっ!」
「だ、だって!カラダが勝手に動くんだよ!」
半泣きになったフェリシアがハンマーを振り回す。それは正確に鶴乃の胴を捉え、鶴乃は苦悶の表情を浮かべながら吹っ飛ばされた。
「やちよさん!わ、私を…殺してください!」
「そんな事、出来る訳…ッ!」
さなの大盾が開き、トゲ付きの鉄球やら鎌状の刃やらが飛び出してくる。
それらを躱しながら、やちよはさなを元に戻す方法を模索したが…解決策は見つからない。
そのうちにやちよの頬を鎌が掠めていき、白い肌を鮮血が汚した。
やちよは苦悩の表情を浮かべながら、さなの攻撃を回避し続ける事しか出来なかった。
「うい!」
「お姉ちゃん、助け…いや、わたしを殺してぇっ!」
ういの凧がいろはを取り囲み、一気に魔力を噴出する。
轟音と共に、ビーム状の魔力に躰を焼き尽くされたいろはは悲鳴を上げ、それでもういを攻撃する事は無かった。
ういは泣きながら、いろはに攻撃を加え続けた。
不和と絶望に満ちた音楽室の中で、秕は嗤っていた。
仲間や家族同士で殺し合う様子はとても滑稽で、喜劇じみている。今まで積み上げてきた信頼や友情や絆…そういった下らないものが自分の手で壊されている事に、堪らない程の愉悦を感じた。
そうだ…。
自分だって、咲に裏切られたのだ。
仲間とか友達とか、そういう下らないものの所為で、自分は傷付いた。
ならば、他のヤツらもそういった気持ちを味わえばいいのだ。
そうすれば、理解する筈だ。
秕が正しく、咲が間違っていた事を…。
目の前の惨状を愉快そうに眺めていた秕は、フェリシアのソウルジェムに目を留める。
本来ならば美しい紫色に輝いている筈のそれは、穢れを溜め込み真っ黒になっていた。
魔女化したら下僕にしてやろうと思ったが、ここが神浜である事を思い出してその考えを投げ捨てる。
少し残念な気もしたが…他の連中のソウルジェムも確認すると、その口元に笑みが浮かんだ。
神浜のドッペルシステムはマギウスの翼に居た時に見た事があったが、至近距離で見るのは初めてだった。
それに…いろは達が圧倒的な力で蹂躙されるのを見るのも、面白いかもしれない。
後ろに居る魔女を見る。魔女は全く動かず、感情すらも見せずに秕に従っていた。
まだ、コイツを投入する時ではないだろう―そう判断した。
秕は魔女を従えながら、自らが望む瞬間が来るのを待ち続けた。
*
長い時間が経過したが、いろは達は操られた仲間に全く攻撃出来ていなかった。
ただ只管に攻撃を回避する事しか出来ない。黒羽根が襲撃してきてからはずっと周りを警戒していたし、連戦で疲労していた事もあり、いつしかいろは達の動きは鈍くなっていった。
何度目かになる激痛に、いろはは呻き声を上げる。躰が言う事を聞かず、ういの攻撃を避ける事も難しくなっていた。
ういは泣き腫らした目をしながらいろはに攻撃していたが…心無しか、その動きも鈍くなっている様に感じた。
秕の魔法が弱まっているのだろうか。確か、精神汚染の魔法は時間経過で元に戻るはず。込めた魔力によってその時間は変化するが、魔法が解けかけているのならば幸運だといえるだろう。
その時、ういのソウルジェムが視界に映りこんだ。それで、いろはは自分の考えが間違っている事を悟った。
ういのソウルジェムは穢れを溜め込み真っ黒だった。恐らく、秕の魔法が体力を消費させ、穢れの吸収を早めているのだろう。
このままだと、ドッペルを放出する事になる。ドッペルを発動する際にはソウルジェムの穢れを使う為、魔女にはならない。それは安心出来る事ではあったが…ドッペルは意識して制御しないと暴発する事もあるし、使い過ぎると身体に障害が出る。あまり、使って欲しくはない…というのが本音だった。
だが、今はそんな事を言っている場合では無い。ドッペルが出たら対応出来なくなる可能性だってあるのだ。
そう思った時には…既に遅かった。
「あ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
絶叫と共に、ういのドッペルが放出される。
見ると、操られていた者は全員ドッペルを出していた。さなが、フェリシアが、ももこが…将来そうなるであろう姿の欠片を放出し、制御出来ずにいろは達に襲い掛かる。
地響きと衝撃、何かが叩き潰される音。
そこで…いろはの記憶は断裂した。
*
ゴミの様に床に転がったいろは達を見て、秕は嘲笑う様に顔を歪めた。
矢張りというべきか、ドッペルは強力だった。感情を剥き出しにし、魂を傷付けてまで放出された化け物は禍々しく、同時に美しくもあった。
ただ、相当に体力を消費したらしい。操られている者は疲労に顔を歪めていた。使い物にならなくなるのも時間の問題だろうし、そもそも魔法がもうすぐで解けてしまう。
そうなる前に、処分するとしよう。
秕は全員に聞こえるような声で言った。
「ソウルジェムを砕いて、自害しろ」
「な…!」
その言葉に、全員が目を見開く。
意識は残してある。だからこそ…その絶望は深いだろう。
「う、うあああ…」
「なんで…こんな…事…」
「くっ…ちくしょう…!」
「いや…いやあああっ!」
操られた者達が、ゆっくりとソウルジェムに手を伸ばす。
所詮宝石だ。魔力を込めれば素手でも破壊出来る。
「嘘でしょ…!」
「やめてよぉっ!」
火事場の馬鹿力といったところか。青髪の魔法少女と扇を持った魔法少女が身を起こし、操られた者達を制止しようとする。
面倒くさいなと呟きながら、秕はふたりを止めにかかった。元々体力に差があるし、引き剥がすのは余裕だった。
下腹部に魔力を込めた蹴りを入れてやると扇の魔法少女は悶絶し、動きが止まる。その隙を逃さずにダガーを取り出し、魔力を込めずに先程蹴りを入れた場所に突き刺した。
血が噴き出し、扇の魔法少女は顔を歪める。荒々しく蹴り飛ばすと彼女の躰はゴム毬の様に吹っ飛んでいった。
背後から青髪の魔法少女が襲いかかって来る。だが、ダメージの所為か動きが鈍かった。
振り向きざまに脇腹に蹴りを入れ、突き出された槍を首を傾げて回避。片方の手が自由だったので耳を平手で打ち、隙が出来た所へ腹部にダガーを突き刺し、思いっ切り蹴り飛ばした。
血の線を作りながら青髪の魔法少女が地面を転がる。これで済んだと思いきや、秕の脚に何かが突き刺さり、痛みが生じた。
「…っ、環いろは…」
「早く、やめさせるように言ってください!こんな事したって、意味は無いのに…」
「アンタらに無くてもあたしにはあるんだよ。もういいや、咲!そこのゴミを掃除しちまいな!」
秕は今まで動かなかった魔女に叫ぶ。
その声で、魔女が動いた。譜面で構成されたヒトガタが手に持っていたマレットを振り上げ、ティンパニに叩きつける。
だが―音は出なかった。その代わり、確かな振動と衝撃により、結界内に居た全員が吹っ飛ばされる。秕にとって不幸だったのは、その衝撃で操られていた者達がソウルジェムから手を離した事だった。
「あたしまで吹っ飛ばすとは…役に立たないヤツめ。おい!とっととソウルジェム砕いて自害しな!」
秕は手直にいたさなに怒鳴る。
然し、さなは動かなかった。それどころか、倒れたいろはの元に駆け寄り、助け起こしていた…明らかに、秕の思惑とは異なった行動だった。
「どういう事だ…」
秕が戸惑った様に呟く。魔法はまだ持続している筈だったが、他のヤツらも自由になっている様だった。
「…あ」
そこで、いろはが何かに気付いた様に声を上げた。それと同時に、秕もひとつの考えに思い至り、魔女の方を見る。
(まさか…咲がやったのか?)
咲は生前、鎮静の魔法を使っていた。秕は知らない事ではあるが、その魔法を用いて秕が夏々子と霜華にかけた魔法を解除した事もあった。
咲の魔法については夏々子から聞いていたが、まさか魔女化してからも効力を発揮するとは…。
魔女は確実に操っていた筈なので、これは意図せずして起こった事といえる。視界の隅でいろは達が体勢を整え直すのを捉えて、秕の胸に苛立ちが込み上げた。
「筋書きに無い事をするなよ…咲…!」
アンタは、どうしてあたしを邪魔するんだ…!
秕は憎しみを込めた目で魔女を見る。
魔女は秕など意に介さず、ただそこに鎮座していた。