ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
…思えば、あたしは咲に裏切られた記憶しかない。
友達になった時も絶縁した時も…アイツはあたしの期待を裏切り、あたしを見捨てた。
だから、絶対に許さないと決めた。その顔が絶望に染まり、惨めに死ぬまでは憎み続けると決めた。
そして…アイツは魔女化して、あたしの下僕になった。その筈だった。
なのに…咲は…!
「なんでアンタは、あたしを裏切るんだ!いつもいつも、あたしを失望させるんだ!」
秕は魔女に怒鳴る。無論、魔女が返事をする訳もない。だが、怒鳴らずにはいられなかった。
「アンタのせいで、あたしの人生はめちゃくちゃだ!アンタさえいなければあたしはもっと楽に生きられた!どうしてあたしの前に現れたんだよ!どうしてあたしと友達になったんだよ!どうして……あたしを裏切ったんだよ…!」
声が掠れる。いつもの自分からは考えられない行為だ。それは自覚していた。
だが、荒れ狂う感情を抑えられない。駄々っ子の様だと何処かで呆れつつも、秕は魔女に対して自分の想いをぶちまけた。
「アンタとなんか…出会わなければよかった。消えてくれよ、今すぐあたしの前から記憶から消えてくれ!とっとと死んでくれ!」
咲が憎い…その感情は以前から抱いている。ここにきてそれが爆発しただけの事だ。
実際に咲と対峙した時にもここまで大きな感情を抱く事は無かった。
自分の計画が狂った事が引き金になり、感情が爆発したのだろう…荒れ狂いながらも、秕の中の冷静な部分はそう自己分析をしていた。
だが、分析しただけだ。この状態になると、もう制御はきかない。
秕はダガーを固く握り締め、魔女に近付いた。
思い切り、魔女の躰にダガーを突き刺す。魔力は込めていない。ただ、この魔女を傷付けたいという一心で得物を振るっていた。
魔女は動かない。精神汚染の魔法は掛けているので動けないという可能性もあるが、鎮静の魔法が使えるなら自力で解除する事も可能だろう。
―或いは、この魔女は元からこういう気質なのかもしれない。魔女が魔法少女だった頃の意識を持っている訳は無いのだが、鎮静の魔法(らしきもの)を使っていたあたり、咲の性質はそれなりに残っているのかもしれない。
…まあ、そんなのはどうでもいい事だ。秕は只管にダガーを振るい、魔女はそれをただ受けるだけ。魔法少女としては間違っていない姿なのだが、この魔女は秕の味方だったという事を踏まえて見てみると異様な光景ではある。
実際、いろは達は困惑しているようだった。先刻まで自信満々だった秕がいきなりキレ始め、味方である魔女に攻撃を加えているのだから妥当な反応だといえるだろう。
攻撃されているのは咲の魔女ではあるが、それは咲とは呼べない、ただのバケモノだ。だから…という訳でも無いが、いろは達は傍観している事しか出来なかった。
*
長い様で短い時間が経過した。
秕は狂った様に叫びながら、尚も魔女を攻撃している。いつの間にか、彼女の眼には涙が浮かんでいた。
魔女は全く動かない。だが、ダメージは蓄積されていっている様で、先程まで握っていたマレットを取り落としている。
恐らく、強力な一撃を加えれば倒れるだろう。いろは達が見てもそう思うのだから、秕が気付いていないはずがない。然し彼女は甚振るかの様にダガーを突き立てるだけだ。
流石に、見ていられない…いろははそう思った。レナとももこは顔を顰めているし、かえでとういは引き攣った表情を浮かべている。反応は様々だが、みんな気持ちは同じ様だった。
いろはの躰が視線に動く。
ボウガンを構え、秕に狙いを定めた。
秕は気付いているのかいないのか、いろはを気にする様子は無い。
威嚇射撃でいい、撃って秕を魔女から引き離そう―いろはがそう思い、行動に移そうとした瞬間、
魔女が、マレットを拾った。
秕の動きが一瞬だけ止まる。
魔女は腕を振り上げ、力強くティンパニを叩いた。
音は聞こえない。だが、衝撃波が秕を襲い、軽々と吹き飛ばす。
秕は地面をごろごろと転がり、少し血を吐いた。
「さ、咲…テメェ…」
魔女は秕に近付き、再びティンパニを叩く。
衝撃波と共に秕が吹っ飛ぶ。
体制を整える間も無く、再び魔女の追撃が。
…いつの間にか立場は逆転し、秕は魔女にいたぶられていた。
黒羽根のローブはボロボロになり、フードは脱げている。秕はゴミ屑の様に宙を舞い、吹っ飛び、血を吐いた。
いろはは咄嗟に魔女に向けて矢を放ったが、魔女が動じる様子は無い。只管に、恨みを晴らすかのように秕を攻撃している。
「…っ、グァ……さ、き……この、野郎…」
何度目かの攻撃を受けた後、秕は忌々しげに血の混じった唾を吐き捨て、魔女を見据えた。
「…死んじまえ…アンタなんて、あたしの世界に必要ない…!」
秕のソウルジェムは度重なる魔法の行使とダメージによって真っ黒だった。
そして、
「殺す… 殺す……… 殺すッ!」
絶叫と共に、秕の長い髪が変化を始める。
現れたのは、黒い藁人形。両腕からは鎖が垂れ下がっており、小さな鳥籠が揺れていた。
鳥籠の中に入っていたのは、秕と咲を模した人形。そのドッペルは、秕の咲に対する憎悪と執着の証だった。
「くたばれ!咲!」
ドッペルが鳥籠を振り回す。
魔女は鳥籠にぶん殴られ、横倒しになった。
すかさず藁人形が解け、無数の髪の毛となって魔女を拘束し、圧迫する。
何かが潰れる音がした後、ドッペルは静かに消滅した。
「…は、はは」
秕は乾いた笑いを漏らす。
やった、ついにやったのだ。
あたしは、咲を殺した。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
乾いた笑いが狂気的なものへと変化していく。
湧き上がる感情は、歓喜か安堵か…それは分からないが、秕は兎に角笑った。
―瞬間、その頭にマレットが振り下ろされた。
「あ う゛ぁ」
笑い声とも呻きともつかない奇妙な声と共に、秕の躰は潰された。
じわりと、血溜まりが拡がる。
「な ん で」
その状態でもまだ生きていた秕は…目の前に佇む魔女の姿を見て、そんな声を漏らした。
魔女は生きていた。瀕死で、今にも死にそうになりながらも…秕を道連れにしようとするかの様に、マレットを振り上げている。
それを見た秕は、引き攣った様な笑顔を浮かべながら呟いた。
「やめろよ、咲… あたし達は…
…その言葉を言い終わったと同時にマレットが振り下ろされた。
モコモコしている筈のマレットは血に染まり、それは秕の躰を肉片と血溜まりへと変えてしまった。
肉片には宝石の欠片がへばりついている。それは、秕が絶命した事を示していた。
魔女はマレットを床から離し、秕が絶命した事を確認する。
それからゆっくりと横倒しになり…そのまま消滅した。
誰も何も言えなかった。
*
結界が緩やかに消滅していく。
いろははまだ呆然としていて、思考が上手く纏まっていなかった。
「…終わった、のか?」
フェリシアが呆然と呟く。それを受けてさなも「終わり、ましたね…」とちいさな声で呟いた。
「いろはちゃん…」
ももこが複雑な表情でいろはを見る。
この事件がどれだけの犠牲を生んだのか、詳しい事は分からない。だが…少なくともふたり、犠牲になってしまった。ももこはそれを悔いているのだろう。
勿論、いろはも同じ気持ちだった。
自然と溜息が漏れる。複雑な心中とは裏腹に、警戒を解いた躰は休息を求めていた。
ともかく、これで終わったのだ。そう思って全員が気を緩めた、その時…。
「えっ」
「新しい魔力反応!?」
「こっちに近付いてくるよ!」
全員が魔力反応を感知し、警戒する。
それと同時に新たな結界に呑み込まれた。
目の前に広がるのは廃墟の遊園地、多数の着ぐるみが横たわるその中央で、醜悪なメリーゴーランドが何かを喰らっていた。
そして、メリーゴーランドのすぐ近くには見慣れた少女の頭が転がっていた。
「…え?」
それを見たいろはは硬直する。
…何故、咲の頭があんな所にあるのだろう。
魔女が咀嚼しているナニカと、その近くに転がる咲の頭…考えたくないのに、ひとつの考えが頭の中に浮かんでくる。
「咲ちゃん…あの魔女に食べられたの…?」
かえでが震え声で言う。隣でういが吐きそうな顔をしているのに気付き、いろはは彼女の背中をそっと撫でた。
食事を終えた魔女が咆哮し、こちらを向く。
まだ、何も終わってはいなかった。