ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
入部から二ヶ月が経ったある日の事。
ここの所、先輩達はコンクールの練習で忙しく、わたし達一年生は個人での練習が続いていた。…ただ一人、吹綿さんを覗いて。
基本的に、一年生はコンクールには出られない。だが演奏する曲に対して先輩達の人数が足りない時は例外的に出られる場合がある。今回はそのケースで、パーカッションの人数が足りなくなったのでわたしと吹綿さんのどちらかが出られる事になったのだ。
演奏技術でいえば吹綿さんの方が上だが、人柄でいえばわたしの方がマシ…という事で先輩や先生の意見は割れた。金賞を確実に獲りにいきたい人達は吹綿さんを推したが、単純に最後のコンクールを思い出深いものにしたいという人達はわたしを推した。
当事者であるわたし達の希望も聞かれて、吹綿さんはただ一言「めんどい」と答えていた。
そしてわたしは…吹綿さんを推した。
「何故彼女を?」
わたしの言葉を聞いた先生と先輩達は驚いた様子で声を上げた。確かに一年生からコンクールメンバー入りなんて、偶然だとしても名誉な事だ。
だけど…。
「…正直に言って、今から練習しても仕上げられる自信がありません。それに、吹綿さんの技術なら確実だと思います」
わたしだってコンクールに出たい気持ちはある。だけど、わたしでは役不足なのだ。
この状況において適任なのは、吹綿さんだ…わたしはそう思っていた。
「…ううむ、まあ、琴音がそう言うなら…」
先生が唸りながらそう言った時、話を聞いていた先輩達の中から非難する様な声が上がった。
「そんな事言ってるけどさぁ、本当はやりたくないからそう言っているだけなんじゃないの?」
声を上げたのは三年の先輩だ。クラリネットパートのパートリーダーで、意地が悪いからと他の先輩や後輩からも嫌われていた人だった。
先輩は鋭い目付きでわたしを見て、侮蔑の言葉を吐き出した。
「仕上がらないだとか、もっともな理由をつけて逃げているだけじゃこの先やっていけないよぉ?ま、一年のミスとかで金賞逃すのも嫌なんだけどねー」
「おい…」
先生が制止しようとするが、先輩はお構い無しに続ける。
「その吹綿ってコは嫌われ者だし、全責任をソイツにおっ被せればいいとでも思ってるんてしょー?」
「え、ち、ちが…わたし、そんな事は…」
予想外の言葉に、わたしはしどろもどろになってしまう。まさかこんな事を言われるなんて…。
…だけど、先輩の言う通りなのかもしれない。わたしは何処かで吹綿さんに責任を押し付けようとしているだけかもしれない。
最悪だ。
最低だ。
なんで、こんな……。
「わ、わたしは……」
「何言ってんのさ」
不意に、吹綿さんが声を発した。その視線は先輩に向けられている。
「ソイツを罵倒するのは間違いなんじゃないの?」
「はぁ?外野はすっこんでなよ」
「外野じゃないし。その琴音ってヤツはアンタらの事を考えて身を引こうとしてるんだよ。訳分からない事言ってないで感謝の言葉でも言ったらどう?」
「………ッ!」
容赦無い言葉に、先輩の顔が真っ赤になる。他の人達はわたしを含めて呆然としていた。
吹綿さんは先生に目を向け、仕方が無いという口調で言った。
「あたしが出よう、それでいいだろう?」
「あ、ああ…」
先生はまだ少し呆然としながら頷いた。
結果、コンクールには吹綿さんが出る事になった。彼女は不平や不満を一切言わず、練習に励んでいるらしい。
お礼を言わなきゃな…そう、思った。
*
数日後の昼休み、わたしは音楽室を訪れた。図書室で本を借り終えるとやる事が無くなってしまい、かといってこのまま昼休みを終えるのもどうかと思った。なら練習でもした方が今後に繋がるのではないかと思っての行動だった。
音楽室には誰も居ない。部室(という名の楽器置き場)に置いてあるスティックを取り出そうとして、ボロボロになっているドアを開けようとした瞬間、内側から勢いよくドアが開けられた。
「きゃっ!」
わたしは思わず飛び退いた。中から出て来たのは吹綿さんで、わたしを眠そうな目で見ると…またドアを閉めた。
これは…拒絶されているのだろうか。
試しにコンコンとドアをノックしてみると、吹綿さんが顔を覗かせて「なに」と不機嫌そうな声色で言った。
「え、えっと…スティックを取ろうと思って…」
上擦った声で言うと、ドアが開いた。
部屋の中は打楽器でいっぱいで、その中に吹綿さんが座り込んでいる。その手には文庫本があった。
(気まずい……)
このままスティックを取るのもどうかと思うし、そもそもわたしはこの前のお礼を言っていない。だから吹綿さんの方を向くと、彼女はまだ何かあるのかという目でわたしを見た。
「え、えっと…この前は助けてくれてありがとう」
「別に」
素っ気なく言うと、文庫本に視線を移す。
また気まずい空気が立ち込めた。
(どうしよう…)
これは、好意的な反応なのか。それとも煙たがられているのか…明らかに後者な気がする。
こうなったら、素早くスティックを回収して出て行くしかない…そう思い、実行に移そうとした瞬間、お腹が鳴る音が聞こえた。
ハッとして自分のお腹を見るが、わたしでは無い。というかさっき給食を食べたばかりだ。
という事は…。
「…お腹、空いているの?」
「……………」
吹綿さんは無言でわたしを睨んだ。
「給食は…?」
「…食べていない。金が無ければ、飯すら食わせてくれないんだからいい所だよ」
彼女は唇を吊り上げて皮肉を言った。
金が無い…つまり、給食費を払えないという事だ。
この時点で、わたしがやるべき事は決まっていた。
「じゃあ…」
「…?」
「明日、何か作ってくるよ」
この時になって初めて、彼女の目に驚きの色が生まれた。
「何を言っているんだ?」
「流石に今日は無理だけど…明日、何か作って持ってくるよ。この前のお礼もしたいし」
「…お前、馬鹿なのか?それが教師にバレたらどうなるのかは分かっているだろう?」
「だからって、放っておけないよ」
「………」
吹綿さんが黙った瞬間、チャイムが鳴った。練習は出来なかったけれどそれ以上に大切な事をした気がする。
私は吹綿さんと別れて、教室に戻った。
部室にひとりぼっちで居た吹綿さんの姿が、脳裏に焼き付いていた。
*
その日の部活に吹綿さんは来なかった。
わたしは練習を終えて家に帰った後、お母さんとおばあちゃんにとある頼み事をした。
*
次の日。
昼休みにまた部室を訪れた。
ノックをすると、中から吹綿さんが出て来た。なんというか、此処の住民みたいだ。
わたしは中に入り、ドアを閉める。
それから吹綿さんに「それ」を差し出した。
「はい、これ」
「これは…クッキー?」
昨日、お母さんとおばあちゃんに作り方を教えて貰いながら作ったものだ。少しばかり形が歪なものもあるけれど、我ながら良く出来た方だと思う。
「本当にいいのか?」
「うん。その為に作ったし…初めてだから、失敗してるかもしれないけど…」
吹綿さんはクッキーの包みをしげしげと眺めた後、袋を開けて一つ取り出し、口に入れた。
もぐもぐと咀嚼する表情はいつもと変わらない。わたしは不安になって訊いてみた。
「美味しい?」
こくん、と無言の肯定。
「良かった…!」
わたしは嬉しくて、自然と笑顔になった。
吹綿さんは二枚三枚と、次々にクッキーを食べていく。余程お腹が空いていたのだろう。その様子は普段の彼女とは違い、何だか可愛らしいものだった。
吹綿さんがクッキーを全て食べ終わる頃、チャイムが鳴った。
「もし良ければ、また作ってくるけれど…」
吹綿さんの首が縦に振られる。美味しいという意思表示だろう。
「じゃあ、明日も昼休みにここに来るね」
わたしが言うと、吹綿さんは頷いてから、
「…アンタ、名前なんていったっけ」
「名前?」
わたしは少し驚いたが、同時に彼女が少しだけ歩み寄ってくれた事が嬉しかった。
「琴音咲だよ」
「琴音咲、か…」
吹綿さんはわたしの名前を噛みしめるかのように呟き、また頷いた。
「じゃあ、またね…吹綿さん」
「………秕でいい」
「え?」
「名前。あたしも咲って呼ぶから」
「…分かった」
「それじゃ」
「うん、またね…秕ちゃん」
わたしは音楽室を後にした。
心に爽やかな風が吹き渡る様な、清々しい気持ちを抱えながら。
*
その日の部活は一人で黙々と個人練をして、後片付けの少し前になったら音楽室に行った。
既に合奏は終わっていて、先輩達が楽器を片付けている。
わたしも自分のスティックを部室に置いてからそれに加わった。
その時、耳元でちいさな声が聞こえた。
「…お疲れ」
振り返ると、秕ちゃんが鞄を持ち、音楽室を出ていく所だった。
その姿は直ぐに見えなくなり、他の人はそれを気にもとめない。まるで居ないもののように取り扱っている。
でも、彼女があんな態度を取っているのには何か理由がある筈なのだ。そうでなければわたしなんかと話さないだろう。
その理由を聞き出せるのは、もしかしたらわたしだけなのかもしれない。
だから…これからはわたしが秕ちゃんの理解者になれたらいいなと思った。
「……ね、琴音!どうしたんだ?」
パートリーダーの声で我に返った。
わたしは慌てて「なんでもないです!」と答えると、片付けに意識を注いだ。
この日から、わたしと秕ちゃんは友達になった。
そしてこの出来事が、わたしの運命を大きく変える事になる。
咲の魔法少女ストーリーは次回で終わりです。