ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

68 / 88
秕の魔法少女ストーリーです。


吹綿秕編 第1話『変動の予兆』

 吹綿秕は、両親の顔を知らない。

 物心ついた時には施設に居て、ずっとそこで暮らしてきたからだ。両親が居なければ自分は産まれていない筈だから何処かには居るのだろうが、その存在を意識した事は無かった。ただ、寂しいと思った事は無かったし、そんな赤の他人の事を考える程馬鹿なつもりも無かった。施設に居ればどうにか生きていけるし、それでいいのだ。親の愛など、邪魔にしかならない。施設の職員はそんな秕に同情してくれたが、それだけだった。上辺だけの同情なんて、何の役にも立たない。

 秕が入っている施設には彼女と同じ様な境遇の子供達が多かったが、みんな秕を恐れている様だった。自分が最年長だし、子供達は小学一年から三年生程度の子が多い。秕がいつも不機嫌そうにしていた事もあって、彼ら彼女らは秕に近寄ろうとはしなかった。最も秕からしてみればそちらの方が気楽でいいのだが。

 基本的にこれまでの人生で人格が大きく変わった事は無く、物心ついた時から冷めた性格だった。ただ…小学校に通っていた頃は、話す相手が何人かいたように思う。彼らは施設の子とは違い、秕を恐れるような事もしなかった。自分から話をする事は無く、友達と言える存在がいたかどうかは怪しいが…小学生の頃は、波風立てずに生活出来ていた。あの頃は自分もまだ幼かったのだろう。集団生活が嫌でも、先生の言う事に従うという行為で自分を誤魔化す事が出来ていた。

 それが出来なくなったのは、中学に上がってからだった。周りが煩くなり始め、秕にとって不快な環境が出来上がった。

 中学校は他の小学校からも生徒が集まる。そういったヤツらは秕を嫌い、グループから外した。きっと、自分に対する免疫が無いのだろう。

 そのうちに、小学校で話していたヤツらも自分に対する免疫を失い、自分から離れていった。

 それを悲しいとは思わなかった。

 ただ、その程度なのだと思った。

 友達なんて、努力しないと手に入らない癖に離れるのは一瞬だ。そんな有限に縋るほど、自分は弱くない。

 寧ろ、そういったものに縋らないと生きていけない周りの方が馬鹿なのだと思った。

 周りが自分に合わせないならそれまでだ。こっちから合わせる必要なんて無い。そう思って、秕は一人でいる事を選んだ。

 孤独だった。だけど、煩わしいものが無いぶん気楽だった。

 自分は、これでいいのだと思った。

 

 

 吹奏楽部に入部したのは単なる気紛れだった。

 元々音楽は好きな方だし、施設に帰ってもやる事が無い。面倒くさくなったら辞めればいいと思い、入部を決めた。

 適正テストを適当にこなしていたらパーカッションパートに選ばれた。別に何でもよかったので不満は無い。

 同じく選ばれたのは小動物の様にオドオドとしたヤツだった。三年まで辞めなかったら面倒な責務はコイツにおっ被せようと決意した。

 練習は退屈だった。覚える事は直ぐに覚えたし、単調な作業の繰り返しに過ぎない。他の連中がどうして四苦八苦しているのか、理解出来なかった。

 

 

 ある日、いつもの様に退屈な練習をこなしていると、同じくパーカッションパートに入った一年生が何やら悩んだ様子でタンバリンを持っているのが目に入った。タンバリンの縁に親指を当てて試行錯誤しているのを見るに、ロールがうまく出来ないらしい。

 丁度暇だったので、教えてやる事にした。

 秕が近付くと、その女生徒はびくりと肩を震わせて「ど、どうしたんですか…?」と呟いた。

 秕は無言でタンバリンを取り上げる。その際に互いの手が触れた。滑らかで色白の、綺麗な手。これではロールは難しいだろう。

 幸い、先程お手洗いに行った時に手を洗っていた。拭き取ったが若干湿っているので、それを利用する事にした。

「…タンバリンのロールは、指を湿らせるといい」

 秕はそう言うと、タンバリンの縁に親指を走らせた。連鎖した音に、女生徒が目を丸くする。

「手汗症の人間はロールを成功させやすい傾向がある。最も、アンタは違うようだけれど」

 秕は素っ気なく言って、女生徒の手にタンバリンを押し付けた。

「あ、ありがとう…」

 女生徒は掠れた声でお礼を言う。

 それを見て、急にやる気が失せた。なんというか、やるべき事をやった気がしたからだ。

 秕は鞄を持ち、音楽室を出て施設へと帰った。

 …この時はまだ、その女生徒が自分にとって重要な人物になるとは、思いもしなかった。

 

 

 それから二ヶ月後、秕は顧問に呼ばれた。

 なんでも、コンクールで演奏する曲に対してパーカッションの人数が足りなくなったらしい。だから自分かあの女生徒のどちらかが出られる事になったのだと顧問は言った。

「吹綿はどうしたい?」

「めんどい」

 秕は正直に答えた。別にやってもよかったのだが、女生徒の方が引き受けるだろう…そう思っての返答だった。

 然し、女生徒の答えは、秕の予想とは真逆なものだった。

「わたしは…吹綿さんの方がいいと思います」

 話を聞いていた連中が驚いた様に顔を見合せた。

「何故彼女を?」

 顧問が訊く。女生徒は暫く俯いていたが、やがて顔を上げると申し訳なさそうに言った。

「…正直に言って、今から練習しても仕上げられる自信がありません。それに、吹綿さんの技術なら確実だと思います」

 謙虚なヤツだ、と思った。

 秕に責任を押し付けているのかと思えばそうでは無い。自分の力量と秕の力量を比べて、身を引くという判断を下したのだ。

「…ううむ、まあ、琴音がそう言うなら…」

 顧問が唸りながらそう言った時、話を聞いていた連中の中から非難する様な声が上がった。

「そんな事言ってるけどさぁ、本当はやりたくないからそう言っているだけなんじゃないの?」

 声を上げたのはひとりの先輩だった。確か、クラリネットパートのパートリーダーだった気がする。意地が悪いからと他の連中からも嫌われていたようだが…なるほど、確かに意地が悪そうな目付きをしている。

 ソイツは鋭い目付きで女生徒を見て、侮蔑の言葉を吐き出した。

「仕上がらないだとか、もっともな理由をつけて逃げているだけじゃこの先やっていけないよぉ?ま、一年のミスとかで金賞逃すのも嫌なんだけどねー」

「おい…」

 顧問が制止しようとするが、ソイツはお構い無しに続ける。気持ちが悪い目をしており、その視線は女生徒を捉えて離さない。

「その吹綿ってコは嫌われ者だし、全責任をソイツにおっ被せればいいとでも思ってるんてしょー?」

「え、ち、ちが…わたし、そんな事は…」

 女生徒はしどろもどろになりながらそう言う。表情を見る限り、どうやら本気で狼狽しているらしい。

 そのやり取りを見て、秕は意味も無くムカついた。

 コイツはアンタの為を思って身を引いているんだぞ?

 ふざけんな。

 テメェにその女生徒を批判する権利なんて無いんだよ。

「わ、わたしは…」

「何言ってんのさ」

 気が付くと、秕は声を上げていた。

「ソイツを罵倒するのは間違いなんじゃないの?」

「はぁ?外野はすっこんでなよ」

 先輩の視線が此方に向けられる。気持ちが悪い、粘つくような視線だ。

 女生徒も驚いた様に此方を見ていた。そんなに自分が喋るのが珍しいのか。

 まあ、やってしまった事はしょうがない。

「外野じゃないし。その琴音ってヤツはアンタらの事を考えて身を引こうとしてるんだよ。訳分からない事言ってないで感謝の言葉でも言ったらどう?」

「………ッ!」

 秕の言葉に、先輩の顔が真っ赤になる。

 秕はフンと鼻を鳴らして顧問に向き直ると、口を開いた。

「あたしが出よう。それでいいだろう?」

「あ、ああ…」

 顧問は呆然としながら頷く。

 やれやれと思いながら女生徒に目を向けると、彼女はぼんやりした様子で突っ立っていた。

 面倒な事になったなと思ったが、暇潰しには丁度いい。たまには真面目にやるか…そんな事を思って、自分の思考に少し驚いた。

 あの女生徒に関わると、どうも調子が狂う気がする。

 まあ、悪くは無いのだけれど。

 

 それから秕は真面目に練習に励んだ。

 だからと言って何かが変わった訳でも無かったが…ズレていたものが元に戻っていくような心地良さを、何処かで覚えていた。

 

 そして、数日後。

 秕は女生徒の名前を知り、生まれて初めて「友達」を得る事になる。




基本的に魔法少女ストーリーは三話完結にするつもりだったけれど、秕の魔法少女ストーリーに関しては書く事が多いので三話以上書くかもしれません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。