ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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吹綿秕編 第2話『変動と応答』

 数日後の昼休み、 秕は部室に居た。

 今は昼食の時間で、皆は給食を食べている。そんな時間にひとりで部室に居るという状況は異質だったが、仕方の無い事だった。

 秕は数ヶ月前から給食費を払っていない。施設の方針が「切り詰めるものはとことん切り詰める」というものに変更され、それにより給食費は支給されなかったからだ。どうやら、自分のいる施設は経営難に陥りかけているらしい。

 当然、給食費が無ければ給食は食べられない。だからここ数ヶ月間は昼食を抜いていた。一度だけ菓子パンを持っていった事があったが、クラスメイトに見つかり教師にチクられた。教師にこっ酷く怒られた秕は、それ以来昼になると教室を抜け出し、ここで過ごしている。

 当然の事ながら音楽室には誰も居ない。秕は文庫本を読んでいたが、空腹の為中々集中する事が出来なかった。

 苛立つが、仕方が無い。秕はちいさく溜息をついた。

 いつの間にか昼休みになっていたようで、遠くからはざわめきが聞こえてくる。ここには誰も来ないから気楽だ…そう思っていたら音楽室のドアが開いた音がしたので秕は驚いた。

 足音が聞こえ、部室の前で止まる。部室といっても打楽器が詰め込まれているだけのスペースだ。一体何の用だろう。

 誰かが自分の安息の時間を邪魔しに来たのだろうか…そう思い、わざと内側からドアを開ける。蹴り飛ばすような形で開けた為、ボロボロで鍵の付いていないドアはいとも容易く開いた。

「きゃっ!」

 そんな悲鳴と共に、外に居た人物が飛び退いた。驚いた様な顔で此方を見ていたのは、あの女生徒だった。

 秕は無言でドアを閉めた。無害そうに見えるが、もしかしたら自分の邪魔をしに来た可能性もある。

 すると、ドアがノックされた。煩いなと思ったが、もしこのまま居座られでもしたら面倒だ…仕方ない。

 ドアを少し開け、その隙間から顔を覗かせて「なに」と不機嫌そうな声色で言った。

「え、えっと…スティックを取ろうと思って…」

 女生徒は上擦った声で言う。練習でもするつもりだろうか。

 秕は無言でドアを開けた。

 女生徒はオドオドしながら部室に入ってきて、秕の方を見る。まだ何かあるのか。

 睨み付けると、女生徒はオドオドとした笑顔を浮かべて口を開いた。

「え、えっと…この前は助けてくれてありがとう」

「別に」

 素っ気なく言うと、文庫本に視線を移す。

 女生徒の笑みが曖昧なものに変わる。どうすればいいのか迷っている様子だ。

 早く出ていって欲しい…そう思った瞬間、お腹が鳴る音が聞こえた。勿論、自分のお腹から出たものだ。

 それに気付いたのか、女生徒は秕に訊いた。

「…お腹、空いているの?」

「……………」

 秕は無言で女生徒を睨んだ。そんな事訊いてどうするのだ?

 それで会話を終わりにしてくれれば良かったものの、女生徒はさらに訊いてくる。

「給食は…?」

「…食べていない。金が無ければ、飯すら食わせてくれないんだからいい所だよ」

 秕が唇を吊り上げて皮肉を言うと、女生徒の顔が驚きに染まる。だが直ぐにそれは消え、代わりに何かを決意した様な表情が浮かんだ。

「じゃあ…」

「…?」

「明日、何か作ってくるよ」

 予想だにしない言葉に、秕は絶句した。

 なんなんだ、コイツ…。

「何を言っているんだ?」

「流石に今日は無理だけど…明日、何か作って持ってくるよ。この前のお礼もしたいし」

 女生徒は平然とそんな事を言う。

 馬鹿なのか、コイツは…?

「…お前、馬鹿なのか?それが教師にバレたらどうなるのかは分かっているだろう?」

「だからって、放っておけないよ」

 女生徒はそう言って、柔らかい笑みを浮かべた。

「………」

 秕が黙った瞬間、チャイムが鳴った。女生徒はぺこりと頭を下げると踵を返す。

 変なヤツだ、と思った。自分を相手にあんな事を言ってくるヤツは初めて見た。

 …まあ、期待はしていない。明日になれば忘れているだろう。

 秕は立ち上がり、教室に戻った。

 またお腹が鳴った。

 

 

 その日の部活はサボった。

 施設に戻り、自室のベッドに寝転がる。

 

『明日、何か作ってくるよ』

 

 何故か、女生徒の言葉と柔らかい笑みが、頭から離れなかった。

 

 

 次の日。

 昼休みに部室で文庫本を読んでいると、音楽室に誰かが入ってきて部室のドアをノックした。

 ドアを開けると、あの女生徒が立っていた。彼女は「こんにちは」と言うと部室の中に入り、ドアを閉める。

 それから秕に近付くと、それを差し出した。

「はい、これ」

「これは…クッキー?」

 女生徒から渡されたのは、可愛らしい袋に入ったクッキーだった。まさか本当に持ってくるとは思わなかったので、秕は思わず訊いてしまう。

「本当にいいのか?」

「うん。その為に作ったし…初めてだから、失敗してるかもしれないけど…」

 女生徒は恥ずかしそうに言った。

 秕はクッキーの包みをしげしげと眺めた後、袋を開けて一つ取り出し、口に入れた。

(甘い…それに、美味しい)

 少し形が歪ではあるが、とても美味しかった。

「美味しい?」

 秕は頷く。

「良かった…!」

 女生徒は笑顔になった。心底安堵したといった様子だ。

 秕は二枚三枚と、次々にクッキーを食べていく。女生徒はそんな秕を見てにこにこと嬉しそうに笑っている。

 その顔を見ると、何故かくすぐったいような気持ちを覚えた。秕は無表情を保ってクッキーを食べていたが、その心中はとても穏やかだった。

 

 秕がクッキーを全て食べ終わる頃、チャイムが鳴った。

「もし良ければ、また作ってくるけれど…」

 秕は頷く。それを見て、女生徒は安心した様に笑みを浮かべた。

「じゃあ、明日も昼休みにここに来るね」

 秕は頷いてから、無意識に女生徒に訊いていた。

「…アンタ、名前なんていったっけ」

「名前?」

 女生徒は驚いた様な表情を浮かべたが、秕も心中では同じ顔をしていた。 

 まさか、自分が他人と関わろうとするなんて…。

 そんな秕の心中を知ってか知らずか、女生徒は顔を綻ばせると、名乗った。

「琴音咲だよ」

「琴音咲、か…」

 秕はその名前を呟く。

 ことねさき。何となく、いい響きだと思った。

 女生徒―琴音咲は時計を見ると、秕に言った。

「じゃあ、またね…吹綿さん」

「………秕でいい」

 思わず、そう言っていた。

「え?」

「名前。あたしも咲って呼ぶから」

 咲は一瞬だけ固まった後、嬉しそうに笑みを浮かべる。秕が見た中では今日一番の笑みだった。

「…分かった」

「それじゃ」

「うん、またね…秕ちゃん」

 咲は音楽室を後にする。彼女の背中を見ながら、秕は暫くぼんやりしていた。

 なんだろう、この気持ちは…。

 あたたかくて。

 気持ちよくて。

 嬉しくて。

 こんな気持ち、初めてだ…。

 

 自然と、秕はちいさな笑みを浮かべていた。

 とても、気分が良かった。

 

 

 それから、咲は秕に何かを作って持ってきてくれるようになった。

 どうしても都合が悪くて作れない日もあるが、そういう時は学校をこっそり抜け出して菓子パンを買いに行った。少ない自分の小遣いで買う事にはなったが、元々使い道なんてものはないので別に構わない。

 そんな事を繰り返しているうちに、秕と咲は友達になった。クラスは違うが咲が秕のクラスを訪れて他愛もない話をしたり、試験期間になると一緒に勉強したりもした。学校帰りに駄菓子屋で買い食い(本当は禁止されているのだが)した事もある。

 咲の隣にいると自分はよく笑う様になった。相変わらず咲以外の人間とは波長が合わないままだったが、それで良かった。咲さえ隣に居てくれれば、自分はそれでいいのだ。

 自分を孤独から連れ出してくれた友達。

 自分にとって、初めての友達。

 咲が居れば、自分は…。

 

 

 

 …だが、その考えは間違いだった。

 友達になってから少し経った時…咲は、自分を裏切ったのだ。

 それで、秕は人を信用する事をやめ、咲を憎む様になった。

 咲と過ごした日々は、今となっては不愉快な思い出でしかない。

 

 

 ふたりに何が起きたのか。

 それは、全国吹奏楽コンクールでの事だった…。

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