ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
水晶で出来た槍が魔女の胴体を穿つ。
その一撃が致命傷となり、魔女は声もあげずに消滅した。
後に残されたグリーフシードを拾い上げて、夏々子はほっと息をつく。
魔法少女になってからしばらくの時間が経過したが、矢張り魔女との戦いは慣れない。人型ならまだ良かったのだが、相手は気味の悪いバケモノで意思疎通も出来ない。ただただ自分を害そうと攻撃してくるだけの存在なのだ―最初に魔女を見た時は、しばらく夢でうなされた。
場数は踏んできたとはいえ、命懸けの戦いを繰り広げている事には変わりない。だからといって魔法少女になった事を後悔しているだとか、そういった事は無いのだが…どうにも複雑というか、もやもやしていた。まあ何はともあれ、今日も生き延びる事が出来たのでいいのだが。
下校途中に魔女反応を探知した為、通学用カバンを持ったままだし服装も制服のままだ。門限は特に無いが、遅くなると叱られるだろう。
ポケットの中にグリーフシードがあるのを確かめ、帰りに飲み物でも買って帰ろうかと思いつつ歩き始めた。その時―
「ねえ」
背後から急に声を掛けられ、夏々子は振り返る。血のように赤い夕焼け空の下、お下げ髪の少女が立っていた。
まだ幼い。外見だけを見ると、夏々子よりずっと歳下の少女だった。
だが―夏々子はその少女を見てぞっとした。少女の目には光が無く、命令に忠実なロボットをイメージしてしまったからだ。
「な、何?」
夏々子はやや上ずった声で返事をする。少女は無機質な口調で言った。
「あなたは運命を変えたい?」
「へ?」
「運命を変えたいなら神浜市に来て。神浜市で魔法少女は救われるから」
「…何を言ってるんだ?」
いきなりの事で夏々子は混乱した。しかも、瞬きをした瞬間―その少女は消えていたのだ。
なんだったんだ今のは―夏々子は呟き、しばらく硬直していた。
幽霊…という事は無いだろう。幻覚か何かだろうか。
夏々子がやっと足を動かそうという気になったのは、それから数分後の事だった。
その時はそれで終わりだったのだが、どうにも少女の言っていた事が頭から離れない。神浜に何があるというのだろうか。
どうにも気になって仕方が無い。なので数日後、夏々子は神浜市に向かった。
*
神浜市で、夏々子は白や黒のローブを着た少女達と出会い、マギウスの翼という組織に勧誘された。
話を聞いてみると、彼女達は魔法少女の解放を目指しているとの事だった。魔法少女の解放が少女の言っていた「魔法少女が救われる」事だとしたら辻褄が合う。
「その話、もう少し詳しく聞いてもいいかい?」
興味が湧いたのでそう言うと、少女達は解放について詳しく教えてくれた。
そして…夏々子はそこで初めて、魔法少女の真実を知る事になった。
*
「なるほど…」
話を聞き終えた夏々子は深い溜息をついた。
まさか、魔法少女が抱えるリスクがここまで大きいものだったとは…呑気に契約した自分が馬鹿らしくなってくる。これも自分を成長させる糧になる…と思うが、どうにもポジティブになりきれない。
ソウルジェムを破壊されて死ぬというのは、まあ受け入れられる。いくら魔法少女といえども無敵では無い。ギリシア神話に登場する英雄アキレウスの弱点が踵だった様に、魔法少女にもそういった弱点が存在しているというだけの話だ。
だが…魔法少女の魔女化については、確かに深刻な問題だった。昨日まで隣に居た友達が魔女と化し、それを殺さないといけないなんて想像もしたくない。そうやって魔女化し続けた少女達を殺した末に、に自分も魔女になって呪いを振り撒く存在と化す…悪夢としか言い様がない話だ。
魔法少女が抱えるリスクから解放されたいと思うのも、当然の事だろう。マギウスの翼に入って、負の連鎖から解放されるなら…答えはひとつだった。
夏々子はローブの少女達に頭を下げ、言った。
「…アタシもマギウスの翼に入っていいかい?」
リスクから解放されるなら、入った方がいいだろうし、神浜で魔女を狩れるという事も大きい。いい事づくめのように思えた。
それにこの経験も、自分を成長させる糧になる筈だ。
少女達は夏々子を歓迎し、「解放の為に頑張りましょう」と口々に言った。
それに何処か狂信的なものを感じながらも、夏々子は頷いた。
こうして、夏々子はマギウスの翼の黒羽根として活動を始める事になった。
*
マギウスの翼には弱い部類の魔法少女が多く、夏々子より弱い魔法少女も沢山いた。
固有魔法も手伝って着実に戦績を上げ続けた夏々子は白羽根にこそならなかったものの、黒羽根のまとめ役として行動する事が多くなっていった。
その中で、夏々子が興味を持った黒羽根が居た。吹綿秕という黒羽根で、実力は夏々子と同じかそれ以上。ひとりでは魔女を狩れない魔法少女も多い黒羽根達の中では別格だったが、性格に難が有るため彼女を慕う人間は少なかった。
秕は単独行動を好み、夏々子の指示も聞かずに飛び出す事もあった。それを他の黒羽根が注意しても何処吹く風といった様子で聞き流す。唯我独尊を形にした様な人格だった。
そんな秕と関わる事になったのは、ある出来事が切っ掛けだった。
魔女との戦いの最中の事。
占いに集中している夏々子を、魔女が攻撃しようとした。
夏々子の固有魔法は戦闘においても効果を発揮する物で、敵の弱点を導き出す事が出来る。その時も固有魔法を使って弱点を導き出そうとしていたのだが…そこを狙われた。
無防備な夏々子は魔女の攻撃を受けて吹っ飛ばされた。後方に居たはずだが、想像より相手の攻撃の射程が長かったのがいけなかったらしい。魔女は小さく、攻撃の範囲も狭いと高を括っていたが…どうやら夏々子の予想は外れたようだ。
地面をごろごろと転がる。直ぐに起き上がるが、その時には魔女は二発目の準備を終えていた。勿論、狙いは夏々子だ。
「しまっ…」
「夏々子さん!」
黒羽根の悲鳴が聞こえる。回避は不可能だと悟り、夏々子は目を瞑った。
然し、いつまで経っても衝撃はやってこない。それどころか魔女の悲鳴らしき奇妙な音が聞こえて、夏々子は思わず目を開けた。
魔女の胴体にはダガーが突き刺さっていた。どうやらそのおかげで魔女が怯み、攻撃がキャンセルされたらしい。
ダガーを突き刺した張本人―吹綿秕はフンと鼻を鳴らすと、突き刺さったままのダガーを横に振り抜く。その一撃が致命傷となって魔女は消滅し、秕の手にはグリーフシードが握られていた。
結界が解除され、黒羽根達も解散した後、夏々子は秕に声をかけた。
「ありがと、助かったよ…吹綿秕さんだっけ」
「………」
秕は答えず、さっさと歩いていく。だが夏々子は秕の人格を何となく理解していたので、特に気にせずに秕を引き留めた。
「ねぇ、せめて礼くらいは言わせてよ。アンタの人嫌いは分かっているけどさ」
「…なら構うなよ。それともアンタは人が嫌だと思う事を敢えてやるのが趣味なのか?」
「別にそんなのじゃないさ。ただ、礼を言いたいだけだって」
「…変なヤツだ」
ため息をついて、秕は歩いて行く。
「あ、ちょっと…」
呼び止めるが、彼女が振り向く事は無かった。
変なヤツだな、と思いながらも、何処かで彼女に興味を抱いている自分が居た。