ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
魔法少女になった日から、霜華の人生は大きく変化した。
価値ある生と唯一無二の死の為に、魔女と戦う日々。弱き魔法少女を助け、強き魔女を挫く、そんな英雄のような生き方。テリトリーを無視して活動を続けていた為、他の魔法少女に恨まれて襲われる事もあったが、その尽くを返り討ちにしていた。その所為で「亡霊狩り」という異名が付いたがそれはどうでもいい事だ。
悪くは無い生活だ。自分の信条は貫けるし、このまま続けていればいつか自分に相応しい死が訪れるだろう。他の面では相変わらずだったが、魔法少女になる前と比べたら格段に安定した生活を送れていると評価出来る。
価値ある生は得られた。弱い魔法少女や一般人を救う事は、自分の人生に価値を付加する行為に他ならなかったし、それによって満ち足りた人生を送れている。喜ばしい事だ。
だが―もうひとつの、唯一無二の死については全く進展は無かった。別に自殺したい訳では無いが、自分だけの死に方を追い求めているのは事実だ。魔女や魔法少女と戦えば、必然的にそれが得られるだろうと、そう思っていた。
然し、その考えは間違いだった。自分の固有魔法の所為で、霜華は死から遠い存在となってしまったのだ。
霜華の固有魔法は「既視感」という、デジャヴを操る魔法だ。魔法が発動するとまるでその事象を体験したかのよう行動する為、魔法には見えにくいが歴とした魔法である。
かなり強力な魔法ではあるのだが、霜華にとっては嫌悪の対象だった。デジャヴを感じている間はどんな状況に於いても死ぬ事が出来なくなる。加えて、霜華自身には制御が出来ない為にいつ発動するかは分からない。この魔法に振り回され、苛ついた事は一度や二度ではないのだ。その所為で自壊衝動に苛まれる事が増えたものの、「それは私の望む死じゃない」と自分に言い聞かせる事で耐えていた。
そんな魔法を持っているからなのか、或いは弱い魔法少女の間で話が広まったのか、それは分からないが…気付いたら、霜華は市内最強の魔法少女という称号を得ていた。丁度街の顔役であった日向美雪が隣街に引っ越した事もあり、霜華がその後釜に祭り上げられそうになったりもしたがそれは固辞した。霜華はどちらかというと孤立主義だったので、集団を率いるという行為は向いていないと思ったからだ。
自分の信条に殉ずる事は難しく、望む結末に至る道は果てしなく長い。霜華は自分が望む結末を求めて彷徨い、戦い続けていた。
だが、そんな時に魔法少女の真実を知る事になり、彼女の道に暗雲が立ち込め始める事になる。
* * *
ある日の事。
その日も、霜華は結界で魔女と戦っていた。
固有魔法が発動し、死ねないという状況に苛々しながらも魔女に自分の武器―超大型バイクを叩き付け、怯ませた所に副武装である大型拳銃で発砲。魔女を苦もなく仕留めた。
魔女が倒れた後に残されたグリーフシードを拾い上げ、結界が解除された事を確認した霜華はさっさと帰ろうとする。
「ありがとう、水無月君」
後ろからそんな声が聞こえたので振り向くと、結界に引きずり込まれていた男性―森岡誠司が微笑んで此方を見ていた。先程まで死ぬか生きるかの状況に立たされていたというのに、余裕そうな表情である。
霜華は無言で頷き、それから「ジュース奢って」と言った。特に理由は無い。
森岡は驚いた様に目を丸くした。霜華がこういった事を頼むのは珍しかったからだ。彼とは以前から面識があったが、霜華が彼に頼み事をしたのはこれが初めてだった。
「いいけど…珍しいね、君がそういう事を言うなんて」
「…悪い?」
「いやいや、そうは言ってないよ。どれでも好きなものを選ぶといい」
森岡は近くの自動販売機でジュースを買い、霜華に渡す。霜華は「ありがと」と礼を言い、さっさと歩いて行った。
歩きながらジュースを飲む。火照った身体にちょうどいい冷たさだった。直ぐに飲み終え、近くにあったコンビニのゴミ箱に缶を捨てる。
特にやる事も無かったのでこのまま帰ろうと思い、また歩き出そうとした。然し不意に誰かの魔力反応を感じたので立ち止まり、出処を探る。
かなり近い。ここにはコンビニがあるので意外と多く人が集まる。放っておくのは宜しくないだろう。
霜華は魔力反応を探りながら歩いて行き、結界を見つけ出した。
(…誰か入ってる?)
どうやら、先に誰かが結界に突入している様だった。自分は必要ないかもしれないが、念の為に入っておいたほうがいいだろうと考え、その通りにした。
廃墟と化した遊園地。
辺りには醜悪な着ぐるみが沢山いる。多分、魔女の使い魔だ。
魔女の魔力反応と思われる反応はもっと奥の方だ。使い魔は霜華を見ると襲いかかってきたが所詮数だけだ。霜華の敵では無かった。
使い魔を薙ぎ払い、奥へと進む。
その途中―
「―ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」
誰かの絶叫が聞こえて来て、霜華は足を早める。
そして、辿り着いた結界の奥で見たものは―。
「いやだ…っ、たすけ…ひぎぃっ!?」
鋭い牙が目を引く、醜悪なメリーゴーランド。
そして―その牙に穿かれ、噛み砕かれた少女らしき肉の塊。
衣装はボロボロで、ほぼ全裸。その身体は自らの血で真っ赤に染まり、かつて乳房があったであろう箇所には大きな穴が開き、腹部からは内蔵が零れ落ちていた。血と涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔には悲痛が刻み込まれている。額にはソウルジェムと思われる黒く濁った宝石があった。魔力が尽きている証拠だ。
メリーゴーランドから少し離れた場所には、ヒトの腕と脚が落ちていた。この少女のものであるという事は一目瞭然だ。
惨い―霜華は吐き気を堪えながらメリーゴーランドの化け物に接近、思いっ切りバイクでぶん殴る。これで魔法少女は解放される―筈だった。
「ぎ゙ゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!ぐ…ぎ…ッア…ッ!」
魔女は魔法少女を解放した。
但し、
魔法少女はボトリ、という音と共に床に落ちる。ヒクヒクと痙攣しており、白目を剥いていた。
誰が見てももう手遅れだ。霜華は唇を噛む。
そして…その直ぐ後に、驚くべき事が起こった。
「…は?」
思わず惚けた声が出る。
無理も無い。魔法少女のソウルジェムが完全に濁り切った瞬間、力無く倒れていた魔法少女がふわりと浮き上がり―衝撃波と共にソウルジェムがグリーフシードに転化したのだから。
霜華の前に居た筈の魔法少女は、魔女に変化し、メリーゴーランドの魔女―子喰いの魔女に襲い掛かる。
霜華は状況が理解出来ず、立ち尽くしていた。
「彼女も魔女になったみたいだね」
足元から声。いつの間にか現れたキュゥべえは、無感情に魔女同士の戦いを見ている。
「…これはどういう事?」
霜華はやや掠れた声で訊く。それに対して、キュゥべえはいつもの様に真実を伝えた。
話を聞き終えた霜華の胸に過ぎったのは、絶望。
キュゥべえの掌で踊らされていた事に対するものでは無い。魔女化してしまえば唯一無二の死は得られなくなる。それを恐れての事だった。
目の前では、魔女同士が争っている。子喰いの魔女が一方的に蹂躙しているという形ではあったが、霜華を他所に激しい戦闘を繰り広げている。
霜華は足元に居るキュゥべえに視線をやり―それから、目の前で争う魔女を見て嫌悪感を剥き出しにした。