ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
―その日、少女の視界から光が消えた。
平和な日常が、当たり前だと思っていた日常が一瞬で壊れて、少女の眼と一緒に平穏が喪われた。
だから、願ったのだ。
見えない眼で、自分を導いてくれる妖精に。
―キュゥべえ、私の眼を元に戻して。
もう何も喪わない様に、現実を見る力を、私にください、と。
* * *
日向美雪は平々凡々な少女だった。
普通の家庭、優しい両親、学校で会う友達―そんな平凡な世界が、少女の全てだった。
美雪は昔から誰にでも優しく、明るい少女だった。故に彼女の周りにはいつも多くの人が集まり、時にはちょっとしたケンカもしたりしたけど…それでも、彼女の周りでは笑顔が絶えなかった。
そんな日常を過ごしていた時、その少年は美雪の前に現れた。
ある日、美雪のクラスに転校生がやってきた。
彼の声は小さく、下の名前は聞き取れなかった。黒板に書かれていた筈なのだが、不思議と覚えていない。それは他の子も同じだったようで、彼を下の名前で呼ぶ人間は
逆浪はひとりを好み、休み時間で皆が遊んでいる時もひとりで読書に耽っているような、そんな少年だった。頭はいいみたいで、テストで低い点を取っている所は見た事が無かった。小学生の癖に難しい小説ばかり読んでいて誰かと話をする事も無かった為、多くの人から嫌われていた。
ただ、美雪は彼を嫌ってはいなかった。無愛想ではあるがそれなりに博識だし、話せば一応会話は成立する。これで会話が成立しなければお手上げだったが、そんな事は無かったので美雪はほっとした。
必然的に、彼に関する事については彼に苦手意識が無い美雪が担当する事になった。逆浪自身はそれを厭がっていた様だったが、あまりにも美雪が
「なんで日向は僕に関わるのさ」
ある日の帰り道、丁度通学路が同じだったので一緒に帰っていた美雪に、逆浪は呆れた様な口調で訊いた。
「こんな嫌われ者、放っておけばいいだろ」
「そんな事出来ないよ」
「先生に任されてるからか?」
「ううん、私が放っておけないだけ」
美雪が言うと、逆浪は小馬鹿にした様に「変わってるな」と言った。
「僕に関わるとろくな事にならないのに」
「どうしてそう言い切れるの?」
美雪は少し強い口調になる。ネガティヴな言葉に嫌気がさしたからだった。
逆浪は俯き、夕陽に照らされたアスファルトを見詰めながらぼそぼそと言った。
「両親は事故で死んだし、前の学校では親友が自殺した。叔父さんは失踪したし、叔母さんは精神を病んで病院に居る。じいちゃんは酔っ払いに因縁付けられてぶん殴られた挙句に当たり所が悪くて死んだし、ばあちゃんはそれで発狂した末に僕と心中しようとした…なんだかよく分からないけれど、僕の周りで色々と不幸な事が起きてるんだ」
だから、日向も僕に関わらない方がいいよと逆浪は暗い口調で言う。
それに対して、美雪は―
「そんな事、偶然かもしれないのに…どうしてそんな事言うの!?」
強い口調で逆浪に詰め寄る。
「…偶然なもんか」
逆浪もまた、強い口調で美雪に言い返す。
「偶然なわけないだろ!偶然ならなんで僕の周りでこんな事が起こるんだよ!何も知らない癖に…勝手な事言うなよ!」
逆浪は急に激昂して美雪に手を上げようとした。殴られると思い、咄嗟に目を閉じた美雪だったが…衝撃はいつまで経っても来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには拳を振り上げたままの逆浪が居た。彼は恐ろしいものでも見たかの様に目を丸くし、固まっている。
「…逆浪くん?」
美雪が恐る恐る呼びかけると、逆浪の口元が動いた。
ニヤリと笑みを浮かべた逆浪は、ブツブツと
「ああそうだ、僕の周りで厭な事ばかりが起きるなら僕が死ねばいいんだ。僕がいなくなればいいんだ。遊園地のメリーゴーランドにに乗って喰われておしまいなんだよもういばしょもないししにたいんだよぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくは……」
「ひっ…」
その様子を見た美雪はちいさな悲鳴を上げる。彼は完全に狂っていた。
逆浪は首を傾げ、ケタケタと笑う。それからふらふらと何処かへと歩き出した。
「逆浪くん!」
一瞬惚けた美雪だったが、我に帰って彼を追い始める。直ぐに追いつき、逆浪を止めようとしたが小学生と思えない程の力で振り払われてしまった。
その時、異様なものを見た。
逆浪の掌に、妙なタトゥーの様なものが浮かんでいる。それは魔女の口づけと呼ばれる印で、魔女に魅入られた証だったのだが…勿論、今の美雪にはそんな事が分かるはずも無い。
どうしたらいいのか分からぬまま、ただ只管に逆浪を止めようとする。
このまま彼を放っておいたら…何か厭な事になる気がしたからだった。
そして―美雪のその予感は、当たっていた。
不意に、周りの景色が変化する。
廃墟と化した遊園地。そしてその真ん中に鎮座する、不気味なメリーゴーランド。
逆浪はふらふらとメリーゴーランドに向かって歩いていく。美雪の事など気にも止めていないようだった。
「逆浪くん、逆浪くん!…あうっ!」
不意に何かが背中にぶつかり、美雪は倒れた。
自分にぶつかったのは着ぐるみの様だった。醜悪な見た目をしたウサギの着ぐるみだ。
その着ぐるみは手にナイフを持っていた。直感的に、その着ぐるみが自分を害そうとしている事を悟り、美雪は悲鳴を上げて逃げ出そうとする。然し着ぐるみに足を踏まれ、強い力で地面に押さえつけられた。
「離して!離してよぉっ!」
藻掻くが、着ぐるみは力を緩めない。
押さえつけられた美雪は何とか逆浪が居る方を向いて…そして、絶句した。
メリーゴーランドから血が滴る。
その下には、逆浪が背負っていたランドセルが赤に塗れていた。
「…あ…あ…」
美雪は目の前の現実を処理しきれず、ただパクパクと口を開け閉めした。そうする事しか出来なかったのだ。
なんで?
どうして?
どうして、逆浪くんのランドセルが血に塗れているの?
…いや、分かっている。
メリーゴーランドから滴り落ちる血を見て、理解はしている。
あのメリーゴーランドもこの着ぐるみと同じバケモノで、逆浪くんを食べちゃったんだ。
…それじゃあ、きっと次は…。
「…いや…いやああああああああああっ!」
美雪は自分を待つ結末を悟り、泣き叫ぶ。
それを
痛みよりも眼を刺されたショックで、美雪の悲鳴が止まる。すかさず着ぐるみがもう片方の眼にもナイフを突き刺し……そこで恐怖が限界を超え、美雪は気絶した。
* * *
「―――」
誰かの声がした。
真っ暗で、何も見えない。誰かの声だけが聞こえる。ただ、何を言っているかまでは分からない。
「―――」
誰?
誰なの?
「――雪、美雪…」
誰かが呼んでいる。
でも、私の視界は真っ暗で分からない。
「…日向美雪、キミが…を……なら―」
何?
誰が、何を伝えようとしているの?
「…ボクと…して、魔法少女に……ってよ!」
魔法少女。
全てが不明瞭な中で、その単語だけがはっきりと聞こえた。
それと同時に意識が消えていき…そして、何もわからなくなってしまった。