ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
…意識が戻ると、視界が暗闇に包まれていた。
奇妙な感じだ。目を開けているのに暗く、何も見えない。自分が横になっているのは分かるが、それだけだ。此処が何処なのかすら分からない。
視界が何かに遮られているのかと思い、手を動かして目の辺りを触る。すると包帯か何かが巻かれているのが分かった。
「…美雪?気が付いたのか!」
ふとそんな声がして、そちらに顔を向ける。顔は見えないが声で分かる。自分の父親だ。
「美雪ちゃん!ああ、よかった…」
この声は母親だ。薄らと涙ぐんでいるらしい。
「おとうさん…おかあさん…」
掠れた声でふたりを呼んだ瞬間…美雪は意識を失う前の事を思い出した。
血溜まりの中のランドセル、自分の目を刺した醜悪な着ぐるみ…色々な情景を一気に思い出し、美雪は思わず悲鳴を上げた。
「美雪ちゃん…大丈夫…大丈夫だから…」
母親が自分を抱き締める。その温もりに包み込まれ、美雪は次第に落ち着いていった。
「…そうだ、逆浪くん、逆浪くんが!」
自分は無事だった様だが逆浪はもう手遅れだろう。それが分かっていても、美雪は両親に逆浪の事を話そうとした。
「逆浪くん…って、美雪のクラスメイトの?あの子がどうかしたのか?」
「逆浪くん…は」
どう話したらいいのだろう。突然逆浪がおかしくなり、そこに化け物が現れ、彼を殺した…妄想か幻想だと切り捨てられるのが関の山だ。
悩んでいると、父親が言った。
「…そういえば、美雪のクラスメイトが行方不明だって聞いたが…逆浪くんだったのか」
「え」
逆浪は行方不明になっているのか。こちら側ではそういう扱いになっているのか。
美雪はブルリと身震いをした。きっと逆浪が見つかる事はないだろう。自分もそうなっていたのかと思うと、再び恐怖が湧き上がってくる。深呼吸をして、やっと少しだけ落ち着いた。
「…そういえば、ここは?」
やっとその質問を口に出す。
「ここは病院だよ。お前は通学路で倒れていたんだ…それで」
父親が言いにくそうに口篭る。どうしたのと聞くと、母親が父親に代わって言った。
「…目が刃物で傷付けられていて、お医者さんが言うには、視力は戻らないだろうって…」
「……そう、なんだ」
驚きは無い。あの時、美雪は着ぐるみに眼を刺されているのだ。失明で済んだのは不幸中の幸いといえるだろう。
ただ、それでも今まで見てきた世界が見えなくなる恐怖はある。美雪は大きく息を吐いた。
「美雪ちゃん…」
「…大丈夫だよ、おかあさん。私は大丈夫…」
母親に―あるいは自分に言い聞かせる様に美雪は言う。
そう、自分は生きている。
だから、大丈夫なんだ。
強くそう思うと、少しではあるが気が晴れた。
「リハビリとか、辛いだろうけど…お父さんもお母さんもサポートするから…辛くなったらいつでも言ってな」
「うん、ありがとう」
父親の言葉に、美雪は無理に笑みを浮かべた。
* * *
それから暫くすると面会時間が終わったらしく、両親は帰っていった。母親は残りたいと言ったが、この病院はそういった事に関しては厳しいらしかった。仕方が無い事ではあるが、寂しい気持ちもある。
看護師の介助でご飯を食べたり身体を拭いたりして、後は寝るだけ。だが眠気はやって来ない。
ぼんやりとこれからの事について考えを巡らせていた時―頭の中で、声が聞こえた。
「日向美雪、キミはそのままでいいのかい?」
少年の様な声に驚き、見えない目で辺りを見渡す。
「警戒しなくても大丈夫だよ。ボクはキミに危害を加えに来た訳じゃない」
「…あなたは、だれ?どうやってここに…」
美雪が問うと、その声は自分の目的について話し始めた。
* * *
「…そんな事が」
謎の声―キュゥべえから話を聞いた美雪は呆然として呟いた。
「キミは使い魔に殺されかけたそうだね。ボクとしても強制は出来ない」
後は、キミが決めるんだ―そうキュゥべえは言った。
美雪は確認する様にキュゥべえに訊く。
「…願いをひとつ叶えて、魔法少女として魔女と戦う…だけどソウルジェムが濁り切ると魔女になってしまうから定期的に浄化しないといけない…それで、いいんだよね?」
美雪は魔女の正体について執拗く訊いていたため、魔法少女の真実も理解していた。
キュゥべえが「合っているよ」と言う。その時にはもう、答えは出ていた。
「―キュゥべえ、私の眼を元に戻して。もう何も喪わない様に、現実を見る力を、私にください」
「…つまり?」
「私を魔法少女にして」
怖い―その気持ちは確かにある。
だが、美雪はこれ以上自分や逆浪の様な人を増やしたくなかった。
だから、自分の身を犠牲にしてでも…魔女と戦い、人々を護るのだと決めた。
美雪の視界には光が戻り、
魔法少女として、魔女と戦う決意が、新たに生まれた。
* * *
それから、美雪は魔法少女として戦い始めた。
魔法少女の身体は常人より遥かに頑丈で、最初は怖くてまともに戦えなかったが慣れるにつれ多少の傷を負ったくらいでは怯まない様になった。人間からは離れていっているが、魔法少女としては一人前に近付いているといえる。
美雪は大抵ひとりか、多くても三人程のグループで戦っていた。特定のグループに入る事はせず、その場でたまたま遭遇した魔法少女と一時的にグループを組むだけ。誰かの死を見るのが、怖かったからかもしれない。
美雪はどんどん実力をつけていき、軈て冬天市の魔法少女の顔役となっていった。といっても何かをする訳では無いが、実力は認められていたのだ。
魔法少女の活動は大変で、人には認知されない。だが逆浪や自分の様な人を増やしたくない一心で美雪は魔女と戦い続けた。
私生活も疎かにせず、オフの日は友人と遊びにいったり、勉強に力を入れたりもした。逆浪が居なくなってからは周りに居る人が少し減ったが、小学校から続いている友達も居る。ただ、そんな友達にも魔法少女の事は話せなくて―それを、寂しいと思った事も何度かあった。
そんな生活を続けているうちに美雪は大学生となった。
そして―そこで初めて、魔法少女の事を理解してくれる友人と出会う事になる。
…その友人は、魔女や使い魔、キュゥべえを視認する事が出来る、風変わりな青年だった。