ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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前後編に分けるつもりでしたが間にもう一話挟まないと後編が長くなる事に気付いて急遽中編として投稿することにしました。
申し訳ございません。

2020/03/30…サブタイトルを一部変更しました。


少女の過去Ⅱ〜Failure and sign〜

 その事件は全国吹奏楽コンクールで起こった。

 いつもなら大体県大会で止まってしまう冬天中吹奏楽部が、様々な偶然も手伝って全国まで勝ち進んだ…その事実に皆浮かれながらも同時にある種の恐怖を覚えていた。最初は県大会突破を目指していたのがいつの間にか全国で金賞を獲るという目標にすり変わっていて、練習はどんどん過酷になっていき、部員は疲労困憊の中必死に練習した。それは初めてコンクールメンバー入り出来たわたしも例外では無く、毎日クタクタになりながら練習をしていた。同じくコンクールメンバー入りした「彼女」…吹綿秕ちゃんも最近はサボろうにもサボれず、仕方なく皆と練習をしていた。

 実際、冬天中が勝ち進めたのは彼女が居たからという事が大きかったような気がする。コンクールの講評にも必ずパーカッション(特に彼女が担当した楽器)の事が書かれていたし、秕ちゃんが居るのと居ないのでは大きく差があった。元々彼女がコンクールメンバー入りしたのは彼女の才能を見込んだ先生が強制的に入れさせたからで秕ちゃんは乗り気では無かったが彼女が加わると演奏の質は格段に良くなった。秕ちゃんは他の部員との関係性が悪いので普通ならば演奏しているうちにズレが生まれる筈なのだが彼女の才能はそんな事など諸共せず曲を輝かせていた。

 彼女には曲を輝かせる天賦の才能がある。その才能故に他の人達から妬まれてもいたが、冬天中は秕ちゃんのおかげで勝ち進むことが出来たようなものだ。もはや彼女無しではどうにもならない。それは皆が認めていた。だからこの練習中だけは彼女への嫌がらせは殆ど無かった。少なくともわたしが見ていた限りでは皆無と言ってもいいほど、嫌がらせは止んでいた。秕ちゃん本人はそれを気味悪がっていたが…。

 ともかく、あの時だけは全ての部員に団結感のようなものが生まれていたような気がする。わたしはそれが嬉しかった。仮初のものでも、やっと一つになれたような気がしたからだ。…そんな感じの日々は直ぐに過ぎ去って行き、あっという間にコンクール当日を迎えた。

 

 コンクール当日、会場に足を踏み入れたわたし達は、早くも他の団体の放つオーラに圧倒されていた。彼ら彼女らの表情は歴戦の戦士のそれで、気を強く持たないと耐えられない程の緊張感が会場を支配していた。心無しか、硝煙の香りが立ち込めているような気がした。…もちろんそれは幻覚なのだろうけど、そういった気がするほど会場は緊張感に満ち溢れていた。

 わたし達の順番は丁度真ん中くらいだったので、出番が来るまでに幾つか他校の演奏を見ることが出来た。どれもレベルが高く、引き込まれるような演奏だった。

 演奏を見ながら不安が身体中を覆い尽くすのをはっきりと自覚した。わたし達はこの中でまともな演奏をする事ができるのか。会場の雰囲気に呑み込まれてしまうのではないか…そんな考えばかりが浮かんでくる。

「…咲」

 不意に誰かがわたしの名前を呼んだ。隣に座っていた秕ちゃんがわたしをじっと見つめていた。

「なあに?」

「アンタ、怯えてんの?」

 秕ちゃんはいつもと変わらない。わたしを含め、周りは皆この舞台の迫力に気圧されているのに、彼女は平然としていた。

「…だって、こんな舞台初めてだし…」

「そんなの、いつも通りやればいいだけでしょ。逆になんで気圧されてるのか理解できないね」

 仲間についてのあの一件以来、秕ちゃんとわたしには何かしらの溝が出来た。表面上ではいつもと変わらなくても、わたしと彼女の距離は離れていったのだ。自然に彼女と話す機会も減っていった。そんな彼女がわたしに話しかけてきた事にびっくりしつつ、やっぱり彼女の事を凄いと思う。

「秕ちゃんは、凄いよ」

 思った事が自然と口に出ていた。

「わたしは今にも倒れそうなくらいなのに秕ちゃんは冷静で…本当に凄い」

 秕ちゃんは視線を逸らした。少し照れているようにも見えた。

「別に…慣れてるし。ま、全力で演奏すればいいんじゃないの。もしミスをしたとしても、それはもう起こった事なんだから気にせずやればいいんじゃない?」

 確かにそうかもしれない。でもわたしはどうしても恐れてしまうのだ。自分のミスで全てが瓦解する事を…。

 幾らパーカッションと言ったって目立つ時は目立つ。特に今日演奏するのはわたしが担当するティンパニのロールから始まる曲なのだ。少しのミスが、命取りとなるかもしれない。

「…もし、さ」

「ん」

「もし、何か重大なミスをしてしまって、それで起こった事をやり直せる機会があったとしたら…そのチャンスを使うべきかな」

 秕ちゃんは少し思案した後、おもむろに言った。

「その機会が全員に与えられたものなら、それを行使するべきだろ。でも、それが誰かひとりにだけ与えられたものなら…使うべきじゃないんじゃないか?フェアじゃないし、何よりそれは使い方を間違えれば今まで積み上げできたものを否定しかねないしね。ミスを受け入れて前に進むってのも一つの手段だろうし」

 ま、あたしが言う事じゃないだろうけどさ。…そう言って彼女は薄く笑った。

「そんな物が仮にあるとして…使い方はその時に決めればいい。今はアンタはアンタの出来ることを精一杯やりな」

「…うん、ありがとう」

 秕ちゃんの言葉に、わたしは勇気付けられた。

 

 

 …やがて、出番の少し前になり、わたし達は舞台裏で楽器搬送をしていた。

 演奏も緊張するけど、楽器搬送はそれ以上に緊張する。搬送する順番が間違っていたりしたらミスに繋がる可能性もあるし、舞台裏は意外と狭い…楽器に傷を付けでもしたら大変だ。

 わたしはティンパニを搬送していた。わたしは序盤でティンパニを演奏するから必然的にティンパニを搬送し、チェックをする役目を負っていた。最も、ティンパニは四台で一組な為一人では搬送出来ない。コンクールに参加しない一年生と協力しながら搬送していた。チューニングは一応済ませてあるが、このティンパニはかなり古い為時折音が変わる事もある。ステージではチューニングをしている時間はあまり無い為、時折音をチェックしながら搬送していた。

 ちなみに、中盤〜終盤にかけてティンパニを演奏するのは秕ちゃんだ。中盤からの部分でわたしが演奏出来ない部分があった為、途中で彼女と交代する事になっていた。

 秕ちゃんはグロッケンを搬送している。ステージに着いてグロッケンを設置し終えたらティンパニのチェックをわたしとする手筈になっていた。

 

 そしていよいよステージに着いた。

 ライトがステージを照らしあげ、観客席には多くの人がいる。夢のような舞台に、わたし達は居た。

 …そんな感慨に浸る間もなく、楽器の配置が猛スピードで行われる。わたしもティンパニを配置し終え、チェックを始めていた。予行練習よりも遥かに早いスピードだ。それに安心したのか一緒にチェックをする筈の秕ちゃんは自分が担当する楽器の前でスタンバイしていた。

 

 

 でも、それが全てを引き裂くきっかけだった、

 

 

 

 チェック中、突如一つのティンパニのペダルが上がり、調律が不可能になった。ペダルを下げようとしてもバネ細工のように元に戻る。しかも不運な事に、そのティンパニは最初のロールで叩くものだった。

「………あ………」

 事故だった。音は明らかに狂っていて、演奏には絶対支障が出るだろう。

 このティンパニは古い。こういう事はかなり起こる。だから直し方は分かっている。でも今はステージの上。圧倒的に時間が足りない。このまま、やるしかない…。

 突然のトラブルに気付かない先生が全体をぐるりと見回し、OKサインを出す。

『続いては、○○市立冬天中学校の演奏です。演奏曲は……』

 アナウンスの後、先生が観客席の方を向いて一礼してから指揮棒を構える。

 時間が止まればいいと思った。皆の演奏を、間違った音で汚したく無かった。

 

 

 指揮棒が振られる。

 

 わたしの手は自然に動いていた。

 

 静かなロール。

 

 狂った音。

 

 先生が怪訝そうにわたしを見る。

 

 泣き出したいのを堪えながらティンパニを叩く。

 

 逃げ出したいけど逃げ出せない。

 

 他の楽器が音を奏で始める。

 

 綺麗な音。保たれた秩序。

 

 ティンパニのズレた音がそれを打ち砕く。

 

 わたしの意識は諦念と後悔に囚われる。

 

 中盤、事務的に秕ちゃんと交代する。

 

 彼女にズレた音を奏でて欲しくない。

 

 そんな願いは、あっさり打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わった。

 何もかも…全てが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 …気が付くと、わたしはロビーで項垂れ、涙を流していた。

 演奏が終わった事や、楽器を搬送した事の記憶が無い。…わたしのせいで、全て台無しにしてしまった。その事実にただ打ちのめされるばかりだった。

 …失敗なんて、フィクションだと心の何処かでは思っていた。そうなって欲しくないと心配しながらも、いつも通りやれば大丈夫だと思っていた。

 だけど今、それはノンフィクションとしてわたしを打ちのめしている。

 皆の希望を、わたしは奪ってしまった。絶対に許される事ではないし、償えるものではない。

 周りにいた部員や先生はわたしを気遣ってかただ一言「大丈夫だよ」とだけ言って会場に戻っていった。…その言葉から感じ取れる悔しさに、ミスをした自分への怒りが湧き上がってくる。

 折角全国大会に辿り着けたのに、わたしのミスのせいで全てを無駄にしてしまった。

 皆に合わせる顔が無いし、こんな事を起こしてしまった自分が許せない。

 ならば、いっその事、責任を取ってわたしは―

 

 

 

 

 

 

 

「キミは、自分の運命を変えたいのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、声が聞こえた。

 聞き覚えのない声に俯いていた顔を上げる。

 

 

 

 

「…もし、キミが運命を変えたいのなら…ボクと契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 

 

 白い妖精が、目の前に居た。




次回で過去編は終わりの予定です。
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