ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
「ボクと契約して、魔法少女になってほしいんだ!」
ある日唐突に現れた白い獣は、真奈と美奈にそう言った。
ソイツの第一印象は、胡散臭いというものだった。白い獣…キュゥべえは口を動かさないし、目は無機質なビー玉みたいで気持ち悪い。誰かが悪戯で、精巧な人形を送り付けて来たに違いない、と思った。人形が喋る(しかも脳内に直接語りかけてくる)時点で現実離れしているし、こんな手の込んだ悪戯をする人間も思いつかなかったのだが。
その時は適当な事を言って追い返した。然し、その後もキュゥべえは行く先々に現れた。鬱陶しいを通り越して、何故そこまで自分達に執着するのか不思議なくらいだった。キュゥべえに言わせれば「キミ達が魔法少女になれる素質を持っているからだよ」との事だったが。
真奈は必死にソイツを追い返した。自分でもよく分からない内に「コイツは危険だ」と本能が判断したのだ。
よく分からないし、気持ち悪い。だが、それ以上に…一片の非日常が、平和な日常を破壊してしまう事を、真奈は恐れていた。
それと同時に、妹が魔法少女に…魔法少女になる事でひとつだけ願いを叶えられるという事に興味を抱きつつある事にも気付いていた。
美奈の人生だ。自分が止める資格は無い…普段ならそう言うだろう。だけどこの時の真奈は、漠然とした不安を抱えていた。
根拠は無いが、キュゥべえと契約する事で何もかも終わってしまう様な…そんなぼんやりとした不安が、真奈の胸の奥に留まり続けていた。
*
「…っち、またかよ」
ある日、自宅で漫画を読んでいる最中の事。
何気無く窓の方を見てみると、そこには見たくない姿があった。
勉強をしていた美奈もそれに気付いたらしい。立ち上がり、窓を開けてその生き物―キュゥべえを入れてあげていた。
「ありがとう、美奈」
「おいおい美奈、そのクソタヌキにそんな事しなくてもいいって」
勉強の邪魔だ出ていけよ―真奈は噛み付くように言ったが、そもそも真奈は勉強していないので言い訳にすらなっていない。
「キミは勉強していないみたいだけどね」
自分で分かっている事をキュゥべえにも指摘され、無性に苛立った真奈は無言でキュゥべえに近付くとその躰を掴み、開いたままの窓から投げ捨てた。部屋は二階にある為、人間なら落ちたらそれなりに怪我をする筈だ。だがキュゥべえは人間ではない。むしろ猫に近い形状をしている為、無駄だろうなと諦めてもいた。
「お姉ちゃん!?」
やりすぎだと思ったのか、美奈が窓から下を覗き込む。
すると、憎たらしい声が頭の中に響いてきた。
「ひどいじゃないか」
声の調子からして、傷一つ負っていないらしい。とことんむかつくヤツだ。
「なんで無事なんだよ」
真奈も下を覗き込み、キュゥべえが何事も無かったかのようにそこにいるのを見て顔を顰めた。
「まったく…もっと大事に扱って欲しいよ」
「言ってろ。とっとと失せないと今度こそぶっ殺すぞ」
「お姉ちゃん…」
美奈は、容赦無く暴言を吐く真奈に呆れていた様だった。
だが、これは美奈の為でもあるのだ。
妹は、コイツの話に興味がある…真奈は確信めいたものを持っていたので、キュゥべえをなるべく近寄らせたくはなかった。
勿論、最後に決めるのは美奈であって自分では無い。だが今回ばかりは危険過ぎる。魔法少女がどんなものかも十分に分かっていないのだ。
妹は、その事を理解しているのだろうか。
…それとも、理解した上で魔法少女になるつもりなのだろうか。
もしそうだとしたら…その時、自分はどうすればいいのだろう。
真奈はキュゥべえを睨みつけながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。
…美奈が魔法少女になる決心をしたと真奈に打ち明けたのは、その数日後の事だった。
*
「…アンタ、本当にやるつもりかよ」
夜の公園には人気が無く、街灯に群がる蛾だけがやたらと目についた。
美奈はキュゥべえを呼び出し、今まさに願いを叶えてもらおうとしていた。
現れたキュゥべえはいつもの様に無表情でこちらを見ている。決心した美奈が願い事を言う、その前に―真奈が美奈に言った。
「本当に、その願いで魔法少女になるつもりか?」
「うん。もう決めた事だから」
「…やめておいた方がいいと思うけどな」
真奈は真剣な眼差しで美奈を見た。
「魔法少女になる事も、その願いの事も…だいたい、森岡はヘンテコなヤツだ。あんなヤツの為に命を掛けるなんて」
美奈が「魔法少女になる」と真奈に打ち明けた時から、何度も言ってきた事だ。
だが、美奈の心は変わらなかった。
「お姉ちゃん」
美奈はハッキリとした声で真奈を制止する。強い口調では無かったものの、そこに込められた意図を感じ取った真奈は黙り込んだ。
(…邪魔するなって言いたいのかよ)
そこまでして叶えたい願いだというのか。
誰かの為に、命を投げ出すというのか。
だが、止めない訳にもいかない。真奈が再び声を上げようとした、その時…。
「キュゥべえ」
美奈がキュゥべえを真摯な目で見る。それを見て、真奈は叫んだ。
「おい、美奈…ッ!」
「私は…」
―森岡くんと一緒の時間を共有したい。
真奈が声を上げたその時には、既に、美奈は契約を終えていた。
何かのコスプレの様な衣装に身を包み、槍を携えた美奈の姿を見て、真奈は心中で呟いた。
―本当に、これで良かったのか?
その答えは、今の真奈には分からない事だった。