ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
願いの効果によって、美奈と森岡は恋人になった。
といっても何かが変わったという訳では無いらしい。一日中森岡と居るとかそういった事は無かったし、真奈とふたりで下校することもあった。本当に恋人同士なのか疑問を覚えたが、美奈は幸せそうだった。
それと同時に、美奈はその裏で行われる魔法少女の戦いに疲れているようだった。孤独な戦いを強いられ、ひとり苦しむ美奈を真奈は見ていられなかった。
何度か魔女との戦いに巻き込まれてしまった事があったが、アレはまさしく命懸けだ。
それなのに真奈以外、美奈の苦しみを認知していない。それは真奈の想像以上に苦しく、辛い事の様だった。
美奈は表では明るい笑顔を浮かべながら、その実どんどん憔悴していっている。このままだと近い内に、美奈の心が壊れてしまうかもしれない…そう思った真奈は、美奈にひとつの提案をする事にした。
*
「…なあ美奈、大丈夫か?」
ある夏の夜、真奈は魔女を討伐して家に帰って来た美奈にそう訊いた。
「大丈夫って?」
「お前、最近疲れてるだろ…魔女との戦いが苦しいんじゃないのか?」
「…ううん、大丈夫だよ…」
すぐに嘘だと分かった。美奈はかなり疲れている。その証拠に視線が覚束無いし、笑顔も辛そうだった。
真奈は美奈を睨むように見て、「嘘をつくな」と低い声で言った。
「そのくらいわかるよ。それに、あたしだって魔法少女の事は知っている…少しくらい頼れよ」
「お姉ちゃん…」
「…あたしは、森岡もキュゥべえも嫌いだ」
真奈は静かな声で続ける。
「だけど、アンタは放っておけない…だからさ、美奈…森岡に打ち明けないか?」
「え…」
真奈の提案に美奈は驚いたようだったが、直ぐに首を横に振った。
「ダメだよ…そんな事したら、セイ君まで巻き込む事になる!」
優しいヤツだ、だが…
「それでいいんだよ。アンタも思ってるんだろ?誰にも知られずに戦うのは辛いって」
「それは…」
「アンタひとりが苦しむ必要なんてない。アイツはアンタの恋人なんだろ?なら、打ち明けるべきだ…それでアイツが訳分からないとか巫山戯た事を抜かす様ならその時はあたしがぶっ飛ばすからさ」
「ぶ、ぶっ飛ばす…」
とにかく、打ち明けてみな―真奈がはっきりとした口調でそう言うと、美奈は逡巡しながらも頷いてくれた。
普段なら首を横に振る筈だ。自分でも限界だと分かっているのだろう。
…兎に角、これで美奈を説得出来た。
後は森岡だ。少しでも巫山戯た態度を取るようなら、その時は自分がヤツをぶっ飛ばそうと心に決めた。
*
真奈の予想に反して、森岡は美奈の話をあっさりと信じた。
打ち明けたタイミングで魔女が出現した事が効いたのかもしれない。一歩間違えたら死ぬ所だったのでヒヤヒヤしたが、美奈のお陰で事なきを得た。
話が終わり、美奈と共に帰る。美奈は何処かぼんやりとしていたようだった。嬉しいのかどうなのか、よく分からない。
だけど―
「…よかったな」
「えっ?」
「森岡が信じてくれてよかったなって」
真奈は無表情で美奈を見る。美奈は何故か驚いた様な顔をした後、ぼんやりと頷いた。
「うん…」
これで美奈の気が晴れるならそれでいい。
森岡はムカつくヤツだが、そんなヤツでも美奈には必要なのだ。
…同時に、アイツさえいなければ、美奈は苦しまずに済んだのにとも思う。
なんであんなヤツの為に命を掛けられるのか分からないし、美奈に釣り合う人間だとも思えない。
だけど、もう遅い。
自分がどうこう言っても仕方が無い事なのだ。
そこで思考を止め、真奈は無言で歩き続けた。
夏の茹だるような暑さが、酷く不快だった。
…美奈が魔女との戦闘で死亡したのは、その数日後の事だった。
*
森岡の友人である皆本慎也から妹が死んだという報せを受け取った時、躰から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
涙は出なかった。その代わり、頭が真っ白で何も考えられなかった。
「うそだ」
口から出たのは、普段の自分とは掛け離れた、弱々しい声。だがそれを気にする余裕は無い。
頭が嫌でも状況を理解し、空っぽだった思考が活動を始める。
妹を殺したのは魔女だろう。それは分かりきっている。そして、自分がソイツに勝てる見込みは無い事も。
そんなどうにもならない時に心を壊さない為に責任転嫁をするのは当然の事といえる。その例に漏れず、内側から溢れた怒りはある人物に矛先を向けた。
「…殺してやる」
思わず口から溢れた本音に、然し冷静な自分が異議を唱える。
殺すのではない。
自分の無力さを、嫌という程味あわせてやるんだ。
それが罰だ。
妹が死ぬ原因を作った森岡への…罰だ。
そう信じて、真奈は美奈の死体―無惨に切り取られた頭部がある河川敷へと向かった。
*
真奈が河川敷に着くと、倒れた森岡を慎也が介抱していた。
「真奈ちゃん…」
「…ソイツは?」
「気絶してるだけだよ。それより、美奈ちゃんが…」
「死体は?」
「川に…浮かんで…」
思い出したのか、慎也は口を手で押えた。
「…そうか、分かった」
美奈の死体は見たくなかった。今朝、家を出る時に浮かべていた笑顔を焼き付けておきたかった。
「……ん」
その時、森岡が目を覚ました。
「セージ…」
慎也が安堵したように息を吐き出す。だが、すぐその表情は暗いものに変わり、彼は俯いた。
「美奈ちゃん…なんで…」
慎也の声は震えていた。森岡は無表情で、唇をきつく噛み締めていた。
「…森岡」
真奈は森岡に声を掛ける。これ以上、コイツに被害者面をしていて欲しくは無かった。
「…何だい」
「ちょいと来な。話したい事がある」
そう言って、真奈はフラフラと歩き始めた。
*
「アンタは、どうして美奈が白タヌキと契約したか知ってるかい?」
暫く歩き、人集りから離れた所で真奈はそう訊いた。
「いや…知らない」
知らない…?
巫山戯るな。
アンタの所為で、美奈は…!
「そうかい。なら教えてやろう…アイツが願ったのはアンタだよ森岡」
「…どういう事だ?」
真奈は溜息をついて、それから続ける。
「アイツはね、アンタと付き合いたいって願ったんだ」
「え…」
森岡が目を見開き、固まる。
「…こんな事言いたくはないけど、言わないとやってられない」
真奈は一呼吸置いた後、静かに言った。
「アンタが美奈を殺した様なもんだ。アンタさえ居なければ美奈は生きていたかもしれないのに」
森岡は青白い顔になり、「そんな」とか「まさか」とかブツブツと呟いている。
「アンタにとっちゃ理不尽だろうけど、あたしはそう思ってる。なんで美奈がアンタなんかに惚れたのか分からないし、アンタからしてみればいい迷惑なんだろう」
でも、あたしは許せないんだよ―真奈はぶっきらぼうにそう言った。
その言葉で、森岡はその場に崩れ落ちた。
「僕は…僕が、美奈を…」
真奈は彼を見下して、冷たい視線を投げかけた。
「アンタに死ねとは言わない。だけど、何も無しじゃ余りにも美奈が可哀想だ。だから…アンタには絶望を味わってもらう」
そこで、考えていた事を実行に移した。
「白タヌキ!いるなら出て来い」
「ボクはここに居るよ。どうしたんだい?」
真奈が叫ぶと直ぐにキュゥべえが現れ、此方に無機質な視線を向けてくる。
「あたしを魔法少女にしな」
「それなら、願いを言うといい」
真奈は森岡に視線を向けつつ、最も望んでいる事を口にした。
「コイツに無力感を味あわせたい」
「…キミはその願いでいいのかい?」
「グダグダ訊くなよ白タヌキ。さっさとやりな」
キュゥべえは暫く真奈を見つめた後、頷いた。
「分かった。契約は成立だ」
キュゥべえが耳のような部分を真奈に向かって伸ばす。それは真奈の胸に入り、そこから眩く光る「何か」を取りだした。
「これがソウルジェムだ」
真奈の胸から取り出された「何か」が卵型の宝石に変わり、それと同時に真奈の服装が変わる。少しばかり露出が多い軍服の様な、奇妙な服装だった。
だがそんな事はどうでもいい。自分が魔法少女として戦う事は無いのだから。
「これでキミの願いは叶えられた」
キュゥべえの言葉に、真奈は満足そうに頷いた。
「そうか。なら、これで…」
―瞬間、辺りの景色が変化した。
廃墟と化した遊園地。
その中央に鎮座する、メリーゴーランドの化け物。
「…魔女」
森岡が引き攣った表情を浮かべて後ずさる。それとは対照的に、真奈は笑いながら魔女の方へと歩を進めた。
「森岡、アンタには無力感を味わってもらう。それがあたしの、ただひとつの望みだ」
真奈は後ろを振り向き、森岡を見て嗤う。
きっと森岡には、真奈の後ろに居る魔女が見えているのだろう。
「真奈―!」
「じゃあね森岡、せいぜい後悔しな」
次の瞬間、
真奈の上半身は、無惨に食いちぎられていた。
意識が消える直前、真奈は「ざまあみろ」と呟いた。
(…これで、美奈に会いに行ける)
正しい事をしたという認識を抱えたまま…真奈の人生は、そこで終わった。
…今もまだ美奈には会えていないし、森岡がどうなったのかも分からない。
だけど、自分は正しかった…その気持ちだけは、今でも持ったままだ。
いつか美奈に会えたら、この事を話してやろうと思っている。
その機会があるのかどうかは…まだ分からないけれど。
真奈の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。
真奈編のあとに書く予定だったお話(反町渚編)はここでは書かず、独立した作品にしようと思っています。理由としては、
1、渚は殆ど本編に関わってきていないから。
2、他の魔法少女ストーリーの様に纏めようとしたけれど長くなったから。
このふたつが挙げられます。
なので、次回から本編再開となります。急ではありますが、よろしくお願いします。