ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 作:転寝
マギアレコードがサービス終了するという事で、久しぶりに続編(らしきもの)を書く気になり書いたものです。
この作品を書いた当時とは作風も文章の雰囲気も変わっていますが、あえて当時の雰囲気に寄せてみました。ですがキャラの性格までは真似できなかったので、当時とはかなり変わっています。
ちょっとした気の迷いで書いたものだと捉えて下さると幸いです。
永遠を刻む物語
気付くと、星屑の中にいた。
上も下も、右も左も分からない。宇宙空間に放り出されたかのように、身体が重力から解き放たれている。
ここはどこで、自分はいままで何をしていたのか─それを思い出す前に、自分とは別の声がそれを気付かせてくれた。
「久しぶり、咲ちゃん」
そこで漸く、目の前にいた存在を認識する。
知っている少女だったが、彼女が身に纏う衣装と雰囲気は知らないものだった。なので咲の口からは再会を喜ぶ声ではなく、困惑に満ちた声が出た。
「いろは、ちゃん?」
目の前にいるのは、女神のように荘厳な衣装を纏った少女。この世のものとは思えないその姿を見て、夢を見ているのかと思ったが、少女─環いろははその考えを見透かしたかのように「夢じゃないよ」と言った。
「じゃあ…本当にいろはちゃん?」
「うん。私は環いろはだよ。咲ちゃんが知っている、神浜にいた魔法少女」
いろはは微笑むと、こっちにおいでと言わんばかりに手招きをする。
つられていろはのほうに歩み寄ると、彼女はどこからともなく一冊の本を取り出した。
「これは?」
「マギアレコード。魔法少女の物語を纏めた記録だよ」
魔法少女の物語を纏める─その言葉で連想したのは、とある青年。彼は普通の人間でありながら魔女を視る事ができ、魔法少女についての記録を纏めていた。
だが、どうしてそんなものをいろはが持っているのか、と思う。それを問いの形にしてぶつけると、いろはは「今から話すね」と言って、マギアレコードのページを捲り始めた。
*
長い時間を経て、いろはの話は終わった。
とても壮大な話だった。辛くて、苦しくて、悲しくて…けれど最後は希望で終わる、そんな話だった。
「じゃあ、魔法少女は魔女化の運命から解放されたんだね」
咲は安堵と悲しみが綯い交ぜになったような口調で訊いた。
いろはは頷くが、咲にはそれを喜んで受け入れることはできなかった。
自動浄化システムによって魔法少女が魔女化の運命から解放されたのは喜ばしいことだったが、その代償としていろはやその妹である環うい、そしてういの友人である里見灯花と柊ねむは過酷な運命を背負う事になった。
誰かの幸せには、誰かの犠牲が必要で、その宿命には魔法少女ですら抗えない─それを痛感し、重苦しいものが喉に入り込んだような錯覚を覚える。
「でも、それでいろはちゃんが犠牲になるなんて…」
「確かにみんなと別れるのは辛かった。だけど、これは私が決めた事だから…だから、後悔はしてないよ」
いろはは目を細め、微笑みながら咲の頭を撫でる。母親が幼い子供を宥める時のような仕草に、いろはが人間を超越した存在になった事を痛感し、一抹の寂しさを覚えた。
「ところで、咲ちゃんはどうしてここにいるの?」
少し経ち、一歩離れたいろはがそう訊いた。
「分からない…気付いたらここにいたから」
「ここに来る前の事は覚えてる? その…自分が、魔女になった後の事は…」
そこも曖昧模糊としていた。
絶望の中で魔女になった事は覚えている。とても苦しく、辛く、悲しかった事も。
でも、その後の記憶はどこかぼんやりしていて、鮮明に像を結ばない。
誰かに会ったような気がする。何かに導かれたような気もする。だけど、やっぱり思い出せない。
唯一、覚えている事はひとつだけ。
「ずっと、人を探している…と、思う」
「人を?」
「確証はないけど、でも、そうだと思う。誰を探していたのかの心当たりもあるし…」
自分で自分の事が分からないなんて、変な話だと思う。
でも、魔女化は普通の死とは異なる。だから、覚えていないのも不思議では無いのかもしれない。
咲の言葉を聞いたいろはは「そっか…よければ誰を探していたのか教えてほしいな。私も力になれるかもしれないし」と微笑みながら言った。その姿と記憶の中にあるいろはが重なり、自然と笑みが零れる。
しかしその笑みは探していた対象の名前を口にした時に消え、代わりに浮かんだのは贖罪の色が濃く浮かんだ苦悩の表情だった。
「…秕ちゃんと、森岡さん」
その名前を聞いたいろはもまた、眉を下げる。
「謝っても赦されない事は分かってる。だけど、償わないと。わたしが、ふたりを殺したんだから…」
自分に関わった所為で、ふたりは死んだ。
もう顔も見たくないかもしれない。だけど、自分に出来る償いはしないといけない。
たとえそれで、輪廻の輪から外れ、消滅する事になっても。
「だから、わたしはふたりを探すよ。…そうだ、いろはちゃんはマギアレコードで魔法少女の記録を見る事が出来るんだよね。なら、秕ちゃんの手掛かりを探す事って出来るかな」
咲が訊ねると、いろはは暫し黙考したのちにマギアレコードのページを開いた。
手を翳すとページが捲られていき、目的の記述へと向かっていく。ハードカバーくらいの大きさの本で、そこまで厚くないはずなのに、ページが尽きる事はなかった。
やがて辿り着いたページを読んで、いろはは難しい顔になる。「どうだった?」と咲が訊くと、ややあって口を開いた。
「確かに、吹綿さんの記述はある。だけど─死後の事は曖昧で、あまり深くは分からない」
そう言った後、いろはは済まなさそうに続けた。
「私が咲ちゃんを見つけられたのは本当に偶然なんだ。魔力の残滓のようなものが残っていたから、それを辿っただけ。マギアレコードには死後の記述は曖昧にしか書かれていないし、魔力探知の範囲を拡げれば吹綿さんを探す事は出来るかもしれないけれど…そもそもここにいない可能性もあるから見つけるのは難しい…かな」
ごめんね、と力なく呟くいろは。
その姿を見て、咲は何故か少し安堵した。
魔法少女を見守る、かみさまのような存在になっても尚、いろははいろはなのだ。全知全能ではない姿を見た事で、それを実感した。
「ううん、大丈夫」
魔法少女と縁が深いとはいえ、ただの一般人でしかない森岡と、魔法少女ではあるが既に現世にいない秕。ふたりを探すのは想像を絶するほど大変な事で、もしかしたら永遠を彷徨っても見つける事は叶わないかもしれない。
だけど、それでも─咲はふたりを探さないといけない。
それが、自分に残された贖罪の機会であり、唯一の道標なのだから。
「ありがとう、いろはちゃん。もう行くね」
星屑の中をどのようにして進めばいいのかは分からないが、時間が無限に残されている訳でも無い。いろはと話せたのは嬉しかったし、このままずっと一緒にいたい気持ちもあるが…今は、やるべき事をやらなければ。
重力がないので泳ぐように進み始めたところで、背後からいろはの声が掛かった。
「咲ちゃん!」
振り返ると、いろははマギアレコードを持ちながら「私、ずっと見守ってるよ」と言った。
「咲ちゃんと出会えた事も、咲ちゃんを助けられなかった事も、ずっと忘れない。これまでの事もこれからの事もずっと記録し続ける。だから…また、逢おうね」
次に瞬きをした時、いろはの姿はどこにもなかった。
咲はもう振り返る事なく、星の海を漂い始める。
傷は癒せても、記憶は残る。
この物語も、いろはが記録する事によって永遠に残り続ける。
秕と森岡が受けた痛みも──記憶となって残っているかもしれない。
だけど、それでも─
(…わたしは、ふたりに逢いに行く)
やがて、咲の姿は星々に溶け込んで消えていった。
後には何も残らなかった。歩んできた道を刻む足跡も、咲がいた痕跡も、何もない。
ただ、彼女が─彼女達がいたという物語が残るだけ。
それだけの事だった。
【おわり】
これにて完結。もう続きません。
この作品も、数多ある魔法少女の物語のひとつとしてマギアレコードに刻まれると嬉しいな……そんな気持ちで書いた短編でした。
読了ありがとうございました。