ファルネースの聖女   作:よすぃ

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登場人物

■シャグナ
 ファルン。浄化の民ラグルド氏族の青年。かつて、親友を亡くした傷は癒えぬまま、一族のあり方に疑問を持つ。


シャグナの章

「コリンは守れなかった。そして君も守れないだろう。だけど、この世界は守ることができる。僕は君と共にこの世界を守ることを、誇りに思う――」

 ――シャグナ。二十歳、男。滅びたはずのラグルド氏族の末裔。

 

 * * * * * * * *

 

 海が荒れていた。自然ではないマナの流れをひしひしと感じた。

 マナはこのファルネース上のありとあらゆる場所に存在し、ありとあらゆる事象に関与する。マナは一度、外部から変化を加えられると、もとの形に戻ろうとする性質を持つ。

 今、海に宿るマナは元に戻ろうとするあまり、自然界に干渉していた。結果がこの津波だ。

「どこかでゲートが開いたようじゃな」

 族長サキンは強く目を閉じると、マナを操るべく意識を集中させた。

 僕もそれに倣い、マナを操るべく、腰に提げた布袋の口を開けた。中には黄緑色の砂が入っている。

 ファレスタ山脈でだけ取れる特殊なマナストーンを砕いたものだと聞くが、僕はマナの知識に疎い。深い由来はわからなかった。しかし、この黄緑色の砂の扱い方に関しては違う。亡き親友の形見なのだ。知らないでは済まされない。

 不必要に力の入る指先をほぐしながら、少量の砂を掴んだ。さっと撒くと、砂は風に乗って海へと流れていった。

 僕はは海面に熱のマナを加えるべく、意識を集中する。強く、強く。

「燃えよ、消えよ!」

 意識を集中させるための詠唱であり、必ずこの手順を経ないと魔法を使えないわけではない。しかし僕にはこの方法が性に合っていた。

 僕のマナが、族長のマナに相乗作用し、より大きなマナの揺れを起こす。二つの魔法は津波にぶつかり、一気にはじける――。

 津波は蒸発して、消えた。

「さすがはシャグナじゃな」

 族長は感心した様子で言った。

「いえ、僕なんてまだまだです」

 つい目をそらしてしまった。そのまま津波を警戒している風を装う。

「そんなに、族長になるのは嫌か」

「そういうわけでは……」

 わかっておる、と族長は言った。

「だから外に出なんだろう。集落の守り手など退屈な仕事ばかりしておる。若い衆はみな外に憧れ、浄化の任務につけることを誇りにしておると言うのに」

 僕は黙って海を見つめ続けるふりをした。族長が嘆息する気配を感じる。

「やはり辛いか、コリンの死は……」

「そんなのではありません、そんなのでは――」

 じゃあどういうわけか、と族長が尋ねようとするのを遮り僕は訊いた。

「この海の荒れよう、近くでゲートが開いたのですね」

 族長は表情を険しくして頷いた。

「また、アースよりヒュマンがやって来たのだ。すぐに浄化せねばなるまい」

「族長。ヒュマンはそれほどまでに憎むべき存在なのでしょうか」

 僕にはわからなかった。

 確かにアースは異世界である。このファルネースとはかけ離れた次元に存在し、僕たちは異なる性質を有する。

 かの地より来訪した者はヒュマンと呼ばれるが、このファルネースの住人ファルンの外見上の違いを見つけることは難しい。

「確かにヒュマンの身体能力はずば抜けていますし、彼らとファルンの間にできた子には、恐ろしいほど強力なマナの使い手が現れることも確かで、脅威といえば驚異かもしれません。しかし彼らの心は、僕たちと何も変わらない。彼らは……」

 族長は黙って聞いていたが、それを遮った。

「それ以上は言うな、シャグナよ。次期族長の候補に選ばれたときに、お主も聞いたであろう。かつて。古の昔に、この世界に起きた悲劇を」

「それは……」

「なぜ、ラグルド族が歴史から姿を消し、こうやって隠れ住みながらファルネースの浄化を続けておるのか。今一度しっかり考えるんじゃな。我らが使命、ゆめゆめ忘れるでないぞ」

 族長はそれ以上は言わずに踵を返すと村へと戻って行ってしまった。

「忘れていない。忘れてはいないが……」

 穏やかになった海に、思わず一人言を漏らしてしまう。

 そう、僕は忘れていない。ラグルドの掟も、親友コリンの死も。

 

 ふと、浜辺に鞄らしきものが流れ着いているのに気づいた。水をはじく造りのようで、開けてみると中は海水に濡れておらず、無事だった。

 円筒形の金属や、薄い書物のようなものがいくつも入っていた。ファルネースでは見かけることのないペンもあった。

「ヒュマンの物か……」

 鞄の底に入っていた手のひらくらいの大きさの紙のようなものを開くと、異世界の文字で何やら書かれていた。

 その脇には少女の顔が描かれている。どうすればこのような絵が描けるのだろう。少女の絵は、まるで今にも動き出しそうなほど巧かった。

 絵に描かれた少女はメガネをかけている。ファルネースで主流のヴェリ製のものではない、細かい骨組みのものだ。少女は自分より若く、その顔にはまだ幼さが残っていた。短く切り揃えられた髪が、あどけなさに拍車をかけているのかもしれない。

 年頃も、髪型も、コリンを彷彿させた。

 ヒュマンであるこの絵の少女と、ファルンであるコリン。二人には何の差異があるというのだろう。

「……ラグルドの使命、か。僕にはわからないよ、コリン」

 見上げた空にはいくつもの星がまたたいていた。僕には、その星たちが黄緑色した砂粒のように見えた。

 

 *

 

「シャグナ」

 コリンの声が聞こえた。おぼろげだった輪郭が形を帯び、見慣れた彼女の姿になる。

「ああ、コリン」

 僕に彼女は微笑み、言った。

「ヒュマンやカオス、それに弱者であるハーフを殺すことって、良いことかな?」

 コリンはまたそんなことを言い出す。

「殺すのとは異なる。僕ら浄化の民ラグルドの使命だ。……危険だから」

 それを聞いてコリンは険悪な表情になった。

 しかし僕は間違いなど一言も口にしていない。コリンがなぜ腹を立てているのか理解できなかった。

 コリンは怒った顔を少し哀しげに歪めて、静かに口を開いた。

「ヒュマンが危険、かな?」

 異世界アースから来訪したヒュマンがマナの影響で強力な身体能力を得る。彼らは時にその驚異的な力を用いて、力なき人々を傷つけた。

「ヒュマンの力は……危険だ」

 答えた僕にコリンは質問を重ねる。

「ファルンの魔力は、ヒュマンに無いんだよ? 彼らは魔法を扱えない代わりに、優れた身体能力を得た。それって、いけないこと?」

「ヒュマンとファルンの子供は、時に恐ろしい力を持って生まれて来る。君も知っているだろう! カオスだ!」

「ヒュマンの子供はそんなに危険かな? カオスより、弱者であるハーフの方がもっとも多いのに」

 異世界アースの来訪者ヒュマンと、このファルネースの住人ファルンが子をなしたとき、たいていは親であるヒュマンの身体能力もファルンの魔力の素養もほとんど受け継がない。ハーフは突出した能力を持たないが故に弱者とされていた。

「その弱者のハーフの子孫もまた、カオスになる可能性を秘めているからだ……」

 僕は絞り出すように声を出した。喉がからからだった。頭がひどく、痛い。

「可能性よ。カオスが生まれてる可能性がすごく低くても、あなたはお構い無しなの?」

 僕は頷いた。カオスは危険だから。

「そう、それなら私も危険ね」

 そう言って嘲笑うコリンの顔は、焼け焦げて煤けていた――。

 

「――ぁあッ!」

 叫び声をあげると同時に意識が戻った。夢だとわかっていた。しかし、いつも抗えない。この悪夢を見るのは何度目になるだろうか。

 コリンを失ってから毎晩、輪廻のように繰り返し見ては寝覚めの悪い朝を迎える。

「コリン」

 愛しき友の名を呼べども返事はない。当たり前だった。彼女は死んだのだから。

 コリンはラグルド氏族の中でも落ちこぼれだった。魔法を扱うのにもマナアイテムを使わないといけないくらいで、いつもそれを気にしていた。

 ラグルド氏族は皆、ファルネースを護る使命を負って生まれてくる。ファルネースに危害を与えるものを浄化し、ファルネースに秩序をもたらす尊い役目だ。

 ヒュマンの子孫に稀に生まれてくるカオスは、時折、歴史にその名を残す。そしてその名には大抵の場合において“魔王”と冠されるのが普通だった。強すぎる力は人の心を歪ませる。それを浄化するのが、ラグルドに生まれた者の宿命だった。

 コリンは言った。そんなの、悲しすぎる。好きでそう生まれたわけじゃないのに、ただそれだけで疎まれ、殺されるなんて。

 彼女は、ヒュマンを、ハーフを、カオスを浄化することを良く思っていなかった。誰よりも弱いコリンは、誰よりも優しかった。

 次期族長の候補者として名を連ねる僕は、そんな彼女のことが誰よりも――好きだった。

 最期のとき、彼女は言った。弱い自分でも、魔力を爆発させてしまった。ファルンだって、世界の脅威になりうるのよ。

「……だから」

 窓の外はまだ薄暗かった。

「だから、僕はどうしたら良いかわからなくなったんだ」

 鳥の声が聴こえた。

 夜が明けるまで、まだ時間がかかりそうだ。

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