魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 復活しました。

 時間が空いた割に後半が深夜テンションのやっつけ仕事です。朝が来てから加筆修正は行ったのですが、上手くなったようには思えません。
 なのに、どのように改良すればいいのか、自分では検討がつきません。
 アドバイスなどあればお願いします。


第七話

 

 スクライア一族により発掘されたロストロギア――ジュエルシード。単体で願望機として起動させても不安定で危険な上に、研究が進んでいないため(おおやけ)には知られていないが暴走すれば次元震さえ引き起こす。後者の性質を把握しているのは現在のところ、元は次元航行エネルギーの開発を専門にしており、なおかつ昨今発見されたロストロギアの調査に余念のなかったプレシアのような奇抜な立場のごく限られた人間のみだろう。

 時空管理局データベース『無限書庫』にデータくらいは存在しているのかもしれないが、現在のところ無限書庫はその名の通り管理世界の書籍を収集し保存するだけの『書庫』としての役割が強く、望んだ知識を得るのはその手の専門家であるか、幸運に恵まれでもしない限り数ヶ月単位で時間が必要となる。

 さて、輸送艦の事故が原因で海鳴市にばら撒かれてしまったジュエルシードは、地球が管理外世界であるがために管理局が対処するべき業務としては優先順位のかなり低いものとして処理されていた。管理局の迅速な対応が期待されるのは、次元震を引き起こす性質を管理局が認識し、近くの管理世界の影響が危惧されてからの話となるだろう。

 管理外世界の事件というのはそういうものだ。万年人手不足が叫ばれている管理局に、未だ管理下においていない世界まで人手を派遣するほどの余裕はどこにもない。世界を滅ぼす力を秘めたジュエルシードだが、このロストロギア事件を管理局で注目している人間は皆無に近かった。

 しかし、全体から見ればごく小数とはいえ注目していない人間がいないわけではない。

 たとえばそれは、ジュエルシードの発掘責任者を担当していた責任感の強い少年。彼は単身で海鳴市へと乗り込み、ジュエルシードを回収しようと試みた。逆に異相体によって傷を負い、危機に陥った彼が二人(・・)の少女に助けられることによって事態は大きな変化を見せるのだが、それはまた別の話。

 たとえばそれは、要請を受け、管理局のルールに縛られながらも己の正義を貫き通そうとする若き執務官。そして彼に付き添う巡航艦のメンバーたち。彼らは事件が起こればすぐ現場に駆けつけることが可能な航路を取り、また、ジュエルシードについての情報収集に余念がない。彼らが次元干渉型のエネルギー結晶体、ロストロギアランクはA+に分類されるジュエルシードの実態を掴めば周辺管理世界への影響を防ぐという名目で現地入りすることも十分可能だろう。

 

 そして、ジュエルシードとはまったく関係なく以前から海鳴市に注目していた者たち。

 

 彼女は天文学的な確率で降りかかってきた不運に天を呪った。なぜよりにもよって第九十七管理外世界、しかもピンポイントで海鳴市なのか。さらにジュエルシードという、不安定で危険なロストロギアが絡む事件。

 自分たちにできたことといえば、現地に派遣される人員が少しでも信頼できる相手になるよう裏から手を回して調整し、そして時間が許す限り『対象』の護衛に就くことくらいだった。

 アレ(・・)を見つけてから七年と少し。危険と苦労の連続だった。三年前など、危うく交通事故で『対象』が死亡するところだった。その時に死亡した両親の知り合いだと騙り『対象』と接触、管理下に置けたのは不幸中の幸いであったが、あくまで幸運の産物でしかない。管理外世界といえど危険が存在するということを思い知らされた一件だった。あれ依頼、『対象』の生活範囲は魔法で何重にも防御を敷いている。

 不運はまとめてやってくるというべきか。『対象』を失うわけにもいかず、しかし管理局の目がある今、派手に動くわけにもいかず、戦々恐々としている中でさらなるトラブルが発生した。

 あからさまに使い魔とわかる少女が『対象』に接触したのだ。一応、現地住民には誤魔化しが効くように変装していたが魔導師からは一目瞭然だった。

 立ち振る舞いから見て、自分と同様白兵戦闘をかなりのレベルでこなせるタイプ。魔導師ランクまではわからないが、あれほどの使い魔を作成できる主人が無能ということはないだろう。この時期に現れたことを鑑みて、楽観はまったくできなかった。目的はロストロギアの回収か、それとも――。

 

(まだなの、アリア……)

 

 父への報告はもうすでに済ませた。彼の見立てでは機はもうすぐ熟する。十一年越しの悲願、アレ(・・)が長年振りまいてきた災厄を考えると数世紀に亘る悲劇の終着点と言ってよい計画なのだ。独断専行による失敗など許されない。彼女はそのことを重々承知していた。そうでなければとっくに飛び出していたところだ。

 あの使い魔は弱くはないが、自分が負ける相手だとも思えない。力尽くで情報を引き出すことはじゅうぶん可能だろう。今すぐ飛びかかって殴り倒してしまえと胃の奥で焼けつく本能を押さえ込む。相手が複数だった場合、それは完全な悪手だ。そして、あれが使い魔である以上必ず主人が存在する。

 まだ肌寒い春風。ゆっくりと温もりを増しつつある太陽。芽吹き始めた新緑も、彼女の心を静めるには至らない。

 

〈――ロッテ、聞こえる?〉

 

 待ちに待った己の片割れからの念話に彼女の尻尾がビンッと伸ばされる。ブロック塀の下を親子が微笑ましげな視線を彼女に向けながら通り過ぎていったが気づきもしなかった。

 

〈アリア、どうだった!?〉

〈結論から言うと、彼女たちは無関係(シロ)よ〉

〈ほんとうにっ!〉

〈……すこし落ち着いて。次元港の記録に残っていたわ。ミッドチルダ出身魔導師、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフ。身元もしっかりしてるし、個人転移での密入国じゃなくてきちんと公的な手続きを踏んで第九十七管理外世界に入っている。目的は観光だって〉

〈時期が時期よ。間違いない?〉

〈怪しいところは見当たらないわ。魔法の使用許可とデバイスの持込許可を取っているけど、これも緊急時に保護を求めるのが困難な管理外世界に行くことを考えたら不自然と呼べる程のものでもないし〉

〈そっか……〉

 

 アレ(・・)を見つけ出した勢力が力を欲して『対象』に接触したのではないかという最悪の懸念はひとまず回避された。ほっと一息ついたのも束の間、次の瞬間には冷酷に彼女は父の方針を確認する。

 

〈で、どうするの? 消す?〉

 

 この時期ならロストロギア事件に巻き込まれたと偽造しやすい。『対象』の周囲に張り巡らせた魔法を感知することは使い魔ならば容易だろう。それに、『対象』には父の顔も名前も嘘偽りなく伝えてしまっている。計画の犠牲となる『対象』に対し父が極力礼節を持って接しようとしていることを知っていたので当時は反対しなかったが、こういう状況だと話は別だ。

 下手に注目されて、その理由を探られでもすれば一気に計画が崩壊しかねない。そのことは彼女たちの父も理解しているはずなのだが……。

 

〈父様は極力認識阻害で誤魔化せって〉

〈……わかった〉

 

 懸念がないわけではないが、それが父の方針なら彼女は従うだけである。

 うーんと伸びをする。筋肉が熱を帯びて蠢動し、しなやかな身体を覆う毛皮が四月の大気の中でぶるりと震えた。

 

〈監視を続行するわ。その方法なら交代した方がよさそうね〉

〈明日の朝、いや、今日の夜まで()たせて。なんとか駆けつけるから〉

〈りょーかい。無茶言ってくれるわね~〉

〈無茶はお互い様。こっちもソレが精一杯なの。がんばってね、ロッテ〉

〈はいはい、っと〉

 

 彼女もまた、使い魔なのだから。

 

 

 時刻は四時を少し過ぎたあたり。太陽は真上をとうの昔に通り過ぎ、やや赤くなりつつある。暦の上では日本はもうすでに春のはずだけど、まだまだ肌寒い時期だ。

 よくよく見てみればはやてさんもクローバーのアップリケが入った薄手の萌黄色のトレーナーにベージュのスカートという格好だし。もしかして、半袖のぼくって少し浮いてる? うーん、使い魔の身体能力のおかげで多少の暑さ寒さは無視できるのが裏目に出たかもしれない。周囲の注目が痛い。

 

「おや、はやてちゃん久しぶり。元気にしてたかい? あ、これ持って行きな」

「あらあら、お買いもの? おまけしてあげるからちょっと見ていきなさい」

「おう、後ろのお嬢ちゃんはお友達かい。へえ、外人さんか。今の海鳴市ではこれが美味いぞ、数匹持ってけや。つぎからひいきにしてくれ!」

 

 想像通りというかなんというか、はやてさんは商店街で大人気だった。会う人会う人みんなが話しかけてくる。うん、注目を浴びているのははやてさんということにしておこう。実際に財布も出していないのに両手が荷物で塞がりつつあるし。

 そのすべてに笑顔で受けごたえをする彼女の対人スキルの高さは素直にうらやましいし、尊敬する。はやてさん経由で話しかけられてもまともに受け応え出来ないぼくと比較すれば、なおさらその年不相応の巧みな受け応えが際立つというものだ。……ふう、悔しいとか情けないと通り越してどうでもよくなりつつあるのは、かなりの危険信号だよなー。

 葛藤が無くなってきた自分に戦慄しながらはやてさんと二人で買い物を済ませる。はやてさんはもちろん、付き添いのぼくもおまけ攻勢に巻き込まれ今流行りのエコバック四個が飽和状態になってしまった。

 

「すみませんアルフさん。みんな悪気があるわけやないんですー」

 

 店が途切れて一息つけた時、はやてさんが振り向いて申し訳なさそうな顔をした。もしかして、疲れた雰囲気が出てしまっていたのだろうか。だとしたら誤解をさせてしまったかもしれない。この程度の荷物なら文字通り軽いものだ、肉体的には。

 

「愛されているんですね。さすがはやてさん」

「……おーきに」

 

 フォローしようとしたのだけど、上手くいかない。なんだかはやてさんの雰囲気が暗くなった気がする。せっかく公園を出てから商店街まで、好きな本の話題で盛り上がっていい雰囲気だったのに。

 ああん、もう、こぼれたミルクを嘆いていてもはじまらない。覆水盆に返らず。常に今からだ。経験が少ないのはとっくの昔にわかっていることなんだから、胸を借りるつもりでとりあえず何か言おう。

 

「荷物のことならお気づかいなく。可愛い子の荷物持ちは漢女(おとめ)の甲斐性ですから」

「なんか発音へんやないですか?」

「ふっ、漢女(おとめ)とは日本に古来より伝わる乙女と似て非なる存在。乙女が世間一般で言われる貞淑を貫く者ならば、漢女は己が趣味嗜好を胸を張って貫き通す者なり」

「そーなんですか? だったらおっぱいが好きな女の子っていうのも……」

「貫き通せば漢女ですね」

「そーなんやー、って、アルフさんその日本文化間違(まちご)うてますから」

 

 短い会話の中で話題が二転三転した気がするが、気にしない。空気が明るくなったので過去は振り返らない方針で。テンションが安定しないのはデフォルトだと口が開けなくなるからだ。気持ちが沈みがちになりそうなところを無理やり上げて思うがままに口走る。もしこれまでの会話が文章として記録されていれば完全な黒歴史だね。自分でも何言ってんのかよくわかっていない。

 

「……ふふ、なんや嬉しいなー。アルフさんみたいな美人さんに可愛いって褒めてもらうんは照れますわー」

 

 あ、そこ? はやてさんが機嫌良さそうになったのってそこが原因?

 

「はやてさんが美少女なのはともかく、ぼくは言うほどのものでもないと思うんですけど……」

「む、アカンで。謙遜は日本では美徳って言われとるけど、やり過ぎは嫌味になります。アルフさんはスタイル抜群やし、胸も大きいし、姿勢もいいし、髪も綺麗やし、胸が大きいし、どっからどう見ても別嬪さんや。郷に入っても郷に従えばいいというもんでもないんです。むしろその立派なモノを自慢せな!」

「えーと、ありがとうございます?」

 

 褒めてもらって嬉しくないわけじゃないけど、全然実感がわかない。確かに格闘技やっているから重心のブレは一般人より少ないと思うけど。空の高速戦闘機動中に体勢を崩せば怪我じゃ済まないので体幹とかそこら辺はしっかり意識して鍛えている。

 そのわりにアリシア辺りからは《猫背に見える》って言われること多いけどね。何故だろう。前世の背中を丸めて生きてきた鬱屈オーラが継承されているんだろうか。

 あとそれとどうでもいいが、胸が大きいが被ってない? 大事なことだから二回言ったのかな? 何かこだわりがあるのだろうか……。はやてさんはまだまだ若いんだし、未来には十分期待できると思うよ。

 

「なーんか失礼な誤解された気が……」

「気のせいですよ」

 

 そんなに顔に出やすいのだろうか、ぼく。サングラスかけている今、表情はいつもより読みにくくなっているはずなんだけど。

 

「ともかく、はやてさんのおかげで買い物が済みました。ありがとうございます」

「いいえー、こちらこそ付き合ってもろーて。おーきに」

 

 そろそろいい時間だ。日が傾き始めているし、何時までに買い物を終わらせて次の予定に取りかからねばならないのかもあらかじめはやてさんに話してある。

 どちらともなく、一緒にいる時間が終わりに近づいていることを感じているし、相手がそう感じていることをなんとなく理解している。寂しいような、心地よいような、不思議な空気がそこにあった。

 

「荷物も多いですし、次の時のために場所も把握したいですし、送っていきますよ」

 

 さすがのぼくでもこのくらいは言える。うん、テンションが乗ってたから言えた。普段のぼくだったら言えたかどうか、そもそも思いついたかどうかさえ怪しい。

 閑話休題。

 はやてさんは今日の収穫である大きく膨らんだ買い物袋を胸に抱いた。オレンジ色を帯び始めた日光がその短い髪に反射して、一瞬ぼくと同じ髪の色に見える。子供の髪ってキューティクルだね。ん、『キューティクル』って髪の表皮を構成する物質で、つややかな髪を表現する形容詞ではなかったような……。細かいことはどうでもいいか。

 強い風が吹き、ぼくの長い髪も舞い上がる。ときどき邪魔だけど、意外と感覚器官として役に立つので手入れ(けづくろい)は欠かしていない。風が治まってから頭を一振りすると滑らかな動きで乱れることなく元の髪型へと戻った。シャンプーのCMのオファーが来そうだね。

 長い髪は自分の状態を客観的に判断するパラメーターとしても役に立つ。生来の栄養が髪にいきとどくのは根元から数センチ程度と言われており、手入れをしないとすぐひどいことになってしまうのだ。服などにも言えるが、身だしなみに気を使っているうちは、気持ちに余裕のある証拠。つまり髪が綺麗なうちはまだまだ大丈夫なサイン。寝る前に丹念にブラッシングするのは、精神安定のためのジンクスとしても使えるし。

 ……リニス先輩は、ぼくらがどのような極限状態に陥ることを想定していたんだろう? 将来役に立ちそうな予感がするのがものすごく嫌だ。

 

「おーきに、お願いしてもええですか?」

 

 はたして、はやてさんは申し出を受けてくれた。よかった、返答までの短い時間がとても長く感じたよ。緊張で思考が脇道に逸れまくったし。

 さ・て・と。だいたい街の地形を把握した今、その気になれば海鳴市内ならどこにでも【転移】で駆けつけることができるけど、はやてさんを連れてその方法は論外だ。現地住民に魔法の存在を知らせるのは、それこそ命の危険でも迫っていない限り違反だし、命の危険から逃れるために仕方ない行為だったとしてもその後で気の遠くなるほどめんどくさい法的手続きが必要となる。

 荷物の分重量が増えた車椅子を慎重に押しながら、心持ち早足ではやてさんのナビゲートに従い彼女の家に向かうのであった。

 

 

 はやてさんの自宅を見た第一印象。

 

「あの、魔法使いに知り合いっています?」

「うーん、あしながおじさんならともかく、マーリンは知らへんなー。どないしたんですか?」

 

 はやてさんが怪訝な顔をしている。完全に素で聞いてしまった。え、なにこれ? なんでこんなにガッチガチに防御魔法が何重にも展開されているの? 下手な要塞なんか目じゃないよ。トラックがダース単位で突っ込んできても中の住人は無傷だろう。

 ――はやてさんって、何者?

 ぱっと見は静かな一軒家。でもなんだか違和感を感じて【以心伝心】を起動した瞬間に出るわ出るわ、高度な術式の数々。魔法使い、ていうか構成から見てミッド式だから正確には魔導師か。見た感じフェイトよりも実力は上っぽいです。

 認識阻害や妨害も術式に含まれているみたいだけど、【以心伝心】の前にはあまり効果がない。理屈は未だに理解しきれない(仮説ならいくつかあるけど)が、【以心伝心】は魔方陣や術式を解析できる。砲撃や射撃はともかく、結界系や防御系は効果が半分魔方陣に宿っているみたいなものなので存在していれば隠し様がないのだ。……うーん、改めて転生特典便利だな。ちょっと怖い。

 怖いついでに一瞬だけ【明鏡止水】発動。うん、落ち着いた。あからさまに家を見ながら呆然としてしまったので、はやてさんに何らかのフォローは必要だろう。

 車椅子に乗った、幼いといって差し支えない少女に向き直る。どうやらはやてさんは魔法世界(こちら側)の関係者らしい。しかもかなりの重要人物(VIP)。誰にとってかは知らないが。もしくは彼女の家族が、かな。

 彼女は知っているのだろうか。自分が恐らくは、魔法世界において一握りしか存在しないSランクオーバー魔導師の庇護下にいるということを。

 表情を見る限り、彼女が魔法使いに知り合いはいないというのは嘘ではなさそうだけど……表情を読めると自信を持って言えるほどぼくに対人経験があるはずもない。つくづく、経験不足が祟るな。こればかりは近道がないので、地道に積み上げていくしかないんだけど、さ。

 

「ちょっとびっくりしました」

「いや、ちょっとってレベルじゃなかったですやん」

 

 あう、ナイスツッコミ。ていうか、もうちょっとマシなこと言えないのかぼくは。自分の語彙(ボキャブラリー)の貧弱さにびっくりだ。

 はやてさんの半眼が地味にツライ。

 

「えーとですね、知り合いの魔法使いの住居にとてもよく似た造りでして」

 

 魔法使い云々も、このレベルなら冗談や軽口として受け入れられるよね、普通は。

 

「アルフさんって不思議なお知り合いがおるんですね」

 

 うん、まあね。プレシアの時の庭園とかすごいし嘘ではない。知り合いに変なやつばっかりというのも間違いではない。あれ、なんだか凹みそう。

 

「……ちなみに、あなたのジャービス・ペンデルトンのお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

 

 ダメもとではあるけど、一応聞くだけ聞いてみる。プライバシーだし、返事は期待していなかったのだがあっさりもらえた。急にマイナスオーラを噴出し始めたぼくに同情してくれたわけではない、と思う。

 

「お父さんの知り合いのおじさん――ギル・グレアムさんゆうんやけど、アルフさん知っとります?」

 

 ギル・グレアム……? どこかで聞いた名前だ。どこだ? 生れ落ちてから二年と少し。人と接する機会は極端に少ないヒキコモリ家庭の中で過ごした。名前を聞く人間なんてそういないはず。ミッド式、Sランクオーバー、ギル・グレアム……っ!

 時空管理局顧問官、ギル・グレアム! 大物じゃないか!

 どこで聞いた名前か思い出した。教材だ。使い魔と主人の連携例として見せられた記録映像。ギル・グレアムとその使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアの戦闘映像を見たことがある。

 圧倒的だった。単体でもえげつないまでの戦闘能力なのにそれぞれ専門分野がばらけていて、コンビネーションを発揮すればまさに敵なし、鬼に金棒。映像の相手は管理局局員の模擬戦だったが、あれは訓練というより懲罰に近かったと思う。

 どんなに強力な砲撃魔法もあっさり防ぎ、反撃で着実に敵の数を減らしてゆくリーゼアリア。なんとかそれを掻い潜ったとしてもリーゼロッテの体術の前に反応することすら許されず昏倒させられてゆく。猫科のしなやかな隠密性を生かした移動はとても参考になった。そして、二人の隙間を巧みな指揮で繋ぐギル・グレアム。火力としても申し分なく、映像の最後は彼の広域攻撃魔法が生き残った局員をイナゴのようにまとめて薙ぎ払って終わった。

 その様子は解説を入れてくれたリニス先輩が、『主人と使い魔の連携戦の理想のひとつですね』と手放しで褒めるほど。どうも管理局内の極秘とまではいかないが一般には出回っていなさそうな記録映像の出自が気になることを含めて、心臓がドキドキする思い出のひとつだ。

 管理局史上最強の攻撃オプションとまで言われる生きる伝説(リビングレジェンド)が、こんな辺境で何をやっているんだ? いや、本名を名乗っているとすれば、だけど。

 でも、本名のような気がするなー。プロって不必要な嘘はつかないし。オーバーSランクって本当に一握りしかいないし。

 

「直接顔見知りじゃないですけど、海外では有名な方です……」

 

 かろうじてそれだけ答える。次元の海とはいえ、海の向こうであることには違いない。背中では冷や汗がだらだらだ。

 ああ、そんなつもりはまったくなかったのに、気がつけばアナコンダの生息する藪に足を突っ込んでいたみたい。

 一見普通の一戸建て住宅に覆いかぶさるように展開された術式を解析した結果さ、特定状況下で発動する連絡用のものがいくつか存在していて、つまりは何かあったときにすぐ駆けつけられる状況を作り上げているってことだよね? 近くにこの術式を組んだ魔導師ないしその関係者がいる可能性がとても高い。

 さすがにギル・グレアム本人は大物過ぎるから目立つ。管理局顧問官が気軽に管理外世界に出入りすることは不可能だろう。リーセアリアだと本人は発見できなくても、有事に備えて設置型の魔法をいくつか展開してそうだから、それを【以心伝心】で発見できると思う。けど、そのようなものは今のところ見当たらない。

 ということは、純粋な体術で対処や隠密が可能なリーゼロッテ辺りが監視とかしてるのかも。

 ……あはは、まるで感じ取れないや。本当はいないのか、レベルが違いすぎるのか。

 落ち込むというのも変な話ではあるが、急に目の前に現れた巨大すぎる障害にぼくの気持は急降下していった。

 悪事千里を走る、とはいうけどさ。ジュエルシード発見する前にこれはあんまりだと思う。

 これからどうなるんだ?

 

 

 おちつけ。どうなるかじゃなくて、どうするかだ。受身にまわっちゃダメだ。

 選択肢はいくつある? 考えろ、考えるんだ。

 見なかったことにする。触らぬ神に祟りなしとも言うし、意外とアリかもしれない。でも、不確定要素が多すぎる。保留。

 はやてさんを問い詰める。論外。彼女が情報を持っていてもいなくても、ろくな未来につながらない。

 そもそも、何が目的ではやてさんを守護しているのだろう。興味はないが目的がわかりさえすればぶつからない選択肢を選ぶことが出来る。まさか若紫計画とかじゃないよな。僻地で見つけた美少女を自分好みの女性に育て上げるため、使い魔に守護させるとか? ギル・グレアム、□リコン疑惑。だとすれば当人同士が幸せになればこちらとしては年の差とかどうでもいいので放置できるけど、まさかね。……いちおう、候補としては残しておくか。

 あとは――。

 マルチタスクで処理しながら、表面上は精一杯平静を保つ。落ち着いているのに混乱しているという矛盾した脳内。情報過多でオーバーヒート寸前だ。考えろ、考えろ、生き残るにはどうすればいい?

 

「へぇ、有名な人なんや。魔法使いってことは手品師なんですか?」

「いえ、この国の言葉で言えば……公務員、かな? とても有能な方で魔導師とさえ呼ばれています」

 

 興味深げなはやてさんの言葉に嘘ではない内容を開示してゆく。どんな関係なのか会話からヒントがつかめないかな。でも、監視されているとすると目的を知った時点で最悪抹殺対象に……。あーだめだ、発想が過激すぎる。情緒不安定もいいとこじゃないか。相手がやばいことをしているとさえまだ決まったわけではないのに。

 【明鏡止水】発動。すべての感情を情報化。のちに解除。

 はやてさんはギル・グレアムの職業を知らない。本人はごく普通の管理外世界の現地住民なのか。

 

「そーなんや……。アルフさん、今日はありがとうございました。荷物も持ってもろうて」

 

 はやてさんはそれ以降、その話題に触れこなかった。はやてさんの個人的な情報に関わることだし、あまり踏み込みたくなかったのだろうか。

 いや、たぶん、ぼくの挙動不審な対応から何かあることを察してくれたのだろう。ごく自然な流れで話題が今日の買い物の話、そこから次に会う約束の話になったのでそれに乗っかることで体勢を立て直すことができた。相手の都合に合わせて話題を振るなんて、なんて大人な対応なのだろう。

 一方で子供ならではというか、大人同士なら家まで送ってそのままさよならなんて難しく、礼儀として中でお茶でも一杯という流れになるが、時間が押していることもあって玄関前でのお別れとなった。

 ……あれ、あっさり生還?

 あ、どうも家に誰もいない気配だったのに、荷物を家の中まで運ぶの手伝うとか思いつきもしなかったことに今気づいた。うわー、なにやってんだろ。何のために家まで送ったのか、半分も意味がないじゃないか。

 初対面の相手の家に上がりこめるか云々という話ではなく、思いつかなかったことが問題だ。思いやりがないよね、それ。

 他人を思い遣る余裕がようやく出てきた、ってことなのかな?

 頭を抱えながらも、駆け足で裏路地から裏路地へと結構なスピードで移動する怪しい人影。というかぼくだった。買いあさった荷物は、人目がなくなった時点でペルタに収納している。ついでにバックパックも。

 時刻は四時半を回ったところ。視界がオレンジに染まりつつある。日が暮れるのがまだ早いね。あと十分もすれば完全に日が沈むだろう。

 声をかけるとすれば、このタイミングかな?

 

「出てきてくれませんか、リーゼロッテさん?」

 

 気配は感じ取れないし、彼女だという保障もないが、あてずっぽうでどこへともなく声をかけてみる。

 現状は触らぬ神に祟りなしの方針だ。ただ、向こうからすればこちらも得体が知れない存在のはず。向こうの事情を知りたいとは思わないし、こちらの目的を話そうとも思わない。ただ、お互いに利害関係の一致、とまでは望まないが、不利益にならないのなら無干渉を貫きたい。

 さあ、どう出る?

 ………………。

 沈黙。圧倒的空虚。返事がない、ただの(以下略)。

 ……あれ、はずしちゃった?

 ひゅるる、と春のはずなのに一陣の木枯らしが背後を通り過ぎた気がした。

 

 




 フェイトはアルフの影響でこの時点で原作から半ランクアップしてAAA+になっています。(第四話参照)
 ゆえに、フェイト以上の実力者になると自然と魔導師ランクはS以上となるわけです。

 これからは週一のペースで更新していく予定です。

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