魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 UAが20.000を超えました。
 お気に入りはひとまず落ち着いたらしく688人から変動なし。
 ……なんだか恐れ多いを通り越して、他人事みたいに感じそうです。

 ご期待に添えるよう精進していきたいです。


 投稿の目安は、一万字以上をめどにしています。


第八話

 

 

 自業自得だけど、はやてさんへの我ながら思いやりのない対応に対する自己嫌悪でダメージを受けていたところに、盛大な自爆で心が折れかけながらも何とか残った気力を掻き集め、尾行を防ぐために短距離転移を連続使用して帰ってきたぼくを迎えてくれたのは、すっかり存在を忘れかけていたプレシア特性(自称)ホームセキュリティだった。

 寸前で思い出したからよかったものの、危うく『いしのなかにいる!』を実践でやるところだった。客観的に体験しかけてみると、初手からキャラロストはないよね。せめて毒針とか爆発とか落とし穴とかさ。いや、一度発動させてしまえば最大二十七連鎖のばよえ~んな(自称)ホームセキュリティだから、どれも内包されてはいるんだけど。

 

「ただいま~」

 

 心無いトラップ地獄(ホームセキュリティ)の歓迎が追い討ちとなり、ちょっぴり涙目になりながらセキュリティを解除してドアを開ける。通常時ならともかく、弱っているときにこれはない。はやくフェイト分を補給したくて堪らなかった。心身ともに癒しを求めていた。

 玄関を通り過ぎ、リビングに入ったとたんに感じる瘴気。大きめのソファーの上にちょこんと体育座りしたフェイトがどんよりした空気を身にまとっている。時間帯的に暗くなり始めてはいるけど、これは暗すぎる。というか、電気ぐらい点けようよ。

 え、何? どどめでも刺すつもり? ふはは、甘いな、落ち込んでいようがマイナスオーラを纏っていようがフェイトなら可愛い。それがぼくなのだよ! ……疲れてる、テンションが変だ。

 薄暗い部屋の中で光るフェイトの金髪が綺麗なのは本当だけど。

 ――だいたい、初日からいろいろありすぎだよ。ばら撒かれたジュエルシード、それを回収するために暗躍する勢力(予想ユーノ、なのは一派)、事件の情報を隠蔽する謎の勢力、二人目の転生者との遭遇と抹殺、はやてさんと目的不明の『ギル・グレアム』(仮)、暗黒面(ダークサイド)に片足突っ込んでるフェイト……。詰め込みすぎにもほどがある。これがアニメなら一気に二期あたりまで作れそうな勢いだ。

 人を楽しませるために組まれた運命(プロット)の中に放り込まれるのがここまで大変とはね。予想外だった。これは残りの人生(狼生?)も覚悟しておくべきかもしれない。あー、気が重い。

 気配に応じて【以心伝心】のスイッチを入れる。

 

《ちょっとアルフ、フェイトがアルフみたいな(ひかりのきえた)目になっちゃてるじゃん。責任とって何とかしてよ》

「失礼な。フェイトはそこまでじゃないよ」

《あ、いちおう目が死んでる自覚はあったんだ》

 

 まあね、前世では死んだ魚を通り越してスルメやニボシレベルって言われてたし。転生と二年間の生活の影響で水で戻した程度にはマシになっているはずだけど。

 奥からふわふわと飛んできたアリシアに向き直る。フェイトを一人で放置していた以上、そこまで深刻な状況ではないと思うんだけどさ。

 

「それでアリシアさん、状況説明お願いします。なんでフェイトの目から光が消えてるの?」

 

 おかえりなさいもなかったし。……ちょっぴりショックだ。これは普段のフェイトならまず考えられないことだ。よほど深く考え事に集中しているんだと思うけど。ここまでフェイトが気落ちするようなことって何かあったっけ?

 

《アルフのせいだよ》

「さっきも言ってたね。ぼくのせいってどうして?」

《出て行くときに言ってたでしょ。作戦『まほうつかうな』って。フェイトは一刻も早く回収作業に移りたかったんだけど、アルフの言っていることの正統性は理解できる。バルディッシュとどうにかして回収作業の開始を早めることができないか相談していたみたいだけど、いい方法も思いつかず》

 

 あー、なんか読めてきたぞ。フェイトってなまじ頭がいいし実力もあるからねー。

 アリシアも困ったものだと言わんばかりに大げさなジェスチャーで肩をすくめた。バルディッシュはそこらへん応用が利かないし、見ているだけしかできない立場はさぞかし歯がゆかっただろう。

 

《まじめで利発なわたしの妹は、あと三日間は自分がただの役立たずだと思い込み、さらに自分がのん気に眠っている間にアルフが行動を開始していたと知って超絶自己嫌悪。向上心があるから落ち込んだままでいるんじゃなくて、自分がどんなことで役に立つか何個も案を検討してはみるんだけど、結局ダメで以下デフレスパイラル》

「物価が安くなってどうすんのさ。まあ、言わんとすることはよくわかったけど」

 

 自分にできないことを数えはじめてしまうとなかなかそこから這いあがれなくなることがある。自分の能力を客観的に捉える判断力がありながら、下り坂からの脱出口となる自信、それに繋がる実績も経験も足りていないフェイトならなおさらだ。

 考えてみれば、実はフェイトにとってはこれが長年の訓練の成果を出す初陣となるわけである。アリシアのためという目的は切っても切り離せないが、個人的な意気込みも相当なものだっただろう。それをぼくの言葉が出足払いをかけてしまったわけか。あれってやる気になっている分ダメージが大きいんだよね。

 例えて言うならクラウチングスタートで足をもつれさせて顔から地面に突っ込む感じ。溜めこんだ力とついていた初速の分だけダメージ増加、みたいな。なにやってんだろう、ってもれなくみじめで死にたい気分になれる。

 うん、使い魔のくせに主人を助けるどころか足を引っ張るって本当に何をやっているんだろう。はやてさんに出会ったところ辺りからペースを崩したと思っていたが、実はのっけからダメダメだったわけである。先行きが不安どころの話じゃないけど、主従仲良く落ち込んでいてもキノコが生えるだけだ。梅雨まではあとたっぷり二カ月はあるっているのに。日本の梅雨は慣れていてもつらいので、できればそれまでには過ごし易いアルトセイムに帰りたいものである。

 ……ふう、現実逃避はこのあたりにしておきますか。

 

「フェイト、ただいま」

「……? ……! おかえり、アルフ」

 

 とりあえず電気を点け、明かりを確保してからフェイトの隣に座り、流れるように自然な動作で膝の上に運ぶ。何が起きているのか理解できずに、しばらく緩慢な動作でもぞもぞ動いていたフェイトがものすごく可愛かった。

 背中から抱きしめ、つむじを見下ろしながら話しかける体勢。軽い体重と生きもの特有の温かさが服越しにじんわり伝わってきて、フェイトと密着していることを否応なしに実感する。アルトセイムでは基本的にこいぬ(チャイルド)フォームだったので、このポジションは初めてだ。

 なんて言うのだろうか。熱というか振動というか温もりというか、エネルギー? この体勢だとフェイトからそれを、とても感じることが出来る。自分以外の生きものからそれを感じると胸の奥がじわぁって温かくなって、心がほっとする。疲労困憊もいいところな今のぼくには必要なものだ。

 

「ん~、しばらくこのままでいさせて」

「……うん、わかった」

 

 話すべきことはたくさんある。でも、少しでいいから一息いれたい。紅茶とビスケットとは言わないから、フェイトだけでじゅうぶんだから、むしろそれ以外何も望まないから。話し合いがおわったらちゃんと晩御飯も作るから、お風呂だって沸かすから、もう少しこのままで。

 つややかな金髪に頬ずりして、自然と鼻腔の中に流れ込んでくる甘酸っぱい香りに恍惚として、呆れた目を向けてくるアリシアは放置する。

 フェイトはぼくの腕の中でじっとしていてくれた。ときどきもぞもぞ動いて血行の巡りを良くしている、その動きを膝で感じて、それすらも愛おしい。接触面から温もりが流れ込んでくる。うん、大丈夫。ぼくはやれる。まだまだ頑張れる。自然と上がるモチベーションに、自分で言い聞かせて効果を上乗せ。

 フェイト分補給中、しばらくおまちください……。

 じゅうでーん、完了!

 

「はふう……おまたせ」

《正気に戻った?》

「失礼な、もとからこれだよ」

《正気じゃなかったこと自体は否定しないんだ……》

「アルフ、ご苦労様。……どうだった?」

 

 フェイトから暗黒面のオーラが少し薄まる。やるべきことが見えかけて、気持ちが少し前向きになったのかな。やっぱり考えてダメな時は、結果を考えず動くのが一番有効だね、ぼくの経験から言わせてもらうと。

 

「うーんとね、困ったことがたくさんあるんだ。計画を見直す必要があると思う。相談に乗ってくれる?」

「違うよ」

 

 フェイトは首を横に振った。あれ、どうして? きっと相談にのってくれると思っていたのに。思った以上に傷が深かったのかなんて、見当違いの心配をする。

 

「相談に乗るじゃない。私たちはみんなで同じ目的を目指しているんだから」

「……あはは、そうだね。さすがはぼくのご主人様」

 

 少し考えてから、言い直す。みんなで一緒にやるんだったら。

 

「困ったことがたくさんあるから、話し合おう」

「うん、それでいいよ」

《もちろん。まかせてよ》

「“了解した”」

 

 あ、ごめんバルディッシュ。すぐ真横に置かれていたのに空気だったから気づいてなかった。

 

 

 状況を整理しよう。

 まず、これから一番重要なことは何か。それを明確にしないと話が始まらない。

 ジュエルシードを集めること? 違うね。

 

「みんなで幸せになること。これが一番たいせつ」

「アルフ……それはあまりにも漠然とし過ぎだと思う」

「“I think so too”」

《うん》

 

 あう、総スカン食らいました。

 正確には日本語で『総好かん』と書くからスカンとカタカナで書くのは本当は間違っているのだけど、それ以外の表記の仕方だとなんか違和感があるんだよね。とてもどうでもいい話だけど。

 

「で、でも本当に大切なことだよ。ジュエルシードを集めるために多少の無茶は必要かもしれないけど、それで取り返しのつかない怪我をフェイトが負ったりしたら本末転倒なんだから。ジュエルシード回収も、アリシア復活も、幸せへと繋がる手段に過ぎない。それを忘れたらひどいことになるよ」

 

 つまり、最悪の場合は回収を放棄して逃亡するのも選択肢の範疇なのである。

 ジュエルシードの回収なら原作主人公と思しきユーノ・なのはグループもいる。それでも心配ならば管理局に匿名でジュエルシードの情報を伝達すれば第九十七管理外世界の消滅などという結末は避けられるだろう。確定的な証拠こそないがギル・グレアム顧問官もこの世界の一人の少女を守護しているようだし、何気に他の管理世界よりも今の海鳴市のほうが安全かもしれない。

 

「それはそうだけど。もっと具体的な話をしないと何もできないよ」

《そうそう、今日どんな困ったことがあったのか、いいかげん説明してよ》

「うー、わかったよ」

 

 隠すつもりなんてこれっぽっちもないのだけれど、いざ話すとなると隠していたテストを母親に提出するかのような居心地の悪さを感じる。なんでだろ?

 ぼくにとって都合の悪いことなのかな。確かに転生者の絡みはあまり話したくない情報だけど、そうも言ってられないのは、もはや明確だ。この町の危険に対するエンカウント率は異常だから。

 

「うーんとね……」

 

 ユーノ・スクライアと『なのは』と思しき人物がジュエルシードの回収作業をしていると思われること。

 正体は不明だが、ジュエルシードをはじめとした魔法世界の情報を隠蔽している勢力が海鳴市に存在していること。

 八神はやてという知人ができたこと。来週末、彼女の家に遊びに行く約束をしたこと。そして、彼女の周囲に『ギル・グレアム』を名乗る推定Sランクオーバーの魔導師の影があること。

 そして、もはやこの状況では隠し続けているとフェイトに危険が及ぶ可能性が高いので、ぼく以外にもこの世界には転生者が存在すること。そして彼らは強力な力を持ち、なおかつ友好的とは限らないことも思いきって話した。

 自分なりに整理してまとめようとしたのだけど、紙に書いて時間をかけるならともかく今日のことを思い出しながら口を動かすと話が前後左右してしまい、逆にわかりにくくなった。

 それでもフェイトとアリシアは辛抱強く聞いてくれたし、あやふやなところやわかりにくいところは質問をして補完してくれた。それと何気にバルディッシュがこまめに話をまとめてくれて助かった。さすがはリニス先輩渾身の一品である。

 魔法以外のところで感心されても彼は不本意かもしれないけど。いや、インテリジェントデバイスって公私ともにパートナーとしての役割を求められるものだし、そうでもないか。その割には無口だけどね。

 

「――まあ、そんな感じ」

 

 思いつく限りのことを話したぼくはそう言ってフェイトのほうを見た。負のオーラは消えているけど、目を閉じて情報を吟味しているその顔からは何を考えているのかまるで読めない。

 悪いことをしていたのが母親にばれたようなきまりの悪さが胸に満ちる。一部の転生者たちにとってここが物語(フィクション)の世界であること。その影響でこの世界の住人(ぼくら)に対する思いやりや配慮が極端に欠けていることも包み隠さず話した。やさしいフェイトがそれを知らないとやつらへの対応を間違える恐れがあるから。

 面白半分にこちらの心や身体をいじってくる相手とまともに接したら馬鹿を見る。まあ、だからといって問答無用で排除するのが正解とだとまで思っているわけじゃないけど、さ。

 

「どうして、いままで話してくれなかったの?」

 

 しばらくの間をおいて、口を開いたフェイトはおだやかな口調だった。ほっとするような拍子抜けしたような、落ち着かない気分になる。

 

「怖かった……んだと思う」

 

 嘘はつきたくない。その想いが、言葉を不確定にした。

 自分でもよくわかっていないんだ。なんでこんなに胸が苦しくなるのか。どうしてここまで不安を感じるのか。ただ、フェイトには話したくなかった。できることならずっと秘密にしておきたかった。

 

「私が、信じられなかった? アルフを不安にさせるような態度をとっちゃってたかな?」

「違う! ……それはないよ。悪いのはぼくだ。フェイトはちゃんと立派にやってるよ。ぼくが勝手に迷って、怖がって、不安になってるだけで――」

「自己嫌悪に逃げないで。きちんと向き合って、私に話してよ。私はアルフのご主人様なんでしょう? ちゃんと頼って。アルフの悪い癖だよ、それ?」

 

 みっともないとか、情けないとか、感じる必要はないのかな?

 おだやかに問いかけ、話を聞いてくれるフェイトを見ているとそう感じた。なんだかどんなに悪いことでも受け入れてもらえそうで、少し怖いくらい。

 なんだか本当にフェイトがお母さんみたいだ。さしずめぼくは、とびっきりできの悪い不良娘、かな。

 体勢的にはぼくがお母さんポジションなんだけどね。

 フェイトの手が伸ばされて、ぼくの頭をゆっくり撫でる。あったかくてほわほわして、尻尾がぱたぱた振られるのを感じた。

 

「んっ」

「話して欲しい。もっともっと。私もいろいろ考えているし、迷っているんだ。ここに来てからは特に。アルフが帰って来なくなったらどうしようとか。前世の家族のところに帰りたいって言ったら、私は……」

 

 途切れ途切れに吐き出される、フェイトの不安。綿が詰まったようなからっぽの頭でぼくは能天気に笑った。

 

「そのことに関しては心配要らないよ。ぼくは前世のぼくのことを憶えていないから」

 

 フェイトの目が見開かれた。

 

「どういうこと?」

 

 実はぼくの前世の記憶には鋏で切り取ったかのように抜けた部分がちらほらある。特に前世の名前、家族の顔、死ぬ直前の社会的立場、通っていた学校の名前、住んでいた場所など、『前世のぼくにつながる記憶』はあらかた無い。だから前世の知り合いを探すこともできないし、偶然見つけたとしても気づくことさえないだろう。

 名前も憶えていない高校二年の時の生物の教師が授業中に話してくれた甘さの足りないすっぱい失恋談だとか、小学校三年生のときに自転車で思いっきりこけてしばらく自転車を見るのも嫌だった思い出だとか、くだらない経験は思い出せるんだけどね。

 

「……ごめん、アルフ」

「どうして謝るの?」

「話を聞いて、ほっとしちゃった、から。アルフにはここ以外に帰る場所がないんだって思って――」

 

 ああもう可愛いなあ。うちのフェイトが可愛過ぎて癒されます。

 また下を向きそうになったフェイトを強めに抱きしめた。

 

「どうぞ占有してくださいなご主人様。ぼくの帰る場所は最初っからここだよ。ずっと側にいるよ。ぼくはフェイトの使い魔(アルフ)だから」

 

 ぎゅう~とフェイトの後頭部を無駄に育ってきた母性のカタマリに押し付ける。いや、こうやって使うことが出来るなら決して無駄ではないのか。はやてさんも自慢するべきだって言ってくれてたしね。重くて死角が増えて高速機動時はしっかり固定しないと慣性で引っ張られて邪魔くらいにしか思っていなかったけど。

 

《……あの~、いちゃついているところ悪いんだけどさ、そろそろ二人っきりの空気つくるのやめて話戻してもらっていいかな?》

「あっ」

「あー、ごめんごめん」

 

 ものすごいジト目でアリシアが割り込んできた。話が逸れたな。至急話し合うことは、やっぱりはやてさんのことか。フェイトの手が頭から離れて少し残念なのは置いといて。

 

「ごほん、それでは――はやてさん、ひいてはその背後にいるギル・グレアム勢力への対応。これが最優先で対処すべき議題だと思う」

 

 管理局史上最強の攻撃オプションと敵対するのはどう考えてもまずい。ぼくらだけではまず勝てない。やるならプレシアとリニス先輩を含めた全面戦争へと発展するだろう。

 その場合、予測される周囲への被害は『戦争』が比喩ではないレベルになる。何しろ片方は条件付きとはいえ魔法世界でも一握りしかいないオーバーSランク同士の正面衝突だ。相手は伝説級だが娘への愛で覚醒した(スーパー)プレシアが何かに負けるところってあんまり想像できないし。

 これは当初計画していた秘密裏にジュエルシードを回収しようという方針から完全に外れてしまう。下手すれば天使のラッパが吹きならされる最終戦争だ。某合衆国みたいに世界の管理者を気取っているあの三権分立が出来てない権力機構も、いくら管理外世界とはいえさすがに気づくだろう。

 そしてぼくらがジュエルシードを集めていることくらいならまだしも、その目的――死者蘇生魔法が知られたら最後、安息の日々はなくなる。無駄に広がり過ぎた世界は低俗な人間に接触できる機会を増やしただけで、人間という種の精神的向上をもたらさなかった。まあ、人間が新大陸を探す動機って大抵が欲望にまみれた邪なものだったから無理もないのかもしれない。

 アリシアが半眼のまま口をとがらせた。

 

《アルフが節操なしに女の子引っかけてくるからそうなるんだよ》

「……もうちょっと他の言い方はない? 状況だけ抜き出せばそうとも言えなくもないかもしれないけど、仲良くなったのは偶然だよ?」

「それって、ほんとうに偶然だったのかな?」

 

 ひやりと剃刀を首筋に押し当てられた気がした。

 こんな辺境で最初に知り合った女の子が魔法世界の関係者だなんて、どんな不運だと思っていたけど、実は仕組まれたものだったと?

 ぼくとアリシアの視線の集中砲火にあったフェイトが居心地悪そうに身じろぎする。

 

「あ、えと、そんなに深く考えたわけじゃなくて。もしかしたらアルフに友達ができたことに嫉妬しちゃっているだけなのかもしれないし」

「あーもー可愛いなあ!」

《すとーっぷ! でも、完全な偶然よりは可能性ありそうだよね》

 

 来週末、ぼくははやてさんの家に招待されることになっている。この三日間は調査の基礎作りに使いたいし、そのあとの日程もジュエルシードの探索やはやてさんの通院予定で詰まっており、すこし先になるがその日が最適ということになったのだ。

 罠である可能性を考えたら行かない方がいいのだろう。固定電話の番号を交換してあることだし、断りの電話をかけることは今すぐにでも可能だ。そのあとでこのマンションを引き払ってしまえばはやてさんとの繋がりはひとまず切れる。

 フェイトに同年代の知り合いが出来ると思って楽しみにしていたんだけどな。

 

「“覆水盆に返らず。出会ってしまった事実は消えない”」

 

 突然、沈黙を貫いていたバルディッシュが語りだした。

 

「“こちらが向こうを警戒しているのと同様、向こうもこちらを警戒している可能性を忘れてはならない。話し合う機会があるのならば向かうべきだ”」

 

 怖がるあまり、相手がどう考えているのか、どう感じているのかということを本当の意味で考えられていなかった。バルディッシュはそれを指摘した。

 プレシアの情報工作は完璧だったはずだ。向こうもこちらの目的を把握していない以上、下手を打てばお互いに疑心暗鬼にかられ互いに望みもしていない衝突につながるかもしれない。恐怖は怒りに、怒りは憎悪に繋がる、というやつだ。

 それにしても、一番まともなことを道具(デバイス)が言ってるのってどうなんだろう。さすがはリニス先輩の最高傑作、だけでいいのかな。

 

「ありがとうバルディッシュ。ちゃんと話しあってみるよ。さすがにお互い腹を割って、とかは無理だろうけど」

《もちろん、わたしたちも行くんだよね?》

「え? えーと、危険だから――」

「危険なのはアルフも一緒だよ。自分を大切にしないのはアルフの一番悪い癖」

 

 別にそんなつもりは全くないのだけれど。大切にしているよ?

 なのになんでだろう。わかってないなーと言いたげな目で幼い姉妹がぼくを見ているのだけど。

 

「それにアルフ、ひとりで考えていると視野が狭くなりがちだから」

「あうっ」

 

 それに関しては反論の余地がない。

 ついてくる気満々、というか、確かに最初は一緒にいくつもりだったから相手に失礼とかにはならないけどさ。下手をすれば罠に向かって飛び込んでいくのだということをみなさん理解していますか?

 

「“問題ない。アルフと私で守ればいいだけの話だ”」

「確かにそうなんだけど。相手は格上だよ?」

「“格下としか戦わないつもりか?”」

 

 言葉に詰まる。珍しく饒舌だと思ったら、飛び出てくるのは堅苦しい正論ばかり。バルディッシュに対して苦手意識が芽生えそうだ。屁理屈や小粋なジョークを連発するバルディッシュというのも想像できないけどさ。

 

《じゃあ、その懸案についてはひとまず交渉の方針で決定ね。次はどれについて話す?》

 

 自分のペースでは進まない話。

 一人で考えているわけではないんだから、当然だ。

 疲労は確かに感じるけど、誰かと何かを話しあって、お互いに持論の欠点を埋めあって、より確実な未来へと繋がる道を模索するこの空気が、ぼくは嫌いではなかった。

 

 

 夜も半ばを過ぎたころ、アリシアは空を見上げて時間を潰していた。

 肉体を失ってからというもの、意識の途切れる時間(ねむり)は彼女には無くなった。永遠に続く孤独。濁ってよく見えない星は、あまり心を慰めてくれない。この世界の空気はアルトセイムのそれよりずっと汚れているらしい。

 

《かえりたいな……》

 

 少女はぱっと自分の口を押さえた。思わず口から出てしまったのだ。しかし、自分の意志とは関係なく頭の奥に次々と投影される緑の森、星におおわれて白く輝く夜空、母親の笑顔。

 

《もうホームシック?》

 

 情けない。情けなくて涙が出そうだ。アリシアはぐっとこらえるとマンションの壁を貫通して部屋の中に入った。アルトセイムでは見られない人工の光に彩られた夜景は好きになれそうにない。

 寝室のベッドの上では髪をほどいた妹とその使い魔が身を寄せ合うようにして眠っていた。それはいつものことなので特に気にしない。妹のデバイスも枕元にちょこんと置かれている。

 アルフの顔を見る。日が沈みきるまでに懸案事項を一通り話しあい、とりあえず大まかな方針は今までと変わらすに行くということを決定した。静かに寝息を立てるその顔は、肩の荷が降りたのかいつも以上にマヌケな表情をしているように感じる。まあ、なんだかんだいっても今日もフェイトの身の回りの世話をほとんど一人でやってくれた頼れる使い魔である。

 

(おつかれさま)

 

 口に出すと動物的な勘で気づかれる恐れがあるので心の中だけでそっとつぶやいた後、アリシアはフェイトの頬に手を置くと静かに目を閉じた。

 自分の中にめぐる力に意識を集中させる。それと同時に自我を拡散させ、自分という存在を曖昧にする。集中と拡散、相反する二つを同時に処理しアリシアはフェイトの中に紛れ込んだ。

 

《やっほー、フェイト聞こえる?》

《お姉ちゃん? また来たの?》

 

 たちまちアリシアの鼻腔に清浄な空気が流れ込んだ。アルトセイムとはやや違う、原始的な力を感じる森が周囲に広がる。外とは違い、空は青く晴れ渡っていた。

 いわゆる『夢枕に立つ』という状態。昼間アルフが留守の間にテレビで紹介していたそれを、フェイトに試してみたら出来てしまったのだ。

 相手が眠っている時限定とはいえ、アルフ抜きで姉妹間の意志疎通が出来るのは大きなアドバンテージになる――主にアルフに対しての。

 探すまでもなくフェイトは見つかった。アリシアが降り立った大きな樹のふもとにいつの間にか立っている。油のように粘度のあるこの空間が妹を中心に構成されているのをアリシアは感じていた。

 いつ、どこで、といった現実世界では歴然と存在しているものがこの世界では通用しない。ここではフェイトはどこにもいるし、どこにもいないのだ。意識をはっきり保っておかないと持って行かれそうになる。

 今すぐここから引き返せと主張する本能を頭の隅に押しやって、アリシアは笑いかけた。

 

「いいところだね。今度はどんな夢なの?」

 

 足の下にやわらかい腐葉土の反発力を感じる。この世界では肉体の有無などささいな問題にもなりはしない。身体を失ってから久しぶりに感じる触覚だ。

 といっても、昼間にも色々試してはいるので実質的な時間はあまり経っていないのだが。

 

「え、えーと……」

 

 おろおろとフェイトの視線がさまよう。不可解な反応に何気なくフェイトの視線を追ってみると、遠くの方でドングリの入った白い袋を背負った不思議な生きものがちょこちょこ逃げていくのが見えた。

 

「ああ、なるほど。追いかけてみる?」

「……ううん、今度にする」

「そっか~、残念」

 

 追いかけはするらしい。こんな夢を見ていることに羞恥心を覚えながらも、純粋な反応を隠し切れていない妹にアリシアは心がとてもほっこりした。ついでにドングリを拾い集めながら不思議な生きものを追跡する小動物めいた妹の姿を想像してますますほっこりする。外見だけは彼女より幼いとはいえ、アリシアがとっくの昔に失ってしまった純情だ。

 

「んじゃま、“弱っているところを見せてアルフの口を軽くしよう作戦”成功おめでとう。いい演技力だったよ」

「えへへ、実はあれ、考えているうちに本当に落ち込んできちゃって……」

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

 そんな純粋無垢な妹を汚すような会話の内容に一抹の罪悪感と、下腹部が熱くなるような不思議な快感を覚えるアリシアだった。

 

 アルフはフェイトのことを本当に思っている。フェイトが落ち込んでいたら確実に何とかしようとするだろう。フェイトが自分ができることがなくて落ち込んでいるなら、フェイトにできることを教えて解決を試みるはず。そしてとっさに話しながら開示してよい情報と話したくない情報の区別をあのアルフがつけるのは困難と予測できるので、それに付け込んでアルフの握っている情報をあらかた引き出そうというのが今回の作戦の目的。

 アルフはバカである。バカのくせに、あるいはバカゆえに一人で問題を抱え込もうとする。ヘタレなのに。だからこっちで支える。

 

『あのこほっといたらダメだ、わたしたちが何とかしないと』

 

 それが姉妹の共通見解。アルフが一人で問題を抱え込むなら、それを無理やり吐き出させる。それが無理でも姉妹で連携をとっていざというときにアルフをサポートできるように体勢を整える。

 それが最初に夢枕に立った時に取りきめた約束。

 アルフが自分たちを守ろうとしていることはわかっている。そのことはとても嬉しいし、事実として助けられてもいる。しかし、アルフが想っているのと同じくらい自分たちもアルフを守りたいと思っているという自負が彼女たちにはあった。

 今回、転生者関連の話をアルフの口から聞けたのは大きかったとアリシアは見ている。あの情報はアルフの領域(テリトリー)の中でもかなり深部に属するもので、あれを本人の口から聞けた以上、これ以降あれよりも軽い情報を開示することをアルフはためらわなくなるだろう。

 

(もっとも、全部話したってわけじゃなさそうだけど)

 

 アリシアの想いに反応したかのように、フェイトがんっ、とくすぐったそうな声を上げた。

 

「フェイト、どうしたの?」

「んっ、たぶん、アルフが頭を撫でてくれているんだと思う」

 

 アリシアが意識の一部をフェイトの外に戻して見れば、なるほどうなされているフェイトの頭をアルフがゆっくり撫でながら子守唄を唄っている。

 夢枕に立っている時、どうやらフェイトの肉体はうなされるらしい。それが夢枕に立った時に起こる現象であり、夢に姉が出てきた故の反応ではないとアリシアは信じていた。

 外界の情報が反映され、夢の世界にもアルフの歌声が実際より半オクターブ低くなって眠気を誘う音調で響き渡る。

 

「うん、せーかい。フェイトの体のほうもさっきまでうなされていたのがウソみたいに落ち着いているよ」

「えへへ、この年で子守唄なんてなんだか照れるね」

「いいんじゃないかな。いくつになっても、こんなのは別だよ。……でも、大きくなってから聞くと歌詞の趣味悪いね、これ」

 

 それは、フェイトに子守唄を唄ってあげたいと思い立ったアルフが時の庭園にある莫大な書籍の中から探し出した古い民謡だった。アリシアも現役時代(?)、プレシアから聞かされた憶えがある。心が落ち着く音程と、ほのぼのした言葉遣いとは真反対に位置するような歌詞の内容。

 治めるべき国も、守るべき民も持たない狂った王さまが、幸せを求めて世界を壊しながら放浪する話だった。

 

『あなたが和平の使者ならば、槍など持ってるはずがない。言われた王さま槍を捨て、空を落として国を焼く~♪』

「あはは……たしかに。でも、ほんとう。いいよね、これ」

「うん、こんなに可愛い使い魔なんだもの」

 

 アリシアとフェイトは手を合わせた。夢ゆえに空気を掴んだかのような曖昧模糊が消えないが、お互いの熱はよく伝わってくる。

 

『わたしたちでアルフを守ろう』

 

(アルフの眠りが浅くなってる。一年前と同じだ。出会ったっていう転生者、やっぱりやっちゃったんだ)

 

 誓い合いながら、不義理にもアリシアは内心で別のことを考えていた。

 一年前、アルフが転生者を殺したことまではフェイトに話していないし、今回出会った転生者も撃退したとだけ言っていた。

 転生者を殺してからしばらく、アルフは眠りにくい夜を過ごしていた。寝つけずに森をうろつく姿を見かけたのも一度や二度ではない。たちの悪いことに、当人はそれを自分の心と照らし合わせて関連付けることが出来ていないが。

 アリシアから見てみれば、明らかに罪悪感で参っている証拠なのに。

 

(アルフが自分に向ける想いが足りないなら、その分わたしが想ってあげないと)

 

 様々な思いを闇と光で覆い隠し、夜は更けてゆく。

 

 




 原作キャラって、過去にトラウマを持つ人が多いんですよね。
 だから転生者たちが介入してしまえば、性格も変わってくるわけで。

 この作品のフェイトはアルフがヘタレなあまり

「このままじゃダメだ、私がしっかりしないと」

 となって原作よりちょっぴりしたたか仕様となっております。一方で母親の愛情に十分恵まれているので、原作では切り捨てられていた子供っぽい部分が多めに残っていたりもします。

 書いているうちにキャラの性格がわからなくなってきたのでこまめに紙に書いて確認中……。
 アナログな手段のほうが頭に入りやすいんですよね。

 次でおそらく累計5人以上オリキャラが登場するので、性格に改変のあった原作キャラを含めて解説のページを作りたいと思っています。

 誤字脱字等、あれば報告お願いします。

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