魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」 作:唐野葉子
もう少し遅くなるかな?
ついに今日(2012/10/18)から評価のシステムが一部変更されますね。
十四人分の評価が消えてしまうのは残念ですけど、評価基準が「10:これ以上すばらしい作品はない」「0:10の反対」である以上、この変更も仕方のないことなのでしょう。
一言コメントは参考になりそうですし、今まで以上に10と0の評価をもらったときに心に響きそうですね。
楽しみです。
◆
頬を膨らませて三秒キープ。柔らかくなったらハ・ヒ・フ・ヘ・ホと二回大きな声ではっきりと言う。そして最後に眉尻を下げながら口角を指で釣り上げる。
「……アルフ、何してるの?」
「作り笑いの練習。どう見える?」
「えーと」
《見苦しいを通り越して怖いよ》
うん、ぼくもそう思う。今なら笑顔はもともと威嚇が発展したものという説を信じられそう。
鏡の中で表情筋をひきつらせている自分の顔に失望する。必要性を感じ、練習を始めてからかれこれ一週間と三日が経過したが、ちっとも上達していない。元から笑おうとすることは諦めて、表情筋を笑みの形に動かす意識でやっているのだが、【明鏡止水】発動中にすみやかに表情を作ることが出来るのはまだまだ先の話になりそうだ。
初日のイベントラッシュはいったい何だったのかと思うほど変化のない日々だった。
進展がなかったわけじゃない。現地魔力素に適合できるまでの三日の間にフェイトとアリシアと共に海鳴市を網羅して地理を把握、ついでに【短距離転移】のためのポートを各地に確保した。ジュエルシード発動の気配を察知すればすぐに現地に『跳んで』いける。
カラスネットワークにひっかかった発動前のジュエルシードも確保できた。ジュエルシードの外見は青いひし形の宝石であり、光り物が好きなカラスから譲ってもらうのは苦労したが二時間にわたる交渉の末、ビー玉一袋(百均にて入手)と食料三日分で無事譲ってもらえた。なんかしまらない始まりだけど、探索任務ってこんなもんかという気もする。
うん、潜入調査みたいなものなのに、ド派手に始まったらそれこそ問題だ。
ただ、最初の三日を準備期間にあてたとはいえ、そのあとの一週間をフェイトと手分けして探しまわったのにその一つしか見つかっていないのが気にかかる。運が悪いだけなのか、それともすでに大半が回収されてしまったのか。
こちらの調べた限りでは、ユーノ・スクライアは魔導師ランクA相当の実力者とはいえ適性は完全に支援特化である。調査や探索には有能だろうが、ジュエルシードの特性上予測される戦闘や、そもそも封印に必要不可欠な大魔力の放出をそう短期間にさくさくこなせるとは思えないのだけれど……。
二年間みっちりかけて魔法の基礎から総合まで一通り修業した身としてはあまり信じたくないが、『なのは』は才能だけで実戦レベルの戦闘や封印をこなせる人材ということだろうか。
ユーノ・スクライアがこの世界に来てから魔法を知ったのだとすると『なのは』の魔法歴は長く見積もっても二週間。この世界に二年間生きてきた
でも、この世界の原型が物語だと知る
もちろん計画の段階からユーノ・スクライアがジュエルシードの大半を集めてしまった場合というのも想定されている。極力アリシアやフェイトの未来を血で汚したくないのでその時は
転生者との戦闘? あれはただ単に転生者同士がお互いの受け入れられない主義主張を持ってぶつかり合っているだけで、フェイトたちには一切関係がないから。
閑話休題。
週末にあたる今日は探索を一度お休みし、海鳴市駅前の商店街まで買い物に行く予定である。
目的は明日はやてさんの家にお呼ばれするから、その手土産の購入。ついでにプレシアやリニス先輩へのお土産も見つくろえたらいいなと思っている。
危うく手ぶらで行くところだったよ。社会人としてあるまじき行動だ。直前に気づけたことを感謝するべきか、前日まで意識に上らなかったことを嘆くべきか。
まあ、そろそろ休憩をはさみたいと思っていたところなので丁度いいかな。
フェイト達と談笑しながら手早く朝食の支度をする。バルディッシュは相変わらず無口だ。
最初の三日間はてんぷらやすき焼き、お好み焼きにうどんなど日本食にこだわったが、一週間も経つとこだわりも薄れ本当の意味での日本の一般家庭の料理が食卓に並ぶようになる。つまり、冷蔵庫の中のありあわせで作る名もなき料理の数々。フェイトに美味しいものを食べさせてあげたい。その気持ちはあるけど、最終的には食えりゃいーんだよ。
フェイト共々リニス先輩に料理の基本は一通り仕込まれている。本当にあの人は優秀だ。友達の作り方までは教えてくれなったけど、そこは引きこもり一家の限界というもの。
キッチンで一番活躍するのは切ったり火を使ったりするのが得意なフェイト。物理的干渉手段を持たないアリシアも全体指揮と盛り付け指導で一役買っている。服選ぶ時も思ったけど、何気にこの中で一番センスがいいんだよね。ぼくは後片付けと力仕事担当。大根おろしも食器洗いも任せろバリバリー!
いや、ね。人間時代と味覚も噛む力もかなり変わっているのでレシピ通りに作るのならともかく、フィーリングの料理ではあまり役に立てないんだ。生肉とか内臓とか平気で食えるし、骨も噛み砕ける。自分好みの調理、味付けをしたらいったいどんな仕上がりになるのか、恐くてできない。
一応、フェイトが美味しいという物を食べてぼくも美味しいと感じるわけだし、前世で好きだったカレーが今も好きなわけだからそこまでかけ離れているわけじゃないとは思うんだけどね。
本日のメニューは白ごはん、今が旬のアサリを使ったお吸い物と菜の花をメインにした野菜炒め、漬物少々。菜の花の苦味は子供にはややキツイので、ニンニクとバター、ベーコンを加えて食べやすくしている。肉が少ないと感じてしまうのはこの体の影響かな、やっぱり。
前世の影響で気にせず出してしまった尾頭付きの魚にフェイトがドン引きしてたのも今ではいい思い出である。そういえばリニス先輩もあまり魚は出さなかったな。猫から魚が連想されるのがそもそも日本独特の文化っぽいけど。少なくともミッドチルダでは見たことない。世界共通で魚が猫の主食なら泳ぐために水かきのひとつでも付いてるだろしね。
スパイシーなニンニクの香り、菜の花の爽やかな香り、味噌、アサリ……嗅覚が敏感になったのに加えて慣れていない匂いが重なって少し酔いそう。あっちじゃ類似品はあってもそのものは無かったから。何故かピーマンだけはあったけどね。
「今日はどこにいくの?」
いただきます、とこの国の文化に則った食事前の祈りを済ませ、三人分の料理を並べるにしては無駄にでかい食卓で向か合いながらフェイトに話しかけてくる。お箸そのものはアルトセイムでぼくと一緒に使っていたため慣れたものだ。器用に菜の花を摘み上げている。
しかし今のぼくは口の中に大量に運んだ菜の花の野菜炒めを咀嚼するのに忙しい。精神年齢いちおう年上の身として、食べながら話すような行為は論外だ。バターでまろやかに包まれた苦味とニンニクの風味を噛み砕いて、溢れてくる唾液と共に飲み下した。ご飯が一口ほしいところだけど、その前に。
「ふう。今日の予定は商店街で食べ物を中心に見て回るつもり。ネットで調べた感じ、翠屋っていう喫茶店が一番評価が高かったからそこが本命かな」
はやてさんへのプレゼントを買おうにも、彼女の趣味をぼくはまったく知らない。ゆえにアクセサリーや服はリスクが高すぎる。自分のセンスに自信があるわけでもないし。
だから最悪文字通り『まずかった』で済ませることが出来るお菓子などの食べ物と、いずれ枯れる花束あたりが無難だろう。
《ヘタレ》
ふーん、とフェイトはよくわかっていないような顔で納得してくれたがアリシアには考えを読まれたらしい。そんなことを半眼で言ってきた。
「気持ちが大切って言うけど、限度ってモノがある。迷惑な贈り物は迷惑なだけだろう?」
《……はぁ、アルフがそう思うならわたしはなにも言わないことにするよ》
まるでぼくがおかしいみたいなセリフだな。迷惑になりたくないと考えるのがそんなに変だろうか。
さっきも言ったように、リニス先輩も友達付き合いまでは教えてくれなかったからねぇ。何が正しくて何が間違っているのか、この中の誰もわからないのだ。前世の記憶? 役に立つような知識はありませんでした。それで察して。
お吸い物をすすり、アサリを前歯で貝からそぎ落とすようにして食べる。美味しい。この体なら貝ごと噛み砕いても大丈夫なような気はするけどそこはほら、人間らしい食卓を提供するためのマナーといいますか。
わずか一週間でだしの取り方から醤油など慣れない調味料の使い方もマスターしてしまったフェイトは天才だと飲み終えて確信する。
「どんなところなの?」
「自家製コーヒーが美味しいと評判だけど、客層は女子学生が中心だからメインはスイーツ。お店で食べるならケーキ、お土産にはシュークリームが最適だってさ。せっかくだから両方食べてみようよ。美味しかったらプレシアへのお土産の候補にも入れたらいい」
「うんっ」
べつに二年も一緒に生活していればプレシアの趣味がわからないわけではないけれど、彼女とぼくの趣味は相容れない。浪漫があるのは認めるけど、還暦近くになって女王というか魔王というか……。似合わないわけではないのがまた腹が立つ。
ともかく、彼女のセンスにあわせた服やアクセサリーを買うのは遠慮願いたい。もっとも、プレシアもリニス先輩もフェイト達の選んだモノならそこらに咲いていた野草とかでも感涙して喜びそうだけど、ミッドの生態系を崩すとかで逆にそっちの方が持ち込みは難しかったりする。今はどうでもいいか。
梅干を摘み上げるとフェイトの顔が引きつった。ときどき無性に食べたくなることがあるんだよね。それで向こうにいたときにも一度取り寄せてもらって、フェイトも興味を示したから何も言わずに渡して……。
プレシアにビリビリされたけど、しっかり半泣きフェイトの記録映像を撮っていたことをぼくは知っている。
「アルフ、大丈夫?」
「うん、美味しいよ」
「……よく食べられるね」
喉の奥に突き刺さるすっぱさ。食道を溶かさんばかりの酸味に唾液が溢れだす。うん、これだよこれ。一度口に入れた食べ物を吐き出すようなお行儀の悪い真似が出来ず、口を押さえて必死に飲み下そうとしていたフェイトの姿が脳裏に投影されて一粒で二度美味しい。フェイトもあの時を思い出したのかきゅっと口をすぼめていた。
白ごはんをかき込み、ぼくの分は終了。次にアリシアに供えられていた分に取りかかる。食べ物を粗末にするような真似はしませんとも。きちんといただきます。
食事中ではあるが感覚に何かひっかかったので外に注意を向けると、案の定サーチャーが窓からこちらを窺っていた。遠隔発生でスフィアをセットし【フォトンランサー】を放つ。
「ちゃんと明日伺いますから、それまで待っていてください」
破壊する直前、カメラ目線で言い放ってやった。【以心伝心】がなければ気付けなかっただろうけど、そんなこと向こうにはわからない。こちらの力を過大評価して抑止力になればいいけど。
「アルフ、また?」
《しつこいね、もうこれで何十個目?》
「まだ十七個目。初日ほどじゃないけど、諦めてはいないみたいだね」
フェイトとアリシアも呆れた様子。初日の夜から今日まで、グレアム勢力からと思われるサーチャーが毎日に飛んでくるので無理もない。彼女たちのプライバシーを侵害させてやる義理もないので見つけ次第破壊しているけど。
そういえば、とふと思い出す。
高天原だっけ? あいつ、はやてさんの近くにいることを許されていたんだよな。
少なくとも排除はされていなかった。あいつとグレアム勢力の利害は一致していた、あるいはお互い不利益にはならないということを理解していたということか?
あいつについて調べたらグレアム勢力の目的もヒントくらいは掴めるかな? 幸い、私立聖祥大付属小学校の生徒という手掛かりはあることだし。
……あれから毎日新聞を確認しても小学生が行方不明になったという記事を見ないので、そこまで期待はできないけど。情報の隠蔽がなされているのはほぼ確実だけど、それが人の手によるものなのか、
今まで見た転生者たちの年齢から逆算して、学校は転生者の巣窟であることが予測されたから平日は遠慮していたけど休日の夜ならそこまで危険でもないだろう。今夜あたり、忍びこんでみるかな。
◇
「また壊されちゃったか……」
アリアはため息をつきたくなった。
累計十七個目。今までの反省を生かし、念入りに認識阻害と各種迷彩と隠蔽魔法を重ね掛けしたのにこのありさま。まるでそんなもの存在していないかのようにあっさり発見された。どんな方法で気づいているのか、ミッドチルダ式魔法への造詣の深さなら他者の追従を許さない自負があったリーゼアリアを持ってしても未だにわからない。
相手はミッドチルダ式の魔法を使用しているのにもかかわらず、だ。
「ちょっとプライドが傷ついちゃうかな。ベルカ式を混合で使用しているの? まだ研究段階のはずだけど……。それに、そうだとしても何らかの違いを感じとれるはずよね」
現在わかっていることはただ一つ。相手にサーチャーによる覗き見は通用しないということだ。底知れない相手勢力の実力の評価がアリアの中で否応なしに増してゆく。
「まさか、魔法も使わずに五感および第六感で察知しているとか?」
アリアは転生特典などという
ふと浮かんだ考えを口に出してみて、まさかね、と否定したくなる。しかし、長年彼女を助けてきた勘はそれが真実だと告げていた。
もっとも、今はまだその声は非常に小さい。アリア自身が気づけないほどに。
「いま考えてもしょうがないかぁ。あちらさんはちゃんと話し合うつもりみたいだし、すべては明日、か」
フェイト達が『対象』と接触した初日の夜。町にいる他の魔術師たちを刺激しないよう、軽くサーチャーに隠蔽を掛けてリーゼは赤毛の使い魔を探した。
当初この世界にいたのはロッテ。近接戦が専門の彼女は『対象』の守護を重視して動いたため、アルフが『対象』と別れた時点で認識範囲から外れてしまったのだ。サーチャーを飛ばせば追跡できたのかもしれないが、単体でそれをやると守りがどうしてもおろそかになる。わかったのは短距離転移を繰り返して尾行を警戒する態度を見せていたという程度だった。
ゆえに、彼女たちは知る由もないが、アルフの盛大な自爆はアルフしか知らない。
幸い、相手の潜伏先はすぐに見つかった。上は高度な魔法から下は魔法を一切使わない原始的なトラップまで使用した厳重な防御が敷かれたマンションを発見したのだ。もちろん、潜入することは敵わなかった。
しかし翌日、その防御網があっさり解除される。警戒しながらサーチャーを潜入させたアリアが得た情報は、相手がサーチャーを発見および破壊できるだけの力を持つということと、日曜日に『対象』と接触する予定があるので何かあるのならその時に対談しようという要求だった。
相手は、防御を一段階解くことによって話し合いの姿勢を見せたのだ。
「『
いくら調べてもフェイトは普通の子供であった。
フェイト・テスタロッサ。一般家庭に生まれたミッドチルダ出身の魔導師。弱冠七歳にして使い魔アルフを作成し、今も維持し続けているところをみるとそれなり以上に優秀だが、裏に通じるような怪しいところは何もない。
両親は共働きで家庭は裕福。普段は家政婦が彼女の面倒を見ているが、両親との関係は良好。両親、家政婦共に遡って調べてみたが、彼らも怪しいところは見つからなかった。ごく普通のデバイス整備士と管理局職員の夫婦、ただの家政婦だ。
今回の旅行も、いわゆる子供のひとり旅。使い魔こそ連れているが何も不自然なところは無いし、子供の自立が早いミッドチルダでは九歳の子供を一人で旅行に行かせることも問題は無い。
これでこの情報が偽造なのだとすれば、相手は管理局の闇をかなり奥深くまで把握し、さらに強い影響力を持っていることになる。
「面倒ね……」
使い魔――アルフもかなりの実力者だ。ロッテは彼女がかなりの体術の使い手であることを指摘していたが、アリアがサーチャーから送られてくる短い細切れの映像をつなぎ合わせて解析するに魔力量も相当なものだ。
さすがに魔導師としての実力までは把握できなかったが、最低でも平均よりは上という確信がある。
普通に使い魔を作成してもこうはならない。作った後で継続的に鍛錬を積ませなくては。
「例えば一年以上にわたって毎日、魔力が空っぽになるまで魔法を使わせるとか」
具体的な鍛練方法とその目的に思いを馳せていたアリアの目の前に、モニターが展開された。画面には『SOUND ONLY』の表示。
明日の都合が、アリアの片割れ足るロッテ共々ついたという父からの知らせだった。
◆
ああ、いい天気だな。
「すごかったね、アルフ!」
「……うん」
《絶滅したって聞いてたけど、まだ生き残ってたんだね、ニンジャって》
「……ん」
鳥になって飛べたら、どんなに気分が晴れるだろうね。
《ああもう、まだ落ち込んでるの? 可愛いよ、アルフ》
「うん、似合ってるよ」
「うふふ、そう……?」
なんでぼくはこんな恰好をしているのだろう。
装備説明。頭部、ツインテール。下半身、膝上十センチミニスカート。上半身はさすがに普通のトレーナーだけど。防御力がゼロを通り越してマイナスいってそう。蹴りとか出せないよ。いざとなったら構わず出すけどさ。
よく世の中の女子高生は毎日こんな恰好をして出歩けるもんだ。感心するよ。尊敬できるかはともかく。歩くだけでも周囲からの視線が気になる。すうすうするなぁ。
「うう、いい年してツインテールなんて。一定年齢を超えたらあとは某電子の歌姫や某月の代行者のセーラー服を着た戦士にのみ許される特権だというのに……」
《何言ってんの?》
髪がときどきうざったいのは本当だ。休日だから少し髪型を変えてみないかというアリシアの誘いに乗ったのも自分の意志だし、コーディネイトも任せた。でもツインテールはないだろ、ツインテールは。何気にこれが一番ダメージがでかい。
ぼくは、無力だ。
「アルフは、私たちとおそろいなのが、イヤなの?」
ずーんとフェイトの表情が暗くなる。もっともよく見れば、その中に冗談めいた色があるのだけど。
「まさか。嬉しいよ」
ぼくも同様だ。落ち込んだふりをしているだけ。ツインテールがきついのは本当だけと、フェイトやアリシアに可愛いと言われるたびに心が弾む。なんだかごっこ遊びのようにここまでずるずると来てしまった。
それにしても、ほんとうに翠屋はすごかった。
お土産用にシュークリームを十二個詰めてもらった紙箱を見ながら思い出す。
店内に入ったとたん鼻腔に流れこむコーヒーの香りと甘いお菓子の匂い。でもそれ以上に気を引かれたのは眼鏡をかけたウェイトレスの少女。続いてまだ若い喫茶店のマスター。ちらりと一回だけ見えた厨房で働く青年。全員かなりの使い手だった。しかも体重の移動のさせ方から測るに表側じゃなくて裏側の。
そうなってくるとまるで一般人にしか見えない栗毛のロングヘアーをしたウェイトレスの女性が一番謎めいて脅威に思えてくる。何でスイーツ食べに行ったところであんな集団と遭遇しなきゃいけないのさ。やっぱり海鳴市って魔窟だ。
最終的には何か起こるというわけでもなく、普通にケーキとシュークリーム、コーヒーを三つずつ注文して美味しくまったりいただいた。客として見れば、あれほど防犯上安心できる喫茶店もあるまい。店員に注意を割りさかれながらそれでも味は抜群だったし、何もなければひいきにしたいところだ。
本当に何者なんだろう、翠屋。本当に現代に生き残ったニンジャ? 洒落にならないな。案外『原作』の登場人物なのかも。だとしたら近くに転生者がいる可能性も高い、か。迂闊に出歩かない方がいいのかなぁ? でも、そろそろいたずらに警戒するだけじゃなくて話し合える協力者が欲しくなってきたところだし。
「あっ……」
《! これって……》
「ん、どした?」
急にフェイトとアリシアが立ち止まった。何かあるのかと思って周囲を見渡していても、何もない。
「わかんない、ほら?」
フェイトがどこか嬉しそうに見上げてくるのだけど、いったい何を言われているのかさっぱりだ。
《この曲、前にアルフが鼻歌で歌ってたやつでしょ?》
アリシアに言われてやっと気づいた。商店街のどこからか流れている曲。ぼくからしてみれば懐メロもいいところだけど、この時代だと最新曲なのか。特に好きだった記憶もないけれど、無意識のうちに唄う程度には意識に残っていたってことか。
そういえば、お札もまだ野口さんじゃなくて夏目さんだったな。時の流れを感じるね~。
「アルフは本当にこの世界で生まれ育ったんだね」
《なんか不思議だね》
「あくまでも前世が、だけどね」
笑うフェイトを見ていたら、なんて言えばいいのだろう。わけのわからない気持ちが胸に込み上げてきた。周囲に喚き散らしたくなるような、独りで誰にも見つからないところで静かに泣きたいような。
やらないけどさ。
今はただ、隣でぼくを見上げる金髪の女の子の手を握る。導くように。すがりつくように。
「がんばろうね」
「ん」
帰宅後、はやてさんから電話があった。
なんでも、前に言っていた『おじさん』が急に顔を見に来ることになって、話の流れでぼくのことを話したところぜひとも会いたいと言ってきたらしい。
よくもまあ、あの立場にありながら一週間半で都合をつけられたものだ。
『ごめんな~。なにぶん急な話で。いやならわたしから断っておきますけど……』
「いえ、ぼくもお会いしてみたいですし、問題ありません」
明日は忙しくなりそうだ。
◇
――同日午後九時五分前。
すっかり日が落ちた町の中を、小さな影が二人と一匹分走っていた。
「だから言ったでしょうなの姉! 帰宅時間のことを考えたらもう帰るべきだと。門限に間に合いませんよ」
「ふえぇ~、そんなこと言ったって、もうすぐ、見つかりそうだったから」
「何を根拠に……」
「なのは、がんばって! あと少しだから」
「ありがとうユーノくん、はあ、はぁっ」
九歳という彼らの幼さを考えるとこの時間帯に外にいることが異常、といえないのが今のご時世だったりする。アルバイトはなしにしても、塾や補習で帰宅時間が十時に迫ることもざらだ。
しかし、少女たちは勉強のために帰宅時間が遅くなっているのではない。物探しのため、そして人助けのためだ。家族に事情を話し、許可も取ってある。その際にいくつかの約束事をし、その一つが門限は午後九時というものだった。
少女たちの家族はやさしく、そして厳しい。約束を破れば兄から、父から、そして母からじっくりたっぷりとO☆HA☆NA☆SI☆されることだろう。
街灯の明かりが二人の少女を照らし出す。
顔といい服装といい、一目で双子とわかるほどよく似た二人だった。違うのは髪型と表情くらい。もっとも、それだけでここまで雰囲気が変わるのかと思うほど身にまとっている空気が違うが。
姉にあたる少女の髪型は二つ括り。友人には触覚とも揶揄される独特の括り方である。子供っぽくも見えるが、それがほんわかした彼女の魅力をよく引き出していた。
もっとも、ほんわかしているのも間違いなく彼女だが芯では信じられないくらい頑固で、なおかつ切れちゃいけない配線を数本切って繋げちゃいけないところに繋いでいるような精神構造をしていることを妹は経験と共に熟知している。今回の探し物騒動も彼女の性格が原因の一つだ。
そしてその妹はというと、姉と同じ色、長さの髪を後ろで一つ括りにしている。ポニーテールというにはいささか長さが足りず、小動物の尻尾のようにぴょこんと飛び出ていた。可愛らしくもマヌケなようでもあるが、その表情は鞘に収められた快刀のように冷徹。
家族にさえも敬語で接し、異常に頭が切れて精神年齢も高い彼女には常人には存在しない思考回路が半ダースほど増設されているのではないかと姉は密かに疑っている。
今、二人の可愛らしいといって差し支えない顔には汗がびっしりと浮かんでいた。姉は肉体的疲労が原因で。妹は待ち受けるO☆HA☆NA☆SI☆を想像して。姉の走る速度、残された体力、家までの距離。姉に疑われるほど異常に回転の速い頭脳は無情にも間に合わないという答えを導きだす。
否、姉を見捨てて一人で走れば間に合わせることは可能だ。しかし、それで家族が許してくれるとは思えなかったし(むしろますます怒られるだろう)、何より頭にドが付くほどのシスコンである彼女に姉を見捨てるという選択肢は存在しなかった。
ゆえに彼女は賭けに出る。
「なの姉、しっかりつかまっていてください」
「ふぇ? な、なずちゃん?」
ひょい。そんな擬態語がしっくりくる動作と共に彼女は自分と同じ体格の姉を両手で抱きあげた。右手は腰の重心の下に、左手は首を支えるように。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢である。
「ユーノ。三秒だけ待ちます」
「へ、なずなさん?」
「“ユーノくん、飛び乗るんだ!”」
何を言われているのかわからずにきょとんと見上げるユーノ。しかし、姉の首元からちかちかと瞬く赤い光と共に発せられた言葉に反射的に従い、妹の肩にしがみつく。
彼女が周囲のすべてを置き去りにする速度で走りだしたのはタッチの差だった。
「――っ! ふえええぇぇぇ~……!」
夜も街に少女の悲鳴がドップラー効果を効かせながら響き渡る。
数分後。
「っただいま戻りました!」
「た、ただいま……」
「おかえり、なずな、なのは。三秒前、ぎりぎりだったな」
玄関で待ち受けていた兄の声に、二人はへなへなと崩れ落ちた。肩からは毛玉と化したフェレットがポトリと落ちる。
「た、助かりました……」
「つ、つかれた~」
主に精神的安堵と肉体的疲労という違いはあったが。
可愛らしい妹たちの姿に兄の表情筋は一瞬緩みかけるものの、鋼の精神力で堪えて表には出さない。
「今日は間にあったからこれ以上何も言わないが、次からはもっと余裕をもって帰宅すること」
「は~い……」
「もちろんそうします」
くた~と玄関に倒れ込み、靴も脱がずにたれている二人の姿についに兄の表情筋は崩壊した。笑みを浮かべながらリビングに向かおうとした彼だったが、ふと伝えるべきことがあったのを思い出して顔を引き締め直す。
「そうだ、なずな。見かけたら教えてほしいって言われていた二人組、今日見たぞ」
ぴくん、と妹の肩が震えた。同時に警戒を示すように姉の首元が一回赤く光る。
「本当ですか?」
「ああ、金髪のツインテールのなずなと同年代の女の子に、オレンジの髪をした美由希と同じくらいの子の二人組みだろう? 今日店に来たぞ」
「……はい?」
「何者なのか知らんが、二人ともただものじゃなさそうだったな。特にオレンジ頭の方はなかなかやりそうだ」
どこか楽しそうな表情をする兄を見てこの家に流れるバトルマニアの血に辟易する妹だったがそれはともかく。
〈レイハ、どういうことですか?〉
〈うーん、そんなイベントあったかなー。ごっめーん、思い出せないや〉
文句を言おうかと口を開きかけたが、毛玉と化したフェレットが落ちているのを見て考えを改める。彼女にとっては化石になって発掘されるほど昔の話なのだ。じゅうぶん思い出せなくても無理はない。
〈でも、なのはちゃんと彼女が出会うのは明日のはず。それは印象的だったからさすがに憶えている〉
「明日はすずかちゃん家に遊びに行くんだから、お風呂に入ってご飯を食べて今日ははやく寝ておけよ」
【念話】に被せるように兄が言った。赤い宝玉が持つ『知識』が正しければ、明日から物語は加速していくはず――より物騒な方向へと。
隣でたれている姉を見て、少女はこっそり拳を握りしめた。
思い出すのは消えたクラスメイト。決して好きな相手ではなかったが、いなくなっていい人間がいるとも思えなかった。誰も思いだせない。誰もがまるで彼がいなかったかのようにふるまう。
それを成した相手が、兄が見たという二人組のどちらかだったとしても――。
〈たとえ向こう側に私たちの同類がいたとしても、絶対に私はなの姉を守り抜きます〉
〈うん、応援しているよ。なずなちゃん。あたしも協力するからさ〉
無数の人生の転機とも言えるその日にカレンダーが変わるまで、あと三時間足らず。
ようやく、彼女たちが登場しました。
次の話から活躍してもらうつもりです。
現在、キャラクター紹介のページ作成中。完成次第投稿、ストーリーが進むにつれ更新と言うスタンスでいこうと思います。
誤字・脱字、感想などありましたらお願いします。
追記:サッカー少年がジュエルシードを持っていたのを見過ごして大惨事になった事件が消滅しているのはわざとです。念のため。