魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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なんとか今日中に書き上げました。
後半余裕のあるときには見直したいですね。

2012/10/30 加筆修正


第十一話

 

 人間、自分の理解の範疇をはるかに超えたものに出会うと硬直するしかないらしい。ぽかんと口を開けまったく動かない姉妹を見てそう思う。

 

 ずしぃん ずしぃん

 にゃおおおぉぉぉん

 

《ひみつ道具……?》

「いや、ジュエルシードの効果だろう常識的に考えて」

 

 多少の年数のずれではビクともしない長寿番組は偉大だね。

 

「この状況で常識的に考えるのは難しいと思う」

 

 珍しく、と言ってはなんだが硬直の解けたフェイトから的確なツッコミを入れられる。

 

「願望を叶える機能があるとは聞いていたけれど、百聞は一見に如かずというか……」

 

 二階建て一軒家ほどのサイズに成長した『子猫』を見たときのリアクションとして適切なものってどんなのだろう?

 あれは『おおきくなりたい』という願いが叶った結果かな。不安定な性能とは聞いていたけれど、単純かつ雑念の少ない幼少期の動物の思考ならある程度なら望んだとおりに叶えられるということか。

 大きくなるにもほどがあるだろうとか結局子猫のままじゃねえかとか問題は山積みだけど。

 

「っと、呆けている場合じゃなかった。とっとと終わらして支度しないと」

 

 今日の会談ははやてさんの家で昼食をごちそうになる予定で、待ち合わせは十二時半。今の時間は九時をやや過ぎたあたり。各地に短距離転移用のポートを設置しているから移動時間はほぼゼロにできるとはいえ、余裕を持って行動したい。

 昨日の夜、忍び込んだ学校でも結局めぼしいものは見つからなかったのだ。相手が本物のギル・グレアムなら備えはいくらあっても足りない。

 

「フェイト。【フォトンランサー】で剥がせると思うし、そのあとちゃっちゃと封印しちゃおう」

 

 ぼくが作業を急がせる理由は二つある。

 一つ、ここが月村家の敷地内だということ。よりにもよって出来れば近づきたくなかった場所のうちの一つである。

 動物ネットワーク曰く、あそこにいるのは人間じゃないだの、バケモノの巣窟だの、生きものではないモノが生きもののふりをして動いているだの……。どんな恐怖の館だ?

 調べてみたのだが、何もわからなかった。前世と比べものにならないくらい上昇した情報収集能力を持ってしても、何もわからないということがわかった。触らぬ神に祟りなしである。

 ゆえに有事に備えて敷地ぎりぎりにポートの一つを設置していたし、そのおかげでジュエルシード発動の気配を察知してすぐに駆けつけて結界展開まで流れるように作業できたのだけど。

 そしてもう一つ。『なのは』の存在。もし会わずに済むのだったら会いたくない。相手は新米魔導師。ここに駆けつけるまでにそれなりに時間がかかるだろうし、よほどの偶然に恵まれない限り可能なはずだ。

 ……あれ、なんかフラグ立てた?

 

「でも、猫ちゃんが……」

 

 ためらう様子を見せるフェイト。相手は無邪気な動物で、フェイトは心優しい女の子だから無理もないか。ぼくが剥がしてフェイトが封印でもいいんだけど、結局ネコは攻撃することになるし気まずい雰囲気になりそうだな。

 少し背中を押してみようか。

 

「ねえフェイト。よく見て。あの猫、首輪まで大きくなっているよね?」

「……? うん」

「ということはジュエルシードの『大きくなる効果』は猫単体に効いたんじゃなくて、フィールド状に猫を包むように展開されたのではないかと予測できる。さて、想像してみよう。もしもあの猫の毛皮の中に、ノミやダニが生息していたら……」

「……っ!」

 

 言われるままに素直に想像してしまったのか、フェイトの顔が蒼白になる。まあ、見た感じ毛並みもいいし、季節もずれているから可能性はかなり低いと思うけどそれは黙っておこう。

 

「たしかあいつら、一匹で百個くらい卵産んだよね」

「【フォトンランサー・マルチショット】ォォッ――ファイアァ!」

《さっきまでファンタジーだったのにいきなりB級パニックムービーだよアルフのバカァ!》

 

 何かに追い立てられるかのように切羽詰まった表情でフェイトは魔法を放ち、アリシアは涙目で叫んだ。

 魔法はあっても夢が溢れているとは言い難いこの世界が悪いんだ。ぼくは悪くない。

 軽くマイナス風味に世界に責任転嫁してみる。

 にゃおうぅぅんと無事にジュエルシードは猫から剥がれ、封印はフェイトがちっきり行いました。二つ目のジュエルシード確保。

 そのはずなのに、この達成感の無さはなんだろう。フェイトはおぞましいものから逃げ切った直後のように肩で息をしているし、アリシアは涙目で唸りながら睨みつけてくる。

 いたたまれない。やっぱりぼくが悪いのだろうか。

 

「“アルフ、注意しろ。何か来るぞ”」

「え?」

 

 バルディッシュの警告に被せるように結界が乱れ、一人の女の子と一匹のオコジョらしき生き物が出現した。

 

 

 触覚のような髪型にした栗色の髪、何かを求めるかのような色を帯びた大きな瞳、フェイトほどではないがそれでも可愛いといって差し支えない女の子と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「ふぇ? ええっと、その……こんにちは」

「あ、はい、こんにちは」

 

 ぺこりと頭を下げられのでこちらも挨拶を返す。うん、見知らぬ人にきちんと挨拶から入れるなんてしつけの行き届いたいい子だ。

 じゃなくて――。

 

「なのは、挨拶している場合じゃ……。っく、ジュエルシードの気配がない。こいつらに回収されてしまったのか? なのは、気をつけて!」

《のん気に頭下げてる場合じゃないでしょ! アルフ、注意して。きっとそのフェレット、ユーノ・スクライアだよ》

 

 案の定、アリシアと向こうのオコジョ改めフェレットの双方からツッコミが入れられる。

 その間にフェイトはバルディッシュにジュエルシードを格納し終え、再び空中に舞い上がっていた。表情は先ほどまでとは打って変わり氷結したかのような無表情。リニス先輩との戦闘訓練の成果だ。

 ふむ、ユーノ・スクライア。そして『なのは』か。ついにご対面だね。一生合いたくなかったけれど、やっぱりそうもいかなかったか。

 それにしてもフェレット、ねえ。『ぼくと契約して魔法少女になってよ』を地でやったか。末恐ろしいやつ……。

 じゃなくて! あれがユーノだとするなら結果以内に入ってきたことも納得だ。結界魔導師とまで呼ばれる彼ならぼくの結界に割り込むことも容易だったろう。

 スクライア一族は基本的にミッドチルダ式魔法を使用するが、中にはスクライア一族の中にしか存在しないマイナーな魔法も存在する。ナンタラ式と言えるほど体系立てられているわけでもない、ミッド式の中に混ざるような形で受け継がれている、通称マイナーマジック。そのままであるが、わかりやすい。

 ミッドチルダ式は管理世界で幅広く使われているが、それでもそれ以外が存在していないわけではないのだ。世界で、国で、地域で、時には氏族単位でマイナーマジックは細々と受け継がれている。マイナーなだけあって癖が強かったり先天資質が必要だったりするが、案外その効果は強力なものが多い。

 彼の使用している変身魔法の亜種【トランスフォーム】もその一つだ。たしかあれは姿かたちを変えるだけではなく消費魔力量を減らしたり治癒力を高めたりと様々な付属効果があったはず。

 人間のときと思考形態や感受性が変化したり視界や体の動かし方がまるで変わったりと色々副作用はありそうだな、と狼と人間の二つの姿を持つ身としては思うけど。

 アリシア復活後のリハビリとか、重傷を負ったときの備えとかいろいろ役に立ちそうだったので、一度詳しく研究してみたかったんだよね。どうにもデータが少なくて。機会があれば教えてもらえないだろうか。

 習得条件は厳しそうだけどさ。でなきゃ負傷した武装局員が運送される管理局の医務室は動物園と化しているだろう。白い部屋の中に包帯をまかれたフェレットがずらりと……。あらやだ可愛い。想像して少し萌えてしまったじゃないか。

 

「レイジングハート……ああっ、なずちゃんに盗られたままだった!?」

「なのはあぁぁ!?」

 

 ……なんだろうね。今一つ緊張感がないんだけど。

 無視していい相手ではないけど、この後の予定もあることだしやることやって帰りますか。フェイト達と話し合って決めた計画。おおざっぱな方針はプレシアと決めたものと変わっていない。

 大きく息を吸い込んで、形だけは敬語で一気にまくしたてる。

 

「なんですかあなたたちは? ジュエルシードは危険なものなんですよ。子供が迂闊に触っていいものじゃありません。何が目当てで集めているんですか? 悪いことは言いませんからやめておきなさい。怪我では済みませんよ」

「え、あの、わたしは――」

「見たところ魔導師のようですね。出身世界はどこでしょうか。何が目的で管理外世界に?」

「わたしは高町なのはですっ。聖祥大付属小学校三年生の――」

「現地住民? バカなことを言わないでください。この世界には魔法はまだ存在していないはずですよ」

「待ってください! 僕はユーノ・スクライア。ジュエルシード発掘の責任者で――」

「はぁ、まったく、嘘ならもう少しばれにくいものにしてください。どこからどう見てもあなたは使い魔ではないですか。やはり怪しいですね。こんな怪しいグループに危険なロストロギアを渡すわけにはいきません。魔法世界の住民の義務ですともええ」

 

 乱暴な理論だけど、某同盟の提督も言っていた。戦争って言うのは半分は後世の人々が呆れかえるような理由で行われ、残りの半分は当時の人々でさえ呆れかえるような理由で行われるのだと。どれだけ暴論でも押し通せば道理は引っ込む。

 つまり、善意の第三者を装う作戦。いや、『善意の第三者』は法律用語で盗品をそうとは知らずに購入してしまった人とかを指し示す言葉だから用法といてはまったく間違ってるけど。要はフィーリングである。ジュエルシードとは何の関係がない人間が善意で回収しているということを言いたいのだ。ただ、独善かつ善意以外のものもたっぷり抱いているだけで。

 管理局という指揮を執る立場が現場に存在せず、自主的に回収する勢力が現地で衝突したとしても、それは情報不足によって発生する不幸な事故というものだ。相手がいくつ回収しているのかわからないが、相手の出自が定かではないと判断して危険を未然に防ぐために奪い取ったとしてもこの状況下なら不自然ではない。

 ――残りの個数がどれだけあるのかまったく予測がつかない以上、法律にぎりぎり触れず相手からジュエルシードを奪い取れるだけの建前が必要なのだ。こんな女の子を攻撃しなきゃいけないのかと思うと罪悪感がひどいけど。出会い方が違えば友達になりたい、いや、フェイトの友達になってほしいタイプだと思う。挨拶が出来るほど真面目で、困っていたユーノを助けるくらい情に厚く、二週間経過した今も疲労で投げ出したりしない責任感もある。

 ……本当に、何でぼくはこんないい子を怪しい奴、言っちゃえば悪者扱いして攻撃しようとしているの? 死ねばいいのに。

 閑話休題。

 ジュエルシードがユーノの所有物ならまた話は違うが、そのような事実もない。そもそも、ロストロギアが個人所有されることってまずあり得ないだろう。強いて言うならデバイスがその起源をロストロギアに持っているらしいけど、これは量産に成功しているしね。

 精密機械っぽい癖に武器として使用しようと電流を流そうと高温低温にさらそうとびくともしない頑丈さにそれで納得いった。

 管理局の法の下、正式に世界を渡って魔法とデバイスの使用許可を取っていたのがここで生きてくる。ジュエルシードさえ必要数集まれば術式はすでに完成してあるし、調整にもそんなに時間はかからない。アリシア復活の儀式を行っても日程的にじゅうぶん誤差でごまかしがきく範囲だ。

 事件性が発生して細かく調書つくることになったらそれも難しいだろうけどね。だからやり過ぎは逆にダメ。ギル・グレアムも要注意。秘密にするべきことは『死者を蘇生させる』ということであって、ジュエルシードの回収はべつにばれてもいいのだ。

 と、いうわけで。

 

〈フェイト、やっちゃえ。作戦名ヒポクリットだ〉

〈……うん、わかった〉

 

 名前を教えてやる義理もないので【念話】で指示を出す。

 

「【フォトンランサー・マルチショット】――ファイヤ!」

「きゃっ!」

「なのはっ、とりあえずバリアジャケットだけでも展開するんだ!」

 

 連続して放たれる金色の閃光はフェレットが展開した緑色のバリアに阻まれる。なのはは攻撃に対してギュッと目をつむり、身を縮めていた。……反応だけ見ればまるっきり普通の女の子なんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら素早く彼女の死角にまわり、意識を刈るべく手刀を首筋に打ち込む。

 

「【バリアブレイク】――え?」

「く、うう……」

 

 フェイトの【フォトンランサー】を防いで消耗したバリアだ。【バリアブレイク】で抜く自信はあった。事実、バリアは一瞬で砕けた。

 しかし、完全に死角から放ったはずの一撃は彼女が展開した【ラウンドシールド】によって防がれた。いつの間にかバリアジャケットも展開しているし、さらにマルチタスクでゆっくりと空に飛びあがろうとしているような……。

 前言撤回。デバイスなしでこれだけの魔法。この成長速度、化け物だ。さっきのセリフじゃないけど、魔法世界出身じゃないとか嘘だろう。そもそも、どうやって死角からの一撃を防いだんだ? 動体視力と反射神経もかなりのものを持っているだろうけど……。

 油断は捨て【明鏡止水】を発動させる。目に見えて彼女が怯えるのがわかった。こんなに普通の女の子みたいな反応を見せるのに、どうして普通に戦えるんだろう。不思議だ。何が彼女を動かしているんだ?

 わからないな。考えるのは後にしよう。彼女の魔法はデバイスがない分遅く、荒く、脆い。【バリアブレイク】をもう一段階発動させ腕を振り抜いた。綺麗に入った手ごたえと小気味いい打撃音。

 

「なのはっ! うわっ!?」

「ごめん……」

 

 なのはに意識を取られ過ぎたユーノも超高速で接近してきたフェイトの魔力刃で意識を刈り取られる。意識を失い崩れ落ちる主従の体は【バインド】で支えた。

 経験の差ってやつだね。彼等は優秀な魔導師なのかもしれないけど、戦闘訓練を受けたことがない以上ぼくらの敵じゃない。今はまだ、という注釈がつくが。

 

《アルフ~、どうするの?》

「んー、たぶんだけど彼女たちが集めたジュエルシードって彼女のデバイスの中に格納されているよね。今は持っていないみたいだし、今日は退散し――たかったんだけどね」

「“来るぞ”」

 

 言わなくてもわかってるよバルディッシュ。おかわりはもういらないというのに。

 結界の歪みを察したフェイトが自分の周囲にフォトンスフィアを展開する。いい判断だ。模擬戦で似たようなことを散々やったからね、主にぼくが。

 本日二度目の結界への介入者。なのはとそっくりの顔をしたポニーテールもどきの少女が現れる。【明鏡止水】で感情を排したぼくと正面から目が合い、動きが止まった瞬間を狙って上空という人類共通の死角から七つの雷の槍が降り注いだ。

 

 

 他の転生者よりも自分はついていなかったのだろうとなずなは解釈している。

 今までに会った転生者たちを見る限り、そしてレイハの話を聞く限りそう感じる。

 なずなが自我を得たとき、それはまだ彼女がその名前を得る前のこと。生まれた直後どころか母親の胎内にいるときであり、自我があるという事実に関係なくなずなの肉体は年相応であった。

 人間の脳細胞は約百四十億個あると言われているが、それらは生まれたばかりの時はほとんど稼働していない。各細胞間を結ぶシナプスが形成されて初めて外部の情報を処理する脳細胞特有の働きをするが、その形成が本格的に行われるのは生まれてからだ。生後六カ月で脳の重量は誕生時の二倍になるというのだからどれだけの速度で発達しているかがわかるだろう。逆に、生まれる前がどれだけ未熟かも。

 さらに言えば脳回路の形成も三歳まではハードウェアの面が優先され、思考、意志、創造、情操といったものを行う前頭葉の配線は四歳以降と言われている。

 つまり、自我はあっても思考が構成できない。魂に受け継がれた知識と人格をじゅうぶんに起動させるだけのハードがまだ存在していないのに、生まれた自我はそんなことお構いなしに存在し続ける。

 結果としてなずなの幼少期の記憶は、慢性的に脳を蝕む苦痛と度重なる高熱による朦朧とした意識、幕一枚分隔てたところに存在する身近な狂気の三つで構成されている。

 死にたくないという動物的な本能に身を任せ毎日を生き抜いた。肉体的にいくら消耗しても病魔に侵されることがない【太陽の息吹】という転生特典、人間離れした動きを可能とする高町家に受け継がれる血、心を支える姉、どれが欠けてもなずなは今ここにいなかっただろう。

 特に姉の存在は大きい。母体の負担になるから早く行かねばならないとわかっていたのに、ためらっていたなずなのために先陣を切ってくれた強い姉はその時からなずなの憧れであり目標だ。物心ついたばかりで遊びたい盛りだろうに、高熱を出して寝込みがちななずなを拙いながらも看病してくれたやさしい姉が大好きだった。

 彼女がいたからなずなはやってこれた。彼女の真似をすることで子供としての正しい在り方を学び、狂気から決別することが出来た。口調ばかりはなんともしがたく、敬語で塗り固めることになったが。

 彼女のためならなずなはなんだってできる。彼女のためなら自分は犠牲に、などとはまったく思わないけれども。一人の幸せより、二人の幸せ。二人の幸せよりは、みんなの幸せ。欲張りというより、なずなには姉が一人で幸せになるという状況が想像できない。自分がいて、家族がいて、友人がいて、多くの人に囲まれて笑う姉がなずなの一番容易く想像できる幸せな姿である。

 だからどのような過程があれ、そんな敬愛する姉が地に伏している現状は控えめに言って面白くなかったし、さらに交渉の余地なく攻撃してきた相手に弁明の余地は無いと思えた。

 

〈レイハ〉

〈はいはい、りょーかい――Put out〉

 

 何故か無駄にネイティブな発音と共に一対の木刀がレイジングハートの格納スペースから排出される。小太刀二刀という、お土産屋などでは見られない一風変わった造りだ。

 さらに一瞬なずなの服が瞬き、全身を覆うタイプの競泳水着の要所にプロテクターを加えたようなデザインのバリアジャケットが展開される。なずなの想像力(センス)の限界。身を守るものであり、スピード重視というイメージが強調された結果である。

 学校の制服をベースにしているとはいえ、可愛いデザインの姉とは大違いだ。まあ、自分がいくら着飾ったところで限界はあるだろうとなずなはその辺半分諦めている。

 

〈Barriar Jacket――ふう、なずなちゃんの魔力資質だとそれぞれ一回の発動とジャケットの維持が精一杯。それ以上の援護は無いと思ってくれやす〉

〈充分です〉

 

 幼少期になずなの脳にかけられた異常な負荷は副産物をもたらした。

 何十倍にも引き上げられた体感速度の中で迫りくる閃光の軌道を冷静に読む。直線的なため予想は容易だ。後はかわしきる身体能力と、きちんと体を動かす不屈の心だけ。

 

〈いきます〉

 

 人間のポテンシャルは普段大部分が眠っており死の脅威などごく限られた場面でのみ発揮されることがあるなどとよく言われるが、なずなは幼少期から意図的に身体の状態を弄ることを試み続けた結果、自分の意志でその境地に至れるようになった。

 走馬灯、すべてがスローモーションに見える感覚、筋肉のリミッター解除、お手軽なところで言えば周辺視と瞬間視と瞬間記憶、いわゆる速読など大抵のことなら出来る。日常生活には必要ない、むしろ邪魔なので普段は制限を掛けているが。

 幼少期に自我があったおかげで特殊能力に目覚めたのではない。特殊能力と呼ばれるレベルの性能が発揮できるようにならないと生き残れなかったのだ。

 キリンの首は進化して長くなった。ゾウの鼻は進化して長くなった。長くなったから生き残ったのか。逆だ。長くならなかった個体は絶滅しただけ。なずなにも同じことが言える。

 進化したから生き延びた。それだけの話だ。

 

 

 突出して攻撃をかわし、背後で爆発が起こるのを尻目にその爆風を利用してさらに加速する。その攻撃を放ってきた金髪の少女は驚いたかのように表情を変えたが、オレンジがかった赤い髪の方はぴくりともしなかった。さもありなん。アレが表情を変える場面の方がなずなには想像も出来ない。

 敵は二人とも上空に存在し、なずなは飛べない。金髪の方は直線距離にして二十三メートル、オレンジは十メートル。両方跳んで届かない距離ではないが、それで片方を撃墜しても着地までの無防備な状態をもう片方にさらすのは無謀というもの。

 

〈降りてきてもらいましょうか。レイハ、どうですか?〉

〈オレンジ髪の方が転生者だよ。向こうも近接メインだから手ごわいと思うけど〉

〈問題ありません。転生特典はどうですか?〉

 

 レイハの転生特典【千里眼(クレイボヤンス)】。途中経過をすべて省略し、『対象の情報把握』という事象を発生させるというふざけた能力だ。発動には一定時間以上相手を視界に捉える事(その条件を聞いたとき、レイハの視界はどのようなものなのかなずなはわりと真面目に気になった)、知りたいと意識した情報のみを過不足なく得ることしかできない、得る情報に比例して消費コストと発動までの必要時間が跳ね上がるなどと制限は多いが。

 何より、自力で魔力を発生させることのできないレイハはコストを己の使用者に負担してもらわねばならない。『コストとして使用できるのは魔力のみ』というのはレイハが所有するすべての転生特典に共通する縛りだ。なのはなら問題は無かったのだろうが、なずなだと相手の転生特典の確認が精一杯である。

 

〈注意するべきは二つ。【明鏡止水】はなずなちゃんの【傍目八目】の上位互換。感情を排し、常に百パーセントのパフォーマンスを発揮する。士気の低下や動揺は狙えないね。判断ミスも少ないかも〉

〈そうですか。やっかいですね〉

 

 【傍目八目】は『第三者として見ることによって適切に判断を下す』なずなが身につけた特殊能力の一つである。状態にいちいち名前を付け、技として意識することによってその状態に意識的に持っていけるようにしたのはなずな本人であるが、このように他人から言われるといささか気恥かしさを感じる。

 感情を排する、ということはあの目もその効果の延長線上なのだろうか。いやな追加効果だ。

 

〈もう一つは【以心伝心】。これはあたしの【千里眼(クレイボンヤス)】と同じ事象発生に分類される能力で『相互理解』を過程を飛ばして発生させるみたい。百パー発揮したらこっちの攻撃も相手の攻撃も完全に理解できちゃって戦いにならないけど、効果をかなり制限して使っているね。技が見切られやすいくらいに考えといて〉

〈いやな能力ですねそれも〉

 

 ただ、回避不可の即死能力を叩きこんでくるようなことは無いようだ。その点に安心しながらなずなは鋼糸を放つ。転生者相手だとその心配が杞憂にならないから困るのだ。

 【神速】を未だ習得していないなずなは体感速度を引き延ばすことはできても、周囲を置き去りにしたあの速度で動くことはできない。リミッターをすべて外せば近い動きは可能なのだが、あれは攻撃に全振りするようなもので守るための御神流とは噛みあわない。

 鋼糸がオレンジ色の防壁に絡みつく。一瞬拮抗したが、『気』を流してやると防壁を切断し、狼少女の左腕に巻きついた。魔法が『気』の運用で抜けたことに少し安心するなずな。

 

〈うーん、何度見ても理不尽だね~〉

〈五月蠅いです。……私も昔から思っていますよ〉

 

 父と兄の模擬戦を初めてみた後、なずなはこの世界について調べなおした。しかし、生物の教科書に載っている知識も、オリンピック選手の記録もなずなの知っているものとは変わらない。世間一般で認識されている人間の限界はなずなの前世と大差なかった。

 ならば、彼らの動きは何なのか。

 なずなの立てた仮説はこうだ。人間の生物学的な身体能力そのものは前世と変わらない。しかし、この世界には前世には存在しなかった、彼らの非常識な動きを支える未知のエネルギーとその法則が存在する。そのエネルギーになずなは便宜上『気』と名前を付け、その存在を意識しながら鍛錬を積んだ結果、それらしき力の発見およびそれなりに使いこなせるようになった。

 小学校一年生の彼女が転生特典を複数持つ転生者たちを一方的に血祭りに上げることが出来た所以がこれである。もっとも一番大きい要因は、彼らが彼女を戦闘力五以下のなのはだと思っていたことだろうが。

 レイハの【千里眼(クレイボンヤス)】を持ってしても未だに正体がはっきりしないが、こうして使えるなら今は問題がない。

 

「シッ!」

「……っ」

 

 『気』を纏わせ人間をはるかに超えた力を瞬間的に引き出し相手を手元に手繰り寄せる。なんだか純粋な身体能力だけでも自分の知る人間の限界を超えてきた気がする昨今だが、もはやここまで来たら気にしたら負けだ。

 そのまま手元に引き寄せたら勝負はなずなに分があっただろう。なずなの不幸は相手の能力をすべて把握できなかった点。レイハが敵対している魔導師たちの特性を失念していたことだ。

 

「かふっ!?」

 

 何の前触れもなかった。特徴的な激痛が鋼糸を握った右腕を中心に全身に広がり、重いしびれとなって体を拘束する。

 

(電撃……!? そんな、魔法発動の気配はなかったのに……)

 

 一発で電撃と判断できる彼女の日常はどんなものなのだろう。

 

〈ごめんっ、【魔力変換資質】のことすっかり忘れてた! 魔導師の中には魔法を使わずに直接魔力を現象に変えることが出来るやつがいるんだった〉

〈うっかり属性はここではいりません……!〉

 

 なずなはうめく。天然ボケで可愛い子ぶるのも時と場所を考えてほしいものだった。まず確実に素なのだろうが。

 相手を拘束し引き寄せるはずの鋼糸は電線として逆に利用されてしまった。現在進行形で電流は流れてきており、近づいてくる相手の姿も満足に動けない現状では脅威にしかならない。

 

「くぅ、御神の剣士は……」

 

 それでもなずなは諦めなかった。なのはの様子は真っ先に確認した。命に別条はない。これといった怪我も見られない。手加減されたのだろう。でも、それとこれとは話が別だ。一生懸命頑張っている姉を一方的な都合で踏みにじった相手に、一発くれてやらないと気が済まない。

 

「守るべきものがあるとき、倒れないんですよ!」

 

 【御神流 徹】。カウンター気味にしびれる身体に鞭打って相手の顔にぶち込む。案の定、防壁が展開されたが【ラウンドシールド】程度なら抜けることは姉との実験で確認済みだ。衝撃を裏側に打ち徹す打撃であるこの技は、決められた範囲しか防げない魔法防壁と相性がいいらしい。

 手ごたえはあった。貶められた姉の想い、誇り、行い、少しでも相手に思い知らせることが出来ただろうか。

 

「■■■」

 

 表情も目もまるで変わらないままに、相手の口から音がこぼれおちる。それと共に打ちおろされた正拳で、なずなは意識を手放した。

 

 

 ものすごく疲れた。

 

 

 マンションに帰宅後、リビングまでふらふらと歩きソファーに崩れ落ちる。

 もうね、精神ダメージがヤバい。何でぼくこんなことやってんのって感じ。

 もっといい方法は無かったんだろうか。作戦そのものはプレシアがたくさん用意してくれた。ぼくらは現場の判断で、その中から適切と思われるものを選んで行う形となる。

 あの子たち、双子だったのかなぁ? いい子な姉と、いい子な妹。うう、まぶしすぎて灰になりそうだ。

 というか、何だったんだろうアレ? 姉は天性の大魔導師で、妹は魔法を使わない特殊な力を持った剣士とか。いや、針や糸も使ってたからどちらかといえばニンジャか。

 物理で殴る前衛と魔法火力の後衛、支援特化のユーノが加わればまさに完璧。さすが主人公勢力、でいいのかなぁ……。こっちとしては不安通り魔法以外の不思議パワーが存在しているようで気が重いんだけど。小学生のうごきじゃないよなぁ、アレ。いや、それ以前に人間じゃねえ。

 相手がいくつジュエルシードを所有しているかわからない以上、無理やり相手から奪い取れる作戦が適切かと思ったんだけど、判断ミスかもしれない。敵対勢力とみても脅威だけど、それ以上に善人に悪役を押し付けるのがここまで負荷になる行為だなんて思いもしなかった。

 フェイトもあれっきり何かを考えている様子で黙り込んでいる。アリシアも何とも言えない後味の悪さを感じているようだ。

 はぁ、なんであの時ぼくは、あの子に向かってあんなこと言っちゃったのかな。絶対あの状況で言っちゃいけない言葉だろう。【明鏡止水】はたしかに発動していたはずなのに……。

 

「アルフ」

「んー?」

「あの子たち、すごかったね」

「うん」

 

 考えをまとめ終わったようで、フェイトが顔を上げた。

 結局、今回の収穫は一つだけ。デバイスは後から登場した女の子が持っていたんだけど、気絶した後も自動で迎撃するとかお前はどこの格闘漫画の主人公だという反応を見せてくれた。なーんかデバイスそのものからもヤバゲな気配を感じたし、直感に従ってあの場はとっとと退散したのだ。

 そもそも、いくらなんでもフェイトやアリシアの目の前で殺しとか無理だし。

 

「私たち、悪者だね」

「……うん、そーだね」

 

 一瞬否定しようかと思った。現場監督はぼくだし、指示だししたものぼくだ。責任はぼくにある。でも、フェイトが言いたいことはきっとそういうことじゃないから。

 

「でも、私はお姉ちゃんに生き返ってほしいんだ。これは私の気持ち。これだけは譲らない。アルフも巻き込んじゃうけど、協力してくれる?」

「もちろん。その代わり、ぼくも頼んでいいかな?」

 

 赤い瞳に輝く強い決意。ぼくが迷った時は、いつも彼女が導いてくれる。年がら年中彷徨ってばかりだろというツッコミはなしの方向で。

 

「うん」

「ぼくもアリシアを生き返らせたい。アリシアのためじゃなくて、ぼくのわがままで」

「手伝うよ。任せて」

《……勝手にわたしのことで盛り上がらないでよ~》

「あはは、ごめんごめん」

 

 ぷかぷか浮かんでいたアリシアが文句を言う。

 たしかに目の前で勝手にこんな話されたらたまったものではないだろう。

 笑いあって、少し気が楽になった。

 

「ねえ、これからもあの子たちとぶつかるんだろうね」

「この作戦を押し通せばね。謝罪して、別の作戦で行くという手もあるよ」

 

 むしろ心情としてはいますぐそうしたい。彼女たちにすべてをぶちまけて、協力体制が取れたら一番楽なんだけど、それに必要不可欠な信頼関係は皆無、むしろマイナス……。あー、やっぱり初手から判断ミスだな。こっち来てからそればっか思ってないか、ぼく?

 フェイトの顔が、どこか心配するようなものになった。少し違和感。このタイミングで、何に対して?

 

「それはまた今度でいいけど、すべてが終わった後、お話しする機会、あるかな?」

「どうだろう、どうして?」

「最初の子の目、とても気になったんだ。寂しい目。何かを追い求めているみたいに、余裕のない目。昔の私もあんな目をしてたと思うから」

《アルフにもちょっと似てたよね》

 

 フェイトとアリシアが口々に言う。確かに印象的な目ではあったけど……。ぼくにはそこまで深くはわからない。経験が少ないから、っていうとフェイトはもっと少ないはずなんだけど。純粋に適性がないのか。地味にへこむ。

 

「一度、きちんと話し合ってみたいんだ」

 

 凛々しく宣言するフェイト。それは今回の『旅行』でアリシア復活以外の目的を、彼女が抱いた瞬間だった。

 

 

 ……信じられるか、このあとギル・グレアムとの会談が待っているんだぜ?

 ぼくのライフはもうゼロだよ。

 




 木曜日に本編投稿。日曜日に設定集更新という流れでいきたいと思います。

 誤字・脱字等あればお願いします。

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