魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 遅くなりました。
 申し訳ありません。


第十二話

 

「まさか家の敷地内にあるとは……灯台もと暗しとはこのことね」

「……まあ、あれです。こんなポケットに収まるような大きさの小石を、この広い海鳴市の中から探せというのが難しいということくらい私も理解しています。リンカーコアが存在していなければ独特の波動を感じることもできないわけですから。仕方ありませんよね」

「そう思っているならジト目をやめてくれないかしら」

 

 なずなは深々とため息をつくと、目を元に戻した。

 謎の魔導師たちに敗北してから三十分ほどでなずなは意識を取り戻したものの、友人たちに心配をかけるのは十分すぎる時間であり、さらには早急に対策を立てるためにお茶会はお開きとなってしまった。

 半分こちらに足を踏み入れているすずかと違い、アリサには何も話せないので言いわけには苦労したものである。超絶頑固のくせに変なところで不器用な姉に任せると話がこじれるので、今行っている『人助け』が急に入ったこと、なずな個人としては詳細を話してしまっても全然構わないのだがそれをすると不特定多数の人間に迷惑がかかるので話せないことを説明して納得してもらった。

 それで納得できるアリサの精神年齢は確実に小学生を超えていると思う。自分たちへの信頼も大きいのだろうが。

 

 

 今部屋の中にいるのは忍、ファリン、ノエル、恭也、なのは、なずな、ユーノ、レイハの合計八人。この中で純粋に人間と言える者が何人いるかは置いておいて、とりあえず八人である。

 時刻は十二時を少し過ぎたあたり。そろそろ空腹を感じ始める時間帯ではあるが、支度を始めようという雰囲気ではなかった。

 

「なんか腹の立つ動作ね」

「申し訳ありません。筋違いだということはわかっているのですけど。私たちがそちらに依頼したのは第一に情報隠蔽。ジュエルシードの情報の収集はおまけのようなものです。むしろ、責められるべきはあれだけ至近にありながら発動するまでまったく気付けなかった私たちでしょう」

「いいえ。隠蔽は私たちにとっても必要なことだと認識しているわ。下手をしたら『魔法』という文明をまるごと敵にまわしてしまうもの。情報収集もこちらで請け負った仕事の一つ。敷地内にあるジュエルシードを確保できなかったのは完全にこちらの落ち度よ。悪かったわ」

 

 頭を下げる忍に恭也とノエルがわずかに瞠目し、なのはと何故かファリンがあからさまに狼狽する。今ここにいる忍は月村家当主、ひいては海鳴市の夜の一族の代表としての立場を背負っている。その上で謝罪したという事実は決して軽くない。

 

「ふええぇ!? し、忍さん、頭を上げてください! 謝ってもらわなきゃいけないことなんて一つもないです」

「そうですね。話が逸れました。いまは責任の在りかではなく、これからどうするかという話をするべきです。レイハの記憶がもっと使い物になれば簡単なのですが」

「“むう、しょーがないじゃない。何年前の話だと思ってんのさ~”」

 

 なのはの首元という定位置に戻ったレイハがちかちか点滅し、ありもしない口をとがらせる。

 

「ほう? では参考までに聞きますが、具体的に何年前なのですか?」

「“あれは今から三十六万……いや、一万四千年前だったか?”」

「それ以上ほざいたら握り潰しますよ()バイス」

「“そこは是非とも叩っ斬るかねじ切るかすり潰すかで……”」

「ノエルさん、おろし金」

「はい、ただいま」

「“じょーだんだよぉ、じょーだん!”」

「冗談ではありませんが?」

「漫才はそこまでにしてくれないかしら……」

 

 相応の覚悟をもって行った謝罪があっさり流されたことで疲れたように忍が口を挟んだ。

 レイハの元相棒でありながら主人と認められなかったユーノは二人(正確には一人と一機)のあまりにも打ち解けたやり取りに呆然とし、なのははお互いの距離が下手をすれば姉や現相棒である自分よりも近い二人にちょっぴり苦笑する。

 ――なのはたち高町家の人間が転生者という存在の片鱗に初めて触れたのは今からおよそ五年前、士郎が事故に遭ったときである。

 そのときに初めてなずなは自分に前世の記憶があることを両親に話し、一人の人間として彼らと話し合った。戦力として見てもらうため、そして子供のお願いとしてではなく確固としたひとつの意見として喫茶店の経営に士郎に専念してほしいと伝えるために。断りでもすれば足を切断されかねない勢いだった、とは士郎の談。

 その後、士郎の容態が安定し、家族の生活が元に戻ったときに両親を交えて兄弟三人になずなの口から説明があった。約十八年間にわたるの前世の記憶がなずなには存在すること。前世のなずなは病弱で入退院を繰り返す生活をしており、死んで神様に出会ったときに来世では『前世を含めお世話になった人に恩を返したい』、『病気にならない体が欲しい』、『自分の力が誰かの役に立ってほしい』と願い、それに応じた超能力を持って生まれてきたということ。

 驚いたが、同時に納得もした。超能力云々の実感はあまり湧かなかったが、なずなは姉のなのはから見ても特殊な存在だった。いや、姉という一番身近な場所から見たからこそその異常性がなおさらはっきり感じられたのかもしれない。

 大抵のことは教えられなくても出来る。なのはが何度練習しても出来ないことを、その応用発展を含めて自分ひとりでやってしまう。姉としてのプライドはズタズタだったが、前世というアドバンテージがあるのなら少しは気が楽になりそうだとそのときは思った。

 兄と姉も納得しているようだった。士郎が事故に遭う少し前あたりに、体と心がある程度動かせるようになったなずなが前世と今の世界の齟齬を確認するため引きずるようにして身長の半分くらいありそうなハードカバーの本を何冊も読破している姿を見ていたので、三歳児ではありえない見識を持っているというのは知っていたことだ。その原因がわかっただけのことである。

 前世はどうあれ今の彼女がなずなという高町家の末っ子であることは変わりないのだ。そうやって高町家の人間は転生者であるなずなを受け入れた。

 受け入れてしまった。前世の記憶があろうがなかろうが、彼女がなのはにとって大切な妹であることに変わりは無い。そして生まれるのは、出来のいい妹と何もできない姉という今までと何の変わりもない構図。なのはの苦悩は続くことになる。

 転生者という存在について新たな情報が出てきたのはつい最近、レイジングハートというデバイスがユーノによってこの世界に持ち込まれてからのことだ。

 自らをレイハと名乗ったそのデバイスはなずなに自分は転生者だと名乗り出て、転生者にまつわる話をなずなと二人きりでしていた。レイハ曰く、この世界に転生者という存在は複数存在するらしい。

 この世界には前世の記憶を持った人間が複数人存在している。そして彼らは神様からもらった超能力を持っている。なのはが知っているのはそのくらいである。詳しいことは教えてもらえなかった。

 ただ、レイハと話し終えたなずながとても怖い顔をしていたのを覚えている。なのはの顔を見てすぐに笑ってくれたが、あれが姉に心配かけまいとする妹の強がりだということはさすがのダメ姉ななのはでもわかる。

 それからだろうか。なずなとレイハの間になのはにはない繋がりが見られ始めたのは。

 

(まだまだわたしはなずちゃんに話してもらえるほど強くないんだ。頼ってもらえるほど信じられていないんだ。もっともっと、強くならないと……)

 

 なのはは密かに決意を固める。不屈の心は彼女に諦めるとか妥協するとかいった選択肢を選ぶことを許さない。

 

「申し訳ありません、話が逸れましたね。まあ、レイハが憶えていないというのは本当の様です。せめて名前だけでも覚えていればユーノが調べることが出来たのですが……」

「“うーん、何だったかな~。たしか、ウルフと……ディスティニー?”」

「どこぞの兵器みたいな名前ね」

「“レッドキャップとかそんな名字だった気がする!”」

「ウルフ・レッドキャップにディスティニー・レッドキャップ? さすがにあり得ないでしょう」

 

 呆れたような忍の口調がふとなのはの意識にひっかかった。レイハの挙げた名前が奇天烈なものだということはなのはもわかる。しかし忍の口調はまるで、あの魔導師たちの名前に一定の法則があり、今レイハが挙げた名前はそれから逸脱していると言っているように聞こえる。

 なのはの脳裏に二人の少女の姿が浮かぶ。一人はなのはの姉、美由希と同年代くらいに見えるオレンジがかった赤毛の犬耳少女。もう一人はなのはと同年代の、とっても綺麗な金髪をした女の子。自分の意志を貫こうとする強い赤い瞳が印象的だった。

 なのはとユーノを一蹴した二人。なずなに勝った二人。なのはがやろうとして出来なかったことを成し遂げた二人。なのはの心臓に鋭い痛みが走る。

 やりたいことが見つかったと思った。なのはにもやれることが見つかったと思った。でも、相変わらずなのはは何もできていない。何が目的なのかは知らないが、なのははあの女の子がとてもうらやましくなった。なのはが憧れている場所に、今のあの子は立っているのだ。

 

「だいたい、機械のくせに物忘れするってどうなのよ?」

「“むう、隣にいるその子たちを調整したあなたが言う? 人格を保ったまま記憶を保存できるのはせいぜい三百年が限度なんだよ。それ以上は人格か記憶か、どちらかが変質しちゃう。まさか原作開始時まで生き残るとは思わなかったし、前世の記憶はほとんど消しちゃったんだ。単純なデバイスとしての容量の限界もあるし”」

「それでも、覚えていることはないのですか? 相手の目的など」

「“うーん……無印はたしか、ラスボスがいて……あの子たちはたしか中ボスだったような”」

「黒幕がいるってこと? ユーノくん、だったかしら? あなたは何かわからないの?」

「すみません。かなり熟練した魔導師だということくらいしか……。下手をすると彼女たちは管理局、ええと、この世界でいう警察や軍隊をまとめたような組織なのですが、そこのエース級に匹敵すると思います」

「あっちの世界でもかなりの手練ということですか。なの姉は何か気付いたことは無いですか?」

「にゃ?」

 

 自分を置いて頭の上を飛び交っている話だと認識していたので、いきなり話を振られたなのはは慌てた。とっさにあのときの邂逅を思い出し、最初に思い出したことをそのまま口にする。

 

「えっと、礼儀正しい人だったよ。挨拶したら答えてくれたし」

 

 だからこそ、こっちを排除しようと意志を固めたときの目は背筋が冷たくなるほど怖かった。思い出してなのははブルリと震える。

 反応は予想以上だった。なずなと忍がそろってぽかんと口を開ける。

 

「はあ?」

「挨拶したら、答えてくれたですって?」

 

 何をそんなに驚いているのか、なのはは困惑した。そんななのはを置いてなずなと忍は顔を見合わせる。

 

「――迂闊でしたね。ジュエルシードが奪われたことに意識が向いて、相手の背後や目的を偏った方向からしか見ていませんでした。なの姉、ユーノ、彼女たちは何か言っていませんでしたか?」

「あっ、そういえば善意でロストロギアを集めているとか言っていました」

 

 ユーノが思い出す。彼女たちの力を脅威と認識するあまり、すっかり忘れていたのだ。よくわからないままになのはも付け足した。

 

「それで、お話する前に怪しい奴だってやっつけられちゃったの」

「……そういえば、レイハと聞いていた外見と彼女たちの外見はそっくりそのままでしたね。付かぬ事をお伺いいたしますが、魔法世界に外見を変えるような魔法は存在しないのですか?」

「“ううん、ふつーにあるよ。いちおう、自分以外の特定個人に変身することは禁止されているけど”」

 

 レイハの返答を聞き、なずはは疲れたように肩を落とした。忍も似たような表情をしている。

 

「素顔をさらしたままの犯行とか……。いえ、悪いことをしているつもりがないのでしょうか」

「完全に善意ゆえの行動ってことなの? いえ、でもレイハに聞いた『原作』だと……。ううん、そうだとしても最低限顔くらいは隠すわよね」

「……もしかして、かなりの天然?」

 

 結論が出てしまったのか、顔を見合わせて深々とため息をつく二人。何が何やらなのはにはさっぱりだ。ノエルは無表情なのでよくわからないが、隣のユーノや恭也やファリンも話の内容を理解できていないようである。

 

「やっかいね。天然っていうのは考えないわけじゃないの。考えるし、本人なりに急いでいるけど、その思考回路やペースが一般的なものからかけ離れた存在のことを言うのよ。読みにくいったらありゃしない」

「なんでしょう。いまさらどっと疲れがきましたよ……。少なからず彼女たちに腹を立てていたのですが、それも消えてしまいました」

 

 なんだかよくわからないが、とりあえず険悪な空気は消えたようである。

 

(みんな仲良くできるってことかな? ……あの子と、お話してみたいな)

 

 会って、聞いてみたい。どうしてそんな目が出来るのか。彼女はいったい、何を背負ってあんな目をしているのか。どうやってそれだけの力を身につけたのか。

 また拒絶され、話をすることすらできないかもしれない。だとすれば話を聞いてもらうだけの力が必要だ。それとはまた別に彼女たちに勝ちたいという渇望も、まだ自覚はないもののなのはの奥でくすぶっている。

 レイハやユーノに聞けば教えてくれるだろうか――強くなる方法。

 

「とりあえず、素顔をさらしているなら話は早いわ。目撃情報を集めれば相手の拠点はわかるはず。今度はこっちから仕掛けましょう」

 

 どこか投げやりに忍が宣言する。

 なのはの預かり知らぬところで、今後の方針は決まったようだった。

 

 

 はあ、だいぶ頭痛がマシになってきた。

 本当にあの攻撃、どんな理屈だったんだろう? シールドもバリアジャケットも頭蓋骨すら貫通して直接脳に衝撃がみたいな感じだった。くらった直後はそうでもなかったんだけど、マンションに帰ってきてから頭痛、吐き気、眩暈に悩まされることとなった。

 この世界特有の戦闘技術か……。【以心伝心】で神力を感じることはできなかったし、転生特典の類ではないと思う。つまり裏を返せば、あのレベルの敵がこれから複数わいてくる可能性があるわけで。うう、セーブポイントからやり直したい。

 現実放置はそこまでにして、時間が迫ってきたので第二ステージへの準備を始める。

 身支度を念入りに整えていざ出陣。うっかりお土産を忘れて一度家に取りに帰るはめになったけど、時間に余裕をもって動いているので問題ない。

 緊張するなー。ギル・グレアムのことも持ちろんだけど、女の子の家に招待されるというイベントも引きこもり一家で育った身としてはかなりのプレッシャーだ。あまり遊ばない友達の家に遊びに行くときと感覚は近いかもしれない。

 呼ばれていくんだから歓迎はいちおうされるはずなんだけど、理屈じゃない不安がひしひしとね。

 

「さあみんな、覚悟はいい?」

「うん、大丈夫だよ」

「“問題ない”」

《っていうか、アルフがちがちに緊張しすぎだよ》

 

 やっぱりそうかな。性分だから、もう開き直るしかないか。

 もう今日は前のときみたいな失態を見せないぞ。気合いを入れ直す。気負いすぎかもしれないけど、適度な力加減など知らないのです。【明鏡止水】使えば力を抜くことはできるのかもしれないけど、まだ表情をうまく作ることができないからなぁ。

 

「服、変じゃないかな?」

《大丈夫だよ。わたしが保証する》

 

 さすがに招待された身の上なのでそれなりにきちんとした格好をみんなしている。耳と尻尾も引っ込めている状態だ。

 インターホンの前で深呼吸。なにか間違いはないだろうか。忘れ物は? 時間は大丈夫? うん、遅れていないし、早すぎると言うほどでもない。丁度いいはずだ。

 

「じゃあ、押すよ」

《しつこい》

「はい、ごめんなさい」

 

 アリシアに叱られてしゅんと引っ込めた尻尾と耳をしおれさせながら、ついにぼくは魔窟の扉を叩いた。ピンポーン、と平和な電子音が鳴る。すぐに中で人が動く気配がして、ピッと通信が繋がった。おっとりしたはやてさんの声が聞こえてくる。

 

『はい、あ、アルフさん。どうぞはいってください~。――え? そうですか、おーきに』

 

 何やら話しているようである。機械越しの判別は難しいし、魔術を使ってのぞき見するのは無駄に相手を刺激するので却下。

 やけに長く感じた数分後、がちゃりとドアを開けて出てきたのははやてさんではなかった。

 

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。はじめまして。私、リーゼアリアと申します。八神さんの後見人をしているギル・グレアムの娘です」

 

 おだやかな口調、おちついた表情、はっきり隙がないとわかるわけじゃないけど、確固たる経験を感じさせる重厚な雰囲気。資料で見た顔が目の前で不敵にほほ笑んでいた……と思う。人の顔を判別するのは苦手なんだよね。なにぶん映像は昔のものだし、実際に会うのとではまた雰囲気が違う。

 本物かどうかはわからないけど、相手が『自分たちは管理局顧問官のギル・グレアムである』ということをぼくらに暗に主張しているのは確かなようだ。こっちもあからさまにではないがフェイトをかばう位置に進み出て挨拶する。

 

「はじめまして。アルフ・テスタロッサと言います。はやてさんの友人です」

「八神さんはご存知の通り足が不自由ですので、私がお迎えにあがりました。どうぞ」

 

 ぼくらの前を行くリーゼアリアは見たところ二十代前半の落ち着いた雰囲気の女性。当然というかミッドチルダの衣装を着ているというわけでもなく、耳や尻尾が生えているわけでもない。雰囲気がただものではないことはたしかだけど。

 キウイフルーツ(マタタビの仲間)ちらつかせれば文字通り尻尾出すかな、なんてくだらないことを考えながらそのあとをついていく。フェイトはいささか緊張した表情だ。それがギル・グレアムたちに対してなのかはやてさんに対してなのかはぼくにはわからない。

 ……それにしても後見人、ね。足が不自由なせいで学校に行っていないのに平日に一人で出歩いているから何か事情はあるんだろうと思っていたけど、想像以上にはやてさんの家庭の事情は複雑なようだ。

 表情筋の制御はかなり気を使ったので、かすかな動揺は悟られていないと思いたい。

 玄関を上がり、廊下を通って、リビングへ。バリアフリーのいきとどいた、綺麗な家だ。

 

「あ~、アルフさん。いらっしゃ~い」

「こんにちは、はやてさん。本日はお招きいただきありがとうございます。これ、花束です」

「あ、ありがとうございます~。えーと、どないしよ」

「私が花瓶に活けますよ」

「アリアさんおーきに」

 

 車椅子に乗ったはやてさんがたおやかな笑みで出迎えてくれた。笑顔で会釈しながらマルチタスクで考える。

 後見人ということは、はやてさんには身寄りがいないと思われる。しかしギル・グレアムたちと同居しているというわけでもなさそうだ。

 でも、ここまで見た感じ、家の掃除はいきとどいているようだった。身なりもきちんとしているし、いい匂いがすることから料理だってやっているのだろう。

 足の不自由な女の子が、たったひとりで? ありえない。

 でも、あの車椅子捌きは昨日今日のものではない。

 そこから導き出される結論。この家には、はやてさん以外に家事を担当する存在がいるのだろう。じゃないとまわりきらない。車椅子に乗ったまま、二階を含めて掃除機をかけるとでも? トイレ掃除、風呂掃除、入浴、ゴミ出し……軽く思いつくだけでもこれだけの困難がはやてさんの日常には存在する。

 はやてさんの足の障害のどの程度のものなのかは知らない。でも、学校を休学する以上軽いものではないのだろう。その上で家がごみ屋敷になっていないのは、彼女以外の誰かがこの家を掃除しているから。普通に考えたらハウスキーパーとかだろう。

 なのに、なんでだろう。とってもいやな予感がする。腐った泥の中に手を突っ込んでしまったかのような生理的嫌悪。

 嫌な予感というものは経験上、よく当たると言わせてもらう。

 まあいい。後でまとめて考えよう。今はそれよりも大切なことがあるから。

 

「あ、はやてさん。こちらフェイト・テスタロッサ。ぼくの家族です」

「……はじめまして」

 

 ありゃりゃ? フェイトさんの反応が固いです。初めての同年代の子供との接触で緊張しているのかな? それとも緊張しているのはギル・グレアムのテリトリーにいる現状の方か。

 がんばってフェイト。敵は強大だけと最初が肝心。君にはぼくたちみたいなぼっち生活を送って欲しくないんだ。もっときらきらした青春を送ってほしい。はやてさんは背景はともかく、個人としては友人として申し分ないから。

 

「はじめまして。八神はやていいます」

 

 穏やかな笑顔でさらっとフェイトのぎこちない対応を受け流してくださった。本当にこういう方面では敵わないな。続けてアリシアの紹介に移る。胸元からロケットを取り出して、プレシアからせしめたアリシアの生前の写真を提示。

 

「でもって、これがアリシア。享年五歳。一緒に旅行に来ているので、今日はよろしくお願いします」

「……はい、アリシアちゃん、よろしゅうな」

《コレとは何よ。まあいいや。よろしくね、はやて》

 

 当然、アリシアははやてさんの目には見えていない。でも、そこにいるのにまるでいないかのようにふるまうことはぼくたちにはできないので苦肉の策だ。かなり突拍子もないことを言っている自覚があるのに笑顔を崩さなかったはやてさんに尊敬の念が募る。

 アリアでさえ表情をひきつらせているというのに。

 

「あ、来たんだ」

「――これでみんな、そろったようだね」

 

 リビングの奥から料理のいい香りと共に新たな面子が二人現れた。

 一人はリーゼアリアとそっくりな女性。ただこちらは髪がやや短く、さらに雰囲気が活動的だ。双子――本物かどうかはともかく、リーゼロッテだろう。

 そしてもう一人。高齢の男性。しかし背筋はしっかり伸びており、年月を重ねた大樹のような穏やかな風格がある。古き良きファンタジーの魔法使いのローブを着せても似合いそうだが、それ以上に軍服が似合いそうな老練の紳士。

 

「はじめまして。私の名はギル・グレアム。はやて君の後見人をやらせてもらっているよ」

 

 ギル・グレアム。偽物? それとも本物? 決して威圧的な態度ではないのに、押しつぶされそうなプレッシャーを感じるのはこちらの心にやましいものがあるからか。多くの人に対して責任を背負う立場に居続けた人間の迫力とでもいうべきものが、目に見えない流れとなってぼくを圧倒する。

 別に今すぐ話し合いを始めようというわけじゃない。きっと彼はそんなに見苦しく焦らない。はやてさんのために友人との楽しいひと時を過ごして、すべてが終わったあと食後のティータイムのようにさりげなく話を始めるのだろう。

 ……あはは、面と向かっただけで役者が違いすぎるや。一匹狼なら尻尾巻いて逃げだしていたな。

 でも、ぼくも未熟な身の上とはいえ二人の少女を背中に背負っているのだ。ぼくを守ってくれるご主人様と、ぼくを支えてくれる大事な家族だけど、それでもぼくは守るためにここにいるのだ。勝負にならないとしても、勝つために勝負を始めよう。

 

「はじめまして。アルフ・テスタロッサと言います」

 

 さりげなくズボンで手のひらの汗をぬぐい、手を差し出した。

 

 




 誤字・脱字等あればお願いします。

 話がほとんど進まない……。

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