魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 大変長らくお待たせいたしました。申し訳ありません。
 まさか土曜日までかかるとは……。
 反省です。このようなことがないように今後は少し書き溜めします。


閑話 マッドサイエンティストの宴

 

 玉座の間の奥にある、薄暗いひとつの部屋。ダークグリーンの照明の中に浮かび上がる、未成熟な小柄な影。

 透明な容器の中に満たされた溶液の中に、あるいは成長し過ぎた胎児のようにただようアリシア・テスタロッサの亡骸(なきがら)

 この部屋はプレシアの過去の象徴。プレシアの狂気の根源。プレシアのすべてだったもの。

 瘴気が満ちているように感じるのも錯覚ではないのかもしれません。私には無理ですがが、アルフならよからぬものの一匹や二匹この部屋で見ることができるのかも。初めてこの部屋を見たときは全身の毛が逆立つ思いがしました。そして、とても悲しかった。目がかすみそうなくらい痛くて、息が詰まった。

 プレシアは何年独りでこの部屋に囚われてきたのでしょう。どれほどの否定がこの部屋に積まれたのでしょう。現実を受け入れられなくて、あったかもしれない、そうあるべきだった過去だけを見据えて、身体を削り、心を歪め、机上の空論を不完全とはいえ実現させてしまうほどのエネルギーがここから生み出された。

 私もフェイトも、そしてアルフもある意味ここから始まった。そう考えればここは、私たちの始まりの場所なのでしょう。だからと言ってそうやすやすと受け入れられるわけではありません。

 幸運に幸運を重ねて、奇跡が起きたなんて言葉を安易に使いたくなるくらいの可能性を引き抜いてプレシアは未来へと進み始めました。でも、彼女の歪んだ二十年が消え去ったわけではないのはこの部屋が証明しています。今この時は、確実に彼女の狂気の上に積み上げられたものなんです。彼女は狂気から解放されたわけではないんです。

 きっと一生、彼女は、私たちは解放されることは無いのでしょう。あとはそれと、どう折り合いをつけて生きていくか。未来を歩きたいと思うのならそうするしかないと頭では理解しているんです。

 でも、目の前の光景を見ているとその決意も揺らいでしまいます。

 フェイト、アルフ、アリシアの三人が二回目の奇跡を起こすためにこの庭園から外の世界に飛び立ってから、プレシアは時折この部屋に閉じこもるようになりました。

 彼女からはっきり立ちのぼる狂気。きっと、彼女の本質は二十年間の歳月で変質してしまったときから何も変わっていない。ただ、サイコロの出目が変わるように違う面が出ているだけ。そのことを強く意識させられます。

 

「ふふふ、アリシア、フェイト、私の可愛い娘たち……息しているだけで可愛い息していなくても可愛い……」

 

 ああプレシア、あなたはきっといっちゃった表情で容器に頬ずりする主人を見てしまった使い魔の心情なんて、かえりみることもないのでしょう。

 私、アレに造られたんですよね……。フェイト、アリシア、あなたは自分の将来に不安を感じることはありませんか。私は現在進行形でいろいろと心配です。様々な原因で視界がかすんで前がよく見えません。そしてあまり見たくありません。

 あなたたちがここからいなくなって三日でプレシアは禁断症状が出るようになりました。さらに三日も経てば自家発電をためらわなくなりました。一週間半ばが経過した今はこの惨状です。プレシア、あなた半月ごとに彼女たちが報告しに帰ってくるってちゃんと覚えていますよね?

 あまり頻繁に連絡を取り合うと足がつく恐れがありますが、同時に彼女たちに万が一の事態があった時にこちらに情報が伝わらないのも危険。そのような理由(たてまえ)をもってアルフと大論争を繰り広げてプレシアが定めたリミット。半月ごとに経過報告をおこなう。

 あのときは少しサイクルが短すぎるのではないかと思いましたが、この現状を見ると少し長過ぎた気がしないでもないですね。あと四日、私はこれと一緒に過ごすんですよね。自信がないんですが。でも、助けてくれる人なんてここにはいません。

 絶望の意味を知りかけたそのとき、ふと私はアルフが出ていく前に用意していた三つの箱の存在を思い出しました。

 

『どうしても困ったとき、この箱を開けてください。きっと解決の糸口になるでしょう』

 

 このテスタロッサ家の幸運の象徴。奇跡を呼び込んだ張本人。トリックスターの一面が強い狼少女。本人の自己評価は何故か異様に低いですが、私もプレシアも彼女のことをとても信頼しています。だからこそ、平均年齢三歳(享年五歳のアリシアは含まず)という子供たちだけで旅行させるにはかなり非常識な年頃の彼女たちを(安心してとは言えません。不安は数え切れないほどありますがそれでも)送り出せたのですから。

 あのときの彼女の珍しく自信ありげな笑顔に、私は一も二もなくすがりつきました。あの子、普段はヘタレで憶病なくせにいざというときの思考回路と行動はぶっとんでいますからね。いえ、憶病だからこそアクセルを踏み込んでいるだけなのかもしれませんけど。

 駆け足でアルフとフェイトの部屋に行き、三つあるうちの一番右端にある箱に手を掛けます。大きさはどれも同じでトランクケースほど。色はシンプルにグレーで統一されていました。彼女いわく、左に行くほど『効果』は強力とのことです。

 

「……なるほど。持つべきものは知恵者ということですか。この場にいせずして問題を解決するとは。アルフ、あなたはいったいどこまで先を予測していたんですか?」

 

 中身を確認した時、私の口からは感嘆しか出てきませんでした。

 

 

 

「プレシア、ごはんですよ」

「うふふふ、かわいいかわいい……」

 

 呼びかけても反応はありません。これはもうここ数日の日常ですからいまさらどうということもありません。この状態では音声では反応しないので物理的接触が必要だったのですが、正直な話あまり近寄りたいとは思いません。そして、今の私には切り札があります。

 

「プレシア、フェイトの作文の新作を見つけたのですけど?」

 

 ぴたり、とプレシアの動きが止まりました。人間としてあまり適切とは言い難い関節の動かし方でぎちぎちと振り向く姿に物理的精神的ともに一歩距離を置いた私は彼女の使い魔だということを差し引いても間違っていないと思います。

 

「……なんですって? リニス、あなた今なんて――」

「フェイトの作文を見つけました。あなたについて書いてありますよ」

「見せて頂戴」

「はい、どうぞ」

 

 心持ち腕を長めに伸ばして渡したのですけど、気づく余裕はなさそうですね。

 むさぼるように文章を追う彼女の目に光が戻り、涙が一筋こぼれおちました。

 

「フェイト、ああフェイト、あの子はこんなにも……」

 

 失礼かもしれませんが、私も先に読ませてもらいました。これから外の世界に出るにあたってフェイトが感じていた不安、それを上回る使命感と義務感、そして決意と家族への愛情が伝わってくる名文です。私も読んでいて胸がほっこりしましたもの。愛娘成分が飢餓状態のプレシアには効果抜群でしょう。

 禁断症状が出るなら、補給してしまえばいい。単純な発想ですがそれゆえに効果的です。

 

「そうよね、あの子たちが頑張っているのだもの。母親の私がへこんでいる場合じゃないわよね……」

 

 すっきりした顔をしてそうつぶやくプレシア。なんだかいいシーンっぽいですけど、さきほどまでの醜態を見せられていた私からすれば効果半減ですからね。

 

「ごはんにしましょう、プレシア。あの子たちが帰ってきたときにあなたがへばっていれば私が叱られてしまいます」

「ええ、そうね。いつも悪いわ、ね――」

 

 理性を取り戻したプレシアの目がようやく私を捉え、なんだか信じられないものを見たかのような表情をされました。二日前からこれだったのですけど、ようやく気付いたんですか。やけに自然に受け入れているとは思っていましたけど……。

 

「リニス、その格好はいったい何の冗談なのかしら?」

「アルフの【こいぬフォーム】ですよ。あの子たちがいなくなって仕事量が減ったので私も導入してみました」

 

 人数が減ったのに精神的疲労は倍じゃ効かない気がしますけどね、と声に出さずにつぶやく。

 今の私の外見は普段のアルフよろしく七歳前後の少女だ。アルフの外見は五歳くらいだからやや年上といったところ。

 

「案外パワフルですよ。どうも私が教えてからバージョンアップを重ねていたみたいです」

 

 アルフに術式改変を教えたのは私だけどあれからアルフは自主的に研究を重ねていて、バージョン5.0となるこの体はベルカ式の【武装形態】の術式が部分的に取りこんであるらしい。強化ではなくて弱体化と発想は丁度逆だが、要所でベルカ式の特徴とも言える身体強化が自動で発動するようになっており戦闘ならともかく家事程度では不便を感じない。その上で主人への負担は十パーセント削減というぶっとんだ仕様だ。

 

「私のことを非常識だのなんだの言ってますけど、あの子もあの子でじゅうぶん大概ですよね」

 

 確かに私は彼女たちに、魔法は基礎から総合まで一通り教えた。ベルカ式の資料もこの庭園の図書室をひっくり返せば数冊は出てくるだろう。何しろプレシアがアリシア蘇生の方法を様々な方面から模索していたため量は莫大、種類は多彩だ。

 だからといって与えられた環境の中で新しいものを作り出せるというのは、一般的なレベルの魔導師をはるかに超えている。

 高性能の使い魔は維持に膨大な魔力負担がかかる。ゆえに従来では目的に応じた使い魔を随時作成し、目的を達成したら使い捨てるという方法が一般的だった。

 一方、アルフのやっていることは汎用性の高い高性能な使い魔を作成し、普段は弱体化させることで主人の負担を軽減するというもの。

 使い魔には心があるし、経験を積むことで成長できる。時間が経過すれば経過するほど魔法に習熟して維持にかかる負担は減り、しかし絆は深まり使い魔も強力になる。使い魔作成に付いてまわっていた倫理道徳的な問題も大部分が解決できますし。

 けっこう画期的な発想だと思うのですけど、あの子は自分じゃ気づいてないんだろうなぁ……。

 

「どうしてあんなに自己評価が低いんでしょうか。自分が強者(Aランクオーバー)の部類に入ると知識としては知っているはずなんですけど」

「経験で学んだことを理屈で覆すのは難しいわ。比較対象が悪かったわね」

「プレシア、私、フェイト……たしかに一般的な魔導師からは外れていますね」

 

 プレシアは大魔導師を自称してもきっとどこからも否定はされませんし、私はその使い魔らしく万能型。フェイトはわずか四年で魔法世界でも数パーセントしか存在しないAAA+まで成長した文句なしの天才ですし……。

 確かに生まれたときからこんな環境にいれば自己評価が低くなるもの無理もないことなのかもしれません。

 強いて言うのならアリシアは生前、普通の女の子だったそうですが、幽霊となっている今はリンカーコアも存在しないのでその方面で比較対象にはなりえませんからね。

 あの子はとても優秀なのですけど。外の世界に出て、そのことを自覚してはくれないものでしょうか。さすがに魔法のない世界では、自分より強い相手にしか出会えないなんてことは無いでしょうし。自分が案外色々できるという経験を積めば自信もつくでしょう。

 

「ふっ、まあ私のフェイトと一緒に育ったんですもの。才能あふれるあの子を見て自分に失望してしまっても仕方ないわ。むしろ身の程をわきまえていることを褒めてやるべきなんじゃないかしら」

 

 こんな性格破綻者の奇人変人の巣窟でフェイトが純粋無垢にまっすぐ育ったのは少なからずアルフの功績でしょうし。ちなみにプレシアが一人で性格破綻者と奇人と変人と、マッドサイエンティストと親馬鹿を兼任しています。

 

「何か今、失礼なことを考えなかったかしら?」

「いいえ、そんなことありませんよ」

 

 正当な評価です。私は自信を持って答えました。

 憮然とした表情でプレシアが追求しようとしたとき、彼女の横にモニターが展開されました。通信です。鎖国一歩手前のテスタロッサ家。こんなところにかけてくる相手なんてそういないはずなのですが。プレシアも怪訝そうな表情をしながら通話のスイッチを入れました。

 

『こんにちは、ドクター・テスタロッサ。久しぶりだね』

 

 その声を聞いた瞬間。

 ときどき、アルフが野生の勘が騒ぐと言うことがありました。彼女がそういう時、何かしら大きな出来事があって、その勘がなければあわや、ということが何回かありました。でも、私はそんな経験全然なくて、アルフ特有の能力の一つだと今の今まで思っていたのですけど。

 耳と尻尾の毛がいっせいに逆立ちました。モニターには映像が表示されていません。ただ、声の主が男性だということしかわからないのに、何なのでしょうこの悪寒は。

 次に感じたのはむせかえりそうなほど濃厚に立ちのぼる狂気。久しぶりだけど、全然懐かしくないよく知ったもの。先ほどのどこかコミカルな余裕のあったものとはまるで違う。私は茫然と狂気を身にまとった彼女を見ることしかできませんでした

 プレシア? 急にどうしたのですか?

 

『突然の非礼を詫びよう。しかし、私たちの間には礼儀など二の次だろう? ドクターの目的に叶うものが見つかったのでね。早急にお知らせするべきだと愚考したのさ』

「少し合わない間にずいぶんと親切になったのね、ドクター・スカリエッティ。それに、あなたには私の目的もここの連絡先も教えた覚えがないのだけれど?」

『そうだったかな? それは失礼した』

 

 震えが止まりません。プレシア、誰なのですか? いったい『何』と話しているのですか?

 何かが致命的に外れてしまう。せっかく彼女たちが懸命に繋いでくれた糸が、切れてしまう。そんな気がしてなりません。

 

『侘びといっては何だが、情報はタダでお伝えするとしよう。あなたにとって損のある話ではないはずだ』

「……いいでしょう。話してみなさい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、予感は確信に変わりました。

 

『転生者という存在を、ドクターは知っているかね?』

 

 ――アルフ、あなたがここにいればなんとかできたのでしょうか。

 

 

 赤い。あかい。アカイモノが流れ落ちて手を濡らし、肘をつたい、胸を染め、腹を汚し、腿を流れ、地に溜まる。流れ出てしまう。コレはフェイトの大切なものなのに。

 穴があいているから。ダッタラあなを防げばいいんだ。でも、どうやって? ぽっかりなくなっているのに。フェイトの胸の中心に、腕がまるまる通りそうな穴がぽっかり空いて、向こう側が見える。必死に穴を抑えている手が見える。

 それに、まだフェイトの体は温かいけど、心臓は動いていない。そりゃあ、心臓ごと消えているんだから当然だ。あの強い輝きをともした、時として優しく笑った、時々ほんわかボケていた赤い目に光がない。瞳孔が開ききってしまっている。

 何より感じる、自分の体の中から急速に消えてゆく大切な大切な、なにか。壊れてしまった。途切れてしまった。だからこの体が完全に消滅するのも、そう遠い未来の話ではないだろう。

 それは別にかまわない。もともと使い魔は使い捨てられるものだ。主人のために生きて、主人のために死ぬ覚悟は生まれたときからできている。でも、フェイトは違う。フェイトは消えちゃダメだ。それだけは認められない。

 フェイトはもっとなのはやヴィヴィオと一緒に笑って、はやてやリインと一緒に仕事を頑張って、シグナムやヴィータと模擬戦して、エリオやキャロと休日を一緒に過ごして、いつか誰かと恋をして、結婚をして、幸せな未来を歩まなきゃいけないんだ。

 こんなところで、こんなところで××なんて絶対に間違っている。

 

「だれか、だれかフェイトを助けておくれよぉ……」

 

 でもできることといったら情けない声を上げることくらい。きっとどこかが理解している。もうフェイトは助からないってことくらい。でも全身全霊が納得できない。納得しない、させない。

 

「その願い、叶えてあげようか?」

 

 目の前に現れたのはすべての元凶。こいつのせいでなのはは、はやては、ティアナは、スバルは……。

 でも、もう怒りも何も感じない。フェイトの心臓が消えてしまったときに、きっと一緒に持っていかれてしまったのだ。ただ重要なのはその言葉だけ。

 

「……できるのかい?」

「ここに取り出しますは、願いを叶える石!」

 

 ぱらぱらっぱっぱ~とふざけた効果音と共にやつの袖口から二十一個の青い宝石が投射される。相変わらず人の存在に喧嘩を売るような言動だけど、今は気にならなかった。その余裕もない。これがここにあるはずがないのだから。

 始まりの宝石。願いを叶える石。フェイトの、今の道へと続く最初の一歩。

 

「なんでぜんぶそろってるんだい……これはあのババアと一緒に次元の彼方に消えたはずじゃ……」

「スペアだよ」

 

 きまってるじゃないかと言わんばかりの口調。得意げに、それでいてどこか投げやりないつも通りの、気持ち悪いくらい普段と変わらない調子でこいつは説明を始めた。

 

「二十一個、全部に番号が振ってある時点で気づきそうなものだけどね。これは一つ一つが別の機能を持っている、ぱっと見は似ているけど違う存在なんだよ。だからスペアが用意してある。魔力電池や次元震発生装置として使うのならともかく、願望機として本来の使い方をするのなら二十一個全部そろえたうえで各役割にあわせて正確に配置して、正しい順序で起動させなきゃならない。単体で起動させて願望機めいた機能を見せるのなんてⅣ番くらいじゃないのかな?」

「なんでんなことをアンタが知ってんだい……」

「僕が作ったからねぇ」

 

 とんでもないことをあっさり口にした。

 またコイツか。これもコイツが原因なのか。

 

「いったい、アンタは何がしたいんだ!」

「僕の目的は昔から一つだけ。幸せになりたい。ただそれだけだよ。でもねでもね、他のみんなにも幸せになってほしいから、この世界をちゃんと『魔法少女リリカルなのは』の世界に保とうとしていたんだ。まさかこのタイミングでフェイトが×××××なんて思ってもいなかったけどね。失敗失敗」

「みんなに幸せになってほしいって、これだけ殺しておいてそれを言うのか!」

 

 白く染まった世界。視界一面が塩の海みたいだ。ほんの一時間前まで、ここには街があっただなんて思えない。戦いがあった痕跡すらない。唯一の色はフェイトの××の周囲だけだ。あとは赤のひとかけらも残さず消されてしまった。静寂が支配する、完全な死の世界。

 

「みんなっていうのは転生者のことだよ。よく知らないこの世界の住人よりは、顔も知らない同僚に幸せになって欲しいと思うのは人として当然のことだろう? この世界は原作には登場しなかったくせに、このままじゃ物語に大きく干渉してきそうだったから邪魔だったんだ。原作から離れすぎたら、この後に生まれる転生者が困っちゃうだろうからさ」

「だから、消したっていうのかい……止めに来た管理局の局員ごと」

「うん。でもねでもね、さすがの僕でも時々これで正しいのか迷うことがあるんだよ。その金額を寄付すれば地球の裏側で見知らぬ子供たちが救われるかもしれないっていうのに、新作のゲームを買ってにやにやしたり恋人とデートしてデレデレするのが人間として正しい生き方だけど、それでもね、心が痛む時があるんだ。だからそんな時はみんなのためだって自分に言い聞かせるんだ。誰かのためだから人間って頑張れるんだよね。それに、人生として通して見ればどんな努力であろうと自分のためになるはずなんだ。だから大丈夫、まだ頑張れるよ」

 

 ああ、怒りが消え去っていくのを感じる。これにそんな感情を抱いたところで無駄なだけだ。あまりにも違いすぎる。

 何を言っているのかまるで理解できやしないけど、理解できないということだけはいやというほど理解できた。

 二十一個の宝石が流動的な軌道を描いて宙を泳ぐ。虚空に残された蒼い軌跡が幾何学的な紋章を描き、空間が弦楽器のような重音を奏で始める。

 

「そんなことはともかく。どうするの? もうすぐ君、消えちゃうよ?」

「……これを使えば、フェイトを××××××ことができるのかい?」

「うん、代償は必要だけどね。君の過去と現在と未来の三つ。願いをかなえたらその三つは消えてなくなる」

「どうせこのままなら消えるんだ」

 

 ――だから、あたし(・・・)は――

 

「はいはい了解~、あれ、あやや? んー、間違えたかなー」

 

 しかいがまっしろにそまった。

 

 

「あみばっ!?」

「ア、アルフ大丈夫? ものすごくうなされてた」

 

 ぼく(・・)は飛び起きた。蒸気機関車が近くを走行しているのかと思ったら自分の呼吸音だった、なんてね。

 汗びっしょりで震えが止まらない。何より気持ち悪い。汗をかいているのとはまるで無関係に身体の底のほうから生理的嫌悪を感じる。

 フェイトとアリシアが心配そうにのぞき込んでくる向こうに、まだ暗い窓の外と星空が見えた。今何時だ……げ、まだこんな時間。もしかしなくとも起こしてしまったのだろうか。

 

《どんな夢みてたの? すごい悪夢だったみたいだけど……》

「ん~、昔の記憶、かな? よくわかんないや」

 

 実際にあった出来事が夢として出てくるときって、事実と虚構が同列に並べたてられてなおかつ変な部分が強調されて時系列もばらばらでまるでわけがわからなくなっていることが多いよね。今回のぼくの夢もそんな感じだった……と思う。

 何しろ思いだそうとすると本能が拒絶するので、頭から消え去るままにしているのだ。なんだか忘れちゃいけない情報もあったような気がしないでもないけど、あれはちょっと無理。何がアレなのかわかんないけど、正気度がごりごり削れる系列の話だった気がする。いや、考えるのもいやだ。

 どうしても将来的に必要になったら、そのときに思いだすとしよう。人、それを現実逃避と言う。

 

「大丈夫?」

「ダメかも」

「ええっ!?」

「フェイト、ぎゅっとして」

 

 現状の症状が風邪に近いせいか、病気の時の子供のような気分でフェイトに甘えてしまった。二歳だし合法だろう。

 おずおずと背中に手が回され、髪をそっと梳かれる。それだけでほっと体の余分な力が抜けて脈拍が鎮まるのがわかった。我ながらお手軽だ。でも、使い魔ってこういうもんのような気もする。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。私はここにいるから……」

 

 フェイトの声が耳に心地よく響く。何故かその言葉が胸の奥にぱちんとハマった。一番欲しかった言葉をもらえた気がする。安心したら急に眠くなってきた。どこの赤ん坊だと自分で突っ込みたい。

 恐い夢を見て騒いで周囲を起こしておきながら、どこまでも自分勝手にぼくは夢の世界に再び沈んでいくのであった。今度はこの温もりがあるから怖くない。

 明日、二人にちゃんと謝ろう。

 

《なんだったんだろう……アルフの夢に入れなかった》

 

 そう最後に決めたぼくは、アリシアの言葉に気づけなかった。

 

 

 




 前半と後半でまるで話のテンションが違う……。

 とりあえず次の話から新しい章に突入するつもりです。
 PT事件がほぼ始まってもいないのに闇の書事件ですよ、ええ。
 キャラの暴走に任せることにしました。最低限手綱はとりたいなぁ……。
 シリアス一辺倒じゃなくて、ちゃんとほのぼのを書きたいです。

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