魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 9/10 転生特典の記述を一部変更
    『分類:運命操作』→『分類:運命干渉』


原作開始前
プロローグ


 

 

 ――ずっと、いっしょにいて

 

 その声にこたえて、ぼくはここに来た。

 憶えているかな? それがぼくの存在理由。

 きみが望んでくれたから、ぼくはここにいられる。

 ぼくがそれを受け入れたから、ぼくは生まれてきた。

 

 『I was born』じゃないんだよ。

 それはきっと、他の誰かと比べられるものじゃないけれど……。

 誰かに望まれないと絶対に生まれてこない。生まれることが出来ない。それは見方によっては道具と同じだけれど。

 ぼくは自分の意志でここに来たんだ。それは素敵なことだと思うんだ。使い魔として生を受けたこと、後悔したことないよ。

 

 ……まあ、びっくりはしたけどね

 

 

 身体がだるい。全身が重い。

 まるで熱した鉛の粉末を肩から流し込んだみたい。たちの悪い風邪でも引いたのだろうか。

 ぴくぴく動くぼくの耳が、勝手に周囲の音を拾う。甲高い、子供の声が神経を逆なでする。五月蠅い。静かにしてほしい。少し眠らせて。

 魔法の呪文のように続いていた、意味不明の言葉の羅列がふと途切れる。それと同時に頭蓋骨の奥まで真っ白な光が浸透し、全身を覆っていた倦怠感が嘘のように消えた。

 

 なんだ、何が起きた?

 

 目を開けると、小さな金髪の女の子が心配そうにぼくを覗き込んでいた。

 どうしたの? 何があったの? 何故だか放っておけない気になる。

 先ほどの声の主はきっとこの、目の前の少女だろう。七歳くらいだろうか。現状ですでに美少女の兆候がある、可愛い子だ。

 霞がかった頭で違和感を覚えるも、正体がつかめない。あいさつ代わりに顔を寄せ、ぺろりとその頬をなめると、どこか泣きそうな、でも花が咲いたような明るい笑顔を浮かべぼくを抱きしめてくれた。

 きゅう。

 情けない声がぼくの喉から漏れる。

 いくら第二次性徴を迎える前のぺったんこな胸だろうが、強く押しつけられたら呼吸困難に陥る。じたばたもがいて、ぷはっと肩の上に顔を出すことに成功すると、少女の肩越しに腕組みをしてあきれたような表情でぼくらを観察している女性を見つけた。

 いや、あのやさしい眼差しは見守っていると言った方が正確か。なんだか、保護者独特の温かいオーラをあの人から感じる。髪の色はこの子と違って茶色がかった黒髪だけど、お母さん的ポジションにいる人なのかも。

 

 ふう、なんだかほっとするな。一度呼吸を確保してしまえば、不思議とこの子の腕の中から逃れようとは思わなくなった。

 薄らぼんやりとだけど記憶にある。ぼくは前にもこうされたことがある。冷たくて、寂しくて、消えてなくなってしまいそうだったときに、こうやって抱きしめられたんだ。

 この子の服もぼくの体もびしょぬれだけれど、あたたかい。

 ぼくはこの子に救われた。唐突に確信する。

 さらに追加して彼女の頬をなめ、尻尾を振って感謝の意を示すと、彼女はくすぐったそうに眼を細めてぼくの頭をなでてくれた。

 ……ん? 違和感が。

 

 ――『尻尾を振って』?

 

「ほら、フェイト。契約は無事成功したようです。その子も元気になったようですし、お風呂に入りましょう。濡れたままでは風邪をひきますよ」

 

 黒髪おねーさんが何か言っているが、違和感の正体に気づいたぼくに気にしている余裕はなかった。

 縮尺がおかしい。目の前の女の子が大きい。違う、ぼくが小さい。

 ……いや、それも違う。間違ってはいないけれど正確じゃない。現実を認めよう。

 ふさふさの尻尾。パタパタのお耳。ぷにぷにの肉球。

 この体、犬だ。わんこボディだ。

 

 ――狼だと後で知るのだが、あちこちで大型犬扱いされるしもう犬でいいよね。

 

「うん、わかった。リニス、この子も一緒にいい?」

 

 どうしてこうなった。

 ようやくまともに動き出した頭で考える。

 けしてこのままだと美幼女と美女二人と混浴する羽目になる現状から逃避しているわけではない。ここに至るまでの過程を把握することが何より先決だ。

 

 ……ごめん嘘です。誰かたすけてー。

 

 

 はじまりは、そう、帰宅途中に道路に飛び出そうとした子供を助けようとして、勢い余って車の前に飛び出してしまったことかな。

 

 ドンッ ぐるん ぐしゃり どろー

(※見苦しい映像のため音声のみでお送りしております)

 

 で、気がついたら目の前に神様を名乗る謎の存在がいて、『本来なら人を助けて死んだ奴は業を浄化されて無条件に天国逝きなんだけど、あの子あんたが助けなくても車に撥ねられなかったから助けたことにはカウントされないよん。よって天国逝きもないよテラワロスwww』て説明されてがっくりきたんだよね。

 

 なにそれ。無駄死に?

 ていうか、あれトラックどころか黄色いナンバープレートだったよね。小学生の手を引いた反動でたたらを踏んで道路に飛び出してしまったことといい、ぼくってどれだけ貧弱……。

 落ち込んでいたら『つーかあれ自殺って処理されたから。地獄逝きですザマァwww』トドメもきっちり刺されて。

 そのあと言われたんだ。このままだと地獄直行で魂は廃棄処理されるけど、情状酌量の余地があるからチャンスをあげてもいいって。

 

 転生の道を示された。

 

 生まれ変わってもう一度人生をやり直す。そこで善行を積み上げ天国に行けるようにする。さらにサービスで『転生特典』なる特殊能力を三つあげてもいいだなんて。

 『そのまま逝ってもまた地獄逝きになること目に見えてますから。当然の処置ですプゲラwww』なんてのたまっていたけどね……。どこまで信用していいものやら。

 まあともかく、当時の心がべきぼき複雑骨折だったぼくはその話を受け入れた。

 天国や煉獄を経由した正規ルートじゃないから、完全とは言わないものの前世の記憶が残るということも呑んだ。

 正直、もう一度人生をやり直すだなんて気が重い。つらいことばっかな人生だったわけじゃないけれど、もう一度やるかといわれて喜んで頷けるほど楽しいものでもなかったから。

 でも、地獄逝き、消滅だなんていう恐怖を受け入れることが出来るというものでもなかった。いざ消えるとなると、その実感はとても恐ろしい。

 

 こうしてぼくは弱った心のまま転生特典をチョイスし、新たな人生をスタートしたのだった。

 ……そう、人生のつもりだったんだ。まさかのわんこ。

 自分の中に意識を集中する。すると神様からもらった転生特典の情報が浮かび上がってきた。

 

 ▽

 能力名:【比翼連理】

 タイプ:パッシブ/タレント

 分類:運命干渉

 効果:生涯にわたるパートナーを獲得する。

 △

 

 まるでゲームのステータスだ。これと一生つきあっていくのか。気が重い。

 この【比翼連理】はぼくの心が弱っていた証明だ。自分のすべてを懸けた――それが意図的でなかったとしても――おこないが全否定されて、自分に自信が持てなくなり、頼りになる誰かに側にいてほしかった。

 たぶんこれが、ぼくがここにいる理由。

 今なら思い出せる。『生涯をともに過ごすこと』という契約に基づいて、ぼくがここに呼び出されたことを。

 この転生特典の結果得たものが、今ぼくの体を洗ってくれている金髪の女の子――フェイトなのだろう。

 

「あん、もう、あばれちゃダメだよ」

 

 はい、現実逃避の真っ最中でした。ごめんなさい。

 それにしても『比翼連理』って辞書的な意味では男女、特に夫婦の関係で使われる言葉だった気がするけど……あのアバウトな神様相手に気にしたら負けか。

 そう、ぼく女の子だったのだ。種族からして変わっていたので今まで気がつかなかったのだが。混浴じゃなかった。

 

『フェイト、そのこ女の子みたいですけど、名前は決めましたか?』

『うん、アルフって名前にしようと思うんだけど、リニスはどう思う?』

『アルフ、いい名前ですね』

 

 みたいな会話が目の前でなされてようやく気づいた。マヌケだと自分でも思うが、骨格や視界が人間の時とは違うことに慣れるので精一杯だったのだから勘弁してほしい。

 もっとも、完全に犬の体というわけではなさそうだけど。犬は色弱だと聞くが、フェイトの金髪もリニスさんの黒髪も、うまいこと湯気に隠れて見えそうで見えない肌色桜色もきちんと識別出来ているし。

 閑話休題。

 ちなみにリニスさんというのは黒髪おねーさんのこと。フェイト同様、二人の会話から名前を把握した。

 ぼくの生涯のパートナーになるであろう少女、フェイト。

 フェイトの保護者的立場にいるリニスさん。

 そしてとてもおなかが減っているけれど、同時に眠たくて仕方がない子犬がぼく、アルフ。

 ぼくは群れからはぐれて雨の中死にかけていたところを、発見したフェイトによって助けられ、ツカイマなるものにされて命を救われた。

 とりあえず把握できたのはこのくらい。気疲れが重なったのに加え、この体電池切れが早い。

 

「おや、眠ってしまったようですね。溺れてしまわないように早めに上がりましょうか」

「はーい」

 

 なにはともあれ、ひとまずおやすみなさい。

 

 

 何かが途切れたように突然目が覚めた。

 周囲は暗いが、眠っているうちに闇に慣れた目はまわりに誰もいない光景を無機質に映し出す。

 知らない天井だ。……いや、何故かはわからないがどうしても言わなければいけない気がした。

 すべてが夢だった、などという都合のいい展開はなかったらしい。顔の構造が違うので当たり前といえば当たり前の、横に広くて立体視できる領域のせまい視界が慣れていなくて気持ち悪い。

 そういえば、眠るのにも体力がいるんだっけ。赤ん坊や老人は体力がないため、眠りが浅く頻繁に目を覚ます。今のぼくにも同じことが言えるのだろう。

 広いベッドの上にはぼく一人だけ。人間用のベッドがこんなにも広く感じるなんて思いもしなかった。先ほど感じた気持ち悪さがどんどん胃の中に溜まってゆく。

 

「……きゅん」

 

 こわい、よ。泣き声が漏れた。

 暗闇が怖くて泣くなんていつ以来だろう。自分という存在が消えることに対する漠然とした、しかし根源的な恐怖。闇はそれを連想させる。

 今頃になって自分が死んだことに対する恐怖が出てきたのだ。

 ふざけんな、時間差あり過ぎだろう。冷静な部分がクレームをつけるが、身体の震えは止まらない。

 こわい、こわい。ぼくは、死んだ。消えてしまった。

 自分が死ぬなんて思いもしなかった。子供の手を引いた時も、軽自動車にぶつかった時も恐怖はあったが、それは痛みや事故の後処理やその後の生活に対するものであり、死の存在は思考の埒外だった。それは確かにそこに存在していたのに、いつも隣にいたのに、他人事のように感じて過ごしてきたんだ。

 いま、そのツケを払うときが来た。

 

「くぅ~ん……!」

 

 気が狂いそうって、こんな感覚のことをいうのか。全身を圧迫する暴力的なものに、泣くことでしか抵抗できない。くるしい。耐えることしかできない。戦えない。逃げ切れない。押しつぶされそうになる。

 壊れてしまいそうだ。

 

「アルフ?」

 

 視界に光が差し込んだ。扉を開けて、長い髪を下ろした金髪の少女が部屋に入ってくる。簡素なパジャマは、どこか病院のものを連想させた。

 ――フェイトだ。

 思えば不思議なことだった。人見知りの激しいぼくが、自分の中だけとはいえ初対面の誰かを呼び捨てにするのは。

 転生特典で得たパートナーだからだとか、命の恩人だからだとか、年下だからだとか、理屈はいろいろつけられるけれど、このとき、ぼくはその本当の理由の一端を知った。

 

「きゅう……!」

「……アルフ? もう大丈夫だよ。こわくなんかないよ?」

 

 恥も外聞もなく無様にすがりついたぼくを、抱きとめてくれた小さな身体。震えるぼさぼさの毛皮をやさしく撫でて整えてくれる温かい手。彼女とぼくの間にある不思議なつながりから、フェイトの感情が流れ込んでくる。

 それを何と呼べばいいのか、ぼくにはわからない。母親のような慈愛があった。妹に向けるような温もりがあった。同じ立場の者としての共感があった。自分に縋りついてくれたことに対する安堵があった。そのどれもが混在していて、どれでもない感情がぼくに沁み渡り、徐々に震えをおさめてゆく。

 

「大丈夫だよ、だいじょうぶ……もう、アルフはひとりじゃないんだから」

 

 どうしてこうも欲しい言葉を的確にかけてくれるのだろう。本当にお母さんみたいだ。

 ……母親、か。そういえば前世で残していったことを悔やむような友人や恋人はいなかったけど、家族はまだいたな。思い出すと、ようやくまともに泣けそうな気がした。

 

 人間が悲しい時に涙を流す理由は、未だに科学でははっきり解明されていないらしい。しかし幸か不幸か、わんこボディに転生した今のぼくは、涙を流すことが可能なようだ。

 溢れだす感情をそのまま吐き出すようにフェイトの胸の中で泣き叫ぶ。近所迷惑は考えない方向で。

 どこにいってたの? ぼくはこんなに寂しかったんだよ。ひとりにしないでよ。おいてかないでよ。

 ぼくが泣き疲れて静かになるまで、フェイトはずっとぼくの背中を撫で続けてくれた。

 感情を吐き出してだいぶすっきりすると、今度は羞恥心が芽生えてくる。気分そのものは久しぶりに大泣きして爽快に近いんだけどね。

 こんな夜遅く部屋の外に出る用事なんて、トイレかな。ぼくはいくつまでおねしょしていたっけ。えらいな~、なんて、現実逃避ぎみに考えてみたり。

 冷静になってベッドの大きさを確認してみれば、縮尺が違っていて気付かなかったがシングルには大きすぎる。さらによくよく考えてみれば、こんなわんこをたった一匹で、人間用のベッドに寝かせる道理がない。犬の嗅覚が機能してみれば、少女特有のどこか甘い香りがベッドにからしていた。どうやらぼくは、フェイトのベッドにお邪魔していたらしい。

 明日になれば羞恥心でもだえることになるだろう。でも、疲労と安堵で意識が朦朧としてきた今のぼくにとってはそれもさして重要なことではなくなっていた。

 

「ねむくなったの? おやすみ、アルフ……」

 

 ああ、彼女の前では、ぼくがぼくであっていいんだな。

 

 意識が拡散する直前、そんなことを唐突に悟った。

 

 ちなみに後で知ったことだが、ぼくが大泣きしている最中、フェイトを部屋まで送り届けていたリニスさんが、こっそり魔法で音を遮断してくれていたそうだ。ぼくが拾われたテスタロッサ家には、昼夜を問わず研究を続けている恐い魔女がおり、泣き声など聞かれた日には目を付けられたかもしれない。命の恩人、二人目誕生の瞬間だった。

 

 さらに余談だが。翌朝、転生特典を三つとも確認したぼくは、精神安定の効果がある特典を自分が持っていたことに気づくことになる。使えばよかったと昨夜の醜態を思い出して羞恥心で死にかけた。

 

 

 




 この作品は前に短編『狼少女、はじめました』で投降したものを、長編用に再構成し直したものです
 はじめましての方も続きましての方も、読んでいただきありがとうございます。

 原作前の流れは基本的に加筆部分しか変わりませんが、細かいところを詰めていくつもりです。

 末永いおつきあいになることを祈って。

 誤字、脱字等ありましたらご報告お願いします。


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