魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」 作:唐野葉子
……いろいろ考えましたが、このままいくことにしました。
◇
――ギィイイイイ、チャッコ。
どこかで何かが軋む音がする。
すべての始まりは、とある神の死からだった。
もっとも便宜上『神』と呼んではいるが、創造主とか信仰の対象とか絶対なる善とかそんな代物ではない。ただ生物の範疇をはるかに超えた超常的存在。それはそういうものだった。
たしかにそれは天地創造が可能だったし、信仰の対象になったことがあったかもしれない。でも、一般的に言われている創造主や崇め奉られるモノとそれは完全に違う物であったということは断言しておく。
どうしてその完全に近い超常的存在が死ぬようなことになったのか、今となっては知る者はいない。どこぞの勇者に殺されてしまったのかもしれないし、人間と意志疎通を試みる程度には人間と近い精神構造をしていたので、もしかすると自死だったのかもしれない。
閑話休題。
とにかく、神は死んだ。しかし困ったことに、神と呼べる存在は一人ではなかった。
……あれ? 神の数え方って一柱だっけ。
まあいっか。ここはとりあえず『一人』で。
残された神々は、何をとち狂ったかそのとき人間を理解しようとしていた。彼等は人間に近い精神構造を持ち合わせていたが、あくまでも類似品であり完全に別物であった。
意志疎通の試みの結果は、大抵どちらかの発狂という結果に終わっていたし、ごくごくまれに会話が成立したとしても似ているがゆえに露わになる差異が不和を生み、破局を招いた。
生物をはるかに超えた超常的存在。それがどうしてそのようなバカなことを思いついたのか。
彼等は人と理解し合うことを諦めず、しかしこのままでは相互理解が永久に不可能だということも受け入れ、次のような結論を出した。
すなわち、人も自分たちも理解できる新たな存在を創りだし、それを仲介にしてしまえばよい、と。
かくして死んだ神の身体はいくつにも切り刻まれ、人間の魂と混ぜ合わせて、神と人をつなぐ新たな存在の創造という物語が幕を開けた。
これが転生者の始まりである。厳密に言えば、まだこの時は生み出す予定の存在の仕事内容に即した名称が存在していたのだが、結局のところ失敗したので『転生者』と呼び続けることにしよう。
――ギィイイイイ、チャッコ。
また、軋む音。聞きおぼえがある。何だっただろうか。
そうだ、
神々はまず、舞台を用意した。
といっても、彼等にはどのような環境が人間にとって適切なのか判断がつかない。だから、用意した魂の中から一番強いイメージが残っていた世界の記録をもとにし、その世界を完全に再現して環境を整えた。
つまり、この世界は紛うことなき造り物ってことだね。『魔法少女リリカルなのは』の世界に転生したいっていう希望を元に創り上げられた、実験のための箱庭。天も、地も、人も、すべて
……どうでもいいか。次いくよ。
次に、神は死んだ神の破片と人間の魂を混ぜ合わせ、転生者とした後で世界に放り込んだ。
この際、神の力は人間にとって純度が高すぎる。だから権能の効果を極めて限定的にして人間に認識でき、また使用できるように調整した。
計画の概要は次の様なものだ。人間に神の破片を完全に融合させることで存在を変質させる。人間の存在を神へと近づけ、同時に人間性を残すことで神と人間、両方の立場を理解できる新たな存在を創り上げるのだ。
人間を神へと近づけるのは神の破片の含有率を上げるのが一番手っ取り早いとされた。初期段階で人間の魂に込められる神の破片には限度があったが、転生後にお互いに殺害――『捕食』というプロセスを踏ませることによってその限界値を超えることが可能なことも発見された。
これが転生特典の正体ってわけ。もとが神様の力なんだから、むちゃくちゃなのも当然だよね。もっとも、今の転生特典は人間の魂の願いと強烈に結びついて、当時とは別のものになっているけど。
え、五月蠅い? ごめんごめん、じゃあしばらく説明に専念するよ。
試行錯誤の連続。多くの人の魂が神の破片を植えつけられ、壊れていった。
最初期に神の破片が植え付けられる、人間の魂の器の限界値が見定められた。後天的に捕食という形で元の限界以上に神の破片が取り込めるのは、人間が殺した人間の器を一緒に取り込んでいるからではないかという仮説も挙げられた。
この頃の転生特典の性能は一定ではなく、また転生特典の譲渡も神の破片だけではなく相手の人間の魂ごと吸収されてしまうことも少なくなかった。
これが後に言われる第一世代の転生者の実態。実験のための実験が繰り広げられた環境。後の世代に受け継がれる転生者のシステムが最適化された場所。
――ギィイイイイ、チャッコ。
また、どこかで
結論から言えば、第一世代の実験は失敗に終わった。
人間の成れの果てにして、神の成り損ない。生まれたのはそんなものだった。
要因は色々と挙げられるが、大きいのは次の二つ。
まず、転生者たちが送り込まれた当事の世界が、戦乱真っ只中だったという点。その中で特殊な力を持つ転生者たちは、生まれを問わず最前線に送られるのが常だった。殺し合いは神々の望むところでは合ったが、神々の想像を超えて殺し合いのペースが速すぎたのだ。神の破片の含有率は徐々に融合できる限界値を超えて上昇していった。
そして、当事は神の破片の譲渡のシステムがまだ不完全だったという点。神の破片だけではなく、その人間の魂をも取り込んでしまった転生者は、肉体や精神に変調を及ぼさざるを得なかった。
人間性を残しながら人間を超え、神に近い存在を造るのが計画だったのに、第一世代の大半を取り込み、神に近いものへと至った転生者の人間性は壊れ、急激に含有率を増した神の破片は人でも神でもないものへとそれを変質させてしまっていた。
どちらも理解できるものを造るはずが、どちらからも理解されず、理解できないものができてしまった。神々は失敗点を見直し、次の実験へと生かした。
第二世代はそれからかなり時間を置き、世界が平和になってから生まれ始めた。また、転生者の魂に含まれる神の破片も、第一世代の量が半分に割られたものが二つ入れられることとなった。
その程度の量でも転生特典として発現する分にはまるで違いはなかった。人間の器に、利用できる力として注げる神の力はほんのわずかなものでしかないのだ。
第二世代が生まれた時代は平和で、殺し合いのペースは緩やかなものだった。また、神の破片の譲渡も前回の半分しか渡されることはなかったため、人間の魂と無理のないペースでなじんでいった。システムも洗練されており、人間の魂が他の人間の魂と融合するなどということも起こらなくなった。
このときから転生特典の内容は人間の魂の希望が生かされるようになった。前回のテストケースで、魂の希望に沿った転生得点を与えた場合、そうでなかった場合に比べてはるかに高い神の破片との融合率を示したのだ。
このままいけば、もしかすると実験はこの段階で成功したかもしれない。しかし、第二世代の転生者たちの実験は破綻することとなる。
神々が失敗だと結論を下して、廃棄したつもりでいた転生者の成れの果てが、第二世代の大半を取り込んでしまったのだ。神々にとってはすでに終わった過去の話だったが、彼ないし彼女――すでに性別など関係ない存在に
さらに話はここで終わらない。転生者を喰らい、神の破片を大量に取り込んだ彼はその力を持って神々に戦いを挑んだのだ。神々は完全に近い存在だったが、神の成り損ないである彼には破壊という点において経験、実力共に一歩及ばなかった。
神々は喰らわれ、神による実験はこれにて終焉を迎える。
――ギィイイイ、ガリ、ガガガ……。
あ、噛んだ。
そう、この物語はすでに終わっている。
『神様たちは人間と分かり合おうと、自分たちと人間を繋いでくれる存在を造ろうとしました。しかし、生まれたのは人間でも神様でもない怪物でした。神様たちは怪物に食べられてしまいました。おしまい。』
実にありふれたバッドエンドだ。しかし、物語は終わっても登場人物たちはそうではない。彼らの人生は物語の後も続いていくし、あるいは人でなくなっても生き続けなくてはならないのだから。めでたしめでたし、で片付けることはできないのだ。
残された彼は、世界の管理を始めた。生み出す能力には欠けていたので、余分なものを伐採するという手段が主になった。
寿命が尽きるまでは、生きていかねばならないと思ったから。寿命はとっくの昔に転生特典で消し飛んでいるのだが。
死のうと思えば死ねたかもしれないが、自殺はいけないことだとわかっていた。あれだけ多くの命を奪って生きていたのだから、そのぶん生きなければならないとわかっていた。もはや知識としての倫理道徳で、実感できるほどの人間性は消滅しているのだが。
今まで踏みつけてきた彼らの不幸の上に自分はここにいるのだから、自分だけでも幸せにならなければいけないとわかっていた。もしかしたらこれも、昔取りこんだ誰かの信念なのかもしれない。敗者は死んで屍をさらすのが権利なら、勝者は高笑いしながら屍を踏みつけた後で丁重に埋葬するまでが一セットで義務なのだ。幸せになるというのが、彼の頭がはじき出した埋葬の方法だった。
世界中のみんなを不幸にしても、自分だけは幸せにならなくてはいけない。
でも、できるだけ多くの人に幸せになってもらうべきである。それが人間としての正しい在り方だ。実に道徳的な考え方だ。これが正しい。かくあるべきだ。
しかし造りモノであるこの世界でも、誰かの幸せが誰かの不幸などということはよくある話である。ゆえに、全知全能からは程遠い神様の成りそこないたる自分は、幸せにする相手を選ばなくてはならない。
しかし、選べるだけの縁などもう彼には残っていない。『食べ残し』が存在していないわけではないが、あれらは自分が生きていくこの世界を乱す
ならば、縁のある相手を創りだせばいい。幸い、手段は残っている。自分の同輩を、自分の手で造り出せばいいのだ。
かくして、第三世代の転生者たちが生まれることとなった。
◇
目覚めは最悪だった。うめきながら
チャリン、と乾いた音を立てて冥路の頭からおもちゃに使うような巨大な
「お疲れ様。どうだった?」
空々しい笑みを浮かべて問いかけてくる記憶と特典の持ち主。腹が立つくらい芯からしなやかな亜麻色の髪が、首をかしげる動作に合わせてさらりとこぼれおちる。
「……お父様とお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
「なんでさ?」
「あなたがあたしたちを生みだしたんでしょう?」
「んー、それがそうでもない。きっかけは僕が手掛けたけど、やっぱり残されたシステムに頼っているところが大きいし。ほら、転生時に出会った神様と僕って全然違うでしょ?」
それは冥路も思っていたので、全自動の機械に材料を入れて注文したようなものかと納得した。確かに彼が造ったのだが、見方によってはシステムが冥路たちを構成したとも取れる。彼が教えてくれた知識がすべて本当ならば、という前提の上の話だが。
「それに、神さまは全部食べちゃったわけじゃないしね。生き残った神様が手掛けた転生者もちゃんといるよ。僕を倒せって神託を受けて」
「マジッすか。本当にRPGみたいですね。つーか、そんな情報なかったんですけど。なんか途中でミスってませんでした?」
「そんなことないでしゅじょ」
「わかりやすくかみまみたね?」
まあ、知ったところでどうということは無い。自分の立ち位置が魔王の手下Aになるだけである。ふと疑問に思った冥路は尋ねてみた。
「あたしは神様に造られたんスか? それともルミア様作成の転生者なんですか?」
ルミア。それが冥路が彼に名付けたニックネームだった。本名、というか彼がこの世界に生を受けたとき、転生者として最初に得た名前だと本人が言い張るものは教えてもらったのだが、フルネームで呼ぶのはどうも恐れ多い。
だからそれの後半三文字だけ区切って呼ぶことにしたのだ。ますます不敬になっているんじゃないかという意見は無視する。本人からは「実に日本語的な区切り方だね」と許可をもらって(?)いることだし。
「さあ、どっちだろうね~」
誤魔化すように明後日の方向を向き続けるルミアの態度は、やはり借りてきたようにわざとらしい。それも無理からぬことだろう。彼の人間性は、それが数百年なのか数千年なのか、はたまた数億年前なのかは定かではないがとっくの昔に使い果たされているのだから。
しかし彼は生きている。生き続けている以上は、それがとっくの昔にゼロになり、マイナス側に振りきれていたとしても使い続けねばならないのだ。無いものは別のもので補わなくてはならない。思い返してみれば彼の言動は全体的に意味不明で理解不能なものだったが、ばらばらに切り離して見てみれば一つ一つは小説の主人公が語りそうな、正しいかどうかはわきに置いておいて人を納得させる理を持つものが多かった。
致命的な部分に欠損があるせいで
自分がルミアのどこに惹きつけられていたのか、冥路はこのときはっきり自覚した。
彼は壊れている。人間として終わっていて、神にも成れなかった化け物で、周囲に迷惑をかけまくる害悪で、継ぎ接ぎの言動は空虚で安定せず、嘘ばかりだ。
それでもなお、幸せになることを諦めていない。本当に本気で、自分以外のすべてを不幸にしても幸せになってやると思っている。
理由はわからない。もしかしたら黎明期、まだ彼が人間であったころに必死で生き延びる原動力となったものの成れの果てなのかもしれないし、いつものごとく理解不能なロジックに彩られた気まぐれなのかもしれない。
そんなことできるわけがないと冥路は思う。これはもはや確信を通り越してただの理解だ。世界中のみんなを不幸にしたところで、それだけで終わるだろう。鮮度が落ちた材料はもう腐っていくしかないのだ。彼は土に還る段階を過ぎ去った材料だったものを使って、美味しいものを作ろうとしている。
諦めたらそこで可能性はゼロになってしまうなどと、どこかで聞いたようなセリフを口にしながら本当に努力を続けている。その一点だけはぶれない。きっとこれから先、何があってもやめない。
その姿がひどく眩しくて、冥路という少女は惹きつけられたのだ。
王道的な主人公が背負う光のみたいに、こちらの腹の底の黒いものが刺激される不愉快な輝きではない。それはきっと肉を溶かし骨の髄まで腐らせるような温かいくてやさしい黒い光。冥路のように生まれてきたことが失敗だったと感じているのに死ぬ気力もない人間にとって、ルミアの存在は甘美過ぎる。
あの状態になりながら、まだ努力を続けることができる。ああまで周囲と自分を壊しながら、まだ幸せを追い求めることができる。
ああ自分は生きていていいんだ、と彼を見ていると思うことができるのだ。
まじまじとルミアの横顔を観察していた少女は、ふとあることに気づいた。
「あれ、ルミア様。目の色変わってません?」
空間に直接穴を穿ったかのように光を反射しない黒だった瞳が、動脈血を連想させる真紅に染まっている。勢いよく振り向いたルミアは得意げに顔を輝かせた。控えめに言って、とてもうざい。
「ふ、気づいたかい? 僕は三対の魔眼を持っていて、普段はそれが重なってお互いを封印し合っているため黒い瞳に見えるという中二設定があるのだよ。ちなみにこれは紅眼、神の力をブーストしている状態ね」
「自分で中二っていいますか」
「まあね、自覚はあるよ。最強もご都合主義も世界の修正力も体験済みだし敵対済みで、攻略済みの僕だからね」
「まるでお話しになりませんね」
「その通り。特に推理小説は無理だろうね。何しろ僕か神様が犯人ですって言っておけば、十中八九は当たるんだから。おわかりかね明智くん? 隣の犬がひき逃げされたのも、両親が不仲なのも、電車が遅延するのも、学校のトイレが水漏れするもの、都会のごみ袋にカラスがたかるのもすべては僕が黒幕なのさ!」
「二○面相かシリウスの工作員なのかどちらかにしてほしいっす」
「……よく元ネタわかったね? 特に後半」
「好きな作家さんなんで」
バカ会話は置いておくとして、実際に彼を主人公に据えると本当に物語が成立しない。最強系主人公の行きつく果て、ただの万能であり、彼を交えてしまえばすべてが解決してしまう。全知全能ではないにしろ、本当に迷惑な存在だと冥路は嘆息した。
「あ、でもねでもね、第三世代の転生者のやることには基本的に干渉しないようにしているよ。僕の目的と世界をあるべき姿に保つ作業の邪魔にならなければ、という前提つきだけど」
「は? 何でですか?」
「だって僕が呼びだしたんだもの。勝手に呼んでおいて勝手に殺すだなんて、そんな身勝手なことできやしないよ」
したり顔でそんなことをのたまう。すでに冥路の人生を取り返しがつかないレベルで捻じ曲げているくせによくそんなことを口に出せるものだ。
しかし、きっと彼は本当に本気でそう言っているのだろう。確かに彼と出会ってからそんなに月日は経ってないが、意外と彼なりにルールがあるらしいことは冥路も薄々理解していた。倫理道徳は(知識としてという注釈がつくが)案外世間一般で扱われているものと大差ないものを持っているらしいし、そのルールを破ることに対しては(人とはかなりかけ離れた形ではあるものの)良心の呵責があるようだ。
もっとも、自分が傷つくことにまるで無頓着なのでそのラインを平然と踏み超えることも多数なのだが。
「大丈夫だよ。この世界は強いし、主人公は立派だ。きっと僕程度の黒幕が跋扈したところで完全無欠なハッピーエンドに導いてくれるさ。ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないって、僕は信じているんだ。信頼は大切だろう?」
「一期ではプレシアが死にますしアリシアは生き返りませんし、二期ではリインフォースⅠが死にますし、三期でもいろいろ管理局の闇で犠牲が出ていますけど?」
「ダメじゃないか。もっと人を信頼しないと。原作でそうだったからって、この世界は別物なんだ。違う未来がくる可能性は決して低くないんだよ。この世界を管理しているとそれがすごくよくわかる。いくら可能性が低いからって、諦めたらその時点でゼロになっちゃうんだよ?」
「いや、あなたが原作通りにしようと
「それに一人一人が主人公っていうだろう? 僕が主人公の物語は無理だけど、きっと他のみんなが続きのハッピーエンドを紡いでくれるさ」
「聞けよ」
本当にわけがわからない、継ぎ接ぎだらけの倫理道徳。きっと一生理解できないだろう。理解したいとも思わない。
ふとそこで、冥路は彼の言っていたことの矛盾に気づいた。矛盾していないところを探すのが難しいくらい彼の話す内容は破綻しているのだが、その中でもひときわわけのわからない部分だ。
「あれ、じゃあ一期と二期と三期をいっぺんに起こすっていうのは、世界を管理する動きと矛盾していませんか?」
冥路には理解不能だが、第三世代の転生者たちはルミアが幸せにしてあげるためにこの世界に召喚したらしい。世界を管理するというのは彼らの幸せを助ける行為の一環だったはずだ。
「んー、それはね、僕のお友達のジェイル君の要望なんだ。そんなに面白いモノなら、はやく見てみたいって」
「友達がいたんですか!?」
驚愕の新事実が発覚してしまった。そんなことに耐えうる存在がこの世界に存在していたとは。
いや、それもひどい内容だが、同じくらいひどい単語が出てこなかっただろうか。
「なにさー、僕に友達がいるのがそんなにおかしいのかい? これでも生涯で七人も友達と呼べる存在がいたんだぞ」
「あれだけ生きておいて両手で数えられる人数なのはこのさい突っ込みません。……もしかして、ジェイル君って、ドクター・スカリエッティのことですか?」
「そだよ~、知らなかった~?」
うわあ……と少女は思わず漏らしてしまった。確かに意気投合するか、不倶戴天の敵として殺し合うかの二パターンが容易に想像できる組み合わせな気がする。原作主人公組には極めて不幸なことに、意気投合してしまったのだろう。
原作でも単独勢力でスカリエッティは管理局を半壊させていた。ミッドチルダ地上本部に限定して言えば全壊だった。これにルミアの知識と能力が加わって、この時代から魔改造が進めばどのようなものになるのか想像がつかない。
【悠久の
ルミア側に付いている彼女としては悪い話では無いはずなのだが、元一人の視聴者としてとても心配になった冥路だった。彼岸の火事だからこそしみじみ心配もできる。
「僕は人付き合いが苦手だからね。友達の望むことはなんでもしてあげたくなっちゃう。残念なことにジェイル君は自分でやりたいっていうから僕しか出来ない部分以外は静観するしかないけどさ」
「案外常識的な価値観を持っていたドクターに感謝ですね……」
まともに顔も知らない転生者たちよりは友達の望みを優先させる。きっとそういうことだろう。
原作主人公にとって極悪な状況であることに変わりは無いが、最悪は免れたことに冥路はほっと胸を撫でおろし、気づいた。
「……あの、ルミア様? あたしの服が変わっている気がするんですけど?」
眠りに就く前は自分でも趣味が悪いと思うパンクルックだった。ただ自分が攻撃的な人間であると周囲に主張したいがためだけに着用していた服である。それがいかにも女の子らしい薄手のピンク色のパジャマに進化を遂げている。
もちろん、そんなわけがない。
「ああ、そりゃあね。あれから三日経っているから」
「三日!? 三日もあたしは眠り続けてたんですか!」
「うん。【悠久の発条】って記憶や知識を相手に不可なく移植する転生特典だけど、それ以外の効果は特にないからね。移植が終わるまで時間はかかるし、その間に生理現象も必要なわけで――」
「ま、まさか……」
「大丈夫、ちゃんと綺麗にしたし、洗濯も済ませてあるから。うん? どうしたの、その表情は? ……ああ、大丈夫だよ。さすがに九歳の子供に欲情するほど変態じゃないし。おっと、もちろんこの年頃にしてはじゅうぶんに発育と遂げていたと思うから心配はいらないか――」
ピチューンとどこかで聞いたような撃墜音と共にルミアの頭部がザクロのようにはじけ、彼は最後まで言い終えることができなかった。
「へんたい、ド変態、変態変態変態ぃいい~!」
「
天井が間欠泉のように噴き出る赤で緋色に染められたのもつかの間、何事も無かったかのように元に戻ったルミアがよせばいいのに口を開いて今度は全身がばらけて部屋中をクリムゾンに模様替えする。
冥路の転生特典【キリトリセン】。視界に浮かぶ線に沿って物体を切り離す能力である。ほとんど予備動作なく発動できる回避不能の即死能力――のはずなのだが、発動し始めてから完全に切り離し終えるまでに一秒ほどのタイムラグがあり、その途中で視界から外れたり意識を乱されたりするとアクティブスキルの性質上、中断されてしまう。その隙を突かれて二年前はなずなに敗北していた。結論、御神流の速さはバカである。
「はいはいごめんなさいやりすぎでした反省しています許してください神様。死ねえ!」
「
のちにすべての転生者から忌み嫌われ、倒すべき存在として認識される半神半人と、その一味の存在が世界の表舞台に出るのは、もう少しだけ先の話。
この時の彼等は、のんきにグロテスクなスプラッタコメディを演じる、どこにでもいそうな転生者たちのように見えた――かもしれない。
誤字・脱字等あればお願いします。
前から理解不能との評判が高かった黒幕ルミアの紹介と、バックボーンの公開ですね。
いろいろ悩んでこの形に落ち着きました。詳しく知りたい方は活動報告のほうで今から愚痴りに行こうと思いますので、そちらをご覧ください。