魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」 作:唐野葉子
◆ INアルフ 一人称視点
◇ OUTアルフ 三人称視点
英語の文法的なツッコミはなしの方向性で。
実は ◆ ← コレ、アルフの額の宝石をイメージしたものだったりします。
9/10 転生特典の記述を一部変更
『分類:法則支配』→『分類:事象発生』
◇
ぴんと張り詰めた空気が場を占領する。
その発生源はプレシア・テスタロッサ。リニスの
三日ぶりに顔を合わせたというのにプレシアは研究中のモニターから視線をはずそうともせず、フェイトはそのことにますます顔を強張らせる。
とても親子が対面する雰囲気ではない。リニスは不器用すぎる自分の主人にため息をつきたい気持ちでいっぱいになった。
「もう一度、言ってくれないかしら?」
「あの、母さん……この子を、アルフを、わたしの使い魔にしたの。……だから――」
「捨ててらっしゃい。今のあなたにはもっと大事なことがあるはずよ」
取りつく島もない。懸命の説得をあっさり一刀両断されたフェイトは震えながらうつむいた。こらえきれなかった涙が目からこぼれおちる。主人の前でなかったら後ろから抱きしめてあげたいところである。
きゅううん、とフェイトの腕の中で話題の中心になっている子狼、アルフが小さな鳴き声を上げる。まるで状況を理解しているかのように、プレシアの注意を集めない音量で最大限の己の主人へのなぐさめだった。
はあっ、と大仰な動作で今度は本当にリニスはため息をつく。狙い通り、プレシアの注意はひとりと一匹からリニスへと移った。これ以上、彼女達をあの空気にさらすのは酷だ。
「あなたもよ、リニス。いったい何をやっていたのかしら。汚い犬なんて拾っている暇があるなら、勉強を少しでも進めなさい」
「アルフは狼ですよ、プレシア」
「そんなことどうでもいいわ」
視界の端でアルフが小さく身じろぎするのを感じる。フェイトが心細げな表情でこちらを見ていた。一瞬だけほほ笑むと、リニスはおおきく一歩踏み出してフェイトをかばう位置に出る。
「フェイト同様、アルフも私が一人前の使い魔に育て上げて見せます。常にかけられる魔力負担も、ひとつの命をあずかる責任も、決してフェイトの成長を促進することはあっても妨げにはなりません」
「……いいわ。言った通り、一人前に育て上げて見せなさい」
納得したというよりは、これ以上この案件に時間を割かれるのが面倒になったという態度だったが、今はこの言葉を引き出しただけでも良しとするべきだろう。
ふと、プレシアの視線がモニターからはずされフェイトを射抜く。
「はやく一人前の魔導師になりなさい。私があなたに望むのはそれだけよ」
それは、娘に向けられているとは思えないほど凍てついた眼だった。
◆
はやいもので、ぼくがフェイトの使い魔になってからもうすぐ一年が経過しようとしている。
『ツカイマ』って『使い魔』のことだったんだね。ぼくが転生したのは夢と魔法の世界だったんだ。……いや、夢にあふれているかは微妙かな。結構シビアなとこあるし。――なりたてのころにボスにじろりと向けられた凍てつく視線は今でも微妙にトラウマである。まさか、『うちでは飼えません。もといた場所に戻してきなさい』イベントをわんこの立場で経験する日が来るとは思っていなかったな。予想できるような日々を送るのもいやだけど。
ぼくが暮らしているのはその魔法の世界の中でも魔導文明の中心、第一世界ミッドチルダ――の南部の山間アルトセイム。自然が綺麗だよ。ド田舎ともいう。もっとも、リニス先輩が家事全般を受け持ってくれているので不便は感じない。
というかリニス先輩マジで有能です。掃除洗濯炊事は言うに及ばず。フェイトとぼくに対する学問や魔法に関する知識――魔導物理に魔法知識に魔力トレーニング等――の教育と指導、加えて護身のための戦闘法の教官役。さらには人里離れたテスタロッサ家の物資補給も一手に引き受けている。
カレーが食べたいというぼくの
管理外世界とはいえ優れた文化はミッドチルダに流れ込んでくることが多く、カレーもその一つだから手に入れるのは比較的簡単だったとリニス先輩は笑って言ってくれたけど、それでも、ねえ?
最近ではフェイトにあわせた専用のデバイスも作成しているらしくて……。先輩の生活に労働基準法が適用されたら確実にアウトだろう。
ぼくなんかボスの餌係――もといプレシア様の身辺のお世話だけでもストレスで胃に穴が開く。自信がある。
リニス先輩はどこでそれだけの技術を身につけたのか。不思議に思って聞いてみたことがある。
『そのように設定、作成された』
ぼくがまだ幼いためか遠まわしに説明されたが、要約すればそのような内容だった。
どうやら使い魔の性能はその誕生時に魔導師がある程度目的に沿って設定できるものらしい。能力が高ければ高いほどそれに比例するように存在維持に必要な魔力も多くなるけど。
有能な使い魔の作成には魔導師側の一定水準以上の実力が必要不可欠。作成後も維持には少なくない魔力が消費され続ける。高性能な使い魔が魔導師のステータスになると言われる所以だ。
かく言うぼくも、フェイトの使い魔である恩恵で高い演算能力や『電気』の【魔力変換資質】を持ち、覚醒時にはすでにミッドチルダ語を習得していた。フェイトやリニス先輩が日本語ではない言語で会話していると気づいたのはかなり後のことだったけれど……。思考自体は日本語でしていることが多いしね。
このミッドチルダ語は英語に酷似した言語で、時空管理局の影響下にある管理世界では交易共通語として使用され、複数の世界にまたがった統一言語としての立場を確立している至極便利なものだ。前世で英語の成績がよろしくなかったぼくとしてはこれが習得できたことが使い魔特典で一番大きかったかもしれない。
閑話休題。
そう、使い魔なんだ、よな……。
ことあるたびに考えてしまう。フェイトは死にかけた子狼を助けるために使い魔契約をした。結果、ぼくが生まれた。ここまではいい。少なくとも、ぼくにとってのマイナスは無い。
問題は、フェイトからみた場合。フェイトの目的は達成されたと言えるのだろうか?
確かにぼくには狼だったころの記憶がある。完全とは言えないものの、部分的にとはいえ思い出せる。しかしぼくには前世の人間だったころの記憶もあるのだ。
使い魔は本来、死亡あるいは死にかけの動物に目的に沿った人工の魂を憑依させることで作成する。あの
検証する方法は無い。でも考えてしまう。もしもその仮説が正しかったとすれば、ぼくは本来この場所で『アルフ』と呼ばれていたはずの誰かを押しのけてここに居座っているのではないだろうか。
フェイトが助けようとした『アルフ』を、ぼくが誰にも知られることなく消してしまったんじゃないのか?
だとしたら――。
やめだ、やめ。検証しようがないことでうだうだ考えていても仕方がない。ネガティブ思考は前世から受け継いだ持病の一つでいわゆる『死んでも直らなかった』わけだから、一生付き合っていくしかないと半ば開き直っているが、自己憐憫に浸ることまでを肯定するわけではない。
何がどうあれ、今のぼくはアルフ。
今のぼくがアルフ。その事実は揺らがないのだから。
むしろ今悩むべきはもっと建設的なこと。最近行き詰ってきた魔法の修練に関することの方が優先だろう。
魔力が枯渇気味で気だるい手足を草原に投げだす。視線の向こうではフェイトが青空の中、空戦機動の訓練を続けていた。
はい、今日も現実逃避の真っ最中でした。
いやー、まさか自分が魔法使いになるだなんて前世では考えもしなかったな。正確には魔導師だけど。
リンカーコアは独立しているためこっちの魔力の大量消費が向こうに影響する心配はないとはいえ、ぼくの存在維持にはフェイトの魔力を消費する。疲れた体に鞭打って、ぼくは人間モードのまま
「お疲れ様、アルフ。その姿もだいぶ馴染んできましたね」
「あ、リニス先輩……」
リニス先輩はちょっと苦笑した。ぼくが『先輩』の呼称をつけることにリニス先輩は少し抵抗を抱いているらしい。『なんとかなりませんか』と言われたことは一度ではないがどうにもならない。だっで自分はリニス先輩を尊敬しているでありますから。
何度も問答を繰り返した結果、今では苦笑されるだけで特にそのことについて言われたりはしない。
「普通、フォームチェンジは熟練を必要とする高等技術ですし、そもそも弱体化は覚えようとする使い魔が少ないのですけど、アルフは真っ先に覚えましたね」
「フェイトにかける負担は少しでも減らしたいですから」
成長すれば成長するほどぼくの能力は上がり、フェイトから供給される魔力は増えた。戦闘時は仕方ないとして、普段からフェイトにそのような負担をかけるのは心苦しい。
なんとかフェイトから奪う魔力をこちらから減らせないかと試行錯誤を重ねた結果、何度も体調不良におちいり、見るに見かねたリニス先輩が術式の改変技術を教えてくれたのだ。おかげで覚えるべきことが増えたが、今では人間モードでも狼モードでも自分の姿をフェイトとの契約当初に変形させることによって負荷を最低限に抑えることが可能になっている。
人に負担をかけることで自分の胃が痛くなる
「あなたたちは本当にいいコンビですね」
リニス先輩の笑みが苦笑から微笑ましいものを見るようなものに変化した。何か変なことを言っただろうか。
……あれは反応に困ったなあ。いや、体は素直に喜んでるんだけど、尻尾とかぶんぶん振られているんだけど、中身はいちおう人間の記憶があるからねえ。無邪気にじゃれつくのはちょっと抵抗が。しかし
まあ、童心にかえるのは楽しかったよ……。ふふふ。
あれ以来、人間モードでいる時間が長くなったが因果関係があるのかは秘密である。まあ、以前から狼モードでうろつくのは極力避けていたけれど。
あっちの方が出力は高いし、感覚も鋭いんだけれど、総合面では人間モードの方が安定感があるし、やっぱり前世が人間だけあってこっちの姿の方がおちつくしね。使い魔特典で人間に変身できる機能がデフォルトでついていると知ったときから人間モードでいる時間の方が圧倒的に長くなった。
ちなみに、うちのフェイトさんがスカートを好んで履くことも狼モードを避ける大きな要因の一つだったりする。あの体、視界が低くて広いんだよ……。
閑話休題。
「フェイトの方はもう少し練習を続けますから、アルフは先にクールダウンして休憩しておいてください」
「……はーい」
「落ち込まないで。あなたも十分すごいんですよ。ただ、フェイトは高速機動に関しては天性の素質がありますから……」
そうは言われても気が落ち込むのを抑えきれない。
最近、ぶつかっている問題。
飛行訓練でまるでフェイトについていけないのだ。速度が違う。
無理についていこうとして魔力が枯渇寸前になるのもこれが初めてではない。
リニス先輩は無理についていくのではなく、
いざというときに前線に飛び込んでフェイトの盾として活躍できるだけの何かしらは欲しいと思うわけでして。
でも速度で追い付けない現状では夢のまた夢である。たどりつく前にすべてが終わってしまう。
ちなみに余談ではあるが、ぼくには使い魔としては極めて珍しくデバイスを使う適性もあるらしい。リニス先輩が驚いていた。デバイスを使うどころか作成できる規格外なリニス先輩に言われても実感は湧かなかったが。
まあ、前世が人間である影響かな、これも。
◆
とぼとぼと帰路に就く。
ぼくだってがんばっていないわけではないのだ。
この一年たらずで魔法は基礎から総合まで一通り覚えた。護身法だって習得した。デバイス使用の素質ありとはいえ、結局のところ自らの手足を使った戦闘法に一番適性があったので修めたのは格闘技だったけど。
飛行訓練だって『空戦』までは至っていないだけで、『飛行』ならそこそこ出来るのだ。飛べない魔導師が大半ということを考えると、使い魔の人工魂という下地があるとはいえ、なかなかの成果なのではないかと思う。
「いや、いいわけ、かな……」
届いていないものは届いていないのだから。
元が地上の生物だなんて関係がない。それを言うなら人間だってそうだ。
このまま
フェイトに、ここにいたかもしれない『アルフ』に、申し訳が立たない。
まただ、こんなことを考えて。
鬱屈した気分を吐き出すように深々とため息をついたとき、右肩に鈍い痛みとずしんとした重量が乗った。
「グギャー」
「……なんだ、お前か」
見ると、地球ではありえない四枚の翼を持った、カラスほどの大きさの鳥がとまっていた。ちなみに色は緑と青と赤の極彩色。ミッドチルダの生態系は摩訶不思議である。
顔見知りのひとりだ。自分の中の力に意識を向ける。
▽
能力名:【以心伝心】
タイプ:アクティブ
分類:事象発生
効果:対象の意志を翻訳・伝達する。
△
『コミュニケーション能力が欲しい』。
あの神様にそう願ったらもらえた能力だ。つまり転生特典の一つ。
ぼく個人としては【比翼連理】で得たパートナーと円滑にコミュニケーションをとる手段及び保証が欲しかったのだが、得られたのはどのような相手であれ会話を成立させる能力。さすがに『意志を翻訳・伝達する』という効果上、相手が一定水準以上の自我を確立していることが求められるが。
ただ、そこに意志が込められているという裁定なのか、未習得の言語で書かれた本もこの能力を使えば読めたりする。魔法陣が解析できた時にはさすがに噴いた。
便利すぎるだろ。いや、悪い事じゃないんだけどさ……。
アクティブタイプの能力であるため、使用にはコストとして魔力が消費される。まあ、相手が鳥で世間話くらいならある程度回復してきた魔力で十分足りるか。
《やあ、姐御。なんだか落ち込んでいますなー。耳も尻尾もしおれていますぜ。またフェイト嬢ちゃんがらみですかい?》
《……まあね》
何故か此処ら一帯の動物はぼくのことを『姐御』と呼ぶ。……ぼくが狼だからだろうか?
リニス先輩が『リニスさん』で、ぼくが『姐御』なのはなんだか納得がいかないんだけれど。
《ひとつ、ここはあっしに相談してみやせんか? 聞くだけならタダでやんすし、三歩も歩けば相談された内容も忘れるトリアタマなため機密もばっちりっすよ》
《自分で言うなよ……》
くすっと笑みが漏れる。少し気が楽になった。
それに、相手はいわば空を飛ぶエキスパートだ。もしかしたら何かヒントになるかもしれない。そう思って相談を持ちかけてみる。
《――なるほどねえ。……フェイト嬢ちゃんはあっしらから見ても規格外ですぜ。それは姐御が十分すぎるほど理解しているとは思いやすが》
《そんなのわかってるよ。あの子は天才だ》
《親馬鹿っすね》
《悪いか?》
《いいえぇ。いざというときに冷静な判断が下せるならそれもよござんす》
でも、のびのびと青空を飛び回るフェイトは本当に楽しそうで。きっと彼女の中には元から空を飛ぶための素質が備わっていたに違いない。見るたびにそう思う。
天才ではないぼくが天才に追いつくために一番わかりやすい手段は『努力』なんだけど……。フェイト、努力家でもあるんだよな。同じ練習量をこなすことさえリンカーコアの性能差でこちらが先にスタミナ切れになるので無理だし。
《ここらでフェイト嬢ちゃんに空で勝てる相手なんてもんはリニスさんくらいでやんす。でも、それは地上の姐御にも言えるとで。それじゃいけないんですかい?》
《『みんな違って、みんないい』てか? でも、うーん、やっぱりそうなるのかなー》
たぶんボス――プレシア様もフェイトやぼくに勝てるけどそれは置いておくとして。
相手よりも短い時間の鍛錬で相手の得意分野で追い付く、追い抜く――不可能だ。だったら別のところで補うしかないんだけど。
確かに飛ばないことを前提とした地上戦ならぼくはフェイトと互角以上に戦える。ここらの野生動物相手でも負けることはそうないだろう。
でもそんなの当たり前で。八歳そこらの女の子にそこそこ成長した狼が勝てるのは当然だ。飛行しなければフェイトの戦闘スタイルの命綱ともいえる機動力が激減するのだから。
逆にいえばフェイトの戦場は空が主流になるだろうってことで。
《
《姐御は健脚でやすが、まさか宙を踏みしめて走るわけにもいかないっすからねえ》
その瞬間、ぼくに電撃走る。
「その手があったかあ!」
「ピギャア!?」
突然の大声に驚いて肩の上から鳥が飛び立ったがそんなことはどうでもいい。
どうして思いつかなかったんだろう。『宙を踏みしめて走れば』いいんだ!
《あ、姐御? 突然どうしたんで?》
《ありがとう、道が見えた気がする》
おそるおそる話しかけてきた鳥に礼を言い、さっそくひらめきを試す。
この世界の魔法はデバイスにプログラムを走らせて起動するスタイルが主流だが、ぼくら使い魔はたいていデバイスを使用しない。そもそも、今ぼくが思いついたのはデバイスを使わなくても使用できる者が多い魔法だ。
まずは飛行魔法で宙に浮き上がる。『飛行』のプロセスは上出来。続いて空戦機動に移行。
従来なら速度が足りず、小回りも利かず、無駄に魔力を消費するだけだった動き。しかし今は違う。
【ラウンドシールド】。シールド系防御魔法に分類される魔法で、リニス先輩から習った基礎の一つだ。基礎だけあって多くの魔導師が使用しており、展開速度が速くデバイスなしで使用できる者が多い簡単な術式。その割に防御力が高く、コストパフォーマンスもいい。
一方向の防御しかできないという性質を持つものの、今は防御に使うわけではないので問題ない。本来、魔法弾を防ぐことに真骨頂を発揮する魔法だが、物理攻撃も防げないわけではない。
イメージするのは水泳のクイックターン。展開時はぼくを中心に座標を設定。しかし展開後はぼくから切り離して座標を空中に固定。
「っし!」
狙い過たず、ぼくの足は展開したシールドをしっかり捉え体を反転、加速させた。
狙い通り! 『防御魔法を移動目的で使う』という試みはうまくいったようだ。
思いついてみれば簡単なこと。シールド魔法を空中に固定し、足場として利用する。【ラウンドシールド】なら使い魔の性能を駆使すれば無詠唱で連続複数展開できるし、狼の身体能力も存分に生かせる。
展開したシールドを踏みしめるたびに歓喜で体が踊りだそうとする。飛行魔法とバリアジャケットで緩和されているとはいえ十分な量の風が耳をはためかせる。気持ちいい。今まで思い通りにならなかった空戦機動がこんな形で達成できようとは。
跳ねあがったぼくのテンションはおよそ三分後、魔力の完全枯渇で墜落するまで下がることは無かった。
◆
身体に躍動感が満ち溢れる。歓喜のあまり頭がぼーっとする。
いや、なんだが手足もしびれているような……。
《あ、姐御ー!》
ああ、そういえば、魔力枯渇寸前だっけ。
いつの間にか空が足元にあるぞ? ああ、ぼくが頭から地面に落ちていってるだけか。
………………。
「っは! 夢!?」
「夢じゃないよアルフのバカァ!!」
いきなりフェイトに怒られた。なんぞ?
なんで涙目のフェイトが枕元に立ってるんだ。とりあえず泣かない泣かない……。
「目が覚めたようですね?」
氷点下、いや、絶対零度の声がした。
り、りにすせんぱい? その笑顔がマジで怖いんですけど……。
「私はちゃんと言いましたよね。『先にクールダウンして休憩しておいてください』って。それが何故
ちょ、ま。最後の☆がマジでヤバい。命の危険を感じるって言うか寿命がゴリゴリ削れていってる気が――。
「寿命が縮まったのはこっちの方ですよ」
なんで考えていることわかんの!?
「表情に出ています。……ふう、まったく。頭から墜落したあなたを見て、フェイトがどれだけ取り乱したかわかっていますか?」
すっと頭が冷えた。
枕元でうーと涙目で唸るフェイトを見る。ここまで感情をあらわにした彼女を見るのは、前にお風呂でおぼれかけて以来かもしれない。
こういう言い方は好きではないが、フェイトはいわゆる『手のかからない子』だから。迷惑をかけない。わがままを言わない。リニスの言うことに従って、ボスの意向をくみ取って、この年頃の子どもにはあり得ない鍛錬を日々積み続ける。
精神リンクでフェイトから伝わってくる怒り、悲しみ、不安、安堵……。ぼくは彼女をこんなにも傷つけてしまったのか。どうすればいいのかわからなくて、視線が宙をさまよう。
「こういうときはなんて言えばいいでしたっけ?」
リニス先輩の助け船をもらって、ようやく言うべき言葉が喉の奥から転がり出た。
「ごめん、なさい」
一度見つけてしまえばあとからあとから言葉と感情が溢れてくる。ごめんなさいフェイト。ごめんなさいリニス先輩。ごめんね、ごめんなさい。気がつけばぽろぽろと涙があふれていた。心のどこかで剥離した部分がいい年して情けない、だなんてほざいているけど、この体はまだ一歳にもなっていない。
「……アルフの、ばか」
「私たち魔力で身体を構成した使い魔にとって、魔力の枯渇は他の生物に比べずっと致命的な状況につながりやすいんです。今後は注意してください」
フェイトの腫れた目元やかすれ声が罪悪感をぐさぐさ刺激する。
ぼくは何をやっているんだろう。生まれてきたことに申し訳なさを感じて、不安を消すために無茶をして、迷惑をかけて。
こんなに声がかすれるほど泣いてもらえるくらい、ぼくは愛されているというのに。
ずっと自分ばっかりしか見ていなかったんじゃないのか? フェイトのため、ここにいたかもしれない『アルフ』のためだなんて建前を自分で信じ込み、気がつかない裏側で自分が必要とされる理由を探していた。
此処にいていいんだって、フェイトとリニス先輩に言って欲しかった。なんて救いようのないバカなんだろう。
そんなのとっくの昔に言われているのに。ぼくは必要とされたからここにいるのに。理解しているつもりで、本当の意味で気づいていなかった。
しばらく壊れたオルゴールのように何度もごめんなさいを繰り返すぼくの頭を、リニス先輩は何も言わずに撫でてくれた。途中からは小さな手も、怒っていますと主張するようにいささか乱暴だったが加わった。
「……さて、フェイトもアルフもだいぶ落ち着いたようですね。反省はそこまでにして、聞かせてもらえませんか?」
思考の海に沈んでいた意識が引き戻される。視界がかすんで目元がひりひりする。こんなに泣いたのは久しぶりだった。
頭の上から離れていった二つの手が名残惜しい。
「……ぐす、な、何をですか?」
「あなたが落ちた理由です。空でいったい何をやっていたのですか?」
そういえばそうだった。ぼくが落ちたのは魔力枯渇が原因だが、そもそもその発端は空戦機動の成功にテンションが天井知らずに高揚して疲労を感じ取れなくなったことだろう。
ぼくは空戦機動にいちおう成功したこと、その際にシールド魔法を足場として活用したことをリニス先輩に説明した。
リニス先輩が感心したような表情で頷く。
「なるほど、純粋かつ単純な
「あ、あの、なんか今の発音変じゃありませんでした?」
「フェイトを泣かすような使い魔は
はい。ごもっとも。二度といたしません。深く深く反省した。
「その手段に【ラウンドシールド】というのも面白いですね。まだまだ改善の余地はありますが、基本構想としては……。アルフ、
「いえ、基本的に空戦ではフェイトのサポートにまわりたいと思います。ただ、射撃魔法はあまり得意ではないのでいざ
フェイトの使い魔であるぼくは間違っても魔力保有量が少ないとかそんなことは無い。ただ、元が狼である弊害なのかぼくの性分なのかはわからないが、射撃魔法の精度、威力共にフェイトのそれより大きく劣るし、魔力を大量にばらまくような射撃、砲撃系の魔法はそもそもあまり好きになれなかった。
牽制、撹乱を重視して【フォトンランサー】をはじめとした射撃魔法には着弾時炸裂効果を付随してみたりしているが、それも射撃、砲撃が充実し、それに伴い防御手段も充実しているミッド式魔導師相手では決め手にはなりえない。やはり得意の格闘戦を生かすことのできるカードが一枚欲しい。
それに汎用性をうたうミッド式とはいえ、戦闘は充実している射撃、砲撃魔法をメインにした中~遠距離戦闘が主流になっている感は否めない。相手の懐に飛び込み格闘戦に持ち込めば、それだけで相手の手札を制限し有利な状況に持ち込めることが多いのだ。
身体強化と近接戦を主眼に置いた『ベルカ式魔法』なるものも存在するらしいけれど、これは使い手がかなり少ないらしいし、現在ミッド式を下地にベルガ式を再構築する研究が行われているが、これもリニス先輩の見立ていわく実用までに十年はかかりそうとのことで深く気にする必要性は今のところないだろう。
とはいえ、このままフェイトにサポートとしての実力を伸ばすことについては何の異論もない。
どうもうちのフェイトさん、攻撃に傾倒し過ぎというか、『当たらなければどうということはない』を地でいくバトルスタイルを確立させつつあるっぽいんですよね。この子を何の援護もなく戦場に放り出すなんて怖くてできそうにない。いや、そもそも戦場に出てほしくないのが正直なところだけれど。
「……そうですか。それではその方向性でトレーニングメニューを調整しますね。せっかくアルフが体を張って編み出してくれたわけですし、シールド魔法を移動に使用する方法も少し洗練させてみましょう」
しばらく考え込んだ後、リニス先輩はにっこり笑って頷いた。……もしかしてリニス先輩、けっこう根に持つタイプですか?
そこまでは落ち込みながらも冷静に聞いていたぼくだったが、続く一言でいっきに焦らされることになる。ちなみにぼくらの会話をすこし膨れながら聞いていたフェイトはそれを聞いて笑顔になった。
反省はしているからそんな顔はやめておくれよぉ。
「さて、お話はここまで。みんなでお風呂に入りましょうか」
「ふうぇ!?」
「なんせ訓練が終わってすぐアルフの看病でしたからね。女の子は綺麗にしていなきゃいけませんよ? そのあとはみんなでマッサージしましょう。疲労が残っては大変ですから」
「うん、わかった。いこう、アルフ」
フェイトがぼくの手を引いて黒い笑みを浮かべる。こんな小さい子になんて顔をさせてしまっているんだぼくは……。って現実逃避している場合じゃなかった。
待って、君たちは誤解をしている。たしかにぼくはお風呂に入っている時に落ち着きがないよ。早く上がりたそうにそわそわしているよ。でもそれはお風呂が苦手とかじゃなくて……。
前世の記憶が残っているから女性と入るのがキツイんだよ! 性欲とかは感じないものの、気恥ずかしさが半端ない。さすがに前にフェイトがおぼれかけて以降はフェイトを一人で入浴させないようにしているものの、リニス先輩と入るのは精神的に大ダメージを負う予感しかしない。ただでさえ最近は人間形態の自分の体を直視することに気疲れがひどいっていうのに。しかもそのあとマッサージって。
「ほら、いこうよ」
しっかり握られた小さな手はいろんな意味で振りほどけない。
望んでこの上ないはずの少女の笑顔が死神の微笑に見えた瞬間だった。ちなみに鎌が振り下ろされる先は魂じゃなくて、倫理道徳とかプライドとかそこらへんね。
◇
この子はいったい、なにものなんだろう?
不意にリニスはそう感じるときがある。
視線の先にはぎゅっと目を瞑ってフェイトにシャンプーされているアルフの姿があった。フェイトにかかる負担を抑えるためにフェイトよりも幼い子供の姿でいるのだが、それが姉に面倒をみられている妹のようで微笑ましい。濡れているのにもかかわらずかたく逆立った尻尾の毛が極度の緊張を示しており、ますます笑みが深まるのをリニスは感じた。
「アルフ、目を閉じて」
「閉じてるよー」
ばしゃりと泡が洗い流され、幼いながらも健康的な筋肉によってハリのある肢体があらわになる。流れた泡がリニスの足元まで流れてきた。
フェイトとアルフの関係は、普通の使い魔とは異なる。フェイトはアルフに自分の命を自由に生きることを許しているし、アルフはその自分の意志でフェイトを慕い、共にいることを望んでいる。
『生涯を共に過ごすこと』
それが彼女達をつなぐ
普通の使い魔たるリニスはフェイトが一人前の魔導師になれば、プレシアとの契約は終了する。残されるのは消滅の道のみ。目的のためにかりそめの命を与えられ、役目を終えたら消滅する――それが一般的な使い魔契約であるし、それでいいとリニスは納得している。
しかし、そのような違いをおいてもアルフは奇特な使い魔だった。
食べたこともないはずの料理を食べたいとこぼす。興味をひかれ材料を取り寄せて作ってみたところ、アルフはもちろんフェイトがとても喜んで食べた。あとで知ったことだが、現地では子供が好きな料理ランキング殿堂入りレシピだったらしい。どのような料理もおいしいと言ってくれるフェイトだったが、料理を食べてはしゃいでいるところは初めて見たリニスだった。もっとも、『犬なのにタマネギが食べられるって使い魔スバラシー!』とそれ以上にはしゃいでいたアルフにつられただけかもしれないが。
さらに、暇を見つけてはどこからかひもを見つけてきてフェイトにあやとりを教え込む。フェイトはおろかリニスさえ知らない遊びを、彼女はどこで知ったのだろう。それだけではなく短い時間で済む様々な遊びをひととおり教え、フェイトが遊ぶことに慣れると次はすごろくの共同自作など、ある程度時間がかかる遊びを長時間の休憩が取れるタイミングを見計らって提案するという周到さだ。
遊びを知っているだけではない。自分がただ遊びたいだけではない。フェイトの置かれている状況を冷静に把握し、そのうえで自分の要求を飲ませる巧みさをリニスはそこに見てとった。遊びたいざかりの年頃のフェイトを
リニスは前に一度、『そのような技術をどこで身につけたのか』とアルフに聞かれたことがある。そのときは懇切丁寧に答えてあげたものだったが、内心は同じことをこっちが聞きたいくらいだった。
使い魔は契約に基づいて作成される。リニスの主な仕事はテスタロッサ家の家事全般とフェイトの教育。当然、契約もそれに基づいたものであり、それに見合う能力をプレシアから付与されていた。プレシアをして『維持するのも楽ではない』と言わしめるほど有能なリニスの能力は、使い魔の能力なのだ。
しかしアルフは違う。彼女の契約は『生涯を共に過ごすこと』だ。フェイトのポテンシャルが高いためアルフのポテンシャルはなかなかのものだし、生まれたときから主人と会話するためのミッドチルダ語を習得したり触れ合うための人間の姿を持っていたりしたが、それだけだ。それ以上のものをフェイトは望まなかったし、加える余力も当時は無かった。
彼女を構成するもうひとつの要素はいったい何なのだろうか。
リニスはときどき怖くなる。アルフがごく稀に見せる、どこか遠くを見るような眼差しを見ると特に、だ。使い魔ではないアルフの一面。あるはずのないもの。
「はい、交代! 仕返しだー、わしゃわしゃわしゃ」
「わぷ、アルフ、ちょっと待って」
ふ、とリニスは知らず知らずのうちに入っていた肩の力を抜いた。
それがたとえなんであれ、アルフがフェイトに害を及ぼすことはありえない。それだけは、自分が誇りを持って断言してみせる。
見ていればわかる。乱暴な言葉とは裏腹に、アルフの手つきは繊細を極める。フェイトの長い髪を傷めないよう、気を使っているのだ。
フェイトもアルフに触れられるときはリラックスしている。リニスの時は、ほんとうに一瞬だけだが、遠慮するように身を固くするのに。
アルフが使い魔になってからフェイトはよく笑うようになった。今までも笑わなかったわけではない。その純粋な笑顔でリニスの仕事の疲れをいやしてくれていた。しかし仕事のあるリニスは四六時中フェイトの隣にいるわけにもいかず、ひとりにしてしまう時間があった。その時間を、フェイトが身にまとっていた寂しげな空気ごとアルフが潰してくれたのだ。
フェイトはプレシアに母の愛を求めている。それはどれだけ愛情を持っていようとリニスには、そしてきっとアルフにも代わりを務めることはできないだろう。
しかし、そのせいで空いてしまう心の隙間ならば、埋めることは可能なはずだ。リニスだからこそ、そしてきっとフェイトが大好きなアルフだからこそ。
空くことは防げないが、埋めることならできる。
「――アルフ」
「わしゃわしゃ……はい、リニス先輩、何でしょうか?」
一瞬自分に向けられた顔が、真っ赤になってそらされる。こういうしぐさが可愛らしい。リニスは自分の顔がゆるむのを感じた。
「アルフのためにも専用のデバイスをつくろうと思います。移動用にシールド系を展開することに特化したものです。それに処理を任せることによって、負荷の軽減と移動の高速化を図っていこうかと。移動にキャパシティをつぎ込み過ぎて肝心の戦闘がおろそかになったら本末転倒ですからね。普通、デバイスは杖型が一般的なのですが、あなたは格闘家スタイルですし……。希望のデザインはありますか?」
通常の魔導師ならば既存の魔法を、まったく別の目的で使用しようなどとは考えない。何年もかけられて完成した分類なのだから、それに異を唱えるよりは、その分類の中でより使い方を洗練させた方が効果的だというのが世間一般の見方だし、それは正しい。
そんなことを思いつくのは全くの素人か、枠に収まりきらない天才か、あるいは常識が通常とはかけ離れている狂人である。そしてアルフはそのどれでもない。
ならば、その発想はアルフから時折垣間見える『何か』に基づいたものなのだろう。
「えっ、よかったね、アルフ!」
「うーん、そうですねー……」
自分のことのように喜ぶフェイトと、真面目くさった顔をして考え込むアルフの姿が対照的で、リニスは思わず笑ってしまった。ほんとうにこの子たちは……。
「ぼくには爪があります。ぼくには牙があります。敵を倒すための力はすでにある。あとはそれを鍛えていけばいい。だから……」
アルフは、あのどこか遠くを見るような目をした。リニスの背にゾクリと震えが走る。それは恐怖ではなく、期待。
「守るための盾をください」
「……わかりました。その方向で構築してみます」
アルフの『何か』の正体はリニスにはわからない。しかしそれがこれからの彼女たちの助けとなるのなら、それが何であれ自分はそれを最大限に発揮できる道具を作ろう。
リニスは、いずれいなくなる存在なのだから。
「じゃあ、つぎは私が背中を流してあげましょう。こっちにいらっしゃい、アルフ、フェイト」
「ううぇ!? あの、それはちょっと、遠慮したいなというか……」
「ふふふ、ダメです」
「えへへ、行こうアルフ」
「あーれー」
彼女たちの未来に幸多からんことを、とリニスは祈る。
祈るべき
筆者は原作知識に乏しいので、間違いなどあればご指摘ください。
出来る限り対応いたします。
……場合によっては、うちの独自設定になるかもしれませんが。
誤字脱字等あれば、報告お願いします。