魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 今回は短編番とほとんど変わりません。
 短編からの人はごめんなさい。

 9/10 バルディッシュの命名がフェイトの手に渡る直前と教えてもらったので、記述を一部変更しました。


第二話

 

 

 あの後、リニス先輩はしばらくしてからぼくに専用ストレージデバイスをくれた。

 盾型ストレージデバイス『ペルタ』。普段は銀の首輪形態で待機していて、起動すれば左前腕部に三日月形の盾が展開される。大きさは空戦機動や格闘戦の邪魔にならないように小さめ。

 『ストレージデバイスですからそこまで手間がかかっているわけではありませんよ。それに、どうしてもフェイト専用デバイス(あのこ)の制作がメインになってしまいますから』なんて言っていたけれど、シールド魔法の高速同時発動、並列運用の処理速度、精度はたいしたものだ。ペルタが防御魔法に特化したデバイスだということを差し引いてもそう感じる。

 インストールされている移動用シールド魔法――通称【タンバリン】もリニス先輩が【ラウンドシールド】を元に展開時の大きさ、性質をある程度変化させることが出来るよう改変した半オリジナルである。

 本当にリニス先輩には足を向けて眠れないよ。

 覚えるべきことがさらに多くなり、トレーニングは密度を増したが後悔はしていない。やらなくて後悔するよりはやって後悔した方が百倍マシだ。こんな考え方は前世では絶対しなかったので面白い。

 フェイトと共に日々レベルアップを重ねて順風満帆。まあ、目下の悩みごとは最近なぜだかフェイトの生き霊が見えるようになったってことかな?

 

《生き霊じゃない! ア・リ・シ・ア!》

 

 はい、いつものごとく現実逃避中であった。

 今、ぼくの前では半透明全裸のフェイト五歳児バージョンがぷかぷか浮かんでいる。ふと見かけて、「フェイト?」と話しかけてしまったのが運の尽き。《わたしのことが見えるの!?》と憑かれてしまった。

 こうしてよくよく観察してみれば表情豊かなふくれっ面といい、快活な雰囲気といいフェイトとはかなり違うんだけど。おもいっきり別人だ。

 ちなみに全裸についてはようやくここ最近耐性がついてきた。一年近くかかった……。顔色も変えずにフェイトの髪を洗ったり背中を流したり身体を拭いたりできるようになったのはいいんだけれど、何か大切なものを失くしてしまった気がしないでもない。

 

《もう、そんなんだからアルフ(バカ)って言われ――》

 

 言葉が途中で断ち切ったかのようにふっつり途切れる。半透明の身体も視界から消滅した。

 ……ふむ、やはりか。アリシアと名乗ったフェイトもどきの少女を認識できるのは【以心伝心】を使用中のみらしい。別にバカって言われたから聞こえなくしたわけじゃナイヨ? 確認しただけです。別に突然霊感に目覚めたとかそういうわけではなかったらしい。

 今まで【以心伝心】を室内で使用することって滅多になかったからな。せいぜい未習得の言語で書かれた本を読むのに使ったくらいで、それもリニス先輩からの言語学習が進むにつれて使わなくなったし。

 アリシアがテスタロッサ家内のみで発生する自縛霊のようなものだとしたら、今まで目撃できなかったのも不思議じゃないってことか。ちなみに今回は窓から鳥が遊びに来て、それと会話するために【以心伝心】を使いアリシア発見の流れに至った。

 ……それにしても、便利すぎるだろう【以心伝心】。コミュニケーション対象が幽霊なら霊感獲得も『意志の翻訳・伝達』の範疇に含まれる裁定なのだろうか。なんだかんだいって神様からもらった能力だけある。

 考察を終え、【以心伝心】をふたたび発動させると、アリシアが泣きそうになっていた。フェイトと同じ顔でそんな表情をされると罪悪感が募る。確かに突然無視した形になったわけだし、謝罪はするべきだろう。

 

《おーい、アルフ(バカ)ー? 返事をしてよー。ねえ、バカー? バカバカー?》

「誰がバカだバカって言うやつが一番バカなんだよバーカ!」

 

 スキル【幼児退行】発動! 特に転生特典とかではない。

 正体はともかく見た目五歳児に馬鹿にされるのがここまで腹の立つことだとは思わなかった! 『アルフアルフー?』みたいな感覚でバカバカ言ってんじゃねえ!

 この体、思いもよらないところで沸点が低いなーとどこか冷静な部分がつぶやく。他人事みたいに見ていないで止めてほしい。

 

《なっ、その理論ならあなたも一番バカじゃないバーカ!》

「じゃあ同列一位だよばーかばーか!」

《バーカバーカバーカ!》

 

 ――見苦しい光景のため中略。しばらくお待ちください――

 

 十五分後、そこには息絶え絶えになったぼくらの姿があった。……本当に何やってんだか。

 

「はあ、はあ……やめよう、不毛だ」

《ぜえ、ぜえ、そうね……》

 

 疲労困憊の末、休戦協定が結ばれたのであった。どうでもいいけど幽霊も疲れるのね。この場合は気疲れかも知れないけれど。

 なにはともあれお子様モードは終了。真面目な話し合いへと移行する。

 

「……アルフ?」

「っしぃ、フェイト、そっとしておいてあげなさい。あれは麻疹みたいなものですから。ふふ、アルフもそんな年頃になったのですね」

 

 と思った矢先、なんか遠くの方でフェイトとリニス先輩がこちらを見ていた。

 フェイトが摩訶不思議なものを見る目でこちらを見ていた。

 リニス先輩が微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた……。

 ……嗚呼(ああ)、あれだけ大声を出していたら何事かと見に来るのは当然だよね。

 状況説明、アリシアと言い合いしていたぼく。仮定、高確率でアリシアはぼく以外の人に見えない。結論、誰もいない空間に向かって馬鹿馬鹿叫んでいたぼくの姿がそこに。

 あの、リニス先輩? その『私はわかっていますから』みたいな表情で頷くのはどういう意味でしょうか。フェイトの肩抱いてどっか行かないで。言い訳させて。

 

《……えーと、大丈夫?》

「…………………ごめん、ちょっと待って」

 

 精神的に立て直すまでにもう少し時間がかかりそうだった。

 

 ――さらに十五分経過――

 

「おまたせ。さあ、話を聞こうか」

《おお、立ち直った》

 

 今いろいろ掻き集めて蓋をする作業が終了したばっかりだから、蓋をずらすような発言禁止ね?

 閑話休題。

 

「君は誰だ?」

《相手の名前を尋ねるときはまず自分から。礼儀のなっていない使い魔ね》

「――これは失礼いたしました。ぼくの名前はアルフと言います。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

《だから最初にアリシアって言ったじゃん。アルフってバカァ?》

「……ぼくは真面目に話がしたいのだけれど?」

《ごめんごめん。久しぶりの話相手だからつい、ね》

 

 アリシアはぺろりと舌を出した。フェイトではまず見られないであろう、いたずらっ子のような笑顔だ。

 その笑顔がすっと外見不相応な真剣なものに変わる。それは、彼女がその幼い姿のまま長い年月を過ごした(いびつ)さ、そして悲しさを感じさせる光景だった。

 

《わたしはアリシア――アリシア・テスタロッサ。フェイトのお姉さんだよ》

 

 彼女はそう名乗った。声に今までとは打って変わった決意をにじませて。

 ここまで似ていて、フェイトの肉親だということは予想していなかったわけではない。でも、フェイトに姉がいたなどという話は聞いたことがない。幼いフェイトに話すことではないと姉の死を秘密にしているのだろうか。そう考えると自然だが、なにやら嫌な予感がした。

 それは前からうっすらと感じていた違和感。フェイトから聞かされるボスの過去と、現在の食い違い。リニス先輩からこっそり教えてもらったボスが『娘』に向ける愛情と実際のフェイトへの態度。それほど多く顔を合わせたわけではないが、どこかまともではない空気を背負い、しかもそれが時を重ねるごとに顕著になってゆくボスの姿。

 アリシアという存在は今まで隠されていた違和感の正体を完成させてしまう最後のピース。本能がそう告げている。生まれて間もなく使い魔になったのだから野生の勘などとはお世辞にも言えないシロモノだが、経験的によく当たることは知っていた。

 

「フェイトにお姉さんがいたなんて話は聞いたことがないけどな?」

 

 我ながら声が固い。アリシアは悲しそうに微笑を浮かべた。

 

《そりゃそうかな。わたしが死んだのは、もうかれこれ二十年近く前になるから。……だからこう見えて、中身は二十歳を超えた立派なレディなんだよ?》

「見かけは幼女だけどね(しかも素っ裸)」

《幼女はあんたもでしょうが!》

 

 軽口に乗ってはみたものの、気分は晴れない。ちなみに今のぼくはこいぬ(チャイルド)フォーム人間モードである。

 二十年。『近く』ということで誤差で数年と考えれば、使い魔になる前の生前のリニス先輩がぎりぎり知り合いかもしれないというところか。

 人が変わるには十分な時間だ。

 

《こうして話が出来るのも何かの縁だし、お願いを一つ聞いてくれないかな?》

「唐突だね」

《わたしがこれから話す情報の対価ってことでどう? ただであげるには少しばかり重たいものだから》

「……何を頼まれるか、聞いてからでいいか?」

 

 アリシアは目を閉じた。まるで何かを覆い隠すかのように。まるでどこかから目をそらすように。誰かに祈るように。奇跡を願うように。助けを乞うように。

 最後の覚悟を固めるかのように。

 

《お母さんを、止めて》

 

 目を開いたとき、ぼくらの世界は決定的に変わった。

 聞かされたのはぼくの予想を、覚悟をあざ笑うかのような『真実』。

 『プロジェクトF.A.T.E』使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究。娘を失った母親が狂気に駆られるなかで見出し、不完全ながらも形にした、その結果が『フェイト』。ぼくの大切なご主人さま。

 アリシアはずっと母親を傍で見守ってきた。狂気に軋む母を、透ける手で抱きとめようとし、届かない声でいさめようとしてきた。

 違和感の正体は、これだったんだ。

 ボス――プレシア(話を聞いた後ではもう『様』はつけられない)にとって愛する『娘』はアリシアのみ。『フェイト』はただの失敗作。だからあんなにも冷徹に接してきた。日々鍛錬を積ませたのは、どうせ偽物ならせいぜい手駒として役立てようとでも思った、か?

 ふざけるな。

 

「……止めることに異論はない。でも、どうすればいい?」

《わたしの意志をお母さんに伝えて。もうわたしを生き返らせようとしないでって。フェイトと一緒に幸せに暮らしてって》

「ぼくが言っても納得すまい」

《わたしとお母さんしか知らないことを話すよ。それで信用してもらえれば……》

「それでもだめだ。どこかで知ったに違いないって思いこむだけだと思う」

 

 怒りはある。でも、それ以上に恐怖を感じる。

 怖い。理解できない。プレシアの生活はリニス先輩から伝え聞くところによると研究重視の心身をすり減らすようなものだ。それがアリシアという失った娘を生きら選らせるためだとするなら二十年間続けていたことになる。

 大切な娘だったとかそんな問題じゃない。どう考えても狂気の沙汰だ。そんな相手に他人が言葉でなにを言ったところで通じないだろう。

 

《じゃあどうしろって言うのっ。わたしじゃあ何を言ってもお母さんには聞こえないのに!》

 

 激高したアリシアの言葉がパチンと脳裏に当てはまる。

 

「ああ、その手があったな」

《え?》

「アリシアに直接説得してもらおう」

《で、できるの、そんなこと?》

 

 おおよそ二十年のあいだ不可能だったことをあっさり言われ、アリシアは不信以前に困惑している様子だった。

 ここは夢に満ち溢れているとは言い難いけど魔法の世界。リニス先輩に基礎から総合まで一通りは仕込まれている。

 

「補助魔法のひとつに【念話】という魔法がある。リンカーコアさえ起動していればデバイスなしで誰にでもできる基礎中の基礎なんだけど……。『情報を送る』という括りでいえば視覚映像や聴覚映像を送るのもそこまで変わらないんだ」

 

 もっとも情報の種類や量によってそれなりにしっかりと術式は組まないといけないけれど。消費魔力や手間暇を考えれば視覚情報や聴覚情報はそれ専用のマジックアイテムを使った方がお手軽なので【念話】以外はあまり使われていないし。

 だけど基礎知識としてリニス先輩にはしっかり習っているし、使い魔の能力があればプレシアの前で一から術式を組むことも可能だろう。魔導師としても優秀なプレシアだ。種も仕掛けもないことは見て理解できるはず。

 何より、狂気にとらわれるほど愛していた娘を、母親が見紛うはずがない――と信じたい。狂気にとらわれるあまり信じられないという可能性は見て見ぬふりをした。

 あとは【以心伝心】と並列で魔法を使用となるとぼくの魔力が保つかどうかという問題だけれど……そこは気合いでなんとか最後まで保たせよう。

 それにしても、とふと思う。

 この世界の魔法、難易度設定間違ってないか?

 

 

 額から脂汗が流れだす。足の感覚がもうない。

 どうしてこうなった。何度目になるか分からないぼやきを声に出さずに漏らした。

 ごめん、フェイト、ぼくはこの部屋から生きて帰れないかもしれない。

 

《もう、リニスがあれだけ言ってくれているんだからとっとと病院行ってよね。お母さんが倒れたら困るのはフェイトなんだから。あんまりリニスに迷惑かけないで。お母さんは全般的にリニスに頼り過ぎ》

「はい、すみません……」

《誤っているひまがあったら病院に予約入れる。今すぐ!》

「は、はい。ただいま!」

 

 ピ・ポ・パ・ポ・ピ(予約完了)

 

《そ・れ・に、お母さんはフェイトに甘えすぎだよ! 生きる目的は私に押し付けて、フェイトを否定することで精神の安定を図って、いい年なんだからそろそろ一人で立ったら!》

「で、でも、私はアリシアのために……」

《な・あ・に? 言い訳するの?》

「ご、ごめんなさい……」

 

 アリシアさんのスーパーお説教タイム。ぼくの中ではさっきからプレシアの印象が現在進行形で変わりまくりです、はい。

 おっかしいなー。開始十分は感動の母娘の対面だったのに、ほんとうにどうしてこうなった? 懸念した破局もなくプレシアはアリシアを認め、アリシアも触れられない母の胸に飛び込んだのに……。話を続けるうちに二十年近く狂気の研究を傍で見ていることしかできなかったアリシアの鬱憤が噴出してしまったみたい。

 ああ、どうしてぼくは雰囲気に飲まれて正座なんてしてしまったのだろう。しかもそのうえでアリシアに意味を聞かれたときに『お説教を受けるときの正式な座り方です』なんて答えてしまったのだろう。

 おかげで正座させられているプレシアから時々向けられる視線が怖い。慣れていないのに加え、いい年だから――今プレシアから向けられた視線に致死量の殺気を感じた。女性に年齢ネタは地雷らしい。プレシアが正座している手前、ぼくだけが胡座(あぐら)をかく度胸などあるはずもなく。

 

《ああ、またよそ見して。ちゃんと反省しているの?》

「ひい、ごめんなさい。反省してます……」

《声が小さい!》

「反省してます!」

 

 ほんと何これ。仁王立ちしている半透明全裸幼女の前に並んで正座している、白衣のマッドサイエンティストとその娘の使い魔こちらも見た目幼女。シュールな光景にもほどがある。

 うーん、ていうか。フェイトはアリシアのクローンなわけだから姉妹というより親子の方が近いんじゃ。だったらフェイトの娘みたいなもんのぼくにとったらアリシアはおばあちゃ――ひっ、アリシアの視線が! 学習しようぼく。恐怖と痛みのあまり思考が迷走してるっぽい。

 

 ――まあなにはともあれ、とりあえずはベストといってよい結果が出たわけ、か。

 アリシアは間違いなく怒っているけれど、それでも自分が怒っているという事実に対してどこか幸せそうだし、プレシアも求めてやまない娘と対話している今、これまでにない柔らかさを雰囲気に感じる。これがアリシアの知っている、リニス先輩から教えてもらった作文に書いてあったような『お母さん』の片鱗なのだろう。

 予想以上の(というか想定外の)負担を強いられているとはいえ、魔力にも精神力にもまだまだ余裕がある。【以心伝心】と視覚、聴覚情報の共有は母娘の会話が終わるまで続けることが可能だろう。

 

《アルフから失礼な念を感じた気がしたけれど……まあいいや。じゃあお母さん、きちんと反省して、もうわたしを生き返らせようとしないでね?》

「っ、それは――!」

 

 今まで唯々諾々と説教を受けていたプレシアが、はじめてアリシアの意に反する姿勢をとった。

 まあ当然だ。プレシアはアリシアを失ってからこの十数年、ただそれだけを目的に生きてきたといっても過言ではないのだから。

 

「チャンスをちょうだいアリシア! 必ず、ぜったいにあなたを生き返らせて見せるから!」

《っ、ダメだよ。わたしはもう死んじゃってるんだもん。お母さんはもう過去ばかり見てないで、わたしの分までフェイトを愛してあげて、幸せにしてあげて》

「私にとってアリシアは過去なんかじゃないわ! フェイトとあなたは違うの!」

《またそんなこと言って! いい、フェイトは――》

「アリシアはアリシア、フェイトはフェイトよ! どちらも大切な私の娘だわ。……アリシアに言われて気づいた。私はアリシアも、フェイトも、二人とも愛していた、愛している。どちらかの分をどちらかにまわすことなんて、出来ない。二人とも大切なの!」

《じゃあお母さんは――!》

 

 アリシアの顔がくしゃりと歪んだ。言ってほしくない、聞きたくない。でも聞かないと。ぼくはそのためにここにいるんだから。

 

《わたしを生き返らせる方法を、見つけることが出来たの?》

「そ、れは……」

 

 プレシアは唇を噛みしめた。食い破られて、血が流れ出す。それが答えだ。

 

《だからもう、いいんだよ……おかあさんはさ、この二十年、がんばったじゃない……大天才のおかあさんに無理なら、きっと……他の誰にも無理なんだよ……もう、いいでしょう……お願いだから……》

 

 もう死者(わたし)には、とらわれないで。

 

 アリシアは泣いていた。

 どうしてこうなっちゃうんだろう。さっきまで、あんなに幸せそうな親子だったのに。

 

《たしかに短い人生だったよ……後悔がないなんて言わない……でもね、わたしは幸せだった……おかあさんの娘だったおかげで、幸せな人生がおくれたんだよ》

 

 だからもういいの。フェイトと、リニスと、アルフと、お母さんは幸せになって。わたしはもう十分、お母さんからもらったから。アリシアが言葉を紡ぐたびにプレシアの拳がますますきつく握りしめられ、血が滴る。震える肩は今にも砕けそうだった。

 絶望? 無力感? 気持ちがわかるだなんて、口が裂けても言えそうにない。

 

《今度は、おかあさんの番なんだよ》

 

 涙でぼろぼろになった笑顔。こんなにも綺麗で悲しい笑顔、生きているうちに見ることになるとは思わなかった(一度死んではいるけど)。

 

「でも、アリシア、あなたは、まだ……」

 

 見るに堪えない。

 じゃあどうする? ハッピーエンドを探すのか。

 ――じつは手掛かりならある。アリシアが生き返る手掛かりなら、ぼくの中に。

 でも、それは正しいのか? 死者を生き返らせるなんて、許されるのか?

 いや、そうじゃないな。正しいとか正しくないとか、そんなもの言い訳、ごまかしだ。ぼくはただ、これを知られるのが怖いだけで――。

 

「……なんですって?」

《……アルフ、それ、ほんとう?》

 

 気がつけば、空気が止まっていた。

 あれ、もしかして…………漏れてた?

 どちらが獣かわからない獰猛な勢いでプレシアの腕がぼくの襟首を捕え、息を継ぐ間もなくがくがくと揺さぶられる。

 

「話しなさいっ! いま、すぐ! でまかせだったら承知しないわよ! 瀬戸際なのっ!! アリシアが、帰って、くるかの!」

 

 あー、疲労で制御が甘くなってたのかなーなんて現実逃避している場合ではないことはさすがのぼくでもよくわかるよ。

 

《お、お母さんおちついて。なんか泡吹いてるよ。顔色紫だしチョーク入っちゃってるかも》

 

 アリシアの口添えでなんとか九死に一生を得た。しかしぼくのピンチはまだ終わらない。プレシアは殺気立った目でぼくをにらんでいるし、アリシアも真剣な目でぼくを逃がさないように見つめているのだから。

 いや、そう感じるだけ、か。すがるような光をその目に感じるのも、ぼくの心がなせる業か。

 理不尽な運命に一生を狂わされたアリシアとプレシア。神も仏も、奇跡も救いもない人生を歩んできた彼女たちを、『かみさまの奇跡』で救うことが出来るんだったら――。

 覚悟、決めるか。

 

「……話します。でも条件が、いや、お願いがあります」

 

 そう、切り出した。

 

「……何かしら」

「今までの話を、フェイトと、リニス先輩に。これから行うことが成功すれば、どうせ二人にも秘密ではいられませんし、それに――」

 

 これはぼくの根源にかかわる話でもある。それをさらして、そこから前に進むのだったら、ぼくの大切な人たち、みんなと歩いて行きたかった。

 

 ぼくは自分が転生者であるということを、これから打ち明ける。

 

 

 

 




 戦場で【念話】が機能すれば従来の情報戦は一変すると思います。
 原作無印段階では対象を意識できていれば距離も障害物も関係なく通じ、さらに魔力回復中のユーノでも使えるほど魔力の消費が少なく、加えて両者ともにデバイスいらずみたいな雰囲気でしたからね。
 もしかしたらのちのち修正されているのかもしれませんが。


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