魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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 原作知識を確認して編集作業をしていたために、原作開始前編をまとめて投稿することになりました。

 この後、閑話を一つはさんで原作開始編に移りたいと思います。

 今回は軽めのバトルシーンを入れてみました。


第四話

 

 あの日から一週間、特に悪夢にうなされるということもなく、ぼくは普通に生活している。強いて言えば眠りがやや浅くなったかもしれないが、それも気のせいと片付けられるレベルでしかない。

 

 あの転生者からもたらされた情報は、アリシアと相談して二人きりの秘密にした。

 話したところでどうにかなるとは思わないし、過ぎた知識は破滅を招く。ぼくが何かに巻き込まれていることはほぼ確実だが、正体がわからないのだから対策の立てようがない。

 余計な心配をかけたくないと言えばそれまでだけど……。

 自分でもベストの選択だとは考えていない。実際、アリシアの説得は難航し、最終的に有事の際にはアリシアの独断で情報をテスタロッサ家に公開する権利を取り付けさせられたし。……アリシアは鼻息を荒くしていたけど、どうやってぼくがいないところで情報を伝えるつもりなんだろうね。うふふ。

 でも、まあわがままを通すくらいは許してほしい。

 フェイトにはプレシアの実験でおとな(アダルト)フォームになったと説明し、プレシアとリニス先輩には侵入者は排除したとだけ伝えた。フェイトにはともかく、プレシア達には嘘は伝えていない。相手の深読みをいいことにフェイトに対しての口裏も合わせてもらったし。

 

 あの戦いで手に入った転生特典だが。

 

 ▽

 能力名:【神喰らいの魔眼】

 タイプ:アクティブ/フラグメント(1/3)

 分類:法則改変

 効果:他者の転生特典を打ち消す。

 △

 

 正直なところ使えたものではなかった。

 燃費が悪くて短時間の使用で魔力がごっそり削られるし、『他者の転生特典を打ち消す』能力なので自分に使って効果のほどを検証することが出来ないし、これほど魔力を消費するなら転生者同士の実戦で使用することもできない。

 あるだけ無駄。この燃費の悪さがあの転生者の魔導師ランクSSSを前提にした仕様なのか、タイプのところに表示されてある『フラグメント(欠片)』のせいなのかさえわからない。後者の可能性がいささか高そうだけど。

 倒した相手の転生特典が手に入るなんて、転生者同士の殺し合いを前提にしているみたいで気分が悪い。そういえばあいつ、糧になれとか言ってたっけ。秘匿されていた情報の中に、そこらへんの手掛かりもあったのかもしれない。『糧』というには役立たずにもほどがあるんだけど……。これ以上考えるのがいやになってきたな。自覚されない『糧』があるのか、この『1/3』の表示が2/3になり3/3になる方法があるのか。どっちにせよ、ろくな未来につながってなさそうだ。

 

 やーめたやめた。暗い話題はここでおしまいっ。

 今日はせっかくのフェイトとの模擬戦なんだから、それに集中することにしよう。

 リニス先輩が以前から作成していたフェイト専用デバイスの作成が、ようやく終わったのだ。調整後の慣らしを兼ねているので、模擬戦というよりは試運転といったほうが正確かもしれない。

 今のぼくはフェイトとの模擬戦に向けて一通りアップ中。一見何かを考える余裕などない動きに見えるけど、身体に馴染んだ動作の連続はむしろ思考の一人歩きを誘発する。おかげでつまらないことを考えてしまった。

 漫然と体を動かすなんて百害あって一利なしだからね、集中しないと。フェイト相手の模擬戦で雑念にとらわれれば危険だし、なによりもったいない。ちなみにフェイトはリニス先輩と最後の調整で遅れてくる。

 噂をすれば影が差すとばかりに、ぼくが考えるタイミングに合わせたようにフェイトがやってくるのが見えた。後ろにはリニス先輩の姿も見える。そういえば『噂をすれば』ってことわざ、前半はよく使われるけど後半は省略されることが大半だね。すごくどうでもいいけど。

 

「お待たせ、アルフ」

「んーん、いま来たとこ」

「何をわけのわからないことを言っているんですか?」

 

 リニス先輩が苦笑した。まあ、別れる前は一緒に行動していたわけだしね。どのくらい待たせたのか、向こうは把握している。でも一度は言ってみたいセリフだったんだよ。

 ぼくの目が、フェイトの手に握られた黄色いエンブレムにとまる。

 

「で、それが?」

「うん、バルディッシュ」

「“Nice to meet you”」

「ん、初めまして。ぼくの名前はアルフです」

 

 それ以上の返答は特になかった。伝えるべきことは伝えた、ってことかな。無口だ。別に嫌いじゃないけど、ぼくも口下手だから相手が無口だと互いに沈黙したまま気まずい空気が場を支配する傾向があるんだよな。いや、内弁慶だからテスタロッサ家に対しては饒舌だけど、さ。

 それにしても、AIは男か。……いや、自分でも何言ってんだコイツ、って思うんだけどさ。純粋無垢なフェイトを見ているとどうしても過敏にならざるをえないというか。将来フェイトに恋人が出来たら意地悪な理解のない小姑(こじゅうとめ)になる自信ばっちりである。いいや、フェイトは誰であろうと嫁にやらん。どうしてもというならぼくとリニス先輩と、(スーパー)プレシアを超えていくんだな……無理じゃね?

 

「それでは始めましょうか。広域結界を展開しますね」

 

 ちょうどいいタイミングでリニス先輩が思考をぶった切ってくれた。くだらない思考から解放されたぼくは、フェイトと適度な距離をとる。結界の展開により周囲が世界から隔絶され、幕を一枚かけたかのように色褪せた。森しかないとはいえ、自然破壊は避けないとね。

 

「バルディッシュ」

「“Get set”」

 

 フェイトの声に応え、武骨な黒い斧槍がフェイトの手に展開された。中心にはめ込まれた金色のクリスタルが一瞬、獣の瞳のように禍々しい光を放つ。同時にバリアジャケットが構築され、黒いマントが大きく翻った。凛々しくてかっこいい。さすがだ。

 ふむ、フェイトのスタイルを考えれば当然と言えば当然だけど、ある程度接近戦を前提に構築されているみたいだな。……それにしても、あのバリアジャケットのデザインはなんとかならないものか。前世の記憶のある身としては『スカート付きレオタード』にしか見えなくてとても精神的に毒なのだけれど。スピード重視のフェイトには仕方のないことだとわかっているんだけどさ。

 今はまだマシだけれど、還暦直前でもボディラインがほとんど崩れていないプレシアの遺伝子を正しく受け継いで発育を遂げたフェイトが、将来的にもあのデザインで戦うのかと思うと、アルフさんはわりと真面目に心配です。

 

「――ペルタ、セットアップ」

 

 雑念を振り払ってぼくもデバイスを起動。バリアジャケット構成と同時におとな(アダルト)フォームに移行する。

 フェイトとの距離は約百二十メートル。一足飛びでぼくが踏み込める距離ではないが、全速のフェイトなら距離を詰めるのは容易だ。ただし、クロスレンジではぼくに分がある。フェイトが初手をどうするかが勝負の分岐点のひとつとなるだろう。

 フェイトの表情からは何も読み取れない。リニス先輩の教育の賜物で、戦闘中に相手を威圧し、迂闊に情報を与えないための冷たい無表情。まあ、【明鏡止水】を起動した今のぼくも似たような表情になっているんだろうけど。

 

「ルールを説明します。有効打を一発入れた方が勝ち。質問はありませんか?」

「倒してしまっても構わないのでしょう?」

 

 何故だろう。聞いた瞬間に善戦はできても絶対に勝てない気がした。苦笑しながら答えるリニス先輩。

 

「ええ、試運転を兼ねているとはいえ、あくまでも模擬戦ですから。ただ、出来る限り多くの魔法を使用してもらった方がデータを取る身としてはありがたいですね」

「りょーかいです」

「……わかった」

 

 最初の数手は一撃必殺を出来る限り避けることにしよう。フェイトも同じ意見なのか、リニス先輩に対して軽く頷いた。ぼくといいフェイトといい、相手が実力を出し切る前に技やスピードで圧倒するスタイルだから、それでは純粋な実戦データが取れるわけではないけれど、初運転で耐久度テストまでするのは気が引けるしね。

 

「いいですか、それでは始めてください」

 

 言葉の余韻が消える前にフェイトの姿が視界から消失した。最初からトップスピードか。死角に対して蹴りを放つと、上手く武器で受けた感触が伝わってくる。うん、まあ定石通り。ただの確認作業。フェイトの速度があればこの距離ならむしろ正面突破の方が隙をつけるしね。

 上手く攻撃をいなされたぼくの体勢は崩れつつある。一方フェイトはまるで鎌のように変形させたバルディッシュを振りかぶり、一撃の構え。このままだと綺麗に首が狩られるだろう。

 かわすのではなく内側に踏み込んで迎撃。あの魔力刃の形状上、有効範囲内を潰すのはそんなに難しいことではない。しかし、マントで死角になっていた部分から無詠唱で用意されていたフォトンスフィアが顔をのぞかせる。

 やあこんにちは。

 放たれる【フォトンランサー】を盾で弾いて、その勢いのままフェイトの突き出された右腕を捕えにかかる。もし掴めたら極めるなり投げるなり至近距離から瞬発力をフルに活用して打撃をたたきこむなりしたが、フェイトは攻撃の反動を利用して離脱、距離がとられて仕切り直しの形となった。

 開始からおよそ三秒。ここまでは約束組み手に近い。お互いがお互いの動きを予測して動いているし、予測されていることを承知の上で行動を変更していない。

 

「“Arc Saber”」

 

 金色の魔力刃がブーメランのように飛んできた。これは初めてみるな。軌道が変則的で読みにくいし、切断以外にどのような追加効果が付随しているかもわからない。でも、大きくかわせばその隙に大技や連撃が飛んでくるだろう。圧縮魔力の光刃を飛ばすというこの技の性質上、間をおかずに連続使用は難しいだろうが。

 とりあえずは鍛え上げた空間把握能力を使って、紙一重でかわしてみる。速度そのものは大したことないけど。

 

「セイバーブラスト」

「“Saber Blast”」

「……っち」

 

 爆発しやがった。【プロテクション】で防げるレベルだが、与えてしまった隙がまずい。予想通りというか、フェイトの周囲に無数のフォトンスフィアが発生する。

 

「【フォトンランサー・マルチショット】――ファイア!」

 

 降りそそぐ雷の槍。ぼくの【プロテクション】でこれを防ぎきるのは難しい。腰を据えれば耐えきることは可能かもしれないが、そこからはフェイトに主導権を握られることになるだろう。攻撃に使用するための時間をまとめてプレゼントするようなものだ。

 フェイト専用のデバイスだけあって意志疎通は十分みたいだし、処理速度、魔法の威力共に上昇していることが確認できた。小手調べはここまで、ということかな。

 フェイトが新しいデバイスと新しい魔法をもってこの場に望んだように、ぼくもとっておきを用意しておいた。ペルタに術式を走らせながら地面を蹴って浮かび上がる。

 空中戦の開始。ここからが本番だ。

 【タンバリン】の攻防一体バリエーション。フェイトの目にはどう映るかな。

 【ラビリンス】――発動。

 

 

 バルディッシュを紹介した時、少しだけアルフの表情が曇ったことにフェイトは気づいていた。

 以前、『道具が言葉を話すのが気持ち悪い』と語っていたが、その気持ちは今でも変わらないのだろうか。出来るならふたりには早く仲良くなってほしいと素直に思う。かたや大切な相棒、かたや大事なパートナーなのだから。

 だいたい、あのときアルフは『人間嫌いだった前世の弊害』と言っていたが、それならむしろ言葉を話す道具を嫌うのはおかしいのではないか。道具と割り切ってしまえば意志疎通ができるのは便利なことだ。言葉を話すのは人間であり、その人間に特別な思い入れがあるからこそ人語を解すインテリジェントデバイスを彼女は嫌うのではないだろうか。

 ――アルフは自分で気づいていないみたいだけど、アルフにとって大切なものって意外と多いよね。

 そんな自らの使い魔の在り方をフェイトは愛しく思い、一抹の不安を覚える。アルフは他者に向ける注意とは裏腹に、自分に対して驚くほど無頓着だ。自分勝手というのとは少し違う。自分が傷ついていることに、自分で気づけない。彼女が自覚した時にはすでに、取り返しがつかないところまで何かを失い、傷ついてしまっているかもしれない。

 そうならないためにも、フェイトは守れるだけの力を望む。アルフが自分とその世界を全身全霊で守ってくれるように、自分もアルフとその大切なものを守ってあげたい。

 決意を新たに、フェイトはリニスの合図とともに模擬戦に意識を集中させた。

 

 序盤はほぼ互角。というより、お互い小手調べの意識が強い。

 周囲には森もあるが、開始時点ではお互いが視認できる位置にいた。これはフェイトにやや有利な条件だ。森の中の全力移動はフェイトには難しいが、アルフにとっては逆だ。しかし、この条件ではじめてしまえばアルフがうまく誘導しない限り戦場が森の中に移動することは無いし、フェイトはあっさり地の利を明け渡すつもりなどない。このまま障害物のない空中に戦場を移行するつもりだった。

 ここまでフェイトはアルフの行動を予測できたし、それはアルフも同様だろう。バルディッシュは期待通りに働いてくれている。

 アルフにとって初見の魔法である【アークセイバー】で生み出した隙をついて【フォトンランサー・マルチショット】を撃ちこんだ。かわすにしろ守るにしろ、次の攻撃までの隙はできるはず。

 【タンバリン】を発生させ、それを足場に空中に飛び出すアルフ。ここまでは想定内だったが、まるで夕日を湖の水面に乱反射させたかのように周囲一帯を無数のオレンジ色の円盤が飛び交うのは予想外だった。幻想的な光景に一瞬見とれそうになる。

 【タンバリン】の複数同時展開。総数は実に七十二。しかも展開後にその座標が常に変更されている。これではフェイトは全力で動き回ることが難しくなる。一方のアルフは無数の足場を得て無規則な動きでフェイトを撹乱していた。さすがにすべてを制御出来ているとは思えないが、あの動きから察するにどのようにシールドが動くかは完全に把握できているのだろう。

 おそらくは、ある程度規則性をつけてプログラミングしているのだろうとフェイトは予測した。実際それは正解で、【ラビリンス】は六枚のシールドを一組としてフォーメーションを登録し、合計十二グループの【タンバリン】をプログラムに沿って指揮する技であった。

 しかし、いくら予想がつけられたとはいえこれだけの数だ。しかも絶えず位置を変更している。初見でパターンを見抜くのは不可能に近い。

 ――でも、こちらが利用できないわけじゃない!

 【タンバリン】はフェイトに追いつくためにアルフがリニスと共に編み出した魔法であるが、フェイトとて使えないわけではないのだ。何度か練習したこともある。手始めに近くにやってきた一枚を蹴り、初速をつけようとした。

 

「えっ?」

 

 しかし、そのシールドはフェイトの体重を支えることなくあっさり砕け散ってしまう。体勢を崩したうえ、一瞬とはいえ茫然としてしまったのが致命的な隙となった。

 

「“Sir!”」

「しまっ――」

「はあっ!」

 

 アルフの突きがフェイトの鳩尾に深々と突き刺さる。バリアジャケットがあるとはいえ、ただでさえ薄いフェイトの装甲はショックブローの威力を防ぎきることが出来なかった。

 

「かはッ」

「そこまで! アルフの勝ちです」

 

 リニスの宣言に伴い、呼吸困難と打撃のダメージで飛行の制御を失いかけたフェイトをアルフは抱きかかえて着地する。

 

「“Thank you Arf”」

「気にするな」

 

 バルディッシュの礼とアルフの笑顔が模擬戦の終了を告げた。

 

 模擬戦終了後、フェイトはアルフから【ラビリンス】の説明と種明かしを受けていた。

 

「六枚一組のシールドは、実は【タンバリン】の特性を生かしてどれも微妙に構造を変えてあるんだ。大きさ、反発力、耐久性、移動速度とかね。中にはフェイトが踏み抜いたあれみたいに相手が利用しようとすることを見越して極端に耐久性を低くしたトラップもある。シールド系は表面に術式が表示されるから、よくよく観察すれば気づいたはずだよ」

「あんな短時間じゃさすがに無理だよ……。あーあ、くやしいな。あっさり終わっちゃった」

 

 バルディッシュとリニスはデータ解析と調整のために先に帰宅している。クールダウンと反省会を兼ねて、フェイトはアルフと一緒にアルトセイムの森を会話しながら散歩していた。

 誤解なきように言っておくと、今現在のアルフとフェイトの力量を比べるとフェイトの方がはるかに上である。ただ、アルフが毎度毎度奇抜な発想で意表を突くため模擬戦の戦歴はほぼ五分五分だが。

 あっさり流したように見えてフェイトの心の中でくやしさがくすぶっている。もともと負けず嫌いな一面があるが、アルフの強さが認められないというわけではない。むしろ自分への失望が強い。せっかくリニスがデバイスを作ってくれたのに、模擬戦は五分もしないうちに終わってしまった。明らかに自分の力不足だ。バルディッシュにも申し訳ない。それに、こんな体たらくではアルフを守れない。

 

「フェイトには見分け方をマスターしてもらうつもりだよ。そしてぼくと連携技を開発しよう」

「……何かあるの?」

 

 だから貪欲に可能性を吸収する。いたずらっ子のような笑みを浮かべるアルフの顔を、フェイトは真剣に見つめた。

 比較対象が少なく、周囲に規格外しか存在しないといってよいテスタロッサ家。まともな魔導師なら発狂しかねない発想も、知識を蓄えている途中の少女からすれば新たな知識のひとつでしかない。

 今ここで一人の少女の常識が、とんでもない方向にねじ曲がろうとしていた。

 

 

 転生者に遭遇したあの日から、一年の歳月が経過した。

 

「あれ? ねえ、アルフー、十巻知らない?」

「今アリシアが読んでるよ。十一巻はぼくが読んでいる途中」

《ごめんねー、フェイト。もうちょっと待ってねー》

「うー。……わかった」

 

 あれ以来、他の転生者には遭遇していない。特に事件も起こらず、平和もいいところだ。

 一年前のあの日、ぼくは『原作』がいつから開始されるのか、ヒロインたるフェイトがどのような物語を紡ぐのか聞かなかった。単純に思いつかなかったというのもあるが、思いついたところで聞いたかどうかは微妙だ。

 テスタロッサ家はぼくの存在によって大きく変化した。ぼくじゃない『アルフ』がどのようなキャラクターだったのかは知る由もないが、転生特典なんてものはもっていなかったはずだ。

 ぼくから見れば魔法も幽霊も同じ非常識で、この世界はこんなものなのかと納得するだけだが、この世界の魔法は超科学。幽霊はオカルトとして認識されている。これがきっと、この世界の世界観なのだろう。もしもアリシアの存在が確認されていなければ、物語は大きく変わっていたはずだ。『原作知識』が足かせになりかねない。

 未来を知るのが怖いとか、この世界が『物語』になってしまうんじゃないかという不安が皆無といえば嘘になるけど。

 

 この一年でアリシアの蘇生呪文は基礎が完成し、後は細部を調整するのみとなっている。ぼくが実験体になる必要性もなくなり、生活に余裕がでてきた。

 もちろん鍛錬は欠かしていない。フェイトは単体で魔導師ランクAAA+並みの実力を誇っているし、ぼくと連携すれば病魔から解放され娘たちへの純粋な愛情によって覚醒した(スーパー)プレシアとだって互角に戦える……かもしれない。あれは本当に理不尽な存在だから。

 そんなぼくらが今何をしているかというと、MANGAを読んでいます。日本が世界に誇る文化のひとつ。たとえそれが異世界であろうとそれは変わらない。

 この一年でますます遠慮のなくなったぼくはマンガやアニメを所望し、リニス先輩は見事にそれに答えてくれたのだ。前世で活字中毒患者だったぼくは正直なところ小説も欲しかったのだが、文字ばっかりではアリシアとフェイトにはハードルが高いので今回は我慢した。

 短いオノマトペやセリフの一言二言だけでも活字が体に沁みわたる感覚がしたけどね。くそっ、犯罪的だ!

 管理外世界の文化が色濃く出るこういうものは規制が厳しいらしいが、リニス先輩は本当に有能だ。なんでも昔、アレクトロ社という会社にプレシアが勤めていたときに法律関連でひどい目にあったらしく(その話をするときのプレシアの表情は般若が美人に見えるレベルだった)、それ以来リニス先輩ともども法律のグレーゾーンには『少しばかり詳しく』なったらしい。……天才はこれだから。怪物を生み出す一助となったアレクトロ社にはぜひとも文句を言いたい。

 それはともかく、アニメはともかくマンガがバトルメインの少年漫画ばかりなのはなぜだろう。管理局の方針なのか、リニス先輩の趣味なのか……真実は闇の中だ。

 ぼくとしては見えていないのをいいことに『波ー!』と両手を重ね合わせて何かを撃つ練習をするアリシアが見られて大変満足なのだけれども。成功したら教えてくれ。

 ちなみにフェイトの場合はアニメの影響で埋めたドングリを屈伸運動で芽吹かせようとこっそりアルトセイムの森の中で踊っていた。目撃した時は『萌え死に』の意味を理解したね。わかるよ、フィクションだとわかっていても試してみたくなったんだよね。うちのフェイトさんはマジで純情です。

 そんなこんなで、いまテスタロッサ家では日本ブームが起きていたりする。

 

《アルフー》

「はいはい」

 

 アリシアの要求を受け、自分ではページをめくれない彼女の代わりにページを進める。

 けして片手間と思うなかれ。確かに視線はマンガに集中しているが、きちんとマルチタスクでアリシアの言動にも注意しているのだ。日常生活で使用できてこその身に着いた技術だよね。

 三人――見方によっては一人と一霊と一匹――でフェイトの自室でのんびりまったりしていると、コンコン、と控えめなノックがなされた。これだけで相手が特定できてしまうテスタロッサ家。リニス先輩くらいしかいない。

 

「どうぞ」

「失礼します。――フェイト、アリシア、それにアルフ。プレシアが呼んでいるので研究室まで来てもらえませんか?」

 

 フェイトの許可を経て入室したリニス先輩は一礼した後、開口一番にそう言った。

 

 物語が、始まる。

 

「『ジュエルシード』?」

 

 研究が安定期に入ったと言えば聞こえはいいが、要は行き詰ってきていたのだ。

 理論はすでに完成している。しかしその理論がくせもので、術式の起動に必要な魔力は人間の保有できる魔力量をはるかに超えていた。腐っても神様のなせる技、ということか。

 魔導師ランク『条件付きSS』を持つプレシアが『時の庭園』のバックアップを受けても必要量の半分にも満たない。目下の研究は、その魔力をどうやって確保するかということだった。

 

「ええ、ロストロギアの一種で、膨大な魔力の結晶よ。本来は願望を叶える道具なのだけれど、今回重要なのはその膨大な魔力。つい先日、管理外世界九十七番、日本の海鳴市に落ちたことが確認されているわ」

《日本?》

 

 アリシアの期待に満ちた問いかけはひとまず置いておいて、プレシアは説明しながら空中のモニターに『ジュエルシード』の資料を映し出した。

 ……これは、また。

 

「ニトログリセリンみたいに不安定なやつだな。本当に使えるのか?」

「ノーベルだってダイナマイトを発明したでしょう? 安定器を外付けすれば魔力電池としての使用なら十分可能だわ」

 

 なるほどね。ひとまず納得した。いつ暴発するかわからない危険物が散乱している海鳴市に在住の方々にはお気の毒だが。

 それにしてもプレシアさん、あっさりニトログリセリンからノーベルにつながったけど、どこまで地球の知識を把握しているんだろう。たしかにこの一年で、ぼくの影響で地球、というか主に日本の知識がテスタロッサ家で蔓延っているけど。もしかして、娘たちから質問を受けたときのために時間の合間を縫って勉強したのかな。

 マンガやアニメで異文化を勉強するのって、どうしても傾向が偏るよね。反省はしないが。少年漫画ばかりだったのはぼくの責任じゃないし……。

 

 

「でもなんでわざわざ日本なんかにばら撒いたんだ? いっそ事故に見せかけて回収していれば楽だったのに」

「失礼ね。あれは本当に事故よ」

 

 表情からして本当みたいだが、事故が起こっていなければ『事故』が起きたに違いない。

 

「で、話はここからなんだけれど、あなたたち三人には海鳴市まで旅行に行ってきてほしいの」

「そんでもって善意の旅行者がたまたま危険なロストロギアを発見し、そのの封印を行う、と。管理局に提出するまでに少しタイムラグが発生するかもしれないけれど、管理外世界だから仕方がない」

「そういうこと。ね、いいでしょう、お願い」

 

 プレシアはウィンクすると、大仰な動作で手を合わせてぼくらを拝んだ。この一年でプレシアの性格がだいぶはっちゃけた気がするが、天真爛漫なアリシアと純粋無垢なフェイトの母親だと思えば納得できる。むしろこちらが本来の在り方なのだろう。

 

「わかった。いこう、アルフ、お姉ちゃん……!」

 

 母さん大好きっ子のフェイトには効果抜群だ! ぼくからしてみればもうすぐ還暦なんだから年を考えろと――ごめんなさい何も思っていません。無詠唱即時展開で【プラズマザンバー】をセットするなんて非常識な真似しないでください。デバイスどっから出した。

 (スーパー)プレシアマジパネェ。

 

「え、えと、確認しておくべきことがいくつかある。拠点と身分証明書は?」

「……ふん、まあいいけど。拠点は海鳴市郊外にマンションを用意したわ。パスポートも発行済みよ」

 

 フェイトには戸籍がない。以前は人形扱いされていたため、今は注目を集めないため仕方がなく。おそらく用意されたパスポートの『フェイト・テスタロッサ』とプレシアの娘フェイトは別人ということになっているだろう。

 死者蘇生は禁呪だとかいう問題ではない。悟られるわけにはいかないのだ。いまプレシアが用意しているのはアリシア専用だが、死んだ人間をよみがえらせる方法が理論として確立しているのは事実なのだから。亡者どもを寄せ付けないために、フェイトとアリシアに幸せな人生を送ってもらうために、誰にも知られるわけにはいかないのだ。

 だがこういうときに戸籍がないのは便利なのも事実。プレシアとリニス先輩、そしてその『関係者』が出向いては注意をひいてしまう恐れがある。条件付きとはいえ、プレシアは魔法世界に数パーセントしか存在しない魔導師ランクSSの実力者なのだから。管理外世界とはいえロストロギア事件に前後して渡航していれば関連付ける人間も出てくるだろう。

 

 ……しかし前から気になってはいたんだけれど、交易のないはずの向こうの通貨をどうやって取得しているんだろう。藪をつついて蛇を出す趣味は無いので聞いてはいないが。

 ちなみに、すべてが終わったあと、フェイトとアリシアを学校に通わせる計画は着々と進行中だとリニス先輩から聞いた。本当にプレシアに法律の勉強をさせる原因になったやつらには猛省を促したい。そろそろプレシア万能説が提唱される頃合いだ。

 学校に通うこと自体については賛成だが。むしろその一点に関して言えばアレクトロ社よくやった。自分のことは棚に上げて言うが、子供は同年代の友達を持つべきだよ。むかしの自分に出来なかったことを子供に望んでしまうのが救われない親心というものです。

 

「二十一個全部集める必要はあるのか?」

「理論的限界値でも最低三個は欲しいところね。余裕を見積もって五個、実験とか調整に使うことを考えると十個あるとありがたいわ」

「多ければ多いほどいいってことね、了解。ところでジュエルシードを電池として使用後、返却って可能なの? なくなったりしない?」

「それは大丈夫よ。ジュエルシードは魔力結晶であるとともに願望の器。魔力を使いきったところで器は残るわ」

「器しか残らないんじゃないの、それ……? ま、いっか。じゃあ次、『お願い』の性質上、連絡を密にするってわけにはいかないと思う。単刀直入に聞くけど大丈夫?」

 

 ぴし、とプレシアのすべてが止まった。壁際でぼくらを見守っていたリニス先輩がそっと歩みより、その肩を抱く。

 (スーパー)プレシアの欠点、それは娘成分を定期的に補給しなければならないということ。

 アリシア、仮にも母親なんだから無視してないで、《やっぱりアキバにはいかないとねー》とか心底うれしそうに旅行の計画立てない。『遊びに行く』のだけど、遊びに行くんじゃないんだよ。でもアキバは賛成だ。前世ではなんだかんだいって行く機会に恵まれなかったからね。

 

「だだだだ、大丈夫よ! 可愛い娘たちのためですもの、耐えてみせるわ!!」

《うーん、やっぱりわたし、残ろうか?》

「あ、アリシア……!」

「アリシアが残ってもアルフはフェイトについていくでしょうから、結局話せませんからねー。私はついていくべきだと思いますよ?」

「り、リニスゥゥゥゥ! …………え、ええ、そうね。アリシアは旅行楽しんできて。お土産、たのしみにしているから」

 

 めっちゃ震えとる。血涙流してまでいうことかい。

 

 本当は行かせたくないんじゃないかと思うほど旅行の注意事項や禁止事項を並べたてるプレシアを放置して(本音は考えるまでもない)、『日本にいく』という事実に思いをはせる。

 久しぶりの里帰り。いや、たぶんぼくのいた世界とは別のパラレルワールドだろう。ノーベルがダイナマイトを発明し、ノーベル賞の基礎を創り上げたのは同じでも、ぼくの世界には魔法なんてなかった。

 『原作』の名前は『魔法少女リリカルなのは』。主人公の名前も『なのは』だと聞いた。明らかな日本人名。そしてプレシアが関与するまでもなく日本にばら撒かれたジュエルシード。

 『原作』が始まったとみて、まず間違いない、かな?

 もしもそうなら転生者に出会う可能性は飛躍的に跳ね上がるだろう。命の危険にさらされる場面が何度もあるかもしれない。……まさか『なのは』がアメリカ在住の日系三世なんていうオチはないよね?

 様々な思いが渦巻き、やがて一つの言葉になる。それは、ここからのぼくの覚悟を示すのに、妙にふさわしい気がした。

 何故か懐かしい気もするその言葉を、ぼくは心の中でそっとなぞる。

 

 

 相手が神であろうと悪魔であろうと魔法少女であろうと、『うちの子においたするやつは、がぶっといく』からな。

 

 

 




 今後増え行くであろう転生者対策に、キャラクター紹介のページを作成するか検討中です。
 オリキャラや原作からは乖離したキャラクターについて分からなくなったとき、そのページを見れば思いだせるようにしておけば、ある程度キャラクターが増えても処理できるかなー、と。

 作成するなら本編開始前に『設定集』の章を章管理で入れるつもりですが、ひとつ問題が……。
 利用規約で『小説以外の投稿禁止』とあるのですが、そのページは規約に違反するのでしょうか?

 誤字脱字の報告等あればお願いします。

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