魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」   作:唐野葉子

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やっと短編に追いつきました。

図書館の名称訂正
「海鳴市立図書館」 → 「風芽丘図書館」




PT事件、そのはず
第五話


 

 見守るのは車椅子に乗った少女。座ったままでは届きそうで届かない位置にある本に目をつけたのか、うーんと手を伸ばしては、ため息をついて車椅子に座り込んでいる。

 ……助けた方が、いいのかな?

 いや、勘違いしないでほしい。ぼくだって正直なところはすぐさま駆け寄って「はいどーぞ、これですかー?」とやりたいのだ。

 でも考えてしまう。ここは図書館、公共の場だ。こんなところで助けられて、恥をかかされたと彼女は思わないだろうか。少し見ていたが、彼女の車椅子捌きはなかなかのものだった。昨日今日足が不自由になったわけではないのだろう。迂闊に手を出すのはむしろ迷惑かもしれない。下手に同情ととらえられるとお互いにとって不幸な結果を招く。相手の気持ちも考えずに助けたいから助けるのは、むしろ害悪なのでは……。

 だいたい、ここは図書館だぞ。身体が不自由な利用者が困っていたら、職員が助けるのが道理じゃないか。施設はそこそこ立派だが、職員の質が低いのか。八つ当たり気味にそんなことを考える。職員は仕事だから大手を振って手助けが出来るんだな、うらやましい。

 さっきから彼女とぼく、二人しかいない室内で延々と考え込んでいるが(今日は平日)、さらっと話しかけてさらっと助けるなんて高等技術、コミュニケーション能力赤点のぼくは所持していない。

 転生特典でなんとかできないだろうか。コミュニケーション能力が欲しくて求めた【以心伝心】に性格改変の効果はないし。あったら困るが。それならむしろ【明鏡止水】だが、あれで一般人に話しかけるのもためらわれる。

 

「あのー、見とるんやったら助けてくれませんかー?」

 

 あんまりまじまじと見過ぎたのか、少女のほうから話しかけてきた。耳に心地よい穏やかな訛り。関西弁? 黒に近い茶髪のショートカットが振り向きざまにさらりと揺れた。

 しまった、何も言わずにじっと見ている方が失礼じゃないか。久しぶりの『他人』に、対処がわからなくなっていたらしい。

 

「よかった。助けていいんですね」

「はー?」

 

 しかし、ジレンマにとらわれていた先ほどまでよりは何倍もマシだ。心持ち微笑を浮かべながら近づき、少女の横から身を乗り出してお目当てだろう本を手に取る。『きれてるロールケーキの冒険 EXTRA2』何これ、まるでタイトルから内容が予想付かないんだけど。ものすごく気になる。今度暇になった時に読んでみたい。

 

「はいどーぞー。こちらでよろしかったでしょうかー?」

「は、はい。おーきに」

 

 やりたかったことをやれたスッキリ感で必要以上に丁重になりながら本を少女に渡す。正面から見たら思っていたよりも幼い。フェイトと同じくらいだろうか。雰囲気がしっかりしていて気付かなかった。ぼくの意味不明な対応に戸惑いを表情に隠し切れていない。

 ……しまった。またやってしまった。気まずい空気が室内に満ちる。

 

「あの、聞いてもえーですか?」

「は、はい。どうぞ」

 

 沈黙を打ち破ったのは少女の方だった。何を聞かれるんだろう。答えられることならいいけど。久しぶりに胃によどみが溜まるのを感じる。懐かしい他人と接するときの感覚だ。

 

「なんでわたしのこと見とったんですかー?」

「え、えーと……。困ってるのかなー、助けた方がいいのかなー、でも下手に助けた方が迷惑なんじゃないかなーとひとりで煮詰まっていまして」

 

 すこし迷ったが結局正直に答えた。他に何を言えばいいのかもわからなかったし。『煮詰まる』って辞書的な意味ではこの使い方は間違いだっけ。いまはどうでもいいや。

 

「ちらちら見とると思ったらそんなこと考えてはったんですか?」

「は、はいー」

 

 自然と肩が狭まる。やはり不愉快な気持ちにさせてしまっただろうか。

 

「……ふふ、あはは。あー、おかし。そんな格好してはるからもっと怖い人かと思ってましたわ。かんにんなー」

「い、いいえ」

 

 何故ぼくが謝られているのだろう。理解が追い付かない。ただ、ひとつ安堵出来ることはどうやら彼女は怒ってはいないらしい、ということか。

 ちなみに服のコーディネイトはアリシアだ。《アルフはもとがいいんだから》と言いながら、ぼくが耳や尻尾を出していても帽子の一部やアクセサリーだと思われるような服装を選択してくれた。

 というわけで今の格好はニット帽に半袖のジャケット、サングラスにホットパンツといったもの。上手く走れないのは死活問題なので、底の厚いブーツは勘弁してもらった。ペルタは銀の首輪型の待機状態で標準装備。

子供の一人歩きは物騒なので、外を出歩くときはおとな(アダルト)フォーム人間モードを通している。なんかすれ違う人から視線を集めて心臓に悪いんだけど、自分ではどのように見えているのかよくわかんない。鏡を見ようとぼくのファッションセンスはゼロだからなぁ。

 笑いをおさめた彼女は本を胸に抱くと、丁重に一礼した。

 

「失礼しました。わたし、八神はやていいます。さっきは助けてもらってほんとーにありがとうございました。おねーさん、お名前は?」

「アルフ。アルフ・テスタロッサ。今日海鳴市に来たばかりの、旅行者(ストレンジャー)です」

 

 パスポートに記名された名前を名乗る。現地住民との交流が、こうしてよくわからないうちに始まった。

 ……ん? 『はやて』、どこかで聞いたような。

 

 

 ときは少しさかのぼる。

 

「日本よ、ぼくは帰ってきたー!」

「……どうしたの、アルフ?」

「ん、いやなんか、言わなきゃいけない気がして」

《大丈夫?》

 

 そんな真顔で心配されるような態度だっただろうか。自分でも少し心配になってきた。ほんの冗談のつもりだったんだけど。

 プレシアの『お願い』からはや五日。正式な手続きを踏んだがゆえに時間がかかってしまったが、大手を振って合法的にこの海鳴市の地を踏むことが出来た。

 単なる旅行者が現地での魔法使用許可とデバイスの持ち込み許可を得るのにあれだけの書類を書くはめになるなんてね。ま、考えてみれば書類だけで済むのが驚異的か。管理外世界へのオーバーテクノロジーの持ち込みに対し、管理局はかなり神経質だし。

 

「さて、じゃあタクシーでも拾ってマンションに行こうか。ジュエルシードの探索は明日からってことで」

「え、でも……」

「全部で二十一個もあるんだ。及第点が五つで、目標合格ラインは十個。どう考えても長期戦になる。こういう場合は拙速よりも巧遅。初日は拠点の確保に費やすべきだよ。きちんと休めないと、発揮できる実力も発揮できなくなるんだから」

 

 長時間の渡航に対しフェイトは疲労の色を隠し切れていない。肉体的な疲労とは無縁なアリシアも、気疲れはあるようだ。子供にとって長距離の移動は強いストレスをかけ体力を奪うもの。今日はもう休ませてあげたい。

 ホテルじゃなくてマンションだから、自分たちである程度準備をしなきゃいけないもの本当だし。向こうでリニス先輩が用意してくれた家具一式を、デバイスの中から取り出して設置するだけなんだけどね。デバイスの収納力ってどうなっているんだろう。封印済みのジュエルシードを保存管理もできるらしい。某青いネコ型ロボットのポケットを思い出すな。

 管理人さんや隣人に挨拶回りにいかなきゃいけないのが気が重いけど。ぼくが挨拶するんだよな……。ちなみに今のぼくはおとな(アダルト)フォーム人間モード。こっちにいる間は常にその姿でいろとプレシアに念押しされた。ぼくとしても保護者不在と目をつけられるのは嫌だから異論はない。フェイトもアリシアも可愛いから、変な奴が寄ってこないようにぼくが守らないとね(アリシアは普通の人には見えないが)。

 

「でも……」

《アルフー、フェイトー、注目集めちゃってるよー?》

「おっと、そりゃいけない。ほら、行こう、フェイト」

 

 旅行者として不自然にならない程度の大きさのバックパックを背負い直し、フェイトの手を引いて半ば強引に歩き出す。荷物の大部分はデバイスの中に収納しているわけだけど手ぶらだと怪しまれるし、人目のあるところでデバイスから出し入れするわけにもいかないので必要最低限の着替えや食料などはこの中に入れてあるのだ。

 大好きな母さんからの頼みをできる限り早く完遂したいみたいだけれど、あの人はフェイトが無茶して倒れたら絶対泣くぞ。もちろんその前にぼくをボロ雑巾に変えてから。ここにいる間は多少強引にでもフェイトに定期的な休憩を取らせなくては。

 それにしても、言い合いはやめて移動を始めているのに周囲の視線が絶えない。やっぱりフェイトの金髪やぼくの赤毛が目立つんだろうか。この国は単一民族国家だからなー。それにしては、ぼくが知っているのよりは染色ではなさそうな黒以外の頭髪が多かった気もするけど。やはりパラレルワールド、か。

 まあ、うちのフェイトさん可愛いですからね。フェイトの趣味とアリシアの見立てで用意された黒いワンピースを身にまとったその姿は、シンプルながら光り輝いて見えます。後光が差して見えるレベル。

 

「みんな振り向いてるなー。誇らしいけど保護者としては微妙な気分だ」

《フェイトだけじゃないと思うけど……》

「うん」

「え? アリシアは見えないだろう」

《……バカ》

 

 なんだか姉妹そろってあきれた視線を向けてくるんだけど、変なこと言っただろうか。

 

 

 海鳴市郊外のマンションに到着し、挨拶回りを終え、荷物を整理し、あり合わせで昼食を済ませ、といろいろしているうちに壁にかけた時計の針は午後一時を指していた。

 膝枕をして頭を撫でているうちに眠ってしまったフェイトをそっとベッドの上に運ぶ。どのような経緯でそんな状況になったのかは秘密だ。

 続いてデバイスからお洒落な肩掛けカバンを取り出す。普段の生活で大きなバックパックは背負うなとアリシアに持たされたものだ。

 

「ふう、ちょっと出かけてくる」

《いってらっしゃーい。どこいくの?》

「図書館。ついてくる?」

《んーん、おるすばんしとく》

 

 アリシアはさっきからテレビにかじりつきだ。日本のテレビ番組はとても面白いらしい。視力が低下するかはわからんが、一時間ごとに十分の休憩いれろよ。

 フェイトは眠っているので机の上にメモでも残そうかと思ったが、それよりももっと確実で多くの情報が残せる方法があるのを思い出した。

 

「バルディッシュ、フェイトに伝言を頼む」

「“――Yes”」

「郷に入っては郷に従え。ここにいる間は日本語で話すように」

「“……了承した。アルフ、伝言を”」

 

 無愛想な声で返答したのはフェイト専用インテリジェントデバイス『バルディッシュ』。別に不機嫌というわけじゃなくこれがコイツのデフォルト仕様である。リニス先輩が創ったのに、どうしてこんな性格になったのやら。

 日本語を指定したのに特に深い意味は無い。せいぜい、ミッド語だと耳につきやすいからというくらい。待機状態だとエンブレム、起動状態だと斧槍のこいつが喋っていることを他人に認識されたらどのみちアウトだけど。

 

「図書館にいってくる。五時までには帰る。『戸締り』はしていくのでうかつに部屋からは出ないように。ぼくは自分でここまで帰ってくるから外から呼ばれても開けちゃだめだ。アリシアもだ。外には出ないように」

《はいはい、わかってるって》

 

 一瞬だけテレビから視線をはずして手をひらひら振るアリシアがとても不安だ。やっぱり連れて行った方がいいだろうか。

 ぼくがこれだけ警戒しているのは転生者の存在だ。もしもこのマンションが『原作』に出てきていたらフェイトに対しよからぬことをたくらむ輩がやってくる恐れがある。だからといって原作知識のないぼくはここの情報が『原作』にあったかどうか知ることが出来ない。この場所を用意したプレシアとの関係が変わっている以上、『原作』のフェイトがどのような形で日本に滞在していたのかまるで予想ができないのだ。もしかしたらぼくが転生者から逃れようと用意した別の拠点こそが、『原作』のフェイトの拠点だったりするかもしれない。

 ならば下手にかわそうとせず、覚悟を決めて『戸締り』するしかない。心配性のマッドサイエンティストが、愛する娘たちのために魔法、超科学、ブービートラップを芸術的なバランスで組み合わせたホームセキュリティーを起動させる。初見でこれを潜り抜けるのは、その方面の転生特典をもった転生者(チート)くらいだろう。それ以外の侵入者には円満な余生を諦めてもらおうか。

 

「バルディッシュ、ぼく以外の何者かが侵入してきた場合、フェイトを起こして【サンダースマッシャー】でもたたき込んでやれ。ただし第一目標は撃退ではなく逃亡だ」

「“了解した。任せておけ”」

 

 こいつは無愛想だが、フェイトに対する忠誠心は大したものだ。その一点に関していうのならぼくは疑っていない。にやり、と思わず共犯者に向ける笑みを浮かべてしまった。

 

「“以上か?”」

「うーん、そうだなー。じゃあ追伸で、『今日から三日間は慣らしに使うから戦闘行動は原則禁止。万が一戦闘が必要な時はぼくが請け負うから、異論があるなら帰るまでに反論のロジックを組み立てておけ』と伝えといて」

 

 急激に酸素濃度が変われば体調が崩れるように、世界が変われば魔力素の濃度や構造が微妙に変わり、人によっては不適合を起こして体調を崩す恐れがあるのだ。数日も大人しくしておけば勝手に身体が適合するのだが、その数日の間に戦闘などの激しく魔力を消費する行動を行えば下手をすれば行動不能までに陥る。

 オールレンジ対応であるがゆえに魔力の消費が比較的多いフェイト。クロスレンジがメインであるがゆえに魔力消費が少なく済むぼく。体調を崩した時の低下する戦力のことを考えても、ぼくが前面に出るのは当たり前だった。

 

「“――了解した”」

「じゃ、いってくる」

 

 アリシアはもう一度いってらっしゃーい、と声をかけてくれたが、寡黙なバルディッシュからの返答は無かった。こちらも期待していないのでそのままドアを閉じる。

 さーて、図書館、としょかん♪

 浴びるように活字を読みたい。文章に浸りたい。

 いや、誤解しないでほしい。趣味嗜好が入っていないわけではないが、これからのことに必要な行動でもあるのだ。小さいところならともかく、市立や県立図書館になると市役所並みにその町の情報が手に入る。パンフレットは自由に持ち帰ることが可能だし、過去の新聞もまとめて読める。無料貸本屋などと揶揄されることもあるが、あそこは本当に知識の宝庫なのだ。

 マップの作製はこの町でジュエルシードを探そうと思うならやっていて損は無いし、ジュエルシードがもう暴走を始めているなら新聞に載るような事件になるだろう。時間に余裕があれば過去の伝承なども調べたい。こちらは直接ジュエルシードの探索につながることは無いが、余計な危険をおかさないために必要な処置だ。

 事前知識では発見できなかったとはいえ、魔法少女や狼少女や幽霊少女がここにいるのだ。管理局が発見できていないだけでこの世界特有の魑魅魍魎がいるかもしれない。転生者だけで手一杯なのに、余計な敵はつくりたくない。

 

 交通機関を利用しても良かったが、海鳴市の雰囲気を身体で掴みたかったので三十分かけて歩いて風芽丘図書館まで来た。使い魔の身体能力があってこそのこのタイムで、普通の人間だったら倍では済まないかもしれない。目立つような無茶はしてないよ。

 海があって、山があって、丘があって、活気のある商店街があって、山を越えた向こうには温泉街まである。……なんでこのレベルの中小都市なんだろう。そこそこ豊かに自然が残っているのはいいことだけど。おかげで多くの動物に接触でき、【以心伝心】および鞄の中に入れていた食料による餌付けで情報提供者を得ることが出来たのはありがたい。

 ミッドチルダの野生動物ほど知能は高くないにしても、猫ネットワークも鳥ネットワークも馬鹿にしたものではないのだ。

 ひそかに期待していたのだが、さすがにジュエルシードをばったり見つけるなんてことはなく、図書館についたあとはマルチタスクをフル活用して情報収集に望んだ。

 

 

《アルフ、大丈夫かなー?》

 

 どうしても番組に集中しきれず、アリシアはそわそわと視線をさまよわせた。

 やはりついていけばよかっただろうか、と思う。

 アルフは前世で日本に住んでいたらしい。実際、日本に着いた時には高笑いしながら奇声を発していた。何も感じるところがない、なんてことは無いだろう。前世とこの世界はパラレルワールドと彼女は言っていたから、アルフの前世の家族がこの世界に存在しているのかは定かではない。しかし、もし出会ってしまった場合、アルフはどのような対応をするのだろうか。

 他人として接するなら、まだいい。しかし、家族としての関係をアルフが求めたとき、残されたテスタロッサ家一同はどうなるのだろう。

 アリシアはぶんぶんと首を横に振る。アルフがわたしたちを見捨てるなんてありえない。そんなこと考えるだけでも無礼千万だ。しかし、日本に入ってから明らかに肩に力が入っていたアルフを思い出すと不安がうずく。

 他の転生者を警戒しているのかもしれないが、そっちもそっちで不安なのだ。いつもの悪い癖を発揮して、自分ひとりで解決しようとするのではないだろうか。そしてとんでもない事態に発展して……。

 そんな時は迷わず誰かを頼ってほしい。自分が留守番を買って出たとき、一瞬ほっとした表情を見せたアルフを思い出す。フェイトを一人残すのが不安なら、素直にそう言ってくれたらいいのに。彼女自身が自分の感情に気づいていないから厄介なのだ。

 

《なんであそこまで自分に対して鈍感なのかなー》

 

 思い返せばむかむかしてくる。

 他人にどのように見られているか理解しないということは、裏を返せば自己評価がきちんと出来ていないということだ。もっと自分を大切にしろと言いたい。しているとあの駄犬はほざきそうだが、それなら問題をひとりで抱え込もうとするな。もっと頼ってほしい。せっかく秘密を共有しているのだから。

 転生者のルール。アルフもアリシアも把握しきれているわけではないが、きな臭さは今から感じている。ただでさえ秘密を一人で抱え込むのは精神に大きな負担をかけるものだ。アリシアはアルフの助けになりたいと願っているし、そのためなら努力を惜しまないつもりだ。

 折れそうになっていたアリシアを助けてくれたのはアルフ。だからアルフが折れそうな時はアリシアが助けたい。それは、恩返しなどという綺麗なものだけではなくて、わたしが助けたいという欲求もある。

 その欲求の正体をアリシアは未だはっきりと見ようとしていない。テスタロッサ家の他の誰も知らないアルフの秘密を知っているという優越感。情報を公開しようといったのはアリシアだが、アルフが反対することは予想していたし、実際秘密にすることに決定したときは心のどこかで喜んでいた。

 

《でも、お母さんあたりは気づいてそうだし……》

 

 見え隠れする醜い感情を、独り言ちることによって誤魔化す。

 ちらりと時計を見る。壁に掛けられた時計の長針は、三の数字を指そうとしていた。彼女が帰ってくるまであと二時間もある。探しに行きたい欲求にかられたが、入れ違いになったら目も当てられないし、アルフはきっと怒るだろうし、何よりベッドから聞こえてくる静かな寝息が思いとどまらせた。

 アルフはそう思っていないかもしれないが、アリシアはアルフがいない間のフェイトの守護を買って出たつもりだ。不安になったからといってその任を放棄するのはアルフの信頼を裏切る行為にアリシアは思えたし、プライドが許さなかった。

 だからといって、無為にテレビを眺めて時間をつぶす気にはいまさらなれない。何か自分に出来ることは無いだろうかと、アリシアは試行錯誤を始めた。

 

 

 っくうー、こんなことなら速読でも習得していればよかった。時間がいくらあっても足りない。何時間でも過ごせてしまう。ミッドチルダ語も嫌いじゃないんだけど、やっぱり日本語は綺麗だよ。こんなこと、前世では考えたこともなかったけれど。

 『おいしい海鳴市』なんていう料理のパンフレットも手に入ったから、早めに切り上げて商店街で買い物して帰ろう。料理の基本はリニス先輩からきちんと習っているし、日本の家庭料理をフェイトに一度食べさせてあげたい。アリシアは……ごはんにお箸でも突き立てておけばいいか。

 あっというまに時間が過ぎ、現在午後の三時。四時になったら切り上げて、商店街に向かうとして――。

 情報収集の結論、この町にはすでにジュエルシードの回収を行っている存在がいる。また、ジュエルシード事件の情報隠蔽を行っている勢力も存在している。前者と後者が同一かは不明。

 根拠は二日前のとある新聞の記事。動物病院にトラックが突っ込んだという事件。幸い死傷者はでなかったとあったが、どうもこれがジュエルシード事件くさい。並行してそれらしい事件を調べてみたのだが、被害の規模はガス爆発もかくやというものだったし、加害者側となるトラックの会社もたどりきることはできなかった。おそらくは、存在していないのだろう。

 使い魔の演算能力ゆえか、前世の時よりもインターネットを通じた情報収集がはるかにはかどった。前世は英語のできない文系だったからなー。魔法は理系科目である。――実はインターネット設備があるのか危惧していたのだが、ちゃんと完備されていた。道行く人のケータイ電話がぼくの知っているものより数世代古かったから、けっこうドキドキしてたんだよね。どうもぼくが死んだ前世より、西暦が十年ほど昔みたいだが、今はどうでもいい話だ。もとよりパラレルワールドだし。

 とにかく、異相対化したジュエルシードが放置されているなら、被害はもっと出ているはずである。しかしジュエルシードがらみを思わせる被害はその一軒だけ。つまりはそのジュエルシードは回収されて、さらにはその個人ないしグループはジュエルシードを封印可能なほどの膨大な魔力と広域結界を展開できるだけの魔法知識を持っている。

 第一容疑者は『ユーノ・スクライア』。若干九歳にしてジュエルシード発掘の責任者に任命されていた天才。……これはミッドチルダ全体で言えることなんだけど、子供になにやらせているんだ。実力主義社会はともかく、せめて責任は大人が背負ってやんなきゃだめだろう。じゃないと何のための大人だ、何のための年月だってことになる。そもそも管理局が子供をガンガン採用しているっていうのが突っ込みどころ満載なんだけど。百年近くの伝統を誇っておいて、未だに次世代育成のいろはもできていないのかい。組織としては致命的だろう。

 閑話休題。

 彼は責任を感じたのか、ぼくらよりも数日はやく指定遺失物(ロストロギア)の探索という名目で現地入りを果たしているという情報が入ってきている。デバイスの持ち込みや魔法使用の許可も取っていたらしいから、何かしらの形で関係していることはほぼ確実だろう。……止めろよ、スクライア一族。ぼくらが違法行為すれすれの活動をしているということをわきに置いてもそう感じる。個人的には好感が持てるが、それはそれとして無謀だろう。せめて何人か付き添ってあげて。

 第二容疑者は『なのは』。詳細は不明だが、『原作』の主人公である『魔法少女』。ユーノ・スクライアに現地での影響力があるとは思えないから、おおかた高い魔力素養をもった現地協力者を即興でスカウトしたってところか。また、彼女には情報隠蔽をした存在とつながりがある、もしくは当人である可能性がある。まさかトラックもないのにトラック事故が起きた摩訶不思議を隠蔽した存在が、何も知らないということは無いだろうから。彼女つながりでユーノがその方面でも現地協力者を得たと考えるのが一番妥当か。

 ちなみに、この世界特有の力を持った存在に関してだが、めぼしい情報は見つからなかった。せいぜい数百年前に封印された化け狐の話だとか、最近のものでは都市伝説並みに信憑性の低い超能力者、幽霊、吸血鬼の話とか……。それが情報操作の結果という可能性もあるが、さすがに現状では確認しきれない。狼人間の話もあったけど、「ここにおるぞ!」と叫ぶべきだろうか。まあ、現状はまるっきり嘘と断じることはできない、という程度か。

 

「んー……」

 

 手に入った情報を整理し、吟味する。このあと三日間は情報収集についやすつもりだ。マッピングを済ませ、区画ごとにローラー作戦で潰してゆけば時間はかかるがほぼ確実にすべてを回収できる。時間はかかるといってもここは管理外世界。管理局が重い腰を上げて介入するまでには終わるだろうし。それこそジュエルシードが暴走して次元震発生、近辺を巡回中だった巡航船が飛んでくるなんてことがない限りは。

 不確定要素はやはりユーノと『なのは』か。先に回収されて必要数が足りなくなったり、万が一競争、敵対なんてことになったら面倒だな。最悪、広域結界を展開して相手を呼び出し、交渉することも手段の一つに考えておくか。

 

「うーん、うーん……」

 

 気がつけば、ぼく以外にも唸っている人間がいた。

 車椅子に乗った小柄な少女。届きそうで届かない本に手を伸ばす懸命な表情は、フェイトには及ばないまでもけっこう可愛かった。

 ごくり、と喉が鳴る。

 やっかいなことになったかもしれない。

 

 

 そして今に至る、というわけだ。

 

「そーですか、妹さんが……」

「はい、だから自分ではどのように見えているのかわからないんです」

「かっこええですよー。あとそれから、わたしに対しては敬語でなくてもええです。アルフさんの方が年上なんやし」

 

 思った通り厄介なことになっていた。いや、予想していたのとは少し方向が違うが。

 あの失礼な態度のどこが琴線に触れたのか、八神さんはにこにこと話しかけてきてくれた。その流れで何故か、今一緒に商店街に向かっている。『商店街にいかはるんですか? いいお店しっとりますよ。一緒にいきませんかー』なんて言われて、断るだけの勇気はぼくにはなかった。

 うう、八神さん、のんびりおっとりしているようで、案外押しが強いよ。しかもそれが雰囲気で緩和されていて、相手に悪い印象を与えにくい。うらやましい限りである。

 この肉体の年齢は二歳だから八神さんの方が年上だと思うよ。確かに見た目はお酒やたばこを購入しても怪しまれないくらいに見えるけど。精神年齢はさすがに年上だと思うが、前世の分を単純に現在に足すことが出来るというわけでもないので微妙だ。肉体に引きずられているところもあるし、そもそも一度死んだことでリセットされて、前世の記憶は独立したデータとして継続されているような感がある。人格構成や趣味嗜好に多大な影響を及ぼしてはいるが、前世の人間とここにいる狼少女はやはり別人なのだ。

 

「すみません、努力はしてみますが、まだ日本語には慣れていないもので……」

 

 かろうじて嘘ではない。この体で日本語を話すのは今日が初めてだ。本当の理由は相手が年下の少女だろうが、知りあって間もない相手にくだけた口調を使うのがためらわれるなんていう情けないものだけれど。

 

「そっかー、残念やわー。ならせめて、わたしのことは名前で呼んでくれませんかー?」

「えと、はやて、さん?」

「はいなー」

 

 にっこり笑う少女を見ていると、名前で呼んでよかったなと安心する。精神年齢はともかく、対人スキルでいえばはやてさんの方がはるかに上のようだった。

 

「あれ、はやて? 奇遇だな」

「げ、高天原(たかまがはら)……」

神治(しんじ)でいいっていつも言ってるだろう」

 

 曲がり角を曲がったところでばったり男の子と出くわす。そこそこ整った顔立ちによく映える、白いお洒落な制服を着ていた。たしかこの近くの私立聖祥大付属小学校のものだ。初等部のみ共学で、中学からは女子校なんだっけ。フェイトがいるからその方面の下調べはバッチシである。

 上から見下ろせる限り、はやてさんの表情は混沌としたものだった。苦手意識を抱いているようでいて、意識している男子にばったり出くわしてしまったかのような。プラスとマイナスが複雑に入り混じっている。

 そんなことに相手の男の子は気づいた様子もなくうれしそうにはやてさんに話しかけていた。うん、やっぱりどこの世界でも男の方がガキなんだな。

 

「なにしてんだ、こんなところで。どっか行くのか? だったら一緒に――」

 

 そこでようやく、はやてさんの車椅子を押すぼくの存在に気づいたらしく言葉が止まる。何か信じられない物を見たとでもいうように、ポカンと口が開いた。

 

「は? アルフ……?」

 

 ――こいつ、転生者か。

 内心、警戒レベルを最大値まで引き上げる。覚悟していなかったわけじゃないけど、まさか初日からエンカウントするとは。やはり海鳴市が物語の舞台なのか?

 

「アルフさんはさっき図書館で知りおうた人や。もしかして、顔見知りなんか?」

「い、いや……。知り合いに似ていると思ったけど気のせいだった。」

 

 はやてさんの表情は相変わらず複雑そうだった。形のいい眉がしかめられてしまっている。不自然極まりない言い訳に納得していないみたいだったが、うかがうような彼女の視線にぼくが首を振って知り合いでないことを答えると、とりあえずそれ以上の追及はなかった。

 

「俺の名前は高天原神治っていうんだ。よろしくな、アルフ!」

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、さきほどの狼狽をあっさり捨て去ってぼくに笑いかけようとする高天原くん。――その瞬間、最大値で勘が危険を告げた。反射的に【明鏡止水】を起動させる。

 タッチの差で彼の頬笑みが完成し、なんとも言えない気持ち悪い感覚がぼくの中を通り過ぎていった。はやてさんが息を飲むのを感じる。なんだか頬が赤いような――ぼくの頬も赤くなっている。心臓がバクバクいっている。滾々と湧きだしてくる感情は、【明鏡止水】の効果ですみやかに鎮静化された。なんだこれ。

 病気? 何をされた? 今までに体験したことのない感情、正体不明。あの気持ち悪い感覚はおそらく神力――転生特典の根源となる力。勝手に命名――だ。他人のアクティブタイプの能力が作用するとあんなふうに感じるのか。

 

「っ、ちょっと、いきなり失礼やでー」

「べつに大丈夫だよな、アルフ?」

「……少しびっくりしました」

 

 表情筋を動かして笑みを形作る。上手くいかなかったみたいで、高天原くんの肩がビクッてなった。うーん、今度から【明鏡止水】発動中に上手く表情を作る練習もしなくちゃな。

 謎の感情は未だにぼくの中で暴れている。しかし、【明鏡止水】のおかげでそのことは“理解”しても、その感情が行動に影響を及ぼすことはない。笑顔をトリガーに相手に特定感情を植え付ける能力、か? だとすれば能力の相性がよかった。でも、先制攻撃をまともに受けた事実は変わらない。

 

「あ、あれ……? そ、そうだ。急用があったんだった。どこにいくのかは知らないけれど、またな!」

 

 予想された反応とは違ったらしい。想定外の事態に、相手は撤退を選択した。慌ただしく遠ざかってゆく背中を見送って、はやてさんの肩から力が抜ける。一見、苦手な相手から解放されて安心したみたいだけれど、薄紅色の頬、うるんだ瞳、八の字に下げられた眉はまるで愛しい人の背中を見送る少女みたいで――。

 ああ、わかった。この感情の正体が。いろいろ思い出した。

 これは『恋』だ。あいつの転生特典は笑顔をトリガーに相手を魅了する能力なのだ。いやらしい手を使ってくる。よくそんなこと思いつくもんだ。『傾国の美女』なんて言葉もあるとおり、恋愛感情は自分の思う通りにならない癖に国ひとつ傾けるほどのエネルギーを発生させる。自分の感覚からいって効果が恋愛感情を相手に抱かせるまでのみという点を鑑みるとかなりリスクの高い搦め手だが、やられる方にとっては堪ったものではない。

 『はやて』の名前もどこで聞いたのか思い出した。あの銀髪オッドアイの転生者がこぼした原作キャラクターの名前だ。

 

「……はやてさん」

「な、なんやっ――しもた、なんですか?」

「図書館に忘れ物をしていたのを思い出しました。走って取ってくるので、五分ほどここで待っていてくれませんか?」

「べ、別にええですけど……」

 

 はやてさんの表情に走るのは……おびえ? 【明鏡止水】使用中は表情が消えるからなー。今までは主に戦闘中にしか使わず、周囲に身内しかいなかったので考えが及ばなかったが、早急になんとかするべき問題だな、これは。

 

「怒ってはるんですか? 確かにあいつは、あまりいいやつやないですけど……」

「好きなのですか、彼のことが?」

「ちゃ、ちゃいますよー!」

 

 顔を真っ赤にして手を振るはやてさん。微笑ましいと数分前の自分なら思っていただろうが、今は気持ち悪さと憤りしか感じられない。それらは【明鏡止水】の効果で心の奥に沈められ、ただの情報となる。なんであんなやつに、という自己嫌悪が彼女の表情に混ざっている気がするのはぼくの気持ちが反映されているだけだろうか。

 はやてさんを毒牙にかけ、ぼくを魅了しようとしたあいつが、原作キャラたるフェイトに同じことをするのにためらう理由はないだろう。それに、今は恋愛感情だけだが、時間が経つにつれ悪化しないという保証はない。不確定要素を残したまま、アリシアとフェイトのもとに帰る気にはさらさらなれなかった。

 ぱちゅっとやっちゃいますか。

 

「大丈夫、すぐ帰ってきますから。ね?」

「は、はいー」

 

 かくかくと人形のように頷く彼女に背を向けて走り出す。走る先は図書館方面。あいつは自分が来た方向に帰っていったから、真反対だ。はやてさんのほっとした雰囲気が伝わってきた。

 【明鏡止水】はパッシブタイプのため使用を続けることに負担はないが、今もなお内心で自己主張を続ける恋心を無理やり植え付けた相手がのうのうと過ごしているという事実は耐えがたいものがある。恋心も怒りも嫌悪も、等しく情報として処理され心はすぐ凪に戻されるのだけど。

 乙女の初恋を踏みにじったのです。覚悟はできているのでしょう。

 一瞬だけ思考回路に絶対零度リニス先輩が降臨された。その程度には激怒しているってことか。

 ぼくがミリ単位で空間把握が出来る範囲は最大で自分を起点に半径百二十五メートル。魔法の強化(バフ)なしでも半径五十メートルなら堅い。いずれも空ではあっという間に通り過ぎてしまう距離だが、陸、とくに市街地ではまあまあの距離と言える。

 ペルタさえ起動出来れば、即殺が可能だ。不意打ちを重視して結界は限界まで張らない。相手が他にどのような転生特典持っているかわからない以上、気づかれる前に一撃で終わらせる。

 図書館方面に走り、はやてさんの視界から消えるや否や軌道を変え目標の追跡に移る。臭い、音、まず逃がすことは無いだろう。

 

「――ペルタ、セットアップ」

 

 人目の死角でデバイスを起動する。

 何かを間違えているような違和感はあったけれど、止まるのは行動を終えてからになりそうだった。

 

 

 




 アルフさんオーバーヒート。

 次回から冷却したいなー。
 でも難しいかなー。

 次も近日中に投稿したいです。

 毎日投稿している人って本当にすごいですね。

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