一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン   作:hasegawa

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約束されし勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

『残念ながらこの嵐では、船を出す事が出来ません。

 一旦本土へ引き返し、代わりのモリを用意する為には、今しばらく時が必要かと』

 

 失意のまま陸に上がったセイバーに対し、イリヤお付きのメイドであるリズさんが説明を行っていく。

 言いづらそうに、心底「彼女に申し訳ない」という苦悶の表情を浮かべて。

 

『この天候は我々にも予想外の物でした。

 現在の予報によれば、この嵐は今日明日中に止む事は無いだろうとの事です。

 セイバー様にとって漁は何よりの急務かと思いますが、

 今はただ……耐えて頂く他は……』

 

 この嵐は、あの小島から戻ったセイバーが漁に出た途端、それを待っていたかように突然襲ってきたのだそうだ。

 朝にはあんなにも晴れていた空は、その姿を一変させてしまった。

 時刻が昼時となった今でも延々と吹き荒れている。ドス黒い雨雲で太陽の光を覆い隠す。

 まるで神様が、セイバーに怒っているかのようにして――――

 

「漁が、出来ない……?

 それじゃあ、今後のセイバーの食料って……?」

 

「……そもそもこの嵐の中、海へ出る事自体が無謀です。

 もう漁どころか、満足に外に出る事すら……」

 

 激しい雨風が建物を打ち付ける。ただ言葉なくじっとセラの言葉を聞くセイバーの姿を、サーヴァント達は画面から見守る事しか出来ない。

 

『――――セイバー様、これはまごう事無く緊急の事態です。

 セイバー様が立てた住居は、この嵐ですでに倒壊しております。

 今はいったんこの挑戦の事は忘れ、イリヤ様と共に我々の住居へと避難を。

 私はアインツベルンより、なにより衛宮様より貴方の事を託されております』

 

 セラがまっすぐにセイバーの目を見つめる。この上ない真剣さを持って。

 今までの彼女の頑張りを知っている。買い物に苦労した事も、ろくにごはんも食べずにランスに寄り添った事も。

 一人泣いた涙も、心からの笑顔で笑った顔も。これまで精一杯頑張って来た全てを知っている。彼女が並々ならぬ決意で挑んできた事を知っている。

 

 だからこれは、私の役目だと――――

 彼女自身ではなく第三者による冷静な目を持って、現状を判断すべきなのだと。

 非情な現実を伝え、残酷な決断を下す。それが今この場を任された自分の役目なのだと。

 

 レフェリーストップ――――

 いまセラが、彼女の誇りを踏みにじる決断を、伝えた。

 

 

『…………………』

 

 決して大きくは無いが、島の雨風を想定してしっかりと建てられたログハウス。

 今セイバーが通されているこの場所が、セラとリズが住居として使用している建物なのだそうだ。

 目の前のテーブルに置かれた、身体の冷えたセイバーの為にと用意された紅茶。

 それに決して手を付ける事無く……、彼女はただ黙って静かに俯いている。

 

「……なぁ、坊主よ……?」

 

 思わずと言ったように、ランサーが士郎の方を見た。

 しかし彼はそれに答えず、ただ黙ってモニターに映る映像を見つめている。

 

 

『――――セラ、ランスロットの事をよろしく頼みます。

 住居を無くしてしまった今、貴方にしか頼れない』

 

『ッ!? セイバー様?!』

 

 やがてセイバーが顔を上げ、まっすぐにセラの目を見据えた。それに対し、セラは驚愕の声を返す事しか出来ない。

 

『それと……申し訳ないがナイフを一本お貸し願いたい。

 出来るかどうかは分かりません。だがあのモリを修理してみたいのです』

 

『なっ……何を言ってッ!! 貴方ッ……!』

 

 静かに立ち上がるセイバー。追いすがるようなセラの声も届かず、彼女が出入り口の方へと歩いて行く。

 そこに置かれた折れたモリ、濡れたウェットスーツを手に取った。

 

『…………ランスロット』

 

 まるで立ち塞がるように、セイバーに行かせまいとするように、ランスが出入り口の前で立っている。

 セイバーの顔をじっと見上げ、静かな瞳で主の姿を見つめている。

 

『すまないランスロットよ、しばしの別れだ。

 この嵐が止んだら……必ず迎えに来る』

 

『――――』

 

『臣下の務めだ、私の帰りを待て。

 セラとリズの言う事を、しっかり聞くように』

 

 喉を鳴らす事も無く、ただランスはセイバーを見つめる。

 慈しむように自分の背中を撫でる主。その顔をしっかり目に焼き付けるようにして。

 

『モリがな……? 折れてしまった……。それに先ほど試してみたのだが、

 どうやら私は水の上に立てなくなっている(・・・・・・・・・・・・・)

 湖の精霊の加護を……無くしてしまったようだ』

 

『不甲斐ない私を笑え、ランスロット。……だが見ているが良い。

 私は決して、友に恥じる戦いはしない――――』

 

 

 ランスの横を通り過ぎる。

 いまリズがセイバーのもとに駆け寄り、その手に一本のナイフを握らせた。

 

『まってる。きをつけて』

 

『ありがとう――――』

 

 

 ドアを開け、外に繰り出す。

 嵐吹き荒れる暗闇の中を、セイバーが歩き出していった。

 

 

 

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『――――さ、寒いッ! とんでもなく寒いッ!!』

 

「 そらそうだろうがよッ!! 戻れよバカ野郎ッッ!! 」

 

 森の木にもたれ、膝を抱えて座るセイバー。その身体は激しい雨風によって、もうとんでもない勢いでガクガクブルブルと震えている。

 

『と……とととと、とりあえずはモリの修理を試みますッ!

 これが無くては何もももももも……!』

 

「 もう言葉もおぼついてない! 何で無茶するのよセイバー!! 」

 

 ナイフを手に取ろうにも、それすらガクガク震えすぎておぼつかない。

 どうやら拾ってきた竹を削り、それを矢じりの形にしてモリに取り付けようとしているようだが、とてもじゃないがそれも叶わない。

 現在セイバーの周りは暗闇で、今も激しい雨風が身体と言わず顔面と言わず、激しく打ち付けているのだ。

 

「もういい! 戻って下さいッ!! セラ達の家に!!」

 

「ただじゃすまねぇぞ!! 意地張ってねぇで戻らねぇか!!」

 

 サーヴァント達の声も届く事なく、嵐の中作業を続けていくセイバー。

 前髪も張り付き、服もびしょ濡れ、雨が目に入り視界すら定かでは無い。おまけに身体は寒さで震えているのだ。

 そんな中でも、彼女は懸命に作業をおこなっていく。

 

「…………やはり、駄目か」

 

 奥歯を噛みしめるようなアーチャーの声が響く。

 折れてしまったモリの先端に、矢じりを括り付けようとしているセイバー。だがそれが何度やっても上手くいかない。何度取り付けても、すぐにポロリと外れてしまう。

 

「なんで……? 丈夫な麻の縄で括りつけているのに……」

 

「雨で滑っているようには、見えませんが……」

 

 決してセイバーの取り付け方が甘いワケではない。それは明らかに不自然な外れ方をして、何度やっても取れてしまうのだ。

 まるでこのモリ自身が、セイバーに使われる事を拒んでいるように(・・・・・・・・)

 

「あの時も、自然な折れ方では無かったのだ。

 たとえ岩盤に当たったとて、金属があのような折れ方をするものか……!」

 

「そんな……!」

 

 何かが邪魔をしている。何かとても大きな存在が、アルトリア・ペンドラゴンを拒んでいる。

 何度失敗しようが懸命に修理しようとするセイバー。だが決してそれが叶う事は無い。

 詳しい事は分からない。だが精霊の加護を無くし、今も自らの得物に拒まれているセイバーを見れば、もうそうだとしか思えなかった。

 

『無理か……私にはこれを直せそうに無い』

 

 長い長い時間をかけ、ようやくセイバーが壊れたモリをその場に置く。そして静かに立ち上がった。

 

『仕方ない、海に出る事としよう。

 聞く所によると、モリ以外の物でも魚獲りは出来るようですから』

 

「「「!?!?」」」

 

 諦めたような表情で苦笑するセイバー。その姿を見て、もう家に戻るのかと思った。漁を諦めて帰るのかと思った。

 しかし、彼女の選択は、モリを使わずに漁をする事。

 

『リーゼリットに感謝を。お陰でまだ戦う事が出来る。

 彼女が託してくれたこのナイフで、魚を獲ってみせます――――』

 

 決断したら、進むだけ。

 そう言わんばかりに迷いなく、彼女が海に向かって歩いて行く。

 

 その背筋を真っすぐに伸ばした後ろ姿に……、サーヴァント達は言葉を失っていた。

 

 

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「獲れるわきゃねえ……。分かんだろその位」

 

 モニターの映像が切り替わって暫くした後、ようやくランサーが声を出した。

 今画面には、荒れ狂う海に翻弄され、必死に波に抗って泳ぐばかりのセイバーが映っている。

 

「魚どころではありません。溺れないようにするだけで精一杯です」

 

 まるで吹き飛ばされるように、何度も何度も水流にのまれるセイバー。泳いでいるのではなく、明らかに流されている。

 彼女に出来るのは、ただただ左手にあるナイフを決して手放さないよう必死で握る事だけ。魚どころか、もう潜る事すらままならない。

 

「彼女も英霊だ、死ぬ事は無い。

 ……だが水流にのまれ、水圧により気を失う事は充分にありえる。

 一度遠くに流されてしまえば……二度と戻っては来れんぞ」

 

 何度も潜ろうと試み、その度に咎められるようにして水流にのまれていくセイバー。

 態勢を立て直しては崩され、また立て直しては崩され。もう随分と長い間、その繰り返しだ。

 

『――――ッ!!』

 

 押し流され、強く岩盤に背中を打ち付けるセイバー。思わず開いた口から大量の空気が吐き出される。

 

『――――くっ! おぉぉおおおッッ!!』

 

 意識を強く保ち、懸命に水をかく。ただひたすら水面を目指して。それだけを想って。

 

 

「…………何故、潜るのセイバー?

 食事なんていいじゃない……。一日二日くらいどうにでもなるわ。

 それなのに、何故……」

 

 勢いよく海面に飛び出し、おもいっきり空気を吸い込む。

 そして激しい波に揺られながら態勢を立て直し、再びセイバーは海に挑んでいった。

 

 

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 ~一か月一万円生活、20日目~  (ナレーション、美綴綾子)

 

 

 荒れ狂う海の姿が画面に映っている。

 そこには漂流するように、ただただ流されるように海面に浮かぶ小さな人影。彼女の姿がある。

 

「時刻は……朝9時。

 あの野郎、夜通し潜ってやがったのか」

 

 いったん陸に上がっては、失った水分を補給する。そしてまた暫く潜っては、陸に上がり水分を摂る。

 そんな事を、セイバーはこの嵐の中で半日以上も繰り返していた事になる。

 

『――――ぶっはぁ!! ……はぁっ! ……はぁっ!」

 

 いま再びセイバーが、勢いよく海面に浮上した後に陸に向かって泳いでくる。

 四苦八苦しながら岸壁をよじ登り、陸に上がってから暫しの時間、その場にある木の下に座り込む。

 

『……はぁっ! …………はぁっ!!』

 

 もう言葉も無い、あまりの疲労から視線すらおぼつかない。それでも数分経てば静かに立ち上がり、水を求めてヨタヨタと拠点の方に歩いていく。

 朝だというのに真夜中のような暗闇の中、この嵐によって無残にも倒壊してしまった家の残骸、その傍に置いてあるペットボトルの水を手に取り、ガブガブと飲み干した。

 

『――――』

 

 口元を拭い、背筋を伸ばす。

 そして睨みつけるように海に視線を向けたセイバーが、再び漁へと赴いて行く。

 何を喋る事もなく、ただ海に向かって真っすぐ歩いて行く。身体を打ち付ける雨風になど、もう意識すら留めない。

 

「…………セイバー……」

 

 思わず呟いた、彼女の呼び名。

 だが彼女の疲労した、しかし燃えるような決意を宿したその瞳を見て、キャスターは何も言えなくなってしまう。

 

 波に遊ばれ、それでも懸命に泳ぐ。

 ひとたび潜れば水流にのまれ、その度に必死に態勢を立て直して海面を目指す。

 

 そんな事が今日も、何度も何度も繰り返された。

 

 

 

 

 

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 ~一か月一万円生活、21日目~  (ナレーション、氷室鐘)

 

 

 荒れ狂う海の映像が、再びモニターに映る。

 時刻は9時、昨日よりは幾分か明るい空。それでも島は激しい嵐に襲われ、海は巨大な怪物のようにその身をうねらせている。

 

『――――ぶはぁッッ!! ……はっ! ……はぁぁーっ!!』

 

 勢いよく海面に飛び出し、陸に向かうセイバーの姿が映し出される。

 そのスピードは遅く、前日に比べても明らかに緩慢な動きの泳ぎ。

 

『……ッ!! ……ッッッ!!!!』

 

 今崖をよじ登ろうとしたセイバーが、足を滑らせ海面に落下する。

 慌てて身体をバタつかせ、必死になって水面に上がり、再び岩に手をかける。

 なんとか崖をよじ登った後も、彼女は暫く地面に手を付いたたまま、立ち上がる事が出来ない。

 

「 ――――ねぇ!! なんで止めないの坊や!? なんで止めなかったのっ!!!! 」

 

 その姿を見て、キャスターが激昂する。

 まっすぐに士郎を睨みつけ、怒りに任せて言葉を放つ。

 

「 止めなさいよ!! ボロボロじゃないあの子! 何してるのッ!!

  貴方あの子のマスターでしょう!? なぜあんな姿にさせておくのッッ!!!! 」

 

 立ち上がり、士郎に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。その行為はこの場の者達によって止められるが、キャスターの怒りが止まる事は無い。

 

「 何よ魚獲りって!! 何なのよ一万円生活って!! ふざけないでよッッ!!!!

  ……あの子のあんな姿見て何が楽しいのっ!? 惨めな姿を見て嬉しいの!?!?!

  ――――いったい何してるのよ貴方達ッッ!!!! 」

 

 涙を流して詰め寄るキャスター。悲痛な叫び声がこの部屋に響く。

 

「キャスター」

 

「 なによアーチャー! なんなのよ!!

  貴方だってどうせ、この子たちと同じ 」

 

「――――キャスターッ!!」

 

 アーチャーの一喝に、思わず黙り込むキャスター。

 未だ流れる涙は止まる事は無い。それでも聡明な彼女は、すぐに自分が子供たちに言ってしまった事を思い出し、冷静さを取り戻す。

 

「……見てみたまえキャスター。セイバーが泳いでいる(・・・・・)

 

 優しく肩を抱きながら、視線でモニターを指すアーチャー。

 

「流されるのではなく、泳いでいる。

 のまれるのではなく、しっかりと潜っているぞ」

 

「―――ッ!?」

 

 いまモニターに映るのは、前日までとは違い、必死に波に抗って泳いでみせるセイバーの姿。

 嵐は今も吹き荒れている。波も水流も暴れ狂っている。それでもセイバーが、必死にそれに立ち向かっている。

 

「止めんなキャスター。これはアイツの戦いだ。

 俺達がどうこう出来るこっちゃねぇ」

 

「見ていて下さいキャスター。

 セイバーなら、きっとこんな海に負けたりはしません。……私は知っています」

 

 サーヴァント達が、まっすぐキャスターを見据える。

 その眼には真剣さ、そして強い信頼が宿る。

 

「君も知っているだろう? セイバーの強さを。

 彼女は我らサーヴァントの筆頭。折れる事など、あり得ん――――」

 

 

 今セイバーが、力強くナイフを突き出した。

 それは魚に躱されてしまうが、この荒れ狂う海の中で、即座に態勢を立て直してみせた。

 

 

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『―――――おぉぉぉおおおッッ!!!!』

 

 セイバーが海中を駆けて行く(・・・・・)

 時に海底を蹴り、時に岸壁を蹴り、猛然と魚を追っていく。

 

 躱されても、躱されても、お構いなし。

 ただひたすら魚目掛けて、右手のナイフを突き出していく。

 

「キツイだろうな、やっこさんはモリですらヒラリと躱す連中だ。

 ナイフ当てるどころか、追う事すら容易じゃねぇ」

 

「泳ぐ速度はどうしても向こうが上です。

 人は知恵を絞り、隙を伺い……一瞬の好機をモノにするしかありません」

 

 上から、横から、後ろから。あらゆる角度から魚に迫っていく。

 もう前日までのセイバーではない。その泳ぎは研ぎ澄まされ、漁の為に特化されていく。

 

「ねぇ! あれ見て!!」

 

「……デカイぞッ! なんだあの大物はッ!!」

 

 ふと画面に姿を現したのは、紫褐色を帯びた淡いピンクの身体。

 悠然とカメラの方を向き、その大きなヒレを神秘的な動きでユラユラと揺らしている。 ――――“真鯛“だ! それも1メートルを超えている! こんな大物、滅多にお目にかかれないッ!!

 

『――――ッッ!!』

 

 即座にセイバーが態勢を整え、真鯛に向かって突撃していく。

 狙うは頭上から。潜水の勢いを持って一気に貫くッ!!

 

「いけるぞッ! ヤツはまだ気づいちゃいねぇ!!」

 

 イルカのように身体をうねらせ、ありったけの速度を持って迫っていく。今のセイバーは、解き放たれた矢の如しだ!

 

「おねがいっ……! おねがいセイバー……ッ!!」

 

「セイバー!!」

 

 ヤツがチラリとこちらを見る仕草をする。――――だがもう遅いッ!!

 

「 やってしまえッ!! 一気に貫けセイバーッッ!! 」

 

『 えぇぇええエクスカリバーーーーーーーーッッ!!!! 』

 

 右腕を射出するように、一気に貫く!!

 その勢いは水流となって、辺り一面を衝撃で揺らす!!!!

 

 

 

 

 

『 ――――獲ぉぉぉぉったどぉぉぉおおおーーーーーッッ!!!! 』

 

 

 

 叫ぶ――――

 天に向かい、右腕を振り上げる――――

 

 いま彼女が手にするナイフには、見た事の無いような立派な真鯛が、ブッ刺さっていた!!!!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『ぴ……ピンポーン!!

 ……こんにちわ切嗣!! こんにちわお母様!!』

 

 嵐が去り、胸がすくような快晴の空。

 今イリヤスフィール・フォン・アインツベルンがとびっきりのお土産を持って、切嗣の住む家に訪れた。

 

『い……イリヤ!?!?

 どうしてこんな所にっ! ……僕は夢を見てるのかッ!?』

 

『……イリヤッ!! あぁイリヤァーーーッ!!!!』

 

 扉を開け、そこにいたモジモジと愛らしい小さなお客様を見つけた二人は、もう歓喜の声を上げてイリヤを抱きしめた。

 

『ちょっ……切嗣ッ! お母様ッ!!』

 

『イリヤッ! あぁイリヤ!! 本当にイリヤなのかい!?』

 

『イリヤァァーー!! あぁイリヤイリヤイリヤーーーっ!!』

 

 彼らがそのMAXテンションを落ち着かせた後に聞いた話だが、切嗣とアイリがこの無人島に住んでいるのには、事情があっての事だったらしい。

 もちろん冬木の聖杯がらみの事なので詳しい事情は省くが、今こうしている切嗣とアイリはまごう事無く“故人“だ。

 その身はいつ消える物とも分からなければ、再びアインツベルンに帰って生活する事も出来はしない。

 

 いくら愛しているとはいえ、会いたくて見たくて仕方ないとはいえ……、彼らが愛娘であるイリヤ、そして養子である士郎に会う事は出来ない。

 若くして親を亡くし、それでも苦しみながら立派にひとり立ちした子供たちに向かって「お父さん達帰って来たよ」などと、どうして言えよう。

 自分達はまたすぐ消えてしまうような身だと言うのに。

 

 だからこの世界にいる間、ここで静かに暮らそう。

 生前は果たせなかった良き夫、そして良き妻として寄り添おう。二人で静かに生きよう。

 そしていつか帰る時は、子供たちの幸せを願い、思い出を胸に帰っていこう。

 たくさん悩んで、たくさん涙を流し、それでも二人は心から子供たちの事を想い、そう見守る事に決めたのだった。

 

『ごめんなさい切嗣、お母様……。私そんな事があったなんて知らなかった。

 二人が私を愛してくれてたって、ちゃんと知ってたハズなのに……』

 

 でももう、止まらない。

 一度会ってしまえば、溢れ出す愛情と想いが止められない。

 三人は抱き合いながら、随分長い間、ただただ涙を流した。

 

『この前は、本当にごめんなさい。

 勝手に家に入ってお味噌汁を飲んだの、私なの……』

 

『いいのよイリヤ! そんなのこれからいくらでも作ってあげるわ!』

 

『僕らは本当に、いつ消えるともわからない身なんだ。

 それでもこれからは、一緒に暮らそう。

 残された時を精一杯過ごして、みんなで幸せになろう』

 

『うん! ありがとう切嗣! お母様!!

 あ、実は今日ね? 二人にお土産を持って来たの!

 この前のお詫びってワケじゃないんだけど……』

 

 やがてその顔に微笑みを取り戻したイリヤが差し出したのは、大きなまな板に乗った“鯛の活け造り“

 それは決して職人さんがやるような綺麗な出来栄えではないけれど、イリヤの心の籠った立派な料理だった。

 

『すごい! こんな立派な鯛、お父さんも獲った事ないよ!!』

 

『これイリヤが捌いたの!? とっても大変だったでしょうに!』

 

『ううん、違うの二人とも』

 

 イリヤが大好きな二人の顔を見つめ、花のような笑顔を浮かべる。

 

 

『友達といっしょに作ったの。

 イリヤのために沢山がんばってくれた、すごい友だちなんだよ――――』

 

 

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 ~一か月一万円生活、22日目~  (ナレーション、三枝由紀香)

 

 

 まん丸のお月様が綺麗だ。セイバーはただ夜空を見上げて、思う。

 

 時刻は午前0時。日付が変わった所だ。

 現在セイバーは海に面した岸壁に腰かけ、静かに夜空を眺めている。

 

『気が付けば、夜になっていました。

 あれから泥のように眠りましたが、まだ節々が痛い』

 

「おめぇ地面に直に寝てたからな。そりゃ痛かろうよ」

 

 嵐がピタリとやんだお昼時、セイバーはセラ達の住む家へと戻り、即座に調理を開始した。

 家にたどり着いた時、プリプリと愛らしく怒るセラの顔、そして「おかえり」と言ってくれたセラの心が嬉しかった。

 その後はあーだこーだ言いながら、セラ監修の元イリヤと鯛を捌いた。

 お魚を捌くというはじめての経験に、イリヤがとても楽しそうだったのを憶えている。

 

 その後は漁船の上で手を振るイリヤを見送り、ランスと共に拠点へと帰って来た。

 ランスに餌と水を用意してから泥のように眠ったが、その間ずっとランスはセイバーに寄り添ってくれていたようだ。ちなみに今も隣で寝息を立てている。

 

『思えば……イリヤスフィールに全ての罪を被せてしまいましたね……。

 頑張って魚を獲ったので、どうか許して欲しい』

 

 一緒に家に忍び込んだ事、そして鯛の活け造りを作った事。それをセイバーはイリヤに口止めした。

 大した理由があったワケではない。ただ家族三人が団らんするのなら、そこに自分の名前が入る事を無粋だと思っただけだ。

 イリヤが魚を調理し、それをありったけの想いを込めて二人に届けた。

 それだけで良いのだと、セイバーは思う。

 

『正直……かなりお腹が空いていました……。

 もし貴方がたまごを産んでくれていなければ、

 私は起き上がれなかったかもしれない』

 

 zzz……と寝息を立てるランスを、優しく撫でる。

 昼間セイバーが寝る前に食べた、ふたつも玉子を使った目玉焼き。あれがあったからこそ、自分は今こうして優しくまどろんでいられる。心身共に元気でいられる。

 

『なにやら、久しぶりに良い気分です。

 ここ最近はソーセージの日々だの漁だので、私には余裕という物が無かった。

 きっと、心が追い詰められていたのですね』

 

 今頃、切嗣やアイリと一緒のベッドで眠るイリヤ。その微笑ましい光景を想像し、胸が暖かくなる。

 今日からまた頑張れる。生きられる。

 リズに正式に譲渡された大切なナイフを見つめ、セイバーはコクリと頷く。まるで自分自身の心に「うん」と、そう返事をするようにして。

 

 するとそんな彼女の背後から、優しく声をかける者の姿があった。

 

『――――がんばったなセイバー。ずっと見てたよ』

 

 思わず、息が詰まった。

 月明りに照らされた微笑み、久しぶりに見る事の出来たその姿に、呼吸すら忘れる。

 

『し――――シロウッ!?』

 

『おう、来たよセイバー。お前に届け物だ』

 

 そこにあったのは、心からの優しい笑みをする、大切なマスターの姿。

 いま士郎が右手に意識を集中し、その魔力を持って、一本の投影物を作り上げた。

 

『よっと。……うん上出来だ! これなら折れる事なんて無い』

 

 士郎の右手に現れたのは、一本のモリ。

 以前の市販の三本モリとは違い、その鋭く輝く先端は一本。

 どんな困難にも負けず、決意を貫く――――そんな想いを体現しているかのような、立派な一本モリだった。

 

『お前の新しい得物だ。受け取ってくれるか?』

 

『シロウ……』

 

 目の前に差し出される、士郎の想いの籠った得物。

 彼がセイバーの為に作った、最高の武器――――

 

 

『誓えるかセイバー。残りの9日間、精一杯やるって。

 このモリで……最後までお前らしく戦い抜くって』

 

 

 まるで騎士が主に誓いを立てるように。

 忠誠を誓い、名誉と共に宝を賜るように。

 

 今セイバーが主の前に跪き……首を垂れ、差し出された一本モリを大切に両手で受ける。

 

 

『――――誓いましょう、我が戦いはこの一本モリと共にある。

 貴方のサーヴァントの名に恥じぬよう、精一杯戦い抜く事を』

 

 

 あの日、月明りの下で交わした誓い。

 たとえ地獄に落ちても忘れないだろうと感じた、この上なく美しい姿。

 

 今、あの時と同じように……、まっすぐに士郎を見つめるセイバーが、強く頷いた。

 

 

 


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