一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン 作:hasegawa
まん丸お月様の照らす月明りの下、セイバーは再びランスと共に、岸壁に腰掛けていた。
まるでこの数日の嵐が嘘だったかのように、眼前の海は穏やかさを見せている。
静かに打ち寄せては消える、波の音。その心地よさに耳を澄ませる。
『――――しかしながら、おかしいのではないかと思う』
「「「?」」」
何やらどこという風でも無く前を見つめながら、憮然とした真顔でセイバーが呟く。
今セイバーの手にあるのは、新しい得物である一本やり。彼女の健闘と無事を願い、士郎がありったけの想いを込めて投影した物。
正に“
だがそれをセイバーに手渡した後、士郎は短く「じゃあなセイバー」とだけ告げて、そのまま振り返りもせずスタスタと帰っていた。この場を立ち去って行った。
それがセイバーには、大いに気に喰わないのだ。
『私がやっているのは、一か月一万円での生活。
特にシロウと会う事を禁じられたワケでも、
共に居る事を禁じられたワケでも無いハズだ』
「えっ、何言ってるのこの子?」
なぜ帰るのか。なぜ大切なサーヴァントをもっと労う事無く、頭をナデナデよしよしする事もなく帰って行ったのか。それが大いに気に喰わない。
『切嗣は、アイリスフィールを抱きしめていたではないですか。
あんなにも、らぶらぶチュッチュとしていたではないですか』
「だから何言ってるのこの子?」
あのイチャイチャ夫婦を見た後だから、余計にそう思う。
私たち主従には、圧倒的にコミュニケーションが足りない。致命的に不足している。そう確信する次第だ。
『この月明りは、何の為ですか?
この人っ子ひとり居ない場所と、ロマンチックな雰囲気は何の為ですか?』
「口を閉じたまえセイバー。洩れてる洩れてる」
『 ――――もちろんそれは! 我らがイチャイチャする為に他ならないッッ!!!! 』
「ついに叫び出しましたよ?! 心の扉フルオープンですか!?」
もし心の形をダムに例えるのなら、それは一瞬にして大決壊。中の水が大いにザッパーといっている。
『何故ですかシロウ!? なぜイチャイチャしようとしないのです!!
前は一緒にお風呂に入っていたではないですか!!!!』
「 何してんのよアンタ達ッ!!!!
あたしも桜もここに住んでるのに!? いつよ!?!? 」
凛と桜が思わず士郎の方を向く。彼は黙って目を逸らすばかり。
『抱きしめれば良いではないですか! ギュッてして下さい!!
それで「アルトリア獲ったどー!」とか言えば良いじゃないですか!!』
「魚かおめぇは! モリで刺されろバカ!」
『これは由々しき問題だ! 断固抗議しなくてはならないッ!!
とりあえずこの怒りを、今から海にぶつけてこようと思います!
なにやらもう、辛抱たまりませんので!
……さぁランスロット、いったん拠点に戻りますよ!!」
zzz……と寝息を立てるランスを抱きかかえ、ダダダとばかりにセイバーが駆けて行く。
拠点に張ったテント内にランスを寝かせた後、凄まじい速度をもって海へと走り、そのまま勢いよく飛び込んだ。
『エクスモリバーーッ!!』(アジ)
『エクスモリバーーーッ!!!』(カワハギ)
『エクスモリバーーーーッ!!!!』(カサゴ)
次々と魚をゲットしていくセイバー。ビシュンビシュンとモリが唸る。怒りの感情そのままに縦横無尽に海中を駆けまわる。
とにもかくにも、士郎のくれたこの得物は確かな性能のようだ。まるで吸いつくように手に馴染み、一度たりとも狙いを外す事が無い。
そしてそれが、何故だか無性に腹立つ。
『エクスモリバー!』(イカ)
『エクスモリバーッ!』(メジナ)
『エクスモリバーーッ!!』(ヒラメ)
『エクスモリバーーーッ!!!』(ハマチ)
『エクスモリバーーーーッ!!!!』(伊勢エビ)
「「「 つよっ!! エクスモリバーつよっ!! 」」」
「 もう良いだろうがよ!? そんな食えねぇよ!! 」
この武器の確かな性能、それに加えて現在は夜である。
すなわちお魚さん達の睡眠時間ということもあり、絶好のハンティングタイム! もう入れ食いの状態だ。(モリ突き漁だけど)
手持ちの網を魚でいっぱいにしては、いったん拠点に置きに戻る。
また網をいっぱいにしては、拠点に戻る。セイバーはそれを延々と繰り返していく。
結局夜が明けるまで漁を続け、もうビックリする位に魚を獲ることが出来た。
『ぬぅおぉぉぉおおおお~~ッッ!!』シュババババ
その一部をクーラーボックスに入れたセイバーは、即座にピョーンと岸壁から飛び降り、そのまま水上ダッシュで走る。
片道一時間の距離を行き、いったん冬木市へ戻っていく。
『おぉ! お魚だ! こんなにいっぱい余にくれるのか!?
ありがとう隣の部屋の人!』
バンザーイ! と両手を上げて無邪気に喜ぶ、赤いドレスの女の子。
そのキラキラした愛らしい笑顔をしっかりと見届けた後、すぐさまセイバーは海に引き返し、また水上を走った。
そして、やがてスッキリした顔で無人島に帰還し、ようやくいつもの拠点にて、その足を止めた。
『――――ふぅ、なにやら清々しい心地です。
やはり何かあった時は、運動をするに限る』
「私の涙を返して?」
大丈夫、この子は大丈夫。鉄で出来ているのよ。
もう今後何があろうとも、セイバーの身体を心配したりはしない。キャスターはそう心に誓う。
アンタ普段どんだけ甘やかしてたのよ……。
そんな皆からの目線が痛い、士郎であった。
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~一か月一万円生活、24日目~
その後もセイバーの一か月一万円生活は愉快に、そして穏やかに過ぎて行った――――
『出来ました! セイバーハウス2号です!!』
『コケェーー!!』
「クォリティ上がりましたね。
というか、開き直ってキン肉〇ン描いてないですか?」
~25日目~
『料理の神よぉー! 火の神様よぉ~!』
『コケェーー!!』
「 油にポーンやめなさいっ!! 魚は捌けるようになったでしょうが!! 」
~26日目~
『いざ勝負です! 我がエクスモリバーを受けるが良い!!』
「セイバーvs海のギャングか……心が躍るな」
「さっき、でけぇタコにびびってたけどな。
なんかトラウマでもあんのか?」
~27日目~
『拠点の近くで、放置されていた五右衛門風呂を発見しました。
さっそく入ってみたいと思います』
「 ちょ……なに撮ってんのよバカ!!
貴方たち目を瞑りなさい! 早く瞑りなさいなっ!! 」
「 男子サイテー!! 」
~28日目~
『ランスロット……貴方なら出来ます。
共に漁に出ようではありませんか……』
「 ニワトリを海に入れようとするな!! 君ものほほんとしてないで逃げたまえ!! 」
「 ランス?! 私のランスがッッ!!
どんぶらこと言わんばかりにぃぃぃいいいーーーーッッッ!!!! 」
~29日目~
『 獲ったどぉぉおおーーーーッッ!!!! 』
「――――サメッ?! ついにサメ獲ったのこの子!?」
「ちゃんと全部食えんだろうなお前……。美味ぇらしいがよ……」
時に笑い、時に落ち込み……。
それでもセイバーはこの一か月一万円生活を、自分らしく精一杯、駆け抜けていった。
あの月の夜、士郎に約束した通りに――――