一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン   作:hasegawa

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三騎士の誇り。

 

 

 ~ 一か月一万円生活、いちにち目 ~ (ナレーション、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン)

 

 

『どうも。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンです』

 

 ニワトリのランスロット(雌鶏)と共に、ちゃぶ台カメラに顔を寄せているセイバー。

 

『本日より、この一か月一万円生活を開始します。

 至らぬ点もあると思いますが、ランスロット共々どうかよろしくお願いします。

 この剣にかけて、精一杯励むつもりです』

 

 カメラに向かい、ペコリと頭を下げるセイバー。

 隣のランスロット(雌)もそれに倣い、一緒にペコリと頭を下げている。大変微笑ましい光景だ。

 

『我がマスターシロウの名を汚す事なきよう頑張ります。

 そして“アルトリア・ペンドラゴンここにあり“というのを、

 凛たちに見せつけてやらねばなるまい。

 見事この試練を越えて見せた暁には、彼女たちも存分に見直す事だろう。

 あぁアーサー王……! アーサー王……ッ!!

 ……そう私を称賛する様が、目に浮かぶようだ』

 

 腕を組み、満足そうにウムウムと頷くセイバー。隣でランスロットは「コッコッコ」と呑気に鳴いている。

 それを見つめる凛の顔は、なにやらひくついているけれど。

 

『では始めましょう、我らの戦いをッ!! さぁ声をあげなさいランスロット!

 そ~れ! えい、えい、おーーう!! えい、えい、おーーう!!』

 

 満面の笑みで拳を振り上げるセイバーに、それに合わせるようにパタパタ羽を動かすランスロット。

 とりあえず、二人がとっても仲の良い事は分かった。

 

 

……………………

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 ――――所信表明から、3時間後――――

 

 

「あの……。セイバーはいったい、何をしているのですか……?」

 

 モニターを見つめ、不思議そうにキョトンとするライダーさん。

 しかし、それはこの場にいる者達も同じだ。

 

『――――』

 

 今後の抱負を語り終え、早速この生活に挑むべく行動を開始したかに見えたセイバー。

 しかし彼女はあれから一歩も動く事なく、ただただずっと部屋の一角にうずくまり、そこから動こうとしないのだ。

 

『――――――』

 

 彼女は今、まるで受け皿のようにしてランスロット(雌)のおしりの下に手を置いており、もう3時間ずっとその姿勢のまま。微動だにしていない。

 

 

「なんでコイツは、ニワトリに土下座してんだ?」

 

 

 まるで「ははーっ!」とでも言うかのような姿勢で、ニワトリに頭を下げ続けているセイバー。

 一国の王でもあった彼女だが、その姿はもう農民とかにしか見えない。

 

「お……おそらくだがセイバーは、

 たまごを産むのを待っている(・・・・・・・・・・・・・)んじゃないのかね……?」

 

 見た目はニワトリに土下座する人そのものだが……よく見るとセイバーが「じぃ~っ」とランスロットのおしりを見つめているのが分かる。

 たまごを産もうとする一瞬の機微を見逃さぬよう、常にぐぬぬっ……と神経を張りつめているのが見て取れるのだ。

 

「マジで言ってんのかよアーチャー!?

 それじゃあコイツ……これから、この姿勢で……?」

 

「ずっとこうやって過ごすの?!

 ずっとニワトリに土下座し続けてくつもりなの!? 今日から一か月間?!」

 

「どんな生活ですか! インドの修行僧ですか!!」

 

 衛宮家にサーヴァント達の怒号が響くが、そんな声は届くハズもなく、たまごを待ち続けるセイバー。

 気配を消し、まるで物音を立てたら死ぬとでも言うかのように、じっとランスロットのおしりを見つめ続けている。

 

「お、俺ぁ今……何を見せられてんだ……?」

 

「この子に負けたの私……? こんなおバカな子に?」

 

「アーサー王……アーサー王……」

 

 ひたすらニワトリに跪くセイバー。それに対し、今ものほほんと寛いでいるランスロット。

 ……なにやらこの家のカーストを垣間見た気がする、サーヴァント一同であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ―――さらに1時間後―――

 

 

『――――ふむ、もう昼ですか。

 そろそろお腹が空いてきましたね』

 

「キリッとしてんじゃねぇよ。おめぇ土下座してたんだよ今まで」

 

 ランスロットのおしりから顔を上げ、何事もなかったかのようにスッと立ち上がるセイバー。

 よかった……さすがにずっとこのままじゃなかった……。そうサーヴァント達は安心する。

 第5次を競い合った戦友が、ニワトリに土下座し続ける映像を延々と観せられる。なんの拷問だそれは。

 

『ではひとつ、食料調達にスーパーへ向かう事としましょう。

 行きますよランスロット』

 

「コケー!」と返事をするランスロットを抱きかかえ、セイバーが冬木商店街へと繰り出していく。

 

『……えっ? この店は、ニワトリを連れて来てはいけないのですか?』

 

「 当たり前でしょう!! なにやってるのおバカ!! 」

 

 そして画面には、しょんぼりとニワトリを胸に引き返していくセイバーの姿。その背中には哀愁が漂っていた。

 

『さて、ランスロットを家に置いてきました。

 若干のトラブルはありましたが、改めて買い物に挑戦です』

 

「トラブルじゃないです。貴方が愚かなだけです」

 

 店内の主婦たちを参考にし、買い物かごとカートを準備するセイバー。人生初となる買い物体験に、なにやらにやけ顔の様子だ。

 

『新鮮な魚や、沢山のお肉……。

 素晴らしい、我がアヴァロンはここにあったのだ』

 

「やっすいアヴァロンだなおい……。まぁ気持ちは分からんでも無いがよ」

 

 店内を見て回り、時に「ほうほう」と驚嘆の声を上げているセイバー。

 自分達もこの時代に来た当時は、溢れんばかりに食料が並ぶこの光景に目を見開いたものである。

 なんと豊かな時代、なんと素晴らしい国なのかと。それを思い出し、サーヴァント達も感慨深い気持ちになる。

 

『聖杯からの知識により、買い物の作法は心得ています。

 加えて私には、我がマスターより授かったアドバイスもある。

 何も恐れる事は無い』

 

「……おっ? 坊主ぅ~、なんだかんだ言ってお前、

 けっこう甘やかしてんじゃねぇのかぁ~?」

 

「……いやっ、そんな事ないよ!! ただセイバーは買い物が初めてなんだからさ?

 どんな風に考えて買っていったら良いのかだけ、教えといたんだよ」

 

「まぁ、必要よね。何事も指針や基本というのは大事だわ。

 買い物は決して簡単ではないもの。ただ買えば良いという物じゃないし」

 

 必要な物を見極め、しっかりと先を見据え、財布と相談する。買い物は奥が深いのだとキャスターが力説する。

 

『我が主の助言通り、今日は“10日分“の買い物をする事とします。

 賞味期限もしっかり考慮していかなければ』

 

「……ここが大事になってきますね。今後の生活を左右する重要な行動です。

 まずはお手並み拝見といきましょう、セイバー」

 

 ライダーも興味深そうに画面を見つめる。自分の好きなシーフードなんかを買ってくれないかな、でも日持ちは大丈夫かな? そんな風に楽しんでいるのが見て取れる。

 

『まずはワイン樽と、肉塊の塩漬けを……』

 

「 兵糧かっ!! どこに行軍すんだよお前!! 」

 

 感覚がもう戦乱時代だ。やっぱセイバーって昔の人だったんだなと改めて実感する一同。

 

『……ない。どうやらここでは扱っていないようだ。

 仕方がない、他の物を購入するとしましょう』

 

「売っていなくて良かったです……。そもそも一万円では買えません……」

 

 改めて、ゆっくり店内を見て回るセイバー。沢山の食料に囲まれて、彼女も嬉しそうだ。

 

『しかしながら、こうして自分の食べたい物を選ぶというのも……、

 なにやら新鮮な気分です。

 シロウの用意してくれる食事は非の打ち所がない無い物ばかりですが、

 たまにはこういった体験も良い。

 ……いけないいけない、しっかり見定めて物を選ばなければ。

 軍資金は限られているのだから』

 

「 あの野郎ッ、どや顔でバイエルンかごに入れやがったぞ!! 」

 

「 コアラのマーチを棚に戻せ! きのこの山から手を放すんだッ!! 」

 

『宮城産のセール品のお米が1500円……、

 対してこちらの三重県産こしひかりが1980円。……ぐぬぬ』

 

「分かってるわねセイバー……。右よ? 右の宮城県産のよ?」

 

『いや……、でも“安物買いの銭失い“と言いますし……、

 ここは三重県産のを……』

 

「 そりゃ家電とかの話だろうが!! いいもん食いてぇだけじゃねぇかッ!! 」

 

「 余計な言葉ばかり憶えてッ!! ホントにこの子は! もうッ!!!! 」

 

『……ほう、蟹? こちらは噂に聞くウニというヤツですか?』

 

「 鮮魚コーナーから離れなさい!! 今すぐ離れなさいッッ!!!! 」

 

『店主、こちらの“松坂なんたら“という牛ヒレ肉を、とりあえず5キロ』

 

「 折れ!! 誰かあの包丁をヘシ折れッ!! 取返しがつかんぞ!!!! 」

 

『おや? なにやらカゴがいっぱいになってきましたね。

 では二つ目のカゴに突入です。ふふふ』

 

「 笑ってんじゃないわよ! 一個目が既にえらい事になってんのよ!! 」

 

『もやし……。このもやしこそ、節約生活における頼れる友なのです。

 3つほど購入していきましょう』

 

「 もう無理だよ! もやし程度じゃどうにもなんないよ!! 」

 

「 節約を何だと思ってるんですか!! 」

 

 

 

『――――お会計、6万8500円になります』

 

『えっ』

 

「 そらそうだろうがよッッ!!!! ……いったん仕切り直せセイバー!

  必死こいて謝れッ!! 今こそ土下座だろうが!!!! 」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ―――20分後―――

 

 一生懸命店員さんに謝り、いったん全ての品を戻してもらったセイバー。

 どうやら先ほどの一件がトラウマになった様子で、ビクビクと羊のように怯えながら、今度は慎重に買い物を進めていった。

 

『……と、とりあえず今日は、お米といくつかの食材だけを購入しておきましょう』

 

「賢明だよバカ。つかよく許されたなオイ」

 

「あのお肉、もう切っちゃってたものね……。

 “外人さんだから買い物に慣れてない“みたいに許してくれたのかも」

 

 優しい店員さんで本当に良かった。これから私達もあのお店で買い物をしよう。売上に貢献しよう。そう誓う一同。

 そして本日セイバーが購入した食材は、これだ。

 

 

・宮城産お米10Kg、1500円

・もやし3袋、99円

・納豆3パック入り、70円

・キャベツひと玉、140円

・じゃがいも500g、80円

・ハ〇ス、ジャワカレー、100円

・ぼんち揚げ、98円

 計2087円也

 

 

「なにやら最後に、良からぬ物が見えるのだが……」

 

「さっきのを見てたら、もう怒る気にもなれないわ……。

 まぁ一応はセール品みたいだし、落としどころなんじゃないかしら」

 

「努力の後は見えますよ?

 納豆、じゃがいも、カレーなどもセール品のようですし、悪くない買い物かと」

 

「納豆は朝メシ、キャベツともやしは今後の為に買っといたんだろう。

 後は米買ってカレー粉にじゃがいもっつー事は……アイツやる気だなオイ」

 

 カレーを作ります――――

 この買い物一覧表から、そんなセイバーの声が聞こえてくるかのようだ。

 

「是非とも玉ねぎは欲しい所だったが……、

 まぁセール品ではなかった為、断念したんだろう」

 

「贅沢を言うならお肉や人参もだけど……これは言いっこ無しね。

 健気に我慢をしたのでしょう。他の具はまた別の機会ね」

 

「材料がシンプルになれば、かえって調理工程が省けて作りやすくなる。

 失敗をしづらいかもしれません」

 

「料理初心者……いや入門者か。そんなアイツにはいいんじゃねぇか?

 一回多めに作っちまえば、カレーってのは何日か食えるしな。悪かねぇよ」

 

 そう頷き合うサーヴァント達。当初危惧していた事態にはならず、ホッと胸を撫でおろす。

 

「桜、お前から見てこの買い物はどうなんだ?」

 

「う~ん、今日はぼんち揚げの他には“必要最低限“ですから、なんとも……。

 お醤油やお塩なんかは家にありますし、今後の節約次第ですね……」

 

 ちなみに醤油などの調味料、シャンプー石鹸などの必要最低限の雑貨はあらかじめ家に用意されている。

 この辺はあらゆる意味で初心者なセイバーなので、許してあげようと凛達が決めた。

 下手したらセイバーが餓死してしまうのだ。サーヴァントなのに。

 

「本当はお米じゃなくて、小麦粉とかパスタとか……そういった方法もあります。

 ですが、そこまでセイバーさんに求めるのは……」

 

「無理だな。小麦粉買った所で何も作れないよアイツ。

 パスタは良いかもしれないけど、いちいちレトルトのソース買うってのもな……。

 やるならある程度の知識と腕がいるよ」

 

 料理の出来る士郎たちならともかく、セイバーに取れる方法というのは限られている。思考を凝らして工夫していくというより、もう最後は我慢とか根性とかになってくるのかもしれない。慎二はウムム……と眉を歪ませる。

 

「まぁTVだっていうならともかく、これはセイバーの純粋な挑戦なんだ。

 見栄えや上手さなんかはいらないよ。

 衛宮だって、最後セイバーが元気に帰ってきさえすりゃ万々歳なんだ。

 アイツがどこまで頑張れるか、見ててやろうぜ」

 

「ふふ♪ そうですね兄さん♪」

 

 シニカルなようで、意外と情に厚い。そんな兄の姿を、桜は嬉しそうに見つめた。

 

『さて、此度の買い物により、我が軍資金は“6413円“となりました。

 若干心もとなく見えるやもしれませんが、これはお米を買った為。

 これからは少ない買い物でやりくりしていけるハズです』

 

 お米を担ぎ、買った品物をエコバッグに入れ、セイバーは満足そうに「フンス!」と自動ドアを出ていく。

 現在は昼過ぎ、真上にあるお日様が眩しい。まるで私の戦いに栄光あれと祝福してくれているようではないか。そんな風に意気揚々と帰路に着く。

 いざ帰らん、ランスロット(雌鶏)の待つ我が城へ――――

 

「アイツ……帰ったらまたニワトリに土下座すんのかな……」

 

「恐らく……たまご産まれるまでは続けるつもりなんじゃないでしょうか……」

 

 そんなランサーライダーの会話も知る事なく、セイバーが肩で風を切って進んでいく。

 その歩き姿は堂々たる物だったが……ふと何かを見つけでもしたのか、その足取りが突然止まってしまった。

 

「ん? どうかしたのか彼女は?」

 

「急に立ち止まってしまったけれど……、なんか表情もおかしくないかしら?」

 

 アーチャーキャスターが心配の声を上げる中、なにやらセイバーの表情が「ぐむむ……」と苦悶を浮かべているのが見て取れた。

 

「あ……これヤベェぞお前ら!! 奥だ! 商店街の奥だッ!!」

 

 ランサーの言葉にふと目をやってみると、現在セイバーが見つめる視線の先に、一軒のお店がある事に一同は気付く。

 

「た、たい焼き屋さん……だと……?」

 

 絶句しながらモニターを観るアーチャー。

 でも今セイバーの方は、もう看板に穴の開きそうな程にたい焼き屋さんを見ている。

 

「ちょ……嘘よね? 買ったりしないわよね?」

 

「冗談だと言って下さい……! 貴方は決して、そんな……!」

 

「いやいやいや……、いくらなんでもそりゃあ……」

 

 冷や汗を流し、まるで懇願するような目でモニターを見つめる一同。

 今セイバーの表情は苦悶に歪み、その手はプルプルと震えているのが分かる。

 

「出来る! 貴方は我慢できる子よセイバー!!」

 

「そうだっ、君はセイバーじゃないか! 誉れ高き三騎士の一人だ!!」

 

「アーサー王……! アーサー王ッ……!!」

 

「走れッ!! 目ぇつぶって駆け抜けろッ!! 商店街をッ!!!!」

 

 そう声援を送る内に何故か唐突に画面が暗転し……、やがて暫く経った後、復活した画面には“3分後“というテロップが流れた。

 

 

『――――さて、我が軍資金は“6213円“となったワケですが』

 

「買ってんじゃねぇよぉぉぉおおおーーーーッッ!!!!

 食ってんじゃねぇよお前ぇぇぇえええッッッッ!!!!」

 

「キリッとしてんじゃないわよ!!

 口にあんこ付いてんのよアンタ!!!!」

 

 

 衛宮家の面々が一斉に倒れ伏す中……セイバーはご機嫌な顔で「ルンルン♪」と家に帰って行った。

 

 

 


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