一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン 作:hasegawa
本日の買い物を終え、そしてたい焼き屋さんを後にしたセイバー。
このままランスロット(雌鶏)の待つ家へ帰宅するのかと思われたが……どうやら彼女はある一軒の家に立ち寄っている様子だった。
『お~お嬢ちゃん。よぉ来たねぇ~』
麦わら帽子を被った、人の好さそうなおじさん。その隣には奥さんであろう優しい笑顔を浮かべる女性の姿もある。
「お? この夫婦って、セイバーが言ってた“農家のおじさん“なんじゃねぇか?」
セイバーは笑顔で挨拶を交わし、朗らかに談笑している。
今日スーパーであった事、そしてこの国はなんと豊かな国なのかと驚いた事を、身振り手振りを交えてご夫婦に報告する。
『おぉ~初めての買い物かぁ~。そりゃ大仕事じゃったなぁ~。
しっかり買えとるみたいじゃし、よぅやったなぁお嬢ちゃん』
『えらいわセイバーちゃん♪ よくがんばったわね♪』
ご夫妻はニコニコと話を聞き、パチパチとはやし立てている。セイバーもテレテレと嬉しそうだ。
「あの子、こんな知り合いがいたのね……。暖かい人達だわ」
「セイバーはたまに『民草の様子を見に行く』と言って散歩に出かけていましたから。
きっとそこで知り合ったのでしょう」
「なんにせよ、これは良い事だな。
孤独な生活の中、人との関りというのは何物にも代えがたい程に大切な物だ」
「あ、おっさんが藁を持ってきてくれたぞ?
あのニワトリの為にくれたんかな?」
藁の束を受け取り、笑顔でお礼を言うセイバー。朗らかに笑うご夫婦。
そして元気に手を振って別れていく光景を観て、ほんのり暖かな気持ちになる一同だった。
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『ただいま戻りましたよランスロット。元気にしていましたか?』
帰宅し、いの一番にランスロット(雌)の様子を確かめるセイバー。ランスの方も機嫌良さそうに「コッコッコ」と鳴き、テテテとセイバーに寄って行く。
『うむ、大事はありませんね。一人きりにさせてしまい、申し訳なかった。
これからはずっと一緒です』
『コケー!』
優しくランスの背中を撫でてやるセイバー。その顔に慈愛の表情を浮かべて。
そして突然何かを思い出したように「ハッ!」とした顔をしてから、おもむろにランスの前に藁の束を差し出した。
『見て下さいランスロット! これはあの農家のご夫妻から頂いた物なのです!!
これを部屋に敷き詰め、貴方に居心地の良い環境を作ります!!』
そうしてセイバーは部屋の床の約半分ほどに藁を敷き詰め、ランスの為の生活空間を作り上げていく。
『元気なたまごを産む為には、こういった環境こそが大事なんだそうです!!
ニワトリというのは、デリケートな生き物。
時にストレスや体調によって、たまごを産めなくなる事もあるそうです!
これで何の憂いもない!!』
セイバーはキラキラしながら満面の笑みで作業を続けていく。あーでもないこーでもないと言いつつ、ニコニコと嬉しそうだ。
「部屋の半分に敷き詰めるんは……やりすぎなんじゃねぇかな?」
「本来は部屋の一角ほどで充分なのでしょうが……、
しかし今の彼女を見ていると、何も言えませんね」
「まぁいいんじゃない? それくらい大事にしてるって事よ。
もうあの子、きっとランスを親友みたいに思ってるわよ? 運命共同体なのよ」
「ニワトリと生活するアーサー王……か。
私個人としては、嫌いじゃないがね」
苦言を呈しながらも、どこか微笑ましそうにセイバーを見つめる一同。
「ペット禁止なんだけどねあのマンション。……あぁ、敷金……」という凛の言葉も聞かなかったフリをして。
ようやく良い感じに藁を敷き詰め終わり、二人でバンザイして喜んでいるその姿に、クスッと笑い声が漏れた。
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「あ、でも土下座はするのね、この子……」
「藁も敷いてんだし、受けてなくていいじゃねぇか……」
そして再びランスのおしりの下に手を添え出すセイバー。
先ほどのおじさんではないが、まるで農民のように「へへーっ!」とニワトリに平伏し、じっとおしりを見つめ続けている。
「あの子……部屋にいる時は、ずっとこうしてるつもりなのかしら?」
「願掛けのつもりなのでしょうか?
こうしていれば、元気なたまごが産まれる……。願いが届くと……?」
「たまご欲しさにニワトリを拝むアーサー王、か。
私個人としては……、いやしかし……」
「この姿、本物のランスロットやモードレッドにも見せてやりてぇな」
当時は冷徹に見える判断を下す事もあり、「王は人の気持ちがわからない」だの何だの言われていたらしいが……この姿を見れば多少は印象変わったりするんじゃないだろうか? そんな風に彼らは思う。
……まぁそれがどんな印象に変わるのかなど、知った事ではないが。
「でもセイバー、『お腹へった』って言って買い物してきたんじゃないの?
ごはんは作らないのかしら?」
「さっき生のまま、バリバリとキャベツを何枚か齧ってましたよ?
今はそれで済ませ、夕食をしっかり摂るつもりなのでは?」
「ウサギかアーサー王!! ……しかしこの生活で一日三食を賄うというのは、
節約初心者のセイバーには厳しかろう。
恐らく食事は基本、朝晩の二食となるんじゃないかね」
「じゃあ晩飯作りの時間まで、今日はずっとこれか……。
おい坊主、早送りして良いぞ」
「あ、一応土下座してるシーンは、今後は編集でサラッと流すだけにしてるからさ?
とりあえずこのまま観てやってくれ。
セイバーもずっと頑張ってたんだ……アイツなりに……」
編集作業を通して誰よりもセイバーを見守り続けてきたであろう士郎が、ホロリと涙を流す。
その後、また約4時間ほど不動のままで土下座し続けたセイバーは、そろそろ日が落ちてきたかという頃合いで立ち上がり、ようやく夕食作りに入っていったのだった。
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『では只今より、本日の料理を開始します!
よろしくお願いします!!』
『コケーッ!』
キッチンの壁に設置された固定カメラに向かい、セイバー&ランスが元気に挨拶する。
青色のエプロンと三角巾を装備し、気合充分といった出で立ちだ。
『本日はなんと……なんとカレーを作っていきます!
どうですかシロウ! ビックリしましたか?』
「バレてるバレてる。モロバレだよセイバー」
ジャワカレー買ってたじゃんみたいな皆のツッコミも知る事なく、セイバーは調理台の上にゴソゴソと食材を並べていく。
じゃがいも5つに、カレー粉の箱。そしてお米の袋が置かれる。
『ではまず、じゃがいもの皮を剥いていきましょう。
ちゃんと芽を取り除く事も忘れません』
袋から取り出し、水で洗い、一つづつ皮を剥いていくセイバー。「うむむ……」という真剣な表情が微笑ましい。
「あら? ちゃんとピューラーを使ってるのねセイバー。えらいわ」
「慣れない者が包丁でやると、分厚く剥きすぎてしまうからな。
下手をすれば食べる部分が無くなってしまう。
何よりピューラーならば危険が少ない。良い判断だと思うよ」
丁寧に丁寧に、時間をかけて皮を剥いていく。そして5分もすれば、まな板の上に皮の剥き終わった5つのじゃがいもが並んだ。
「なんだかもう……『そいっ!』って感じで切ってますね……」
「両手で包丁握っちまってるし……、まな板目掛けて振り下ろしてる感じだな……。
それ大剣使う時の斬り方だろ」
「もうこの際、怪我さえしなければ何でも良い……。
ある程度の大きさに切る事が出来れば、問題ないのだから」
「熟達すれば、包丁もすごく上手に使えるようになりそうだけど……。
ここで上手にこなすのは、いくらセイバーでも無理よ」
まるで「えいやっ! そいやっ!」という声が聞こえてきそうな様子で、懸命にじゃがいもを切り終えたセイバー。
それをいったんお鍋に入れておき、次はお米の準備に入る。
『さて、ここでお米を洗っていきましょう。
……というよりも、お米って洗う物だったのですね。私は今日初めて知りました』
ふむふむとお米を計量カップで計り、炊飯器の釜にサラサラと入れる。
そしてセイバーはおもむろに“ママローヤルα“と書かれたボトルを握りしめた。
「「「 !?!? 」」」
『では、おもいきってグイッといきましょう。
洗剤をケチってはいけません』
驚愕するサーヴァント達、満面のどや顔で洗剤を入れようとするセイバー。
その時――――なにやら玄関のベルがけたたましく〈ピンポンピンポンピンポーーン!!!!〉と鳴り、セイバーがその手を止めたのが分かった。
『……おや、来客ですか? 仕方ない、いったん手を拭って玄関に……』
タオルで手を拭きながらパタパタとフェードアウトしていくセイバー。
すんでの所で回避された惨劇。サーヴァント達は胸を撫でおろす余裕もなく、いまだ呆然としている。
「…………あ、あいつ今……洗剤で米洗おうとしてなかったか……?」
「……いえ、あまりの出来事に、私はよく……」
なにやら〈ギギギ……〉と首を動かし、たった今観た映像について確認を行うランサー&ライダー。
「…………お、終わっていた。
もしチャイムが鳴らなければ……ここで終わっていたぞッ!!!!」
――――死ぬ。洗剤で洗った米を食えば、死ぬ。
人間であれば良くて病院送り、悪けりゃその場でお陀仏……。
それがこの“洗剤で米を洗う“という行為。いま自分達が観た物の正体。
「だ……ダメよセイバー!! 死んでしまうッッ!!
お米は洗剤で洗っちゃダメなの!! 食べ物なのよッッ!!!!」
そんな悲痛な声も届くハズ無く、今モニターには来客の対応を終え、再びキッチンへ入って来たセイバーの姿が映る。
『ふぅ、ただいま戻りました。どうやらあの方は隣に住む住人だったようで、
引っ越しの挨拶などをされていました』
そうカメラに向かって報告し、イソイソとお米の入った釜に手を伸ばすセイバー。目を見開いてそれを見つめる一同。
『あ、そういえばお米は洗剤で洗うのではなく、
こうやって水で洗うのだそうですよ? 知っていましたか皆さん?
先ほどの住人さんが、親切にも教えてくださったのです』
「「「 うおおおおおぉぉぉおおおおーーーーーーッッッ!!!! 」」」
思わず雄たけびを上げるサーヴァント一同。ランサーなどはガッツポーズしながらひっくり返っている。
『ではさっそく洗っていきましょう。
こうやって手を熊手の形にし、シャッシャッと回して……』
「 よかった……よかったわセイバーッ!! あなた助かったのよッッ!!!! 」
「 命ッ!! 命を大事にッッ!! ……明日って今さっ!!!! 」
思わず涙するキャスター。そして意味の分からない事を口走るライダー。
歓喜の声を上げる一同を余所に……凛がそっと士郎の耳に口を寄せる。
「……ねぇ? あの隣の住人って……士郎でしょ?」
「あぁ……一応マスクと帽子被って、バレないようにして行ったんだ。
今後も何度かはこういうのがあるよ……。命の危険がある時とか」
あんたも苦労してたのね……そう言ってポンと肩を叩く凛。士郎の方も俯きながら頷きを返した。
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あの住人に十字勲章の授与を。セイバーと士郎は菓子折り持って挨拶に行くべき。
そんな熱い議論をサーヴァント達が交わしているうち、セイバーはお米の準備をし終わり。再びカレーの調理に入った。
『ではこのまま少しだけじゃがいもを炒めて、その後にお水を入れます。
この水加減が肝となってくるでしょう』
コロコロと転がしながら、鍋底でじゃがいもを炒めていくセイバー。ちょっぴり焦がしてしまったものの、そこはご愛敬である。
そしてウンウンと悩みながら計量カップで水を注ぎ終え、お鍋に蓋をした。
『このまま15~20分ばかり火をかけていきましょう。
その後、カレー粉を入れて味付けです』
ジャワカレーの箱の後ろを熟読し、キリッと言い放つセイバー。
彼女のイメージの中では、いつもTVで観ている“料理の先生“をやっている気分なのだろう。
私は立派に料理をこなしています――――そう士郎に報告するかのように、誇らしげな顔だ。
その後、キャッキャとニワトリと戯れる彼女の映像をバックに「~15分後~」というテロップが画面に表示された。
『では、いよいよカレーを投入です。
作り置きを考え、今回は一箱全てを使います。12皿分ほどだそうです」
蓋をパカッと開けると、そこから暖かな湯気がホワッと立つ。
中ではじゃがいもがグツグツと煮立っており、もうほのかに美味しそうな香りがしている。
今回はじゃがいもだけなのであまり必要ないが、最低限のアクだけをお玉で軽く取り除いた後、セイバーはパキパキとカレーのブロックを割っていき、それを投入した。
『ゆっくり……かき混ぜる……。具を崩してしまわないように……』
「なんだか微笑ましいわ♪ そんな慎重でなくても良いのよセイバー♪」
もう足がガクガク震えてるんじゃないかという不器用さで、セイバーがお鍋をかき混ぜてカレー粉を溶かしていく。その様をのほほんと見つめる一同。
『さて、カレーを投入して約10分ほどが経ちました。
一度味をみてみる事としましょう』
改めて蓋をパカッと開け、小皿にちょびっとカレーを入れるセイバー。
こうして料理の味見をする士郎の姿を見て「かっこいいなぁ」といつも感じていたものだが、今はセイバー自身が料理人である。なにやら顔がにやけてくる心地だ。
『……ふむ。……ふむふむ』
どうやら、感触としては“悪くない“という様子なのが見て取れる。
セイバーは料理の入門者、加えて今回のカレーは具も少ないのだ。ここは凄く美味しいカレーというより、“ちゃんとしている“事こそが真の合格点だと言えるだろう。
そしてどうやら、それはしっかりと達成されたようだ。
「上出来上出来ッ! 食えさえすりゃあこっちのモンだろ!」
「当初はどうなる事かと思ったものです。これなら何の問題もない」
「しっかり箱の説明通りに作ったのだ。失敗する道理が無いさ。
それにじゃがいもカレーというのも、満更捨てた物ではないぞ?」
「私はじゃがいものカレー好きよ? とろみがあってとても美味しいもの♪」
そう和気あいあいと話すサーヴァント達。
……それを余所にセイバーは、なにやら「ムムム……」とへの字口。そしてゴソゴソと調味料の棚を漁り始めた。
「……ん!? なんだオイ、気に入らねぇってのか?」
「このままで美味しいのだから、あまり余計な事は……」
「拙いな……これはカレーを失敗する典型的な例だ。
余計なマネをして、全てブチ壊しという……」
そう一同が心配そうに見守る中……セイバーは棚から一本のボトルを取り出し、大さじのスプーンを使ってお鍋に入れていく。
「――――ねぇッ、これウスターソースよね!!??」
驚愕の声を上げるキャスターを余所に、セイバーが“ちょうどいい量“のウスターソースを加え、味を調えていく。
「 あの野郎ッ、やりやがった!!!! どこで覚えたんだそんな事!! 」
「 ソースは野菜を濃縮した物ッ! カレーの味に深みが出ますッ!!
このように適量を使用するならば、このカレーは……!! 」
「 ――――ミラクルッ!! ミラクルだセイバーッッ!!!!
……たとえ少し具が物足りないカレーでも、これならばッッ!!!! 」
思わず床から立ち上がり、一斉に雄たけびを上げるサーヴァント達。
今衛宮家の居間は、熱狂に包まれている。
「 ――――あっ! あれよみんな!! 農家のッ!!
あの農家のご婦人が教えてくれたんだわ!!!! 」
それを聞き、さらに雄たけびを上げる一同。
もうその様は、某外国人4コマで『YEAHHHHH!!!!』とガッツポーズするお兄さん達のようだ。
今日の午後、セイバーと談笑していた農家の奥さま。彼女はセイバーがカレーを作ると聞き、ちょっとしたコツなどを教えてくれていたのだ!!
「 ありがとぉぉぉおおおーーーーーーッ!!!!
農家のおばさんありがとぉぉぉおおおーーーーーーーーッッッ!!!! 」
「 彼女に感謝をッッ!! ノーベル平和賞をッッ!!!!
今すぐペガサスに乗って届けに行きたいですッッ!!!! 」
「 あったけぇなぁオイ! 人のぬくもりッ!!!!
人の情けが身に沁みらぁな!! なんか涙出てきたよオイッッ!! 」
「 貴方がたを守るッ! 貴方がたの為に戦うッッ!!
それが我々“英雄“の使命だッッ!!!! 」
終いには本当に『YEAHHHH!!!!』とか言い出し、本当に某外国人4コマみたくなるサーヴァント達。
その光景を、マスター勢の4人がなんとも言えない様子で見つめた。
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「バカ野郎ッ! カレーにぼんち揚げ突っ込むヤツがあるか!!」
『――――?』
そしてカレーの実食時、ホクホクとじゃがいもカレーを頬張っていたセイバーがおもむろに何かを思い付き、満面の笑みで「カツカレーです!」とか言い出して、カレーにぼんち揚げを入れた。
一応食べられなくはないのか、何やら不思議な表情のままモグモグと咀嚼していくセイバー。その顔はなんとも言えない感じの表情だった。
『ふむ、今度からこれは別々に食しましょう。その方が良い』
「当たり前でしょうに! さっさと食べちゃいなさいなっ!!」
そんな事をしながら食事を進めていく内、ふとちゃぶ台カメラにランスロット(雌鶏)の姿がどアップで現れ、「コッコッコ」とカレー皿に寄って行くのが見えた。
『構いませんよランスロット。この円卓には上座も下座もない――――
一緒にカレーを食べようではありませんか』
そんな風に「モグモグ」「コッコッコ」とカレーを平らげていく二人。
「円卓って言っても、小さなちゃぶ台だけどね……。
まぁセイバーが良いなら、それで良いわ♪」
初めて作った料理を囲み、一人と一羽が笑い合う。
それはとても幸せで、心から満たされた表情に見えた――――