一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン 作:hasegawa
食事も摂り終え、洗い物も終わり、お風呂に入ってから本日計10時間目となるニワトリへの土下座も終えた頃……。
初日という事もあり色々あったが、「今日も頑張ったなぁ」という充実感を胸にセイバーがお布団の準備をしていた時……、突然玄関のベルが〈ピンコーン!〉と鳴り、来訪者の訪れを知らせた。
『むむっ、もう夜9時を回ったというのに。いったい何者でしょうか?』
怪訝な顔を浮かべつつ、パタパタと玄関に向かうセイバー。
するとそこにはリッチな服を着た金髪の青年……英雄王ギルガメッシュの姿があった。
『どうもー。光熱費の徴収でーす!』
『 !?!? 』
慌ててひっくり返りそうになるセイバー。観ている者達もお茶を吹き出しそうになる。
「えっ、英雄王が担当なの? このポジション……」
「なにやってんだアイツおい……」
「えっと、光熱費の徴収だし“お金と言えば“って考えてた時、
ふと思いついたのがギルガメッシュでさ?
一応ダメ元で声を掛けてみたんだけど……何故か快くOKしてくれて……」
暇なのかヤツは。金持ちというのはそういう物なのか。無駄に納得する一同。
『本日の光熱費の徴収に参りゃしたーっ。お支払いおねがっしゃーす!』
『はっ……はい! 少々お待ちください!!』
驚きつつも、財布を取りにパタパタと引き返すセイバー。ギルガメッシュは初めて体験する現代の仕事という物に、なにやらウキウキしているご様子。可愛い所もあるんだなと思う。
そしてセイバーが急いでがま口財布を持って玄関に戻ると……、そこには衝撃の事実が待ち構えていた。
『あじゃじゃーす! では本日の光熱費“213円“になりゃりゃーす!』
『 !?!?!? 』
「「「 !?!?!? 」」」
絶句し、その場で固まってしまうセイバー。そしてそれは観ていたサーヴァント達も同じだ。
今はセイバーが冷や汗を流しているシーン、そこで士郎がリモコンのボタンを押し、一旦VTRを止めた。
……………………………………………………
「……えっと。今観てもらったように、
一万円生活では一日ごとに光熱費が徴収されるんだ。
その日セイバーが使った分の、ガスや水道や電気の料金をさ」
一同は士郎の方に向き直り、ゴクリと固唾をのむ。
「それでさ? 今回のが“213円“だったので分かると思うんだけど、
……無理なんだよコレ。こんなのが30日間続いたら、
それだけで今の所持金は、全部ふき飛んじまうんだ」
「一応節約の達人と呼ばれる人たちは、
一日あたり70円足らずに光熱費を抑える事が出来るらしいわ。
……でもそれを今のセイバーに求める事は
あの子がニワトリという“生き物“を飼っている以上……、
どうしても空調なんかは使わざるをえない。特に暖房器具はね?
ランスは大事な家族で、命だもの。節約だからと言って止める事は出来ないわ」
士郎、凛の両名から説明が行われていく。その顔は真剣さに満ちている。
「これは俺達が好きでやってる事だから、決まったルールなんて無い。
だからある程度は全部こっちで決められるんだ。光熱費だけタダにするとかさ?」
「でもそれじゃあ“フェアな挑戦“とは言えない。
実際に何の妥協も無く、この挑戦をやりきった凄い人達も沢山いるのよ。
だから……今回は少しだけ特別ルール。
――――結論から言うと、セイバーからの光熱費徴収は、するわ」
腕を組み、厳しい表情を浮かべる凛。グッと奥歯を噛みしめている士郎。
「だけど、それはさっきみたいに使った分を支払うんじゃなくて、
“一日100円“でいこうかと思うんだ。
沢山使おうが使わまいが、毎日100円づつで固定だ。
節約上手な人達にとって『ちょっと多めに使ったかな?』っていう値段が、
ちょうどこれ位なんだよ。だから今回はこれでいこうと思う」
「ぶっちゃけた話、この企画を通してお金の大切さを学び、
そして“セイバーに自立心を養ってもらう“というのが私たちの目的なの。
その為の訓練よね?
だから下手に切り詰めさせて、料理もしない洗濯もしないじゃ本末転倒なのよ。
……真面目なセイバーの事だもの。きっとギリギリになれば、
もう倒れるまで無茶するわよ? お風呂どころか、水も飲まずに過ごすとか」
「だから今日……それを
この一か月分、計3000円の光熱費を、今ここで支払ってもらう……。
そうギルガメッシュに伝えてあるんだ。
こうしておけば、色々と分かりやすくもなるから。
これからセイバーは、純粋に“自分がどう買い物していくか“だけを、
持ってる財布と照らし合わせて考えれば良い」
「ニワトリを飼うという時点で、本当はハンデとして見る事も出来る……。
セイバーだって、本来は100円よりもずっと安く光熱費を
押さえる事も出来たハズなの。節約に詳しい人に訊いたりしながらね?
それを全部帳消しにしての“一日100円“の特別ルール。
……これは決して、挑戦の難易度を下げたワケじゃないわ」
そう凛がキッパリと告げる。これは決してセイバーを甘やかす為の処置ではないと。
彼女が自分なりの形ででもこの試練に挑む為、そして家族の命を守る為なのだと。
「おい桜? 今の所持金が6200円くらいで、これ引いたら3200円だろ?
お前なら3千円かそこらで、食費だけでも一か月賄えるか?」
「無理……とは言いません。でもわたしでも、かなり厳しいと思います……。
きっと何らかの工夫を、いくつもいくつもしないとダメ……」
「だよな……」
慎二はフゥとため息をつく。桜で厳しいなら、セイバーならいったいどうなるっていうんだ。そう言わずとも表情が語っている。
そして――――
「ん、俺ぁそれで文句はねぇ。
今聞いた限り、仮に俺が同じ事やったとしても、出来る気がしねぇって代物だ。
アイツがどこまでやれんのか、見せてもらうぜ」
「同じく。今日初めて見たばかりですが……私はランスに愛しさを感じています。
あの子を蔑ろにしてまでする節約生活になど、意義を感じません」
「落としどころとしては、妥当だと思う。
もし仮にランスがおらず、節約の術を身近な私にでも訊きに来ていたなら、
それだけでセイバーは光熱費を70円以下に出来ていたよ。100円ではなくね。
たった30円の差でも、それが30日続けば900円となる。
むしろハンデな位だ」
「水の節約の為に洗濯をせず、お風呂にも入らない……。
そんなの許せるワケがないわ。セイバーが『やる』と言っても反対よ私は。
今日初めて家事に挑戦し、がんばってカレーを作ったじゃない?
そういう経験をこそ、あの子は積み重ねていくべきなの」
そう頷き合うサーヴァント達。
彼らは“本来のルール“に決して詳しいワケではないが、それでも今回の特別処置に理解を示してくれた。
要約するとこれは「ランスの健康の為に光熱費は固定とするが、その分本来よりも割高な料金を支払う事となり、所持金は厳しい物となる」というセイバー用の特別ルール。
しっかりとこの場の皆の賛同を得る事が出来た所で、士郎は再びリモコンを手に取る。
「ありがとうみんな。
それと事後承諾になっちまった事、ほんとにすまなかった。謝るよ。
俺達もまさか、セイバーがニワトリ飼うなんて思ってなくてさ……。
急いで遠坂達と相談した結果、こういう形になったって理解して欲しい」
「それじゃ、改めてVTRを流すわよ。
場面は……、ギルガメッシュがこの事をセイバーに説明し終わって、
さぁ3千円を徴収するぞって所からね」
再びモニターに向き直る一同。
首をコキコキ鳴らし、飲み物で喉を潤し、各々鑑賞の姿勢をとっていった。
…………………………
……………………………………………………
『
『 ぐぅあぁぁぁーーーーーッッ!!!! 』
「「「 !?!? 」」」
躊躇なく聖剣を抜き、ギルガメッシュに斬りかかっていくセイバー。そこをギルの天の鎖が拘束し、雁字搦めにする。
『 か……返して下さいギルガメッシュ!!
それを持っていかれたら……私はッ……!! 』
床に〈カラーン!〉と音を立てて落ちるエクスカリバー。1LDKの部屋にセイバーの悲痛な声が木霊する。顔なんかもう半泣きだ。
『ならんッ! これはルールぞ騎士王よッ!!
今この場において、我こそが法ッ!! ジャッジメントだセイバー!!!!』
「ふんふ~ん♪」と鼻歌なんか歌いながらセイバーのがま口から3千円を抜き取り、ポイッと足元に返すギルガメッシュ。
今目の前で涙を流すセイバーの姿を見て、すんごくニコニコしている英雄王だ。
愉悦! 眩しい程の満面の笑みッ!! 「いや~来てよかったなぁ~」みたいな声が聞こえて来そうな程の清々しい顔である。楽しそうにしやがってからに。
『では確かに頂戴いたしゃっしたー♪ しつれーしゃっしたー♪』
『 おっ……おおおおぉぉぉおおおおおッッッッ!!!! 』
一人きりで泣いた剣の丘……あの時よりも更に悲痛な叫びをあげるセイバーを置き去りにして、ギルガメッシュが機嫌よく立ち去って行く。
ドアが閉まる〈バタン!〉という音と共に鎖が消え、それと同時にセイバーが床に崩れ落ちる。
力なく、気力さえ失い、深い絶望に打ちひしがれながら。
「……なんか、酷い物を見た気がするわ私……」
「悲痛……でしたね。とても3千円の為に流した涙とは思えません……」
人とはこんなにも悲し気な声をあげられる物なのか……。驚愕の表情を浮かべるサーヴァント一同。
やがて暫くし、目の焦点が合っていない様子のセイバーがヨロヨロと立ち上がる。あっちにフラフラ、こっちにフラフラとしつつ、部屋に戻って来た。
『……ッ!?!?』
ふと部屋の隅にセイバーが目をやれば……そこにあったのはぼんち揚げの空き袋。
今日つい誘惑に耐えきれず買ってしまった、さっきまでニコニコしながらポリポリいっていたぼんち揚げ(98円)の思い出である。
『……わ、私は……なんという事をッ……』
それだけじゃない。セイバーは今日の買い物帰り、露店でふたつもたい焼き(計200円)を買ってしまっている。モグモグいってしまっている。
その事を思い出したのか、慌てて手元にあるがま口財布を開き、残金を確認してみる。
『……三千……二百十三円。……どれだけ数えてみても、3213円しか……」
まだ初日だというのに、これであと一か月近く……? そんな声が聞こえて来そうなセイバーの表情。
『この残金を29日で割ると……一日で……?』
もう計算する気も起きない。ジュース一本買えるか買えないか……それが今自分の使える、一日あたりのお金なのだ。
ちなみに今日買ったぼんち揚げは98円! たい焼き二つが200円!!
『……う、うわぁぁぁあああーーッ!! うわぁぁぁあああああああーーーッッ!!!!』
絶叫する――――天を仰いで。
ここにきて騎士王は、ようやく事の重大さに気が付いたのだ。
『 うわぁぁぁあああああああ!! シロウッ! シロウッッ!!!!
うわぁぁぁああああああああああああーーーーーーッッッ!!!! 』
――――この時が全てで良いでしょう?
今までそんな風に思っていたけれど、全然そんな事はなかったのだ!
セイバーはただただ愛するマスターの名を呼び、叫ぶ。
「…………」
「…………………」
流石の英霊達も、もう言葉も出ない。
眼前のモニターに映る映像を前にし、ただただ目を伏せている。何も言う事が出来ずに。
「……なぁ、坊主よ……?」
今もモニターからは、延々とセイバーの泣き叫ぶ悲痛な声が聞こえている。
「今はもう、この挑戦とやらは終わってんだよな?
アイツは……今どこに……?」
いや、“アイツは生きてんのか?“と……、現世に留まっているのかとランサーは聞きたかったに違いない。
しかし士郎は、ただ首を横に振るばかり。
「……言えない。まだ教えられないよ。
今は黙って、アイツを見守ってやってくれるか」
視線を切り、再びモニターへと向き直る士郎。
止む事の無い最愛の人の慟哭に、歯を食いしばっているように見えた。
…………………………
……………………………………………………
『 と、とりあえず落ち着きましょうッ!! 落ち着いて考えなければ!! 』
今セイバーが、力強くスプーンを握りしめた。
『落ち着くのです私ッ!!!! 我が名はアルトリア・ペンドラゴン!!!!』
「「「 なんでだよ!!!! 何してんだよお前ッッ!!!! 」」」
お鍋に火をかけ、ご飯をお皿によそう。そして勢いよくカレーを掻っ込んでいくセイバー。
なにやら〈ガガガガ!!〉と音が聞こえて来そうな勢い。手に残像が見える程のスピードで。
なんかもうおめめはグルグルしている。まったく焦点が合っていなかった。
「 それお前作り置きだろうが!! 大事な食料だろうが!! 」
「 何食べてるのよッ!! やめなさいセイバー!! 」
そんなサーヴァント達の声も聞こえるハズもなく、ひたすらカレーを消費していくセイバー。彼女は今、正常な判断が出来る状態では無い。
――――腹が減っては戦は出来ぬ。ご飯を食べて嫌な事忘れる! 現実逃避!
今のセイバーを表す言葉は無数にあるのだろうが……きっとどれもロクな物では無い。
「 後悔するぞッ! やめろッ!! さっき学んだばかりだろう君は!!!! 」
「 もう洒落になりません!!
セイバーが死んでしまうッ!! 死んでしまいますッッ!!!! 」
『もがががががが……!!』パクパクパクパクッ
あんなにあった作り置きのカレーが、見るも無残に……。炊飯器のお米が雀の涙に……。
今すぐモニターの中に入りたい。そしてぶん殴ってやりたい。そんなサーヴァント達の願いも届かず、やがて作り置きのカレーが底をつく。
この日、しゃもじが炊飯器の底を叩く音……、そして手にしたスプーンが〈カラーン〉とお皿に落ちる音を聴くまで、セイバーが止まる事は無かった。
…………………………
……………………………………………………
『あわわわわ……あわわわわ……』
目を見開き、言葉にならない何かを呟きながら、セイバーが天井を見つめる。
部屋の明かりを落とし、布団に横になった後も、まったく寝付く事が出来ずに。
『シロウ……シロウ……。あわわわわ……』
布団ごしにでも、セイバーがガクガクと震えているのが分かる。
その布団の上でのほほんと眠るランスロット(雌鶏)との対比がえらい事になっている。とんでもなくのんきチャンだランスロットは。
今後を想い、がま口の残金を想い……、ただただ暗闇の中、見開いた目で天井を見つめるセイバー。
「……正直言っていいか?
俺ぁちぃとばかりセイバーは、痛い目みた方が良いと思うわ……」
そんな風にして、彼女の一か月一万円生活の初日は、終わっていったのだった。