一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン 作:hasegawa
~一か月一万円生活、二日目~ (ナレーション、藤村大河)
ピヨピヨ……ピヨピヨ……とスズメ達の鳴き声がする。
カーテン越しに朝の光が差し込み、ただいま時刻は午前6時をまわった所である。
『――――』
今モニターに映っているのは、ギンギンに充血した目を見開き、恐らく一睡も出来ぬまま朝を迎えたのであろうセイバーの姿。
今も布団に横たわったまま微動だにせず、ただただじっと天井を見つめている。
「もうホラーだよこの映像。こえーよ」
「この子の心は、死んでしまったのですか……?
もう元には戻らないのですか……?」
呆れ声のランサーとは対照的に、心配そうな声のライダーさん。
普段はライバルめいた関係であるとはいえ、元地母神である彼女にとって、目の前の映像には心が締め付けられる心地なのだろう。
…………余談だが、例えば道端で怪我をした小鳥を偶然にも見つけた心優しい人が、その子を家に連れ帰ったとしよう。
「この子を一時的に保護し、治るまで世話をしてやろう」という全くの善意から、箱か何かに入れて保護をしたとしよう。
しかし、時にその小鳥が家に着くまでの間に、何故か箱の中で死んでしまっていたという悲劇的な結末を迎える場合がある。
特に何をしたワケでもなく、ただ怪我をしたままむやみに飛び立たぬようにと安全な箱に入れて、丁寧に家まで運んでいたにも関わらず、だ。
……何もしていないハズの小鳥が死んでしまった、その原因。
恐らくそれは、小鳥が
怪我をして人間に“捕まり“、そして薄暗い箱の中に“閉じ込められてしまった“
そう感じたその小鳥は、きっと家に着くまでの間に、こう考えていた事だろう。
――――ボクはもうダメだ。これから人間に酷い事をされ、殺されてしまうんだ。
……そう深く絶望した小鳥は恐怖に耐え切れず……、その極々短い時間の間に急激に衰弱し、ついには死に至る。
怪我による物ではなく、その
そんな最悪のイメージが今のセイバーの姿と重なり、手を祈りの形にするライダーさん。
心が死んだセイバーは、もしかしてその命さえも失ってしまうのでは……? そう胸が張り裂けんばかりに心配している様子が傍目からも見て取れる。
彼女の母性や心の優しさが分かる、そんな姿だった。
というか、言っては悪いのだが……。
もしこれで死んでしまうというのなら、あのセイバーという娘はどんだけ「心が豆腐なのか」と言わざるを得ないのだけれど。
「お菓子ほしさに無駄遣いしてしまい、もう生きる気力がありません」とか情けないにも程がある。「やかましいわ」という話である。
そんなのと一緒にされたら、件の小鳥さんもさぞ憤慨しちゃう事だろう。
きっと怒ってピヨピヨつっつかれちゃうのだ。
「あら? 布団から起き出したわよこの子?
まだ一睡もしていないというのに……」
「なんて様だ……まったく足元がおぼついていない。
そんな状態で、いったいどこへ出かけるつもりだ君は……」
ZZZ……と寝息を立てるランスロット(雌鶏)を決して起こさぬよう慎重に身体を起こし、そのままヨロヨロと部屋を出ていくセイバー。
まだ若干薄暗い朝の道を歩いて行き、やがてその身は近所の公園らしき場所にたどり着いた。
『…………』
「うわぁ……いよいよ末期ねこの子……」
「もう駄目かもわからんな……。完全に折れてやがる」
誰も居ない公園のブランコ。そこに一人きりで腰掛け、項垂れているセイバー。
その姿はまるで、まだ20年くらい家のローンが残っているにもかかわらず会社をリストラされてしまい、その事を家族には言えずにいるお父さんの如くだ。
まぁお父さんの方は数千万単位の問題で、セイバーのはたった3千円なのだが。
「……なぁ見てたかよ? 道歩いてる時のセイバーの目……」
「……えぇ。項垂れつつも、ずっと地面をキョロキョロしてたわね……。
まるで、落ちてるお金でも探してるみたいに……」
ガックシ落ち込みつつも、その目だけは異様に輝き、隈なく地面を見渡していたセイバー。
無意識かもしれないが、まるで親の仇でも探すかのようなギラギラした眼光で、「どっかにお金落ちてないかな?」と探していたのだ。
「見とぅ無かった……。そんな騎士王のお姿、ワシは見とぅ無かった……」
アーチャーのキャラが崩壊し、目からハイライトさんが消える。
まぁ正直な話、清廉潔白を地で行くセイバーは、たとえ幸運にも落ちている小銭を見つけたとて、それをネコババする事など出来はしないのだが……。
きっと血の涙を流しつつ、震える手で「落ちてましたよ……」とお巡りさんに届けちゃう事だろう。
そんな光景がアリアリと想像出来てしまい、また涙がちょちょ切れそうになるサーヴァント一同。
「なぁこいつ、縄とか持ち出してねぇよな? 木にひっかけたりしねぇよな?」
「おやめなさいな縁起でもないッ!!
三千円よ!? たった三千円の事くらいでそんな……あぁもう涙出てきたわ私!!」
あの時ぼんち揚げを買わなければ。二つもたい焼きを買わなければ。
たまにダイエット中にお菓子を食べちゃってすごく後悔している人を見かけたりするが、その深刻さは比べ物にならないほど重いのだ。
「帰りましょうセイバー。森へ帰りましょう……」
「お前はよくやった……。森へ帰ろう」
自我崩壊が著しいアーチャーとライダーの両名。まるで慈しむような瞳でモニターのセイバーへ語り掛け始めている。というかまだ二日目だというに。
『――――ッ!?』
その時、電撃でも受けたかのように〈ピーン!〉と立つセイバーのアホ毛。
突然目を見開いたと思えば、即座にブランコから立ち上がり、そのまま公園から駆け出して行く。
『そうだ、
シロウより「調べ物する時に使いな」と持たされていた、のーとぱそこんがッ!!』
さっきまでの生きる屍ではなく、死中に活を見出した戦士の顔つきで――――
愛しい主の顔を思い浮かべながら、セイバーは猛烈に家へ駆け戻っていった。
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今日のカメラマン担当がバゼットでなければ、先ほどのセイバーには追い付けなかった事だろう。小さな幸運であった。
そんな人外そのものの速度を持って自宅へ帰還したセイバーは、いの一番に部屋のダンボール箱をこじ開け、中から件のノートパソコンを取り出した。
『――――ッ! ――――ッッ!!』
烈火の如く、鬼気迫る勢いでノーパソをセッティングしていくセイバー。
部屋にある回線や電源コンセントを「えいやっ!」とばかりにねじ込み、即座に電源を入れる。
それを観ていた凛が「す、凄い……。業者の人みたい……」と地味に驚愕していたが、それは凛が機械オンチなだけである。凄くも何ともない。
『Yahoo……確かブックマークという物に……あった!!』
知識は身を助ける。経験もまた然りだ。
セイバーはここに来る前の備えとして、シロウに軽くパソコンのレクチャーを受けた事をしっかりと憶えていた。調べものの仕方はバッチリなのだ。
またもや凛が「は……ハイテク!? 電子の妖精なの……!?」とひとり驚愕しているけれど、重ねて言うが凛がへちょいだけである。
『落ち着け……落ち着くのだ私……。
まず一番最初に調べるべき物、それは――――』
マウスを両手でグリグリ動かし、傍から見れば滑稽なほど真剣にウンウンとキーボードを睨むセイバー。
そして、ようやく彼女が検索バーに打ち込んだ文字は……。
『お米……一合……グラム』
今まで知る事の無かった、お米の事。
己が兵糧を確認する為の術、であった。
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『 ――――――いけるッ、いけるぞこの
朝の四階建てマンションに、剣の英霊の声が木霊する。
『いや……まだ決して楽観視して良い状況ではない……。
しかしこの戦ッ、
天を仰ぎ、「おおおおお!!」と雄たけびを上げる。目を開いて拳を突き上げる。
これは昨日までの慟哭の声では無い……、希望を見出し戦場を生き抜く決意を固めた、まさに戦士の叫び声なのだ!!
『シロウに感謝を……。知らなければきっと折れていた。
私の心は儚くも砕け、そしてオルタ的な側面が顔を出していた事でしょう……』
「何するつもりだテメェ。冬木をどうするつもりだ」
セイバーがどうなるのかは知らないが、そのきっかけが「お菓子買ってお金無くなっちゃった♪」というのはどういう了見なのだろう。きっと世界が君を許さない。
それはともかくとして……セイバーと共にお米の事について勉強する事となったサーヴァント達。
アーチャー、そして主婦であるキャスターはすでに知っていた事だが、ライダーやランサーに至っては知らなかった事。お米に関する知識だ。
ずばりそれは、“一合というのは何グラムなんだい?“
もっと言えば、現在セイバーが所持しているお米は、いったいどのくらいの期間もつのかという事であった。
『お米一合は、約150g……。
これはお茶碗にして、だいたい二杯分にあたるそう量だそうです』
ゆえにごはん一杯を一食分とするならば……一合のお米というのは“二食分“に相当すると言える。
『そして私は、昨日“6合“のお米を炊きました……。
知識が無かったので、多分この位だろうと思い、適当に炊いてしまいました……』
「それ全部食べちゃったのよね。
どんだけ食べるのよ貴方。お茶碗12杯分でしょう?」
『昨日のカレールーは、12皿分の量……。
正直、なんか食べてて「ルーの方が多いな~」とは思っていました。
バランスを考えるなら、6ではなく12合炊くべきだった……」
「ぜんぜん反省しておらんな貴様?
もしそうならば言え、ひっぱたいてくれよう」
『……とにかく、私が購入していたお米は10Kg。これは約66合にあたる量だ。
昨日食べた6合を差し引くと……現在は60合。
つまり“120食分“のお米が、我が手中にあると言えるッ!!』
目を見開き、〈カッ!!〉とカメラに向けてキメ顔をするセイバー。
正直イラッときたけれど、我慢して耳を傾けるサーヴァント達。
『この生活が残り29日。一日二食を基本とすれば、必要なのは58食分。
仮に三食摂るとしても87食ッ!! 四食摂ってもッ、116食分ッッ!!』
1LDKに木霊する、獅子の咆哮。それは冬木の大地を震撼させ、五大陸に響き渡る。
『 ――――ゆえに私が今後、お米に困る事は無いッッ!!
最低でも“飢える“事だけは無いのですッッ!!!! 』
ランスロット(雌鶏)と共に、カメラにドアップのセイバー。
今彼女たちのバックに〈ピシャーン!〉と稲妻が走ったように見えた。
『戦えるッ、戦えるぞランスロットよ!!
我が聖剣は二度と折れはしないッ、悪夢はもう終わりだッッ!!』
ランスを両手で掲げ「アハハ♪ アハハ♪」とクルクル回るセイバー。
今度はバックにお花畑。少女漫画もかくやという光景が広がっている。士郎が編集で頑張ったのだ。
今画面の中でセイバーが『こめびつ先生というのを買うべきでしょうか? いやしかし、ワンチャンそのまま……』とウンウン頭を悩ませているのが見える。
その姿を見て、正直ほっとした心境の一同。
「よかった……。先ほどの稲妻や顔のドアップにはイラッとしましたが、
この子が飢えて死ぬ事なく、本当に……」
「セイバーも言っていたが、まだ決して楽観出来る状況では無いがね……。
あの11食分のカレーを失ったのは、まさに痛撃と言える。
……だがひとまず、絶死の状況で無い事だけは確認出来た。
後は今後の舵取り次第と言えるだろう」
「私もう、あの子このまま死んじゃうんじゃないかって……。
あの公園で首でも括るんじゃないかって……。ほんと良かったわセイバー……」
「米ってのは偉大だな……。この国が豊かだってのもあるんだろうが、
まさか1500円かそこらで一か月以上も腹を満たせるとはよ。
流石この国のヤツらが“魂だ“と言うだけある。良い勉強んなったぜ」
今画面には清々しい笑顔で一合だけお米を炊き、その半分だけをお茶碗によそっているセイバーが映っている。
冷蔵庫にあった納豆を半分だけかけ、ここも節制する事を忘れない。
『すまないランスロット、少し休みます。
また起きたら貴方の安産を祈願し、共に過ごす事を誓おう』
洗い物のお茶碗をゴシゴシと洗った後、ランスにそう告げてお布団に入るセイバー。
いま心から安心し、そして幸せそうな笑みを浮かべて眠る彼女の姿に、安堵の声を漏らすサーヴァント達だった。
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~一か月一万円生活、三日目~ (ナレーション、間桐桜)
「……おろっ?
よぉ坊主、なんか二日目の様子がねぇみてぇだが……、
えれぇ飛んじまったなオイ」
「あぁ、これからセイバーは
ここからの数日間、セイバー買い物には行かないからな。外に出ないんだよ。
二日目は昼に起きてランスに土下座して、夜に残りの納豆食って寝たよ」
「「「………………」」」
「土下座してるだけの日は、これらからもずっとこんな感じだぞ?
……もしランサーが観たいんだったら、持って来るけど。
一応完全版のディスクが部屋に……」
「いやっ、もういいッ!!
……悪かった坊主!! このまま続けてくれッ!! なっ?!」
この後に一応、映像内で「2日目の夜、セイバーさんは納豆を食べて寝ました♪」という桜ボイスのナレーションが入った。どうやら今後はこんな感じで補完していくらしい。
『――――ふむ。おはようございます、ランスロット』
今画面には、上半身を床から起こしたセイバーが「ふぁ~」とばかりに身体を伸ばし、笑顔でランスに挨拶をしている様子が映し出されている。
柔らかい笑顔、微笑ましい二人。なにやら見ているこっちまでホンワカしてくる心地だ。
『さてさて……では……』
「コッコッコ」と喉を鳴らすランスをもうひと撫でしてから、セイバーが立ち上がる。そしてニコニコと笑顔を浮かべつつ、なにやら敷き詰めた藁をゴソゴソしながら部屋中を隈なく見て回っている。
『♪~』
普段は人前では見せないご機嫌な様子で鼻歌なんかを歌いつつ、しばらく部屋を見て回るセイバー。
やがてその巡回が部屋を一周し終えた時……彼女の笑顔がピシリと凍り付いたのが分かった。
『…………無い。今日も無い』
思わずランスの方を向くセイバー。この家のたまご係担当である彼女(ニワトリ)は、今ものんきに「コッコッコ」と鳴き、のほほんと寛いでいる。
『おかしい、今日で三日目だ……。
環境の変化があったとはいえ、そろそろこの家にも慣れてきた頃合いのハズ……』
それなのに――――たまごを産まない。
この家にやってきて以来……、この子(雌鶏)は一度たりとも、たまごを産んでいないのだ。
未だにランスを見つめたまま、硬直し動かないセイバー。
『何故、何故だランスロット……。
なぜ貴方は、たまごを産もうとしない……』
藁も敷き詰め、心も通わせた。ごはんだって毎日充分に食べている。
それなのに、ランスがたまごを産まない――――
セイバーは今、この上なく真剣な表情で……きっと本物のランスロットだって見た事がないような真剣な顔で、その原因を深く深く考える。
だって、たまごの為だもの。食べ物の為だもの。
『足りない? 足りないというのか?
ならば今日より、夜通し貴方のおしりの下に手を添えよう』
「「「「いやいやいや」」」」
4人で首をフルフルし、同時にツッコミを入れるサーヴァント達。
『私は誓った、貴方と共にあると。
私は決めた、貴方の産んだたまごで、
それを思えばこそ……、お米しか持たぬ私の未来が、
こんなにもバラ色に輝いているのだ』
静かにランスロット(雌鶏)に歩み寄り、そっと胸に抱え上げるセイバー。
その眼差しには真剣さ、そしてこの上ない信頼が宿る。
『貴方を守ろう、そして信じよう。
今度はその手を離さんぞ、友よ――――』
今セイバーが
王は人の気持ちが分からない――――
そう言われていたのは過去の話。しかもこの子はニワトリだ。
今、長い時を経て。
騎士王アルトリアとランスロットの絆が試される時が、やって来たのだ――――
「とりあえず、ケツに土下座するのを止めたまえ。
それが気になってたまごを産めんのだ、ランスロットは……」
そんなアーチャーの言葉も、届く事なく。