一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン   作:hasegawa

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直感、A

 

 

 ごはんの真ん中に穴を空けまして、そこにたまごを落とします♪

 

『ッ!? ……ッッ!!!!』

 

 パカッと割れた殻から降臨したのは、ふわふわの雲を纏いし“太陽“。

 ……なんという艶、なんという光沢ッ!! 何万年ものあいだ人類が、太陽を信仰の対象としてきたのも頷けるッ!!

 もう見ただけでアリアリとその新鮮さが伺える、この上なくビューティフルなたまご!! その上にツーっとお醤油をひと回し。

 

『はわわ……はわわわわ……』

 

 壊すのが怖い、このまま見つめていたいッ! ……だが諸行無常が世の理ッ!!

 ためらい……せつなさ……胸の痛み……。その全てをかなぐり捨てて一気にかき混ぜろッ!!

 一気にかき込むのだッッ!!!!

 

 

『 え……えええエクスカリバァァァアアアーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 

 獅子の咆哮が天地に木霊する。「おーいすぃーー!!」とばかりに。

 巨大な光の柱が〈ドゴーン!!〉と天までそびえ立ち、朝の冬木市を眩く照らしていく。結構なレベルの近所迷惑!!

 

『――――はむはむッ! はむはむはむッ!! はむはむッ!!』

 

 夢中でかっ込む。カメラの存在も忘れて。……食レポなんて知るか! 私は英霊なのだ!

 おいしい、おいしい、おいしい!! 今はもう、それしか考えられないッッ!!

 

『もももももッ……!! ごっくん!! ごちそうさまでしたぁぁああーーッッ!!」

 

〈パァーン!!〉と勢いよく手を合わせ、全宇宙に幸あれと言わんばかりの真剣さで祈り、タァーンとお箸を置く。

 そして次の瞬間、セイバーは飛びつくようにしてランスロットを抱きしめた。

 

『ランスロット……! あぁランスロット!! ランスロットよッッ!!』

 

 もう言葉も出ない。溢れんばかりの感謝を伝える術が、見つからない!

 

『――――大好きですランスロット!! だいすき!! 大好きだっ!!!!』

 

 我が友、我が盟友……騎士の中の騎士ッ!! こんな美味しいたまご、食べた事がないッ!!

 そんなありったけの気持ちを込めてランスロット(雌鶏)を抱きしめるセイバーを、一同は優しい顔で見つめる。

 

「なんかもう……涙出てくるわ私。泣いちゃいそう……」

 

「もう茶化す気も起きねぇよ。

 ……美味ぇに決まってんだろあんなの。喜びもすらぁな」

 

「あぁ、本当に良かったよ。掛け値なしに」

 

 今モニターには「T.K.G!! T.K.G!!」と拳を振り上げるセイバーの姿が映し出されている。

 その動きに合わせてランスもパタパタと羽を動かしており、二人の仲の良さが伺えるとても微笑ましい光景だ。

 嬉しそうにランスと戯れるセイバーを優しい目で見つめている一同。……そんな中、ひとりだけ後ろの方に座り、こちらに呪詛を吐き続けている人物の姿があった。

 

「……起こして……起こして下さい……。なぜ私だけ……」

 

 グジグジと鼻を鳴らし、恨みがましい目で〈じぃ~!〉と三人を睨むライダーさん。

 どうやらランスがたまごを産むまでの一連の流れを見逃してしまった事が、無念で無念で仕方ないようだ。

 

「なぜ起こしてくれないのですか……。なぜ私だけ……ランスの……」

 

「仕方ねぇだろうが、おめぇ気ぃ失ってたんだからよ」

 

「流石に起こす事は出来んよ……。

 倒れ伏す者に対し『ゆさゆさ! おい今いいシーンだぞ! 起きろ!』などと。

 何なんだね私達は……」

 

「貴方が一番ランスのファンだものね……気持ちは分かるけれど……」

 

 あの一連のシーンはランスの見せ場だった為、ランス大好きな彼女はさぞ悔しかった事だろう。

 今も部屋の隅に三角座りし、膝に顔を埋めてグジグジ泣くライダー。その姿は非常に愛らしくはあるのだが……恨みがましい瞳で「じぃ~」っと見つめられるのは流石に心苦しい。

 

「また後で坊やが観せてくれるからね? 元気出しなさいな」

 

「あぁ、またライダーの為にランスの総集編みたいなの作るよ。

 ちゃんと約束するから、機嫌直してくれな?」

 

 士郎に優しく声をかけられ、やがてライダーもコクリと頷いてくれる。

 目はまだウサギみたいに赤いけれど、なんとか笑顔を取り戻してくれた。

 

 

「……ねぇ桜? なんか士郎ってセイバーだけじゃなく、ライダーにも甘くない?」

 

「…………」

 

 慈愛に溢れた表情でライダーの頭をいい子いい子してやる士郎を見て、なんとも言えない気分なる遠坂姉妹であった。

 

 

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 ~一か月一万円生活、六日目~ (ナレーション、ヘラクレス)

 

 

「普通にしゃべんなよ!! なんなんだよお前!!」

 

 いつもの「■■■……!!」みたいな声ではなく、とても紳士的な声で流暢に話すバーサーカー。

 彼のナレーションによると、昨日のセイバーはいままでのように土下座をして過ごすのではなく、ずっとランスに寄り添うようにして穏やかに過ごしていたそうだ。

 

 ニワトリがたまごを産むのは25時間に一回くらいの周期で、約一日一度である。

 それに羽の生え代わりという大切な時期であるランスを労わり、無理をさせないようにしていたのだろうとの事。

 ちなみに昨日の晩ご飯も、もやし炒めであったそうな。

 

「もやし炒め……いいよな……」

 

「えぇ。彼の暖かな声で言う“もやし炒め“も、なかなか趣があるわ……」

 

「いつもの『■■■……!』みたいな声で言う“もやし炒め“も、

 ぜひ聞いてみたいですね……」

 

「このような感じだろうか? …………も゛や゛し゛炒めッ!!」(デスボ)

 

 なにやら妙な部分に興味を持ちだすサーヴァント達。士郎達も意図せぬ所で“もやし炒め同好会“が発足した。

「セイバーもっともやし買わねぇかな?」と、無茶苦茶な事も言い始める。

 

『――――なんと……なんという子だ!! 貴方はッ!!』

 

 もやしもやしと盛り上がっていた一同が、モニターから流れるセイバーの声に意識を戻す。

 

「おい! マジかよランス!?」

 

「え!? 貴方……ホントに!?」

 

「なんとッ……!」

 

 ランスロット(雌鶏)に朝の挨拶をし、慈しむように抱き上げたセイバー。するとそのおしりのあった場所に、眩いばかりの白銀が!!

 ――――騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)、発動ッ!!

 

 

『たまごだぁーーーっ!!

 貴方という子は本当に……、本当にッッ!!』

 

 

 もう涙目になっているセイバーに頬ずりをされ、心地よさそうに目を細めるランス。

 毛の生え代わりという、ニワトリが多くの栄養を使うこの時期……。なんとランスは二日続けてたまごを産んでみせたのだ!!

 

「どれだけ優しいのですか……。どれだけ友愛に溢れているのですか……。

 私のランスロット……!!」

 

 別にライダーの物ではないけれど、その厚い献身に驚愕せざるをえないサーヴァント達。

 ランスは本来、いま自分の身体の事で精一杯のハズ。余裕なんて無いハズなのだ。

 ……それなのに産んでみせた! 我が友の為にと!! ……立派にッ!!

 

「“騎士の中の騎士“……その二つ名は伊達では無いという事か」

 

「こんな忠義者、なかなか見れねぇぞ? ……見事としか言いようがねぇ」

 

 ランスが何を想っていたのかは、分からない。本来ニワトリにとって人間というのは、自らのたまごを奪っていく“敵“なのだ。

 己の力を振り絞って産む、大切なたまご。それは決して人間の為なんかに作り出す物じゃない。

 これはニワトリという生き物の、まさに存在の証明といえる程に大切な物なのだ。

 

 でも今幸せそうに目を細めているランスを見ていると、彼らにはランスがセイバーの為を想い、その親愛に応えるべく頑張ったようにしか思えない。

 あの農家のおじさんが愛を持って育て、そして“頑張り屋“と称した、この子。

 ――――愛情に応える、信頼に報いる。

 ランスにはランスだけの……まさに“雌鶏の矜持“と呼ぶべき物が、その胸の内にあるのかもしれない。

 

『ありがとうランスロット。

 貴方の想い、しかと受け取った』

 

 そしてそれは、騎士の王であるセイバーの胸にしっかりと届く。

 

『このたまご、粗末には食べません――――

 大切に大切に、美味しく頂こうと思います』

 

 片膝を付き、目線をランスに合わせる。

 それは騎士が誓いを立てる時、その物の仕草であった。

 

 

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 恐らく明日以降、流石にランスがたまごを産む事は出来ないだろう。

 これはランスが身を削るようにして、セイバーの為にと懸命に産んでくれたたまごなのだ。

 

『ならば私は、このたまごを“最高の形“で食さねばなるまい。

 貴方のたまごはこんなにも美味しい、そう示さねばならんのだ』

 

 T.K.G(たまごかけごはん)は最高だ。しかし如何に美味しいとはいえ、お手軽なそれに頼り切っていては騎士の名が廃る。

 ランスの熱き想いに答えるには、セイバー自らもまた力を尽くさなければならないのだ。

 

 ランスの身体を労わるように、そっと膝に乗せる。

 そしてセイバーは三度、士郎より持たされたノートパソコンの電源を入れ、ブラウザを立ち上げた。

 

「なんか調べ物が板についてきやがったな。

 適当かますんじゃなく、知らねぇ事はきっちりと調べる。良い習慣だと思うぜ」

 

「ランスもお膝で機嫌良さそうにしてるし、これなら前回のような事はないわね♪」

 

「私も気絶せずにすみそうです……」

 

 調べるのは、“卵料理のレシピ“。

 この現代に召喚されて以来、未だ料理経験の少ないセイバーには料理の知識などない。もやし炒めだって塩コショウで炒めただけなのだ。

 ゆえにこうやってレシピを調べていく事は、今後の彼女にとってとても有益な経験となるだろう。

 

『たまご……至高……友情……』

 

「気持ちは汲む。だが“たまご料理“、“レシピ“にしたまえ」

 

 やがてやんやかんやしつつ、数々のたまご料理の検索に成功するセイバー。

 そこにはもう目も眩むような数の膨大なレシピが並ぶ。

 

『ふむ。だし巻き卵、オムレツ……』

 

「これは……少し難易度が高いかもしれないわね」

 

「料理の基本ながら、アレも奥が深い。

 たまごを焼いた経験すら無いセイバーには少し厳しかろう。

 手持ちのたまごも、ひとつしか無いしな」

 

 料理出来る組のキャスターとアーチャーが「ウムム……」と唸る。

 材料に制限がある事もあり、セイバーもなかなかコレといったレシピを見つけられずにいるようだ。

 

『おや? このページは……』

 

 やがて色々なページを開いていく内、セイバーがその中にあった“あるページ“を発見する。

 

『アンリミテッド・和食・ワークス? ……って、シロウ?!』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 思わず後ろを振り返り、士郎をガン見する一同。

 対して士郎は顔を真っ赤にし、目を逸らそうと必死にそっぽを向いている。

 

『これはシロウのHP!? 我がマスターは聖杯戦争のみならずネット上でも活躍を!

 どれどれ……』

 

 今までよりも更に真剣に画面をのぞき込むセイバー。

 そこにはHPの観覧者であろう方々の、沢山の書き込みがあった。

 

 

 

・士郎くんのレシピのおかげで、妻にすごく喜んでもらえたよ! ありがとう!

(PN、ロードエルメロイ先生)

 

・ここの肉じゃがをうちの坊主に作らせてみたが、絶品であったぞ! 是非ともお主、我が臣下とならんか?

(PN、味のオケアノス)

 

・最近孫が飯を作ってくれんので、ここのレシピを参考に自炊をしております。

 わしのような老人にも嬉しい、数々の和食レシピ。大変重宝しております。

(PN、蟲ジイと呼ばないで)

 

・坊やのレシピ通りに作ったら、旦那様にすごく褒めてもらえたの! あの小姑も「グムム……」って黙り込んでたわ!

(PN、若奥様は魔女♪)

 

 

 

「なんかどっかで見たようなヤツが交じってんな」

 

「何を作ったキャスター? 正直に答えたまえ」

 

「き、きんぴらを……」

 

「ゾウケン……」

 

 キャスターが顔を赤らめ、ライダーがホロリと涙を流す。

 どうやら士郎のHPは、大変に好評であるようだ。

 

『これは……“カツ丼“?』

 

 一同がワチャワチャしているその間にセイバーが見つけたレシピ。それはこのHPにおいても大好評な一品、士郎特製カツ丼のレシピであった。

 

『簡単で美味しい♪ 一人前、カツ丼の作り方…………ハッ!?!?』

 

 その時、セイバーに電撃が走る――――

 確か今朝届いていたスーパーの広告に、これにちょうど良い品物が……。

 そう思い出したセイバーはガサガサとチラシを手繰り寄せ、ランスロット(雌鶏)と共に「じぃ~」っとチラシを覗き込む。

 

・本日の目玉商品! とんかつ用豚ロース肉、10円!!

 

 

『 こ れ だ 』

 

 

 ランスと見つめ合い、「うん!」と頷き合うセイバー。

 この豚ロースがあれば……ランスのたまごでカツ丼が作れるッッ!!!!

 

『スーパーの開店は9時! 今からなら、なんとか間に合います!!

 行きますよランスロット!!』

 

『コケーッ!』

 

 残像が見える速度で財布とエコバッグを引っ掴み、頭にランスロットを乗せたセイバーが玄関を飛び出していく。

 

「お、オイ! お前ランス連れてっちゃ!? オイッ!!」

 

 ランサーが思わずモニターに手を伸ばすが、その声は届くハズも無く。

 慌てて本日カメラマン担当の慎二が駆け出し、ひーひー言いながらセイバーの後を追っていった。

 

 

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『――――ただいまより本日の目玉商品、

 とんかつ用豚ロース肉の販売を行いまーす!!』

 

 メガホンを手に、店員さんがお客さんに向かって宣言する。

 そこにまるで大波のようにして〈ドドド!〉と押し寄せるお客さん達。

 

『遅れてなるものかっ! 行きますよランスロット!』

 

『コケーッ!!』

 

 そして駆け出して行くセイバー&ランスロット。どうやらこのカオスめいた熱狂の場においては、店内にまぎれこんだニワトリの存在など取るに足らない物のようだ。

 

『くっ! このっ……!! ここで退いては騎士の名折れ!! 突貫します!!』

 

『コケーッ!! コッコッコッ!!』

 

 主婦を押しのけ、おっさんを押しのけ、セイバーが駆ける。

 もう揉みくちゃにされながらも前に進んでいく。とんかつロース肉を配る店員さんのもとへ!!

 

『あぁ~龍之介ぇ~!! 必ずや今夜は、貴方の大好きなとんかつにぃ~』

 

『エクスカリバーーッッ!!!!』(物理)

 

『ぎゃああああぁぁぁーーーッッ!!』

 

 どっかで見た事あるようなおっさんを殴り飛ばし、セイバーが駆ける。

 

『よ、余の!! 余のとんかつだ!! これを買って奏者と……!!』

 

『エクスカリバーーッッ!!!!』(飛び蹴り)

 

『ふぎゃああぁぁーーーーッッ!!』

 

 自分と似たような容姿の子も吹っ飛ばし、セイバーが駆け抜ける!!

 

『待ってろよ……桜』

 

『貴様ら、そんなに豚ロースが欲しいか……。

 この俺のたった一つの望みを、踏みにじってまで……』

 

『令呪によって命じる。負けるだなんて許さない――――』

 

『シャーレイ、僕はね? 正義の味方になりたかったんだ……』

 

ロース(突撃)! 豚ロースよバーサーカー! 蹴散らしなさい!!』

 

『戦うと決めた――――それが私の誇りですッ!!』

 

『コケェェーーー!!』

 

 吹き飛ぶ陳列棚、穴が空く天井。積み重なって倒れ伏す人、人、人……。

 この場にいる誰もが命を賭け、「決してそれは、間違いなんかじゃないんだから!」とばかりに戦っている。

 ただひとつ、豚ロース肉だけを求めて――――

 

 

「……おいアーチャーよ?

 俺ぁ現代の事には詳しかねぇが、こういうモンなのか買い物ってのは」

 

「……」

 

 

 少なくとも、冬木商店街では……。

 そんな言葉を言いそうになるも、グムムと飲み込むアーチャーであった。

 

 

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『――――完成です! 士郎特製カツ丼!!』

 

 \テッテレー!/とばかりにカメラがフライパンをアップ。

 そこには今もグツグツと音を立てる、美味しい出汁とランスのたまごによって包まれたとんかつの姿。

 良い香りがしてくると共に、暖かな湯気も立ち昇っている。

 

「買い物では色々ありましたが、調理自体は滞りなく終わりましたね」

 

「坊やのレシピを忠実に守って作ったんだもの。

 私もそうだったけど、失敗の仕様がないわ♪」

 

 揚げ物に初挑戦という事で少し心配だったが、ここも士郎の教え通り忠実に作り、問題なく終える事が出来た。

 未だ手際よくとはいかないまでも、真面目なセイバーの良い所が料理作りに生かされたと言えよう。

 ちなみに本日の買い物は

 

・とんかつ用豚ロース肉、10円

・玉ねぎ一個、30円

 

 の計40円である。残り軍資金は2673円となった。

 

「ふむ、上出来だ。これなら何の問題あるまい」

 

「今回使った玉ねぎも4分の1くれぇだろ? また後で使えそうだな」

 

 カツ丼のありがたい所は、カツとたまごとタマネギさえあれば、後は調味料くらいしか使わなくて良い所。

 今日のようにカツが安く手に入るなら、非常に節約生活に適した料理と言えた。

 

『なんと良い香り。それにたまごに包まれたカツの、なんと美味しそうな事か……』

 

 包丁を入れた時の〈ザクッ!〉というカツの音。あれを聴いただけでこのカツが間違いなく美味しい事が分かった。

 しかもそれが今、ランスが産んでくれたたまごによって包まれ、このようにホカホカと暖かな湯気を放っているのだ。

 この料理を作ったのが自分だという事が、今でも信じられない位に。

 もう見ているだけで感激してしまう――――そんな会心の出来栄えであった。

 

『いけないいけない。はやく食べないと衣がヘニャヘニャになってしまう。

 それでは早速ごはんをよそい、頂く事としましょう』

 

 もし自分がスマホのひとつでも持っていたら、きっと喜びのあまり写真をパシャパシャ撮りまくっていた事だろう。そうしているうちに時間が経ってしまい、きっと衣がヘニャヘニャになって後悔するのだ。

 そうならずに済んで良かったなぁと変な安心をしつつ、セイバーはどんぶりの器を手に、炊飯器の蓋をパカッと開ける。

 

『……ん? あ、あれ?』

 

 嬉しそうに炊飯器を空けるセイバーの姿を微笑ましく見ていた一同。

 しかし、なにやら様子がおかしい……。いまセイバーは目をまん丸にし、どんぶり片手に硬直している。

 

『え……? あれれ……?』

 

 まるで目の前の光景を受け入れる事が出来ないというように、半笑いの表情で「あれれ?」と呟き続けるセイバー。

 その姿を見て……ライダーがふと思い出した。

 

「あっ! そういえばセイバーって、ごはんを炊いていましたか(・・・・・・・・・・・・)……?」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 カツは揚げていた。タマネギも切って、だし汁も作っていた。

 しかし、彼女がごはんを炊いていた記憶が無い――――――。お米を洗って炊飯器のボタンを押していた記憶が無い!!

 

『ん? ……んん?』

 

 今も呆然といった様子で呟き続けるセイバー。

 ふと彼女が後ろに目をやると、そこには今もグツグツと音を立て、煮立っているカツの姿がある。

 

『――――ひっ! ひぃ!!!!』

 

 どうしよう!? どうしよう、どうしよう、どうしよう!?!?

 どんぶり片手にセイバーが右往左往。もうおめめはグルグルと回転している。

 

『はやくっ、はやくしないとカツがっ!! ……カツがっ!!』

 

 早く食べないとカツがヘニャる。でもごはんは炊けてない!

 今からお米洗って炊いてたら、40分以上かかってしまう!!

 せっかくのカツが!! ランスのたまごがッ!! 「あわわ……! あわわ……!」とセイバーは慌てている。

 

「落ち着けッ、落ち着かんかッ!! まずはコンロの火を止めろ!!」

 

「ちょ……どうするのよコレ? そのまま食べるの!?」

 

「いったん置いておいて、お米を炊くしか……。

 でもそうしたら、せっかくのカツが!」

 

「だがどうしようもねぇだろコレ?! やりようがねぇよ!!

 あぁもうッ! やらかしやがってッ!!」

 

 サ〇ウのごはんなんか家には無い! 何回見てみてもごはんは炊けてない!!

 もうバタバタとキッチンを駆けまわり目をグルグル回したセイバーは、苦し紛れなのかそこにあった冷蔵庫の扉を開く。

 

『――――ハッ!! はぁぁあああーーーッ!!』

 

 そこで何かを発見したセイバーは、慌ててそれを引っ掴む。

 彼女が手にしたのは"もやし"。3つ買っていた中の最後の一つだった。

 

『――ッ! ――――ッッ!!』

 

 そして何を思ったのかお鍋を引っ掴み、水を入れてコンロの火にかけるセイバー。

 一秒を一か月に感じているかのような汗だくの表情で、お湯が煮立った瞬間に即座にもやしをぶち込んだ。

 

『……はやくっ! ……はやくッ!!!!』

 

 手を祈りの形にし、グツグツともやしを煮込む事、2分後。

 セイバーはそれをザルでザザザと湯切りし、「そいや!」とばかりにどんぶりに入れる。

 

『――――はぁぁぁあああーーーーいッッ!!!!』

 

 そして、気合一閃――――

 グツグツとに立っていたカツ丼の具を、豪快にその上に乗せてみたのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『…………』

 

「「「…………」」」

 

 

 無言でちゃぶ台に着き、眼前のどんぶりを見つめるセイバー。

 そして言葉を失っているのは、観ている者達も同じだ。

 

『い、頂きます……』

 

「「「…………」」」

 

 厳かにお箸を手に取り、手を合わせて一礼するセイバー。黙ってそれを見守るサーヴァント達。

 

『……。……』

 

 シャクシャク……。サクサク……。シャクシャク……。

 もやしを食べる音、そしてカツを食べる音が、交互に響く。

 

「「「………………」」」

 

 今だ無言でサーヴァント達が見守る中……やがてセイバーはどんぶりの中身を空にする。

 今この近代日本料理史におけるカツ丼という名の料理との無視できない程の類似性が確認されるものの、しかしそれとはまったく別の料理であろう"何か"を完食したセイバーが、厳かに口を開く。

 

『……食べられます。

 意外と食べられますよ皆さん。美味しいデスヨ?』

 

 しかし次の瞬間……本日二度目となる獅子の咆哮が、冬木の街に木霊する。

 

 

『――――でもいま私が食べた、この料理は何だ(・・・・・・・)ッッ!!!!』

 

 

 何という名だ。なんと言う料理なのだコレは。

 私こんなモン食べた事ないわ。……そうセイバーは絶叫する。

 

『シャクシャクして、サクサクして、……なんですかっ!!!!

 いったい何の料理ですかコレは!! どこの料理なんですか!!!!』

 

 プラトーンのように天を仰ぎ、そのままガックシ床に突っ伏すセイバー。

 今ランスロット(雌鶏)が羽でパタパタと彼女の肩を叩き、「まぁ元気出せや!」みたく慰めている。

 

「えっと……もやしカツ丼? と言った感じかしら?」

 

「あえて言うならそうなのだろう。しかし流石にコレは……」

 

「炭水化物を控えたい人なんかには……やっぱり駄目でしょうか?」

 

「本来米にかける用の出し汁だかんなアレ。

 ……いやもやしってセイバー。もやしってオイ」

 

 プリーズベイビー。この切ない夜を今すぐ消してくれ――――

 そんな風にシクシク泣くセイバーと、ヨシヨシ慰めるランスロット。

 

 

 

「あの、よかったら俺、再現してみようか?

 みんなが食べたいんなら、すぐ作ってくるけど……」

 

 

 みんな一瞬だけ士郎を見たけど、だまって聞かなかった事にした。

 

 

 


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