一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン 作:hasegawa
~一か月一万円生活、八日目~ (ナレーション、間桐臓硯)
「大御所役者ッ!?」
なんという声の深み。なんという説得力。大絶賛されるお爺ちゃんのナレーション。
部屋にニワトリが闊歩するバラエティー企画であるハズのこの映像が、一気に真面目なドキュメント番組のようなシリアス感を醸し出し始めた。
まるで画面の中のセイバーが物凄い命懸けの試練に挑んでいるように錯覚してしまう。年期ってスゴイ。
「今日いち! 今日いち出たわよコレ!」
「素晴らしい仕事です! なんという声の力ッ!!」
「なぁ間桐の嬢ちゃん、爺さんにメシ作ってやれよ……。
頑張ってんじゃねぇか今回……」
「色々思う所はあると思うが、私からも頼む。
何かあったら、私を頼ってくれて構わんから……」
「えっ!? ……あの、その……」
結構ガチ目のトーンで英霊二人に頼み込まれ、若干オロオロする桜。
そういえば最近はずっと衛宮家に入り浸っており、ろくにお爺様に食事を用意していなかったような気がする。
だが想い人である士郎の前でこう言われるのは、結構つらい物があった。
「……正直、僕ら家族の方に悪い所があったんだけどさ?
でも桜、僕からも頼むよ……。
孫に素っ気なくされるのがショックで、最近爺さんボケ始めてきてるんだ」
「えっ」
そんなチキンハートだったのかあの爺さんは。慎二から語られる衝撃の事実に桜は目を丸くする。
というか、よくそんなんで何百年も生きてこられたな。意外とヒヨコみたいなナイーブさの臓硯お爺ちゃんであった。
『ふむ、もう食材がほぼ底をついていますね。
今日あたり、また買い出しに行かなければ』
今日は久しぶりに筑前煮でも作ってあげようか。そんな事を想いふける桜はさておき……、現在モニターには冷蔵庫の前に立って「うむむ」と考え込むセイバーの姿が映っている。
見た所、初日に購入していたお米以外、食材はほぼ使い切ってしまったようで、冷蔵庫の中には約3/4ほどのタマネギがひとつと、小腹が空いた時にちょくちょくパリパリいっていたキャベツを少し残すばかり。
野菜炒めでも作ればあと一食分くらいはなんとかなるだろうが、今後の事を考えれば買い出しをしておくべきだろう。
少しばかり残っている小麦粉も、今後の料理で使う為に残しておきたい。
「とんかつ肉の安売りや、釣りで食材を得たお陰で、
思いのほか日数を稼ぐ事が出来たな。
しかしながら、この挑戦もまだ二十日以上を残している。
残りの所持金を考えれば、未だ状況は厳しいと言わざるを得ない」
「確か、2633円だったかしら?
一日あたり120円もない位だものね」
例えばランスロット(雌鶏)の事で忙しかった3日目や4日目のように、もやしや納豆で一日を凌ぐような方法を取れば、それだけでこの一か月一万円生活という挑戦は達成可能だ。
しかしながら、決してそれは凛たちが望む形ではない。
ただただ我慢をして乗り切るのではなく、知恵を絞り、物を考え、様々な事を学び、より良く生活していこうと努力する事こそが今のセイバーに求められている物なのだ。
「買い物ってのも、ようは経験だろ? とりあえず数をこなさねえ事にはな」
「初日の買い物では失敗をしましたが、それも良き教訓となっているハズです。
今回のセイバーに期待しましょう」
ランスを撫でてやり、少しばかり出かけてくる事を優しく告げるセイバー。
がま口とエコバッグを手にし、しっかりと玄関のカギをかけ、意気揚々と買い物に出掛けて行った。
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『…………ぐぬぬ』
場面は切り替わり、現在モニターには冬木のスーパーに到着したセイバーの姿が映っている。
しかしながら、その表情は冴えない。店内を見回ってはみるものの、なにやら険しい表情をしているのが見て取れる。
「これは……苦戦しているのかしら?」
「何を買えば良いのか分からない……といった様子ですね」
そうなのだ、現在セイバーは買うべき物を決めあぐねていた。
懸命に商品棚とにらめっこしてみるものの、“何を買うのが正しいのか“の判断がつかないのだ。
「無理もない。セイバーには未だ物の値段など分からない。
セール品が安いとは知っていても、その食材が有用であるかどうかの判断が付かん。
彼女には料理の知識が無いのだから、
食材を“どう使っていくのか“のビジョンが沸かないのだよ」
今日は大根や白菜が安いけれど、それをどう使えば良いのかが分からず、手が伸びない。
家に帰ればノートパソコンで調べる事は出来ようが、果たしてそれを買ってしまって良いものかが分からない。
下手に買っても無駄にしてしまうかもしれないし、流石に大根や白菜を丸かじりするのは切ない気がする。
「初日にカレーが安売りしていたのは幸運だったのですね。
あれがあったからこそ、すんなり買う物を決める事が出来た」
「だが今日は、これと言ったモンが見当たらねぇな。
簡単に作れて、量があって、日持ちのする。
……そんな都合の良いモン見つかるかね?」
「そもそも、数日分のレシピを考えた上で買い物をしていくなど、
今のセイバーには少々荷が重いのやもしれん……」
「まだまだ初心者だもの。仕方ないわ。
無理せずこまめに買い物していくのも手かもしれないわね」
画面の中のセイバーと一緒になり、サーヴァント達もウムムと唸る。
そんな中……とても張りのある元気な女性の声がスピーカーから響いてきた。
『新商品のソーセージでーす! パリッとジューシーで美味しいですよー!
あ、そこのお嬢ちゃんっ、おひとつどうかなっ?』
『ん? 私ですか?』
突然声を掛けられ、そちらに顔を向けたセイバー。そこには店内の一角で沢山のソーセージをホットプレートで焼くお姉さんの姿があった。
『うんうん! 良かったらひとつ食べてみて? とっても美味しいんだから~!』
『なっ……! 頂いてもよろしいのですか!?』
『もちろんっ。これお客さんに試食してもらう為に焼いてるヤツだからねっ!
どうぞ食べてって~!』
差し出されたのは、小皿に乗ったソーセージ。美味しいそうな焦げ目と、焼きたての良い香りが食欲をそそる。
まさか食べ物を貰えるとは思っていなかったのか、セイバーは恐縮しながらソーセージを受け取る。
試食という物に初めて遭遇し、キラキラと感激しているのも見て取れる。現代にはこのような素晴らしい文化があるのかと。
「あら、ラッキーじゃないの♪ アレって妙に美味しく感じるのよね♪」
「今日は来て良かったですね。タダで頂けるというのは素晴らしい」
のほほんと話す女性サーヴァント達。あわあわと両手で小皿を持っているセイバーを微笑ましく見つめている。
しかし……。
「……いや、これはマズい展開だぞ」
眉間に皺を寄せるアーチャーの額から、ツーっと冷や汗が流れる。
そして今モニターには、恐る恐る爪楊枝の刺さったソーセージを口に運ぶセイバーの姿。
『――――――ッッ!?!?!?』
まるで〈ピシャァァーーン!!〉と雷に打たれたかのように硬直するセイバー。
一口齧ったその途端、身体はワナワナと震え出し、眼は白目を剥く。
『えっ? あの……お嬢ちゃん?』
心配したお姉さんが声を掛けてみるも、なしのつぶて。
いくら顔の前で手をフリフリしてみても、セイバーには何の反応も見られない。
『――――ッ!!』
ようやく意識を戻したセイバーが〈カッ!〉と目を見開く!
その映像が映った直後に画面が暗転していき、やがて【~40分後~】というテロップが画面に流れた。
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「やっちまったなオイ……。もう駄目かもしれねぇ」
愕然とするランサー。そしてそれは、残りの三人も同じだ。
『あわわわ……。あわわわ……』
今モニターには、買い物から帰宅し、ちょこんとちゃぶ台カメラの前に座るセイバーの姿がある。
その目は焦点の合わぬままグルグルと回り、もうグワングワン頭を揺らしているのが分かる。
「セイバー……、君という人は……」
ゲームセット――――そんな言葉がアーチャーの脳裏に浮かぶ。
今ちゃぶ台の上には、今日スーパーで買ってしまった“沢山のソーセージ“が置かれていた。
『あわわわ……。あわわわわ……』
セイバーが購入したのは、あのお姉さんが試食販売していたアルトなんたらという新製品のソーセージ。
二袋を一組として販売しており、そのお値段は240円。お試し価格だったのか、比較的良心的な値段である事は救いと言えた。
「えっと……でもいくつあるのかしら、コレ……」
「駄目です。もう数えたくもありません……」
地母神が首を横に振るレベル。それほどまでにこの現状は酷かった。
今ちゃぶ台に重なっているソーセージの数は“16袋“。
恐らくガバッと掴めたのが丁度その数だったのか……セイバーは8組のソーセージを勢いのまま買い物かごに入れてしまった事になる。
『……な、なんだこれは? 何故こんな事に……』
記憶に無い――――セイバーはまったく覚えていなかった。
いくら記憶を探ろうが、あのソーセージをひとくち齧った瞬間からプッツリと記憶が途絶えてしまっている。
気が付けば彼女はここに座っており、こうしてちゃぶ台の上に重なる大量のソーセージが目の前にあったのだ。
『美味しかった……あのソーセージはとても美味しかった……。
それだけは、ハッキリと憶えている……』
それはけして間違いなんかじゃないんだから――――そうは思いつつも、とりあえずイソイソとがま口の中身を確認してみるセイバー。
そこには“お会計1920円“と書かれたレシートと、残金である“713円“だけが入っていた。
『 う――――うわぁぁぁぁああああああーーーーーーッッッ!!!! 』
もう冬木に轟けとばかりに\うわー!/と叫ぶセイバー。そのまま小銭をまき散らしながら後ろにひっくり返った。
『 うわぁぁぁああああ!!!! うわぁぁぁぁぁああああああ!!!! 』
目を見開き、床に大の字になりながらセイバーは叫ぶ。
現状を受け入れる事が出来ない、現実を認めたくない。まるで大声を出せば、この悪い夢をかき消せるとでも言うように。
やがてそんな主人の姿をじっと見つめていたランスロット(雌鶏)がおもむろにスッと立ち上がり、なにやら部屋中をグルグルと歩き始める。
それは明らかな“運動“の行為。まるで何かに備えているかのようだ。
「おい、ランスロットがアップを始めたぞ」
「あぁ、たまご産むつもりなのねこの子……。
なんて主人想いな良い子なんでしょう……」
「ランスよ……」
悲壮なまでの覚悟を見せるランスの姿に、思わず涙が零れそうになるサーヴァント達だった。
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『い、いただきます……』
ちゃぶ台に着き、静かに手を合わせるセイバー。
今日の夕食はソーセージ5本と、ご飯一膳だ。
『いただきます……』
次の日の朝、ちゃぶ台に着いて静かに手を合わせるセイバー。
今日の朝食はソーセージ5本と、ご飯一膳だ。
『……いただき、ます……』
夕食時、ちゃぶ台に着いて静かに手を合わせるセイバー。
今日の夕食はソーセージ5本とご飯一膳。ランスのたまごで作った目玉焼きもある。
『……い……いただ、きます…………』
また次の朝、ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。
今日の朝食はソーセージ5本とご飯一膳だぞ。
『……い……ただ……きます…………』
夕食の時刻が来た。ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。
今日の夕食はソーセージ5本と、ご飯が一膳である。
『…………い……いた……いただ、き…………』
さぁ次の日だ。ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。
今日の朝食はソーセージ5本と、ご飯が一膳であった。
『………………………………い…………………………い……た…………』
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~一か月一万円生活、17日目~ (ナレーション、柳洞一成)
『おはようございますランスロット、良い朝ですね……』
「おいコイツ、げっそり痩せてねぇか?」
力なく微笑み、プルプルと震える手でランスを撫でるセイバー。
その眼は生気なく窪み、頬はゲッソリいってしまっている。
『悪夢のような日々でした……しかしそれも、今日で終わりです。
我が軍はついにソーセージに打ち勝ったのだ』
「貴方が買ったソーセージでしょう。ランスに謝りなさい」
あれから一日二袋づつを消化し、ついにソーセージを消費し終えたセイバー。
もし2日に一度のペースでランスがたまごを産んでくれなければ、彼女の心は死んでいたかもしれない。
『やっと……やっとソーセージ以外の物が食べられます。
この日をどれだけ待ちわびた事かッ……』
何度折れそうになった事か。なんどランスを連れて衛宮家に帰りそうになった事か。
しかし見事セイバーはこの九日間を超えてみせたのだ。地味に死闘であった。
「でも、これからいったいどうするつもりなの……?」
「所持金713円で、残り14日分……。
出来んとは言わん。だがもう何も望む余地は無いぞ……」
虎の子だった小麦粉も、タマネギもキャベツも、あの九日間で消費してしまっている。
途中あまりのソーセージ続きに折れそうになった時、ランスが産んでくれたたまごを使ってお好み焼き的な物を作る事が出来たのだ。
そのワンクッション的な一日が無ければ、本当にセイバーの心はポッキリいっていたかもしれない。ランスと大河には大いに感謝すべきだと思う。
それはともかくとして、もうセイバー宅の冷蔵庫は空っぽだ。お米以外は何も残っていない。
セイバーは後14日もの期間を713円で過ごさなくてはならない。使えるお金が一日あたり50円ほどでは、もうもやしですら厳しいかもしれない状況なのだ。
現時点でも、セイバーの心身はゴッソリいってしまっている。
本来サーヴァントは魔力供給によって現界しているので食事は必要ないハズなのだが……それほどまでにセイバーにとって食事という“心の栄養“は大切だという事なのだろう。
情けない話だが、冗談抜きで死んじゃうかもしれないのだ。主に心が
『前回思い知った事……それは今の私には“買い物は難しい“という事実です。
よって今日、実はある方を軍師として家に招いているのです。
その方にお話を聞きながら、今後の方針を決めていきたいと思います』
「「「!?!?」」」
カメラに向かって正座するセイバーが、キリリとした顔で宣言する。
その膝にはウトウトとしているランスの姿。最近はたまごを産み過ぎて疲れているのか、安心したようにセイバーの膝でまどろんでいる。
「軍師だぁ?! ようは先生って事か?」
「買い物や節約に詳しい人? アーチャーや坊や達……ではないんだものね。
いったい誰を招いたのかしら?」
「あの農家のご婦人でしょうか? それとも別の……」
「なんにせよ、これは頼もしいぞ。
この現状を打破するきっかけとなるやもしれん」
誰が来るのかを予想しつつ、思わず笑顔を浮かべるサーヴァント達。
この先どうなる事かと思ってはいたが、これが起死回生の一撃となるかもしれない。
自分一人で悩むのではなく、頭を下げて協力を仰いだであろうセイバーの判断を、一同は称賛する。
流石はアーサー王だと言わざるを得ない。
『ではご紹介しましょう。バゼット・フラガ・マクレミッツ女史です』
『――――キリッ』
「「「 人選ッ!! 」」」
思わず一斉につっこむサーヴァント達。加えてランサーはもうひっくり返っている。
『
『任せなさい。大抵の問題は、腕力さえあればなんとかなります』
「「「 だから人選ッッ!!!! 」」」
なぜバゼットを呼んだ?! なぜ彼女を選んだ?! 今もキリリとした顔で自信満々なバゼットを見て一同は叫ぶ。
アーサー王の深淵なる考えなど、自分達には分かるハズも無い。
『では早速お話を聞かせて頂こうと思います。
我が軍の勝利の為、知恵を貸して頂きたい』
『承りました。私でよければ力になりましょう』
『まずは現状、我が軍にはお米の他、713円ほどの軍資金があります。
残り日数が14日として、今後どのように買い物をしていくべきだと思いますか?』
『ふむ』
円卓(ちゃぶ台)で向かい合って座り、会議を行っていく二人。
サーヴァント達は未だ立ち直れていないが、あれよあれよという間に話し合いが始まってしまった。もう見守るしかない。
『聞く所によると、お米は充分にあるのですね?
軍資金を使うのは、おかずの為という事ですが……』
『その通りだ
『必要ないのでは? 塩でもかければご飯は食べられます。
余ったお金でジャンプを買いましょう』
「 言わんこっちゃねぇッ!!!! この女は駄目だッ!! 」
「ジャンプが読めるよ! やったねアルトリアちゃん!」とばかりにサムズアップするバゼット。その表情は清々しいまでの自信に満ち溢れている。
『もし栄養なんて物を気にするのなら、そこいらに生えている草でも食べればいい。
丁度ここに来る途中、タンポポが生えているのを見つけましたよ』
『タンポポ? あのふわふわした草の事ですか?』
『その通り、聞く所によるとアレでコーヒーを作る猛者もいるようです。
私はそこまでする必要を感じないので、そのままモシャモシャといきますが』
「何しに来たのよ貴方ッ!! 帰りなさいよ!!」
今まで人に物を教えるという経験があまり無かったのか、バゼットはとても嬉しそうに自らの考えを語る。とても得意げな表情だ。
セイバーはふむふむと頷きながら、真面目にメモをとっている。
『後は、お茶碗片手にどこぞの飲食店の裏に行くのも良いでしょう。
ダクトから流れてくる匂いをおかずにしてですね……』
「 ――――やめろッ!! それ以上はやめろッ!! 」
「 変な事を教えないで下さい! その子は純粋なんです!! 」
『あ、そういえば良い物を拾ってきましたよ?
このダンボールも水でふやかせば、一応食べる事が出来……』
「 摘まみ出せッ!! セイバーがどうかしちまうぞオイッ!! 」
サーヴァント達の悲痛な声も届くハズもなく……今モニターにはタンボールをちょんちょん水に浸し、試しに実食してみせようとするバゼットの姿が映っている。
『んぐんぐ…………あ、これは
「 ――――助けて! 助けてあげて坊や!! お願いだからッ!!!! 」
そう泣き叫ぶキャスターの願いが天に届いたのか……セイバーが恐る恐るダンボールを口にする寸前で玄関のチャイムが〈ピポポポポーン!!〉と連打され、来客の訪れを知らせた。
『おや? お隣さんではないですか。先日は危ない所を助けて頂き、本当に……。
え、バゼット? 彼女なら中にいますが、知り合いだったのですか?』
お隣さんに手を引かれ、強制退場させられていくアイアンねーちゃん、ことバゼットさん。
なぜ帰らされるのかが分からないと言った様子の彼女を、セイバーはポカンと見送る。
『ん? ここにあったメモが無い。どこへやってしまったのでしょうか?』
セイバーがとっていたメモも、バゼットが持って来たダンボールも、お隣さん役の士郎がさりげなく回収。なんとか事なきを得る。
『困った。これでは今後の方針が……。
私はいったい、これからどうしたら……』
ひとりきりで部屋に取り残され、ただただセイバーは途方に暮れるのだった。
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『サーヴァントには本来、食事など必要ない。
それは充分わかっているのです――――』
あれから暫くの時が経ち、現在は夕暮れ時。
部屋の端っこで膝を抱えているセイバー。隣にはランスがそっと寄り添っている。
『私は剣の英霊。マスターからの魔力供給さえあれば現界していられる。
だからこんな事で悩む事自体……おかしな事なのかもしれない』
サーヴァントの本分は、戦闘だ。有事における最大戦力こそが、英霊である自分に求められる物の全て。
そんな自分が魔力供給だけでなく「ご飯が食べたい」などと、もしかしたら分不相応な事だったのかもしれない。
たとえお腹がグーグーなったって、それで悲しい気持ちになったって……、魔力さえあれば自分は戦う事が出来る。この世界に留まっていられるのだ。
だからいっそ「ご飯が食べたい」なんて思わなければ、欲しがろうとさえしなければ……、今自分はこんな想いはしなくてもすむのだろうか?
そんな事ばかりが、頭をよぎる。
『シロウたちとは、違う。
私はサーヴァントなのだから。シロウたちとは違うのだから』
あったかいご飯が、嬉しかった。
士郎が心をこめて作ってくれた料理が、美味しかった。
これはなんて幸せな事なんだろうと、心の底から、思った。
きっと魔法使いなのだ、士郎は。
魔術とは違う、人を心から幸せにする魔法。そんな凄い魔法を使える男の子なのだ、士郎は。
だから私は、まるで当たり前のようにご飯を食べてきたけれど、大好きでいたけれど……それ自体がもう、間違いだったのかもしれない。
――――私は、戦えればいい。守れればいい。
今もキュウキュウと空腹を主張するお腹をさすり、セイバーは想う。
きっと、贅沢だったのだ。
私なんかがご飯を食べたいなんて、士郎のあったかいご飯が欲しいなんて……きっと分不相応だったのだと。
士郎の魔法が向けられるべきは、私ではない。
きっとリンやサクラや大河といった、彼の心から愛する家族に対してなのだ。
それがストンと胸に落ちた時、なにやらとても悲しい気持ちになった。
セイバーは膝に顔を埋め、ギュッと自分を抱きしめる。
もう残りの数日は、何も食べずにランスロットと過ごそう。
掃除の仕方も、洗濯だって覚えた。だからもう、私はそれだけでいいのだ。
頑張った事を、士郎にも褒めて貰える。これからは家事の役にだって立てる。ランスロットという大切な友と出会う事も出来た。
だから、これでいいのだ私は――――
そうしっかりと心に決めた時、なぜだか瞳から、ポロリと涙が零れた。
『――――!? いけない、来客だ!』
もうこのまま泣いてしまおう、この感情に任せてしまおう。そんな風に思った時、突然玄関のチャイムが鳴った。
セイバーはグシグシと目を擦り、少しだけ鏡で自分の姿を確認。そして急いで玄関に駆け出していく。
「あの子……大丈夫かしら……」
「セイバー……」
彼女の後姿を見て、キャスターとライダーが呟く。ランサーとアーチャーはもう言葉も無い。
そう彼らが居たたまれない気持ちで画面を見つめているうち……、なにやら玄関から元気な声が聞こえてきた。
『――――おぉ其方! 久しいな! 今日は良い物を持って来たのだっ!』
玄関先に現れたのは、あの“赤いドレスの女の子“。
相変わらず大きな帽子を被っていて顔は見えないが、それでも女の子が興奮気味に、そしてとても嬉しそうにしているのが分かる。
『見てみろ! 栗だ! こんなに大きくて美味しそうなのは中々ないぞ?
チクチクして痛かったが、がんばった! 余はがんばって採ってきたのだ!』
ザルに入った沢山の栗。それをよいしょとセイバーに差し出し、女の子が花のような声で笑う。
『――――お米を分けてくれてありがとう! お魚をくれてありがとう!
余は嬉しかったっ! 本当に美味しかったのだ! すごく感謝しているのだぞ!』
セイバーはきょとんと目を丸くしたままで、差し出された栗を受け取る。
大きな声で感謝を伝え終わった女の子が、満足気な顔で帰って行く。
『また何か採ってきたら、一番に其方に届けるぞ!
だから楽しみにしているが良い! 美味しい物を沢山もってくるゆえなっ!』
大きく手を振って、女の子が元気に去って行く。
セイバーはその後ろ姿を、ただ茫然と見送る事しか出来ずにいる。
『美味しい……もの……』
――――嬉しかった。美味しかった。感謝してる。
そんな真っすぐな気持ちを伝えられ、胸がトクントクンと波打っているのを感じる。熱くなるのを感じる。
気が付けば、胸にあった栗をキュッと抱きしめていた。
少しだけチクチクして痛かったけれど……それすらも今は、嬉しいと感じた。
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『――――完成しました! 栗ごはんです!!』
\ババーン!/とばかりにアップになる栗ご飯。
その後ろには満面の笑みで炊飯器を掲げるセイバーと、「コケー!」と歓喜の声を上げるランスの姿が映る。
『もち米が無かった為、正規のレシピではありませんが……。
それでもこの栗ご飯はぜったいに美味しい! 私には分かるのです!!』
イソイソと栗ご飯をお茶碗によそい、円卓(ちゃぶ台)の席に着くセイバー。
もちろん小皿に栗ご飯をよそい、ランスの分も用意する事も忘れない。
『ほら! ほら美味しいっ!!
私の言った通りでしょうシロウ!? こんなにも美味しいです!!』
カカカと音を鳴らしながら、セイバーが元気よく栗ご飯を掻っ込んでいく。ランスの方もなにやら満足気な表情だ。
「分かんねぇっつの……。ちゃんと食レポしやがれってんだ。ったく」
「おいしい、おいしいと言うばかりですからね。
……でも今のセイバーの顔を見れば、言わずとも伝わりますから」
やがて栗ご飯を完食したセイバーが、「ごちそうさまでした!」とばかりにスパーンと手を合わせる。
“美味しい“にありがとう。あの女の子にありがとう――――そんな感謝を全身で伝えるようにして。
『ランスロット、私は決めました。
私はこの節約戦争を、最後まで戦い抜くと』
膝を床に付き、ランスと目線を合わせる。そしてご飯粒をほっぺに付けたままのセイバーが今、自らの相棒に向かって高らかに宣言する。
『その為に……我らはこの部屋を旅立たねばならない。
残り所持金など関係ない、そんな場所に赴くのだ。
共に来てくれるか、友よ――――』
ランスロットがこれまでにない声で「コケーッ!!」と元気よく鳴いた。
それはまるで、騎士が主に忠誠を誓うかのように。
「……おい、まさかとは思うが、おめぇ……」
「それより“節約戦争“って何?
まるで聖杯戦争みたいな言い方だったけど……」
原典であるTV番組を知っているランサー、そして「この子やっぱり、どこかおかしいんじゃないかな?」と思ったキャスターが、静かに冷や汗を流した。