「愛紗!!」
「ちょっ・・・ まだ危ないよ! それに君主が飛び出すなんて・・・ 北郷! 待ってってば! もう!!
鈴々ちゃん、警護をお願い!
だけど愛紗ちゃんの近くに行ったら、あんまり傍に寄らないで、遠くから警戒するだけにしてあげて!」
「了解なのだー!」
二人の一騎打ちが終わったその瞬間、俺は桃香の制止の言葉も聞かずに駆け出していた。
「んー・・・
こういう所が幼さっていうか、若さっていうか、私からしたら残念な所なんだけどねー。
正ちゃんはどう思う?」
「君主として、まだまだ未熟であることに変わりはないわ。けれど・・・」
「けれど?」
「・・・いいえ、何も。
これは、私が口にしたところでさして意味などない言葉だわ。
平、孔明、そして劉備、私はこの後少し・・・・」
後ろに聞こえたそんなやり取りを置き去りにして、俺は約束を守ってくれた愛紗の元へただ無我夢中で走った。
「愛紗!」
一騎打ちを終えて、やや離れたところから愛紗の名を叫んだ。
「ご主人様・・・・ あなたという人は!
君主が
ましてや、ついさきほどまで一騎打ちが行われていた場に! いくら護衛として鈴々がついているにしても危険すぎます!
大体ご主人様はあの川に飛び込んだ時もそうですが、考えなしに事態に飛び込み過ぎなのです! 傍にいるこちらの心臓が持ちません!」
「うぅ・・・
それはわかってるし、これからは多分しないから」
あっれー? 想像していたのとは違った反応且つ突然の説教に俺は否定するところもなく、うなだれるしかなかった。
「多分じゃなく、お約束ください。
一人で飛びこむのではなく、周りにいる私達を、相棒たる姉上を、そして私をもっと頼ってください!」
「わかってるってば!
少しは俺にも話させてくれよ!!」
うなだれた顔をあげてまっすぐ愛紗を見れば、やっぱりあちこち傷だらけでその姿で、一瞬前まで引っ込んでいた涙が零れそうになる。
怪我もしてない俺が泣くことが、おかしいのはよくわかってる。
だけど零れる涙は止まらなくて、その理由は考えれば考えるほど溢れてくることが、また俺自身をよくわからなくさせた。
愛紗が約束を守ってくれたこと。
この世界の武人である二人の本気の戦いを見て、自分がやっぱり一番弱い事を思い知らされたこと。
それでも俺は君主として、これから何度だってこんな戦いにみんなを、兵の人たちを送らなくちゃいけないこと。
無事であることが嬉しくて、自分自身が不甲斐なくて、戦いというものが怖くて、そこにのしかかる責任が重い。
逃げ出してしまいたいと心のどこかは叫んでるし、今だって涙は止まらない。
だけど俺は、もう選んでしまった。
俺は俺の意志でここに居ることを選んで、みんなと一緒に進んでいくことを。
そんなグチャグチャな思考の中で今、愛紗に伝えたいことはたった一つだけだった。
「おかえり、愛紗」
止まることのない涙を隠すことも諦めて、不恰好に笑うことしか出来なくて自分自身の格好悪さにも泣けてくる。
みんなにはみっともない所しか見せてない気がするし、男としての面子なんて粉々どころか、もう塵になってることだろう。
「ご主人様・・・ あなたという方はまったく・・・」
呆れたように笑う愛紗の顔を見たら、カッコイイとか悪いとかがどうでもいい気分になってくるから不思議だった。
「まったくという割には、随分嬉しそうな表情をするのだな。関羽?」
「か、華雄殿!?」
「ふっ・・・」
愛紗に声をかけた当人に視線を移せば、そこには当然華雄さんがいて、俺のことを見定めるように見ていた。
睨まれても本来なら文句も言えない筈なのに、彼女は顔をしかめることも、険しくすることもなく、正面から俺を見据えていた。
「貴様が白の遣い、か。
関羽の言葉は、治めているお前と劉備の言葉ととって相違ないか?」
その目に言葉では表せない強さを秘めて、俺に確認しているようだった。
「はい。
俺はあなたの話を聞きたい。あなたの知る洛陽の全てを知りたいんです。
あなたの敵である俺たちを信じるなんて出来ないことは、わかってます。
あなたが守りたがってる全てを守るなんて約束も、力のない俺にも、勢力的にも弱いこの陣営には出来ません。
だけど! 何も知らないで、何も知ろうともしないで、意味もなく、理由もわからないで終わりになんてしたくないんです!!
だから、お願いします!
洛陽の真実を、あなたが知ってることを俺たちに教えてください!!」
洛陽の現実を知ることの無意味さは、法正さんから嫌というほど聞かされた。
知ったからといって俺たちが出来ることは多くなくて、何かを守るほどの力もなくて、今だって自分たちの保身のために連合に身を置いているのが現状だった。
だけど、それでも俺と桃香は知ることを選んだ。
知って、知った上で出来ることを全力でやり通したい。
それが、欲張りな俺と桃香が出した答えだった。
「・・・その言葉を鵜呑みにすることは出来ない。お前の言葉を信じることも、だ。
だから、覚悟しておけ」
華雄さんは深く息を吸って、俺を睨みつける。
ただ彼女は見ているだけ、こちらへと意識を集中させているだけで俺の脚は震えそうで、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。
これが気。
この世界で命のやり取りをする誰もが持っている、目に見えないけれど確かにそこにある何かを俺は身を持って感じた。
ここで逃げたら、俺は何も変わらない。
逃げないで、受け止めると決めたんだ。
俺と桃香は、どんな人だって受け入れる袋になるんだって。
「その言葉を私が偽りだと認識した時、貴様を叩き斬ってやる」
それが覚悟するということ。この世界で自分の理想を掲げ、進むということ。
「・・・はい!」
華雄さんは愛紗へと左肩を預けて、開いている右手で拳を作って俺の肩を軽く叩いてきた。
「交換条件だ。
全てを明かすとは約束出来ないが、私はありのまま事実を話す。
その代わり・・・ 関の・・・ 部下たちをほご・・・」
そう言って俺へと何かを言おうとして、彼女はそのまま目を閉じてしまった。
「か、華雄さん?!」
「ご主人様、お静かに・・・ 眠っているだけです。
関の責任者である彼女は、常に気を張っていたんでしょう」
「そっか・・・ そうだよな・・・」
愛紗と同じ傷だらけで、眠っているのにまだ少し険しい顔は誰かを心配しているのかもしれない。
「こんな真面目な人がボロボロになってまで守りたかったもの、か・・・
君主として甘いのかもしれないけど・・・ 俺にはどうしても悪いものって考えることが出来ないんだよなぁ」
法正さんとか、愛紗には怒られそうだし、君主が感情で行動することは散々駄目だって理解してても、この考え方は変わらないし、変えられない。
その意地を通すために俺は、どうすればいいかを考えなきゃいけないこともわかってる。
「まったく・・・
ご主人様は相手が可愛い子となれば、すぐそれです」
案の定、呆れた愛紗は俺を置いて、少し離れたところに居た鈴々に華雄さんを預ける。
「ですが私は、そんな優しいあなたと姉上に光を見ました。
この大陸を優しく照らす、暖かな光を」
愛紗は流れるような動作で膝をつき、俺の手に一つ接吻を落とした。
突然すぎる行動に頭がついていかなくて、けど愛紗から目を逸らすことも何故か出来なかった。
「弱くとも、間違ってしまっても、一歩ずつ前へ進み、努力するお二人の傍を私は決して離れません。
臣下として、義妹として・・・ そして出来ることならば、あなたの隣を歩く者として永久に」
膝をついたまま微笑みかけてくる愛紗の笑う姿があんまりにも綺麗で、言葉をなくして見惚れてしまう。
「ご主人様・・・ いいえ、北郷一刀。
私、関雲長は、一人の女として心からあなたのことを愛しています」
「愛紗・・・」
改めて言葉にされた愛紗の想いに戸惑っていると、愛紗は何ともないように俺の横を通り過ぎていく。
「ご主人様、私はこれから関の方を見てまいります。
陣にて、良き報告をお待ちください」
「愛紗・・・ その、返事は・・・」
自分でもわからないほど戸惑って、すぐに答えるが出来なかった。
答えを貰えないで困る筈なのに、俺を見る愛紗の目はとても優しくて、まるで俺が答えられないことすら見越していたかのように。
「では、行ってまいります」
駆けていく愛紗の背を見送り、俺はしばらくの間そのまま立ちつくすことしか出来なかった。
当然、戦場に飛び出していった挙句立ちっぱなしの俺が怒られないわけがなく、あの後すぐに鈴々に引っ張られるようにして本陣へと戻った。
泗水関について俺たちが関を軽く調べた後の引継ぎなどの書簡を処理していた相棒には当然文句を言われ、一緒に今回の報告書を書いたり、
「それではこの場に居るご主人様、桃香様、愛紗さん、王平さん、そして私の五名で会議を始めたいと思いましゅ。
あとから華雄さんも合流してきますが、意識が先程戻ったばかりなので、もう少しかかるとのことです」
今は本陣で今回の話をするっていうことになったんだけど、何故か法正さんがいない。
「朱里、法正さんは?」
「それが『自分は客将なのだから、本来重鎮が出席する会議に出るのはおかしい』と言って、昼間に出て行ったきり戻ってきてないんです・・・」
「そ・・・ そっか・・・」
「私は気にしないけど、正ちゃんはその辺厳しいからねー。
出陣のとき出席してたのだって、自分が連合に行くかどうかを決めるためだったみたいだし」
『自分は客将だから』、そう言われてしまったら俺は何も言い返せなくなる。
法正さんは出会った時から俺たちとの距離を崩さないし、変えようともしない。
前から寂しいと思っていたけれど、今は何故かそれ以上に・・・ 嫌だと感じる俺がいた。
「ここに居ない鈴々ちゃん、愛羅さん、紅火さんはそれぞれ捕虜となった方たちの幕の設営を行ってもらっています。こちらは後から説明する場を設ければいいので、報告の際に話すことになると思います。
それではまず、実際泗水関に入り、兵を保護してきた愛紗さんから報告をどうぞ」
朱里がわかりやすく進行していき、体のあちこちに包帯を巻いた愛紗が立ち上がる。
「今回保護した兵たちは泗水関に居たと予想されていた数の三割にも満たない数であり、ほぼ全員が麻痺毒と思われるものに侵されていた。
華雄殿の名を出し説明後、保護。わずかながら話せる者に事情を聴いたところ、連合の者の内通者によって毒を盛られたとのことだ」
「毒・・・ しかも、内通者って!」
「北郷、落ち着いて」
俺が声を荒げて立ち上がると、桃香は逆に静かで落ち着いていた。
「あっれー? 劉備ちゃんもこんな感じで怒ると思ったけど、ちょっといがーい」
王平さんは会議でもいつも通り笑っていて、俺たちをからかうようにしている。
この人は本当にぶれないよなぁ・・・
『自分がしたいことをして生きる』っていうことを体現して、実行してる稀有な人だと思う。
「それが、連合の会議でちょっとおかしなことを言ってた嫌味っぽい髪の薄い髭の男の人が居たんです。
『私にだけ機がわかる』とか、『私に任せておけば大丈夫』とか妙に自信を持ってる人なんですけど、結局田豊さんの采配で私達が先兵隊を務めることになって・・・ 名前は確か、許攸さんだったかな?
だとしたら、許攸さんが内通者?」
「証拠が揃っていないので何とも言えませんが・・・ 可能性はあるとみておかしくないと思います。
現に明日、報告書の受け取りなどで文醜将軍がこちらを視察しに来るとのことですし・・・ だとすれば、袁家が洛陽にいる何者かと内通をしている可能性もありましゅ・・・」
桃香と朱里の言葉に、俺はこみあげてくる感情を抑えることが出来なくて、叫ぶ。
「何で・・・ 何でそんなことをする必要があるんだよ!
諸侯を募って、戦いをして、人を騙してまで・・・! 何がしたいんだよ!!
それに俺たちを視察するってどういう・・・」
「なるほど、な・・・
先兵隊であるお前たちが、私を
言葉と同時に入ってきたのは、愛紗以上に包帯だらけで洛陽で警備隊長を務めていたというあの
「はい、おそらくは・・・
負傷しているにもかかわらず、会議にまで出席してもらってすみません。華雄さん」
「謝ることはない。
むしろこちらは今の話を聞く限りでは、お前たちに感謝しなければならないだろう。
大軍と毒によって潰されていたかもしれない我らを、お前たちに変わったことによって免れた。
その上、兵たちの住居と怪我の治療までしてもらえるとは思っていなかった。兵をまとめる者として、深く感謝する」
そこまで言って華雄さんは頭を下げる。
「だが、こんなおかしな者が医療の現場に複数いるのは士気のためによくないと思うな」
が、顔を上げた瞬間に続いたのはそんな一言だった。
ごめんなさい・・・ その件に関しては、もうみんな止めることを諦めているんです・・・
「あら、酷いわ! 華雄様!
再びお会いできたことを嬉しく思っている部下に対して、なんて言葉なの!」
「私は警邏隊に所属し、日々真面目に任務をこなす実直な男しか知らん。
こんな肌を多く露出する異国の踊り子の衣装を纏い、化粧をあちこちにした変態など断じて知り合いではない」
適当な場所に腰を下ろし、さっさとあの踊り子さんと距離をとる。
なんかこの普通な反応、久しぶりに見る気がするなぁ。最近すっかりみんな慣れちゃって、そう言う人なんだって認識して普通に接しちゃってるし。
「私の話を聞きたいのだろう?
といっても、私が話すことはただの洛陽の街のことと、董卓様が成したことぐらいだがな」
そう言って、華雄さんは語りだす。
商人さんから聞いていた通りの洛陽の街と、霊帝の死の真実。
洛陽を託された董卓さんが、必死になって洛陽を守ろうとしたことだった。
華雄さんの話を聞き、全員が一度言葉を失う。
じゃぁ何故、連合が出来た?
脳裏によぎったその問いを振り払って、俺は次にしなきゃいけないことを考えることに集中する。
誰が原因かを調べるほどの実力なんて俺たちにはなくて、今回の兵の保護だって精一杯なのが俺たちの実情。それ以上に手を伸ばすことなんて、悔しいけど今の俺たちには出来ない。
なら、出来ることを精一杯やるしか選択肢は残されてないじゃないか・・・!
「・・・朱里、さっき華雄さんが言ったことって本当なのか?
俺たちが内通を疑われてるって・・・」
話題を戻して朱里を見れば、朱里は俺の言葉に頷く。
「まぎれもない事実です。
先兵隊であり、本来なら功績など得られるはずもなかったこちらが功を得てしまったということはそれほど不自然であり、奇跡のようなことですから。
それに桃香様の言っていた通りの立場の方が内通者であるなら、自分の手柄となる筈だったものを取られたことで、私達こそが何かを企んでいると仕立てあげてもおかしくはないかと・・・」
「そんなの全部向こうがやってることじゃないか!
一体、どうすれば・・・」
怒りをぶつける先もなくて叫ぶ俺に、朱里はほとんど無に等しい小さな胸を張って、得意げに胸を叩いた。
「ですが、私に任せてください!
この疑いを晴らし、なおかつあることを改善へと持っていくために策を練ったのです!」
「えっ! 朱里ちゃんが軍師らしいことをしてるなんて久しぶりだけど、大丈夫なの?!」
「桃香!! 気持ちはわかるけど、ちょっと黙ってようか!」
すぐさま頼もしい朱里の言葉を台無しにする桃香の口を押さえ、朱里に先を促すように視線を向けると朱里は憎々しげに桃香の胸を見ていた。
「胸なんて脂肪の塊脂肪の塊脂肪の塊・・・ どうせ将来垂れて、体重の元になるだけの飾りで重石・・・ そうあれはただの、未来の自分への負債なのでしゅ!」
見てるだけじゃなくて、なんか呪詛まで言ってる?! 凄く怖いんですけど?!
っていうか、すぐさまそんなこと言うから残念扱いされるんだよ?!
「その重石がついてないと、貧相って言われるのが女の子だけどね!」
「王平さんも、お願いだから黙っててください!
愛紗も止めてくれ・・・ って、何で華雄さんと二人して笑ってるの?!」
俺が二人の口を塞ぎ、助けを求めようと視線を向ければ、武人の二人は何故か笑っていて、俺たちを優しく見守っていた。
「いいえ、ご主人様。
ただ・・・ あなたの周りは一見はふざけているように見えても、とても気遣い屋ばかりなのだと思っただけです」
「はっ?」
愛紗の言ってることの意味がわからず、俺は間抜けな声で問い返すけど、答えてはくれなくて、俺は首を傾げてしまう。
「それでは、ご主人様、皆さん。
策の全容なのですが・・・」
「朱里も、こんな状況下で話を進めようとしないでくれよ?!
あーーー! もう!! 法正さん、戻ってきてくれーーーー!!」
俺は混沌の中で一人、知り合いの中でもっとも常識人である法正さんを求めた。