その日の夜――――
事務所の主である夜上翔は卓上に散らばった書類に目を配りながらも日中の事を思い出していた。
錬錆が相手をしていた少女――彼女は数ヵ月前にあの孤児院に来て以来、他の子以上に他人に対する壁を敷いていた。何かするにしても一人。誰とも遊ばず、誰とも笑わず、誰とも一緒に過ごそうとしなかった。
彼女がそんな状況であると、まあ知りはしないだろう。だがそんな彼女をアイツは笑わせた。笑顔にさせた。傷付いた彼女の心の扉をこじ開けた。
人々の心無き悪意に傷つけられた人間だからこそ、そういう相手により沿うことが出来る。
「…………」
自らの弟子――金術錬錆が進むべき道。
彼はヒーローになる事を夢に見た。誰かを救いたい、助けたいという願いを叶えるために。故に彼を鍛えた。職業体験にも招待した。
だが俺自身の本心としては――――
「何見てんの、師匠?」
――――――――ッ
深く考え事をしていた所為だろうか、或いは気配を消す事をまず叩き込んだ成果か。もしくはその両方。
朝起きて顔を洗って服を着替えて朝食を食べる、そんな極々当たり前、そうであるのが自然かの様にこのバカ弟子は師匠の背後を取っていた。
こんなこと平時でされたら驚かない人間はまずいないだろう。
いや、それよりも――――
「何でもない、子供は早く――――」
「連続行方不明事件……?」
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「連続行方不明事件……?」
師匠が手にする書類に記された不吉な言葉の並び――――
確かにそう書かれていた。
「そんな事件ニュースでもやってなかったけど……また何か嗅ぎ付けたの?」
「…………」
一間の沈黙が流れた後、まるでしょうがないかと言わんばかりの溜息をつかれた。
「メディアで報じられてない。ましてや警察も認識していない。ただ同一人物による犯行であろう、そう俺が目星付けただけのもんだ」
始まりは9ヵ月前――――1人の青年が行方不明になった事から始まった。
被害者の名前――便宜上Aと呼称する――。愛知県
ただ彼一人だけなら何の変哲もない行方不明事件と扱われるだろう。
「ただ、この一件を期に早い時は一週間。長い時は1ヶ月のスパンで行方不明者が発生している。それも、徐々に東に向かって、な」
被害者は推定14人にも及ぶが、年齢、性別、職業、趣味といったパーソナルデータは全てバラバラだ。
これらの事情が警察機構を、ましてはヒーローたちも見過ごしていた理由かもしれない。
「けどそれって師匠の憶測だろ? いくらそれだけで同一犯ってのは――――」
「忘れたのか、錬錆? ウチには鼻の利くサイドキックがいるってのを」
言われてみればそうだ。ブラッドサーティーン探偵事務所所属のヒーローは何も師匠だけではない。
牙狼ヒーロー:ブルーウルフ。狼男の個性をもち、個性未使用状態でも常人の何倍もの嗅覚をもつ彼であれば犯人の後を追うのも容易であろう
「じゃあもう犯人の目星も――――」
言いかけた時に出た答えはノー。
なんでも最初の被害者が行方をくらました周辺から得たニオイを基に追跡を進めていた。だが2件目、3件目……そうやって捜査を進めているうちに同じニオイは辿れどその存在が霞の様に希薄で手に掴めないものになっていったそうだ。
「存在はするのにまるでいないのが当たり前のようにどんどん存在感が失われている。曰く“ニオイが混ざってる“らしい」
そう、まだ見ぬ獲物を求める獣のような笑みを浮かべながら告げた。
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カチ カチ カチ カチ
時刻は既に11時を過ぎた頃だろう。
町は眠りにつき始め、静寂が支配し始める時間。
職業体験期間中、錬錆が寝泊まりする一室もまた時計の針が動く音を除き物音一つ立つ事は無かった。
「…………」
その中であっても錬錆は眠りにつく事が出来なかった。
あの後、『話は終わり。子供は早く寝ろ』と言われたのでそれに従い、直ぐに部屋に戻った。
人間というのは面白いもので、些細な変化で生活リズムが一変する。錬錆の場合、寝慣れた枕と布団でないと寝つきづらい、というものだ。
それに加えて先の会話――――あんな話を寝る前にされては余計眠りにつきづらいというものだ。
眼もすっかり暗闇に慣れきってしまい、目覚まし時計の針の動きもよく見えてします。
針は11時29分を迎えようしていた。
「………眠れねぇ」
身体は疲れ切ってるはずなのに頭の方は妙に覚めてしまっている。
このまま横になり続けてもただ時間が過ぎていくだけかもしれない。
「散歩ぐらいは、いいよな?」
体を動かすというのは肉体の疲労と気持ちのリセット、即ち心身ともに影響を与える。
であれば、ただ横になって待つに比べてたら事務所周辺少し歩き回った方が有意義というものだ。
そう思い立ったらが吉。寝巻からもしもの為に持ち込んでいた私服に着替えて静かに外に出た。
幸い借りてる部屋と
「…………」
歩き始めて10分ぐらい経っただろうか。
ふと空を見上げる。
厚い雲の合間から覗かせる月明かり。半月という事もあってか、その灯しは非常に心もとない。
これが満月だったら、月がキレイですね、なんて洒落た事も言えただろう。
もっとも、そんなこと言える相手はいないのだが。
「――――戻るか」
既に5月も半ば。夜間だからか幾分過ごしやすいが、日本特有の蒸し蒸しとした暑さが猛威を振るい始める季節だ。
気分転換の為に、とは言ったがあんまり遅すぎる翌日に影響を及ぼす。
そうして錬錆は帰路に着く事にした。
ドクン――
事務所に帰るため足を動かした瞬間、不意に心臓が激しく唸った。
否、心臓がひとりでにそうなったのではない。
悪寒――とも言うべきか。
肌が、鼻が、聴覚が、
ナニカ厭ナモノガ近くニイル
そう訴えている。
理由は分からない。何故そう思うのかは断言できない。
ただ、錬錆は己の右目の光を奪われて以来そういう類のものに鋭敏になった。
ただそれだけの事だ。
そして人間とはおかしなもので、コワイと思うものほど目を向けようとしてしまう矛盾を抱えている。
イクナ、イクナ――――
心が訴えている。
にもかかわらず、
――――、――、――――、
恐怖に勝る興味か、あるいは異変を感じたが故に行動しようとする正義感か――――
既に錬錆に正常な判断を下す思考は残されていない。
――、――――、
咀嚼音だろうか――
何かが飛び散り、何かが千切れる生々しい音が耳を刺激する。
それにこのニオイ――
錆び付いたような、それでいて真新しい鉄の刺激臭が漂ってくる。
ヤメロ、ヤメロ――――
これ以上はダメだと。
頭では分かっていた。そう、頭で分かっていたなら。
それを理解する前に帰るべきだった。
だが、もう遅かった――――
ピチャッ
歩んでいた足が止まる。
踏んでしまった、踏み込んでしまったそれを靴伝いで理解しまった。
それは血、血、血、血、、、、、
まだその宿主が数分前まで生きていた証、生々しく温かい鮮血――――
視るな、視るな――――
血が滴る先、流れる先に視線が向かっていく。
その眼球に映ったのは――――
「――――――――ッ」
理解した瞬間、止まっていた足がようやく動き始めた。
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ――――
視てしまった、理解してしまった。
それ故の恐怖――――いや、それを視て、理解したのであれば恐怖を抱かない人間はいないだろう。
なにせ錬錆が目にしたのは、人が人を喰う瞬間であった。
よくできたゾンビ映画、と言えればどれだけよかっただろう。
だがそれはそんな生易しいものではない。
皮膚は裂け、肉は抉れ、そこから溢れる血を啜り、最後は喰いちぎり咀嚼する。
サバンナに生ける肉食動物が他の生物を狩る。まさにそんな光景を、人と人とで行われていた。
「――――っ、――――っ、――――っ」
気が付いた時には部屋に戻っていた。
正常な呼吸が出来ない。肺が悲鳴を上げている。
足は痙攣し、視線は方向が定まらない。
ああっ、有り得ないものを見た。
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない――――
悪い夢でも見た。
そう言い聞かせるのが精いっぱいだった。
そうだ、悪い夢を見たんだ、悪い夢を――
理解したくない、したくもない。
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「…………」
太陽の光が眼を刺激する。
それは無事夜が明けた証拠だ。
「…………」
昨晩の光景が目に焼き付いて離れない。
厭な思い出ほど鮮明に思い出してしまう、という話は有名だ。その事実が昨晩の一軒が現実であると告げているようなものである。
「朝の陽ざしでも上書きできない、てか」
皮肉たっぷりな、そんな言葉が零れていた――――
キャラクター’sファイル
未来(みき)
誕生日 不明
身長 103cm
好きなもの お花
趣味 歌うこと
個性:未来視
これから起きる事を見通す個性。
サー・ナイトアイと同一の個性だが彼女のそれは発動条件がハッキリと分かっておらず、現時点では完全なランダム発動。また見える未来も数秒先から数ヶ月先と非常に疎らである。
彼女が孤児になったのはこの個性によって一家心中から逃れられた為。それ故に彼女自身は「嫌な事が見えてそれが必ず起きる」と錬錆に出会うまでは妬んでいた。
概要:
夜神翔が出資してる孤児院に住んでいる少女。推定年齢5~6歳。
前述の経緯で孤児になったため、警戒心が強く他人とは常に壁を張っている。錬錆と一日で仲良くなったのは、自分と似た雰囲気を錬錆から感じたため。
警戒心が強いと言ったが、所謂猫タイプで警戒心を解いてからは懐いてずっと後ろからついていくタイプ。