「なんでも欲しいものをあげよう」12歳の誕生日に、お爺ちゃんはそう言った。
「ほんとうになんでもいいの?」「ああ。私に手に入れられるものならね」
そう。なんでも。
仕事に打ち込んできたお爺ちゃんには、ただ一人の孫にさえまともにかまってあげられなかったという負い目があるのだろう。お父さんとお母さんは私が小さいころに死んでしまったから、お爺ちゃんにとっても私にとっても、ただ一人の血縁者であるのだ。親を無くした孫に、ただひとりの祖父が構ってあげられなかったことが。
だから私は、こう返した。
「悪魔の実を。お爺ちゃんにとっては『手に入れられるもの』だよね? 海軍本部センゴク元帥」「それは……」
おじいちゃんが逡巡するのも無理はない。それは、時価にして最低でも1億
「ほかのものでは駄目かね?」
「ダメ。『手に入れられる』でしょ? 海軍本部に悪魔の実がいくつか保管されていることくらいは知ってる。おじいちゃんの立場ならそれを公的に持ち出せるのも」
「……いや、流石に無理だ。アレは海軍の有望な出世頭に渡すものと決まっている」
悪魔の実。食べれば超常の力が身につく、神秘の果実。海軍の規定においては悪魔の実を見つけた場合、見つけたものが食して良いことになっているが、本部買取と言う形にすることも可能だ。また、海賊船から悪魔の実を押収した場合も、*1同様に本部買取と言う形になることがある。オペオペの実などの一部優秀な悪魔の実の場合は、奪取のために軍が動いた例もある。これは将来有望な無能力者の兵士に食べさせ、戦力を増強するのが目的となる。*2
「じゃあ聞くけどさ、『私が有望な出世頭じゃない』ってこと?」「……いや」
事実、私は有望な出世頭である。海軍には未だ所属していないにしろ、海軍本部に居住しており、海軍の訓練にも頻繁に参加している。内定したものと言っていい。
そして客観的に見て私は、12歳としては異常といえる知性と戦闘力を持っている。精神面でも非常に良識的とされ、そして何より、『現元帥の孫である』。海軍が世襲制でないにしろ、官僚組織においてこれは出世頭として求められる要素の一つである。血縁と現時点の能力を考えれば、伸びしろも現元帥センゴクのそれを期待しうる。いや、『期待されている』。
「なら問題ないよね?」「いや、まだアスカは海軍に所属もしていないだろう。部外者に悪魔の実など渡せるわけが……「そしてこれが私の入隊書類。海軍の規定上は、実戦に出るのは15歳からだけど所属は12歳から可能だったでしょ?」……ッ、……わかった」「ありがとうお爺ちゃん!」
お爺ちゃんは立ち去って行った。根負けしてくれたようだし、悪魔の実の持ち出しの手続きをしてくれるのだろう。
ああ。良かった。悪魔の実は、できる限り早期に必要だった。この世界を変えるためには、単純戦力である悪魔の実というものに体を慣らしておく、悪魔の実を用いた戦術と身体を適合させておくことは、できる限り早く終えておきたいことだった。
この暴力の支配する時代で自由に行動するには一定の戦闘力が必要だ。単純格闘術の研鑽は一朝一夕ではできない。で、あるなら、初めから『悪魔の実の能力者としての肉体』に合った格闘術を修めておくのが合理的だ。カリファの二の舞にはなりたくない。いや、未来に起きることの二の舞にはなれないのだが。
……そう。私には、前世の記憶がある。10歳の誕生日に、突如思い出したものだ。そこには前世でどんな家族がいたとか、この世界がかつての世界にあった『ONEPIECE』というマンガに酷似していることみたいな知識があった。だが、それは所詮知識だ。私が実感として寂しさや恐怖を抱くようなものでは一切ない。そんな出処も知れない過去のことよりも本質的に重要だったのは、これからのことだ。
事実として、この世界は詰んでいた。いや、滅びに瀕しているとかそういう話ではない。単純な話として、『これ以上の文明発展の目は私には想定できなかった』
目覚めた記憶にある世界は、この世界より発展していた。……いや、個々の技術ではこちらの方が発展しているだろう。『原作知識』にある、フランキーやパシフィスタのサイボーグ技術などを始めとして、元の世界を遥かに凌駕した技術も少なくない。単に普及しておらず、普及できず、普及しても維持・運用する技術が個々の島になく、燃料など複数の問題で瓦解することを除けば、ああ。こちらの方が技術レベルは上だ。
だが、そもそも人が住める土地が少ない。島々は狭く、
島と島の間には広い海がまたがり、相互で物や人をやり取りするのは難易度がかなり高い。
政体も滅茶苦茶だ。天竜人の極度な独裁制は前の世界の歴史を考えてもひどい。
法律だって怪しい。個々の国に法律があるにもかかわらず、海軍と言う超国家警察組織はその法律には従わず独自のルールで動く。前世の国際法だってもっとまともだったぞ。
だから、変えねばならない。何の因果か私が得たこの知識は、詰んだ世界に未来を示しうる知識だ。故に、私は必要とする。世界を変える知識を。世界を変える力を。そして世界を変える意思を。
そして、その日の夕方、私は齧ることになる。世界を変えうるチカラ、否。世界を変える行為に最も向いた悪魔の実を。