おじいちゃんが海軍の金庫から持ち出してきたものは、悪魔の実の図鑑にも載っていない、能力未確定の悪魔の実だった。*1それは卵のように丸く、闇のように黒々としていた。表面の唐草模様で辛うじて悪魔の実だとわかるが、一見して果実とは思えない形状だった。
だが、いずれは食わねばならぬ。意を決して噛り付く。
果皮の食感は厚紙のようでいて、中身はハンドクリームのようだった。爽やかな青臭さと喉にへばりつく絶妙な化学物質臭さが絶妙なハーモニーを……
「マッズ!!!!!!」
食べ物の基準の不味さではなかった。脳が食べてはいけないものだと認識した。あと多分これアボカド型の実だから皮は剥くべきだった。
「はは、気分はどうかね?」おじいちゃんが笑う。ついさっきまでいろいろ無茶振りされていたぶん、やや辛辣だ。おじいちゃんも能力者だから、まあこの不味さについては知っているだろうし。
「プレゼントしてもらって言うのもなんだけど、最悪の味」「だろうな。私も長い人生でそれより不味いものを食べたことはない」
「どんな能力なのか試してもいい?」「ここでは駄目だな。執務室で未知の能力を使われると何が起こるかわからん」
「なら演習場を借りられる?」「既に借りてある。可愛い孫を能力が未知のまま生活させるわけにはいかんからな。海軍としても入隊者の能力は知っておきたい」なるほど。用意がいい。
……で、演習場にたどり着いたはいいものの……
「で、能力ってどうやって使うの?」
そこだ。知識だけはあるものの、具体的にどういう感覚で能力を発動させるのかとかは一切わからない。
「力を籠めればそれでいい。むしろ大変なのはうっかり発動しないようにすることでな。この演習はそういった暴発の危険を防ぐためでもある」
なるほど。まぁ、うっかり食べた能力が暴発してマリンフォードが吹き飛びましたとかだとことだ。マグマグの実やゴロゴロの実ならそう言うことも起きかねない。
言われた通り意識を集中し、全身に力を籠め……そして、私の腕は黒い光沢に覆われた。……覇気に目覚めた? 否。12かそこらの小娘がそんな簡単に覇気に目覚めてたまるか。
その光沢は全身に回り、そして爆発的に膨れ上がった。私の足元から、黒い波が噴き出す。粘り気と光沢のある泥のような黒い液体が、周囲を飲み込み、氾濫する。異常な臭気を帯びてはいるが、それが不快ではなかった。『私が成った』のだから。
その物質を……『原油』と言う。
腕に意識を向ける。力を籠めれば、黒々とした腕が、まるで巨人のそれのように膨れ上がった。試しに、指を曲げたり伸ばしたりする。油で出来たその腕は、まるで本来の腕のように動かすことができた……
いや、正しくは実際に本来の腕なのだろう。
それが、『
「ほう。
お爺ちゃんは、黒い海を避けるように空に立っていた。その技を、月歩と言う。
「うん。名づけるなら、『ギトギトの実』あたりになるかな。ギトギトの実の石油人間」石油はギトギトしてるからね。
「ほう、石油」……この世界では、石油は珍しい。元の世界でもそうだが、ある程度どんな地域でも産出する石炭と違い、石油は産出地域が限られる。そして、グランドラインをタンカーが通過するのはまず無理だ。可能だとしても採算は取れない。この海の世界では地上にパイプラインを通すのも難しい。結果的に、物質として知られてはいるものの産出地域付近でしか利用されない、となる。
「試してみてもいい?」「いや、すでに試して……ああ、そういうことか」「うん。とりあえず動かしてみたいから、ちょっと組み手を手伝ってほしいの」「わかった」
お爺ちゃんが下りてくる。油の海に触れないギリギリのところの宙に立つ。白い服に黒い油が飛び散る。
イメージするのは、原作に登場した能力者。彼らにできることなら、規模はともかく私にできないことはないはずだ。
まずは、爆発的に巨大化した腕で殴り掛かる。イメージするのは、『ゴムゴムの巨人銃(ギガントピストル)』。この世界の主人公たる麦わらのルフィの使う、ゴムゴムの実で腕を膨れ上がらせてのパンチ。当然おじいちゃんには受け止められるが、それは重要ではない。成功した。それだけが重要だ。今すべきことは、この能力がどこまでできるかを確かめること。威力や規模は後で研鑽できる。二の次だ。
「サカズキの大噴火に似ているな」確かに自然系なのを考えるとそちらの方が近いか。単に体積が膨れてるだけじゃなくて質量ごと増えてるわけだしね。もはや濁流だ。
イメージするのは、『黄金の神の裁き(ゴオン・リーラ・ディ・ディオ)』、もしくはギルド・テゾーロの技名不明の黄金の触手。劇場版ONEPIECE FILM GOLDで使用した、ゴルゴルの実の能力で黄金の触手を作り操作する技。油の海より、複数の触手が生み出され、お爺ちゃんに襲い掛かる。これも実行可能。どちらかというとこちらの方がさっきのパンチより使いやすいな。
そしてイメージするのは、『毒の巨兵(ベノムデーモン)』。インペルダウン編終盤に、インペルダウン所長マゼランが使用した、ドクドクの実の能力で生成した毒の塊で巨人を作って動かす大技。油の海が、一ヵ所に集まり、渦を巻き、黒い巨神へと変わる。名づけるならそう。
「『
巨神の拳が、おじいちゃんの拳と真正面から激突する。黒く染まる2つの拳が衝突し、そして巨神は殴り倒される。
「……凄いな。得たばかりの能力をここまで使いこなすとは」「イメージしたらできたよ?」
「『イメージできること』が既に凄いと言う話だよ。出力そのものは自然系としてはまあ大したことはない。これから鍛えていけばそれも変わるだろうがな。アスカが凄いのは『得たばかりの能力をどのように使えばいいかイメージできるセンス』と『イメージしただけの能力を実現するセンス』だ。……ただ、最初のパンチは粗かったな。ゼファーのところで鍛えてもらうといい」「いや、凄いのは私じゃなくてこの能力だよ。あまりにも応用性が高い」
事実、これほどの能力自由度を持つ悪魔の実などほとんどない。そして……石油は、それそのものが高い価値を持つ。
「ねぇ、おじいちゃん、いや、
「『海軍として』、
「……は?」
お爺ちゃんは唖然とした。当然だ、こんな提案を孫がしてくるなど、当然想定外だったろう。
「海軍本部で使われてる灯や暖房の量ってどれくらいある? この島としてもそうだし、この島から出ていく海軍船だって多いよね? 立地が立地、偉大なる航路の端っこの
「いや……その悪魔の実は海軍から出したものだろう」
「だけど今は私のチカラ。職員だからと言ってタダ働きしろってわけにいかないのはわかってるでしょ? ……ああ、そうだ。海軍って何隻か蒸気船持ってたよね? アレにも使えないかな? 流石にそのままじゃ無理だろうけど。あと海軍科学班の方にも掛け合ってきてほしいな。たぶん、いや、まず間違いなく欲しがるから」
滅茶苦茶な交渉だ。押し売りにも等しい。だが、それが成立する。何故なら安いからだ。海軍と言う公共機関の財政状況は、決して良くはないのだ。私が海軍に入っており、海軍トップの血縁者であることが信用を担保するのも大きい。
「……わかった。予算会議に上げることとしよう」「ありがとうお爺ちゃん!」
悪く思うな、
ギトギトの実:自然系:石油人間
・体が原油になる。
・体から原油を産出し、操ることができる。