騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
このお店に来てから、学ぶことが非常に多い。八月も終わる今になって少し余裕が出てきたので、ここに来て学んだことは少しでもメモを取っておくことにする。
変身ベルトは仮面ライダーシリーズにおける変身アイテムであるベルトを模したなりきり玩具の総称である。仮面ライダーディケイド以降の作品、所謂『平成二期』の変身ベルトはベルト本体に別のアイテムを装填して変身する。この別のアイテムがコレクション要素となっており、これを集めることでベルトでの遊びを拡張できる。
分岐点である仮面ライダーディケイドは平成ライダーで最も話数の少ないライダーであるが、これにはわけがある。それは同じ日曜の朝に放送される『スーパー戦隊シリーズ』との開始時期をずらすことによって商品のピークを被らせないようにするというもの。この試みは成功しており、ディケイドの次に放送された仮面ライダーWの変身ベルト『ダブルドライバー』はそれまで売り上げトップだった仮面ライダー555の変身ベルト『ファイズドライバー』の記録を抜くこととなる。
家に帰るといつも一人だった。ただいまなどとは言わない、言う相手がいない。いってきますに関しても同じだ。生傷だらけの体を引きずり、ボロボロのランドセルを置く。ボロボロなのはランドセルだけではない。服も土にまみれ、草の汁や血の痕が残っている。
部屋は暗く、電気を点けると蛍光灯の眩い光が目に刺さる。今日も母親は帰ってきていない。いつもの様に、いつもと同じ味のカップ麺にポットでお湯を入れて食べる。箱買いされているので、この醤油味を食べきるまで味が変わることはない。
一人で風呂に入り、歯を磨いて部屋に無造作に敷かれた布団に入る。宿題はやる気がしない。罵詈雑言の書き立てられたドリルなど、開くだけで気が滅入る。
決して広いとは言えない家だが、一人でいると余計に孤独感が胸に溜まっていく。肺に水が溜まる様に、呼吸を阻害する。
(学校……行きたくない……)
家にだって誰もいないが、敵しかいない学校などわざわざ行きたくなかった。だがサボれば母親に『迷惑』が掛かる。ただでさえ忙しい母にこれ以上『迷惑』は掛けられない。逃げることも、向かうことも出来ない。前後にも上下にも押し潰される様な感覚に襲われ、安らげるはずの布団でさえ明日へ強制的に縛り付ける拘束具であった。
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「……起きろ! 小僧! いつまで寝てるんだ!」
「うう……」
甲高い声が部屋に響く。天井に取り付けられた照明が眩く輝いていた。タオルケットを被ってベッドで蹲る少年を揺すって起こそうとしているのは、黒髪を伸ばした巫女装束の幼女だった。未就学児に見えるほど幼い彼女だったが、実に偉そうな態度だが、起こされた側はそれどころではなかった。
「学校行きたくない……」
「寝ぼけるな! まだギリギリ夏休みだぞ!」
幼女に指摘され、起こされた少年は被っていたタオルケットを跳ね除けて起き上がる。キャラメル色のショートヘアは寝ぐせまみれになっており、フリーサイズのTシャツ一枚という軽装にも関わらず汗だくになっている。この部屋は窓こそないがエアコンが効いているはずなのだが。整った可愛らしい顔に汗で髪が張り付いている様は色っぽくも見える。中性的を通り越して少女の様にも見える顔立ちをしている。
「な、七耶(ななか)? あれ? なんだ……夢か……」
すっかり寝ぼけた少年は幼女、七耶を見てここが少なくともかつての自宅などではないことを確認する。ベッドにペタリと座り、Tシャツの袖から覗いているのは子供特有の健康的な腕などではなく、黒い球体関節の義手であった。両腕は肘上から下が生身ではなかった。基本的な構造は生身のそれを模してはいるが、色や爪の有無などが決定的に違う。下手に似せるよりはよほど違和感を覚えないのだが。
「まったく酷い顔してんぞ小僧。夢でも見てたのか。顔洗ってこい」
「うん……」
顔色はいいとは言えず、血色が悪かった。目の下には泣き腫らした跡もある。表情もぼんやりしており、まだ少し寝ぼけている様にも思えた。彼は千鳥足で歩いていく。その足取りは覚束ない。スリッパの足音もペタペタと不規則だ。
部屋を出て扉を閉めると、彼は扉を見る。ドアノブには『起こさないでください』という札が引っ掛かっている。
(あれ? 今日なんで起こされたんだろ?)
そんな疑問も覚醒し切らない頭では答えに辿り着けず、そのまま洗面所に向かう。顔は確かに元気と言い難い疲弊した表情をしていた。鏡には嫌いな自分の顔が映っている。やけに明るい髪色に左右で色の違う瞳。しかも左は空色で右は桜色という極端に目立つ色だ。桜色の瞳の下にある些細な泣き黒子でさえ、汚い黒カビの様に感じてしまう。顔に冷水を浴びせ掛け、ぼやけた思考と嫌悪感を一旦断ち切る。
七耶に言われた通り顔を洗うと、彼は廊下を歩いて階段を目指す。上の階に上がるとそこは喫茶店になっており、カウンターではメイド服を着た青髪の女性がコーヒーを淹れていた。さっきまでいた場所は地下で、ここがこの建物の一階だ。
この不思議な家が、この夏から彼の家になった場所だ。
まだ開店時間ではないのか、客の姿は見えず、コーヒーのかぐわしい香りだけが店内に広がっていた。
「おはよう、陽歌(ようか)くん」
「おはようございます、アステリアさん」
陽歌と呼ばれた人物は青髪の女性、アステリアに挨拶を返す。彼は目線を反らして義手の指をもじもじさせる。一見するとただ美人のお姉さんに微笑みかけられて気恥ずかしさを感じている様に見える微笑ましい光景だが、その実態は単に陽歌がアステリアに対して心の壁を作っているだけであった。
それはアステリアに対してだけではない。七耶達に対してもそうであった。彼は他人が怖いのである。特に最近あった出来事でそれが悪化していた。
だがアステリアは敢えて彼に歩み寄って話をする。詳しく事情を知っているが故に無視できないのだろう。陽歌も彼女が優しい人だというのは分かっていたが、どうしても恐怖心が上回ってしまう。
「今日は早いね」
「なんか七耶に起こされたんですけど……今日何かありましたか?」
普段はどれだけ寝ていてもいいのだろう、陽歌は朝早く、それも五時ぐらいに七耶に起こされたことを不思議そうに話す。すると、アステリアは何かを思い出した様に説明する。
「今日って『飛電ゼロワンドライバー』の発売日じゃなかったかな?」
「ひでん……? ゼロワン? ドライバー?」
陽歌は聴き慣れない言葉の組み合わせに思わず聞き返した。頭に浮かぶのは工具のドライバーである。それも何だか凄そうな、江戸時代から継ぎ足して作った焼き鳥のタレの様なものだ。
「でもあの子が誘うってことは楽しいことなんじゃないかな? そうじゃなかったら起こさないでいつものメンバーで行っちゃうでしょ?」
アステリアは七耶の一見すると乱暴にも見える態度をフォローする。彼も七耶が悪い人でないのは理解していたが、苦手意識が強い。自分でも彼女の何がそんなに怖いのか分からないでいた。多分、偉そうな口調とかが原因なのだろうが。
(そうかな……そうかも)
ただ、彼女の言うことも一理あった。何とか七耶なりの好意を受け取った陽歌の様子を見て、アステリアは彼の体調を気遣う。
「顔色悪いね。悪い夢でも見たの?」
「いや、なんでもないです……」
顔を洗ったのにまだそんな風に見えるのかと陽歌は戸惑った。彼はいつもの様に、ここに来る前の様に何でも無いことだと自分に言い聞かせる。だが、アステリアは陽歌の前に屈み込んで彼を抱きしめる。
「わふっ……」
柔らかいものが顔に当たり、甘い香りに包まれる。腕にこそ感覚は無いが、全身が暖かく包まれる。衣服に清潔感があるためか、石鹸の香りも感じる。頭を優しく撫でてくれ、全身に残った倦怠感が和らいでいく。
「怖かったね。もう大丈夫だから、無理しないで」
「……うん」
普段、なかなか得ることのない安心感に陽歌は泣きそうになったが、ぐっとこらえた。無自覚な悪い癖だが、環境が変わったからといって早々変わるものでもない。
「食欲はある?」
アステリアは少し落ち着いた彼を離すと、体調を伺った。この様な心境であり、食欲が安定しない。正直、空腹どころか吐き気の方が強かったが、アステリアの好意を無駄には出来ないので当たり障りのない受け答えをしてしまう。
「な、なんとか……」
「そう、だったらこれだけでも飲んでいって」
それでも彼女は陽歌の状況を把握したのか、グラスに入った飲み物を出す。牛乳で溶かしたアイスココアだ。食べられる状況でも無し、かといって何も食べないのも身体に悪い。ということで折衷案なのだろう。飲みやすいようにストローまで付けてくれている。
「ありがとうございます、いただだきます」
陽歌はカウンターの隅に座り、アイスココアを少しずつ飲む。カウンター席の離れたところでは、山盛りのパンを食べる金髪の少女がいた。髪型に癖があり、少し猫耳っぽい。
(あれは見ない様にしよう……)
盛られているパンの量を見るだけで胃が重くなるので陽歌は視線を反らした。とにかく、今日やたら早く起こされたのは飛電ゼロワンドライバーというものの為だということがわかった。
「そういえば今日、マナちゃんとサリアちゃんがいませんに」
パンを飲み込んだのか、金髪の少女が普段ならいるであろう仲間の所在を聞く。二人のスケジュールはアステリアが把握していた。
「明日防災の日でしょ? それのイベントするからリハーサルなの」
「あーそうでしたかに」
パンから少女の興味が反れたことで、自分の存在に気づかれない様に陽歌は身体を縮める。しかし残念ながら、まさに猫の様な嗅覚で少女は陽歌の存在をキャッチする。心なしか耳の様な髪が動いた様にも見える。
「起きてきましたかに?」
「る、ルナルーシェン……」
「ナルでいいですに」
ナルという猫っぽい金髪の少女は陽歌を見つけるなりぐっと距離を縮める。歳相応の対応なのだろうが、こうグイグイ来られると本能的に身を引いてしまう。
「今日は飛電ゼロワンドライバーの発売日ですに。気合入れていきますに」
「うん、聞いた。でもおもちゃのポッポに行くならもう少し遅くても……」
ナルが再び本日の予定を確認する。陽歌は彼女達に馴染みのおもちゃ屋があることは知っており、そこの開店時間にはまだ早すぎるほどだというのも理解していた。だが、今日行くのはそこではないらしい。
「毎年ライダーの新商品は問屋の段階で奪い合いですに……。ポッポの分はちびっ子の為に取っておいて、ボクらはちょっと遠出しますに」
「遠出?」
一応入荷しているには入荷しているのだが、やはり数が限られるのでいつものメンバーで在庫をかっさらう訳にはいかないらしい。毎年恒例、のことの様に言っているナルだったが、陽歌には馴染みの無いイベントなのでイマイチ事情が呑み込めない。彼の知識は戦隊とライダーの始まる時期が違うことも最近知った程度である。
「島田市と静岡市の間にロウフルシティという大きな町がありますに。そこの大きな家電量販店なら沢山置いてあるので安心ですに」
「ロウフルシティ……」
喫茶『ユニオンリバー』やおもちゃのポッポがある島田市の隣にその様な大きい都市があることは陽歌も知っていた。静岡県外出身なので浜松がどうのとかは詳しくないが、最低限近くの地理は把握したつもりだ。
「……」
「ま、ボクらもよく遊びに行くとこなので泥船に乗ったつもりで付いてくるといいですに」
大きな町と聞いて少し不安になる陽歌を、ナルはお決まりの言い間違いで励ます。ただ彼には、そんなベタなボケに突っ込む余裕さえ無かった。
「泥船だと沈むぞ、ねこ」
「とら」
そこに割って入ってきたのは七耶だった。ねこ呼ばわりにナルは即、虎であると訂正をする。立ち位置的には座る陽歌を挟み撃ちである。並んでみると、七耶はナルや彼より遥かに小さいことがよくわかる。この三人の中で最も長身なのは陽歌だろうが、そんな彼も同学年では小さい方だ。
「とにかく気合入れていくぞ。私らは先行の抽選販売にも落ちたし、ファルコンプログライズキーの二の舞を踏むわけにはいかないからな」
ただ集団の指揮を執るのは七耶である。年齢も一番下だが、彼女は自然とそういう立ち位置に来てしまう性質があるらしい。七耶の説明であるが、今日買いに行くものの内容も把握していない陽歌にはサッパリであった。
「うむ、分かってないって顔してるな」
「すみません……」
彼女もそれは見越している様だった。陽歌は反射的に謝罪する。
「いや、最初は誰だってそんなもんだろ。というわけで解説タイムだ」
七耶は気にせず、タブレットを取り出して説明を始めた。画面には蛍光イエローのボディに赤い複眼のヒーローが映っていた。
「これが今年の、というか明日からやる仮面ライダー、ゼロワンだ」
「あ、映画に出て来たの」
「なんだ。ジオウ映画見てたのか」
仮面ライダーに関してはまるで素人の陽歌だったが、ある事情から今年の映画は見ることになったのだ。平成仮面ライダーをサッパリ知らない彼でも楽しめたので、とてもいい映画なのは明白だ。七耶もその余韻に思わず浸る。
「よかったなぁ……あの映画」
「とにかく凄かったですね……」
心の距離があった二人だったが、映画を切っ掛けに緊張が少し和らいだ。そんなわけで解説の続きである。
「で、その映画に先行登場したゼロワンが使うのが今日発売する『飛電ゼロワンドライバー』だ。これは抽選で先行販売されたが、私達は当たらなかった」
今日発売になるのは仮面ライダーゼロワンが使用する変身アイテム、所謂変身ベルトというものだ。本来の発売日は今日だが、一部の人は先に入手する機会があったらしい。
「それと同時にいつものコレクションアイテム、『ファルコンプログライズキー』がベルトに先駆けて一般店舗で販売されたが、見事に転売屋に狩られてな……」
転売屋、と新たな単語が出てくる。これまたホビー業界の常識的単語だが、そこに疎い陽歌には分からない話であった。それをナルが横から解説する。
「転売屋というのは商品を店から買い占めてフリマアプリなどで定価を遥かに上回る値段で売る極悪集団ですに」
「やってることは小売りと大して変わらない、というのが連中の言だが、言ってみりゃ水道せき止めてその水を高値で売りさばく様なもんだ。」
「悪い人ってのはどこにでもいるんですね……」
陽歌が今まで接してきた『悪人』には、直接暴力を振るう人間、口汚く罵る人間、それらを注意しない大人などがいたが、また別種の存在が出てきて不安が増した。そんな彼の不安を察してか、七耶が店舗側の取り組みも説明する。
「ま、それやられると店もいつも品切れじゃんってなって客足が遠のくからな。対策はしているさ。例えば開店前に整理券を配って抽選販売にするとか一家族一個までにするとかな。製造側も工場フル稼働で頑張ってるさ」
「苛烈な需要の歴史はオーメダル、遡るだけ遡るとたまごっちとかに行きつきますからに……」
その話を聞いて、少しは陽歌も安心した。世の中悪い人ばかりではないということをユニオンリバーの面々と接して知ったが、それまでの出会いが最悪過ぎた。
「今日はとにかく凄いぞ。ゼロワンドライバー以外にも新商品が目白押しだ」
その他にも二号ライダーの使うベルトやゼロワンの使う武器、毎度お馴染みとなった変身小物をセットするホルダーも同時発売となる。
「仕事で頑張ってる小娘の分も手に入れるぞ! 気合入れろ!」
「おー! ですに!」
「お、おー……」
若干テンションに付いていけないが、何とかこの中に馴染もうと陽歌は元気を振り絞る。そんな彼をアステリアはカウンター越しに微笑ましく見つめていた。
外出用に服を着替えて、陽歌は再び一階のカフェにやってきた。アーミーグリーンで纏まった長袖のパーカーはまだ残暑厳しい時期には似合わないが、袖を余らせて義手を隠す必要があった。以前はこれと違う義手を付けていたが、義手であることを理由にいじめられていたのでどうしても隠さないと落ち着かないのだ。パーカーなのも、目立つ髪や瞳を隠すためだ。いじめは義手になる前からあったので、おそらく彼が黒髪黒目でも今度は血液型がB型であることや母子家庭であったことを理由にするだろうが、理屈とは関係なく隠したいのだ。
一応、ボトムスはハーフパンツにしてクロックスを履いているので暑さは和らいでいるはずである。というかこのパーカー自体がそんなことを気にしなくていいものだったりする。これはアステリアの知り合いである錬金術師が作ったもので、着ているだけで快適な状況を保ってくれる摩訶不思議パーカーなのだ。
その他、荷物を入れるショルダーバックには鎮痛剤などの頓服薬も入っており、出かける準備は万全だ。
七耶とナルは既に準備を終えており、後は一緒に行くメンバーの合流を待つだけであった。陽歌は今日、買い物にいくこと自体起こされて知ったので誰が来るのかは当然聞かされていない。ユニオンリバーにはまだ彼が把握し切れていない人が多い。不安から陽歌は俯き、胸の前で合わせた義手の指を絡めてもじもじしていた。これは義手になる前からの癖みたいなものだ。
扉が開き、来客を知らせる鈴の音が鳴る。新たに二人が店内へ入って来たのだ。扉には『準備中』の表示をしてあるので、客ではない。一人はナルと同い年くらいの、紺色の髪をした女の子である。
「あ、さな」
「どうもー。私達も同行するよ。動画のネタにね」
不安そうだった陽歌の表情が少し和らぐ。七耶やナルとはまた違ったタイプの人物で、彼は少し彼女に対して心を開いている様であった。そして、さなの存在を確認した陽歌はキョロキョロと周りを見渡してある人物を探す。
「ミリアお姉さん!」
そして、その人を見つけると彼はこれまでにない明るい表情を見せる。
「やっほー。新商品はユーチューバーとして手に入れないといけないからね」
金髪をサイドテールにした、長身でスタイルのいい女性だった。白いブラウスに黒いミニスカートとタイツ、とシンプルな服装故にそのグラマーさと顔の良さが引き立っている。アステリアにも引けを取らない美人である。ミリアと呼ばれたその女性に、陽歌は他の人間に見せないほど心を許した態度を取る。ただ、相方であるさなは的確に彼女のミスを指摘する。
「本当に最速ゲットを目指すなら抽選販売に応募すらし忘れるのはどういうことなのさ」
「ひゃい」
七耶達は落選だったが、ミリアは応募自体を忘れていた。ユーチューバーという話題の新鮮さ第一の職業としては致命的なミスだ。
「特に今回のは予約出来ない商品なんだからさ」
「ごめんなさい!」
まるで年齢が逆転した様なさなとミリアのやり取りを聞いて、陽歌は少し安らいでいた。この二人こそ、彼をユニオンリバーに引き入れた存在なのだ。
「まぁおかげでセット版を買うことが出来ると考えればありなんじゃないかな?」
ミリアの言う通り、この手のライダーベルトは毎年単品版とベルトにアイテムを格納するホルダーがセットになったものが発売する。抽選に当たっても買えるのはベルト単品だけなので、どのみち今日買い物に行く必要はあったのだ。
「そうして余るグッティ」
「はい去年の戦隊のトラウマ」
さなとミリアはぐだぐだ感二割増しくらいで会話を続ける。ミリアは去年の有様を拭う様にフォローを入れる。
「いや去年は特殊だったからね? セット二種類に単品版、そして年末のセットで四種類くらい出たしそんだけ収録されたロボのパーツ彼くらいじゃないかな?」
「それ考えるとまだキシリュウオーは有情だよね」
単品ではあくまで合体パーツでしか無い去年の戦隊のメカ、グッドストライカーと単品でロボになり、かつ名称的に主軸である今年のキシリュウオーことティラミーゴでは事情が異なる。去年の反省を生かしたとも言えるが。
「最後までVSを貫いた面白い作品だったけど商品展開は親御さんにいろいろ厳しかったよね。一号の変身アイテムとかも買い方次第でうっかりダブるし」
「分からなければ店員さんに聞くってことを学んだね」
ミリアとさなはまるで動画を締める様に話を締めくくった。ただの漫才であるが、陽歌は割と真剣に聞いていた。
「分からない時は店員さんに聞く……と」
「そうそう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だよ」
思ったより真面目に捉えてくれたのが嬉しいのか、ミリアは陽歌の頭を撫でる。彼もぎこちないながら笑顔になる。
「飲酒関連で一生の恥を晒し続けるお姉さんがそれ言う?」
一方でさなの鋭いツッコミ。これにはぐうの音も出ないのかミリアは話題を切り替える。
「て、店頭に品物が無くても、聞けば倉庫から出してもらえるかもしれないからね。特に発売日の開店直後とかだとよほど気合の入ったお店じゃないと陳列すらしてないことあるから、食玩とか」
「聞けるかな……」
珍しく素直に弱音を吐く陽歌。それをミリアは真っすぐ受け止めた。
「素っ気ない態度を取られたらお姉さんに教えてね、クレーム入れるから」
「珍しく真っ当にお姉さん扱いされてるからって暴走しないでね」
さなは釘を刺す。見ての通りいまいち頼りないのでお姉さんと呼ばれつつも頼るべき年長者としては扱われていなかったりする。
「というわけでさっさと……」
七耶の号令で、一同が縦に、少し斜めになりながら並ぶ。陽歌以外のメンバーは慣れた様子で準備に取り掛かり、彼も見様見真似でやってみる。
「行くぞ!」
バァーン! と擬音が聞こえそうな状態だった。今から百年に渡る因縁に決着を付けにいくくらいの気合だ。
(なにこれ?)
変な儀式を経て一行は新ライダーのベルト争奪戦に向かうことになった。七耶とナル、ミリアとさな、そして陽歌。このメンバーが向かう先に、果たして飛電ゼロワンドライバーはあるのか?
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
奇妙な儀式を見ても平然としているアステリアが一行を送り出す。陽歌は慣れない様子で挨拶を返す。これが当たり前なのだろうが、なんだか不自然にも感じてしまっていた。
「おいねこ」
『とら』
一行はロウフルシティに突入したわけであるが、七耶がナルに問う。
「ライバードはどうした?」
『車検ですに』
普段使っている車は車検で無かった。その為一行はバギーとそれがけん引するクローラー付きの荷台で移動している。動力であるバギーが一人乗りで運転をナルがやっているため、他の四人はバギーにけん引されているキャタピラが付いた荷台に乗っている。道路交通法とか大丈夫なのだろうかと疑問が出る。
「車検かー……いろいろ特殊な車だし代車も出ないからな」
七耶は話を聞いて諦める。このとても一般車ではない車は普通に一般道を走っていた。その重くて鈍そうな外見に反して結構なスピードが出るため、陽歌は荷台の出来る限り隅っこに陣取って体育座りになっていた。他のメンバーは慣れているのか、広いキャリアでくつろいでいた。
ロウフルシティは聞いていた通り大きな町で、片側三車線道路の周囲には大きな店舗やビル群が並んでいる。
「いやー、ワイルドクローラーでの旅も乙なものだね」
ミリアはいつの間に買って来たのか、コンビニのビニール袋をまさぐりながら言った。
「ワイルドクローラーって言うんだね、このメカ」
陽歌はサンドカラーで纏まったバギーと荷台を見て呟く。喫茶店なのに機銃が乗っているバギーを運用するなど、非常に物騒である。しかし喫茶店を経営している会社がトラブルコンサルタント企業、つまり何でも屋なので武装くらいはするだろうと自分を納得させるのであった。
七耶が具体的な説明をする。一応平和な時は運送の手段として、たくさんの荷物を運ぶ時に重宝する。
「ああ、こいつは悪路でも余裕で走破するし、荷台も深いから安定して荷物入ると便利尽くしだ。丈夫な上に分解も出来る、動力はヘキサグラムで給油充電要らずだ。最大荷重は二トンくらいだったかな」
「へー、凄いですね……」
意外な便利さに陽歌は驚くばかりだった。ただ荷台は露天でクーラーなどもないので残暑厳しいこの時期には朝早いとはいえ日差しが照って暑い。さなは買い物をしてきたミリアに飲み物を要求する。
「お姉さん、ジュース無い?」
「ん?」
ミリアはロング缶のストロング系チューハイを片手に、金のパッケージに包まれた良さげなおつまみをつまもうとしていた。休日とはいえ朝っぱらからかつ子供の前で飲酒を試みる彼女の鳩尾に、正確無比なさなのツッコミパンチが飛ぶ。
恐ろしいほどに音が静かだった。それだけエネルギーが無駄なくダメージへ転化しているということである。
「モルスァ!」
ミリアは過去に流行ったペットロボみたいな声を上げ、吹っ飛んでいく。山なりの軌道を描き、道案内の看板にぶつかってそれを突き破りながら進行方向後ろ側へ落ちていく。ガシャンとかそういう重い音がしてクラクションが鳴ったり騒ぎが起きていた。
「ミリアお姉さーん?!」
いつもの光景とはいえあまりに常識を逸脱しているので陽歌はまだ慣れなかった。
「おいおい、百トンパンチは控えろよ」
とりあえず一般人寄りの彼に気を遣っているのか、七耶は苦言を呈する。
「一応手加減はしてるよ。三分の一くらい」
「それでも約三十四トンあるんだよなぁ……」
さなは抑えたというが、七耶は手加減になっていない現状に冷や汗を搔く。乗っている車の最大荷重が二トンだとか話していたのに、急に小柄な幼女が百トンレベルのパンチを繰り出すのだからいろいろ狂っている。この体格でバギーの力に匹敵するどころか凌駕するとは一体どういうことなのか。
「……」
いつものことだが、改めて目にすると陽歌は眩暈がした。さっきのパンチも、足場の荷台が何の影響も受けていないなど物理法則もあったものではない。空想科学読本に解説して欲しいレベルであった。
(よく考えたら、今この場にいる人間って僕だけだよな……?)
そして心理に至ってしまう陽歌。さなは月の住人、ミリアはミラヴェル計画というプロジェクトで作られた人造人間『マークニヒト』の先行生産個体、七耶は外宇宙で作られた伝説の兵器『超攻アーマー』、ナルはある錬金術師が酔った勢いで作り出した戦闘メカの人間態。ちなみにアステリアは人間である。
とても信じられない話だが、先ほどさなが発揮したパワー、そして看板にぶつかった時点で普通の人間なら肉片になっているだろうところを、逆に突き破るというミリアの耐久力が全て真実であると物語っている。特にミリアとさなについては何やかんやあったので、陽歌もユニオンリバーに来てから初対面となる他のメンバーより人外ぶりを実感している。
こんな人外グループがビジュアルの点では自分より人間らしいことを、容姿が理由でいじめられていた陽歌は受け入れ難かった。その部分でも眩暈がする。
「おい大丈夫か?」
「はい……」
七耶が心配そうに陽歌を見るが、彼はいつものやせ我慢の強がりをしてしまう。状況を察したナルが原因を推測する。
『確実に物理法則の乱れで眩暈起こしてますに。ぷはー』
「そ、そんなとこですかね……はは……」
肝心のミリアはさなが吹っ飛ばしたので、ナルが的確に原因を説明してくれたことが陽歌にはありがたかった。この一瞬のやり取りの中で、七耶はナルがコクピットで何か飲んでいることに気づいた。
「おいねこ」
「とら」
「何飲んでんだ?」
「さっき買って来たビックルですに」
「なんでどいつもこいつも勝手に買い物行ってんだ!」
ワイルドクローラーはユニオンリバーの地下に格納してあったはずだが、ミリアといいナルといいいつ買い物に行くタイミングがあったのか。あまりにフリーダムなメンバーに七耶も突っ込まざるを得なかった。
「運転手特権ですに」
「つーかバギーのコクピットは屋根あるだろ! 私達より快適だろ!」
一人乗りで運転席が解放型とはいえ、座席と屋根があるナルは堅い荷台に直接座る陽歌達よりはまだいいだろう。荷台は日光を受けて暑くなりつつある。
あまりに七耶が文句を言うので、陽歌は自分の着ているパーカーを譲ろうとした。これを着ているおかげで彼は七耶ほど暑さを感じない。
「これ、着ます?」
「いや、それはお前が着てろ。私らは暑いだけで健康に影響は無いからな。あいつ、お茶くらいは買ってるだろうな……?」
しかし七耶は陽歌の体調を優先して断る。何か飲み物が無いか彼女はミリアのコンビニ袋を探るが、どうも目ぼしいものは無さそうだ。
「たっく……期待外れか……お?」
しかし、何かを見つけた様でそれを天高く掲げる。赤いラベルで装飾されたカップ、だが飲み物ではない。カラカラと軽い音がする。どうやらスナック菓子らしい。
「ヤンヤンつけぼー! ヤンヤンつけぼーじゃないか!」
(飲み物じゃなくていいの?)
七耶はヤンヤンつけぼーなるお菓子を手にテンションが上がっていた。蓋を剥がすと、カップの中は半円のスペース、半円を更に半分にしたスペースの三つに仕切られていた。一番大きな半円のスペースにはビスケットの棒が入っており、残るスペースはチョコクリームとカラフルなトッピングが入っている。
七耶はビスケットを取り出し、チョコクリームに浸してからトッピングを付ける。これがこのお菓子の食べ方だ。
「おい小僧、ヤンヤンつけぼーだぞ! ご相伴に預かるのだ」
彼女は陽歌にも食べさせようとしたが、ある嫌な予感がしていたので強がりではなく本心で断った。
「いえ、僕は遠慮しておきます」
「そうか」
まぁ好みがあるしな、と七耶は夢中でヤンヤンつけぼーを貪り食う。しかし、一通り食べてから彼女はある事実に気づいた。
「これ口の中の水分持ってかれるな……」
(だと思った……)
何とか巧妙な罠を回避した陽歌。さなはずっと放置していたミリアのことを思い出し、回収しに行くことにした。
「仕方ない。お姉さん拾うついでに飲み物確保して来る。お姉さんの奢りで」
「頼むぞー。私カルピスな」
さなは床面から跳び、安定した足場とは言えない荷台の淵の上に乗った。ミリアが墜落した地点からは既に距離があったが、スピードの出ているクローラーから難なく飛び降り、歩道を駆けてその場所まで向かっていく。
(大丈夫かな……色々と)
隣町に買い物へ行くだけでこの大騒ぎである。陽歌は少し不安になった。しかし、この騒動はこれから始まる大騒動の序章に過ぎなかった……。
目的の店舗に一行は到着した。下の階にスーパーやホームセンターが入っているというわけではない純粋に大きな家電量販店で、これでもロウフルシティに多くある家電量販店の一つに過ぎないというのだから町の大きさがよく分かる。ミニ四駆コースやベイブレードスタジアムもあり、大会もやっていることがあるそうだ。
「おいおい、開店前なのに結構な人だかりだぞこりゃ」
七耶はまだ八時にもなっていないのに行列が出来ていることに驚いていた。まだ店内には入れないので、駐車場に列は続く。駐車場もいっぱいで、ワイルドクローラーは非常に目立った。
陽歌はこうした光景を見慣れていないが、ただ黄色い布を頭に巻いた集団が目立つことの異様さは理解できた。
「何ですかあの黄色い集団……黄巾賊?」
「幸せの黄色いハンカチじゃないかな?」
あんな目に遭ったのに全く無傷のミリアも黄色い集団を見ていた。買ったお酒は没収されてバギーの操縦席に仕舞われた。普通の親子連れは本当に少ない。最後尾に並んだはずが、後ろに次々人がやってくる。あまりに人が多いせいか、陽歌はフードを目深に被って髪と瞳を隠す。義手の指でフードを掴み、決して姿が露見しない様に必死だった。
並んでいると、整理券をスタッフが配りに来る。どうやらあまりに人数が多くて整理券による抽選販売になったらしい。整理券は商品の種類だけあり、七耶が陽歌に指示を出す。
「とりあえず全部受け取っておけ」
「……」
決して目を合わせない様に陽歌はそれを受け取った。感覚の無い手先では何枚あるのかも分からない有様だ。
「うぅ……」
その時だった。極度に緊張が高まったせいか、無いはずの腕が痛み始めた。万力で潰されるかの様な鋭い激痛が両腕に走る。幻肢痛だ。目の前が霞み、呼吸も荒くなる。ミリア達に心配をかけない様、しゃがみ込みたくなるのを我慢してショルダーバックを探る。
中には吸入器が入っていた。これが鎮痛剤である。幻肢痛には普通の鎮痛剤が効かないことが多く、かつ大抵の薬は飲みやすさを優先して小さい錠剤で水を必要とする。例え水のいらないチュアブルタイプの薬だとしても手先の感覚が無い義手で小さな錠剤を扱うのは難しく、特に痛みなどで狼狽えている時は困難だ。そこでパーカーを開発した錬金術師が作ったのがこの吸入器入り鎮痛剤。
扱いやすく、水も不要。薬の作用で幻肢痛にも有効で副作用も軽いといいことずくめである。それを吸い込み、陽歌は一旦落ち着きを取り戻す。
「ねぇねー、暑いよー」
「我慢しなさい!」
しかし周囲の親子連れが猛暑に耐えられないのか騒ぎ出す。家族連れが多いせいか全体的に騒がしく。フードを被っていても耳をつんざく様な高音に襲われる。子供が騒がしいと、それに連動して親の声も大きくなるという悪循環。
「あの人目が変だよー?」
「見ちゃいけません!」
そんな中、必死に隠していたオッドアイが露見してしまう。せっかく薬で動悸を抑えたのに、また呼吸が荒くなる。傷に塩を揉み込まれる様な激痛が脳を刺激する。過去に浴びせられた罵声や暴力が鮮明にフラッシュバックした。
『なんで目の色が違うんだ?』
『変な色、気持ち悪い』
『カラコンじゃないの? 外しちゃえ』
身体を複数人に押さえつけられ、瞼を強引に開かれて裸眼へ指を突っ込まれる光景と痛覚が蘇る。目を堅く閉じるが、痛みのせいなのか大粒の涙が溢れてくる。それでも七耶達に悟られない様に堪える。
「変な髪―」
しかし子供は残酷だ。フードから僅かにはみ出す髪の色を容赦無く指摘してくる。
『髪を染めるんじゃない! 黒くしてきなさい!』
『この歳で髪を染めるなんて……親は何をやってるのかね?』
「ううぅ……」
責める声は子供の物だけではない。親以外の大人、教師達の物も含まれていた。もう一度吸入器で薬を服用するが、身体は楽にならない。その事実が、余計に焦燥感を駆り立てる。
「う、う……」
頭の中がごちゃ混ぜになり、陽歌は平静を失う。逃げたい、でも並ばなきゃいけない。みんなに心配や迷惑は掛けられない、でも逃げたい、いなくなりたい。気づけば、鞄からある物を取り出していた。
「うわぁぁぁあああああああっ!」
それは携帯を模した折り畳み銃、ファイズフォンⅩであった。本来は『仮面ライダージオウ』に登場するガジェットを模したおもちゃなのだが、彼の持つものは少し事情が異なる。
『シングルモード』
「な、おい……!」
正気を失った叫びとファイズフォンⅩから発せられる電子音で七耶は危険を察知した。普段はボケっとしているミリアも咄嗟に陽歌の銃を持つ右手の義手を掴んで銃口を天に向ける。
「おっと……」
同時に引き金が引かれ、銃口から赤い光が発射される。ファイズフォンⅩには発光機能は無く、あったとしてもこんな強力な閃光はST基準に反する。要するに、本当に光線が発射されていることになる。
「ふぅー……ふぅー……」
「どぅどぅ……、大丈夫だから、ね?」
ミリアに後ろから抱きしめられ、陽歌はしばらくして落ち着きを取り戻す。アステリアの抱擁と異なり、屈まずに後ろからなので感覚は全然違うが包み込まれる様な暖かさは同じで安心感が得られた。
陽歌は銃を下ろし、袖で強引に涙を拭うと取り乱したことを詫びる。
「ご、ごめんなさい……」
「いいっていいって。ここ人多いもんねー」
ミリアは落ち着いた調子で宥める。七耶は今起きそうになった事態に冷や汗をかいていた。このファイズフォンⅩは彼女らの知り合いが魔法でおもちゃを『本物』にしたものだ。つまり実際に武器として使用出来、今まさに陽歌は武器として使おうとした。ミリアの態度はそんな危機的状況を理解しているのかしていないのか、要するにいつも通りであった。さなも危険性を感知しているのか、一応身構えてはいた。
「まさかお姉さんが対応するとは思わなかったよ」
「はっはっは、大地讃頌の様に褒めよ称えよしてもいいのだよ?」
ミリアの行動を意外に思っていたのか、さなは驚いた様子だった。ただ発言のせいでいつもの頼りないポンコツお姉さんに逆戻りだ。
「よかった、本物だ」
「私偽物扱いされてた?」
二人の漫才もいつも通り。変に腫れ物扱いしないこの二人の対応には陽歌もいくらか助けられていた。
「悪かったな、無理に連れてきて」
「いえ、七耶は悪くないです……」
パニックを起こしてしまった陽歌に七耶は謝罪するが、彼は自分に非があると感じていた。こんなくらいで取り乱してはダメだ、と自分に言い聞かせる。今の自分には、頼れる仲間がいるのだ。一人ぼっちだった頃とは違う。
「で、ねこは……」
「とら」
この騒ぎの中、一切のリアクションを示さないナルを七耶は見た。すると、ナルは立ったまま寝ているではないか。猫呼ばわりへの修正も寝言で行っている。
「それとも打ちどころ悪かった? 精密検査する?」
「デフォ! これデフォだから! 神対応をもうちょっと褒めて!」
さなとミリアの漫才も事件の渦中である陽歌を置いて進行する。例え目の前で銃乱射の危機があってもいつもぐだぐだ、これがユニオンリバーだ。
陽歌は場の空気を変えるため、さっき受け取った整理券を確認することにした。
「そうだ、貰った整理券なんですけど……」
「抽選のくじらしいな」
七耶も同じものを同じ枚数持っている。結構な枚数である。彼女は一枚ずつ確かめていった。
「DX飛電ゼロワンドライバー、とキャンペーンのライドウォッチ、ドライバーとホルダーのセット、ドライバーとファルコンプログライズキーのセット……か。ベルトは一回当たると違うベルトの抽選には参加できない、と」
ベルトは単品売りやセットなど販売形態が多数に渡る為、より多くの人間にベルトが行き渡る工夫がされていた。陽歌は他の整理券も見る。
「『DXエイムズショットライザー』、『DXプログライズホルダー&ラッシングチータープログライズキー』、『DXアタッシュカリバー』、『RKF仮面ライダーゼロワン』……とこれは?」
関連商品の整理券を手繰っていくと、ある一枚の整理券で手が止まる。仮面ライダーの関連商品ではないものが紛れていたのだ。
「ん? 『ブースター エースアシュラ.00M.V´』? ベイブレードか、同時発売なんだな」
七耶によれば違うおもちゃの整理券であったが、これも整理券が必要なほどの人気商品ということなのだろうか。サブカルに疎い陽歌でも、バッチリ対象年齢圏内のベイブレードは聞いたことくらいある。
「ストア限定っていうくらいだからレアものだぞ。ついでに当たるように祈っとけ」
七耶は陽歌にエールを送りつつ、作戦を確認する。
「と、問題はこの抽選、一家族一つなんだよな……。各人、いざ買う段階になったら他人のフリだ」
一人一つ制限ではもう生ぬるいのか、最近は一家族単位での制限が主流だ。このメンバーは家族の様な付き合いこそすれ、実際他人の集まりなので嘘は言っていない。
「……なんか先頭で誰か喋ってるぞ? おい、起きろねこ」
「とら」
七耶は列の先頭に何かを見つけた。ナルの鼻提灯を割り、彼女を叩き起こして確認させる。
「むにゃ……店員さんじゃないですかに?」
「小さくて見えんな……」
「黄色い布を巻いてるね、あの人も」
七耶達には小さい点にしか見えない先頭の人物だったが、さなにはしっかり見えていた。頭に巻いているせいで崩れている布の文字もはっきりと読み取って見せる。先ほどから見かける黄色い布の集団、そのリーダーと思われる。
「マーケットプレイスって書いてあるよ」
「マーケットプレイスだと?」
その名前を聞き、七耶が動揺を見せた。陽歌が銃を乱射しかかった時以上の慌てぶりである。そんなにまずい集団なのだろうか。
「マーケットプレイス? 何それ?」
陽歌はミリアに尋ねる。ただ、彼女はこういう時に頼れない。
「ほら、あれだよあれ。マーケットをプレイスして遊ぶ集団だよ」
「語源の解説すら出来てない」
さなに解説役は取られてしまう。とは言っても、彼女がするのはこの集団の名前の由来の方であったが。
「マーケットプレイスってのはアマゾンで品薄とかに合わせてメーカー希望小売価格から値段を上げ下げすることだね。大抵は高くなるよ」
「で、そんな名前を名乗っているあいつらは早い話、転売屋の集まりだ」
七耶がさっくり説明を纏める。朝話していた転売屋という悪人、その集団。これは恐ろしい展開になってきた。
「そんな人達いるんですね……」
「なんでも日本各地でホビーやライブのチケットを転売しているという連中だ。抽選販売だし、あいつらに独占されることはないだろうが……」
七耶は抽選販売とはいえ彼らの動向に警戒した。この分だとロウフルシティの家電量販店は残らず彼らが並んでいるだろう。否、この町に限らず全国の店で同様の現象が起きているはずだ。今更出直しても遅い。
「で、何言ってんだ?」
七耶はリーダーらしき人物の話を聞こうとした。さなに頼んで解析を行ってもらう。彼女はどういう原理か耳から狼なのか狐なのかよくわからないケモ耳を出して音を集める。
「何々……? 警察が来ても恐れることはない? 切り札がある?」
「なんか悪いこと企んでそうだな……」
リーダーの発言はいろいろときな臭かったが、実際に相手が行動を起こす前に討伐してしまおうとするとそれはそれで問題がある。なので七耶は静観を決めた。
「とりあえず開店時間まで待とうか」
「そうですに」
開店まではまだ時間がある。それまで各自時間を潰すことにした。七耶はスマホを取り出して進行中のソシャゲの周回、ナルは再び立ったまま就寝、ミリアとさなは他愛も無い話をしていた。みんなで動きつつ個人の時間も尊重する、近すぎず離れ過ぎないほどよい距離を保ったグループだ。言葉を交わさなくても一緒にいるという気持ちを、陽歌も最近理解しつつあった。彼はショルダーバックからスマホを取り出し、SNSを覗いた。今の状況を呟いて投稿するという簡単な動作だが、指先の感覚が無い彼には結構難しく、リハビリになっているのだ。
(『ゼロワンドライバー発売待ちなう』……と)
短い文章だが時間をかけて書き込み、投稿する。義手はタッチパネルに対応しているので操作自体に問題は無い。後は先ほどの様にパニックを起こさない様、イヤホンを使って音楽を聴く。イヤホンをジャックに刺す、耳に付ける。日常のなんて事のない動きが義手に慣れる為に大事なのだ。
いよいよ開店時間になった。陽歌もちょうどランダム再生で回ってきたお気に入りの『恋はドラクル』が終わったところなのでイヤホンを取ってスマホを仕舞う。スタッフがメガホンで並んでいる客達に抽選販売について解説を始めた。
『えー、これからゼロワンドライバーの抽選販売を行います。お手持ちの整理券をご覧ください』
大方の予想通り、この整理券の番号が抽選に使われるらしい。が、いざ抽選販売となると列の前を占拠している黄色い布の集団、マーケットプレイスが騒ぎ出した。
「そんなの聞いてねぇぞ!」
「普通は先着順でしょ?」
そして彼らはスタッフの誘導を完全に無視し、店内に押し入る。スタッフも担当部署などがあるので全員がこの販売に関わっているわけではないだろうが、例え全員いたとしても抑え切れないほどの人数が店内へダッシュでなだれ込む。
そしてマーケットプレイスの連中はお目当ての商品を次々にかっぱらい、レジを通さずに持ち出そうとする。もはや転売屋というより押し込み強盗である。個数制限を守る守らないの次元ではない。
本来個人レベルで動いている転売屋がこの様な組織を組んだのは、店側の対策が進んで買い占めが出なくなったという背景がある。数の勢いに任せてしまえば店側の制御を力づくで振り切ることが出来る。
「あーあー、もう滅茶苦茶だよ……」
七耶はこの有様に困惑した。もう買えそうに無いが、一行は外が暑いので冷房の効いた店内に入る。
だが、この事態を既に察知していたのか警察官が続々と駆け付ける。
「警察だ! 各地で威力業務妨害を起こしているグループはお前らだな?」
やはり黄色い布を巻いた集団というのは目立つのか、あちこちで問題を起こしているのが露呈して事前に警察を呼ばれることになった様だ。大人しく並んでいる間は待機しているだけだったが、強盗を始めたので行動を開始した。
「ポリの野郎か……」
店の入り口付近で待機していた三人のメンバーが警察の前に立ちはだかる。だが相手は恫喝すれば引いてくれる従業員ではない。警察官は毅然とした態度でメンバーに向かう。
「これだけ目立つことしてマークされないと思っていたのか?」
「とんでもねぇ、むしろ来てほしいくらいだったぜ」
警察官を前に、メンバーの一人が不敵な笑みを浮かべる。懐に手を入れると、小さくてよく見えないが褐色のアンプルを取り出している様に見えた。彼含む三人のメンバーが同じものを手にしており、一斉にアンプルを開封し、中身を飲みほした。
「薬?」
「気を付けろ! 例のドラッグだ!」
さなが首を傾げていると、警察は咄嗟に警棒を抜く。相手は武装していない一般人なのだが、ここまでしなければならない事態だというのか。答えはすぐに出た。アンプルを飲んだ全員の肉体が変化する。一人はザリガニの様な、もう一人は両手に鎌を持った緑色のカマキリ、最後の一人は三倍にも体が膨れ上がった象の怪人に変化していた。
「な、何あれ……?」
「仮面ライダー的に言えば今週の怪人かな? 三体とは豪華だねー」
陽歌は目の前で起きている現象に驚いているが、ミリアは店の前の自販機で買ったジュースを飲んでのんびりしていた。とても目の前に怪人がいる状況で取る態度とは思えない。
「お姉さん?」
「あ? 君もなんか飲む?」
「警察なんざ怖くねぇ! 行くぞ野郎共!」
彼女のあまりに余裕全開な姿に陽歌が戸惑っていると、ザリガニ男の号令で警察官に怪人達が一斉に襲い掛かる。警察官も警棒を手に応戦するが、身体能力に差があるのかあっと言う間に倒されてしまう。
警察官は武道が必修なので一般人よりは当然強いはずなのだが、この怪人化現象は一体何なのか。
「サツはいなくなった! お前らずらかるぞ!」
「おおーっ!」
商品を手に、マーケットプレイスの連中が一斉に出入口へ向かって商品を手に脱出を図る。出入口付近にいた七耶達は巻き込まれない様に立ち退いたが、陽歌は大人数が自分へ向かって来る光景を見て固まってしまった。動こうにも恐怖が上回って足が言うことを聞かない。さっきの発作を引きずっているのだろうか。
「しまっ……」
このままでは雪崩れる人に巻き込まれてしまう。その時、さなが彼の前に立った。マーケットプレイス達は子供二人が前方に居ようが、お構いなしに突っ込んでくる。避ける気は無く、ぶつかって押し倒すつもり満々だ。
「オラオラどけどけ! 怪我するぞガキ共!」
が、お構いなしなのはさなも同じだった。突然狐か狼の様な耳と尻尾を生やし、殺気を滾らせる。
「月輪脚(がちりんきゃく)・半月嵐!」
彼女は何もない空間に向かって脚を薙ぎ払った。すると、凄まじい突風が吹き荒れ、転売屋の群れが吹き飛んだ。文字通りの吹っ飛びで、人が吹き飛ばされて床に叩きつけられたり陳列棚に突っ込んだりしていた。警報が出る様な台風の暴風でもこの様な光景は見られない。
「おー、シンフォギアみたいに技名見えたぞ」
「どっちかというとボクは血界戦線的にみえますに」
「あー、それな」
身内である七耶とナルは全く驚いていないが、普通に恐ろしい光景である。
「な、なんだ……?」
「あのガキ一体……」
流石に怪人達は吹き飛んでいなかったが、大人が複数人吹き飛ばされるこの光景に動揺が走る。飛ばされた人達は死にこそしないがやはり痛いものは痛いので手に入れた商品を手放して呻いていた。
「このガキ……何したか知らんが大人の怖さを分からせてやる!」
象の怪人がさなに向かって走り寄る。重量があるため、床を砕きながら迫っている。その大きな図体に反してスピードも速い。が、さなは一歩も引き下がらない。それどころか、腰を落として拳を構える。
「剛拳!」
それをそのまま突撃してくる象怪人の腹部に高速で突き立てた。象の怪人は軽々と引き飛ばされ、入り口付近から果ての壁を突き破って店外に放り出されて爆散した。
「二百六十七貫!」
あのような巨体を吹っ飛ばしておいて、さなの小さな体にはどこにも負担が掛かっていない様子であった。これが正真正銘の百トンパンチ。怪人になっていた男は全裸になってうつ伏せで倒れていた。
外に並んでいた人達は爆発音を聞いてざわめく。当然の反応だが、ここで逃げずに野次馬しようと店を覗き込む辺り危機感が薄いというか。普通は爆発音の時点で逃げるべきだろう。
「このままあいつに任せるか?」
「いや、ボクもちょっと暴れたいですに」
七耶は加勢しなくていいだろうと考えたが、ナルはただ戦いたいという理由で加わりに行く。その手には武器ではなく、小さなキャンディの様なものと見慣れないロボットのプラモデルが握られていた。
「このガキ……!」
舐めた態度を取られたことが頭に来たのか、先ほどの光景を見ても尚ザリガニ怪人はナルへ向かっていく。倒された警察官も、自身の使命のため倒れた状態でザリガニ怪人に向けて発砲する。だが、ザリガニ怪人の硬い装甲は弾丸を悉く弾いてしまう。
野次馬も発砲でようやく危険な状況を理解し、蜘蛛の子を散らした様に逃げ始める。
「天魂(あめだま)!」
ナルはキャンディを口に含んだ。すると、手に持ったロボットのプラモデルが彼女に装着されて人間大のロボットへと変化する。身長も子供のそれから成人並に伸びる。武器の類は持っていないが虎の様な意匠のある強そうなロボットだ。
「白虎騎士団(ホワイトファング)一番機、ルナルーシェン・ホワイトファング……推して参る!」
立ったまま寝る様なのんびりした要素は一切無くなり、語尾も普通になる。ザリガニ怪人はここまでの現象を目にしても、相手がただの子供だと思っているのか無策に突っ込んでくる。
「ヒーローごっこは、家でやりな!」
ナルは右腕を大きく振りかぶり、その腕でザリガニ怪人を薙ぐ。まさに、虎の爪による一撃といった鋭さであった。
「タイガーレイザーズエッジ!」
金属を砕く様な音と共に、ザリガニ怪人の胸に三本の大きな切り傷が刻まれる。ナルはマニュピレーターの指にザリガニ怪人の甲羅を摘まんでおり、ただの斬撃でないことが伺える。指の力でザリガニ怪人の装甲を引きちぎったのだ。
「ぐ、ぐええええ!」
ザリガニ怪人は装甲を抜かれたダメージで戦闘不能になり、立ったまま爆散した。爆発が晴れた時には、全裸になった男が気絶して仰向けで転がっていた。キッチリ、ナルの攻撃で刻まれた傷もある。彼女はせめてもの慈悲なのか丸出しの股間を隠す様に指で挟んだ甲羅を落とす。
「ひ、ひえええ……」
カマキリ怪人は仲間が次々に瞬殺されていく様子を見て青ざめた。が、彼なりに機転を働かせてその辺に倒れている警察官を確保して人質にする。
「おい! 動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
片方の鎌を捨ててまでカマキリ怪人は人質をさなやナルに突きつける。流石に彼女達もすぐに動くことは出来なかった。それを見ていたのは、二人だけではなかった。陽歌も先ほどから動かずに戦いを見ていた。
(このくらい……怖くない……!)
彼は勇気を振り絞る。今までは独りぼっちで抵抗することも出来ず、他人に脅えて暮らしていた。だが、ユニオンリバーに来てからは違う。仲間がいる。そして、誇っていいものがあると教えられた。
(あの時に見たデカイ海老とか邪神に比べたら、このくらい……!)
『シングルモード』
陽歌はファイズフォンⅩを取り出し、銃に変形させて目にも留まらぬ速さで引き金を引く。赤い光線は正確無比に、カマキリ怪人が鎌を持つ掌を撃ち抜いた。
「ぐわぁ!」
鎌は手を離れ放物線を描いて宙を舞う。何とかカマキリ怪人が拾おうと手を伸ばすが、鎌が地面に落ちるより早くもう一発の光線が鎌に直撃して遠くへ吹き飛ばす。陽歌が空中の鎌に銃撃を当てたのだ。
「何?」
カマキリ怪人が戸惑った一瞬、これが勝負を分けた。陽歌はその顔面に標準を向けて銃を連射する。
『バーストモード』
先ほどよりも威力を増した銃撃が連続してカマキリ怪人の顔にぶち当たる。一切のズレも無い正確な射撃であった。
「征服瞬連火(ピースメイカーラピッド)!」
陽歌は自分を鼓舞する様に、二人と同じく技名を叫んでいた。流石にさなの百トンパンチやナルの攻撃みたく撃破するまでには至らなかったが、床に転がすくらいの威力はあった。
「やっぱ射撃強いな小僧」
七耶は改めて陽歌の能力を確認する。何も彼女達は考えもなくパニックになったら乱射しかねないファイズフォンⅩを彼に与えているわけではない。彼の射撃技術を見込んで、護身程度の威力の武装を渡したのだ。
「アァァアアア! 目が、目がぁあああ!」
カマキリ怪人は床をのたうち回る。人質はとっくに逃げてしまい、後は死を待つだけであった。
「よし!」
狙い通りに的へ当てられて、陽歌は一安心する。この射撃技術も家にあったおもちゃが百均の吸盤を撃ち出すピストルだけで、それを遊び倒していたら身に付いたというあまり明るくない過去によるものだが、最近は助けられることも多くなった。
あることを切っ掛けに、義手になってからもやはり家で気晴らしが出来るのはそのおもちゃだけだったので、指先の感覚が無いというハンデは感じさせない。
「こ、このや……」
何とかカマキリ怪人が立ち上がる頃には、既に勝負が付いていた。陽歌はファイズフォンⅩの5キーを三回押し、エンターボタンを押して銃口をカマキリ怪人に向ける。
『レディ、ポインターオン』
赤い円錐の様な回転するエフェクトがカマキリ怪人の前に現れる。彼は大技の予感がしたので逃げようとするが、ポインターの効果によって既に体が動かない。
「な……動け……」
『エクシードチャージ』
淡々としたシステムボイスの後、明らかに必殺技を撃つぞと言わんばかりの待機音が鳴り響く。そして容赦なく引き金を陽歌が引く。射撃に押し出されたエフェクトがカマキリ怪人に突き刺さり、ドリルの様に体をえぐっていく。
「ぐぉおおお!」
青い爆炎と共に赤いφの文字が浮かび上がり、カマキリ怪人は倒れる。床に大の字となり、ぜい肉まみれムダ毛だらけのだらしない全裸を晒していた。これだけムダ毛があるのに頭髪は禿げているので悲しい。
「よし、これで終わりだな」
七耶は死屍累々となった転売屋の群れを眺める。儲けどころか治療費や罰金、賠償金で大赤字であろう。
「しかしさなの奴、いくら相手が転売屋だからって持ってる商品ごとまとめて吹っ飛ばずこと無いだろう。パッケージに傷が……」
転売屋からベルトを回収しようとして、七耶はあることに気が付く。倒れているマーケットプレイスの連中は、商品を一切持っていない。確かにさなが蹴りで吹き飛ばした時は手にしていたのだが、どこかへ行ってしまっている。
「……っ!」
「車の音?」
聴力が敏感な陽歌とさなが外でしたエンジン音に気づく。一行が走って駐車場へ向かうと、マーケットプレイスのマークが入ったトラックが発進しようとしていた。
「ふはははは! 戦っている隙に比較的無事な連中に商品を運ばせたのさ!」
リーダーらしき男は勝ち誇った態度で運転席に乗り込む。さなのキックによる暴風は結構ムラがあり、後方にいたメンバーは吹き飛びこそしたが軽傷で済んだらしい。
「さらば! メルカリで会おう!」
トラックは発進して逃亡を図る。だが、陽歌が銃撃で後輪を左右とも撃ち抜いた。トラック用タイヤは内部の空気圧が高いので、爆発すると同時に車体を激しく揺らす。パンクを無視してホイールだけで進もうにも、その僅かな隙にさなが追い付いて片方のホイールを蹴り飛ばして外した。トラックはガリガリとコンクリートを削る様な音を立てて停止した。
「これで逃げられないな」
七耶を筆頭に一行はじりじりとトラックに寄っていく。だが、今度はヘリのローター音が聞こえる。何とカーゴヘリがトラックに迫っていた。
「今度は何だ?」
風圧で七耶達が動けなくなっている間に、カーゴヘリはトラックを吊って飛び立っていった。一転売屋グループがここまで大きなヘリコプターを所持するなど、もう半分反社会勢力である。
「ふははは! 今度こそ御機嫌よう! アマゾンで注文したまえ! マケプレだがな!」
トラックを吊ったヘリは忽ち遠くへ姿を消していく。
「GTAかよ……」
七耶は唖然とそれを見送っていた。こんな光景、確かにゲームでもないと中々見かけない。
「待て!」
即座に射撃を試みた陽歌だが、目の前がぼやけて足元がふらつく。ミリアに支えられ、倒れることは回避したがこれ以上の戦闘は不可能だ。先ほどまでも結構勇気を振り絞っての戦いだったので、精神的に限界が来たのだろう。
「うぅ……」
「よくやった小僧! ここからは私に、任せとけ!」
今まで静観に回っていた七耶が陽歌からバトンを受け取る。しかしミリアには一つ心配があった。
「七耶ちゃんの変身って一秒百円掛かるんじゃないの?」
「ふっふっふ……、私がいつまでもそんなルールに縛られると思ったか?」
七耶は自信満々な笑みを浮かべ、ナルと同じキャンディの様なものと違うデザインのロボットのプラモデル……の右腕だけを持っていた。
「変身する面積が少なくなれば課金額も減る! 私は抜け穴を見つけたぞ!」
詳しい事情は分からないが彼女の変身には制限があるらしく、それでも七耶はそれを潜り抜ける方法を考えていたのだ。
「秒で決めるぞねこ!」
「応っ!」
七耶のねこ呼ばわりを訂正することなく、ナルは高く飛び上がる。七耶もそれに追従し、途中でキャンディを口に含む。
「天魂!」
すると七耶の右腕だけが成人サイズのロボットへ変化した。ナルの跳躍が頂点に達した時、七耶はその腕で彼女の足裏を殴る。言わば、簡易カタパルトである。技の顛末を予想したさなはヘリとトラックを追って走り出す。
「超攻タイガーシュート!」
ナルは高速で吹っ飛んでいき、ヘリコプターへ矢の様に向かっていく。が、このスピードは彼女にとって予想外だったらしい。
「ちょ、思ったよりはや……」
射出までは完璧なコンビネーションだっただけにイマイチ締まらない。そのままナルはカーゴヘリに体当たりで激突する。ヘリは爆散し、無残に残骸が散らばる。
「にー!」
「汚ねぇ花火だ……」
ナルの虚しい悲鳴が町に響いた。吹っ飛ばした張本人はこの態度。変身もとっくに解除している。吊られていたトラックはそのまま堕ちていったが、おそらくさながキャッチするだろう。
「いやー、ひどい目に遭いましたに……」
さながトラックを持って帰ってきた。ナルは変身解除こそすれ無傷だったが、トラックの荷台に乗せられているヘリのパイロットは、頭がアフロになってしまっている。あの爆発で頭髪を焦がす程度で済むのはいろいろと謎だ。
現場にはパトカーが駆けつけ、マーケットプレイスのメンバーを連行していた。リーダーであるトラックの運転手も逮捕されるところだったが、運転席を開けて警察官が騒いでいた。
「うわ! くっさ! こいつ漏らしてるぞ!」
「え? 小? 大?」
「両方だ」
リーダーの方は社会的にもう助からないだろう。転売などに手を出すからこうなるのであって、自業自得なのだが。
「よし、店に平和が戻ったし、買い物するぞ。抽選販売だったな」
七耶は気を取り直して本来の目的を達成しようとする。が、他の客はドンパチに脅えて逃げてしまった。抽選すら必要無くなり、結果オーライだ。
「みんな逃げてしまいましたに……」
「なんだ臆病な奴らだな」
普段から騒動に巻き込まれているせいか、七耶達の感覚は麻痺していた。
(あれ? でも普通は逃げる様な……)
陽歌も成り行きで勇気を振り絞ったが、普通は逃げるものだと改めて思い知らされた。自分も段々『こちら側』に寄って来ていることを認識し始めていた。
「これでとにかくうちの分、マナ達の分と必要分は確保できるな」
七耶はトラックから必要な商品を持っていき、レジへ向かう。陽歌は近くのベンチに座って一息ついていた。すると、その膝に大きな箱が乗せられる。ゼロワンドライバーとホルダーのセットだ。置いたのは七耶である。
「え?」
「せっかくここまで来たんだ、買っとけ」
陽歌はお金に困っているわけではなかった。喫茶ユニオンリバーを経営するトラブルコンサルタント企業に籍を置いている彼は、事件に巻き込まれる度に報酬を得ている。ただ、この歳になってライダーのベルトを買うというのは少し抵抗があった。そんな時、昔の思い出が蘇ってくる。
『お母さん、これ欲しい』
あれはどんなベルトだったか、たしか指輪が付いていた様なそんな記憶があった。当時、仮面ライダーの対象年齢に入っていた彼は普段会話の無い母親に変身ベルトをねだった。子供なら普通にする頼み事である。しかし陽歌の母はソファで寝っ転がって聞き流すだけだった。
『サンタさんにでも頼んだら? 疲れてるから話しかけないで』
『……はい』
しかし、サンタが来ることは無かった。手紙まで書いて、早寝して待っていた努力は水泡と化した。泣きじゃくる彼に、母は『もっといい子にしていたら来るんじゃない?』と冷たく返した。そもそもサンタの正体は親なので、母にその気が無ければ来るはずも無い。
そんな辛い思い出のあったライダーベルトが、違うものとはいえこの手にあるのは不思議な気分だった。何年越しに願いが通じたのだろうか。残念ながら感触や重みは感じることは出来ないが、遂に手に入れたのだ。
「他に買いたいもの無い?」
「あ……ええっと……」
ミリアに聞かれ、陽歌は少し考える。この場では、自分の願望を言っていいのだ。なら、今は勇気を出して自分の欲望に従うことにした。
「た、ただいまー……」
喫茶店兼自宅に戻ってきた陽歌は恐る恐る扉を開ける。
「おかえりなさい。お目当てのものは買えた?」
カウンターでは今朝と変わらず、アステリアが仕事をしており帰ってきた陽歌に微笑みかける。その笑顔を見ると、理由は分からないがなんだかホッとする。訳もなく、しばらくこうしていたい気分であった。
「おう、無事に買えたぞ!」
後ろから七耶達がなだれ込んできて、陽歌は押し出されてしまう。彼女達は早速遊ぶつもりでテンションも高かったが、陽歌は少し休憩することにした。地下にある部屋へ荷物を持って移動する。
自室に入ると、まずはパーカーを脱いでコート掛けに引っ掛ける。パーカーの下は半袖のTシャツで、義手が大きく露出するが室内なら見る者もいないので気にならない。
そして床に置いてあるビーズクッションへ飛び込む。精神的に脆い陽歌がその都度楽な姿勢を取れる様に様々なアイテムが部屋に置いてある。空調も常時動いており、快適な温度を保ってくれる。
肉体的な疲労はさほどだったが、精神的に随分疲れた。パニックを起こしてしまったこともあるが、騒動に巻き込まれたりしたのが大きい。欲望を解放するのも我慢が常であった彼にとって、非常に負担だったりした。
「ふぅ……」
結局、ベルトの他にもベイブレードまで買ってしまった。ブースターだったので回すための道具、ランチャーや周辺アイテムまで買うことになった。
(なんだか……疲れた)
傍には今日買ったものを詰め込んだ買い物袋があるのだが、それに手を伸ばそうとするも力尽きてしまいそのままカーペット敷きの床に沈む。瞼も重くなり、意識を保っているのが難しくなってきた。そういえば今日は悪い夢を見た上に叩き起こされてしっかり睡眠がとれていなかったと思い出す。
「小僧、入るぞー」
その時、ノックと同時に返事を聞かず七耶が入ってくる。ビーズクッションでダメになっている陽歌を見ると、予想通りだったと言わんばかりという態度を取る。
「想像通りへばってるな。まぁ、叩き起こしたのだから当然か……」
何を思ったのか、ロボットに変身する例のキャンディ『天魂』を口に含む。すると、ロボットに変身するのではなく、彼女の肉体が一気にアステリアやミリアと同じくらいに成長する。どういう理屈か服も大きくなって落ち着いた大人の巫女になっている。
「え?」
ちんちくりんの七耶が急激に成長したことに陽歌は疲れも忘れるくらい驚いていた。成長した七耶はベッドに座ると、手でベッドをポンポンと叩き陽歌を誘う。
「ほら、陽歌。今日は無理に起こして悪かったな。一人じゃ悪い夢見るんだろ? 寝付くまで一緒にいてやる」
「え……?」
突然のことに陽歌は混乱が加速する。七耶が急成長したこともそうだが、年下のテンションが高いお子様くらいにしか見てなかった彼女が年上のお姉さんみたいなことをするので、判断力が鈍ってきてしまう。
「ほらほら遠慮するな。早くしないと天魂が溶けて子供に戻るぞ?」
言われるがままに陽歌はベッドへ誘われる。七耶は奥に移動して横になる。彼女に添い寝される形で陽歌は寝ることになるが、妙に緊張してしまう。七耶にジッと見られているからだろうか。それとも小さい彼女と大きい彼女のギャップに驚いているのだろうか。ともかく一人用のベッドではどうしても密着しなければならない。
アステリアやミリアとは違った甘い香りが漂う。この家の風呂場にシャンプーは一種類しか無かった記憶があるし、服を洗う洗剤もみんな同じだったはずなので、何がこの香りを変えているのかは定かでは無かった。
だがそんな疑問はともかく今なら、悪夢を見ずに済みそうだ。陽歌は知らないうちに、安堵の表情を浮かべていた。
陽歌のメモ2 転売屋
商品を小売店から買い占め、ネットオークションサイトやフリマアプリで高額で販売することでその差額で利益を得ることを目的とした人物。ホビーに限らずライブ等のチケット、医薬品や紙おむつを狙った転売も存在し、古くはオイルショックでトイレットペーパーが不足した時にも出現したという。
当人曰く『やっていることは小売り業と変わらない』、『イベントに行けない地方民の為にやっている』というが、前者は問屋から卸す小売りと異なり既に消費者が買える状態にも関わらず買い占めて消費者の機会損失を起こしており、言うなれば水路をせき止めてその水を本来使えた人に高額で売る行為となんら変わりが無い。後者に至ってはそんなボランティア精神で行っているのであれば利益など求めるはずも無く、地方民でも高額の交通費を負担してイベントに赴く者もいるのでその者から機会を奪っていることにもなる。
店舗側も対策は進めているが、悪質な転売屋になると店員を恫喝する、盗品を転売するなどの行為に及ぶこともある。
チケットに関しては法律で規制が進んでいるがそれ以外の転売はまだ明確に違法とされていない。一応、中古商品の販売には古物商の免許が必要なので現在の法律でも全く違法ではないと言い切れない。商品によっては第三者が著作権を持つ人物にイベントの日のみの販売を許可してもらう『当日版権』を得ている場合があり、転売でその日以外に売ると著作権に引っ掛かる。
消費者側の対策としては、欲しくても転売屋からは買わない、違法性のある転売商品はサイトの運営者に通報して削除してもらうなど。『tiger&bunny』の様にファンが一致団結した結果、作品から転売屋を追い出した例も存在する。