騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 遂に対峙するユニオンリバーとドラキュラ伯爵! この世界の行方は果たして?
 勝利条件:敵の全滅
 敗北条件:味方勢力の全滅


ステージ4 ドラキュラ伯爵の玉座

 島田市内に存在する『喫茶ユニオンリバー』。その店舗は何故か島田市に存在しないはずの海岸沿いにポツンと建っている。海を臨む絶壁の立地は、見る人が見れば例の無免許名医の家を思い浮かべるだろう。駐車場なども完備されているので店としての体裁は整っているが、なぜ島田市の中を進んだのに海に出るのかという疑問が絶えない。

そういう点では都市の中にも関わらず、森に囲まれた湖の中央に存在する悪魔城と似た存在なのかもしれない。

喫茶店の中では、知り合い五人が城に入ったと聞いてバックアップに備える者がいた。銀髪を伸ばした美女と、白い鳥である。

「さて、今回はどうやって攻略しまスかね?」

女性の名前はアスルト・ヨルムンガンド。エヴァやヴァネッサを造り出した『母親』である錬金術師だ。さくらやさなの実力はともかく、自らの娘であるエヴァとヴァネッサがいるので敗北の心配など微塵もしていない。

「シエルがなんか考えてるんでしょ」

白い鳥がアスルトに返す。彼女はシエルの相棒、霊鳥ラピード・シェラレオーネ。今回はサポートを行う為、設備や資材の整った喫茶店で待機することになった。シエルも本来なら前線に行く人物ではないのだが、現場にシエル、本部にラピードがいることでより万全な支援を行える。

「それよりシエル、そっちに向かってる魔力がある。検出したところ、人間だ。それも陽歌の奴と同じマインドアーモリー使いで悪魔奏者だ。多分、先行してドジ踏んだ奴の尻拭いだろうから、邪魔されない様に警戒しておけ」

ラピードは何もない所に向かって喋り、シエルに言葉を伝える。精神的に一体化しているシエルとラピードは、離れていても意志疎通に難が無い。

伝える事も伝えたラピードはアスルトに話を振る。

「しかし、あんた程の錬金術師が腕の二本も生やせないなんてことあるんだな」

「ん?ああ、陽歌くんの義手のことでスか?」

彼女が気にしていたのは、陽歌の義手だ。エヴァ達の様な食事も摂り、思考さえも人間と変わらないロボットを二十八機も酔った勢いで造り上げる技術を持ったアスルトという凄腕の錬金術師に、人間の腕二本を賄うことが出来ないとはラピードには思えなかった。

「あれは技術でどうにかなる問題じゃないんでス」

エヴァ達はロボットというより、正確にはロボットのコアが変質したものだが、そんなものを生み出すよりも人間の肉体を培養してくっつける方が容易である。そして実際、アスルトには不可能なことではない。だが、それ以前の問題があった。

「聖痕(スティグマ)はご存知でスか?」

「あれか?神様の祝福の証っつー傷痕のことか?」

アスルトは聖痕の話題を出した。ラピードも全く知らないわけではない。それくらい、魔法の世界ではメジャーな存在である。

「聖痕はどんな手段を以てしても消スことは出来ない。陽歌くんの腕の欠損は、その聖痕なんでス」

「え?あいつの腕って生まれた時はちゃんとあったんだよな? 後天的にそんな大規模な聖痕が付くなんて……それにそんだけでかい聖痕ならスゴいオマケ、祝福(ギフト)も付いてくるはずだろ? でもあいつは特殊な能力を持っていない。あっても、誰でも持てる様な、精神操作で無理矢理引き出されたマインドアーモリーだけだ」

聖痕は本来、神が人間に何らかの祝福を与えた証、則ち不死性や千里眼などの人智を越えた特殊能力を持っているという証明に他ならない。そうなれば、優れた魔法使いであるシエルやラピードが気付かないはずが無い。

「あの腕はかつて住んでいた町で、彼のクラスメイトが遊び半分で召喚した邪神の生け贄にされ、『持っていかれた』ものなんでス。その時の傷がそのまま聖痕になってしまい、腕の再生は出来なくなってしまいました」

「『邪』神が『聖』痕ってのはなんか皮肉だな。それに話聞く限り事故に近い方法じゃない。生け贄に聖痕を与えるなんてのも妙だ」

ラピードの言うことは魔法への知識問わず、誰もが思うことだろう。当の神は討伐された為真意は解らないが、アスルトは仮説を交えて説明する。

「神の正邪は人間の価値観では測れないんでス。だから人間から見て邪神の与えたものでも性質が一致していれば聖痕として扱いまス。話によると本来は陽歌くんの命を生け贄にスるつもりが、アクシデントで腕しか持っていけなかったみたいなんでス」

「まぁ、遊び半分で神なんぞ召喚出来る術式を誰が用意したのかわからんが、簡単に大規模な魔術を実行出来るってことは安物の家電が誤作動を起こしやすい様に思わぬ事態にも簡単に陥るってことだ」

そんな偶然で命を拾った陽歌だったが、同時に拾ったのはそれだけではなかった。

「今でこそ野蛮な文化筆頭でカードゲームの用語としても差し替えを食らう『生け贄』でスが、本来生け贄に選ばれることは栄誉でした。だから経緯はともあれその栄誉を受けた陽歌くんの魂は祝福され、傷がスティグマになったのでス。これは当の邪神にも想定していない現象でした」

神すらも計算外の事故でスティグマを得た陽歌だったが、得られたのは『傷痕』だけであった。

「基本的に『スティグマ』と『ギフト』はセットで扱われるので一緒くたにされがちでスが、本来は別々のものでス。なのでスティグマを持たずにギフトを持つ、なんて人も珍しくはありません。逆に陽歌くんはスティグマを持っているけどギフトは持っていない状態でス」

「なんじゃそら。スッゴい損した気分だな……」

ラピードは邪神の生け贄にされて命拾いしただけ幸運とはいえ、治らない傷痕だけを受けた陽歌を憐れに思った。だが、話には続きがあった。

「ところでなんでスティグマとギフトがセット扱いか、何でスけどね。ギフトの能力を行使するには人間の魔力では足りない場合が多いんでス。だからスティグマという形で膨大な魔力リソースを与える必要があるんでス」

治らない傷が神の手を離れても維持され続けるのには理由がある。スティグマは単なる傷ではない。自動的に補充され、かつ大容量の魔力電池なのだ。ただし、取り出す方法に制限が存在するのだが。

「あー、確かに人間って元々の魔力量にバラつきがあるもんな。うちのシエルとかさくら、シエルがジャーマネやってるアイドルなんかは水ならダムいっぱいってくらい沢山持ってるけど、陽歌の奴は平均以下どころか小匙一杯も怪しいところだからな」

ラピードは話を聞いて納得出来た。そんな陽歌が虚空から銃を具現化した挙げ句バカスカと撃てるのは、心を投影した武器『マインドアーモリー』が消耗するのは精神力、心の力だからである。魔力と違って本人のやる気と根性でいくらでも、それこそ心が折れない限り沸いてくるまた別のエネルギーなのだ。

「だから今の陽歌くんはRPGで言うとどんなにレベルを上げたりアイテムを使っても魔法が習得出来ない上、本来のMP1に対してどうやってもアクセスで出来ない隠しステータスとしてのMPを9999くらい持っている状態なんでス。スティグマのリソースは持ち主でさえ自由に使えるモノでは無いでスから」

アスルトでも持っている事自体を突き止められても、これを利用するのは簡単なことではなかった。しかし、ラピードは自信満々に言い放つ。

「だから私の妹分を呼んできたんだろ? あんたの娘さんは」

エヴァに一計あり、そしてシエルに技術あり。世界を闇から救う鍵は、本人の知らない所に存在しながらも掴まれていた。

同じくユニオンリバーの店内では、平和なハロウィンパーティーの準備が進められていた。青髪のメイドが、心配そうに外を見るショートヘアの少女に声をかける。

「陽歌くんなら大丈夫よ、深雪ちゃん。だって、エヴァちゃんもさくらちゃんもいるもの。もちろん、さなちゃんだって」

深雪と呼ばれた少女は、陽歌の友人である。おもちゃのポッポに出入りしている内に仲良くなり、同じ学校であることも明らかになったという経緯がある。

「アステリアさん……」

青髪のメイド、アステリアに諭されたが、深雪の心配は尽きなかった。他のメンバーと違い、普通の暮らしをしている彼女にはこの様な事態など当然初めてだ。しかし、ユニオンリバーのメンバーも初めから世界の危機に慣れていたわけではない。アステリアはそれを思い出した。

「何だか、あなたを見ていると昔の私を思い出すな」

「昔、ですか?」

アステリアの様な完璧美人と今の自分が重ならず、深雪は首を傾げる。だが、世界の危機に初めて直面した時の面持ちというのはアステリアも深雪と同じ様な気分であった。

「私もグラビティ、世界に関わる力を拾った時、高揚もあったけど多分何処かであなたの様な不安も抱えていた。ただのメイドとして生きてきた自分には荷が重い、とんでもないことに家族や知り合いを巻き込んでしまった、って。でも、仲間と協力し合ったら、何とか出来た」

アステリアは一人でなかったから、世界を救うことが出来た。それは陽歌にとっても同じだ。

「今、私の友達が陽歌くんのこと助けに行ってる。世界のピンチでハロウィンパーティーのご馳走が食べられなくなるのが嫌なのね。だから私達は、皆が帰ってくる場所を作りましょう」

「……うん」

深雪はアステリアほどどっしり構えられなかったが、何もしないでいると心配が募る一方なので手を動かすことにした。彼女の知る陽歌は、他人と眼を合わせることも出来ない恥ずかしがり屋で、いつも縮こまっている小さな頼りない男の子だ。

だが、アステリアは彼の強さを知っている。仲間だけではない、彼自身の強さを。大切なモノの為なら、勇気を振り絞れる力を。

「あの子、実は自分の故郷の神様ぶっ飛ばして来てるから、吸血鬼くらいあっという間に蜂の巣よ」

とはいえ、それはまた同時に自分を顧みない危うさでもある。だから仲間に、心の底から願った。

(お願い、さなちゃん、エヴァちゃん、ヴァネッサちゃん、シエルちゃん。陽歌くんを助けてあげて。想いを、叶えてあげて)

待つ者には、待つ者の戦いがあった。

 

城へ侵入した五人は、エントランスを進むとシエルの導きで迷うことなく巨大な絵画の前へやってきた。恐らくこの城を正攻法で攻略する気などエヴァにはないだろう。

「悪魔城はかつて、この世界を憎んだ画家が吸血鬼へと身を落とした際に世界を滅ぼす為の手段として利用されています」

シエルは絵画までやってきた理由を説明する。悪魔城は百年の周期を破って復活するため、あらゆる手段を講じる。例えばドラキュラの遺骸を集めた者の悪心を利用する、などの方法で。その画家が復活を行ったのも、その一貫に過ぎない。

「しかし復活した悪魔城の規模は非常に小さなものでした。己の居場所を確保するのが難しいくらい。そこでその画家は、絵画を配置し、その中に世界を作って悪魔城の拡張を試みました」

絵画の前にやってきたのは、そうした経緯があってこそ。だが、この絵画は中に世界を内包しているものではない。そして悪魔城が復活するからといって、確定でその絵画世界も復活するとは限らないのだ。

だが、一度刻まれたシステムはそう簡単に無くならない。この悪魔城で『絵画』が異なる場所への入り口になるという概念は完成されている。

「この絵画をハッキングして、ドラキュラの本拠地へのテレポーターにします」

シエルの狙いはそこだった。S級退魔師すら回りくどい方法で行ったことを、何の変哲もない絵画でやってのける。シエルの魔法使いとしての腕は相当なものであった。

「おおっと」

「縁起が悪い」

エヴァがテレポーターでありがちな事故を想起させ、さなが嗜める。ワープ系の魔法は熟練者でも座標の指定ミスで壁や地面の中にワープしてしまい、命を落とす魔法使いが少なくない危険な魔法だが、それを茶化せる程度にはエヴァもさなも、シエルの技量を信用していた。

シエルは本を取り出すと、そこから複数の魔方陣を展開して絵画に繋げる。同時にラジオも出し、つまみを弄って何処かに繋げる。

「外の情報も集めますねー。迂闊に攻城兵器で吹き飛ばされてはかないません」

「人質がいるのに?」

シエルが警戒しているのは、城ごとドラキュラを始末するという手段を外部の人間が取りかねないという点だった。ミリア以外にも魂を囚われている人間がいるのに、その選択が行われる可能性について陽歌は驚愕した。

「はい。本来なら百年に一度復活し、世界を闇に包む悪魔城、それが復活したとなれば普通は世界の危機ですー。なので人質や大規模な攻城魔術の犠牲はコラテラレルダメージ程度にしか思われません」

シエルは国立魔法協会と対立している退魔協会の行動は熟知していた。驚異的な人材に恵まれていてメンバーが彼らからのフィードバックも受けられる魔法協会に対し、一部が突出しているだけの退魔協会は実力不足なのに干渉してくる厄介な存在とも言えた。

「魔術の犠牲? 人質ごと撃つ上にその魔法に何かコストがあるんですか?」

「はい、ただの魔術ではさすがに悪魔城を射抜けませんので、百人単位の人間を生け贄にする魔術を行使する可能性が高いです」

陽歌は人質ごと攻撃する揚げ句、その攻撃にも犠牲が伴う事に驚いた。ラジオからは退魔協会の内部で行われている会話が、盗み聞きにしてはやけにクリアに聴こえてきた。

『カラスからの連絡が途絶えた』

『あの女、まさかしくじったのか?』

『S級だからって調子に乗るからだ。大方自分でケリを付けようとしたんだろ。だからダンピールなど信用出来ん』

『半纏坂! おい半纏坂はどこだ?』

『国立魔法協会に介入される前に解決する。ロンドン本部に連絡してくれ、呪砲を使う!』

「な、なんだか大変なことに……」

ラジオの内容を聴いて、詳しくは解らないが何かおぞましいものを感じた陽歌は焦る。シエルも絵画へハッキングを行う手が知らず知らず速くなっていた。

「こうも迷いなく呪砲の使用に踏み切るなんて……」

「呪砲って何です?」

シエルが危惧する呪砲の存在について陽歌は尋ねた。エヴァが負担を分担する為にその疑問へ答え、対応も考える。

「簡単に言えば、生きてる人間をめっちゃ拷問してこの世を呪わせて、それを撃ち出すんです。着弾点は呪われて放射能なんか比にならないほど汚染されますよ」

「そんなもの使おうとしてるんですか?」

「実際、この世界が闇に呑まれるかどうかの瀬戸際ですからね。七耶、ナル、頼みましたよ」

エヴァは説明しつつ携帯で外にいる仲間へ連絡を取る。呪砲の阻止も同時に行わなければならない。用意の時点で無辜の民が犠牲になるのだ、知れば無視出来ないのがエヴァやその仲間達である。

「準備出来ました! 突入しますよ!」

絵画の中味がマーブル模様へと変化し、ハッキングに成功したことを伺わせる。

「世界を救う! 明日のごはんの為に!」

さくらが真っ先に飛び込む。後に続いて全員が絵画の中に入ると、ドラキュラのいる玉座の部屋のど真ん中へ飛び出した。

「ここは?」

「ようこそ、我が玉座へ!」

ドラキュラは玉座に座ってワインを飲んでいた。傍らには死神もおり、そして近くのソファに着替えさせられたミリアが座らされていた。

「ミリアさん!」

「あ、陽歌くんにさなちゃん!ここまで来たんだ」

とりあえず、陽歌はミリアの無事を確認する。

「大丈夫ですか?何かされてませんか?」

「それがさっきからスッゴい美味しそうなワインやウイスキーを目の前で飲まれるという拷問を受けてます……」

「大丈夫ですね、今すぐ助けます」

無事を確認すると、陽歌はミリアの下へ走った。その時、地味に聞き覚えがある声が聞こえた。

「待て! うぅ……そいつは、洗脳され……ている!」

「ん?あなたは……名古屋の?」

以前知り合ったカラスが奇妙な拘束をされているのを陽歌は見つける。彼女は黒のゴスロリ服を着せられ、天蓋付きベッドに座らされている。加えて、ベッドから垂れ下がった黒いリボンが全身に絡まって目に見えるほどの闇のエネルギーが常に彼女へ流れ込んでいる。

「く、ぅうっ……! そいつに、近づくな!」

何かに抵抗しているのか、彼女は脂汗をかいて目も白目がちになり、唇の端には泡を吹いた様な跡もあった。

「支配の魔法ですか……」

シエルはカラスが、そしてミリアが何をされているのかを瞬時に理解する。

「吸血鬼特有の吸血による魅了、それに加えてその衣装が魔法の受信機になってて支配の魔法をロスなく受けられる様になるみたいですー。そこの吸血鬼さんはかなり抵抗しているので追加で直接流し込まれているみたいですー」

「それじゃあミリアさんは?」

支配と聞き、陽歌はミリアの容態を心配した。見た目はいつも通りだが、もしかするとカラスの言う通り洗脳されている可能性がある。

「マークニヒトには効かないので普通に助けてくださいー」

「わかりました!」

シエルの指示で安全が確認出来たので、陽歌は迷わずミリアの下に向かう。

「え? ウソ……なんで、私の苦労は……」

必死に抵抗しているカラスはそんなフワフワした理由で支配の魔法が効かないミリアに絶望し、少し意識が遠のいた。

「陽歌くん!」

その時、さなは陽歌の後ろに出現したドラキュラに気づいた。誰もが割り込む隙すら無く、ドラキュラは彼の首筋に狙いを付けた。

「フハハハ! 貴様も眷属にしてやる!」

「っ、あぁっ!」

ドラキュラの牙が陽歌の柔肌に突き立てられる。が、即座にドラキュラは彼から離れて吸った血を吐き出す。

「うふぉぁッ! マズゥ!」

そこを狙って、エヴァが双剣を振るう。フォローの為死神が割って入ったので大事には至らなかったが、ドラキュラは立ち直るのに時間が掛かった。

「何だこの小僧! 大体見目麗しい美少年美少女の血は美味しいのが相場ではないのか?」

「そうか、Gウイルス……」

さなは原因を理解したが、信じがたいことではあった。

「でもちゃんとワクチンで治療したんだけどな……」

「そんな事より、早く決着を付けちゃおう!」

さくらはドラキュラに向かって剣を振るう。目に見えないほどの素早さで、さしものドラキュラも防御で手一杯だった。死神はエヴァの隙を突き、さくらへ小さな鎌を飛ばす。防御して剣を抑えていたドラキュラは逃げるどころか逆に剣を強く掴み、回避を封じた。

「ええい!」

 だが、さくらは難なく蹴りで鎌を弾き飛ばす。その隙に、陽歌とルイス、シエルはミリアとカラスの救助に向かう。立ちふさがるのは、仮面の少年だ。

「君の自由にはさせないよ」

「ここで決着をつける!」

 少年に銃口を向ける陽歌に、シエルが相手の正体を予測して明かす。悪魔との戦闘は、その性質を見抜くことが重要だ。

「仮面に歌っていた歌、そして城の最上階に乗っている建物からして、彼の正体はオペラ座の怪人である可能性が高いです。歌は聞かない様に気を付けてくださいー」

「うん」

シエルの指示通り、陽歌はイヤーマフラーで耳を塞ぐ。さなは一歩下がって敵の出方を伺っている。それぞれが互いの局面で戦闘を開始した。

『×××で×××!』

 その時、さくらのところから、丁度鎌を落とした脚の辺りからとんでもなく下品なジョークが聞こえる。突然のことに、陽歌達ユニオンリバーの全員が動きを止める。

(勝った!)

 そして死神は勝利を確信する。次の瞬間であった。

「ごちそうさま」

 さくらが何かを口に含み、巨大なヘタらしき緑の物体が床に落ちる。陽歌は何が起きたのは分からなかったが、他の全員はその一瞬に起きた出来事を把握する。

「バカですねー」

「こいつに食べ物を与えるなんてな!」

 エヴァとさくらの剣であるロックは死神の策を愚弄した。一方、その謀略を仕掛けたドラキュラと死神は唖然とする一方。

「あっはははは! 本当にこんな攻撃しかける人いたんだ!」

「……っ、なんか敗れた自分が恥ずかしい……」

 ミリアとカラスもしっかり何が起きたのか見えていた。さなは分かっていて援護に向かわなかった、という顔をしており、シエルはドラキュラ達と違う意味で唖然としていた。

「おのれ!」

 死神は何かのボタンを押す。すると、またさくらの足元から下品なジョークが何度も連発して聞こえる。

「死ねぇ!」

 が、なんと今度はドラキュラが見えない何かに吹っ飛ばされる。それも相当な勢いで、ドラキュラは玉座の間の壁にめり込んでしまった。

「うぐぁああ!」

「ドラキュラ様―!」

 よく見ると、ドラキュラの立っていたところに赤い汁の様なものが散らばっている。

「何があったんですか?」

「それがですね……。巨大なトマトが音速で飛んできました」

「え?」

 陽歌はシエルから説明を受けてもチンプンカンプンであった。死神はそのトマトを作るのに余程苦労したのか、がっくりうなだれる。

「ああ……必死に財団へ忍び込んで盗んでも騒ぎにならず、かつ使えるものを必死に探して手に入れたものを改良した『批判的なアタックオブザキラートマト』が……」

「なにそれ」

 陽歌には本当に分からないことだらけだった。シエルは掻い摘んで説明する。

「とある財団が所有している、下品でくだらないジョークであるほど放った人間に素早く飛んでいく『批判的なトマト』という怪異存在と、米国に生息するキラートマトという悪魔を掛け合わせて品種改良したものでしょうねー」

「あー、だからさくらさんに向かってトマトが……」

 それは僅か一秒にも満たない間の出来事であった。さくらは自分の下に音速で飛んできたトマトを完食し、迎撃したのである。二度目は種が割れていたので、トマトが飛んでくる方向を予想してドラキュラ陣営の全員が唖然としている間に移動。トマトの飛んでくる軌道と自分の間にドラキュラを挟むことで同士討ちにしたのだ。

「こんなくだらないものに負けたなど……」

 カラスは初見で見抜けなかった自分を恥じたが、正直こんな下らない作戦は予想出来なくて当然である。だからこそ、本気で実行した死神の恐ろしさがよくわかるのだが。

主であるドラキュラを同士討ちで失ったことで動揺した死神は、エヴァからの攻撃をまともに受けてしまう。

「ぐぉおっ!」

これで戦況は一気にユニオンリバー側へ傾いた。後はミリアとついでにカラスを助け出すだけだ。だが、相対する仮面の少年に太刀打ち出来るメンバーは限られている。

「全く、何が悪意の総体だ……!」

少年は危機感を覚えたのか、その数を一気に増やして対応する。玉座の間を埋め尽くさん限りの数、そして仮面や髪などが微妙に違うという作画泣かせの分身であった。

「こいつ!」

陽歌が銃を乱射し、ルイスも爪で切り裂いていく。しかし、数が全く減らない。あと少し、ミリアの場所まで届かない。

「本体さえ見抜ければ……!」

分身系、幻影系の常として本体さえ仕留めれば片付く。その法則に乗っ取り、陽歌も目を凝らして本体、先ほど話していた少年と同じ個体を探す。だが、同様に探していたシエルがあることに気づいた。

「これ、全部『本体』ですー。分身とかではありません! 魔力を分割して分裂したんですかねー?」

彼女はこの分裂した少年が、分身や幻影ではなく全て実物であることを見抜いた。つまり、どれかを倒せば収まるものではないということだ。

「でもこんな量をどうやって?」

 最初に戦った時は物凄く弱く感じた陽歌は、少年が急に見せてきた本性に困惑する。

「多分、オペラ座の怪人の圧倒的知名度が魔力を向上させているかもですー」

 シエルは怪異が持つ特有の性質、『知名度補正』によるものだと考えた。亡霊や悪魔などの怪異というのはその存在が信じられているほど、則ち多くの人に知れ渡るほど力を増していく。オペラ座の怪人の大本の知名度は言うまでもなく、近年ではこれをモチーフにしたキャラクターが有名ソーシャルゲームに登場しているのでかなり高い補正を持っているだろう。一方でルイスはあまり知られていない怪談の存在であるため、力が弱かったのだ。

「圧倒的物量からの死の歌! 沈黙の魔法も間に合うまい!」

そこから少年は歌を放とうとしていた。魔法には相手の詠唱を封じるものもあるが、この数に仕掛けるのはさしものシエルでも物理的に不可能だ。

「あわわ……」

少年はシエルの援護を封じた上で死の歌を歌った。流石のシエルにもこれには対応出来ないと思われた。だが、陽歌達には一切聞こえない。

「セーフ……沈黙の魔法を応用して耳栓にしましたー。味方の数だけなら間に合います」

「くっ……!」

第三者目線で喫茶店から戦いをモニターしていたラピードが瞬時にアドバイスし、シエルがそれに従った。

「だが耳栓をしては音が聞こえまい!」

が、完全な耳栓となれば聴覚は使えないも同然。ならば今度は視覚を奪うまでだ。仮面の少年は手を振るうと、玉座の間の照明である蝋燭の火を消した。絵画から侵入したユニオンリバーチームは知らないが、この場所は地下。日差しも月明かりも入らない。

(くっ……私は夜目が利くけど……)

吸血鬼とサキュバスのハーフであるカラスは暗闇でも目が見えるが、戦闘と洗脳への抵抗で受けたダメージが重く、目が霞む。加えて声で伝えようにも、耳栓がある状態だ。彼らには聞こえない。

「だから次はこれ!」

シエルは耳栓を解除した。陽歌は生育環境で鍛えられた聴力で、さくらは冒険者としての勘で暗闇でも仮面の少年を迎撃出来る。その間にシエルは玉座の間のコントロールを少年から奪い、明かりの復旧に努める。

「そうするしかないよね、死ね」

そこへ少年は死の歌を撃つ。だが、歌だけが何故か無音、虚空へ消えていく。

「無駄です。さっきサンプリングしたので死の歌は同じ波長の音魔法で打ち消します」

「こいつ……!」

壮絶な魔法の読み合いの末、部屋に明かりが戻る。仮面の少年が十分に隙を作れた、ドラキュラと死神は重傷を負いながら立ち直る。

「ドラキュラ様、我が力、お使いくだされ!」

「ソウルスティール!」

単独での戦闘続行は不可能と判断した死神はドラキュラに吸収されることを選んだ。ドラキュラの姿が大柄な、山羊の様な角と蝙蝠がごとき翼を生やした悪魔へと変貌していく。加えて、新たに配下が呼び出された。

巨大な一つ目の悪魔と、剣と盾を持ち鎧を纏った骸骨の騎士だ。

「ピーピングビッグにスカルナイトロード! 相手も手札が尽きてきたみたいですー」

シエルは今後の城の守りも考えるとこれが今のドラキュラにとって精一杯であると考えた。

「さて、軽く捻りますか」

「そうだね」

エヴァとさなはドラキュラに向かって攻撃を仕掛ける。ピーピングビッグとスカルナイトロードが援護に入るが、最早割り込む隙も無い。ピーピングビッグはさなの裏拳で撃破され、いくつもの一つ目の悪魔に分裂して死んだ。スカルナイトロードもエヴァが片手間に左手の剣で切り裂き、真っ二つにされる。普通の退魔師ならば命を張る様な相手でも、もうこの程度の悪魔では頭数にもならない。

「まずは邪魔な亡霊を一掃しましょうー。陽歌くん、デュアルブレイクです!」

「え?なんですそれ?」

「連携技を少しかっこよく言っただけですー」

陽歌はシエルの指示でルイスを含めた合体攻撃に移行することになった。彼女は本を開いて、まずはシエルに魔法を付け足していく。

「単純強化超! 状態異常強化超! 状態異常確率強化超! ハイスタン付与! 狂恐慌付与! 錯混乱付与! 凶狂気付与! 轟振動付与! 龍風圧付与! 封石化付与! 大氷結付与! 音量強化超! 咆哮の属性を氷へ変更し属性一致! 今です、咆哮を!」

そして合図と共に陽歌はルイスに吼える様指示を出す。

「叫べ、ルイス! ウォークライ!」

兎のものとは思えない猛獣の咆哮が玉座の間に響き渡る。大量にいた仮面の少年がその声を聴き、振動と風圧で動きを封じられた挙げ句一斉にパニックを起こしたかと思えば石化しつつ氷付けになるではないか。巻き込まれたドラキュラはさすが魔王というべきか、一瞬怯んで体表の一部が石化、凍結した程度で済んでいる。

「うわ、これ全部バフですよね?」

「バフが本体」

陽歌はその効果に戦慄した。エヴァからすれば、ルイスの咆哮はシエルの乗せたバフを放つ装置に過ぎない。

「馬鹿な……上位の状態異常付与や超強化なんてこのスピードで連続して使える魔法ではないぞ?」

カラスはシエルの実力に驚くばかりであった。魔法に慣れ親しんだ彼女からしてもシエルの力は異常なものに映る。

「さすがにこれだけ一気に放出したものを一斉に叩かれれば駆逐出来るでしょう」

残された仮面の少年の残骸は粉々に砕け散る。咆哮によるダメージも強化されているので、これだけであの数を撃破出来た。仮面の少年はすぐに復活するが、一人しか出現出来きていない。ただ分裂個体が倒されただけではない。何重にも重なった状態異常から身を守るために魔力を使ってしまった様だ。

「もう燃料切れですかー?」

「くっそぉおお!」

 シエルに抵抗の手段が尽きたことを見抜かれ、仮面の少年は雄たけびを上げながらルイスの爪に切り裂かれて消える。流石に無尽蔵とも思える魔力を持っていても、これで完全に消滅しただろう。

「はっ!」

「この、小娘が!」

さなはドラキュラとの戦闘に移行していた。両手で組み合うが明らかな体格差にも関わらず力は均衡を保っている。

「死ねい!」

左右の翼を伸ばしてさなを狙うドラキュラだが、それぞれエヴァとさくらが貫いて防ぐ。

「貴様ら!」

ドラキュラは一旦退いて火炎の息を吐く。逃げ場が無い様に、玉座の間を埋め尽くさんばかりの火力だった。

「防御!」

しかし、シエルの張ったバリアでその全てが自分に返ってくる。

「ぐおおッ!」

「あれってブレス系の軽減魔法? 殆どリフレクトじゃない!」

カラスはもうめちゃくちゃな状況に洗脳への抵抗も忘れて困惑する。エヴァ達は初めからこれを予想して防御姿勢も回避を試みることもしなかったのだ。

「フバーハでいきを跳ね返す様なものですね」

「単純強化超! 会心向上超!」

エヴァは動きを止めたドラキュラに双剣で止むことのない攻撃を仕掛けていく。シエルも間髪入れずにバフを盛って支援した。雨霰の様な攻撃の内、実に七割がクリティカルという恐ろしい有り様になった。

「というか、あの子魔法の効果言ってるだけで詠唱していない?」

「え? 今更気づきましたか?」

 カラスはシエルの恐るべき力をまた知ってしまった。並の魔法使いなら習得すらままならず、才能を持って長い鍛錬を積んだ魔法使いでも数十分の詠唱を要するレベルの魔法を無詠唱で軽々発動しているのだ。

「シャフトの奴がいればこちらも強化くらい……!」

 ドラキュラは大きく後退して体勢を立て直し、凍てつく様な波動を放つ。これは強化系の魔法を剥がす技だ。

「そうはいきませんよ」

エヴァは双剣を回転させて防御を狙うが、波動は物理的な攻撃ではないので防げない。狙い通り彼女のバフは剥がれたが、それだけだった。波動を放った隙にドラキュラの下へさながバフを盛られた状態で潜り込んでいた。

「馬鹿な! 全員の強化を解いたはず!」

「あ、さっきの防御じゃなくて吸い込んでたんですよ」

 敵全員に波及する波動をエヴァは一身に受けて他のメンバーの強化を維持したのだ。さなの拳がドラキュラのボディに突き刺さる。

「剛拳、二百六十七貫!」

「ぐげぁあああ!」

 甲高い破裂音と鈍い音が鳴り、ドラキュラは口から大量の血を吐く。拳の一撃で頸椎が折れ、内臓が破裂したのだ。殆どドラキュラはさなの拳に支えられている状態だ。その頭上へ目掛けてさくらが大剣を振り下ろす。ただの剣ではない。白く清らかな輝きに包まれており、今にもその光が放たれそうであった。だが、宝剣ラグナはそれを逃がさず内包する。

「ホーリー剣、みだれうち!」

「うごぉおお!」

 聖なる力を持った剣が連続で叩き込まれ、八本の傷が光を放って爆発する。顔に爆撃を受けたドラキュラは角や頭蓋骨をへし折られ、遂に沈む。完全なワンサイドゲームであった。

「まだだ……まだだ!」

 ドラキュラは更なる力を求めて闇を放つ。陽歌はミリアを連れて玉座の間からの脱出を試み、シエルはカラスに施された拘束と洗脳の解除に取り掛かっていた。だが、まさかの戦闘続行に二人は再び警戒する。

「うおおおお!」

 玉座の間が闇に包まれ、人の姿以外全く見えなくなる。暗くなったというより、悪魔城の景色が真っ黒になってしまったといった趣だ。その時、何者かがドラキュラを後ろから刺し貫いた。

「ぐぉおっ!?」

「はい、そろそろいい感じに弱ったかな?」

 ナイフでドラキュラを刺したのは、仮面の少年だった。玉座の間を包んだ闇は消え、元の風景に戻った。ドラキュラはナイフを中心に闇の塊として吸収されていく。

彼は確か、分裂したところを超強化咆哮で纏めて倒され、最後に残った残骸すら消されたはずだ。なのに、なぜ。

「そこの魔法使いさんは僕のことを『オペラ座の怪人』だと思っていたみたいけど、それは違うよ。僕たちはそんなメジャーな怪異じゃない。本来はもっと虚弱な亡霊の集まりだ。まぁ、オペラ座の怪人だと思わせるのは作戦通りだったけどね」

「亡霊の集まり? あれは分裂でなく別固体が出現してたんですかー?」

 シエルは驚くが、陽歌はそれで復活の度に姿が変化していた理由に合点がいく。

「そして死神さん、この悪魔城復活がただの幸運な例外だと思っていたのかい? 僕に利用されていたことも知らないで」

 悪魔城が周期から外れた復活をした理由も、彼にあった。

「復活させることは容易だったよ。なんせ強大な負の感情とドラキュラの遺骸さえあればいいんだからね。遺骸集めはこの通り、群体だから簡単に出来たよ。世界中をローラー作戦さ」

 世界をそんな雑な方法で調べ尽くせるほどの数が仮面の少年達の集まりなのだという。

「なんでハロウィンなんかを選んだのか、なんで最も地脈の相性がいいトランシルバニアを選ばなかったのか、少し考えれば分かるはずだよ?」

 そして、この時期とこの場所を選んでの復活にも意味があると仮面の少年は言う。玉座の間の天井が吹き飛び、赤く染まる空が見える。悪魔城の上に連なる逆さ城の頂上ということもあり、今彼らがいるのはかなり上空なのだろう。その空に、錆びついたパイプオルガンを組み込んだ巨大なオペラのステージが逆さまに降ってくる。

「ドラキュラの魔力があれば、君達なんか有象無象! それにこれを知ったくらいで真名把握にはならないだろうから冥土の土産に教えてあげるよ」

 仮面の少年はステージと一体になり、変化する。その姿は巨大で禍々しいモノへと変化していく。色褪せた金管楽器を思わせる色合いをした上半身だけの人骨に、仮面が被せられている。肋骨の空洞にはパイプオルガンの機構が収められ、脊椎だけは腰の分まで垂れ下がっている。そして広がった三対の天使を彷彿とさせる翼はくすんだ金色をしており、何十人という子供の頭骨で出来た輪を頭に浮かべている。

 その巨体は成層圏の近くまでは羽ばたいても尚、陽歌達にその細部が見えるほどの大きさであった。

「僕たちはカストラータ! 一睡の熱狂に浮かされ、成長を奪われた者の憎悪そのものだ!」

「カストラータ……だって? そういうことか!」

 仮面の少年、カストラータの正体を知り、陽歌は全ての点が線で繋がった。

「日本のハロウィンを狙った理由、インスタで情報を拡散したこと、そしてあの妙な……具体的にはタピオカミルクティーみたいな魂を入れるカップ……」

「一人で納得してないでどういうことなのか教えてよ」

「あ、うん」

 さなにせっつかれ、陽歌は全員に説明する。彼もたまたまある文献を読んでいて知っていた『風習』なのであるが、まさかそれが敵になるとは思わなかった。

「カストラータっていうのは、さっくり言うと去勢したボーイソプラノ歌手です。その性質から、当然全員が子供でした」

「去勢?」

 さなは歌手と去勢が結びつかなかった。エヴァも三国志的な知識から宦官という、去勢することで地位を得た役人がいることは知っていたが、それは宮中で仕える際にそこの女性に手を出さないためである。歌との関係は理解出来なかった。陽歌は自分の知っていることを掻い摘んで解説した。

「まず、十九世紀のパリでオペラが流行っていたことが前提にあります。オペラは当時、一大娯楽であり美しいボーイソプラノを出せる歌手は重要されていました。しかし、誰もが成長には抗えません。男性の場合成長すれば変声期が訪れ、声は変わってしまいます。なので、去勢を行い成長をストップさせたのです」

 そこに来て、エヴァ達は関係性を理解する。なんせユニオンリバーは女所帯、かつ成長しないロボットも多い。そのため成長と変声がスッと結びつかないのもやむを得ないだろう。男性が女性の生理を理解出来ていない様に、一見常識とも思える知識でも、自分に関係ないとすっぽ抜けるというのは往々にしてある。

「オペラは数少ない娯楽で、そこでスターになれば裕福な暮らしも夢ではない。親たちは自分の子供にこぞって去勢手術を受けさせました。しかし、当時の杜撰な手術により感染症に罹って亡くなる子供も少なくなかったのです。その亡霊が恐らく、彼らかと」

「なるほどー、だから『流行』を憎んで日本のハロウィンを狙い、SNSを使ったんだ」

 ミリアもこれでカストラータの行動に納得出来た。が、まだ彼の真意には到達出来ていないらしく空から反論が飛んでくる。

「それだけではない! 手術を無事に終えても、例えスターになっても、訪れるべき成長を失った痛みは無くならない! 死者の怨念だけではない、生者の憎しみも集い、僕たちは力を手に入れた!」

 城は崩壊を始め、バラバラの足場へと変化していく。主を失った城は崩れ去る運命だが、カストラータがそれを許さない。

「悪意の総体を体現する悪魔城、そして悪の帝王ドラキュラ、これを吸収して僕たちは復讐を遂げる!」

 カストラータは自らが捕獲した魂の入ったカップを手に取り、ストローに口を付けて中身を飲み干す。最早ドラキュラや悪魔城の魔力だけでなく、見境なしに魔力を取り込んでいっている。

「これ……どうするんですか?」

 陽歌はあまりにも巨大な敵に、正体が掴めても反撃の余地を見つけられなかった。よく見ると、地表のあらゆる場所から何かがカストラータに向かって集まっている。

「これは……子供の亡霊?」

 カラスはその正体を見て、愕然とする。地球上から似た境遇の怨霊を集めて更なる巨大化を目論んでいる。尚も拡大を続けるカストラータに、ユニオンリバーは打つ手があるのか。




 緊急警報発令、ロウフルシティ上空に大規模な亡霊反応を確認。現在、作戦準備中です。
 緊急クエスト:熱狂に舞う死せる天使達
 場所:ロウフルシティ市内
 討伐対象:カストラータ・メゾ

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