騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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『緊急警報発令、ロウフルシティ市内に大規模な悪魔反応が出現。戦闘可能な市民の皆さんは迎撃を行ってください』

 本作戦は上空より飛来する悪霊、カストラータ・メゾを各個撃破し、成層圏付近に出現している本体の勢力を削ることにある。決戦までの間、少しでも敵の力を削いでおいてほしい。

 緊急クエスト:熱狂に舞う死せる天使達
 参加人数:最大12人
 制限時間:50分
 勝利条件:カストラータ・メゾの撃破
 敗北条件:制限時間の経過


ステージ5 決戦! 世界を呪う歌

遂に正体を表した仮面の少年、カストラータは周囲に大量の取り巻きを率いていた。これ程の巨体を持ちながら、彼は即座に何かをするわけでもなかった。だがシエルにはこれが嵐の前の静けさに過ぎないことが理解出来た。

「あの怪物から強大な魔力の蓄積を感じますー。それに加えて、手にしたスマホを媒介に全世界のネットワークへの侵入を確認しました」

「とすると?」

エヴァは剣を構えながら、彼女にカストラータの狙いを聞いた。単なる力任せの破壊を試みている様にはとても見えない。

「ネットワークへの侵入は浅い部分なので、重要な部分を侵食して例えば飛行機の管制を狂わせて大惨事、とかは出来ないと思いますー。ですが、カストラータにはあの『死の歌』があります」

「それが動画サイトなんかで全世界に配信されたら……!」

陽歌達は死の歌の効果を体感している。あの時は魂を奪うことが目的、かつ彼にも対抗手段があったため何とかなったが、もしここまで力を蓄えたカストラータが本気で命を狙って死の歌を使ったのならどうなるか。

「本来、虚弱な亡霊であるカストラータの歌では魔力に耐性のある人間まで死に至らしめることは出来ません。ですが、悪の総体であるドラキュラの魔力を吸収したのなら……」

「ドラキュラクラスの魔力に耐性のある人間なんて、一割もいないと思うよ。それこそベルモンドでもない限り」

さなは歌一つで人類を絶滅しうるカストラータの脅威を理解した。まだ術式を練っている最中のため実行はしてこないが、あまり時間は残されていない。

「私でも死ぬかもしれない歌なんてマズイよ!」

 耐久力には自信のある、というかシリーズとしてそれが売りの人造人間マークニヒトであるミリアもこれには危機感を覚える。ミリアでさえ死ぬ、というのがどれだけ恐ろしいことか、ユニオンリバーの仲間なら即座に理解できた。

「くっ……私が戦えたら……」

カラスは洗脳の主であるドラキュラが死しても尚、その毒牙から解放されずにいた。術者が消滅しても効果が続行する程の魔力、それを死の歌に使われたら人類はおしまいだ。

「とにかく、カストラータを撃破しましょう!幸い、悪魔城を吸収しようとしているのでその破片が足場の様に続いています!」

シエルの指示で、一行は大型化したカストラータの撃破に向かうことにした。戦闘の出来ない陽歌とミリア、カラスはここで待機するしかない。

「では行きますよー!」

「もうすぐごはんだと思ったのにー」

「ここまで来たら消化試合でしょ」

エヴァ、さくら、さなが瓦礫の足場を昇ってカストラータを目指す。ルイスも戦えない主の為、彼女達と共に進む。シエルも後に続こうとしたその時だった。

「ドラキュラ様の……仇!」

倒したはずのスカルナイトロードが甦り、剣を振り上げて陽歌に攻撃を仕掛けてきた。

「しまった!」

完全に油断していた陽歌は防御が間に合わない。他のメンバーも迎撃に向かえる位置にいない。シエルは一かばちか、防御魔法を展開しようとした。

「ムーンイーター!」

だが、何処からともなく飛んできた手斧がスカルナイトロードの額に突き刺さる。

「ぐぇえッ!」

投げた張本人であろう、中学生くらいの少年が飛び出し、刺さった斧を持って力を込める。 すると、斧は一気に巨大化しスカルナイトロードを真っ二つに引き裂いた。

「危ないところだったっすね」

「あなたは?」

少年はこれといって特徴のない日本人らしき人物で、手斧と同じ青色のマフラーを巻いて仮面を顔の横に付けていた。

「ハンテンサカ! なんでこんなところに!」

どうやらカラスの知り合いらしく、彼女は今までにないほど同様していた。その名前を聞いて、陽歌はラジオで盗み聞きした退魔協会の話に出てきた半纏坂なる人物であると判断した。

「死にたいのか! 悪魔城なんかに一人で来て!」

「それはこっちの台詞っすよ。何でも一人でやろうとし過ぎっす。それに……」

半纏坂は肩にツチノコの様な悪魔を乗せていた。そして、左手にはルイスの強化に使ったものと同じカートリッジが握られていた。

「俺は一人じゃないんで!」

『grapple! Fighters program open your eyes!』

カートリッジを起動し、右手の紋章に翳すとポリゴンで出来た巨大な格闘家の姿が現れる。それが1と0の光の帯となってツチノコに吸収される。ツチノコはボクサーの様な龍人の姿へ変化し、強化を遂げる。それと同時に、カストラータの元から複数の悪魔が送り込まれてくる。

「こいつは!」

一体が一戸建てほどに大きく、とても雑魚には見えない存在に陽歌は警戒を強める。その姿も皮膚に包まれた肉の塊みたいなおぞましい身体をベースに、本体のカストラータと同じくすんだ金色の翼を一対持ち、とてもそうは見えないが天使の様な輪っかを頭上に携えている。ボロボロの仮面を被り、歯の欠けた口から聞き苦しい悲鳴を常に上げている。太った身体に対して骨と皮だけの腕がなお不気味だ。

「カストラータ・メゾ、と退魔協会では呼称しているっす。これが今町にたくさん降りてきて大変なことになってるっす。そしてあの上空の本体はカストラータ・プリモウォーモっす」

「名称はどうでもいいけど、この取り巻きは何か意味があるのかい?」

エヴァは半纏坂に敵の情報を聞いた。

「敵は怨霊の集合体っす。だからこの取り巻きを倒していけば本体の戦力を削れるかもしれないっす」

「町に降りてきているのかあー、それは他のみんなに任せるとして、ちゃっちゃと本体片付けますか」

相手の性質上、これを倒せば総合的な力は削れる。それは変異前のカストラータと同じである。しかし今はそんな悠長に討伐作戦を行っている場合ではない。カストラータ・プリモウォーモが術式を完成させればネットワークを通じて全世界の人間が死の歌を聞いてしまう。耐えた人間、偶然生き延びた人間もこの物量で押し潰されるだろう。

半纏坂はカラスの拘束を解くと、龍人のボクサーが彼女を抱き上げて撤退しようとする。

「待て! 私はまだ……!」

「洗脳に抗いながら戦える相手じゃないっすよ!ここはこの人達に任せて退くっす。このメンバーでドラキュラの玉座まで到達出来たということは、それなりの戦力のはずっす」

その背後を、また復活したスカルナイトロードが襲おうとする。半纏坂にとってそれは予想通りだったらしく、またもやカートリッジらしきものを手に、攻撃を回避する。カートリッジのボタンを押して、中のプログラムを発動する。

「しつこい奴っすね!」

『starting bug-fixing patch』

そしてスカルナイトロードの頭にカートリッジを刺す。

「魔のモノよ、人の世から去れ。我は世界を正す、この手に理を正す祝詞を呼び起こし。修正式、サンクトレウル!」

敵の身体に光のラインが流れ、スカルナイトロードは白い炎と共に灰と化す。これは悪魔を清める道具、ということなのだろうか。

「という訳で俺は帰るっすけど、これを選別に。さすがにプリモウォーモには効かないと思うっすけど、取り巻きを片付ける助けにはなるはずっす」

同じ様なカートリッジをいくつか、半纏坂は陽歌に渡した。

「何ですかこれ?」

「対悪魔用ワクチンっす。契約されていない存在が不確かな悪魔ならこれで一発っす。倒しきれないとしても、かなりダメージは与えられるはずっす」

恐らくは悪魔を強化するカートリッジを応用したものだ。悪魔を消滅させる術式を記録し、相手に適応するものなのだろう。

「ところで君、と契約している悪魔、名前はなんて言うんすか?」

半纏坂は陽歌に名前を聞いた。カートリッジを渡したのも陽歌なので、同じ悪魔契約者、そしてマインドアーモリーの使い手として気になるところがあるのだろう。

「浅野陽歌……です。この子はルイス」

「俺は半纏坂織太っす。ところで浅野くん、戦衣は展開しないんすか?」

「戦衣?」

半纏坂が疑問に思っていたのは、防御機能に類することであった。

「マインドアーモリーには武器以外にも、身を守る為の装備がセットになってるっす。それが戦衣っす」

彼が言うには武器だけでは当然戦闘など成り立たないので、防具も存在するはずらしい。彼の身につけているマフラーと仮面がそれなのだろう。

「ほら、多分仲間に治してもらったんだと思うんすけど、血だらけじゃないっすか。防具は必要っすよ。念じれば出せると思うっす!」

 首に瓦礫が刺さった時の血がパーカーに付いていたので、負傷を見抜かれた。

「えーと……出ろ! なんか出ろ!」

半纏坂のアドバイス通り、戦衣とやらの具現化に挑戦する陽歌だったが出る気配がない。

「それが、RURUチャンネルって知ってますか?それで無理やり発現したので武器も使いこなせていないんですよー」

シエルが事情を説明する。半纏坂は天性か修行で発現したタイプなので可能だが、陽歌はそうではない。

「うーん、スタンドでいえば生まれつき持ってるとかじゃなくて矢で発現したタイプですからねー陽歌くん」

エヴァもそれは知っていた。半纏坂もその無理やりマインドアーモリーを発現させる存在の噂は聞いていた。

「うーん、そうなると負の感情に飲まれないだけ稀有なのか……。あんまり使わない方がいいかもしれないっすね、それ」

半纏坂は気になる言葉を放ち、カラスとミリアを連れて撤退する。

「では、また機会があったら! そこのお姉さんも行きますよ」

「あ、ではヴァネッサちゃんを呼んできてください」

彼はアイテムとアドバイスを託すだけ託して去っていった。エヴァは帰還するミリアに置いていったヴァネッサを連れてくる様に頼んだ。

今は時間が無い。本体であるカストラータ・プリモウォーモを撃破せねばならない。

「ではさっさと行きますよ!」

 エヴァは指揮を執り、本体の撃破へ向かうことにした。一見すると戦力として心許ない陽歌であるが、シエルの案で連れていくことになった。

「陽歌くんも来てくださいー。あの対悪魔ワクチンで思いついたことがあります」

「はい!」

 陽歌はルイスの背に乗り、エヴァ達と共に瓦礫を昇って敵の本体へ向かっていく。シエルは飛行してついて行きながら、何かを魔法で作っていた。

「陽歌くん、スティグマの話は覚えてますかー?」

「あ、はい」

 シエルが話題に出したのは彼の腕が再生出来ない原因であるとアスルトが語った聖痕、スティグマについてであった。あれは自分でも自由に扱えない膨大な魔力リソースであるという話だ。

「あれを使える様に今から何とかしますー! ラピード、お願いしますー!」

 それを何とかしてみせるというのだ。彼女のことなので不可能ではないと陽歌は感じた。道中、大きな瓦礫の上に乗ると、一体のカストラータ・メゾが妨害を仕掛けてくる。素通り出来そうにないほど巨体な上、悲鳴の様な歌声でこちらを威圧してくる。即死とまではいかないものの、衝撃波が凄まじく先へ進めない。

「邪魔!」

 さなが本気のパンチを繰り出す。すると、カストラータ・メゾが口から生臭い白い粘液を吐き出した。

「わ、とと……」

 咄嗟に逃げたさなだったが、このおぞましい液体は高熱なのか湯気まで立っている始末。ぶよぶよしてて骨なども無さそうなので、とても殴って倒せる相手ではなさそうだ。反撃のため、カストラータ・メゾは細い腕を振るってさなを追い回す。図体の割に飛行してスムーズに移動する。

エヴァは時間が惜しいので本気を出すことにした。

「では私が全力で倒しに行きますよ。天魂!」

 そう言って彼女が取り出したのは、飴の様なものであった。これは天魂と言われる修正プログラムで、普段はぐだぐだになってしまっているエヴァ達聖四騎士団の性格を直し、強化する力がある。

「変身!」

 天魂を食べると、エヴァはロボットの姿に変身する。大きさは成人程度で、変身前と同じく双剣を武器にするツインアイのロボだ。

「聖四騎士が筆頭! エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン! 推して参る!」

 名乗りを上げると、さなに注目していた敵はエヴァを見る。どうやら名乗りにはヘイト集め効果もあるらしい。

「行くぞ!」

 エヴァは双剣で竜巻を起こし、遠距離から攻撃を行う。無数の斬撃がカストラータ・メゾを切り刻む。傷から溢れる血は黒く染まって、腐臭を放っていた。それこそ遠くで見守っている陽歌にも分かるほどだ。匂いを嗅いだだけで病気になりそうだった。

「ううー……臭い!」

 さなは鼻を抑えて逃げる。嗅覚が敏感な彼女にはキツイ相手だろう。

「しまった……ドラキュラ戦で力を使い果たしちゃった……」

 さくらの剣はいつの間にか萎びていた。少なくとも何らかの金属で出来ているであろう剣がへなへなになるのは特殊な剣だからだろうか。

「それにしてもお腹減ったなぁ……」

 そしてこの悪臭の中で空腹を訴える彼女。陽歌ですらここでの食事は遠慮願いたいレベルの、古びた公園の公衆トイレに下痢と牛乳を一週間炎天下で放置したくらいの匂いである。

「えい」

「え?」

 そして、さくらは信じられない行動に出る。なんと萎びた剣を食べ始めたのである。ただの剣ではない。一応、意識のある剣を、である。

「さくらさん!?」

「ふん、素手での攻撃は無駄か……」

 剣を食べ終えると、急に眼付が鋭く変化する。当然、剣は無くなったので以降の戦いは徒手空拳になるだろう。こうなってはさなの二の舞だ。

「なんてな! だったらぶよぶよ以外をボコればいい話だ!」

 そして口調も荒々しくなり、敵に飛び掛かる様になる。さくらの拳はカストラータ・メゾの翼を捉えた。

「おおりゃぁああ!」

 羽ばたく翼という力の通り難いものを、拳一発で破壊する。片翼を失って飛行が出来なくなったカストラータ・メゾはズシンと地面に落ちる。反撃すべく腕を伸ばした敵であったが、そこをさなに捕まれて投げられる。

「ふん!」

 投げられた際にアンバランスな肉体の悪影響か、肩が外れたらしく左腕が動かせなくなる。何とか起き上がるも、口から太いグロテスクなミミズらしき物体が飛び出す。出っ張った先端以外には子供の姿をした腫瘍がいくつもあり、先端にも歯が並んだ口がありだらしなく舌を出していた。

「なんかいかにも弱点って感じだな!」

「追撃する!」

 さくらが両方の拳でラッシュを仕掛け、エヴァが双剣の乱舞で切り刻む。さなも近くにあった瓦礫を掴んで物体に叩きつけた。飛び出た物体は大きいので、三人が群がって全力の攻撃を行っても余裕がある。陽歌もハンドキャノンを連発して攻撃に参加した。開いている目を狙い、二丁持ったハンドキャノンを無心で連射する。

 しばらくして、ようやく立ち直ったカストラータ・メゾが物体を口の中に仕舞って残された右腕を振り回してエヴァ達を引き離す。

「はぁ!」

「これで!」

 敵の感覚を掴んださくらとさなは仮面へ拳を叩きつける。さすがに限界が来たのか、カストラータ・メゾは醜い身体で転がり、瓦礫の下へ転落していく。その途中、地面に墜落する間も無く爆散した。きっと近くで爆ぜていたら臭い汁でとんでもないことになっていただろう。

「結構時間食ったな!」

「ああ、急ごう」

「そうだね」

 さくら、エヴァ、さなの三人が先へ進む。瓦礫を昇っていくと、またカストラータ・メゾが空から降って来て妨害を試みる。攻撃する度に汚物を吐き出す上、地味に耐久力があるのでキツイ相手だ。

「またか!」

「さすがに相手してられないね……」

 追いついた陽歌も、いくら無限に弾が撃てる銃を持っているとはいえこの連戦で疲弊していた。他のメンバーはそうでもないだろうが、これを全て相手にしていたのなら確実に間に合ない。カストラータ・プリモヴォーモが世界中に死の歌を配信するまで時間が無い。

「とりあえずまず一体、あの修正式を試してみてくださいー!」

 そこでシエルは半纏坂の渡してくれたカートリッジを使うことを提案した。陽歌はカートリッジのボタンを押し、軌道する。

『starting bug-fixing patch』

「弱らせなくていいんですか?」

 陽歌はこういうものを使う時、大体は少し弱らせたり弱点を露出させてから使うものだというセオリーを喫茶店の生活で知ってしまった。

「そうですね。念の為、あの弱点を露出させてくださいー」

 シエルが他の三人に指示する。あれを吐き出すには相当弱らせる必要があるのでどの道時間が掛かりそうだ。だが、さくらは一計を案じて吶喊する。

「うだうだ考えていても仕方ねぇ! 様はあのベロを引っ張ればいいんだろ?」

 その言葉でエヴァとさなも何をすべきか理解した。二人は剣と蹴りで斬撃を無数に飛ばし、まずはカストラータ・メゾの翼を攻撃する。二人で片方の翼を集中攻撃することで、効率よく無効化出来た。

「これで!」

 さくらは敵の顎……かどうかは不明だが歯を殴って砕く。元々ボロボロなので、動けなくなれば容易なことであった。その後、無理矢理開いた口に手を突っ込んで舌を引きずり出そうとする。

「チッ! 意外と脆いな!」

 最初に右手を突っ込んだが出て来たのは千切れた子供の形をした腫瘍だった。握力や腕力が強すぎて敵の肉を引きちぎるレベルだった。次に突っ込んだ左腕は上手い事舌を捉えたのか、口から舌を引きずり出す。

「陽歌ぁ!」

 さくらが呼びかけるので、陽歌は走って舌の方に向かう。敵も弱ってはいないので舌を戻そうとするが、エヴァの剣で縫い付けられ、さなが大きな瓦礫の下敷きにしてそれを妨害する。

「魔のモノよ、人の世から去れ。我は世界を正す、この手に理を正す祝詞を呼び起こし……」

 シエルの援護で空中に光る文字でカンペを出してもらえたので詠唱は完璧だった。

「修正式、サンクトレウル!」

 陽歌がカートリッジを突き刺すと、そこから徐々にカストラータ・メゾは全身から白い炎を吹き出し始めた。流石に一撃死とは行かないものの、かなりダメージを与えられた。

「よし、いいぞ! オラ!」

 さくらとさなが蹴ったり殴ったりして瓦礫の足場から敵を突き落とす。完全に倒し切るまで戦っていたら、時間が足りない。

「はぁっ……はぁっ……」

「どうしました陽歌くん?」

 昇っていくにつれ、呼吸が苦しくなることに陽歌は気づいた。シエルは常に彼の傍で援護しているため、その異変を察知する。

「いえ、だいじょ……じゃないです」

 彼はいつもの癖で平気を装ってしまうが、ふと自分の置かれた状況を振り返って素直に伝える。

「ここ、かなり上空だから空気が薄くて……」

 そう、逆さ城の頂上でも中々の高さがあったのにそこからさらに昇っているので酸素が薄くなって呼吸が出来なくなってしまう。このスピードで昇り続ければ、高山病の危険もある。当たり前のことだが、誰も気にしなかったことだ。

「これでなんとか!」

「ありがとうございます」

 シエルは水泡の様なものを陽歌に被せる。すると、呼吸が一気に楽になった。地上にいる時どころか、まるで深い睡眠時の様な心地よさだ。

 その後も彼らは襲ってくるカストラータ・メゾを瞬殺しながら上を目指した。

「ようやく敵の懐だ、警戒しろ!」

 エヴァの先導で一行は遂に本体、カストラータ・プリモヴォーモのところに辿り着く。近づいてみると、今まで相手にしてきた敵より遥かに大きいことが分かる。彼の指先一本でも、ビルが横倒しになったかの様なサイズであった。しかしそれらの腕を振るってくることはなく、術式の構築に集中しているらしい。

「基礎設計完了……、皆さん、切り札が仕上がるまで妨害をお願いしますー!」

 シエルは陽歌のスティグマエネルギーを使う為に、最後の仕上げへ入る。その間、残るメンバーが敵を引きつけ、術式の構成を妨害する。

「いくぞ! 術式なんざこうしてやる!」

 カストラータ・プリモヴォーモの口元へ跳んでいくさくら。術式は歌である為か魔法陣は大きな頭蓋骨の口元に広がっていた。瓦礫の足場などないのに、彼女は空を蹴って飛翔した。

「その切り札は、やはり弱点に使うべきか?」

 エヴァはシエルに切り札のことを聞く。

「理論上、無限大にも等しいエネルギーを注入する装置なのでどこに使っても大丈夫ですー。ですが急ごしらえのものなので念の為、コアに近い場所へ使いたいです。敵のコアは、ここです!」

 彼女は空に浮かぶ羊皮紙に敵の中核の位置を示した。肋骨の中に格納されたパイプオルガン、そこの中央がコアだ。

「よし、いくぞ」

「いよいよ決戦だね」

 エヴァとさなは瓦礫の足場を昇ってそこへ向かう。この瓦礫は悪魔城由来のもので、その魔力を吸収する影響で伸びている。なので足場が続くということはやはり魔力が集まるコアがあるのだろうか。

「陽歌くんは私とここで。切り札が完成次第、敵の眼前にワープします! そのアンカーを、ルイスには持って行って欲しいんですー」

「はい!」

 陽歌はシエルと共に待機することになった。ルイスはワープに使う術式の運搬を行う為、エヴァ達を追いかけた。既にシエルがその背に魔法陣を描いており、ワープの起点として利用できる。ここからが、本当の勝負だ。

 

   @

 

「さて、ここまで来たけど……」

 地上に帰還したミリアに呼ばれ、瓦礫の道を昇ってきたヴァネッサだったが、どうも道を間違えたらしくエヴァ達とは合流できなかった。道中でカストラータ・メゾの妨害に遭ったが、それもなぎ倒して進んで来たが甲斐は無かった。その結果、カストラータ・プリモヴォーモの巨大な外装付近に浮かぶ瓦礫へ降り立った。

「ミリアが言うに、あれは亡霊の集合体らしいな……今もなんか集まってきてるし」

 彼女は下から吸い上げられていく魂を見て呟く。カストラータは今も尚、世界中の子供の怨霊を吸収して巨大化を続ける。しかしそれは裏を返せば、まだ材料となった怨霊が定着し切っていないということだ。

「さくらは魔法陣の破壊をやってるっぽいけど、あたしには魔法を破壊する技術とかねーし……」

 ここから無暗にエヴァ達との合流を狙っても辿り着けるかは分からない。さくらの助力を行うにも自分には術式の破壊は出来ない。となれば、やることは一つだ。

「このデカブツ、弱いとこ叩けばぶっ壊れそうだな!」

 先述の通り、ヴァネッサには魔法や霊的なノウハウは無い。だが怨霊が吸収されるところを見ていれば、そこが新しく塗った土壁の様にまだ固まっていなくて脆いだろうことが容易に想像できる。そこを攻撃すれば敵の結合を崩せる可能性はある。

「よし、覚悟しろデカイの!」

 こうしてヴァネッサも戦いの中に加わっていく。

 

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 戦いは最終局面に入った。アスルトは店舗から離れ、二階の休憩室である資料を読んでいた。それは、陽歌を引き取った時に会社で行った健康診断の結果を示したものであった。発掘した母子手帳のデータから行っていないワクチン接種の補填、オッドアイ、医学的にはヘテロクロミアと呼ばれる虹彩の色素異常による視力への影響の有無なども調べ尽くした。

「やっぱり言えないでスよね……」

 酔った勢いでエヴァやヴァネッサ達の様なオーバーテクノロジーの塊みたいなロボットを生み出すいい加減な性格をした彼女が、珍しく溜息をついていた。

「腕が再生できない本当の理由……」

 アスルトが悩んでいたのは、陽歌の腕についてであった。なんと、腕が再生できない理由は聖痕などではなかったのだ。

「でもこれでよかったんでスよね、あの子が自分の事を肯定できるようになったら、本当のことを言えば……」

 アスルトはその為にも、陽歌には無事に帰って来てほしかった。真実を伝えることが常に幸福へ繋がるとは限らない。だが、それを隠し続けることもまた同じなのだ。

 

   @

 

 エヴァとさなはパイプオルガンの下までやってきた。そこには舞台が浮かんでおり、まるで二人を待ち受けるかの様であった。

『来たようだね、随分諦めの悪い!』

「しつこさでは君も相当だったよ」

 天から聞こえる声にさなは返す。術式をさくらが全力で乱しているからなのか、カストラータは余裕が無さそうであった。

『クソ! なんだこいつは! 書いた術式を傍から破壊しやがる!』

 やられていることとしては写経している途中に耳元で蚊が飛ぶ上に書いた文字を滅茶苦茶に消されるというレベルのもの。いくらカストラータが複数個体の集合とはいえ、これはキツイ。

『もう貴様らに慈悲はやらん! ここで消えてもらう!』

 そう言いつつ、カストラータは道中で散々倒されたカストラータ・メゾを呼び出した。

「またこれ? ゲームだったらとっくに怠くなってる頃だよ?」

『言っただろう? 慈悲はやらんと!』

 パイプオルガンの中から、変異する前の姿をしたカストラータが降りてくる。その身体には血管の様なものがいくつも繋がれており、パイプオルガンに続いている。エヴァとさなは強いエネルギー程度にしか感じないが、シエルならばこれこそがコアであると即座に見抜いただろう。

『多少リスクは伴うが、最早貴様らを安全圏から片手間に排除することはできないと見た。即座に死ね』

 カストラータは肉塊が入り込むと、鼓動の音が空に響き渡る。肉塊は殻の様なものに覆われ、翼が抜けて卵を思させる姿へ変化した。そして、その殻を破って中から出て来たのは先ほど戦ったドラキュラ第二形態を彷彿とさせる大柄な悪魔だった。ただしヤギの様な角は金色に輝き、翼もコウモリのモノから天使を思わせる金の翼へ、顔には仮面、頭上には天使の輪と姿に差異が見られる。体色も白で、胸に顔の様なものが埋まっている。背中から脊髄の様なものが伸び、パイプオルガンと繋がる。

「なるほど、ドラキュラの力を取り込んだ結果か」

「でもあの特大サイズを相手しなくて済みそうだね」

 エヴァはそれがドラキュラと死神の力を得た影響だと見抜く。単なる亡霊に過ぎないカストラータがここまでの力を得ているのは、偏に悪魔城とドラキュラによるものだ。

「ルイスか?」

 その時、ルイスがステージの上にやって来た。しかし力を使い果たしたのか、カートリッジを吐き出して元の兎の姿に戻ってしまう。エヴァは彼の前に屈んで、胸部のラングを開いた。

「シエルのワープ用アンカーを持って来てくれたのか。ここに隠れていろ。少し窮屈だろうが安全だ」

 胸部ラング内にルイスとカートリッジを仕舞い、再び彼女はカストラータに向き直る。カストラータは周囲に小さな鎌を浮かべ、手に巨大な鎌を持った。ドラキュラの第二形態とは比べ物にならない雄々しさだが、エヴァは冷静に相手を見ていた。

「この戦い、我々の勝ちだ」

「戦う前から勝つくらいでなければならないというが、それを言うなら僕たちの方だよ。無限にも等しい憎悪のエネルギー、そして悪意の総体であるドラキュラと悪魔城の魔力、この姿が負けるとは到底思えないけど」

 カストラータは大きく飛び上がる。背中に繋がる脊髄で引っ張ってもらい、巨体を跳躍させているのだ。小さな鎌を無数に飛ばし、炎を吐きながら大鎌を振り上げてエヴァとさなに襲い掛かる。

「そのヒモ、弱点にならないといいな」

 攻撃を回避したエヴァは着地した敵の上空に位置取り、脊髄を双剣で切り裂こうとする。が、その脊髄は異様なまでに硬化しており、全く刃が通らない。高濃度の魔力が流れるだけあり、かなりの防御力を得ている。

「やはりか……」

「無駄だぁ!」

 この展開は彼女も予想しており、反撃である炎のブレスを双剣の回転で霧散させることが出来た。

「クソ、意外とこの鎌……」

 カストラータは振り下ろした鎌をステージから抜こうと必死だった。その隙を突いて、さなが巨体の下へ潜り込む。

「無駄だぁ!」

 無数の小さな鎌を彼女に向けて飛ばし、カストラータは炎を吐こうとした。だが、それはさなの予想通りだった。鎌を全てカストラータへ弾き返すと、そのまま大顎に向けてアッパーを繰り出す。

「ぐほぁ!」

 鎌が身体に刺さり、挙句の果てにブレスが誤爆して口の中を焼く。顔が爆発し、その高い威力が仇となって仮面や角は一瞬で粉々になる。おまけに顎を揺らされてからの爆発なので、脳が振動し閃光で目が潰れ、耳も爆音で封じられる。

「今だ! リミッターオフ、オールシステムクリア、天球臨界!」

 飛翔したエヴァの身体が青く光り、双剣を軸として極太の青いビームが放たれる。そのビームはカストラータの巨体を軽く飲み込むほどの大きさであった。

「ツヴァイクルセイド・オーバーロード!」

「くそぉ!」

 咄嗟にカストラータは脊髄で身体を引っ張り上げ、パイプオルガンのところへ避難した。なんとかビームは躱したが、なんとビームが上に向かって薙ぎ払われてくるではないか。

「馬鹿な、ビームサーベルだとぉ!?」

 そのビームはカストラータを巻き込みながらパイプオルガンをぶち壊して上へ進んでいく。カストラータ・プリモヴォーモの首元で止まりはしたが、内臓に当たるパイプオルガンは崩壊を始めて大きな破片がステージに落ちてくるほどになった。

「ぐ……が……、だが完全崩壊は免れた……術式さえ……術式さえ……」

 その破片と共にカストラータはステージへ落ちる。ダメージが重く、仰向けに倒れた身体の胸部から顔の正体が、カストラータ本来の肉体が飛び出てしまう。

「く、クソめ……」

「よし、あれかな?」

 さなはこれこそ弱点だと判断し、巨体に上って飛び出た肉体に殴りかかる。顔に拳を突き立て、頭蓋骨を砕く。

「ぐは! このガキ……げはっ!」

 怯んだ隙に蹴りを入れて内臓を破る。風船が破裂した様な乾いた音がして、肉体は口から黒い液体を吐き出す。これまた非常に悪臭が漂うもので、さなとしては近くにいたくなかったが我慢して戦闘を続ける。

「早く戻……」

「ええい!」

 肉体は巨体の中に帰ろうとしたので、さなはその腕を掴んで背負い投げを決める。肉体には下半身がなく、肉のヒモになっていた。投げられた肉体はステージにべしゃりと落ち、巨体との距離が遠ざかる。

「くそ、くそが……!」

 ステージ上で体液を撒き散らしながら這いずり回るカストラータの肉体。亡霊の集合体なだけあり、その一部がここまで痛めつけられても尚、死ぬ気配が無い。その時、エヴァにシエルから連絡が入った。

『切り札の準備が出来ましたー! 弱点は露出してますか?』

「ちょうど出来たところだ。さな!」

 エヴァは飛んでさなのところに向かいながら、返答する。さなも弱点を逃がさない様に肉体を羽交い絞めにする。

「ぬるぬるしてて持ちにくいけど、今だよ!」

「よし、行けるぞ!」

 さなの下へ到達したエヴァは胸部ラングを開き、ルイスを放出する。彼の背中に刻まれた魔法陣が輝き、ワープのアンカーが発動した。

「させるか!」

 だがカストラータもただでは終わらない。口や目など、肉体の穴という穴から汚物を吹き出してさなの拘束に抵抗する。

「くっさ! でも我慢―!」

 至近距離で臭い粘液を出されても彼女は手を緩めなかった。だが、彼の狙いはそこではない。巨体の方が動き出し、胸から引っ張られた肉体に繋がるヒモを引っ張って自分の方へ戻したのだ。

「しまった!」

 汚物はぬるぬるのギトギトで、いくらさなが馬鹿力でもするりと抜けてしまう。こうしてカストラータの本体は巨体へ戻ることに成功した。巨体に収まりながら彼は勝ち誇る。

「残念だったな! 何百年も人を憎しみ続けた僕たちの方が一枚上手だ!」

「それはどうでしょうー?」

 が、なんとシエルと陽歌がカストラータの目の前にいた。陽歌は光る剣の様なものを手にしている。

「何ぃ!」

「これだけ魔力の濃度が高い場所だと流石にアンカー無しではワープできませんが、アンカーから誤差一キロは修正可能です!」

 ルイスのアンカーはあくまで目安に過ぎなかった。アンカーの付近にしかワープ出来ないわけでは無かったのだ。

「スティグマの無限エネルギー、喰らえ!」

 陽歌は剣でカストラータを貫く。この剣は彼に眠るスティグマの魔力を刺した敵に注入する道具なのだ。言うなれば、血液型の違う血液を自分の血液の総量以上に輸血される様なもの。拒絶反応が起こるのは言うまでもなく、身体が物理的に耐えきれなくなって破裂してしまう。

「うおおおおお!」

「ぐぁあああああっ!」

 陽歌は光の剣をねじ込む。カストラータも危機感を感じたのか、断末魔の叫びをあげる。だが、光の剣は忽ち輝きを失う。

「え?」

 戸惑う陽歌に対して、余裕が出たのかカストラータは笑みを浮かべる。

「スティグマの無限エネルギー? おかしいなぁ? ()()()()()()()()

「そんな!」

 シエルが困惑する。まさか彼女の作った道具が機能不全を起こすとはエヴァとさなにも思えなかった。

「君、初めて会った時から思ってたけど、僕たちの仲間だよね?」

 そしてカストラータは悠々と語り始める。自身が巨体と繋がっている隙間から無数の触手を生やし、それを陽歌に絡みつけながら。

「人間を憎んでいる。この世界を、恨んでいる。だからさ……」

 エヴァ達が阻止する間も無く、陽歌は巨体の中に引きずり込まれた。それはあまりに一瞬のことで、彼自身も何が起きたのか把握するのに時間が掛かった。

「君も、僕たちだ」

 




 第一次作戦失敗……。迎撃に当たっていた市民も避難を開始してください。その際、付近に存在する全ての電子機器、音響機器を破壊してください。

『避難など意味があるのか? 聞くと死ぬ歌だぞ?』
『それでもパニックが起きるよりはいいでしょう……もし真実を知ったなら、とんでもないことになりますよ』
『電子機器の破棄、一体どれだけの人間が従うか……』
『具体的なことを説明するわけにもいかない。これが、世界終焉シナリオか』
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