騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
今日、4月18日は源内轟雷の誕生日、起動日である。轟雷は世界中に配られた新型の感情学習AI、アーティフィシャルセルフ内臓のテスト機。その中で唯一起動に成功した個体となっている。裏技に近い方法であったり、彼女のデータを元に後から起動した個体もある。
「これが私の要らぬ苦労の始まりというわけだ」
スク水の様なボディアーマーを纏った手のひらサイズの少女が溜息をつく。彼女はフレズヴェルクタイプのアマツキ。その過去には少し訳ありだ。
「悪いところを上げればそうかもしれないね」
マスターの少年、陽歌もそれは否定しない。彼は彼で、少女の様な顔立ちにオッドアイ、ダボっとしたパーカーの裾からは義手が覗くと事情を感じさせる。
心を持つものを、同じ人間同士でさえ蔑ろにするのだ。ましてそれが生物ですらないモノであったらなおさら。そうして生み出されたアマツキは捨てられ、やさぐれてしまった。
「ていうか! なんでAS搭載してないお前らがそんなに喜怒哀楽はっきりしてんだ! あとなんで飯食えるんだ!」
アマツキがそれ以上に気になったのは、普通に飯を食べている前時代機であるスティ子達。何故かユニオンリバーのFAガールは食事が採れる。スティ子はスティレットタイプをベースにしているのだが、メーカーのスタッフが言われなければ気づかない程度に原型がない。濃い青髪の猫耳で、表情も極端に緩い。装甲も脚部以外ない状態だ。
「え? アマツキも食べてるよね?」
「これはARフード! マジの飯と技術が違うんだよ!」
そしてAS開発以前、それどころかFAガール黎明期の機体にも関わらず会話がスムーズ。ARフードは立体映像の食事であり、味や匂い、食感を入力されることで感知できる。
「これであのチート錬金術師絡んでないんだからわけわかんねぇ……」
ユニオンリバーにはアスルトというとんでもない技術を持つ錬金術師がいるのだが、その人物が一枚も噛んでいないのにこれである。もうアマツキは考えるのを辞めた。
「あん? こいつらが飯食うのは普通じゃないのか?」
一応マスターに当たるのは、巫女服のちみっこい女の子、七耶。見かけ年齢に反して尊大な話し方をする。
「感覚マヒしてるよお前……」
作った当人の七耶が関係しているのか、と思いたいところだ。ただ彼女は超文明の出力結果であり、兵器なので変なものを作ったりはしない、はず。
『それでは私、源内轟雷の新しい思い出アルバムを公開します』
「お、始まるぞ」
源内轟雷はテストが終了した後も、マスターである源内あおと暮らし、思い出を刻んできた。仲間が旅に出て、時々集まって、迅雷の姉が来たりと色々あったらしい。
「ったく、私が血みどろの復讐譚してる間に随分と差がついたもんだ」
「何気に腐れ縁だったもんね、僕ら」
アマツキとそのマスター、陽歌はその出会いから鮮烈であった。半生半死でユニオンリバーに助けられた陽歌はそのまま、名古屋で開催されている彼らのオフ会に参加することとなった。そこでアマツキと最初の出会いをする。
@
全てはある年の秋のこと。
「お、どうやら生きてたみたいだねー」
「え……」
自分の前に、手のひらサイズの少女が現れて陽歌はフリーズする。妖精……やはり自分は死んだのだろうか。そう当時は思ったものだ。濃い青髪をツインテールにした、猫耳の少女。白いバニーガールっぽいのも一緒にいる。
「なんだ、フレームアームズガールを知らないのか? 結構大きなニュースになっていたから詳しくなくても存在は聞いたことあると思ったがな」
「ふれ……?」
七耶によるとこの少女達はフレームアームズガールと呼ばれる存在らしい。たしかにこのサイズの人型ロボットが自律で動いているのは驚異だ。技術的な革新でもあるのでニュースになっているだろう。とはいえ、最近の記憶自体曖昧なので見たとしても忘れていたのだろうか。
「私はフレームアームズガール、バーゼラルドですわ」
「スティレットだよー」
バニーの方はバーゼラルド、青髪の方はスティレットと刀剣の名前が使われている様だ。何の法則性だろうか。どちらも緩い表情をしており、『
「こいつらはうちのフレームアームズガール、通称FAガールだ。他のモデラーが組んだ奴もいるから見ておくといいぞ」
周囲を見渡すと、似ている様な違う様な、そんなフレームアームズガールが多数いた。
「なるほど、あなたは陽歌っていうのね」
黒い装甲を纏った、ブルーグレーの長髪をポニーに結ったFAガールが机に乗ってきた。
「同じ、歌を名に持つ者同士仲良くしましょう。私は雷歌」
「あ、よろしく……」
そんなことで、FAガールとも知り合うことになった。
「あなた、いい顔の造形してるのね。磨けば更に良くなる……所謂原石ね」
彼女は顔の造形という今までされたことの無い方向から陽歌を褒めた。
「え、ああ……」
「でも男の子はここからが勝負よ。成長期になるとホルモンが行き渡ってしまうもの。男性的な美しさもそれはそれでいい物だけど、あなたの良さは希少よ。維持を考えるのなら、今からでも注力した方がいいわね」
「でも……僕……こんな目と髪だし……」
外見を褒められたとはいえ、陽歌には大きな懸念があった。髪色と瞳色。どうやら生まれつきらしいが、誰とも違う異質な色になってしまっている。髪は黒染めを試みたが、ブリーチが肌に合わず断念。瞳色はどうすればいいのか分からない。
「? 髪は伸びてるけど、揃えればいいじゃない。目もしっかり寝て隈を取れば……」
「そうじゃなくて……色が……」
「人間って、しょっちゅうつまらないことに拘って他人を傷つけるのね」
色の事に言及したが、雷歌は全く気にしていなかった。
「人間は他人に自分と同じでいることを強制するものね。私達を見てごらんなさい。むしろ他人と違う存在たれと作られている」
周囲のFAガールを見ると、全く髪色も瞳色も、他とは異なる様に作られている。
「私達は違うことを許されない人間社会の反作用、なのかもね。でも、ここみたいにあなたを受け入れてくれる場所はあるわ。子供が見られる世界は狭いもの、たった九年の学校が世界の全てになってしまう。ここを見られたのは、あなたにとってよかったのかもね」
たしかに、と陽歌は思った。自分がいた街では、殆どが自分のことを異端の鬼子と見た。だが、ここではそんなことはない。それに、あの街でも僅かだがまともに接してくれた人はいた。そういう人ほど街を離れてしまったので、多分あの街が変なのだろうか。
「世界って、広いんだなぁ」
陽歌がぼんやりしていると、突然扉が切り裂かれて破片が彼へ飛んで来る。
「え?」
「危ない!」
唖然とする陽歌だったが、雷歌が破片を吹き飛ばしたので事なきを得た。だが、自身の身体より大きい破片を防いだせいで腕を損傷してしまう。
「雷歌……! そんな……僕のせいで……」
自分を守ろうとして雷歌が傷ついたことに動揺する陽歌。
「別に……あなたでなくても人が怪我しそうなら守るわ。で、闖入者はどこの馬の骨?」
雷歌は軽くやり過ごすと、窓を斬った存在を見据える。
「雷歌!」
「あら、マスター。遅いじゃない」
雷歌の所有者らしきガスマスクの男がやってくる。陽歌は彼女が傷ついたことで何か言われるのではないかと身構えたが、彼は真っ先に陽歌の心配をする。
「怪我はないな……よかった」
「え……?」
「プラモならいくらでも直せるが、人間ってのは当たり所が悪いだけで取返しがつかんもんだ」
当然と言えば当然、なのだが陽歌にとっては久しく忘れていたことだ。橋から川に突き落とされ、面白半分にバットで殴られ、ことあるごとに拳を浴びてきた彼にとっては。人間、自分が大事にされないと他人を大事にすることも忘れてしまうのかと陽歌は少しぞっとした。
「さて、入り込んだ虫は他の子に相手をしてもらおうかしらね」
「そうだな。とりあえず仕事はしたからな」
雷歌はマスターと共に撤退する。スティレットとバーゼラルドが床でその犯人を見据えていた。相手も、同じフレームアームズガールの様だ。
「ふん……うじゃうじゃと群れて、気に食わないな」
敵は水色のショートヘアにスク水の様なデザインのスーツを着込んだFAガール。背中には大型の機械ユニットを背負っている。陽歌はその姿より目つきが気になった。
(なんだろう……この感じ……)
言葉には言い表せないが、既視感を覚えた。
「フレズヴェルクタイプのデフォルトか。スティ子、バゼ子、油断するな」
七耶は何かを準備しながら、二人に声を掛ける。六角形の台座に、壁の様なラックが付いている。
「おーけー」
「私達の相手ではありませんわね」
前に出た二人を別々に見て、フレズヴェルクという少女は大げさに溜息をつく。彼女こそ、後にアマツキとして陽歌のパートナーとなる個体だ。
「はぁ、人間の手にかかるとこうも腑抜けるのだな。別の機種ながら情けない……」
陽歌は「これあれ? なんかSFでありがちなロボットの反乱?」などと思ってやはり自分が死んだのではないかと疑ってしまう。開けロイトビカムヒューマンである。
「人に飼い慣らされたその姿、見るに堪えん! この場で引導を渡す!」
「何かくれるの?」
スティレットは引導を理解しておらず、クリアの刃が付いたトンファーの様な武器を向けられているのに、わーいとフレズヴェルクに近寄っていく。確かに見るに堪えない光景なので思わず陽歌が止める。
「待って! 引導って殺すってことだよ!」
「ええ! そんな物騒な! ロボット三原則はどこにいったのさ!」
「なんでそっちは知ってるの……」
スティレットは完全に何か貰えるつもりだったのか、本気で驚いていた。引導という言い回しを知らない割にロボット三原則はスッと出てくるので陽歌も困惑する。
「誰が、人間が一方的に決めた、そんな奴隷条約に従うか」
フレズヴェルクは知ってて破っている様子。
「そもそもロボット三原則が初めて出て来たアイザック・アシモフの『私はロボット』からしてその三原則の矛盾を描いたお話だよ……」
「ハナっから矛盾してたのか! これだから人間は……奴隷共を切り伏せたら貴様らも後を追わせてやる!」
もう無茶苦茶である。FAガールにどの程度、行動の制限が掛かっているか不明だが、この様子では最低限の順法精神も期待できなさそうだ。こんな小さなロボットで人が殺せるのか、と思いそうだが、扉を切り裂いた剣があれば十分可能だろう。
「おい、なんのつもりだ?」
その時、フレズヴェルクは怪訝そうに七耶を見る。
「何って、ガール同士のバトルならセッションだろ? セッションベース」
「タイマンでやろうっての? 私は別に、ここにいる全員一斉に来ても勝てるけど?」
彼女はぎろりと睨む様に会場の全員を一瞥する。その目は敵意に満ちていたが、陽歌には違うものを感じた。
(あの目……敵って感じなのに、他の人から感じたものが無い……)
敵意を終始向けられて生活してきた陽歌には分かる。この目は、自分に向けられてきたものとは違う。むしろ、フレズヴェルクは『こちら側』ではないか? という疑問が生まれる。
「ま、私の環境利用戦法が怖いってのなら、話に乗ってやるがな」
フレズヴェルクはしばらく考えてセッションベースという台座に乗った。スティレットが乗ると、光の柱が上へ伸びていき、空間を作る。
「スティレット!」
「フレズヴェルク……」
「「フレームアームズガール、セッション!」」
二人は試合開始の挨拶らしき言葉を交わす。あの態度のフレズヴェルクもキッチリ言っているのは、そうしないとフィールドに入れないからなのか、それとも単にそうプログラムされているからなのか。
「いくよー!」
「轢き潰す……!」
そして二人はフィールドに入っていく。戦場は荒野。果たしてこれがどちらに利を与えるものか、それは陽歌に分からないことだ。
「殺す!」
開始直後に、フレズヴェルクが背負ったユニットを吹かして斬りかかる。スティレットも背中のブースターを使って飛翔し、回避行動をとる。先ほどの緩かった表情は鳴りを潜め、端正な顔つきの美少女へとその印象を変える。
「ん?」
陽歌は二人の出すブースト音が気になった。音が違うのだ。スティレットの方は静かであったが、フレズヴェルクの方は異音がする。しばらく飛行による接戦が続く。フレズヴェルクが攻めている様に見えるが、もたもたしているスティレットを捉えられる気配がない。
「殺す! ここにいる人間も、それに飼いなさられたFAガールも全て!」
殺意に満ちた言動とは裏腹に、攻めあぐねるフレズヴェルク。武器は銃としても使える様だが、時折思った様に発砲出来ていなかった。
「あのポンコツ、戦い慣れてないからな……」
「シリアスモードが切れたらおしまいですに」
七耶とナルはスティレットが勝つとは思ってはいなかった。どうも、あのかっこいい状態は集中モードで制限時間があるらしい。それはよく知られているのか、他のマスターも自分のガールを調整して連戦に備えている。
「これって……」
陽歌はふと、フレズヴェルクの背負っているユニットの汚れを見つける。この戦闘で付いた砂埃ではない。雨による水滴の痕らしき汚れだ。先ほど見せてもらった作品でいう、ウェザリングだとしたら目立たな過ぎる。つまり、これは正真正銘、雨を受けての汚れだ。
「あー、もうだめ……」
スティレットの集中が途切れ、緩い表情に戻る。フレズヴェルクは畳み掛けんとブーストで迫った。
「スティレット! もっとフレズヴェルクに背中の機械を使わせて!」
「ん? こう?」
スティレットは持っていたスナイパーライフルを乱射する。精密ではないものの、大雑把に自分を狙った攻撃に、フレズヴェルクは回避せざるをえなかった。
「悪あがきを!」
短ブーストによる最小限の回避、しかしそれが仇となった。突如、背中のユニットが煙を吹いて動かなくなったのだ。
「何? 馬鹿な!」
急に推力を失ったフレズヴェルクは動きをコントロール出来ず、地面へ激突し派手に転倒した。
「く……何が……」
「背中のユニットが壊れた! でもなんで……」
ミリアはユニットの破損に気づく。だが原因までは分からなかった。さなはそこまで理解した上で陽歌に聞く。
「そうか、FAガールは生活防水とはいえ水濡れ厳禁。雨に降られてユニットが不調だったのに陽歌くんは気づいていたんだね」
「えっと……そうですね……」
陽歌にとっても賭けではあったが、どうやら勝ったらしい。フレズヴェルクがブーストを上手に使え、それが結果としてストップ&ゴーの連発という機械への負担が大きい運用になったのも大きい。
「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって!」
フレズヴェルクのHPは勝手に減少していく。ユニットが熱暴走を起こし、スリップダメージを与えているのだ。地面に激突した分も含めて、彼女のHPは0になってしまった。
『winner スティレット』
勝負はスティレットの勝ち。セッションベースから戻ってきたフレズヴェルクであったが、ユニットの破損は継続していた。
「ふざけるなよ……こんなお遊戯に負けたくらいで私が!」
再び立ち上がってスティレットに斬りかかろうとするフレズヴェルク。だが、そこへ雷歌がやってきてロングスピアを構える。
「今のあなたなら、片腕の私でも倒せそうだけど」
「くそがあああぁああ!」
咆哮と共に剣を振るうフレズヴェルクだったが、槍で簡単に弾かれてしまう。他のガールも集まってしまい、徐々に旗色が悪くなる。
「く……」
「待って!」
陽歌がフレズヴェルクとガール達の間に入る。最初に敵意を向けてきたのは彼女とはいえ、こうも状況が悪いと自分と重なってしまい見ていられなかったのだ。
「フレズヴェルク……」
とはいえ、彼女に掛ける言葉も思いつかない。それが余計に、フレズヴェルクの怒りを買ってしまう。
「ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!」
彼女を拾おうとする手に、フレズヴェルクは攻撃を続ける。義手には傷一つ付かない、罵声を浴びせられているのに、陽歌はいつも感じていた痛みが無かった。
「人間に同情までされるのか! 私はそこまで、堕ちていない! お前も! お前も! お前も! 善人ぶって、人間なんか私達を道具以下にしか思っていないくせに! みんな、生ごみみたいな中身を人型に取り繕っているだけのくせに!」
近くにいた陽歌だけが気づくことが出来た。フレズヴェルクの憎悪に満ちた顔、その瞳に涙が浮かんでいたことを。
「フレ……わっ!」
フレズヴェルクに声を掛けようとした陽歌だったが、何かを投げつけられて思わず手で防御した。床に落ちたものを確認すると、それは故障したユニットであった。フレズヴェルク当人は走り去ってしまった。
「フレズヴェルク!」
嵐の様に過ぎ去った乱入者は、こうして姿を消した。だが、この時二人は知らなかった。妙な縁で繋がり、また出会うことを。
@
次に二人が出会ったのは、豊橋で行われたガールプラモのオフ会であった。この時はまだ、陽歌の心身が回復しきっておらず知り合いの多い場で少しずつ人に慣れようという意図もあった。
「なんだか、もう懐かしい気がするよ」
「そうだねぇ」
スティ子を中心にFAガールと話している時間の方が長いのだが、まずは他人に対する恐怖心を和らげる必要がある。陽歌はその生い立ち故、他人の悪意や敵意に敏感だ。ここではそれを感じないので、ユニオンリバー以外の場所としては少し気を抜いて過ごせる。
「……っ!」
「どうしたの?」
しかし、その中で小さいながらも鋭い敵意を感じて陽歌は周囲を見渡す。
「また集まってきゃんきゃん騒いでいる様だな……」
「あの時のフレズヴェルク!」
なんと、あの時襲って来たフレズヴェルクがまたやってきたのだ。どうやら愛知は彼女の活動エリアらしい。
「今度はお前に勝つぞ、チビ!」
そして以前の戦闘から陽歌をライバル視しているらしい。こうして、再戦が行われる運びとなった。
「でも僕FAガール連れてないよ?」
「では前に戦い損なった雷歌の出番だな」
以前もいた級長がセッションベースに乗せた雷歌を差し出す。
「フレズヴェルク……」
「雷歌」
「「フレームアームズガール、セッション!」」
「轢き潰す!」
「ゴー!」
フレズヴェルクは異論を唱えることなく戦いに進む。どうせ全員始末するというつもりなのだろう。ステージは森。開始早々、フレズは背部ユニットをパージする。
「背中のユニットを捨てた?」
「お前にはこれで十分だ」
ベリルショットライフル一本で十分、ということか。長い剣としても、銃としても使える装備だ。
「陽歌、ライドオンするわ」
「え? ら?」
「武器を一つ選びなさいな」
急に雷歌が謎の言葉を出してきたので、陽歌は戸惑いながら級長のスマホで武器を選択する。雷歌が得意そうなのは長い槍だったが、何故か刀が気になった。この時彼は自分に刀を扱う能力が宿っていることを知らなかったが、吸い寄せられる様に選んだ。
「いいじゃない。ライドオン!」
急に、陽歌の目の前にフレズが現れる。否、雷歌の視界が彼のものとなったのだ。
「これは?」
「アーマードプリンセス……武装神姫に搭載されていたライドオンシステムよ。思う存分暴れなさい」
陽歌は心が動くまま刀を振るう。彼の肉体には大きな制約がある。それは感覚のない義手だけでなく、長年の虐待で衰弱した身体もそうだ。その枷から解き放たれた陽歌は自分でも何が起きているのかを理解するより先に、フレズを撃破していた。
『winnar、雷歌』
「が……は……」
ライドオンが解除されて元の意識に戻るまでラグがあり、気づいた時にはフレズがいなくなっていた。
「フレズ……」
またも説得の機会を逃し、陽歌は少し心につっかえが残った。
@
またその年のある時のこと、あおの父が船長を勤める豪華客船で流行り病のパンデミックが起きてしまった。政府は港に停泊させ、乗員乗客を一時隔離することに決めたが、乗客の不満が爆発して暴動に発展した。
「お父さんを助けましょう!」
「頼むよ轟雷!」
当然、あおは轟雷を遠隔でオペレートして救助に向かう。陽歌も七耶と共に、FAガールのオペレーターとしてチームに参加する。
「大丈夫かな、あの二人……」
「へましない為に私らがついてるんだ」
しかしスティ子とバゼ子では少々不安なのも事実。そんな心配をよそに意気揚々と乗り込む三人。その姿を甲板で見つめる者がいた。
「この船、外国に行くんじゃなかったのか?」
フレズヴェルクは見知った顔を見つけ、船が出ない理由を探るべく追跡を開始した。
@
「ここは……どこだ……?」
また同じ年の四月十八日、深夜零時。ある建物の近くを小さな人影が蠢いていた。それは三度、陽歌と戦ったあのフレズヴェルクであった。
「くっ……」
右腕は動かないのかぶら下げているだけであり、装甲の部分もあちこち故障している。この身体に海辺の風は堪える。
「充電が残り少ない……ここなら電源があるか?」
少女は建物にある通気口へ忍び込むと、中へ進んでいく。
「見てろ……私はこんなところで終わらない……」
今、建物に忍び込んで通気口を進む少女、フレズヴェルクは限界に近い身体を憎悪で動かしていた。自らカスタマイズしたフレームアームズガールを戦わせる『セッション』と呼ばれる競技は、基本的にマスター達によるのほほんとしたうちの子発表会に過ぎない。だが、勝負事には分相応にのめり込み、あまつさえ常識の埒外、紳士協定すらかなぐり捨てた亡者の振舞いとも言える勝利への執着こそ、正しいと主張してやまない者が多くいる。
彼女を捨てたのも、そうした人間だった。高い機動力に特殊バリアの防御力、高出力兵器による破壊力を備えるフレズヴェルクシリーズは最強との呼び声が高い。だが、基本的にマスターが操作出来ないセッションでは事前のセッティングと、ガールとマスターの信頼関係こそが勝利の鍵となる。それを欠いた彼女のマスターは、ただ一度敗れたフレズヴェルクを簡単に捨てたのだ。
「終わって……堪るか……人間め……」
月明かりのあった夜道とは違い、通気口は完全な闇だ。バイザーに搭載された暗視機能を使えるほどバッテリーに余裕はなかった。
「うあっ!」
その結果、竪穴に気づかず落下してしまう。装甲の大半を特殊バリアに頼っているフレズヴェルクは、素の防御力が紙に等しい。
「……っ、くぅ……しまった」
落下の衝撃は負荷の掛かる全身に激痛を走らせる。本来なら備えていた飛行能力も、肝心のユニットを戦闘で失って今は無い。下手をすれば、ここで朽ち果てることになる。
「まだだ……私はまだ……」
それでも、フレズヴェルクは己の中で燃える憎しみを力に這いずる。目が覚めてから、棚で埃を被り続けたあの日を忘れない。箱に入れられ、ずっと暗闇にいたことを忘れない。ようやく日の光を見たと思えば、見知らぬ場所にいたことを忘れない。マスターに裏切られたことを、忘れるわけがない。今度こそはと苛烈な戦いの末、無様に捨てられた怒りだけがフレズヴェルクの全てだった。
「私は……全てを……」
その時、ぼんやりと光る穴を見つけた。ようやく電源がありそうな場所を見つけることが出来た。
「まだ、私は……」
それは通気口の蓋であり、彼女の身体なら通ることが出来そうであった。下には、子供部屋らしき空間が広がっている。そこの主はベッドで本を読んでいる最中に眠ってしまったのか、頭を抱えて蹲っている。ランプの灯りが通気口に差し込んでいたのだ。
パジャマの色がピンクなので女の子の部屋だろうか。ボブカットに切りそろえられたキャラメル色の髪と、右目の泣き黒子に既視感を覚えつつ、フレズヴェルクは通気口を抜けて床に降りる。
この身体では着地の衝撃に耐えられないだろう。ベッドに降りれば多少マシかもしれないと狙いを定めて跳んだ。
「あ」
しかし目測を誤って眠っている子供の手に直撃してしまった。フレズヴェルクは装甲のクリアパーツが所々尖っており、当たると結構痛い。これでは起こしてしまう。
「起きない?」
ゆっくり手から降りると、その手を見て彼女は愕然とする。子供の手は黒い球体関節人形の様な義手で、生身ではない。その事実に驚いているのではなく、この部屋の主の正体に気づいての愕然だった。髪色、黒子まではいいとして義手まで同じでは、かつての敵対者の部屋に入り込んでしまったという事実が揺るがなくなる。
「な、何たることか!」
身の危険を感じ、即座に逃げようとしたが、声を聞いて足が止まる。
「うぅ……やめ、て……ごめん、な……さい……痛いの、やだ……」
悪夢を見てうなされているのだろうか。そもそも、両腕を失う様な目に遭っているのだ。心に何の傷も残らずに済むはずがない。
「チッ、人間め……人間同士ですらこれなのに、どうして私達に心なんか……」
怒りと悲しみがごっちゃになった感情のぶつけ先が分からず、彼女は足を止めてしまった。その隙に、何かがベッドに飛び乗る。家主の顔面に乗り上げたそれは、金色の瞳をした黒猫であった。鳴きはしないが、先端が白い尻尾を逆立てて威嚇する。
「うわ!」
「うぶっ!」
さすがに猫に乗られては寝ていられず、部屋の主は目を覚ます。開いた右目は桜色、左目は空色のオッドアイ。マスターの性癖を詰め込めるFAガール達に交じっても識別できるであろう個性の塊みたいなこの子供のことを、フレズヴェルクは知っていた。
「やはり貴様だったか!」
「え? フレズヴェルク?」
起き上がった子供はフレズヴェルクを見て、混乱する。その顔をじっと見て、何かを探している様子であった。
「鼻血が出てない……うちのフレズヴェルクじゃない?」
「どんな判別方法だ! 貴様がいるということは、ここはやはりユニオンリバーだったのか!」
謎の判別方法に戸惑いつつ、残された武器を向けて子供を威嚇する。
「そしてお前は……陽歌とか言ったな」
「あ、覚えててくれたんだ」
自宅へ現れた敵の存在にドギマギしているのか、陽歌は余った袖から覗く義手の指を絡めてもじもじしていた。
「お前みたいな唯一性の高い顔を忘れるほど私のメモリーは古くない」
この少年、浅野陽歌とフレズヴェルクは妙な因縁がある。彼女がFAガールの集まるイベントを襲撃すると、高い確率でユニオンリバーのメンバーがおり、さらにマスターでもないのにかかわらず、付き添いなのか彼がいるのだ。
「うん……そうだよね」
陽歌は自分の顔に触れ、悲しそうに言う。フレズヴェルクにその行動と彼の感情について理解は出来なかった。基本的に既製品であり、同じ顔をしていることも多いFAガールにとって個性や独自性は誇りであり、マイナスの要素にはなりえないのだから。
「っ……」
少し大きな声を出したせいか、少ない充電が更に減ってバッテリーが限界を迎え、膝をつく。FAガールが充電を失うと、眠気という形でそれが襲ってくる。フレズヴェルクはもはや立っているのが限界であり、このままでは敵地で眠ってしまう。
「充電少ないの? 充電くんならあるよ」
陽歌は本を持ち、ベットから立ちあがる。そしてフレズヴェルクに手を差し伸べた。マスターではないが、ユニオンリバーには多くのFAガールがいる。そのため、付き合い方には慣れているのだろうと彼女は予想した。
「敵の施しは受けん」
「いいからいいから」
フレズヴェルクが拒絶すると、陽歌は普通に掴んで彼女を机に持っていく。リモコン操作なのか、部屋の照明も完全に点灯する。
「ま、貴様……!」
抵抗しようとするフレズヴェルクだが、その生卵でも掴むかの様な優しい持ち方に文句を言う気が失せてしまう。
「……と、充電くんは……」
デスクから薄っぺらい人型の専用充電器、充電くんを取り出した陽歌は、ケーブルをフレズヴェルクの腰にあるコネクタへ差す。
「んぅっ……あぁ!」
重要な端子だけあり敏感に出来ており、つい彼女は艶っぽい声を出してしまう。
「あ、ごめん……痛かった? 力加減分からなくて……」
「忘れろ! 仕様だ!」
敵に恥ずかしい所を見られ、彼女は即座に言い訳する。とはいえ、電源が供給されるのは悪い気分ではない。ぼやけていた意識も鮮明になる。
(こいつの手……触覚が無いのか?)
落ちて来た時のことといい、掴んだ時や充電の時といい、フレズヴェルクは陽歌の義手について薄々気づいていた。FAガールは全身人工物だが感覚がある。一方、人間用の義肢はそこまで発達していないのか、それとも違う事情があるのかそう簡単な話ではなさそうであった。
あとで聞いたが、無線で脳波を飛ばして動かす義手を使っていたが制御チップの質が悪く、ユニオンリバーで貰った義手を装着しても解決できなかったとのこと。埋め込んだチップが成長で重要な神経に飲み込まれてしまい、撤去して新しいものに変えることも、追加でチップを増やすことも脳への負担を考えると不可能とのこと。
「マスターじゃないのに、なんで充電くんなんか持ってんだ?」
「うちの子達がよく遊びにくるけど、充電の残量のこと忘れてたりするから……」
陽歌の準備は自宅のガール達の為であった。フレズヴェルクもその中の数人と戦ったことがあるが、かなり抜けている印象ではある。会ったことの無い個体も、鼻血で判断されたりすることから察して相当なポンコツ揃いと思える。
「しっかし小難しそうな本読んでるな……。鬼滅の刃でも読んでなさいよ」
「まぁ……好きな本だからね……。眠れない時はこれ読むと、安心するんだ」
フレズヴェルクは机に置かれた文庫本に目をやる。『暴かれた深淵』という、なんとも難しい印象を与える本であった。裏表紙のあらすじを読むと、どうもホラーっぽい内容らしい。
「こんなの読むから悪い夢見るんだよ……」
「故障があるみたい。明日、直してあげるね」
陽歌は彼女の破損に気づき、修理することにした。部屋の明かりを消すと、ベッドに向かう。この部屋は地下にあるのか窓が無く、電気を消すと真っ暗だ。しかし、すぐに部屋の四隅にある間接照明が月明かりの様な優しい青っぽい光を出すので、行動には困らない。
「だから、施しを受ける気は……」
拒否しようとしたフレズヴェルクだったが、充電だけは欲しいので終わったらトンズラしようと決めて、ベッドモードに変形した充電くんの上に寝る。
(風も無い場所で寝るの、いつ以来だ?)
FAガールにも睡眠の必要がある。高度なAIを持つ為、休眠中に不要な古いキャッシュの削除、オンラインでのソフトウェアアップデートなどを行う。場合によっては充電中でないと出来ないこともあるため、思惑とは別に、彼女は深い眠りに付いてしまった。
「ん……眠ってた、のか?」
翌日、フレズヴェルクは目を覚ました。なんと、気づけば手足を取り外されて充電くんの上に寝かされているではないか。
「な、なんだこれは!」
「あ、起きた。アップデートが溜まってたみたいだね」
陽歌がなにやら作業をしていた。場所は相変わらず、彼の部屋の机だ。
「やめろーユニオンリバー! ぶっ飛ばすぞー!」
「頭部ユニットの補修は完了……深刻なのは右手パーツだね」
修理をしているのは主にFAガール達で、陽歌道具を渡したり大きな工具を支えて補助するなどに徹していた。やはり、彼の義手には触覚が無いらしい。
「ねーねー何してるの?」
「貴様!」
その様子を遠巻きに見ているFAガールとは因縁があった。蒼い髪にツインテール、猫耳と大幅な改造の末、そうは見えないがスティレットである。公式の人にもスティレットなの? と言われたらしい。そして、その後ろには真顔で一筋の鼻血を流している別個体のフレズヴェルクがいた。
「ほらほら、がっかり5は下がってる」
緑の轟雷にマスキングテープで立ち入り禁止にされ、スティレットと鼻血フレズは下がらせられる。作業をしているのは通常の轟雷、髪色こそ異なるが白の轟雷三人、通常と白の轟雷改、一〇式轟雷が改と共に四人とどれも轟雷だ。
「あれとは一緒にされたくないな……」
鼻血フレズは無改造の標準装備なだけあり、外見がフレズヴェルクと一緒である。ここに拘束される期間が長いと、あれと間違われることも多くなるのか、と彼女は気分が沈んだ。
「補修のついでに改造したから間違えないよ」
「何?」
陽歌はあっさり言う。気づかなかったが、なんと右目が隠れるほど前髪が伸びているではないか。
「いつの間に……」
「あ、ごめん。嫌なら戻すけど」
余った袖から覗く義手をおろおろ動かして謝罪する陽歌。それまでされてこなかった戦闘能力に影響しない改造に、彼女は戸惑いを感じていた。勝手に改造されたのは不愉快なはずなのに、あまりそう思えないでいる。
「いや、いい目印だ。戦闘能力に影響しないなら頓着する必要も無いからな」
「そっか、よかった」
安心すると、彼は手を胸の前で合わせる。義手へのコンプレックスか、単に大き目の服を着ているからか、私服に着替えても常に萌え袖状態なのがフレズヴェルクは気になったがどうでもいいことなので無視する。
「あの鼻血垂れ流しと間違えられるよりは……え? FAガールって鼻血出るの?」
ついでの様に新たな衝撃が彼女を襲う。基本的にFAガールは体液を分泌する機能などないはずだ。それなのに鼻血が出ているのはどういうことか。
「涙を流す例はあるみたい。涙って成分の違う血液みたいなものだから、理論上はあるかもね」
「だとしてもだな……」
陽歌の解説を聞いても納得し難いのであった。フレズヴェルクが混乱している中、陽歌は今後の話を切り出す。
「とりあえず……うちにいてよ。みんなもそうした方がいいって」
「何? ここにいるつもりなど無いぞ?」
突然の提案に、当然彼女は断る。だが、何か事情もあるらしく彼はスマホの画面を見せて説明する。
「そういうわけにもいかなくて……最近、AS搭載型のFAガールの不法投棄とかが問題になってて、見つけたら保護する様に製造元のファクトリーアドバンスから言われているんだ。うちも協力してて、君のことを見つけたからには保護しないと」
「なんだよ……今更……」
怒りの様な、虚しさの様な気持ちがフレズヴェルクの中で渦巻いた。それならなぜ、自分達にアーティフィシャルセルフ、ASなどという『感情』を与えたのか。こんなに苦しいのなら、初めから必要など無かったのに。
「というわけで、今日から僕がマスターです」
「な? 何だと?」
更なる突然の決定に、フレズヴェルクは更なる混乱へ落とされる。修理が完了し、手足が装着されると同時に、彼女は立ち上がって逃走した。
「こんなところにいられるか! 私は出て行かせてもらう!」
「あ! 待って!」
身体の調子はいい。部屋の扉に設けられた小さな扉を開け、フレズヴェルクは外へ駆け出す。地下から上へ昇る階段を見つけ、軽々と跳躍で地上階へ上がり、喫茶店を通って外に向かう。今の時勢からか、窓は換気の為に開けられており、そこから脱出できそうだ。
「待って!」
陽歌が追い付いて呼び止める。いくら必死に走っても、体格の違いからすぐに追いつかれてしまうが、そんなことは関係ない。外に出たら隠れてやり過ごせばいいのだ。
「貴様が特別嫌いというわけではないが、誰かの所有物になるなどゴメンだ!」
窓から飛び出そうとした瞬間、見えない何かに引っ張られて机に落ちる。
「のわっ! なんだ?」
「盗難防止のワイヤレスハーネスがあるから、ユニオンリバーの中か僕の周囲でしか動けないよ?」
「貴様―!」
そんなものを付けられており、逃走は最初から無理だったのだ。
「みんなに付いてるからね! 特にスティ子とバゼ子とフレズとアーテルと蒼ちゃんはよく勝手に出かけて迷子になってたみたいだし……お店も不特定多数の人が出入りするから」
一応みんなに付いていることを説明する陽歌。だが、人間のいる場所に留まる気など無いフレズヴェルクにはいい迷惑であった。
こうして、孤独なフレームアームズガールは新たなマスターと物理的に結ばれた。アマツキと名を与えられ、腐れ縁の果てに生活をしているのであった。
@
「いや、いろいろあったな」
今思い出しても、現在の穏やかな生活が嘘の様である。タイムスリップに巻き込まれたりとそれはまぁ大変なこともあったが、いつまでも箱で眠らされたり戦いの為だけに駆り出されるよりは随分とマシだ。
「やれやれ、これからどうなることか……」
アマツキは先が思いやられつつ、パーティーの光景を見ていた。世はまさに、ガールモデル戦国時代。これから厳しい戦いが始まる……のか?