騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

12 / 121
 (詳細不明)
 勝利条件:カストラータの撃破
 敗北条件:陽歌の戦闘不能


最終ステージ 運命は一小節の間に

「うう……」

 陽歌が気づくと、どこかも分からない場所にいた。カストラータの肉体の中だろうか。辺り一面が肉の海で場所の把握が出来ない。身体にぬめった触手が絡みつき、全身を強く締め上げる。臓器の中らしき場所で、触手に拘束されて宙づりにされていた。か細い彼の身体は軋んで悲鳴を上げる。首にも触手が巻き付き、呼吸が出来なくなる。

「う、うぁぁぁあっ……!」

 目の前が暗くなり、意識が遠のく。ただそのまま絞め殺す気はないらしく、生かさず殺さずの状態だ。しばらくすると首絞めが解かれ、必死に空気を求めて肺が動く。

「はぁーっ、はぁーっ……」

 しかし、息をする度に器官の一本一本が熱くなる。下から漂う甘い香りが身体の中に入り込んで悪さをしている様だ。香りの根源は下にある白濁の湖だろう。そして壁から生えてくる触手が先端に針を光らせながら迫る。空気を注入して殺してしまわない様にわざわざ内容物を少し針から零して空気を抜き、陽歌の首筋に突き立てる。

「あぁ!」

 針に刺され、中身を注入されると彼の思考が鈍った。当然ではあるが、身体にいいものではない。例え殺害を目的としていなくても、これを何度も投与されたのなら命の危険もある。

また、透明でねばねばした粘液が触手から溢れ、天井から降って来て彼の肌に当たる。

「う、くぅう……」

 その粘液は溶解液らしく、衣服を溶かしていた。既にパーカーの大部分は溶け始め、タイツにも穴が開いている。同人誌にありがちな都合よく服だけ溶かすなどどいう生易しいものではなく、肌も少し焼けてしまう。

(身体熱い……なんか変な気分する……何も考えらんない……)

 何とか抵抗を試みるが随分長いことこの状況にいたのだろうか、思う様に身体が動かせない。

『どうだい? 仲間とか名乗る馬鹿な連中の口車に乗って、ただの子供が悪魔城の最前線に来た結果がこれだよ? 君には聖痕の力なんてないし、むしろ他の子供より虚弱だ。大方、その特異な見た目から霊的な信仰を集めて持ち上げられたんだろうけどね』

 カストラータの声が聞こえる。その大部分は間違っているが、反論するだけの力は残っていない。それでも、なんとか声を出す。

「違う……僕は自分で……ミリアさんを、助けに……」

『あの金髪のお姉さん? 君置いて逃げちゃったみたいけど?』

「それで……いいよ、助けたかったんだから……」

 陽歌の反論にカストラータが機嫌を損ねたのか、触手が強く彼を締めあげ、新たな触手も伸びてくる。

「あぁぁぁっ!」

『気に入らないな。いい子ぶって』

 新たに出て来た触手は先端に牙が付いており、それで陽歌の足やパーカーの溶けた部分などに噛みつく。牙は深く突き刺さり、そこから焼ける様な痛みが襲ってくる。

「うあっ……」

 どうやらこの牙には毒があるらしい。脂汗が吹き出し、節々が熱を持って痛み出す。頭の中を快感と苦痛でかき回され、陽歌はされるがままになるしかなかった。

『君の弾丸を受けた時、よくわかったよ。君は人間を信用していない。人間を、この世界を憎んでいるって。僕たちと一緒だ』

「そんなこと……」

 反論する為に声を絞るのもやっとやっとだ。それでも、必死にカストラータの言葉を否定する。確かに、自分は誰かを信用出来ない。あの大きな裏切りに遭ってから、誰かを信じることが怖くなってしまった。だが、ミリアとさなのおかげで信じられる人もいると知っている。

「僕はお前と違う!」

『ムカつくんだよ……なんで君はそこまで人を信じようとするのかな?』

 必死に否定する陽歌にカストラータは苛立ち、いくつもの針を持った触手を伸ばして身体中に突き刺す。注入する毒素の濃度と量も増やし、針も深々と刺さっていた。永遠に思えるほど長い時間、この拷問は続いた。身体は火が付いた様に熱を帯び、頭は割れんばかりに激痛が走る。

「がっ……ぁぁ……」

 針を抜くと、血が糸を引く。立て続けに替えの触手が針を突き立て、今度は牙の触手もこのリンチに加わる。触手の総数が増えたのはもちろん、毒素を注ぎ込む時間もさらに伸びている。

「はっ……あぁ」

 この応酬に加え、拘束している触手で強く締め上げられた上で服ごと肌が焼かれ、徐々に衰弱していく陽歌。

もはや意識を保っていることもできないほど、身体が弱っていた。様々な毒を盛られ、身体を痛めつけられ、ただでさえ疲労が溜まっていた陽歌は限界に達していた。

『肉体という檻を引っぺがせば少しは素直になるか……』

 そのまま触手で身体を強く締め上げ、陽歌を液の中に沈める。触手に拘束されているので、液体の性質がどうあれ浮力で浮かぶことが全くできない。

(あ、もう死ぬのかな……)

 陽歌は死を実感した。もう何も抵抗する手段が残されていない。これほど恵まれた中で死ねるとは思っていなかったので、少し満足感さえあった。唯一の心残りはせっかく友達になれたルイスをまた独りぼっちにしてしまうことだけだった。

(ごめんね、ルイス……でもシエルさんなら悪いようにはしないよね?)

 その時だった。水中にも関わらず高速で回転する大鎌が触手を次々に切り裂いていく。そして、二つの手が陽歌の両手を引っ張って水面に引き上げる。

「げほっ……げほっ……!」

「ふん、あの時の小僧か」

「どうやら待っていた甲斐がありましたねぇドラキュラ様!」

 なんと、ドラキュラと死神ではないか。取り込まれたのでここにいる、ということなのだろうか。陽歌は立ち上がる力が無く、肉の床に倒れ込んだ。既に衣服もパーカーは完全に消失し、下に着ていたTシャツもボロボロ、タイツも穴が開いて半ば半裸の状態だ。そんな彼にドラキュラはマントを被せてやる。

「なん……で……?」

「こやつが野望を達成して油断したところを内側から食い破ってやろうと思ったが、人間を滅ぼすのは私の使命だ。精々貴様を利用させてもらう」

 ドラキュラが基本説明不足なので、死神がフォローを入れる。

「あのですね陽歌さん、あなたはどうやらカストラータとある共通点によって現在、リンクしている状態なのです。つまり、カストラータという結合怨霊の一部になってしまったのです。しかしこれはチャンスです。結合しているということはそれを利用して内部から破壊が可能」

 死神によると、カストラータを仕留める手段はまだ残されていた。だが、それを見逃す彼ではなかった。肉の部屋に心臓の様なものが降りてきて、大きく口を開く。ここで攻撃されれば、陽歌は一たまりも無い。

「小僧、仮契約だ。その手の紋章、二画あるな? 私と死神への仮契約に一つずつ使え」

「……これ?」

 なんとか腕を動かし、義手の甲で輝く紋章を陽歌は確認する。三つのパーツで構成されるこの紋章は二つのパーツが青白く輝き、残る一つが赤色だ。

「それだ。豪気な奴だ、この悪魔城で新たに悪魔と契約するとは。おかげで悪魔城と裏悪魔城の魔力を受けて紋章が増えているではないか」

 ドラキュラによると本来、陽歌が持つべき紋章は赤い部分一つらしい。だが、どうも場所の影響で増えた分があるらしい。これでこの状況を打開するのだ。

「それで私達を従えようと意思を持て! 貴様と契約しなければ私達は悔しいことに、奴へダメージは与えられない。どうせラッキーで得たものだ、今使い切っても惜しくはあるまい!」

「私達は準備万端です。あとはあなたの号令で!」

 ドラキュラと死神に背中を押され、陽歌は最後の力を振り絞って仮契約を行う。どうも、小難しいことは向こうでやってくれるらしい。そこはさすが魔王の風格といったところか。

「お願い……僕に、力を貸して!」

 手の甲にある紋章が輝き、青白い部分が失われる。

「ふん、とても従える側のセリフとは思えんな」

「人間性が出ますね」

「だが、悪くない」

 ドラキュラと死神は炎を鎌を飛ばしてカストラータの心臓を攻撃する。敵は触手を使って攻略の要である陽歌を殺しにくるので動けないが、それでも互角に戦いを続ける。

『……くん! 陽歌くん!』

「シエル……さん?」

 その時、陽歌の耳に声が届く。それはシエルからのテレパシーだった。彼が取り込まれてから、救出の方法を探っていたらしい。その一環で、テレパシーでの呼びかけをしていたのだ。

『急に魔力の反応が大きくなってようやく繋げましたー! 何があったんですか?』

「ドラキュラと死神と……仮契約して……」

『それで一気に反応が大きくなったんですね! あれだけの魔力を束ねる中核ならテレパシーの目印に最適です!』

 それが可能になったのも、ドラキュラと死神との契約のおかげだった。シエルと繋がったものの、状況はよくならない。外は大変なことになっているらしい。

「みんな……は?」

『それが、敵の勢いが一気に増して……今は抑えるので手一杯ですー! ドラキュラや死神と仮にでも契約出来ているなら、その二人の力を借りて何とか吸収されないように持ち堪えてくださいー! こちらでも助ける方法を探しています!』

 それでもシエルや他の仲間達は陽歌を救おうと戦っていた。シエルの魔法の影響か、外の風景が彼の脳裏に浮かんでくる。エヴァとさなはステージで迫るカストラータ・メゾを蹴散らし、ヴァネッサは外装を叩き、さくらは口元の魔法陣を壊す。しかし、カストラータ・プリモウォーモに吸収される怨霊の数が加速度的に増えていき、それに伴い術式の構成速度や増援の生成速度がぐんぐん上がっていく。

シエルは陽歌に戦うことこそ要求しなかったが、このままではどの道埒が明かない。

「陽歌くん! 一旦無理に意識を保たず眠ってください! そうすれば精神世界に取り込まれ、内部からの破壊のチャンスが生まれます!」

「わか……った」

 死神に言われるまでもなく、陽歌は意識を失った。既に体力は尽きているが、この先の戦いは果たして可能なのか。

 

 陽歌が目を覚ますと、教室であった。身体の傷は癒えておらず、体力も回復していない。この腐乱した死体が転がる惨劇の跡は、マックスペインの力を引き出す時に入った、陽歌自身の精神世界だ。

「ここか……」

 身体に鞭を打って彼は起き上がる。すると、いつもはボロ屑の様な姿をしている自分の分身がやけに小ぎれいな格好をして、仮面まで被っているではないか。まるで、散々相手にしてきたカストラータの様に。

「いい気味だね。ここは居心地がいいよ。僕の仲間がいっぱいだ」

「お前……は」

 カストラータの一部になる、リンクするという意味が何となく陽歌にも理解できた。自分の中に眠る負の側面がカストラータと同調している状態なのだ。

「君も無駄な抵抗はやめて僕たちになりなよ? 楽だよ?」

 そして、負の側面の背後にはカストラータがいた。どうやら完全に繋がっているらしい。ということはつまり、死神の言う通りここから結合をバラバラにするチャンスでもある。陽歌は残る精神力を振り絞ってマックスペインを呼び出す。

「マックスペイン!」

 だが、あの銃は自分の手元にやってこない。代わりに、自分の負の側面の手にハンドガンの姿をしたマックスペインが握られていた。

「なんで……?」

「忘れたのか? これは元々僕のものだよ?」

 マックスペインは外部から異能の力で引き出された負の感情の具現化。故にその象徴である負の側面が優先してコントロール権を得るのは自然な話であった。

「君には死んでもらうよ。そうでないと僕が主導権を握れないからね」

 乾いた音が教室に響き、陽歌は床に仰向けで倒れる。彼の脇腹から赤黒い血がどくどくと流れる。義手で抑えても血は止まることなく、声も出ないほどの痛みに襲われる。貫通はしていないが、だからこそ逆に内臓を弾丸が傷つく。

「がはっ……ああ……」

「おいおい、殺しちゃだめだよ?」

 カストラータは高い殺意を持った陽歌の負の側面に注意する。

「ここは精神世界だから殺しても肉体は大丈夫だけど、殆どの感情はあっちが持っているんだ。うっかり殺しちゃったら君の力も弱くなっちゃう。だから君の側に落とさないと」

「んなこと言ってもどうするんだ……?」

 彼の指摘にも関わらず、負の側面はやり方が分からず銃を乱射する。弾丸は陽歌の脚や胴に当たり、とめどなく血を流させる。

「ああぁぁぁっ!」

 全身を駆け巡る激痛に彼は悲鳴を上げて悶えることしかできない。現実世界でのダメージも持ち越しているので、もうこれ以上は本当に死んでしまう。

「だめだめだめ。君の側というのは世界への憎悪、人間への不信だ。君が生まれるほど君達はそんな経験をしてるだろう? だからそれを思い出すんだ。もう二度と誰かなんか信じたくないって思いたくなるくらいにね」

 カストラータは負の側面に囁く。すると、背景は教室から豪雨の街に変わる。空気は冷たく、降り注ぐ雨がただでさえ衰弱した陽歌から体温を奪っていく。ただし、傷はすっかり癒えている。否、違う傷になっただけだ。全身をアスファルトに打ち付け、身体のあちこちを擦りむいている。そして不思議なことに腕が生身だ。その左腕は指一本動かせず、熱いほどの痛みを帯びていた。おそらく骨折しているのだろうか。

「寒い……お腹減った……」

 半裸状態からよれた体操服に着替えており、服自体は厚着になっているはずが身体が芯から冷える。空腹もただのものではなく、胃がズキズキして頭がぼんやりして回らなくなるレベルだ。

(これは……)

 この状況に彼は覚えがあった。顔も腫れて目が開かない。豪雨の中、傘も無く倒れることしかできない。ランドセル代わりのトートバックは水たまりに沈んでおり、中身もすっかりびしょ濡れだ。

(また、なんだ……)

 こんなこと、いつものことだ。他人というのは何か理由を付けて暴力を振るってくる存在でしかない。きっと自分が他のみんなと違うからなのだろうか。人間に限らず、動物は異質なものを排除したがる本能というものがあるとは知っている。

「はやく、帰らないと……」

 何故か急に、自宅へ帰りたくなった。この街はユニオンリバーに引き取られる前に住んでいた街で、思い浮かべた『家』は喫茶店ではなく本当の実家であった。

 しかし何も雨を防ぐ為のものが何もない。ちょうどよくゴミ捨て場に捨てられていた傘が見えたので、それを取りに行く。骨が折れて外れたビニール傘だったが、無いよりはマシと思いそれを差して帰路につく。

(寒い……寒い……)

 久々に感じることの出来た手の感覚は、かじかんで思う様に動かずヒリヒリと痛むというものであった。サイズの合わない靴が指を締め付けて痛める。このボロボロになった子供に対し、周囲の目は冷ややかであった。ひそひそと話す者もいれば、

脚を引きずりながらやっとの思いで家であるアパートに帰ると、彼は玄関に倒れ込んで目を閉じてしまう。

(やっと、帰れた……)

 雨風が無いだけで、とても暖かく感じた。そして誰も自分を傷つける人が目の前にいないという安心感から眠気が出てしまったのだ。

 

 しばらくすると、自然に目が覚める。服はまだ湿っており、倒れたところから一ミリも動いていない。玄関には母の靴があり、帰ってきたことがわかる。

「……てて」

 硬い床で寝ていたので、身体の節々が痛む。そんな身体を引きずり、無駄に室内を濡らさない様に靴下を脱いで部屋へ上がる。

「ちょっとあんた」

 靴下を乾かそうとカーテンに掛けられたハンガーへ向かっていた彼に、声を掛ける人物がいた。陽歌の母だ。息子が傷だらけのびしょ濡れで帰って来たというのに、全く心配する素振りが無い。

 彼の母は明るい金髪だったが、剃った眉毛の痕跡やまつ毛から分かる様に地毛は黒である。濃い化粧に派手なネイル、近寄るだけで咽そうな香水の匂いと派手な外見をしている。室内にヤニや匂いが付くのも躊躇わずタバコを吸い、酒を飲みながら深夜番組などを見ている。

「あの玄関のゴミどうにかしなさいよ」

「ごめんなさい……」

 そして第一声は折れた傘持ってきたことに対する苦言だった。陽歌は腕の骨折はバレない様に隠していた。女手一つで自分を育ててくれている母に心配かけまいとしてのことだ。

 着替えも無いので、陽歌は靴下だけ吊るして部屋の隅に蹲る。自室はともかく、寝室も無いのでこのリビングで過ごすしかないのである。

 

 こんなことは、思い出せばキリがない。義手を外されてプールに突き落とされたこともある。身長が現在でも130㎝と極端に低い彼は高学年用のプールになると足が付くかどうかという状態になる。加えて、家族で海やプールに行った経験のない陽歌はカナヅチなのだ。そんな状態の彼が手を失って突き落とされたのなら、例え足が付いてもパニックで立て直せない。

 家ではまともな食事が摂れないので給食だけが頼りだったが、給食費の未払いを理由に食べさせてもらえないこともある。三連休開けにそれをされると、かなり苦しかった。

 

「う……あ」

 過去を振り返る旅を終え、元の教室に戻って来た陽歌は急激に痛む身体に喘ぐ。加えて今の旅で受けた傷も引き継がれ、身体はすっかり冷え、感じないはずの苦痛を腕に覚える。

「これでも誰かを信じるのかい? 君に味方はいないんだ。ここで誰かの為に頑張っても意味ないよ。もう楽になろうよ」

「僕は……それでも、僕は……」

 カストラータの囁きが甘く陽歌の脳を溶かしに来る。もう、このまま抵抗を辞めてしまいたいくらい苦しい。たしかに、カストラータの言う様に人間なんて信じるものではないかもしれない。

「お前はあの裏切りを忘れたのか?」

「忘れて……いない……」

 負の側面が一番痛い部分を突いてくる。正直、もう信頼だとか絆だとかがバカバカしい戯言に聞こえる様な目に遭ったばかりで、人間を信じたいなどと綺麗ごとを言う気にはなれない。

 それでも、と彼は思った。なぜならば、ミリアと出会ったからだ。あの出会いには続きがあった。

 

 自宅まで逃げ帰った陽歌だったが、寒さと疲労から玄関を開ける前に気を失ってしまった。目が覚めると、自宅のベッドの上であった。そこが普段立ち入りを禁じられている母の寝室だと気づき、慌てて動こうとするも身体に力が入らない。

「あれ?」

 ふと、身体に違和感を覚える。傷が手当されていたのだ。擦り傷や打撲、凍傷もあったのだがそれぞれに適切な処置が施されている。そして、義手だから感じなかったが右手に見覚えのある髪飾り、ミリアが身に着けていたものが付いており、手紙が挟まれていた。

「あの人……」

 なんとミリアは、陽歌の様子を見て心配になり追いかけてきたのだ。そこで偶然彼が倒れたところに出くわし、また助けてくれたのだ。

 しばらく休んで動ける様になったので、すぐに寝室を出てダイニングに向かう。空腹で胃がキリキリ痛むので、何かをお腹に入れたかった。といっても、母がダンボールで買い置きしているカップ麺しかないのだが。最近はそれすら、どんなにお腹が減っていても戻してしまう始末であった。

「え?」

 ダイニングテーブルに、器が置いてあったので陽歌は戸惑う。『食べて元気になってね』と書かれたラップをされた器の中は、お粥であった。近くには、チラシの裏に書かれた置手紙もあった。これは陽歌に宛てたものではないらしい。

『あなたを児童虐待と育児放棄で訴えます! 理由はもちろんお分かりですね? あなたがこの子をこんな状態になるまで放置し、命を危険に晒したからです! 覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。児童相談所にも問答無用で来てもらいます。社会的死亡の準備もしておいて下さい! 貴方は犯罪者です! 刑務所のぶち込まれる楽しみにしていてください! いいですね!』

 こんな怪文書を母に見せるわけにはいかないと陽歌は捨てたが、今思えばミリアは彼の後々を考えて児童相談所に訴えてくれていたのだ。それが彼の故郷、金沸市の行政が機能不全を起こしているから何も起きなかっただけで。

 とりあえず陽歌は椅子に座り、お粥を食べることにした。用意されたスプーンでお粥を救って食べると、今まで感じたことの無いような甘みが口に広がった。

「なんで……?」

 それと同時に、大粒の涙が溢れてきた。どんなに痛くても辛くても、もう泣かなくなるほど慣れ切ってしまったというのに。あの時は分からなかったが、今ならハッキリ分かる。嬉しかったのだ。誰かに助けてもらえて、誰かに手を差し伸べてもらえて。

 

「そうだ、僕は……、僕は……!」

「何?」

 カストラータと負の側面は驚愕の声を上げていた。陽歌の手を引き、彼を起こす人物がいたのだ。ミリアとさなが、陽歌の義手を掴んで立ち上がる手助けをしていた。もちろん、本人ではない。彼の心にいる『拠り所』だ。

「『人』を信じるんじゃない……! 『友達』を信じるんだ!」

「詭弁だ! 友も結局他人だ!」

 ミリアとさなの姿が光となり、彼の拳に集まる。カストラータは慌てて否定するも、陽歌の意思は固かった。最大の裏切りに遭った時も、ミリアとさながいたからどうにかなった。そして、その二人から広がっていった輪が彼を支えている。

「うおおおおっ!」

「ま、まずい!」

 負の側面は咄嗟にマックスペインを盾にした。右の拳がその銃に突き立てられ、しばらく拮抗した後に打ち破る。一撃でカストラータが与えた強化分は粉砕され、仮面も衣装も消されて元のボロ雑巾の様な姿に戻ってしまう。

「あ、危ない……!」

 なんとか防いだ、と負の側面は安心していた。だが、攻撃は終わらない。

「これで終わりだ!」

「何ぃ!」

 残る左の拳を負の側面本体の顔面に叩きつける。完全に油断していた負の側面はそれをもろに受け、教室の窓を突き破って吹き飛ばされる。まるで打ち上げられた花火の様に空へ昇った後、爆発して消え去る。

「は……だが最後の力もここまでの様だな、僕たちが残った!」

 ギリギリで凌ぎ切ったカストラータは一安心する。弱り切った精神など何とでもなる。渾身の一撃は幸い、自分に届く前に使い切ってしまったようだ。現在の彼が使える唯一の武器である心の具現武装マインドアーモリー、マックスペインもそれを司る存在を撃破してしまったので使うことはできない。

「勝った! 君にはもう抵抗する手段など!」

「まだだ!」

 しかし、砕け散ったマックスペインの破片が彼の手に集まり、再構築されていく。そして元のハンドキャノンの姿へ再生していくではないか。これは一体どういうことなのか。彼らには分からないが、このマックスペインは確かに根幹こそマイナスの感情で出来ている。だがミリアを助けたいという気持ちで強化を果たしたため、その部分をかき集めて二丁あったものをニコイチして再生したのだ。

 リボルバーの刻印は削れて読めなくなっており、色も金属の下地である銀が露出している有様だったがしっかり元の姿になっている。

「なんだと?」

「終わりだ、化け物!」

 引き金を引き、大口径の弾丸をカストラータの眉間に叩き込む。彼は顔の上半分を吹き飛ばされ、そのまま倒れる。世界最強ともうたわれるクラスの弾丸を撃ち出す大型マグナムリボルバーによる渾身の一撃は、如何にドラキュラの魔力を取り込んだカストラータとはいえ精神世界でまともに受ければ堪ったものではない。

「ぐおおお!」

 最後の最後で破れ、カストラータは消滅していく。

「な、何が違う……お前と僕たち、何が……」

「僕にはミリアさんがいた。それだけだ」

 トドメとばかりに陽歌はマグナムを連射してカストラータの息の根を止める。そう、彼とカストラータ、似ている様で違う。最大の違いは、ミリアの様な信頼できる人間に出会えたかどうかだ。

 まさに、二人の運命は音楽の一小節ほどしか差が無かったのだ。

「やった……よ」

 決着をつけ、陽歌は力尽きる。マグナムの反動は、ダメージを負った身体に追い打ちをかけていた。

 

   @

 

「……ここは?」

 気が付くと、陽歌は喫茶店のボックス席に寝かされていた。服装はそのまま、包帯をぐるぐる巻きにされている。痛みはあるが、起き上がれないほどではない。外は暗く、もう夜中になっている。

「僕は……?」

「あ、起きた」

「え? もう? 今お店帰ったとこでスよ?」

 さなが様子を見ており、手当の片づけを終えたアスルトが驚く。どうも今帰ってきたばかりの様で、アスルトも計算していないほどの回復であったらしい。彼女はモノクルの様な道具で陽歌の様子をじっと見る。あまりにジーっとみられ、陽歌は恥ずかしさから顔を反らす。半裸に近い恰好のせいもあるが、これは生来からの性格だ。

「よかったー! 生きてた!」

 彼の無事を確認し、深雪が飛びつく。思い切り座席に押し倒す形になるが、一応重傷を負っている陽歌にはこれでも大ダメージである。

「ぐぇええ!」

「あ、ごめん!」

 すぐにどいて被害を減らす。どうやらこの騒ぎに気づき、他の人達も顔を見せる。

「あ、陽歌くん起きた?」

「ミリアさん?」

「見て見てー、貰ってきちゃった」

 ミリアはなんとドラキュラに着せられた衣装をそのまま着ていた。かなり気に入ったのだろうか。エヴァとヴァネッサは料理を運んでいた。

「おー、起きましたかー」

「ミリアから頑丈さでも受け継いだのか? ま、無事ならいいけどな」

 アスルトは診断した結果を陽歌に告げる。思ったより回復が早いので動揺していたが、隅々まで調べたら理由も少しは分かったらしい。

「うーん、傷の治りはそこまでではないでスが、消化器官の回復が早いみたいでス。つまりご飯を食べて治せる様に身体が優先してそこを回復させた……?」

「たしかドラキュラが血がマズイって言ってたけど、なにか関係ある?」

 さなはしっかり、情報を伝える。しかし今は、それどころではない。ハロウィンパーティーをしなければならないのだから。

「ごはんごはんー!」

 さくらはもう待ち切れない様子であった。アステリアも厨房の奥から料理を手に現れる。

「じゃあ、ハロウィンに世界を救ったお祝いのパーティーを始めましょうか」

「わーい!」

 パーティーの準備が済むと、主にさくらが喜んだ。アステリアの言葉で、陽歌は大事なことを思い出す。

「そうだ! カストラータは……」

「カストラータなら消滅しましたー」

 気を失っていて知らなかったが、カストラータの末路を彼は知らなかった。シエルはルイスを抱えて彼に事の顛末を伝える。

「本体のカストラータ・プリモウォーモは消滅、街に展開していたメゾもそれに伴い消滅しましたー。吸収された悪魔城もその際、共に消え去りました。

「よかった……」

「いろいろお話はありますが、今はパーティーを愉しみましょう」

 これにて事件は一件落着。長いハロウィンが終わりを告げようとしていた。熱狂の末に命を落とした子供達の、流行への復讐は終わりを告げた。しかし、流行りに乗って何かを犠牲にしようとする者がいる限り、第二第三のカストラータが現れるだろう。そして人の心に悪と闇がある限り、悪魔城は再生する。

 世界の危機は尽きない、戦え、騒動喫茶ユニオンリバー!

 




 復活の悪魔城!→熱狂に死の歌を

 騒動終結

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。