騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 まさかハロウィンに一か月以上かかるとは思わなかったよ!


終幕後 オペラの後で

「どうしたんですか?」

喫茶店でハロウィンに起きた悪魔城事件の報告をアスルトにしていた陽歌とシエル。しかし終盤の話をした途端、アスルトが席から離れて床に土下座を通り越した土下寝を披露して困惑していた。

「まことに……申し訳ありませんでしたッッッッ!」

「え、ええ……?」

一体何を謝られているのか、陽歌には全く心当たりがなかった。具体的には、シエルが陽歌の持つスティグマエネルギーを活用してカストラータを倒そうとしたが失敗したところを話したのである。

「そういえばこの装置、回収して調べたんですけど不具合無いんですよねー」

シエルが手にしている細い剣の様な武器は、その際に作った装置である。当時は急造の為、不具合が生じたのだと思ったシエルだったが、後程回収してしっかり確認したところ特に異常は見られなかった。

「それもそのはズでス……何故なら、最初から陽歌くんにはスティグマなど無いのでスから!」

アスルトは土下寝しながら事情を説明する。酔った勢いで人間と大差ないロボを生み出す彼女ほどの錬金術師でも陽歌の失われた腕を再生することは出来ない。その理由としてアスルトが挙げたのが、スティグマの存在である。

スティグマとは神の祝福を受けた証である傷、聖痕であり、それ故にどんな技術でも治すことは出来ない。故郷である神の生け贄にされかけた際に陽歌は両腕を失ったのだが、それが原因で偶発的にスティグマを得ていたのだ。

「スティグマが無い……つまり始めから存在しないエネルギーを使おうとしてたんですかー?」

シエルは計画の前提が間違っていたという事実に驚きを隠せなかった。言うなれば、電気の止められたコンセントに線を繋いで心臓マッサージを行おうとしていた状態に近い。

スティグマとは元来、神がギフトと呼ばれる特別な力を与えた時にそれを扱えるだけのエネルギー源として与えることが多い。事故に近い形でスティグマを得ていた陽歌はギフトこそ持たなかったが、エネルギーだけはあると踏んでシエルはその無限に近いエネルギーを肥大化するカストラータに注ぎ込んで崩壊させようとしたのだ。だが、肝心のエネルギーがどこにもなく作戦は失敗、陽歌はカストラータに取り込まれるという危機に陥った。

「まさかこれが原因で陽歌くんを危険に晒すことになろうとは……ゴメン!」

アスルトは謝っても謝りきれないといった様子であった。自分の吐いた嘘のせいで陽歌がピンチに陥ってしまった。今でこそ平気そうにしているが、陽歌の服の下は包帯だらけであり敵から受けた毒も完全には癒えていない。シエルもアスルトを疑わないので、まるっと信じていた。

「では、どうして僕の腕は……」

スティグマが無いということは、腕が再生出来ない理由は他にあるということだ。

「それがスゴく言い難いんでスよ……」

「どうしてですかー?」

アスルトが仲間を騙してまで隠そうとする事実がシエルは気になった。彼女は宇宙海賊の経験があるとはいえ、打算で人を騙すタイプの人間ではない。なので陽歌のために黙っているという可能性が高い。

「なんというか……陽歌くんが気にしているところに直撃する内容というか……」

「え……それは……?」

陽歌はアスルトの言葉を聞き、少し怖くなった。自分が気にしていると事というのは、コンプレックスにもなっている明るい髪色やオッドアイのことだろうか。それとも、物心付く前にいなくなった父親に関わることなのだろうか。

「……」

「やっぱり、この話はやめにしましょうか……」

彼の反応を見て、アスルトは話を切り上げようか悩んだ。大事なことは陽歌にスティグマが存在しないということなのだから。

「いえ、教えてください」

 だが、陽歌は意を決して聞くことにした。それにはある理由があった。彼は念じると、自身の持つ力である心を具現化した武器、マインドアーモリーを出す。彼の物は世界への憎悪を形にした『マックスペイン』と呼ばれる銃だ。

「陽歌くん……?」

 が、出て来たのは銃身に大きな亀裂の入った大型リボルバーであった。本来名前が記されている部分は削り取られて読めなくなっている。ブレークオープンするための軸も緩んでおり、弾倉を支える芯も歪んで回すことができない。引き金に至ってはプラプラと固定されておらず、撃鉄は折れてしまっている。

「今、僕の武器はこの状態なんです。あのスティグマの力が使えればとこれがなくても問題ないと思ってましたけど……それが無いなら少しでも戦える力が欲しいんです。その手がかりがあれば……」

 このユニオンリバーには圧倒的戦闘能力を持つ人間が山ほどいる。しかし、彼はそれで安心できる様な性格では無かった。今回の戦いも戦闘要員が殆どいない状態でミリアを攫われた。陽歌はようやく得た大事なものを失うことを極端に怖がっていたのだ。

「無理しなくていいんですよー。ほら、この間は混乱すると思って一つしか渡しませんでしたが、もう一つのアドバンスドカートリッジです。これでルイスを強化すれば問題ないです」

 シエルは陽歌にカートリッジを渡す。これは彼の従える悪魔を強化するためのアイテムである。刻まれた名前は『ワイルドジャングル』。以前貰った『ラピットアニマル』とは対になりそうだ。

「ありがとうございます……。でも、ルイスだけに戦いをさせるわけには……。ルイスは友達であって、武器じゃないんです」

「うーん……」

 アスルトは陽歌も聞きたいと言うので、無茶をさせないためも含めて事実を教えることにした。

「陽歌くん、あなたの腕が再生できないのはあなたが生まれつき持つ遺伝子異常が原因なんでス」

「遺伝子異常……まさか……」

 陽歌はその言葉で大枠を察した。

「はい。幸い、という言葉が適切かはわかりませんが、外見にしか現れていませんが、あなたの遺伝子には大きなバグの様なものがあるんでス。これのせいで再生の為に培養を行おうとすると不具合が出てしまうんでス」

 アスルトの言うことは、彼の想像通りだった。自分の外見を決めている遺伝子が原因で、再生が出来ない。それが真相だったのだ。

「修正とかはできないんですかー?」

シエルは尋ねた。不具合というなら、直してしまえばいい様なものなのだが。

「それが……複数のバグが奇跡的に噛み合って外見以外の変質が避けられている状態なので下手に弄ると大変なことになるんでス。プログラムで言うと『なんで動いているのか分からないけど動いてるからヨシ!』とか『何にもしてないけど不具合消えたからヨシ!』という状態なんでス」

 さしもの錬金術師アスルトも、自然が引き起こすトンチキ状態にはお手上げだった。錬金術がダメなら違うアプローチで、とシエルが本を出して魔法を使おうとする。

「だったら魔法で……」

「あー! ダメでスよ! 結局魔法でも同じプロセスを辿るので拒絶反応が出てえらいことなりまス! だからスティグマってことにしたんでス!」

 結局は手段が違うだけでやることは一緒だ。だから余計なことをして惨事を招かない様に、アスルトは初めから治療ができないスティグマを装ったのである。

「そう……ですか……」

 陽歌は肩を落とす。結局なんの力にもならず、ただの遺伝子異常で再生ができないだけであった。

 暗い空気が一同の中に流れる。その時、白い羽根の様なものが舞って金髪の小柄な少女が現れる。その姿に陽歌は戦慄する。

「天使さん!? 命題? 命題の時間ですか?」

 天使、と呼ばれるその少女は定期的に命題という、制限時間以内に達成できないと即・死亡という難題を課す性悪な神の使いである。

「私は命題届けるだけが仕事ではありまへんえ」

 似非京都弁で話す天使は、赤い石の様なものをドン、と置いて説明を始める。

「あの、ここ店の中……」

「ドロップアイテム届けに来ましたえー。さくらはんとシエルはんはもう受け取ってますんで、後は君だけどす」

 店の中に置かれた天井ほどもある赤い石を見て、陽歌は引く。なんか半透明で不思議な雰囲気の物質だった。

「ドロップアイテムってなんですか……」

「ボス倒したら落ちるもんですえ。まぁ報酬だと思ってくれどす」

陽歌がそれに触れると、石が砕けてアイテムが散らばる。それはパイプオルガンの金管の破片だったり欠けた仮面だったり、いろいろだ。

「うわぁ!」

「こんな感じでアイテム入っております。まだ喫茶店の外にあるのでこれも使います?」

 天使は遅れて説明する。そして、彼に一枚のチケットの様なものを渡す。それには『レアドロップ倍率250%UP』と書かれていた。

「これ半券ちぎると効果出ますえ」

「あ、はい……」

「それでは、ほなー」

 天使は用事を済ませるとさっさといなくなってしまう。店にぶっちゃけガラクタにしかみえない素材類を放置するわけにもいかず、陽歌達は散らばったアイテムを片付ける。まだあるというのだから気が遠くなる。

「ま、まぁ倒した数考えると……ああー」

「ああ……」

 道中に撃破したカストラータ・メゾの数を考えてシエルと陽歌は頭を抱える。加えて、悪魔城内のボスや本体のプリモウォーモもいる。後かたずけが大変だ。

 一種の絶望感に沈む中、喫茶店のドアが開いて来客を知らせるベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 喫茶店のウェイトレスであるアステリアがお客さんを席に案内しようとする。その客に、陽歌とシエルは見覚えがあった。平日の夕方だからか、学ランを着込んでいるこの少年はカラスを助けにやって来た退魔協会所属の人物、半纏坂である。

「浅野陽歌くんはいますか? 彼に用事があって……」

「半纏坂さん?」

 退魔協会は国立魔法協会を一方的に敵視しており、良好な関係とはいえない。そんな退魔協会のメンバーが一体、国立魔法協会の出張所ともいえるこの店に何の用なのか。以前は同じ敵を抱えていたため、アイテムを融通してくれたりしたが、今回はどうなるやら。

「ハロウィンの事件を解決してくれたお礼と、陽歌くんにはいろいろ伝えることがあって来たっす」

「え?」

 敵対している組織の人間がお礼とは、珍しいこともあったものだ。以前の事件では陽歌達ユニオンリバーが悪魔城に侵入中、仲間もそこにいたのに無辜の民を弾丸にして着弾点をも汚染する呪砲なるものまで使おうとしていたのだ。そんな危なっかしい組織が大人しくお礼などするのだろうか。陽歌は事件の時こそ助けてくれたが、訝しんだ。

「お礼?」

「まぁ、組織としては仲悪いっすけど、個人的に……。カラスさんも助けてもらいましたっすから」

 半纏坂は組織の思想とは無関係に動いている様子だった。現場に出張るだけあって、非現実的な対立は望まないということか。敵が増えればそれだけ、活動が困難になる。本来敵対する要素も無いだけに、尚更だ。

「というわけでマインドアーモリー使いの陽歌くんにはこれを……」

 半纏坂が陽歌に渡したのは、木で彫られたエンブレムの様なものであった。これは一体なんだろうか。

「これは?」

「ギアっす。マインドアーモリーの性能を外部から調整するアクセサリーっす。二つあるので錬金術師のお姉さんにも。あなたくらいになれば解析して、得た素材から新しいギアを作れるはずっす」

 同じものをアスルトにも渡す半纏坂。それを見て、シエルはある懸念を持っていた。

「こんなの勝手に横流しして、組織に怒られませんかー?」

 一応、これが退魔協会のものなら他の組織、それも一方的に敵視している国立魔法協会に流したとなれば半纏坂の責任問題である。しかし、彼は問題ないと言う。

「あー、多分大丈夫っす。今の状態だとむしろ退魔協会が独占している方がマズイので……」

「というと?」

 アスルトがギアを見つつ聞くと、彼は最近の情勢も鑑みての行動だと説明する。

「ほら、陽歌くんってRURUチャンネル経由でマインドアーモリーを発現したじゃないっすか? 同じパターンで発現した使用者の多くが負の感情に飲み込まれて暴走を起こしてるっす。ギアは不安定なマインドアーモリーの性能を安定化する効果があるので、その抑制にも繋がるので、そうした不幸を減らすにはギアがもっと出回る必要があるっす」

「あ、それなんですけど……」

 陽歌は事情を説明した。カストラータと精神世界で戦闘した際に、マインドアーモリーを司る自身の負の側面を撃破した影響でマックスペインが破損してしまったのだ。これでは、ギアとやらがあっても、どうにもならないのではないだろうか。

「あー、それでしたら多分ギア付ければ最低限戦闘が出来るくらいにはなると思うっす。それにいくら撃破したとはいえ相手は自分の内から生まれる感情っすから、油断は禁物っす」

半纏坂曰く、あれで倒したと思わない方がいいとのこと。確かに、他者への不信感は陽歌の中に拭えないしこりとして残り続けている。そう簡単に排除出来るものではない。

「まずはこの『アタックギア』を付けるっす。攻撃力を少し上げるギアっすけど、これで少しはマシな状態になるっす。これを付ける、と思ってその銃に触れさせるっす。外す時は取りたいと念じればいいっす」

彼の説明に従い、陽歌はギアを付けるぞと意識して、破損したマックスペインに近づける。すると、ギアがマックスペインに吸い込まれ、その姿が変わる。一般的な自動拳銃の形になり、名前の刻印も『Max Pain』から違う英名に変化していた。

「ブリガディア? 名前まで変わっちゃった……」

「おお、これは珍しいっすね」

半纏坂の反応からして、まぁあることではあるらしい。

「例え発現が才能や修行の末であったとしても、ギアを付けると性能だけでなく外見まで変化してしまう場合があるっす。ここまで基本的なギアで発生するのは初めて見たっすけど……とにかくこれさえ付けていれば安全は確保出来るっす」

「心の写し鏡みたいなものがそんな簡単に変化して大丈夫なんですかー?」

シエルはいまいち、退魔協会に所属している半纏坂のことを信用しきれなかった。陽歌も、いくら前の事件ではいろいろ助けてくれたとはいえ、ほぼ初対面の人物の言うことをはいそうですかと聞くほど人間を信用出来る性格ではない。そもそもマックスペインが彼の他者への不信感の発露の様なものなのだから。

「簡単に変わっちゃうのはまだこのマインドアーモリーが不安定だからっす。それと、前に渡した対悪魔ワクチン、使ってくれましたっすか? 使って中身が空になっていたら、その中にカストラータと戦った時のデータが記録されてるっす」

 果たして個人の考えだけでここまで動いているのか、彼への疑惑は尽きないが陽歌は、以前の戦闘で使った対悪魔ワクチンを封入したカートリッジのことを思い出す。現物はここに無い。

「あー、それなんですけど、確かに中身のワクチンは無くなって、代わりに知らないデータが入ってましたー」

 ここについてはシエルが確認済みだった。そして、カートリッジはある目的の為に彼女がとある場所へ送った。

「もしかしたら陽歌くんのルイスが使える新しいカートリッジになると思って、月にあるAIONの本部へ送りましたー」

 AIONとは、アスルトが所属する世界を守る組織のことである。平たく言えば防衛機構なのだが、その技術力と所属人員の人格破綻ぶりは彼女を見れば明らかで、世界で最も危険な組織とされている。そんな組織から多くの人員が出向いているユニオンリバーは協力関係にあり、同じく月面に住む月の民とも親交がある。さなもそんな月の民の一人だったりする。

「さすが、言わなくても使い方は分かっていただけたっすね。では、俺はこの辺で失礼するっす。あ、そうそう、これも渡しておくっす」

 半纏坂は去り際、陽歌にあるチラシを渡した。それはとあるリサイクルショップのものであった。どうやら、島田市の隣、ロウフルシティにあるらしい。

「表向きは中古屋、その正体はマインドアーモリーの使い手が集まる共助組織。その名もリユースショップ『キュレーター』っす。退魔協会に属していない使い手も多くいますので、もし退魔協会を信用出来ないのであれば、こちらで落ち合うっす」

「学芸員……ですか……」

 彼は自分、ないしそのバックにいる退魔協会への不信を事前に予測して別の窓口を用意していた。学芸員を意味するその店名に、陽歌は何かを感じ取った。

「では、これで」

 半纏坂はそのままそそくさと去った。中学生にしては、やけに用意がいい。陽歌は一旦、マックスペイン改めブリガディアに装着したアタックギアを取り外す。そしてアスルトに解析を頼むことにした。これが安全なものか、まだはっきりとはしていないのだ。

「アスルトさん、これを」

「はい。分かっていまス」

「こちらでもキュレーターについて少し調査を進めますねー」

 シエルもキュレーターなる組織について調べることにした。半纏坂が第三者として用意した組織だが、果たして信用に値するのだろうか。

 

   @

 

 ロウフルシティにある退魔協会の支部。魔のものという非日常と戦う性質上、支部の場所は組織の人間にしか明かされていない。そして、支部には戦闘訓練が行える様に体育館の様な施設が存在する。そこで、ハロウィンの事件で手痛い損失を被った退魔協会は新たな戦略を発表していた。

「先日、たった二人の小娘の手で我が組織の最終兵器、呪砲が完全に破壊された。大陸間を跨ぐ大型兵器では小回りが利かず、思わぬ妨害を受けるという以前から指摘されていた問題点が浮き彫りになった形になる」

(問題はそこなのか?)

 二階の観覧席で発表を聞いていたカラスは疑問を抱いた。呪砲の最大の問題は着弾点の深刻な汚染に加え、弾丸となる生贄が世を恨むほど威力が上がる性質から無辜の民を急遽誘拐して拷問して発射するという非人道性にある。

 ユニオンリバーとやらは名古屋の一件で気に食わない存在であったが、自分が表立って破壊出来ない兵器を壊してくれたことには感謝したかった。ただでさえ本来敵対する魔のものである彼女が呪砲の破壊を行えば、組織にいられなくなる。

 正直、自分より年下の組織などどうでもいいが、人間の繁栄が最盛期を迎えた今となっては偽造パスポートの一つでも用意してくれる存在がいないと移動すら面倒なことこの上ない。

「では、今回我々の新たな戦力となる悪魔奏者、そしてそれをサポートする新たな技術、アドバンスドカートリッジについてご紹介します」

「カートリッジだと?」

 カラスはカートリッジの名を聞き、少し動揺する。

(ハンテンサカのあれか? あれはあいつが独自ルートで作ってもらってるはずだ。一体どこから……?)

 アドバンスドカートリッジ、陽歌の持つ『ラピットアニマル』、『ワイルドジャングル』、半纏坂の『グラップルファイター』など契約した悪魔、仲魔を強化するアイテムは存在こそしていたが、退魔協会にそれを製造する技術は無かった。陽歌のものは国立魔法協会とAIONの共同制作、半纏坂のものは独自のルートで作っている。半纏坂が持ってきた同じ形状の対悪魔ワクチンも同様である。

(悪魔奏者なんて組織にいくらかいる……そいつが流したのか?)

 とにかく、退魔協会が新たな力を得たことに変わりはない。そして、体育館の中央に立つのは大学生くらいの青年と、彼の膝ほどもない小さい丸っこい生き物であった。

「皆さんご存知の通り、悪魔との契約はリスクを伴います。悪魔が強力であればあるほどに」

 アナウンスの通り、悪魔を従えるということはそれなりに危険な行いだ。陽歌などよりよほど魔力に優れ、魔術にも精通したシエルやカラス、さくらといった人物が能動的に悪魔を従えようとしないことからもそれは見て取れる。陽歌も半纏坂も、縁があって悪魔と契約しているだけで自ら悪魔を呼んだりはしていない。

「しかし、このアドバンスドカートリッジならば、弱い悪魔を強化することができます。強化された悪魔は契約のコストも据え置き!」

 そんな上手い話があるのか? とカラスは訝しむ。青年はマイクを渡され、この観覧席を埋める観衆の中でも臆することなく話し始めた。彼女には分かった。この青年は常に人前へ立つことを許された、選ばれた人間なのだと。陽歌の様な自ら日陰へ篭る者とも、半纏坂の様なそこいらにいくらでもいそうな善人とも違う。

「ご紹介に預かりました、悪魔奏者の古代竜人です。こちらは私の仲魔、オリジンリザードのシーザーです」

 丸っこい生き物はよく見ると、尻尾と背びれがありトカゲなのかと辛うじて分かる。その割には体毛がモフモフしているが、悪魔なので普通のトカゲと比べてはいけない。

「そして、これがアドバンスドカートリッジの力!」

 竜人はカートリッジを取り出すと、ボタンを押して起動する。

『ブルートレックス!』

 起動音と同時に、赤い恐竜のホログラムが出現する。半纏坂とよく共に戦い、彼とその仲魔の活動をよく見ているカラスはこの時点で不自然なことに気づいた。陽歌のカートリッジも半纏坂と殆ど同じ仕様なのだが、それは知らない。

(ん? 一回で起動した?)

 半纏坂、そして陽歌のカートリッジはボタンを二回押した上で契約の刻印にカートリッジを翳してようやく使える様になる。なんでそんな面倒な仕様なのかとカラスは半纏坂に聞いたことがあるが、彼曰く『誤作動や遊び半分での使用を禁じる安全装置っす』とのことだった。

(いや……考えすぎか。あんなボタン二回押すだけのセーフティ、そんな重要か?)

カラスの思考を無視する様に場は流れ、竜人はそのままシーザーにカートリッジを刺した。ホログラムの恐竜は1と0の帯になってシーザーにまとわりつく。そして、あの小さな悪魔は竜人の背丈を軽く超える、まさに映画で見る様な巨体の恐竜へと変貌した。出現した魔法文字は、『プレデターサウルス』。

「これがアドバンスドカートリッジの力です! 若輩者ですが、皆さんのお役に立てるよう、力無き市民を魔のモノから守れるよう、精進して参ります!」

 竜人はこの大勢の中で躊躇うことなく宣言した。会場は賞賛の拍手に包まれたが、カラスはそれが何か気に入らなかった。

「ふん、ハンテンサカの卑屈さは鼻に付くが、こいつよりマシか……」

 どこからともなく自分でアイテムを調達し、危険な任務に携わるカラスへ寄り添い続ける半纏坂は、その実力に反し謙虚な人間であった。自分に自信を持っていないとも言える彼の態度はカラスも気にしていたが、ここまで堂々と根拠のない自信を振りかざされるよりはいいだろうと認識を改めた。

 これでともかく、アドバンスドカートリッジは三つの製造場所が存在することになった。一つは陽歌の持つAION製、もう一つは半纏坂の独自ルート製、そしてこの退魔協会製だ。これから、事態は大きく動き出すだろうとカラスは睨んでいた。

「そしてもう一つ! 皆さんはマインドアーモリーと呼ばれる心を具現化した武器をご存知だろうか?」

 席を立とうとしたカラスだったが、聞き慣れた単語が司会から飛んできて足を止めた。こうも連続して半纏坂を思わせる単語が続くと、彼の人懐っこい笑顔が浮かんできてむず痒い気分だった。

「最近、これを人為的に発生させる『RURUチャンネル』の存在が報告されていますが、我々はそれを逆手に取ってマインドアーモリーの人為的な発言に成功しました」

「は?」

 RURUチャンネルとは、半纏坂も警戒していたネット上に突如として出現した奇怪な動画である。一般には『普通の動画に紛れ込んだり、広告として出現するそれを見ると異能の力に目覚める』という都市伝説だが、実体は本来天賦の才や修行の末に発現するマインドアーモリーを強制的に覚醒させる危険な存在だ。

 半纏坂はこれによってマインドアーモリーを発現してしまった陽歌を危険から守る道具を渡しにいったようだが、これに少なくとも自分より詳しい彼がそこまで心を砕いて対処する様なものを利用とか何考えているんだとしかカラスには言えなかった。

「その第一号が、私、古代竜人なのです!」

「お前か……」

 またこいつか、とカラスは呆れて結局席を立って去ってしまう。一応、この件は半纏坂に相談することにした。

 

   @

 

「解析の結果、これは安全が確認されました。これなら集めた素材で作れそうでス」

 アスルトは半纏坂からもらったギアを調べ、危険性が無いことを確かめた。モノクル一つでこの複雑そうなアイテムを調べ、製法まで明らかにするアスルトはさすがAION屈指の技術者といったところか。

 陽歌は解析を待つ間、天使が置いていったドロップアイテムを回収していた。その中には年代物のウィスキーや魔物の眼球など明らかに貴重そうなものがあり、それらはピックアップしておいた。

「キュレーターについても調べましたー。どうやら、戦後から続くマインドアーモリーの使い手の自助組織の様ですね」

 シエルも半纏坂が示した第三の組織について調べ終えた。これも信用における場所らしい。

「キュレーターにギア……なんだか忙しそうですね」

 陽歌は自分を取り巻く環境がここ数か月で一変したことに驚きを隠せない。あの生活から脱しただけではなく、異能の力マインドアーモリーに頼れる友、ルイスの正式加入。まるで非日常の世界へ行ってしまったみたいだ。言われてみれば悪魔城からカストラータの連続バトルも数日前にあったこととは思えないくらい大きな事件だった。

 これも平成が終わり、令和が始まることで起きた世界の変革、その始まりだとでもいうのだろうか……。

 




 次回、騒動喫茶ユニオンリバー。
 クリスマスの準備はお済だろうか。今から始めたのではもう遅い。クリスマスプレゼントは11月には準備しておく必要がある。商品が少ない? 品薄商法? 否、奴らがいるからだ!
 黄色い布を巻いた転売屋、マーケットプレイス! 一方、誰かへのクリスマスプレゼントを探すカラス。不仲なはずの彼女へ協力を申し出る陽歌の真意とは?
 者ども、覚悟せよ。もう終わりだ。目には目を、転売屋には凶弾を。血のクリスマスが幕を開ける!
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