騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
闇で流通している、怪人に変身することが出来る薬。飲み薬であり、DNAを一時的に特定の動物へ書き換えることで変身する。他の武器と違い、空港のチェックを潜り抜けやすいのでテロ組織で重宝されている。
人気商品故に高価かつ消耗品なのでかなり財布に痛いが、法律に引っ掛からず安易に強力な攻撃力と防御力を得られる便利な兵器だ。
ポッポにてマーケットプレイスを迎撃した陽歌、七耶、カラス、キサラと後から合流した半纏坂はプレゼント確保の為に行動を開始した。
「私はこいつが気になるから、店行ってアスルトに確認取ってくる。どっかで見たんだよなこれ……」
七耶は敵が所持していたタブレット状の薬について調べるため、喫茶店に戻ることにした。様々な事件に巻き込まれるトラブルコンサルタント企業の一員だけあり、何か心当たりがあるらしい。
「念の為、これ渡しておきますね」
半纏坂はクリスマスカタログをカラスに渡す。ページを開いた状態で、プレゼントの品であるニンテンドーswitchとポケモンシールドにはマジックで丸が打ってあった。
「switchはライト版のポケモンカラー、ソフトはシールドっす。それと陽歌くんにはこれを……」
そして陽歌に渡したのは一つのアドバンスドカートリッジ。以前使っていた『グラップルファイター』のカートリッジだ。
「カートリッジは一回使うとしばらく使えなくなるっす。多分、もうあと一個しか持ってないと思うので念の為」
横着をせず、わざわざ横断歩道を渡ってきたため合流が遅れたルイス。彼が持っているカートリッジは色を失って、しばらく使えそうにないことを視覚的に訴えていた。
「俺はロウフルシティ外の店を探すっす」
半纏坂には個別の移動手段があるので、別行動を取ることにした。捜索範囲が広い場合、手分けするのは効率的だ。
「では、僕達はロウフルシティの店を回りますね」
「確定なのか?」
陽歌とカラスはロウフルシティを探すことに。カラスは戸惑ったが、これまでのことを考えれば当然である。ゲーム機の区別もつかない人間を単独行動させるわけにはいかない。
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「何なんですか政府と癒着しているんですか! 今でも金沸市では防疫の名の元に半壊した街で多くの市民が暮らしているんですよ!」
蔵居は順に未だ食いついていた。流石にこれ以上は鬱陶しいので、彼は警告することにした。
「あまりしつこいと警察を呼びますよ? お店の人にも迷惑です」
「警察との癒着もあるんですか?」
スマホを見せても引くつもりが無い蔵居。その時、紫の髪をした女性が割って入る。
「おっとそこまでだよ」
長身で、スタイルも厚地のコートから分かるほど良い。彼女は喫茶店ユニオンリバーの料理人、ヘカティリア・ラグナ・アースガルズ。カティと呼ばれる人物である。陽歌の面倒をよく見る喫茶店スタッフなだけに、主治医である順とも顔見知りだ。
「おや、カティさん。お買い物ですか?」
「まぁそんなところさね。ドクターは?」
「僕は病院でするクリスマスパーティーの準備を」
挨拶がてらの世間話を済ませ、カティは蔵居を追い払う。
「ほら帰った帰った。お医者さんは忙しいんだ」
それでも蔵居は全く撤退する様子が見られない。しつこさは記者の特権なのだろうかと思えるレベルだ。
「私は真実を世界に報道するまでは引きません! とにかくお話を……」
「ほう……?」
カティはとりあえず殺気を放って相手を威圧する。かつては宇宙海賊の総帥としてAIONとも対立したほどの人物で、覇気の面ではカタギやしょぼいヤクザを軽く上回る。見た目で怖がられようとしなくてもその気になれば相手に命の危険を想起させるだけの殺意を剥けられる。が、蔵居は肝が据わっているのかそれともただの馬鹿なのか、退く様子が見られない。
(……?)
カティはふと、自分の周囲がやけに寒くなっていることに気づいた。スーパーは生鮮食品や冷凍食品を扱う都合、室温が下がりやすい。だが、これは異様なまでの寒さであった。過去の経験に照らし合わせれば、生身で宇宙に放り出された時の様な大気のある世界では考えられない寒さをしていた。
「……馬鹿な」
蔵居は何かを呟いて、去っていく。何をしたかったのか分からないまま、二人は彼女を見送った。
「何だったんだあいつ?」
「とにかく、助かりましたよ。一体陽歌くんの話をどこで聞いたのか……」
順は助けられた礼をする。カティはそれより、蔵居の不審な動きや先ほど体験した奇怪な寒さが気になった。
「まぁ、あの子の前じゃ言えないけど見た目目立つし追っかけようと思えば簡単かもな。私やサリアが連れてってる時はともかく、アステリアとかは追手の気配をすぐ察知できるタイプじゃないし……」
彼女は恐らくあの蔵居が通院などを追尾していた可能性を考えた。それに特に後ろめたいこともないので住民票を移すなど行政的な手続きをした際、そこから情報が流れたというパターンもある。
「今は陽歌くんを不用意に刺激しないことが大事です。あんな無礼な人には会せられませんね」
「そうだな」
カティは陽歌の病状について受けた報告を思い出す。
『彼は日常的に暴行や罵倒を受けた影響で、非常に先鋭化した防衛本能を持ちます。今までは状況から逃避や防御に集中していますが、余裕の出た現在では「反撃」に移る可能性があります』
カティは多くの戦場で極度のストレスから精神を病んだ人間を見て来た。大人は大体疲弊してしまうのだが、子供は成長する影響なのか思わぬ発展を遂げてしまうことがある。人を人とも思わず殺害したり、大人の兵士がどれだけ訓練しても困難な『相手をハッキリ認識して引き金を引く』、『心と指を切り離して引き金を引く』という行為が可能になってしまう。
宇宙海賊である彼女から見て、陽歌はその傾向にある恐れが強いというのが正直なところだった。過酷な環境で精神が摩耗したせいなのだろう。しかし、もし心が回復する前に重大な過ちを犯し、治癒した後にそれを認識してしまったら、それが新たな傷になってしまうかもしれない。
「茨の道だな……」
カティは陽歌の背負ったものを確認し、ポツリと呟く。アステリアやミリアは命を救えて安心していたが、彼女は手遅れだったと考える。ここまで歪んだ心を、穏やかにしていくのは困難を極める道だ。
「支えますよ。その為の医療です」
独り言に含まれた想いを察し、順は誓った。とはいえ試食のウインナーを食べながらではイマイチ締まらないのであった。
「あ、これ美味しい。業務用とか無いかな?」
いい事を言った傍から台無しにしていくスタイル。
「いや、無いんじゃないかな?」
「よし普通に買って病院食に導入しましょう」
「高くつくからメーカーに受注した方がいいんじゃないか?」
@
「あの……」
陽歌はチンパン怪人の乗って来たビッグスクーターを運転し、後ろにカラスを乗せてロウフルシティの店へ向かっていた。ルイスは陽歌の肩に乗っている。この状況に突っ込みを入れる人間が多いだろう。
「なんで僕が運転なんですか?」
「いや、私は免許持ってないし……」
カラスが全く免許を持っていないのでこうなったのだ。おまけに陽歌は着ていたパーカーを負傷した腹部に巻き付けて止血しており、下に着ている長袖のシャツだけになってしまい寒いことこの上ない。
「ていうかだったらせめてコート貸してくださいよ」
「え? なんで?」
「逆に何でですか? もしかしてコートの下全裸なんですか?」
「人を何だと思ってんだ」
愚痴り合いながらバイクを飛ばしてロウフルシティへ向かう二人。幸い、警察も治安局もいないので見咎める者はいない。
ロウフルシティの家電量販店へたどり着いた陽歌とカラスは、バイクを停めて駐車場からある光景を目にした。入り口付近で、黄色い布を巻いた三人ほどの人物が他の客を襲っているではないか。
「マーケットプレイス!」
「何か様子がおかしい……?」
カラスはマケプレがこんなところにいる事に驚いたが、陽歌は更なる異変に目を向けていた。なんと、彼らは一様に顔がドロドロに溶けた蛹の様なもので覆われているではないか。
「夏に見た奇病?」
触手を振り回して周囲の客を襲っている。陽歌は夏に故郷の金沸市を襲った怪物化する奇病との関連を考えた。とにかくこのままでは一般人が傷ついてしまう。陽歌はバイクのアクセルを絞り、加速させて敵へ突撃する。
「お、おい?」
カラスは戸惑った。そんな中で彼は突然、バイクから飛び降りた。カラスも咄嗟に追う様に飛び降りる。運転手を失ったバイクは横転し、地面を滑りながらマケプレの三人に激突し、敵は壁とバイクに挟まれる。
「これで……!」
そして陽歌はバイクの燃料タンクを撃ち抜き、爆発させる。
「おおい! そういうことをやるなら……!」
「やったか?」
燃やされた敵は悲鳴を挙げ、しばらく暴れてから息絶える。陽歌は敵の亡骸に駆け寄って、銃を突き付けながら様子を確認する。
「これは……魔物? それとも……?」
「魔力は感じない、人間が科学的な何かで変異した様だな」
カラスは魔力を調べて敵の正体に迫る。どうやら魔物の類いではないらしい。陽歌は奇跡的にも火から露出した一人の頭部をマインドアーモリーの銃で突っつき、感触を確かめる。銃を思い切り押し付けただけで、蛹が破れて液体がドロリと流れてきた。
「まるで昆虫の蛹だ。完全変態する昆虫は蛹の中で一度溶けて肉体が再構成されるというが……この感じだと蛹の部分以外は人間の身体みたいだ」
蛹になっていない首に骨の感触を覚えた陽歌は何かが原因で頭部だけ変化したと考えた。焼け焦げてしまった死体ではこれ以上情報を得られない。
「なんだ?」
「う、うぅ……。いいじゃねぇか、ただで配ってんだから……」
メンバーの男は倒れたまま呻いている。カラスが振り向くと、割れた窓からサリアが出てきた。どうやら彼女に負けてこの有り様らしい。サリアの師匠はキッチンで負けなし、武器を持った方が弱いという程の実力者。歳の割に恵まれ、完成された体型もあり格闘戦は得意だ。
「ダメだよー、記念品でも転売しちゃ」
「サリア、なんでこんなとこに?」
「あー、陽歌くん」
サリアと陽歌は互いに気付く。二人はともかく、今の状況を報告し合う。
「僕はこの人のクリスマスプレゼント探しを手伝ってて」
「私達はクリスマスイベント。でもマーケットプレイスが記念品を独占しようとしてー」
「あ、じゃあマナとシエルさんもいるんだ」
知らない人が出てきてカラスは話に置いていかれる。なので倒れた男を見ていたが、男は懐から取り出したタブレットをボリボリ食べて立ち上がる。
「タダで配ってんだからよぉ……売ってもいいだろうがぁぁッ!」
「こいつ、まだ戦えて……! 浅野!」
カラスは陽歌に声を掛ける。陽歌とサリアは臨戦体勢に入るが、男の様子がおかしい。顔が溶け始め、蛹の様なマスクに覆われたではないか。
「え? 何?」
「やっぱり化け物になる奇病? それとも怪人アンプル?」
陽歌は敵の正体が分からなくなった。化け物になる奇病はその土地に潜む邪神によるものだったのでカラスが魔力を感じないのは妙だ。怪人アンプルの類だとしたら、変異が少なく、かつお粗末だ。あれは撃破された後、人間に戻る代物だ。
「いいだろ……いいだろうが! 俺に、金儲けさせろよぉぉ! 金がありゃあ旨い酒も飲み放題! いい女も抱き放題! 手っ取り早くいい気分になれるんだよぉ!」
「あの状態で自我が?」
さらに頭部、則ち脳が溶けているにも関わらず思考を保っている。発声も舌が無いのに出来る。奇妙なことだらけだ。ただ怪人アンプルで変化した怪人にもどうやって喋っているのか分からないものがいたので、その平行線として考えられなくもない。
「とりあえず倒すよ!」
「うん!」
サリアが先導を切り、敵に駆け出す。陽歌は銃を取り出し、先にボディへ射撃を加えて敵の動きを止める。
「ぐぉ!」
(あれ?)
怪人なら銃撃などダメージへの耐性があり、手加減したマインドアーモリーの攻撃程度ではびくともしないはずだ。だが、この男は明確に人間と同程度のダメージを受けている。
「はっ!」
サリアが胴体にストレートを打ち込む。衝撃が掛かったせいか頭の一部が裂け、変な液体が勢いよく飛び出したので、彼女は一歩下がって距離を取り、様子を伺う。正体不明の液体だ。即効性のある致死毒を持っている最悪の場合を念頭に置いて行動する。
「これなら!」
陽歌はサリアが攻撃している隙に背後へ回り、蛹化した頭を狙う。ハンドガンによる正確な射撃が連続で直撃し、黄色い体液を飛び散らせる。
頭を破壊された男は、倒れて痙攣し始めた。攻撃を受けた頭部から液体が流れだす。
「うぅぅァァァァ……」
「ん?」
「一体どうしたんだろう?」
喋ることもままならない男に、陽歌とサリアは顔を見合わせて考える。怪人だとしたら爆散しないのも不思議だ。その時、陽歌のスマホが鳴る。
「もしもし?」
『ああ、小僧か。あのタブレットの正体が分かったぞ』
電話の相手は七耶だった。どうやらタブレットの正体を突き止めたらしい。
「早いね。もう解析したんだ」
『解析も何も、アスルトに見せたら一発でわかった』
解析するまでも無い存在らしかった。それだけ有名なのか、それとも以前起きた騒動で使われたものなのだろうか。
『今からアスルトが電話変わって簡単に説明する。お前、今の場所ならマナとサリアもいるだろうしあいつらにも気を付けるように言ってくれ』
七耶はアスルトに電話を変わって、彼女がタブレットの正体について説明する。
『はい代わりました。あれは怪人アンプルの試作品でス。言うなれば、戦闘員枠、虫怪人でス』
「それでタブレットの形に……」
正体は怪人の一つ下、戦闘員であった。マーケットプレイスの主戦力、怪人アンプルのアーリータイプといったところか。しかし見た目、結構な出来損ないな気が陽歌にはしていた。
「でもあれ見た感じ出来損ないじゃないですか?」
『いいとこに気づきましたね。あれは元々、速攻性のドーピング剤として開発されたものなんですよ。昆虫の能力を身に付けるイメージでスかね』
昆虫を人間と同じサイズに換算した場合、発揮される力は恐ろしいものだという話は児童向けの科学本やバトル漫画の理屈で死ぬほど繰り返されてきた。まさにその話を現実に再現しようとしたのが、あのタブレットである。
『でスが、とんでもない副作用が発生しまして……』
「それがあの、頭が蛹みたいになるやつですか?」
『……見たんでスね。開発は失敗、プロジェクトは凍結になったのでスが、違うチームがその副作用に目を付けまして。タブレットの理屈は一時的に人間の体組織を昆虫に書き換えて力を発揮するというものでしたが、それを発展させたのが昆虫どころか様々な生物の組織に置き換える怪人アンプルでス』
怪人アンプルは副作用の産物であった。発明の世界では珍しくもないことだが、人体に適応すると考えると不安はぬぐえない。
「見た感じ、不可逆の変異をしている様でした。あの症状に至った場合、治療は不可能みたいですね」
『そうでス。怪人アンプルはかなり安全性が上がっていまスが、それでも危険なものには変わりないでス。もしタブレットの方が改良も無く出回っているんだとしたら……』
陽歌はふと、足音がしたので振り返る。そこには、人間とカマキリのキメラらしき化け物が足を引きずっているではないか。
「つまり、怪人アンプルにも副作用がある、と……」
『その通りでスが、まさか……!』
陽歌は連絡を入れる。今まさに、その副作用を生じている人間が目の前にいる。
「これも治癒は不可能ですか……」
『残念ながら』
「了解、介錯します!」
陽歌は迷うことなく、このキメラを楽にしてやることにした。生きている方が苦痛、そんな体験をしたこともある彼らしい態度ではある。
「カマキリ……あの時の?」
人のことなど積極的に覚えようとしない陽歌だったが、この人物だけは忘れようが無い。ゼロワンドライバーを買いに行った日に、ゼロワン関連商品を買い占め、というより強奪しようとしていたマーケットプレイスのメンバーが変身した姿である。僅かに残った人間の顔も、倒された時に見ている。
カマキリのキメラは呻きながら陽歌に近寄る。向こうは彼が特徴的な外見をしているだけにしっかり覚えていた。
「お前よぉ……お前にやられた怪我が痛くてよぉ……薬飲んでたらこの様だよぉ……どう責任取ってくれるんだぁ……?」
キメラは鎌の腕に微かに残った手にタブレットを取り出し、ひたすら飲み続ける。変異の痛みで正気は失われ、ただ陽歌への逆恨みだけで動いている有り様だ。
「金積んでも医者は役に立たねぇ……お前を殺すしかねぇ!」
「っ……!」
理不尽な敵意を向けられる事に慣れていた陽歌は、人間の成れ果てが放つ呪詛になんとも思わなかった。だが、カラスはこの状況に動揺を見せていた。
「あれはなんだ? 魔力も感じないのにあんなこと!」
「さぁ? とにかく今楽にしてあげますよ!」
ここまで来ると陽歌はこのカマキリキメラを殺してやった方が温情だと思った。容赦なくハンドガンを発砲し、頭部に攻撃するが、血こそ吹き出しているものの効いている様子が見られない。
「殺してやる!」
カマキリキメラはふらふらと陽歌に迫る。彼のマインドアーモリーは拳銃型。これでは相手を無力化することさえ難しい。
「浅野! 逃げろ、こいつはヤバイ!」
「問題無いです」
カラスが逃げる様に促すが、陽歌はおもむろに拳銃をもう一丁取り出して前後に連結させる。すると、二つの拳銃は短いポンプアクションショットガンへと変化する。
「タンデムスタイル!」
「何?」
アスルトがギアを作る時、まず材料として月の鉱石を選んだ。半纏坂の狙いはともかく、一方的に国立魔法協会を敵視している退魔協会の人間が渡したアイテムをそのまま使うのはリスクマネジメントの観点から避けるべきと考え、リバースエンジニアリングによってギアを自勢力で製造することにしたのだ。
その際、陽歌しか使う人間がいないこともあって彼のマインドアーモリー、マックスペインの不安定さを逆手に取り、変形機能を追加したのである。
二丁のハンドガンを軸に、前後へ連結するタンデムスタイル、左右に連結するサイドスタイル。アスルトはこれをゲーセンで思い付いたらしいが、実行して実用化する技術が彼女にはある。
「いくぞ! せめて安らかに眠れ!」
陽歌はショットガンをカマキリのキメラに撃ち込んでいく。拳銃弾よりも至近での散弾の方がダメージは上回る。カマキリキメラは穴だらけになってよろめく。
「人の成れ果てに容赦なしか……」
カラスは陽歌の歳不相応な冷酷さに肝を冷やす。が、カマキリのキメラはこれでも止まらず、徐々に溶け始め、蛹の様な姿になっていく。
「タブレットの方の副作用? ルイス!」
タブレットの副作用は蛹化、つまり更なる変化段階を残しているということ。このままでは強化を許してしまうと、陽歌はルイスとの共闘に移る。アドバンスドカートリッジを取り出し、ボタンを押す。右手で二回連続ボタンを押せば、そのまま刻印に翳す形になるためすぐにロックが外れる。
『ラピットアニマル! Animal program! Open your eyes!』
蛹の状態で突撃を行うカマキリキメラに、四足歩行の動物のホログラムが立ちはだかる。それはルイスに吸い込まれていき、彼を足の長い四足の大きな兎へ変化させる。
『dash on Savannah! ラピットアニマル!』
ポラリスラグゥへと変身したルイスと陽歌が蛹となりかけたカマキリキメラに向かおうとした時、横から大柄なチンパンジーの怪人が割って入る。その手には、木で出来たこん棒が握られていた。
「んな……!」
『ディフェンド、プリーズ!』
陽歌は反応出来なかったが、魔法の声と共に床がせりあがって防御壁を構成する。壁で彼はダメージを免れたが、まさかと思った。
「お前は、必ず殺す!」
「まさか、あの時のチンパン怪人?」
倒したはずのチンパン怪人が即座に復活し、陽歌達を追いかけてきたのだ。今でもダメージを回復しようとしているのか、タブレットやアンプルを無茶苦茶に呑んでいる。
「ダメだ! それを飲んだら副作用で……!」
カラスが忠告するも、憎しみに囚われたチンパン怪人は全く聞く耳を持たない。あのアンプルが果たしてチンパンジー怪人用のものかは分からない。
「役立たずの退魔師が! あの場にいながら妻を救えなかったお前が何を言おうとも!」
「サリアちゃん! 陽歌くん!」
マナが遠くから走ってきた。先ほどの防御は彼女の魔法によるものだ。
「助かったよ、苺奈」
「無事で何よりですが大変です! イベントで配る予定のグッズがマーケットプレイスの人に奪われて……!」
マケプレは当然というべきか、無料配布のグッズすら金に換えようとしていた。既に奪ったチームは逃走しているのか、それを追ってここにマナが来たという形である。
「退魔師の銀髪娘にカタワのガキが、舐めた真似しやがって!」
一体なぜこのチンパン怪人が陽歌を狙うのか判然としなかったが、カラスと陽歌二人同時に因縁がある、『妻』であるとすればかなり絞れる。この二人が女性を相手に共闘した例は、一つしかない。
「名古屋の時の水子の依り代か!」
「あれか!」
陽歌は真っ先に結論へ辿り着き、カラスも理解した。あの悲惨な末路を辿った女性がどうなったのか、陽歌は興味がなかったしカラスは重傷でそれどころではなかった。
「今でも妻は苦しんでいる! お前達と役立たずの医者のせいでな! まずはお前からぶっ殺して手向けにしてやる! 皮膚を全部引っぺがして移植の材料にしてやるわ!」
「じゃあ死んでないんだ……」
あれだけ腹が膨れ上がって死ねていないことに、陽歌は戦慄する。気軽に魔のモノと関わるとろくなことにならない。
「この猿は私がやるよー」
サリアが陽歌とチンパン怪人の間に入り、戦いを引き受ける。彼女なりの考えがあってのことではありそうだった。
「サリア」
「この手の人間は復讐の対象を目前に頓挫するのが一番痛手になるからねー」
彼女の手にはチンパン怪人のこん棒に対応するかの様に、ある武器が握られていた。
「おいおい」
「あいつ死んだわ」
マーケットプレイスの下っ端はチンパン怪人の勝利を確信していた。何故なら、その武器はニンテンドーゲームキューブだったのだから。取っ手があるとはいえ武器とはいえない精密機器だ。
「ほう、ゲームキューブですか……」
戦いを眺めていた店員が眼鏡を直しながらつぶやく。
「大したものですね。爆撃を受けても壊れなかったゲームボーイを筆頭に異常なまでの耐久性を誇るニンテンドー製ハードですが、その中でも最強と謳われるのがあのゲームキューブです。そのコントローラーの完成度は高く、発売から十年以上経った今でも愛用するプレイヤーがいるんだとか……」
「ふん、そんなもんで噂のRURUチャンネルに与えられた異能の力を何とかしようってのか?」
どうやらあのこん棒はマインドアーモリーらしく、木で出来たらしいその本体には『ふくしゅうのぼう』と名前がマジックで書かれていた。銃という複雑な武器かつ名前が刻印されている陽歌のマックスペインとは雲泥の差だ。まさに精神性が形となる存在と言える。
「勘違いしないでほしいなー。これはハンデだよ。私、素手の方が強いから」
サリアはゲームキューブを突き出す。これはただのゲームキューブではない。店員はそれを見抜いた。
「メモリーカード128のダブルスロットに加え、ワイヤレスコントローラーの端子、アドバンスソフトを接続できるようにした上で名作『ロックマンエクゼ3black』を装備、そして搭載ソフトはロックマンエクゼトランスミッション!」
「それがどうした!」
本当にそれがどうしたという話であった。ただチンパン怪人はお目当ての仇を前にお預けを喰らっている状態で、かなりイライラいていた。サリアをアシストすべく、陽歌も舌戦に加わる。
「へー、あなたの奥さん、まだ生きてるんだ。お見舞い、行こうかな?」
「貴様ぁああああ!」
自分の嫌がることを散々やられてきただけに、相手が嫌がることへの嗅覚は鋭かった。チンパン怪人は完全に頭へ血が上り、サリアとの戦闘に集中できなくなっていた。
「ルイス! 決めちゃって、ラピットスマッシュ!」
即座にカマキリキメラへのトドメに以降する陽歌。ルイスは四足で天井すれすれまで跳躍し、足を凍り付かせてカマキリキメラへ落ちていく。
「お前を先に殺してやる!」
こん棒を振り上げ、陽歌に向かって降ろしたチンパン怪人。それをサリアが迎え撃つ。渾身の力で叩き込まれるこん棒に、彼女はゲームキューブを翳しただけであった。
「奥義……『もうゲームキューブがレトロゲーという事実』!」
「うわマジか!」
「もうそんな?」
周囲が驚愕する中、ゲームキューブを打ち据えたこん棒は逆にへし折れてしまう。マインドアーモリーの強固さは心の強さ。ここに『お前の精神力ゲームキューブ以下』という新たな煽りが成立した。
「な……なん、だと……」
心の具現化であるマインドアーモリーを折られたチンパン怪人は一気に戦意を失う。
「いけぇ!」
ルイスの必殺技もカマキリキメラに直撃する。野生動物特有の大質量が頭部と心臓を穿った。そればかりか、その体格を弾き出して速度と跳躍力を産む脚力によるキックが加わる。見事に急所を撃ち抜かれたカマキリキメラは、黄色い体液を流しながら倒れた。
「よし!」
これにて、家電量販店の戦いは幕を閉じた。カラスは急いで店員にチラシを見せて商品を探す。
「すまない、これ置いてないか?」
しかし店員の反応は芳しくない。
「それなんですが、この黄色い布を巻いた集団が持って行ってしまって……」
「何?」
何と、マナとサリアが配っていたグッズばかりかお目当ての商品まで持ち去られていた。戦いには勝ったが、勝負には負けた。ここからどうすればいいのか、カラスは少し考えることにした。
@
半纏坂の捜索も虚しく、どこの店でもクリスマスの目玉商品は残らずマケプレに強奪されていた。
「転売屋をしばくRTA、はーじまーるよー」
「急にRTAが始まった!」
こうなったら本拠地ごと粉砕である。同時に連中の独占した在庫を吐き出させるチャンスだ。サリアは気合を入れて、敵地に乗り込むつもりである。流石、師匠がセガールなだけある。
「なんか、見知らぬ枠が出て来たぞ?」
カラスは変なウインドウが出ていることに気づいた。もうメタにすら介入しつつある。セリフが画面下、画面右端にタイマーと解説の枠があるという見慣れた人が見たら「あああれか」となる構成だ。
「いつもの奴、所謂ビーム式です」
陽歌は慣れた様子だったが、こんなことはもちろん初めてである。が、もう何が起きても驚かない程度にはここのハチャメチャさは慣れてきた。サリアはマケプレの一人からスマホをパクっており、その地図アプリで何かを探していた。
「ここでドロップしたスマホの地図を調べ、検索履歴に本拠地の情報が無ければリセだよー」
スマホの情報から敵の本拠地を探る作戦であった。しかし、住所が出るだけでどこが本拠地なのか判然としない。
「ううーん、いきなりガバかな?」
「サリア! 本拠地聞き出せたよ!」
詰まったサリアだったが、陽歌の機転で事なきを得る。どうやら捕まえた敵を尋問して聞き出したらしい。住所のメモをサリアに渡し、手からカラカラと白いもの落とす。カラスは尋問された敵の顔がパンパンに腫れあがっているではないか。
「おい何した?」
「無麻酔の抜歯って痛いんですよ」
なんと尋問の内容は歯を抜くという壮絶なもの。しかも自分で体験済みだから分かるという。
「お前ら魔法使える奴仲間にいたよな? 奇跡も魔法もあるんだよ?」
「では行きましょう」
カラスの苦言を無視し、陽歌とサリアは移動を開始した。子供だけで、しかも自分の行動が切っ掛けで始まった戦いに行かせるわけにはいかない。
「足はその辺で調達します」
サリアは辺りを見渡し、ちょうどいい車を探す。そこにふと、今しがた車に乗ろうかとしている人が見えた。運転手は若いOLで、車は古ぼけた軽自動車だ。
「あれにしよう。へいタクシー!」
サリアはOLが扉の鍵を閉める前に、サリアは奪い取る様に運転席へ乗り込んだ。OLは当然の様に驚く。陽歌はさすがに一般人を巻き込むのは躊躇われ、彼女を止めようとする。
「サリア! せめて敵から奪った車で……」
しかしサリアの勢いは止められず、結局突然の非礼を詫びつつカラスと共に後部座席へ乗り込む陽歌。OLは渋々助手席に乗って一行を止めようとする。
「失礼します、すみませんうちの連れが……」
「何? 何なに?」
「いやちょっと連れてってもらいたいところがあってねー」
サリアが見せた画面には、群馬県の住所が記されていた。
「ぐ、群馬? 今から?」
静岡から群馬という無茶なお願いにOLは当然拒否する。
「ダメよ! 今日は7時から美容室の予約があるの!」
「じゃあ車だけでも……」
サリアは無茶な要求をする。世の中には最初に当然断られるお願いをして、わざと断らせてから本当の目的を依頼するという交渉術がある。だがこれはどっちも無茶苦茶だ。
「サリア! 前!」
陽歌がマケプレ勢の接近に気づく。どうやら逆襲しにきたらしい。懲りない連中だ。
「何こいつら!」
「美容院だが、今日は休め」
サリアはミッションである車を迷うことなく起動し、発車させる。陽歌は窓に付いたハンドルを回して窓を開き、銃撃して敵を蹴散らしながら進路を確保する。こちらは軽だ。敵を撥ねながら進むパワーは当然無い。
「今日は厄日だわ!」
OLの絶叫と共に、車は走り出した。
「お姉さん、名前は?」
サリアは運転しながら、OLの名前を聞く。彼女は頭を抱えながら答えた。
「紗竹幸……」
「幸おねーさんだね。私はサリュー・アーリントン、よろしく」
軽自動車は悲鳴の様なエンジン音を上げて道路を爆走する。薄い装甲でスピードメーターの赤い場所まで針が振れている有様は恐怖しか感じない。
「え? もしかしてあのアイドル『マナ&サリア』のサリア?」
「あー、知ってるんだねー」
マナとサリアのコンビは有名なアイドルで、その手の話題に疎い幸にも名声は轟いていた。
「もしかして後ろの二人も芸能人?」
「んにゃ、一般人」
陽歌とカラスは容姿に優れているので、幸がそう思っても不思議ではなかった。
「でも何なの? 過激派に追われてるの?」
「話すと長くなる」
サリアは幸にここまでの事情を話した。転売屋ギルド、マーケットプレイスの被害はホビー界隈以外にも出ているようで、彼女は理解を示してくれた。
「あー、なんかよく見るよね黄色の布巻いた人。ほら、少し前に安室奈美恵が引退したじゃない? そのコラボ化粧品を予約してたんだけど、マーケットプレイスって人達が奪っていって受け取れなかったのよ……。しかも聞いてよ! 前払いしたのにお店がお金返してくれなかったのよ!」
「かなり被害出てるみたいだねー」
返金対応しない店も問題だが、モラルというのは一気に崩壊していくものではなく徐々に悪化するものだ。おもちゃや化粧品の転売を嗜好品の話だからと転売を放置すればそのノウハウで生活必需品の転売がいつ起こるか分からない。加えて、そういうのが周囲に増えていくと割れ窓理論で他の場所のモラルまで低下していく。予約の取り置きを取られた店は被害者だろうが、その補填を顧客に要求する様に。
「サイレン?」
町を爆走していると、パトカーの様なサイレンが聞こえる。サイレンの音そのものはパトカーであったが、来た車は紺色であった。ランプこそ赤いが、警察ではない。紺のボディには白抜き文字で『治安局』と書かれていた。
『そこの車、停まりなさい!』
「け、警察?」
「治安局だよー。企業の警備隊に過ぎないよー」
あまりに警察然とした行動に幸は混乱するが、サリアは慣れており従う必要が無いことを分かっていた。治安局はロウフルシティを牛耳るスロウンズインダストリアルの警備部隊で、警察権は当然持っていない。だが、この町ではさも警官よりも偉いかの様に振舞うのだ。
『店舗で騒動を起こしたのはお前らか!』
「こっちが悪者にされてる?」
陽歌は治安局が追って来た理由に驚愕する。大本の原因はマーケットプレイスなのだが、何を勘違いしているのか、それとも金でも積まれたのかサリア達を被疑者として追っているらしい。
「さすがに性能差があるねー……」
「追いつかれるぞ!」
パワーウインドウが手回しでミッションの古い軽では、湯水の様に資金をつぎ込んだ治安局の装備には勝てない。下手をすると高速道路担当のパトカーよりも性能がいい。カラスは慌てるが、サリアは落ち着いていた。
「陽歌くん!」
「はい」
陽歌が窓からショットガンを覗かせ、追ってくる車のタイヤを確実に撃ち抜く。片輪を失った車はスピンして後続の脚を止める形となる。
「高速に乗るよ!」
群馬に行くということもあり、高速へ入ることになった一行。それを止めるため、治安局の車が右側へ体当たりを仕掛けてくる。
「わあああ! まだローン残ってるのに!」
幸は車を傷つけられ、相当動揺した。サイドミラーは取れてしまっている。
「この車をローンって相当吹っ掛けられてない? それともレアなクラシックカー?」
「ただの中古! でも車無いと生活出来ないのよ!」
ロウフルシティはともかく、日本は割と車社会なのでこんなオンボロでも大事な移動手段。
「この!」
サリアはハンドルを右に切って敵を押し返す。ちょうど高速に乗るところで、治安局の車は分離帯に激突し爆散した。
「え……」
目の前で行われる映画みたいな光景に幸は言葉を失う。治安局は遂に、屋根から身を乗り出してロケットランチャーを持ち出して狙いを付けてくる。サッと出てくる辺り、いつも積んでいるのだろう。
「RPG!」
サリアはその様子をバックミラーで確認する。陽歌は窓からショットガンを出しつつ、彼女に指示を出す。
「サリア、進路そのまま!」
「オーケイ!」
とんでもない指示にカラスは驚く。回避しないと確実に木っ端みじんである。
「な、お前……何言って!」
そうこうしている間にRPGが発射される。が、弾頭は途中でショットガンに撃ち落されて爆散する。
「お前……撃ち落す自信あってあの指示出してそれを信用したのか?」
何が起きたのかを把握するのにカラスは時間が掛かった。当然、一般人である幸には何が何だかである。つまり、陽歌はあの弾頭を迎撃する確信があり、サリアもそれが成功するという信頼があって指示に従ったのだ。
「え? だって散弾なら空中の目標は撃ち落し易いでしょ?」
「いやそういう問題じゃ……」
陽歌の言う通りではあったが、肝心のショットガンは銃身が短い上に車から後ろ向きに撃つという不安定な姿勢で迎撃はかなり難易度が高い。
「まだ来るよ!」
「だったら!」
サリアは敵がロケランをリロードしてまた狙っていることを伝える。車は高速道路に乗る為、カーブが急な道に入る。これでは互いに狙いにくいので、敵の一団は直線に入るまでロケランを構えたまま待機した。
「一つ!」
が、陽歌はそんな敵を容赦なく撃つ。装填された弾頭をハンドガンで撃ち抜き、爆散させていく。
「二つ!」
「まてまてまて!」
次々と敵を始末する陽歌にカラスはツッコミを入れる。先ほど散弾だから当て易いどうのと言ってたのが急にハンドガンへ持ち替えて狙いにくい状況からピンポイント射撃しているので当然ではある。
「散弾は?」
「え? 人に散弾撃つんですか?」
カラスの発言に陽歌は引いていたが、人の慣れ果てに容赦なく散弾を叩き込んだことを忘れてはいけない。そしてなにより弾頭を誘爆させている時点で散弾が可愛く見える攻撃である。射手は間近で爆発が起きたせいで黒焦げだ。命に別状ないといいが。
「ええ……なんか私が間違っているみたいな……」
結局、敵の車両は直線まで持たなかった。このまま高速へ突入、ロウフルシティを抜ければ治安局も強くは出られない。
「ハイウェイ入るよー!」
「待って、この車、ETC付いてない……」
幸は高速道路に入る前に、車の仕様について言及する。サリアがハンドルをETCレーンに向けているので一応言っておいた。だが、どうせバーを押し切るんだろうなとは思っていた。
「何?」
が、なんと高速の入り口全てに赤ランプが付いて封鎖される。そして治安局の車が次々に集まってくる。その中には紺色の猛牛型ゾイドもいた。
「キャノンブル! あんなものまで?」
それは地球で発掘されたゾイドを専用に改造したゾイドの一種であった。まさか車一つにこんなものを持ち出すとは。
「本能解放! ワイルドブラスト!」
その時、白いライオンのゾイドが割って入る。ヴァネッサの駆るワイルドライガーだ。
「キングオブクロー、スパイラル!」
背中のタテガミクローを振り回し、キャノンブルや車両をなぎ倒す。
「今だ! 行け!」
「よし!」
ヴァネッサに支援され、高速へ突入するサリア達。陽歌がハンドガンでETCのバーと機械を破壊し、そこを抜けていく。
「壊したー!」
幸は予想を超えた結果に叫ぶしか無かったという。
@
群馬県某所にある倉庫があった。それを憎たらしく思いながら見る男が一人いた。中年で無精髭が生えているが、身体はがっしりしていて中年らしい肥満の傾向はみられない。
「くそ……マーケットプレイスの奴らめ、人の会社の倉庫乗っ取ってクソみてぇな旗立てやがって……」
倉庫の本来社旗と国旗が掛けられていたポールには黄色い布と、辮髪に細い髭というラーメンマンもどきみたいな人物の顔を印刷した本当にクソみたいな旗が靡いていた。肖像画とかではなく画素の荒い写真を印刷しているのでクソ度が高い。
この倉庫は男性の会社のものだったが、東日本大震災の時に避難したどさくさを突いてマーケットプレイスが乗っ取ったのだ。あの震災ではテレビの報道が偏ったこともあって東北の被害がクローズアップされたが、広域な災害だけあり関東も割かし被害を受けているのだ。
「ん?」
そこにサリア達の一行がやってくる。軽は限界を迎え、煙を吹いていた。サリアは華麗に車から降りて倉庫を睨む。
「ここがあの女のハウスね……!」
「誰だあんたら?」
男性はトンチキな発言をするサリアに臆することなく話しかける。
「私達は通りすがりだよー。今からこの倉庫は消滅するッ!」
「何する気だ!」
サリアは無茶苦茶を言うが、当然、倉庫の持ち主である男性は反発する。後から降りて来たカラスは男性との話を取り持つ。
「見たところマーケットプレイスとは違うみたいだが……何者だ?」
「俺は本条飛馬。この倉庫は本来俺たちのもんだ。あんたらこそ何者だ?」
男性、本条はカラス達のことを聞く。それにはサリアが答えた。
「私達はマーケットプレイスっていう転売屋ギルドに取られた商品を取返しに来たんだよー。倉庫も盗品とは、やつららしいねー」
彼女は本条が倉庫の持ち主と聞いて、詳しいことを聞かずに信用した。
「なるべく壊さない様に戦わないとだねー」
「あんたら、あの連中とやり合うのか?」
自分の想いをすぐに汲んでくれたサリアに、本条は警戒を解く。やはり怪人アンプルなどを所持するだけに、力づくでの奪取は難しい様だ。
「そうだけど?」
「やめとけ。俺も昔は喧嘩じゃ負け無しだったんだが、あいつら付近の警察を買収してんのか通報してもなんもしてくれねぇ。多分無理矢理奪い返したら俺たちが逆に暴行で捕まるだろうさ」
本条の話によると地元の警察は役に立たない。昔はやんちゃしてた系だろう彼も自分達が犯罪者になってしまう危険を考慮して動けない辺り、現在では思慮深い大人になったのだろう。
「くっそー、独身なら乗り込んでやったのに俺には嫁もガキもいるからな……」
「だったらよそ者の私達がやればいいんだね?」
サリアは状況を確認すると、倉庫の閉ざされた門まで向かう。
幸はフラフラしながら車を降りた。ドンパチが無くても、軽で時速120キロ近く出し続けられたのなら身体が持たない。
「クリスマス前に仕事を入れられ……それが原因で彼氏にフラれ、YouTubeで猫動画見てたら変な恐怖系広告見せられ、悪夢は見るし、車はダメになり……私が何をした……?」
幸のぼやきに隠された情報を陽歌は見逃さず、彼女を追及した。
「広告? それって女の人みたいな化け物が出る……」
「浅野! 来るぞ!」
しかし話はカラスによって打ち切られた。サリアが敵の見張りに補足されたことで、警報が鳴ったのだ。
「本当にやる気か?」
「もちろんですとも、アイドルですから」
サリアの目的は奪われた頒布物の奪還。アイドルとして真面目なファンが泣きを見ることだけは認められない。
「行こう、サリア」
「おい待て、お前怪我してんじゃねぇか?」
本条は陽歌の腹部に付いた血から、彼の負傷を見抜く。幸は騒動に対応するのが手一杯で、ようやくそれに気づいた。
「もう血は止まって痛くないので大丈夫、です」
「お前ら……」
敵は待ってはくれない。サリアは本条に指示を出す。
「おっちゃん、おねーさんを安全な場所へ!」
「あ、ああ」
こなれた様子に圧され、サリアの言う通りに幸を避難させる本条。ここからが本番だ。突入しようとしたが、サリアは敵が手にしたものを見て退避する。
「銃を持っている!」
サリア、陽歌、カラスの三人は門の影に隠れ、敵の銃撃をやり過ごす。しかし、発砲音はやけに静かで威力も低そうだ。
「ガスガンを改造して、ベアリング弾を撃ってるみたい」
陽歌はそれが実銃ではなくガスガンの改造であることを見抜いた。威力のセーフティを外し、プラスチックのBB弾ではなく金属の弾を撃ってきている。ただ、いくらおもちゃの改造でも当たれば痛い。それにこの数ではすぐにハチの巣だ。
「こうなったら、これだ!」
サリアはある手を使った。無謀にも彼女が飛び出した瞬間、敵の視界にあるものが移る。
「なんだ?」
『今、楽天カードは十秒に一人会員が増えています! むむ?』
「なんだこれは?」
突然両目に銀のカードを張り付けたヒーローみたいな男がカードの宣伝を始めたのだ。敵はサリア達を見失い、男に視線を張り付けられて行動できなくなる。
「奥義、『なんか動画サイトに挟まってくるCM』!」
「なにこれ」
カラスにはこの宣伝は見えていないので戸惑いながらサリアに続く。同じ様に見えていないはずの陽歌が迷わずサリアの後を追ったので同じ様にしたまでだが、本当に意味が分からない。
「動けない!」
「なんだこれは!」
『あ、また増えた!』
『楽天カードマン!』
やっと宣伝が終わり、敵は再度サリア達を探した。しかし、また宣伝が流れ始め動きを止める羽目となる。今度は胡散臭いおっさんがスマホを手にWi-Fiの宣伝をしている。
『奥さん、事件です!』
「奥義、『二回連続で宣伝流れるやつ』!」
「うぜぇええええ!」
これは非常に鬱陶しい。その隙に三人は倉庫の中へ侵入する。中には、大量の商品がダンボールで山積みにされていた。これが今までマーケットプレイスが買い占め、強奪した商品ということか。
「この中からスイッチを探すのは手間だぞ……?」
「まぁ敵を殲滅してからゆっくり探そうか」
サリアはそんな呑気なことを言っていたが、カラスは入り口を守っていた連中が宣伝を見終えて挟み撃ちになることを懸念していた。
「だいじょーぶ大丈夫、奥義『宣伝読み込んだせいで本命の動画が読み込めない不具合』も重ね掛けしたから、アドブロック入れてない、戦うまでも無い雑魚はあれで終わったよ」
「魔法……なのか?」
なんとサリアの技で既に大半が戦闘不能という有様。見る者を魅了する完成された偶像、サリュー・アーリントンならではの技術だ。
「あれは!」
陽歌は在庫の前に立つ敵を見た。毛むくじゃらの身体に黒く変色した顔面、長い腕。チンパンジーをそのまま人間サイズまで大きく引き伸ばした様な姿は、何度も戦ってきたチンパン怪人だった。
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!」
アンプルの副作用が出ていると思わしき状況で、更に注射を腕に刺す。親知らずの手術で麻酔をする時に使う様な、特大の注射器であった。
「ここで暴れさせるわけにはいかない! ルイス!」
倉庫での戦闘は在庫を傷つけるばかりか、倉庫そのものを破壊しかねない。陽歌はカートリッジを取り出し、ルイスに使う。
「使うつもりなかったけど……」
『グラップルファイター! Fighter program! open your eyes!』
格闘家のホログラムを取り込み、ルイスは新たな姿へ変化する。ボクシングのグローブを付け、紳士の様な髭を生やし蝶ネクタイを付けたカンガルーという妙な姿だ。
『go ahead beltroll! グラップルファイター!』
魔法文字の表記は『ジェントルカンガルー』。これはサリアに読んでもらった。ルイスは敵が変異する前に窓を突き破って外へ出る。陽歌も追いかけようとしたが、古びた放送機材から声が聞こえる。
『皆の者、少々厄介な敵が来た。在庫を取り返され、市場に放流されれば価格が暴落するだろう。そこで、この倉庫を爆破することにした。爆発は五分後、それまでに退去する様に』
「なんだって!」
まさかの自爆展開。価格の暴落を起こすより、抱え込んで消滅した方が市場価値は保たれたままなのでマシという判断だろう。となると、ここ以外にも倉庫があったりするのだろうか。
「陽歌くん、私は爆弾の処理をするから、あのチンパンジーをお願い! 邪魔されたら解除し切れない!」
「分かった!」
陽歌はルイスを追って窓から出た。チンパン怪人は三メートル以上の巨体へ変異しており、全身から木の根っこの様なものが生えている。
「あれは……もしかしてマインドアーモリーの暴走?」
根っこはチンパン怪人が手にしたこん棒の柄から生えているので、詳しく知らない陽歌でもそう察することが出来た。このままでは、ルイス一人では厳しい相手かもしれない。陽歌は二丁のハンドガンを重ねて一つのサブマシンガンへ変化させる。
「サイドスタイル!」
フォアグリップにストックの付いた、扱い易そうなサブマシンガンである。ルイスはジャブで様子を見つつ、敵の素人丸出しな大振りの反撃を回避、そのまま鋼鉄のストレートを叩き込む。その間も陽歌は絶やすことなく顔面へ銃撃を放ち続けた。
「ぐぉぉ!」
ダメージを受けたチンパン怪人は再生を急いでいるのか、木の実の様なものを身体に生やしている。養分を集中させて変異、再生に使うつもりなのか。そんな複雑な思考をこのチンパンが持っているとは思えないので、生存本能の動きなのだろう。
「よし!」
ああいう腫れた部分は弱点と相場決まっている。陽歌はそこに射撃でダメージを与えていき、破裂させる。
「ガアアアアア!」
ダメージを受けた木の実は脱落し、埋まっていた部分は肉がごっそり無くなったためチンパン怪人も苦痛を受けている。顔を上げて咆哮など隙でしかない。ルイスはその顎にアッパーを繰り出す。顎を揺るがされたチンパン怪人はノックアウトされ、倒れる。ルイスはその名の通り紳士的な戦いを好むのか、追い打ちをしない。
せっかく胸を突き破り、木の絡まった心臓が飛び出しているというのに。再生の為血液を多く循環させたいのか、心臓が肥大化して木の根っこの様なものが蘇生法の様に圧迫している。いかにも攻撃してくれと言わんばかりの状態だ。
だが陽歌はそうではない。その心臓めがけ引き金を引きっぱなしにして銃撃を行いながら接近。近づいたらナイフを取り出して一突きしてダメージを与える。
「喰らえ!」
「ギャァアアアアアア!」
心臓は危険を感じたのか、身体に引っ込む。チンパン怪人は起き上がり、再び陽歌達に戦いを挑む。ラウンド2である。起き上がってしばらくしたのを待ち、ルイスは再び構える。本当に紳士的なボクサーである。
「死ね、死ねぇええ!」
チンパン怪人はルイスを無視して陽歌を狙う。走って寄ってくるが、横からルイスの拳を受け、身体がふらつく。体勢を立て直そうとしたその僅かな隙に、ルイスはデンプシーロールでボディへ重い打撃音が響くほどのパンチを繰り返す。その間に陽歌は背中や肩に生えた腫れ物を撃ち落とす。
「グガァアアア!」
やけになったチンパン怪人はルイスに向かってパンチを繰り出すが、まさかのクロスカウンターで返り討ちに遭ってしまう。骨が砕ける音が銃を撃っている陽歌にもはっきり聞こえ、歯が飛び散って首は真後ろまで回る。あれだけ太い首なのに信じられない光景だ。チンパン怪人はそのまま倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「……」
TKOにもならなかったな、と言わんばかりにルイスはどこからともなく取り出したタオルをチンパン怪人に投げ、試合終了を告げる。
@
その後、爆弾は無事解体され、マーケットプレイスが逃げ出したので倉庫は本来の持ち主である本条に戻った。幸は車が壊れたが、倉庫に眠っていた脱税用の隠し財産をサリアがパクったので、新しい車を一回払いで買うことが出来る。
「はい、これが目的のものです」
陽歌はカラスにswitchとポケモンシールドを渡した。
「すまん、私の為に……」
思ったより事が大きくなってしまったカラスは申し訳なさそうだった。だが、陽歌も最初から彼女の為ではない。
「別にあなたの為じゃないです。それとこれを」
彼は本命のプレゼントとは別に、switch本体とポケモンソードの方を渡した。
「これは?」
「ポケモンはバージョンで出るポケモンが変わるんです。せいぜい、図鑑集めに手を貸してあげてください」
遥という女の子とは会っていない陽歌だったが、彼女の境遇が少しでもよくなれば、と思ってのことだった。それを見たカラスは、彼に眠る危うさは、当たり前の優しさに包まれている限り大丈夫だと悟る。
「ああ、すまない」
「さーて、せっかく群馬来たし、草津温泉行こうか!」
一仕事終えたサリアは、とても今日中に帰れないことを考えて頭を観光に切り替える。
「あの、私明日から仕事……」
「サボっちゃえサボっちゃえ」
幸は仕事に行けないことが確定した。妙なクリスマス前夜はこうして過ぎていく。悪魔と忌み子が誰かの為に、共に奔走するクリスマスは今年が最後かもしれない。
マインドアーモリー解説
アポロM11
マックスペインにムーンギアを装備した姿。二丁のハンドガンを組み合わせることで二つの異なる銃に変形する。サイドスタイルはサブマシンガン、タンデムスタイルはソードオフショットガン。
ムーンイーター
半纏坂織太のマインドアーモリー。サイズ自在の斧で、手斧からポールウェポンまで使い分けられる。非常に安定しているため、ギアを付け替えても強化や属性付与に留まる。