騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
令和元年も終わりを迎え、喫茶店ユニオンリバーでは大掃除が佳境を迎えていた。今年は強力な助っ人が参加している。そう、ルイスだ。
「いやー助かるねー。狭いとこも入っていってくれて」
アステリアは隅っこの掃除をしていたルイスを労う。一つ目であるが一般的な兎の彼は、兎らしからぬ知能の高さで掃除の手伝いまでやってくれるのだ。屈んで拭くには腰に来る床掃除も元々四足歩行のルイスにはお手のもの。
「今年は色々ありましたねー」
「そうでスね」
一緒に掃除をしていたアスルトが今年を振り返る。いつもは特に変化のないユニオンリバーであるが、今年は大きな変化があった。それが、浅野陽歌の加入である。
「浅野陽歌くん。三月三十一日生まれの九歳、小学四年生。血液型はB型。生まれは岡崎の市民病院でスが生後間もなく金湧市へ両親と共に引っ越し。身長は130㎝、体重は26㎏前後。BMIは15.38で低体重。スリーサイズは上から55-54-55。とにかく太らせましょう」
引き取ったばかりで健康診断した時はかなり痩せていて、栄養失調が深刻だった。加えて精神的なダメージから食欲もなく、欠食児童であったが為に胃が小さくなってしまいたくさん食べるのも難しいという状態だ。
「とにかく少食の子はバランスに気を配らないと。間食も利用して」
アステリアは上手いこと陽歌の食事を管理しており、彼の体調がここのところ良いのはその為であった。
「外見の変異は先天的な遺伝子異常によるものでス。これが原因で再生治療が不可能なので、天導寺重工製の義手で補っていまス。手先の感覚はありませんが、かなり精巧なもので本人の努力もあり模型の制作など細かい作業も熟せます。欠損部にコネクターを埋め込んで有線で接続しているので稼動が安定し、脳への負担も少ないでス」
「何故か血圧計の機能あるのよね……あれ」
陽歌の黒い球体関節人形の様な義手はアステリアらユニオンリバーと提携している天導寺重工の商品である。同社お馴染みとも余計な機能もあるが、これが他の機能を阻害するというわけでもなく以前使っていた義手より性能がいいというのだから驚きだ。
「でも前の義手よりはいいでスよ。あのドランカ製薬製の義手、あんまいいものじゃなかったでスから。だって脊髄に埋め込んだナノマシンで無線接続、技術的な背伸びのせいでかなり通信が不安定でしたし、成長期の子供に施すせいでナノマシンと神経が絡んで取り外せなくなるし……」
アスルトは以前行われた陽歌への措置に頭を抱える。下手をすれば今後の生育に影響を及ぼしそうなものを切除出来ない状態で放置するしかないという有様だ。天導寺の技術ならば感覚のある義手くらい作れるが、使わないものが繋がっているせいで増している脳への負担を考えると、これ以上負荷の大きい義手を付けるのは危険だ。ただでさえ栄養失調のため発育不良があるというのに。
「あーそのことなんだけど、ドランカ製薬の人工臓器や義肢のせいで被害を受けた人達による集団訴訟があるから参加しないかって話が来ていましたよ」
「お金には余裕あるので、彼の負担を考えれば参加しないのも手でスね」
もちろん、そんな杜撰な商品で被害を受けたのは陽歌だけではない。なので原告団が立ち上がり訴訟をしている最中だ。新しい義手を得て、生活にも困っていない陽歌は無理に参加する必要は無いのだが、これは彼の判断に委ねることにした。
「ドランカ製薬と言えば黒い噂も聞きますし、参加しなくてもあの子に危険が及ぶかも……」
アステリアは暗黒メガコーポであるドランカが相手となると参加不参加に関係なく陽歌が狙われる可能性を考えていた。アスルトはそれを考慮して色々な準備をしている。
「まぁ、あの子も死線を潜ってまスし、雑魚ならあしらえるでしょう。例えばマインドアーモリー。あの隠蔽性と強襲性は彼の得意な射撃と組み合わせてかなり強力でスよ」
陽歌にはただ一つ、卑屈とも言えるほど謙虚な彼も得意と言うものがある。それが射撃だ。家に唯一あるおもちゃの銃を遊び尽くした結果、ユニオンリバーでも屈指の狙撃能力を持つまでになった。
加えて、心を具現化した武器、マインドアーモリーを扱える。大荷物を持ち運ぶ必要も無く虚空から突然として武器を呼び出せるアドバンテージは言うまでもなく、心を具現化するだけあり使用者に合った武器が出てくれる。
「本当に銃でよかったですね。あれなら非力な陽歌くんでも身を守れますし、特技とマッチしています」
陽歌のマインドアーモリーは拳銃型の『マックスペイン』。最初は小さな自動拳銃の姿をしていたがハロウィンの事件で攫われたミリアを救う決意によって二丁のハンドキャノンへ進化、しかし直後にその本体である自身の『負の側面』を撃破してしまったため使用不能に陥る。しかしそこはアスルト。なんとかしてみせた。
「他にマインドアーモリーって半纏坂くんの斧、『ムーンイーター』がありましたね」
他のマインドアーモリー使いは退魔協会の退魔師、半纏坂
「しかし心配なのが一つ……」
アステリアはそれでも心配があった。
「マインドアーモリーは本来、天賦の才もしくは長年の修行によって習得するものです。でも陽歌くんのそれは……」
彼女の言う通り、マインドアーモリーとは一朝一夕に身に付く能力ではない。しかし、RURUチャンネルなる奇怪な動画により、無理矢理覚醒させられる例が存在する。その際たるものが陽歌であった。
「この前のクリスマスの騒動であった様に、あのチャンネルで覚醒した人は暴走してしまう危険があります」
「あーそれでスね」
この方法で覚醒した者は陽歌の様に、『他者への不信感』の様な負の感情が全面に押し出され、暴走する危険がある。クリスマスの前にあったマーケットプレイスとの戦いで、RURUチャンネルによって覚醒した者が暴走を引き起こしている。つまり、陽歌も同じ危険を孕んでいることになる。
「陽歌くんは大丈夫でスよ。このギアによって暴走を防いでいまスから」
アスルトが取り出したのは、エンブレムの様なものだった。これはハロウィンの時に手に入れた素材で作った新作だ。このギアというのは、半纏坂によってもたらされたアイテムだ。本来はマインドアーモリーに強化を付与する為のものだが、陽歌のマックスペインは不安定さ故に武器そのものが大きく変化する。
それを利用し、暴走を抑えているのだ。
「それなら大丈夫だと思いますけど……怪我でもしたら大変」
攻撃面の心配は無くなった。だが、防御面の心配が残るアステリアだった。
「それが身体の再生力が妙に高くて……多分、以前感染したGウイルスのせいだと思うんでスけどあれはワクチンで完全に治癒したはズですが……」
ミリアと知り合った事件で陽歌はあるウイルスに感染している。そのせいか、怪我をしても割と早く治ってしまう。原因はアスルトにも分かっているのだが、陽歌の痛みを我慢しがちなこともあって大人達が気づかないダメージが蓄積する恐れもある。
「まぁ、来年も私達で支えていきましょう」
「そうでスね」
何はともあれ、引き取った以上は責任を持って見守っていくつもりだ。陽歌の迎える未来はどんなものになるのか、来年は楽しみだ。