騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 初夢で富士山、鷹、茄子の夢を見るといいらしいぞ! なんでいいのかは知らん。
 そんなものより女の子とにゃんにゃんする夢が見たいよ……。


初夢は一富士二鷹三茄子?

 初夢、それは1月2日に見る夢である。勘違いされがちだが、正月に見た夢は初夢ではない。何故なら正月に夢を見たと認識した時に見た夢は、リアルタイムだとまだ年を越していない時に見ている可能性が高いからである。今でこそ電灯などの発達で日付が変わる瞬間、またはその以降も起きている人が増えたが、この文化が生まれた頃には灯りが貴重で人間は太陽の浮き沈みに合わせて生きていたという背景もある。

「あれ?」

 今しがた、目を覚ました少年もその初夢を見ているところであった。少年と呼ぶには小柄かつ細身、整ったフェミニンな顔立ちで女の子にしか見えない外見をしている。が、お世辞にもなだらかとは言えない傾斜かつ、スケートリンクの様に硬い氷が踏み固められた場所という危険地帯に放り出されている。日は傾きかけており、ここが雪山と仮定した場合は本来なら下山するかキャンプに到着していなければいけない時間だ。

「これは……?」

 少年は夢占いなど詳しくはないが、間違いなくいい予兆ではないだろう。両手を見つめると、黒い球体関節人形の様な義手が大きめなパーカーの袖から覗く。夢になっても自分の嫌いな『これ』が治っていないということは、キャラメル色の髪色や右が桜色、左が空色のオッドアイも現実と同じなのだろうと彼は溜息をつく。雪山に投げ出された時以上の絶望感である。

「こんなことなら今年は明晰夢でも練習しようかな……危ないかな」

 彼は浅野陽歌。こんな姿でも惑星地球、日本国出身の純粋な地球人かつ日本人である。その特徴的な外見はごく一般的とも言える右目の泣き黒子さえ抉り取りたくなるほど彼に嫌悪を与えていた。

 去年の夏、ひょんなことから生活環境が一変した彼であったが、ここまで穏やかな年末年始は初めてであった。特別なことが何もないとしても、誰かが傍にいるというだけでも、寒くはない。

「いや寒い!」

 しかし今は寒い。上に着ている白いパーカーは全天候対応型であらゆる暑さ寒さをしのげるが、ボトムスである黒いホットパンツとタイツ、アサルトブーツは普通の衣服だ。服装の選択もあって女の子にしか見えないというのはさておき、このままでは凍死してしまう。

「ここどこ?」

 とりあえず現在地を把握することにした。空を見ると、星座の位置からここが日本であることは把握出来た。以前見た星空と同じだ。星の位置全てを把握することは不可能だが、星座を使えば大体は何とかなる。日本は東西に長いものの、アメリカやロシアほど差は生まれないのでここが日本であるのは間違いない。

 彼がこの奇怪な現象を夢と疑わなかったのは、寝ている最中にテレポートする以上に奇妙な出来事を体験してきたせいである。

 化け物になる奇病、異能の力を授ける恐怖映像、怪人に変身する薬、悪魔を呼び出すアプリ、魔王の住む城の復活、人造人間、月の民、国立魔法協会、人間と見分けの付かないロボット等々。それに比べたらテレポーテーション程度、常識の範囲内である。人間の想像することは現実に起こりうる、ということだ。

「ここは日本で……周囲に同じ規模の山は無い。湖の様なものが見えるね……。ここは独立峰か……」

 時期にもよるが、日本で独立峰、周囲に山々の無い冠雪するほどの高山といえば富士山だろう。眼下に広がる光景からも、ここが富士山かつ静岡側から見える部分であることは間違いなかった。

「うわ、そうなると大変だぞ……?」

 陽歌は状況を把握して事の重大さに気づいた。冬季の富士山はアルプスなど更に標高の高い山を登る前の訓練地として選ばれるほど過酷な環境である。また独立峰ということは周囲に風を防いでくれる山が無く、天候の影響をモロに受ける。そのため標高対難易度は必然的に跳ね上がる。

つまり今の私服みたいな装備で挑む場所ではない。彼の服装は夏季でも不適当だろう。ピッケルとアイゼン無しでは昇ることも降りることも出来ないので立ち往生だ。

「この状態……昇り始めた時点で遭難だよ……」

 本来なら入山すら止められる状態なのだが、突然ワープしたのではどうしようもない。壁の中に埋まらなかっただけマシというものだ。

「はぁ、参ったな……」

 昇りも降りも出来ず、連絡手段も持たない陽歌は完全に詰んでいた。これが初夢なら、一富士は達成でめでたいのだが。その時、彼の後ろから足音が聞こえてきた。

「隊長! どうしたんですか!」

「何かトラブルでも?」

 それは、後ろを付いてきたナスの足音だった。ナスに手足が生えて顔の付いたキャラクター的なものが三匹後ろから付いてきている。

(あ、これは夢だ)

 陽歌はこのナスを見た瞬間、これが夢であることを確信した。ケイ素で出来た人造人間や月の住民はまだ信じられるが、これを現実の産物と言われたらまず自分の正気を疑う。

「隊長! 早くしないとご来光に間に合いませんよ!」

「いやもう間に合ないよ?」

 ナス三匹はご来光の為に富士山を昇っているらしいが、もうとっく初日の出は過ぎている。そしてこの発言でここが富士山であることは確定した。

「ねぇ! 君達アイゼンは履いてる? せめてピッケルを貸してほしいんだけど!」

 陽歌は基本装備を確認した。何とか自分の滑落を防ぐため、ピッケルはほしいところである。

「はい、完璧です!」

 そう言って、ナスのうち一匹は足裏を見せる。そこに装着されていたのは、最新式のスマートフォンであった。

「アイゼンじゃなくてアイフォンだー!」

 もはや靴ではないので、カバーを駆使して下駄の様に紐を繋いで履いている。これならトイレのスリッパの方がマシなレベルだが、どうやってここに立っているのか。ナス三人がこれである。正直六台のスマホを買うお金があったらまともな登山装備が得られたのではないだろうか。

「え、じゃあピッケルは?」

 もはや期待はしないが一応ピッケルの所在を確認する。すると、ナスは三匹共しっかりとした登山用ピッケルを掲げた。

「あります!」

「なんでそっちはあるの?」

 これも無いオチだと思っていたが、まさかの持っている展開。陽歌は頭を抱えるしかなかった。だが少なくともピッケルはある。希望が見えてきた。

「ゴメンだけど、そのピッケル貸してくれないかな?」

 陽歌が頼むと、ナスは強い拒否反応を示す。

「嫌ですよ! 靴のせいでこれないと今にも落ちそうなんですから!」

「じゃあなんでアイフォン履いてきた!」

 もう何が何だかである。しっかりピッケルを持っているくせに靴はこれなのだから矛盾というレベルではない。ちょっとした言い合いをしていると、ナスの一匹が突然叫び出す。

「もうたくさんだ! 俺たちあんなに仲良かったじゃないか!」

「いや初対面だよ?」

 まるで一致団結していたチームかの様に言うが、陽歌はこのナスとは今ここで会ったばかりだ。

「俺たちはいつだって強力して困難を乗り越えてきた! 苦しかった冬の天保山登頂、アスファルトの照り返しにも負けずに踏破した真夏の国道174号線! 嵐の中、誰も脱落することなくやり遂げたぶつぶつ川下り! なのに!」

「いや全部日本一低いか短いから困難でも何でもないんだけど……」

 ナスは思い出を語るが、どれも乗り越えたと胸を張って言える様なものではない。むしろそこまで行くのが大変なレベルだ。

「そこまで言うんなら君がピッケルを貸してくれるんだろうね?」

 陽歌は熱く語るナスにピッケルを要求した。だが、ナスは三人分のピッケルを独占し、それを天高く掲げた。

「こんなものがあるからいけないんだー!」

 そしてピッケルを斜面の下に投げ捨ててしまう。最後の希望はあえなく眼下へ消えていった。

「おああああ!」

 まさかの行動に陽歌も驚愕する。このナス共は狂っているのだろうか。

「何をするだぁああ!」

「争いの種は断たないといけない!」

「大した争いじゃないし唯一のまともな登山道具!」

 陽歌としてはこの程度、ここまで発狂する争いではないと思っていた。これでは誰一人、ここから迂闊に動けないではないか。彼は期待などしていないが、一応ナス達に聞いてみることにした。

「みんな、もしかして山小屋に登山計画書を出していたり、知り合いにこの登山のこと話していない?」

 帰りが遅くなれば、心配した誰かかが救助を呼ぶはずだ。今や、それしか助かる道はない。

「何を言ってるんですか。この計画は極秘ミッションですよ隊長」

「一日遅れのご来光に何の極秘性があるのかと小一時間」

 予想通り、誰もそんな周到な準備はしていなかった。アイフォンを履いてくる様な連中である。おそらく夜逃げ同然にやってきて、後々謎の失踪事件としてネットに話題を提供することになるだろう。

「本当にどうしよう……ナスは役に立たないし、初夢的には鷹に期待するしかないのかな?」

 その時、ヘリコプターの音が聞こえてきた。何と、鷹を擬人化した様なキャラクターが二匹乗ったヘリコプターが助けにきてくれたのだ。これで一富士二鷹三茄子。なんとも縁起のいい初夢の完成だ。

「おーい、大丈夫か?」

「た、助かった……」

 ヘリは扉を開き、中からロープで隊員が降りてくる。暗いものの、天候は荒れていないので本当にギリギリラッキーで助かったという感じである。

「マイク、機体を揺らすなよ。二次遭難は勘弁だぜ」

「分かってる」

 マイクと呼ばれた方の鷹は丁寧に機体を操作し、降下する隊員を補助する。だが、遠くから何かが飛んできてヘリが切断されてしまったではないか。ヘリは煙を吹きながら、降下中の隊員もろとも墜落してしまう。地面に落ちたヘリは爆散し、隊員の生存は絶望的だった。

「マーイク!」

 陽歌は墜落したヘリを確認した後、この現象を起こした存在を確かめる。凍った斜面に立っているのは、刺々しい鎧を纏ったかぎ爪の人物だった。この足場で平然としているということは、足裏には鋲の様なものがあるのだろう。

「な、なんだ貴様ぁ!」

 ナスの一人が不用意に鎧の人物へ近寄る。ナスは履物にしたアイフォンのせいで覚束ない足取りだったが、鎧の人物はまるで平坦な道であるかの様に駆けてナスへ接近する。

「危ない!」

 陽歌が反応する時間も無いほど一瞬のことであった。ナスの顔面に鎧の人物は左の爪を突き立て、そのまま持ち上げる。

「ギャァアアアアア!」

 そしてトドメに腹部を右の爪で貫く。絶命したナスを鎧の人物は斜面の下へ投げ捨てる。

「ひ、ひぃぃいい!」

 もう一人のナスが慌てて逃げ出そうとする。しかし、自分の履物が何だったのかをこの恐怖で忘れていた。

「あ、馬鹿!」

 止めようとした陽歌だったが、時既に遅し。ナスは足を滑らせて斜面の下へ真っ逆さまである。アイゼンどころか普通の靴でもない、アイフォンなど履いているなら当然の結末である。

「うわぁああ!」

「ああ……」

 ついに残るナスはあと一匹。かなりのピンチである。その時、鎧の人物が初めて口を開いた。

「なんでジエンドはお前なんか始末しろって言ったんだ? 年明け早々、こんな夢に行かされるとはな……お前、インフルかなんかか?」

 その声は高いものを抑えて低くしている様に聞こえた。しかしこの人物曰く、ここは夢であり、夢の展開そのものは陽歌が見ているままのものであるらしい。外部から何かされてこの夢を見ているわけではないのだ。

「いえ……あ、これ夢なんだ。カオスだなー……」

「お、お前は誰なんだよ!」

 ナスは鎧の人物に聞いた。陽歌も鎧の人物も、「それはこっちのセリフだ」と言いたかったが鎧の人物は丁寧に答えてくれた。

「……。冥土の土産に教えてやろう。私は、RURU」

「なんだって?」

 その名前を聞いた陽歌は、去年の出来事を思い出す。見た者に異能の力を与えるというRURUチャンネル。訳有って異能の力が必要だった彼は何とかそのチャンネルに辿り着いて見事に力を手にした。そのチャンネルの関係者か、開設者がこの鎧の人物なのか。

「ということは……あのチャンネルはお前が!」

 陽歌は恐らくあの兜の下に、動画で見た口が裂け、ギョロ目でこちらを睨む恐ろしい女の化け物の顔があると予想した。しかし、動画でその女が発していた声はノイズだらけで不明瞭だった。

「察しがいいな」

「そしてお前に指示している人間もいるのか!」

 ルルは自分の漏らした愚痴から組織図をみとられ、陽歌に対して危険を感じる。想像以上に相手をよく見ており、聡明だ。彼女、もしくはジエンドなる人物の予想ではあんな噂を信じ、実行に移すのは余程愚鈍な人間だけだったのだろう。

「そこまで気づいたか。ジエンドが消せと言うのも納得だ」

「何が狙いだ! こんなものばら撒いてなんのつもりだ!」

 陽歌は自動拳銃を虚空から取り出してルルに突きつける。こんなもの、とは今陽歌が持っている様な武器である。心を具現化した武器、マインドアーモリー。本来なら生まれつきの才能や長年の精神修行で発現するこれを、誰にでも与えるのがRURUチャンネルである。携帯していることが誰にも分からない、使った後も処分の必要が無い武器というだけでもかなり危険な存在だ。

「これから死にゆくお前に言う必要は無い」

「っ……!」

 突撃してくるルルに、陽歌は容赦なく引き金を引く。標準は眉間。向こうから真っすぐ向かってくるなら、アイアンサイトも必要ない。

「あれ?」

 だが、銃は弾を発射しない。こんな時に不具合だというのか。そんな馬鹿な、と陽歌は頭が真っ白になる。

 ルルが攻撃を仕掛けようとした時、間に入ってその爪を止めた者がいた。鋼鉄の爪を食い止めたのは、明らかに竹製の熊手であった。正月に飾る様な、両手で持てるほど柄の長く大きな、そして華美な飾りがあるのだがその頑丈さは金属に匹敵する。

「おおー、これはラッキー。間に合ったネ!」

 その熊手を持っていたのはすらっと背の高い、金髪を伸ばした少女であった。彼女もまた夢に入り込んだ存在なのだろうか、寝間着であるスウェットは厚地だろうに出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込むグラマラスな肢体が上からでも分かるほどだった。

「まず、お話を聞きましょウ! 私は一富士(いちふじ)・デュアホーク・三茄子(みなこ)! 君達は?」

 一富士と名乗った彼女は非常にフランクで接しやすい少女であった。

「えっと……僕は浅野陽歌です」

「オーケー、そちらミス……じゃなくてミスターアサノ。そちらは?」

 一富士のペースに呑まれ、陽歌は知らない人相手にも関わらず自己紹介をしてしまう。普段は引っ込み思案を通り越したレベルの彼だが、緊急時はスイッチが入って収まるらしいと去年の騒動で気づきつつあった。それにしても彼女は自分のペースに引き込むことに長けている。

 さらっと女の子扱いされたが、修正してくれた。いや、ミスターはどっちにでも使うのでもしかしたらぼかしたのかもしれない。

「これからついでで死ぬモノに、名乗る名など無い!」

「なるほど……!」

 名乗りもせず攻撃の手も休めないルルだったが、その連撃を熊手で防ぐ。

「事情はともかくマーダーはノー! 命だけはどんな幸運が起きても取返しが付かないヨ!」

 そして、熊手で一気にルルを跳ね上げる。ルルは跳躍し、一富士から距離を取る。どう見てもルルにとって隙だらけだが、地形の都合、アイゼンを履いているあちらが一方的に有利だ。迂闊に着地狩りを狙えば、足を滑らせて滑落してしまう。

「解心。搔け、紅葉招来(こうようしょうらい)!」

 しかし一富士は何かを呟くと、そのまま無謀にも走り出した。よく見ると、彼女の履物は室内用のスリッパである。アイフォンよりはマシだろうが、それでも不十分の領域だ。だが、何故か彼女は全く問題なく走っている。

「ふ……な?」

 それどころか、着地したルルの方が足場の氷を割ってしまい、転倒しかけた。これは一体何が起きているというのか。体勢を崩した彼女に一富士が熊手で殴りかかる。何とか片手の爪で受けたルルだが、力負けしそうである。

「ユーもこれの使い手なら覚えておいて。これがマインドアーモリーの真の力を引き出す、解心ネ!」

「そんな技術が?」

 一富士によると、マインドアーモリーには武器であること以外にも異能の力があるらしい。暴走を外部の装置で抑えるのがやっとな陽歌には縁が無い話だろう。どんな能力かは明かしてくれないが、能力バトルで種明かしは厳禁だろう。

「それが貴様だけの力だと思うなよ……!」

 ルルはこのままだと押し負けると思い、一富士と同様に解心を行う。

「拒め、アヴリノン!」

 名前を叫ぶと、熊手が彼女をすり抜ける。それどころか、一富士をすり抜けて陽歌の前にやってきた。おそらく向こうの攻撃まで貫通するといううっかりや都合のいい話は無いだろうと思い、彼は義手で防御体勢を取る。

「まだネ!」

 が、再度ルルの足元が崩れて爪が陽歌を捉えられない。その間に一富士はルルに迫っており、後ろから熊手を振り下ろす。が、やはりすり抜けてしまう。

「貴様の能力か!」

 ルルは目的を果たす為に一富士が邪魔であると判断し、まずは彼女の排除を目指す。爪を突き立てようとするが、難なく防がれてしまう。だが、一富士からの反撃もすり抜けるという決着の付かない戦いになってしまった。

「このままじゃキリが無いネー……」

「しつこい女だ」

 それは戦っている彼女達も分かっていた。故に、一富士の方は打開策も分かっていた。

「なーんてネ!」

 彼女が熊手を掲げると、無いはずの紅葉が辺りを舞った。その状態でルルに突撃する一富士だったが、ルルの方は能力で透かすつもりでいるのか反撃の姿勢を取ったまま動かない。

「メイプルストライク!」

 渾身の一撃が、ルルを捉えた。だが、攻撃を透過することが出来ずに彼女は直撃を受けてしまう。

「な、なぜだ……」

「ジャックポット! 大穴狙いは気持ちいいネー!」

 吹き飛ばされ、斜面を滑り落ちるルルだが爪とアイゼンを使って途中で停止する。彼女の身体は徐々に透明になっていき、粒子の様な光と共に消えようとしていた。

「能力の上の段階?」

 陽歌は透ける能力の更なる領域かと警戒したが、どうやらそうではないらしい。

「チッ、時間か……」

 それだけ言い残すと、ルルは消えていった。とにかく、これで危険は去ったらしい。夢の世界とはいえ、殺されたらどうなるのか分かったものではない。

「た、助かった」

「おー、どうやら起きるみたいネー」

 一富士の姿も消えていく。これは陽歌が目覚めようとしているために起きていることらしい。しかし、ルルの能力が『夢に侵入すること』ではなかったとするなら、それを可能にする仲間がいるのだろうか。RURUチャンネルでのマインドアーモリー発動の条件は、あの動画を見る以外に悪夢を見せられることでもある。

「私はアメリカのFBI、怪奇事件専門部署の一富士・デュアホーク・三茄子。今の内に連絡先交換しておく?」

「ぼ、僕はユニオンリバーの浅野陽歌です」

 なんだかんだ協力関係が生まれたので、名前と所属だけでも交換しておく。これで、現実世界でもコンタクトが取れるはずだ。

「じゃ、ミスターアサノ、good ruck&happy newyear!」

「thank you.your welcome」

 一富士の英語による挨拶に、陽歌も英語で返す。実は英会話が出来るというかくし芸があったりする。視界が真っ白になっていくと、夢の世界は無くなっていく。

 

   @

 

 現実世界に帰った陽歌は、ベッドの上で目を覚ます。夢の内容が内容だけに全然眠った気がしない。抱き枕にしている鮫を抱きしめる腕も、疲労から弱々しくなっていた。喫茶店の地下に併設された部屋なので日光は入らないはずだが、彼もよく知らない技術によって天井の隅から朝日が自動で差し込む作りになっている。その朝日に照らされているということは、少なくとも日の出の時間は過ぎたということだ。

「んん……」

 このまま再び目を瞑っても眠れる気がしない。かといって起きて何かするほどの力も無い。彼はベッドから起き上がり、スリッパを履いて自室を出る。

 地下の蛍光灯で照らされた廊下を歩き、陽歌はある部屋に向かう。そこはテレビがあってこたつまで用意されているお茶の間の様な空間であった。

「あー、陽歌くん。どうしたの?」

 金髪をサイドテールにしている女性がこたつでぬくぬくしながら振り向く。こたつや床にはビールの缶や日本酒の瓶が置いてあり、せっかく絶世の美女とも言えるほどの顔立ちをしているのにふにゃふにゃになるほど出来上がっていた。

「ミリアさん……」

 陽歌はここでこの女性、ミリアが遅くまで呑んでいると考えてここに来たのだ。

「もしかして怖い夢でも見た? おいで」

 彼女に誘われ、陽歌は隣に入り込む。こたつは暖かくなっており、夢の雪山で冷えた心が溶かされていく。彼はミリアに寄り掛かり、目を閉じる。酒臭いが、これがミリアであり陽歌は心地よさを感じる。

(初夢が一富士二鷹三茄子なのは……よかったのかな?)

 これ以上考えると頭が痛くなりそうなので、陽歌はただミリアに身体を預けて何も考えないことにした。




 RURUチャンネル
 インターネット上の都市伝説。不気味な女が不明瞭な言葉を呟く動画のこと。見ると異能の力を授かるらしい。実際には動画サイトに特定のアカウントを持っているわけではなく、動画に割り込んでくる広告として出現。アドブロック等でも防げないらしい。

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