騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 陽歌のメモ3 台風コロッケ

 台風の日にコロッケを食べるネット出典の風習。発端は2001年、台風11号が発生した時の2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の書き込み。二年ぶりに上陸を許すか、という緊張感の中(台風の上陸が二年ぶり、という頻度自体が年に複数回台風の上陸を経験する現在からして驚愕だが)、台風に備えてコロッケを買いだめしたが既に三個食べてしまった旨のまったりした書き込みがされる。それに影響され、コロッケが食べたくなった人が続出し、台風の日にはコロッケを食べるのが風習となる。
 コロッケを買う時は台風上陸の前に買い込み、決して台風の最中に無理して買いに行ってはいけない。


☆台風の日はコロッケを食べるのです

 島田市にある喫茶店ユニオンリバー、そこでは迫る台風に備えて外にある看板などを撤去するなど対策をしていた。青髪のメイド服を着た女性、アステリアは電飾看板を店内に持って来ていた。店に入ると、丁度傘立てをしまっていた少年に出くわす。

「ご苦労様、お手伝いありがとうね」

「いえいえ」

 キャラメル色のショートヘアに右が桜色、左が空色のオッドアイをした小柄の少年である。ここまででも情報の渋滞みたいな存在なのに、小柄で一見すると少女の様な顔立ちをしており、遠慮がちで憂いのある表情と右目の下にある泣き黒子も相まって可愛らしさの奥に若干の艶っぽさもあった。

 成長すれば、花の様な笑顔が眩しい明るい美人のアステリアとはまた違った美人になるだろう。だが男だ。

「みんながTMレボリューションごっこに夢中だから助かってるよ。アスルトさんは休業に当て込んでお酒飲んでるし」

 他のスタッフはサボり魔が多いのか手伝ってはいなかった。褒められて頭を撫でられると恥ずかしいのか、目線を反らして胸の前で組んだ指をもじもじさせる。パーカーの余った袖から覗くその指は生身のものではない。五指あるものの黒い義手だ。

「陽歌くん、台風の音とかは大丈夫?」

「あ、はい。部屋が地下なのでまず大丈夫です」

 陽歌(ようか)と呼ばれた少年はアステリアの質問に返す。まだ上陸していないとはいえ、風が強くなってきている。木々は揺れ、風そのものが唸りを上げている。そんな中でTMレボリューションごっことやらに興じる他スタッフはよほど豪胆に見える。

 陽歌は台風が嫌いだ。叩き付ける様な雨の音、あらゆるものを巻き上げる風。それらが一人でいる惨めさをまるで彫刻刀で板に掘り起こすかの様に際立たせる。精々いいことと言えば警報が出れば、学校も休めることくらいか。ただいつもは夜に過ぎ去ってしまい、警報が出ることは中々無いのでそう上手くいかないのだが。

「あ……」

「あっ」

 店内に入ると、陽歌はある人物を見て固まる。淡いオレンジの髪を後ろで束ねた小柄な少女、マナである。別に仲が悪いとか苦手とかではないが、人見知りの引っ込み思案である陽歌はまだユニオンリバーの仲間達に馴染めていない。

(な、なんて言おう……)

 陽歌が言葉に困っていると、マナが先んじて口を開く。

「お疲れさまです。もうすぐ台風ですもんね」

「え、ええ、そ、そうですね……」

 顔を反らしてしどろもどろになる陽歌。別に彼女に特別な好意があるとかではなく、コミュ障故のデフォである。とはいえ、彼女はなんとアイドルである。その点から少し引け目というか他のメンバーより距離感を感じているのは事実だった。

 防災の日のイベントで、その活躍は目にしている。それ故に、尊敬と畏怖が真っ先に出てしまい話しかけづらいところはあった。

「この間はありがとうございました」

「え? ええ……と?」

 マナは急にお辞儀をして丁寧なお礼を言う。陽歌には思い当たる節が一切無く、戸惑ってしまう。一体何のことなのだろうか。

「ほら、飛電ゼロワンドライバー、買ってきてくれたじゃないですか」

「そ、それは……七耶達に付いていっただけで……」

 自己肯定感の低い彼はお礼を言われてもつい否定が口を付いて出てしまう。確かに仕事で発売日買いに行けないマナの為に飛電ゼロワンドライバー、最新の仮面ライダーの変身ベルトを買いに行ったが、それは他の仲間に連れていかれた結果でしかない。一応事実であり卑屈な自己否定ではない。

「それでも、ですよ。大変だったそうですね、いろいろあって」

「ま、まぁ確かに……」

 しかしそんな否定もマナの輝くばかりの笑顔に押し切られてしまう。何故ライダーベルトが必要なのかは知っているが、その用途を実際に見ても現実とは思えないのであった。それを言ってしまうとユニオンリバー全体が現実離れの塊で、ここに至る経緯も現実を超越した体験の結果なのだが。

「しかし今年は台風多いですねぇ……」

「あー、確かに……」

 マナの言う通り、今年はやけに台風が多い。陽歌はこの夏、故郷に古くから伝わる邪神とかを目にしたせいで感覚が狂っているが、台風は普通に災害だ。そんなにホイホイ上陸するものでもない。多分地球環境の変化とかが原因なのだろうが、超常的な物をこれでもかと見た後だと何か天候の神的なものが裏から手を引いていると言われても納得出来てしまう。

「ここでの生活は慣れましたか?」

「……ちょっと」

 生活についてマナに聞かれるが、陽歌にとってこのユニオンリバーでの生活は一日いちにちが刺激的で慣れるという感覚を覚えない。特に地下格納庫にいる二機の『アレ』については見なかったことにしたいレベルだ。あんなものを色違いで揃えて、一体この喫茶店は何と戦うつもりなのか。

(いや、やっぱ慣れない……)

 喫茶店のカウンターで、掌サイズのフィギュアが騒ぎを繰り広げている様子を見て前言を撤回しそうになる陽歌。スク水の少女のプラモデルが鼻血を流しながら金髪バニーのプラモデルを追いかけ回したり、忍者っぽい子が自分の色違いの赤い忍者に攻撃を仕掛けては受け流されつつ惚れ惚れするなど、これが等身大の人間でも変な、を通り越して危ない連中の集まりにしか見えない。そもそも女の子のプラモデルとは一体……となる陽歌であった。

(あれー……これ僕は夏休みの初日とかに死んでて、死後の世界にいるとかじゃないよね?)

 彼はたまにそう思うのであった。だが、失った腕が再生しないことや死ぬほど嫌いな自分のオッドアイがそのままなところにままならない現実味を感じるのであった。

「そういえばガンプラって作ってます?」

 マナが他愛の無い会話を切り出す。ガンプラ、陽歌は詳しく知らないが、アニメ『機動戦士ガンダム』シリーズに登場するメカをプラモデルにしたもので、日本の模型の中では主流なのだとか。

 マナの作ったガンプラはそんな基本知識も無い陽歌にも分かるほど綺麗な作品だった。全身がクリアで、関節が虹色になっている。題して『ストライクアシェル』。限定キットの組み合わせで、技術以上にそれを惜しげもなく使う度胸も必要な改造である。

「いえ……まだ。ゾイドとLBXくらいしか」

 とはいえ、陽歌はまだガンプラを組んだことが無い。義手によって手先の感覚が無いのでそういう細かい作業は苦手意識があった。組み立てキットながらパーツをランナーから切り離す工程が不要であるゾイドワイルドは小さいのを練習で組み立てたことはある。それと工具不要のプラモデルを組んだくらいか。

「始めはどのキットがいいんですかねー……。私は七耶(ななか)ちゃんの改造したビルドジェノアスに手を加えたのが最初ですけど」

「お店行っても沢山あって困っちゃいました」

 何度か店頭を見た陽歌だが、如何せんガンプラは種類が多い。最新の主役機だという『ダブルオースカイ』で三色もあるという有様で、何を選んだらいいのか分からなくなってしまう。話題に上がったユニオンリバーメンバーの一人、七耶は『オススメはあるけど自分が好きな機体選べばいいんだよ。地雷踏みそうになったら止めてやる』と言っていたが、まずガンダムに詳しくない彼にとって『好きな機体』を選ぶことがハードルの高い作業であった。

 陽歌がこれまで、『好き』や『選ぶ』といったことと無縁の生活を送っていたせいでもあるのだが。

「今度新しいシリーズも始まるし、きっと見つかりますよ!」

 マナは濃いメンバーに振り回されがちな陽歌を励ます。そこに間髪入れず、青髪でケモミミの生えたプラモデルの少女が割って入る。

「キットだけにね! はい、或人じゃーなげふっ!」

 彼女が最新の仮面ライダーの持ちネタをやろうとした瞬間、他のプラモデルに腹パンされて撤収される。本当にこれは現実なのだろうか。机の上には彼が組んだプラモデル『LBXハンター』が置いてあるが、これはちゃんと自分で操作しないと動かない。自律稼動している彼女達に関しては確保(S)、収容(C)、保護(P)しなくてはいけない何かなのではないか。陽歌の新生活はいろいろな壁が待ち受けていた。

幸い、学校の方はこっちの方に転校して籍を置いているが、静養中扱いになっていて行かなくてもいいのでその部分は助かっている。

「……」

「やっほー、マナちゃん、コロッケ買いに行くよー」

 彼の頭が混乱状態に陥っている時、強風で伸ばした緑髪をボサボサにされた褐色肌の少女がわけの分からない提案をする。彼女はサリュー・アーリントン。サリアと呼ばれているマナの相方だ。陽歌と同い年の十一歳だが、とてもそうは思えないほどスタイルがいい。背丈も頭一つ彼より上だ。

「噂の台風コロッケをやるんです?」

「台風コロッケ?」

 サリアは脈絡もなくコロッケの話を持ち出す。マナは何か知っているようだが、台風とコロッケに何の関係があるんだろうか。

「おや? ご存知でない? 日本では台風の日にコロッケを食べるのが風習らしいよー」

「そうなんですね」

 陽歌はその風習について初耳だった。恵方巻や土用の丑の日は知っているが、そんな風習が日本にあったとは。

「元はネットの書き込みでね。それから日本で広まったらしいよ」

「あー、ネットの文化ですか」

 初出を知って、陽歌は納得する。広告会社が仕掛けたブームメントなら嫌でも目に付くが、一部コミュニティの文化ではそこの外にいる人間には知る由もない。サリアは櫛で髪を梳かしながら出かける準備をする。アイドルなので外見にはそれなりに気を遣っているのだろう。

 髪を整えると、本来の彼女がよく分かる。アイドルというのは伊達ではなく、大きく見開いた宝石の様な瞳に、幼さとは正反対に香り立つエキゾチックな色気。それでいて親しみの持てる空気を纏っている。これが完成された芸能人というものか、と陽歌は思うのであった。

「ライバードも車検から戻ってきたし、近くのスーパーでささっとね。陽歌くんもついてきて」

「え? 僕もですか?」

 突然の指名に彼は胸が高鳴った。アイドルからのご指名、というのもあったが人見知りの激しい彼にとって同い年とはいえよく知らない女の子二人との買い物というのは難易度の高いミッションであった。

「というわけでレッツゴー台風コロッケ! 島田からは出ないから短い旅だよ」

 サリアは陽歌の手を引いて出掛ける。マナもそれについて行く。彼の義手は手先に感覚が無いため、せっかくアイドル、というか女の子に手を繋いでもらってもその柔らかさと暖かさを感じることは出来ない。だが、義手を理由に虐められていたこともある陽歌にとっては、義手の手を躊躇いも無く取ってくれるのが少し嬉しかった。

 ハンターが陽歌へ追従する様に、彼の頭へ飛び乗った。通常カラーが灰色なのに対して、白く塗られた本機は銃もデフォルトの物から大きなスナイパーライフルに持ち替えている。なんでもLBXというのは昔流行ったロボットホビーだったが、性能が高く危険過ぎて販売禁止になったとか。それが今になって復活し、陽歌の手元にある。

 外は風が強く、どこからか枯れ葉がたくさん飛んでくる。外にいる他のメンバーは向かい風に向かってポーズを決める遊びをしており、とても危険だ。

(何……この、何?)

 TMレボリューションを知らない陽歌にとっては意味不明だが、台風などの強風が起きた時には定番の遊びらしい。彼の出身地では全く聞かない遊びなので、静岡限定なのだろうか。さすがホビーの街だ、などと思ったそうな。

歩いて買い物に行くのかと思いきや、サリアは喫茶店の駐車場に陽歌を連れていく。そこには赤い車が一台止まっており、電子キーで彼女は鍵を開ける。

「車?」

 ただの車ではない。すごく高そうなスポーツカーだ。流石芸能人、と思った陽歌だったが、まだ彼女は運転出来る年齢ではない。以前ナルがバギーを運転していたが、彼女はロボットなので無関係。正真正銘の人間であるサリアは法律に引っ掛かるはずだ。

「だ、ダメですよ、無免許運転なんて……」

「あー、安心して。ライバードはAIカーだから」

 慌てる陽歌に対し、サリアはあっけらかんと謎の用語を言い放つ。マナがそのAIカーという存在について説明する。

「このライバードには様々な補助機能がありまして、凄く安全な車なんです。だからAIかーは小学生でも免許が取れるんです。でもまだコストが高くて、僻地の通学用マシンはメカトロウィーゴがシェアを占めている状態ですけど」

「そんなものあったんですね……」

 陽歌の故郷は陸の孤島とはいえそれなりに発展した街で、大まかなことは大体自己完結出来る自治体だった。なので学校が遠いとかそういう環境を知らないで育ったところはある。そんなマシンが必要なほど学校が遠かったら、少しは行きたくない言い訳にもなっただろうと今になって思うのだった。

 サリアが運転席、マナが助手席に乗り、後部座席に陽歌が乗る。2ドアではあるが4シーターではあるらしい。後部座席に乗るのにひと手間掛かるのがスポーツカーらしいところである。

 エンジン音は普通の車くらいで、バリバリと煩いということも無ければ接近に気づかれないほど静かということも無い。シートは革っぽいが陽歌には本革か合皮かの区別はつかなかった。エアコンやカーナビもあり、快適ではある。

 車はサリアの運転で滑らかに駐車場を出ると、近所のスーパーに向かって走り出す。AIカーとはいえ、その走りは普通乗用車と変わりない。あまり車自体乗ったことのない陽歌には差の分からないことではあったが。

「さすが車検直後、余裕の馬力だ」

 サリアはさも当然という顔でライバードを運転しているが、陽歌はやはり警察に見つかるのではないかと気が気でなかった。一応、IAカーはそれをナンバープレートで示しているのでもし警察が見ても大丈夫なのだが、彼には軽自動車と普通自動車のナンバープレートの色が違うという知識すらないので知らぬことであった。

(パトカー……来てないよね?)

 そんな心配そうな陽歌の顔をバックミラー越しに見て、サリアは言う。

「ああ、おっしゃらないで。シートがビニール、だけど本革なんて夏は暑いし冬は冷たい、お手入れはいるしすぐひび割れるといいとこなしだよー」

「多分違うかと」

 そこにマナが突っ込みを入れる。関係性としてはミリアとさなに近いのかもしれない。歳が近くて関係性も異なるが、どこか似た様な雰囲気を陽歌は感じていた。

 ライバードはそのスピーディーなフォルムに似合わず、法定速度を頑なかつ厳密に守ろうとするでもなく、不用意にスピードを出すでもなく、周囲の流れに合わせてのんびり安全に走っていた。すると、静かだが猛然とプリウスがライバードを追跡する。ピッタリと車間を詰め、クラクションを鳴らしながら車体を揺らして所謂煽り運転をしてくる。

「ど、どうしましょう?」

 突然の事態に混乱する陽歌。一方、マナとサリアは慣れた様子で話をしていた。小学生でも運転出来る車ということもあり、外見や運転に関係なく舐められやすいのだろうか。

「また煽り運転ですか」

「めっちゃプリウス煽ってくるね」

 こういう時は映像を記録して警察に通報だ、と陽歌は頭に乗っていたハンターをプリウスに向ける。そして携帯の様なコントローラーを取り出してハンターの視界を録画する。このコントローラーがLBXを動かすCCMというものだ。

「まだ続くなぁ……」

 プリウスは追い抜ける状況にも関わらず、追い抜かず煽り運転を続けていた。煽ることが目的らしい。相手の運転手は目が悪いのかLBXを知らないのか、録画されていることに気づいていない。

 すると、マナは大きな宝石が付いた指輪を装着する。そして、それを腹の部分に宛がうと指輪が光輝いて何者かの声がする。

『コネクト、プリーズ』

「こういう時はこれかな?」

 彼女はどこかに繋がっているらしき空間へ手を伸ばし、違う指輪を持って来て付け替える。それをまた、腹の部分に宛がう。

『ディフェンド、プリーズ』

声と同時に激しい衝突音が聞こえる。金属がひしゃげた様な音だった。陽歌が振り返ると、魔法陣らしきものに激突したプリウスが大破していた。車上荒らし防止の警報音が鳴り響き、衝撃でフロントガラスまで割れて完全に廃車確定という破損状態であった。

「な……何が……」

「あー、シエルさんにウィザードライバーを本物にしてもらって常に付けてるんですよ。ドライバーオンしなくても一部の魔法は使えて便利ですよ」

 マナは驚く陽歌に詳しく説明する。仮面ライダーウィザードの変身ベルト、ウィザードライバーは劇中でも主人公の私服のベルトに擬態しており、魔法でその擬態を解く形で出現する。マナも同様に、スカートのベルトとしておもちゃから本物にしたドライバーを装備しており、魔法が使えるのだ。

「荷物になるので普段はドライバーオンとコネクト、変身リングしか持ってないですけどね」

 平然と魔法を使ってみせるマナに陽歌は戦慄を覚えた。そのコネクトとやらがあれば必要なリングをさっきの様に取り出せるし、そもそもドライバーオンすらしていない状態で車を破壊出来るのだ。ユニオンリバーというのはつくづく常識が通用しない集まりだと再認識させられるのであった。

 

 ちょっとしたハプニングもありながら、三人は島田市のスーパーに到着した。台風が近づいているからか、客足は少な目だ。既にどこの家庭も備えを済ませたところなのだろう。それか、台風を甘くみて全く備えていないかのどちらかか。

「さて、コロッケは……」

 サリアは買い物籠を手に、総菜コーナーへ一直線だった。基本、入り口の近くにある生野菜などには目もくれない。見知らぬ他人がいるところなので、陽歌はパーカーを被って髪色とオッドアイを隠す。彼は自分の外見、特に髪色と瞳色に強いコンプレックスを持っており、迫害された原因にもなったので他人の前ではなるべく隠す様にしている。フードはゆとりがあり、頭に乗ったハンターも一緒に隠れることが出来る。

 総菜コーナーには、買いだめの客足を見込んだものの見事に外れたのか大量のコロッケが残っていた。しかも時間的に割引の真っ最中だ。これ幸いとサリアは籠にコロッケを入れていく。

「大量大量」

「こんなに余ってるなんて珍しいですね」

 あまりスーパーに行かないので陽歌には分からないが、サリアとマナが言うには中々見ない光景らしい。

(給食のコロッケと味違うのかな……)

 母親が料理を全くしないどころかお惣菜も買ってこない人だったので、陽歌にはその味が想像出来なかった。給食に出ない料理は知らないタイプの人間である。

「時間経ってるけど霧吹きで水吹いてからチンするとサクサクになるんだよねー。ラップしないのがポイントだよー」

「そうなんですか」

 サリアの情報にも、無難な返ししか出来ない。手料理を知らないということは、揚げたての揚げ物を知らずに育ってきたということなのだ。

「サリアちゃん、付け合わせのカットサラダ持ってきましたよ!」

 マナはいつの間にか、袋に入ったカット野菜を持ってくる。持っていたのはキャベツの千切りに申し訳程度の人参や紫キャベツを入れてミックスを名乗る不届き者である。

 これで晩御飯の準備は完了である。三人はお菓子コーナーに足を運び、食玩のチェックを行った。別に目当てのものがあるわけではないが、せっかく来たのだから見ていくのが習慣である。

「うーん、アニマギアは置いてすらないみたいだねー」

「装動も見事にアーマーだけ余ってますね……」

 地方の小さなスーパーはあまり食玩の品揃えが良くない。入荷担当者の熱意の差なのかどうかは知らないが、お菓子売り場に置ける様にお菓子を追加した結果、小さな店では『売れ残るから』と入荷自体が渋られて地方民が買いにくいという逆転現象を起こしてしまっている感はあった。

 今ではネットショッピングという便利なものがあるのだが案外小回りの利かないもので、箱買いしか出来なかったりあっと言う間に転売屋が値段を釣り上げたりするのだ。

「このミニプラ、一番だけ無い……」

 陽歌はミニプラの先頭だけが無く、ここの在庫ではどう頑張ってもロボを完成させられない状況を目にする。悪質なパターンでは複数種類を集めて完成するタイプの食玩の特定の番号だけ抜くことで転売屋が自分達のマーケットに釣り出す手口も流行っている。

(こんな小さな町にもマーケットプレイスが出るのかな……? いやまさか)

 陽歌は以前戦った転売屋ギルド『マーケットプレイス』のことを思い出していた。あの場にいたメンバーは押し込み強盗紛いの行為で逮捕されていったが、転売自体を禁じる明確な法律はまだ整備中だ。

 特に掘り出し物も無かったので、三人は会計に向かう。結局、みんなで食べるお菓子やジュースも買い込んだので買い物カートに籠を二つ積んでの行動になった。よく考えたらユニオンリバーは結構大規模な集団である。中にはナルやさくらの様に冗談みたいな大食いもいるので、買い出しも入荷レベルになってくる。

「待て!」

 三人がレジに入ろうとした瞬間、彼らを呼び止める者がいた。

「お前ら……『バンカー』だな?」

 三人が振り返ると、そこには赤いヘルメットを被ってそこから二房の髪の毛が飛び出し、白いタンクトップを着込んでハンマーを背負い、頭に豚の貯金箱を携えた人物がいた。

「まさか……その姿は……!」

 陽歌は以前読んだ漫画を思い出す。月刊コロコロコミックでかつて連載され、人気を博しアニメ化、ゲーム化まで果たした上に後日談が季刊誌で開始されたバトル漫画の主人公。

「コロッ……ケ?」

 コロッケだった。格好だけは。少年だった原作の主人公とは異なり、明らかに成人でビール腹が出ている。顔は脂まみれで歯は歯並びが悪いとか以前によほど歯磨きを怠って虫歯が悪化したのかかなりの本数抜けている。風呂も入っていないのか、結構距離があっても夏場に放置した生ごみとドブの水で作ったスープみたいな臭いがする。

 こうなると嫌に再現度の高い服装が不気味だが、白さが仇になってタンクトップは黄ばみが目立つ。ヘルメットの造形は頑張ったみたいだがそこで力尽きたのか、マスコットである豚の貯金箱、メンチはその辺で買って来た普通の豚の貯金箱をヘルメットにガムテープで固定したもの、ハンマーも百均で売ってそうなバルーンと半端さが目立つ。

「へ、変態だー!」

 あまりの変質者ぶりに、マナは叫んだ。よほど精神にダメージを受けたのか、髪が退色して黒くなった。この場から逃げる様に、彼女はカートから籠を持ち上げ、レジ台に乗せる。

「お会計お願いします!」

 しかし悲しいかな、買い込んだ商品の数は膨大で終えるまでに時間が掛かりそうだ。

「これ小学館から訴えらえないかな……?」

「違うよ陽歌くん、これは再現度を下げることで訴訟を回避する高等テクニックだよ」

 陽歌がポツリと心配なことを呟く。サリアによるとわざとやっているらしいが、だとしたら今度は逆に名誉棄損のラインに足を踏み入れているなぁと彼は思うのであった。

(プリンプリンじゃなかっただけマシか……)

 主人公でこのクオリティなら、下ネタ担当はどうなってしまうのかと陽歌は考えた。七耶に借りたコロコロアニキに後日談の『ブラックレーベル』が載っていたのでコミックスを読むことになり、彼は原作コロッケを履修済みである。

「もう一度聞く! お前らはバンカーか?」

「いいえ、ちがいます」

 揚げている途中で爆発したかの様な出来損ないの偽コロッケが同じ質問を繰り返す。陽歌は人見知り全開で拒絶した。バンカーとは漫画に出てくる職業で、集めると何でも願いの叶うコイン『禁貨』を集める者達のことだ。当然、そんな職業現実に存在しない。

「くっ、無暗に特徴的な目をしやがって……」

 偽コロッケは陽歌のオッドアイを理由にバンカーだと思い込んでいたらしい。サリアの緑髪も十分珍しいが、彼のオッドアイの前では霞むのか、それとも変質者特有の変なこだわりに引っ掛かったのかは定かではない。だが、その何気ない一言が陽歌を傷つけたのは事実だ。

 彼は錯乱して近くにあったドリンクの棚の角に頭突きを始めた。それも棚が揺れるほどの勢いで。

「ああああまただ! また目だ! なんで僕の目はこうなんだ! ただでさえオッドアイってだけでも目立つのに水色とピンクって!」

「落ち着いて!」

 執拗に頭を棚に打ち付ける陽歌を、怪我する前にサリアが引き剥がす。その様子を見ていた偽コロッケがそんな資格無いのにドン引きしていた。

「なんだそいつ……変態か?」

「君よりはだいぶマシだよー」

 こんな正気度を失う様な変態を前にしても、サリアは平静を保っていた。

「しかし流石、HENTAIの国日本……一筋縄ではいかないねー」

 日本への風評被害と引き換えに。彼女も日本暮らしは長いが、ここまでの変態には中々お目に掛かれない。

「お客さん、また来たのか。あんた出禁にしただろ?」

 流石に食品を扱う店でこの汚物を見逃せないのか、警備員がやって来て偽コロッケに声を掛ける。驚くことに今回が初犯ではないらしい。

「ちょっと待ってろ」

 すると、偽コロッケは何を思ったのか、ズボンの中から何かの液体が入ったものを取り出す。それを零しながら右手に塗った後、さらにズボンからライターオイルを取り出し、先ほどよりも零しながら手に塗りたくる。そして、準備を終えた右手に百円ライターで火を点ける。

「なんだ?」

 突然拳に火を点けた偽コロッケに驚く警備員。そして、偽コロッケが技名を叫びながら燃えた拳で警備員を殴る。

「ハンバー……グー!」

「ぐおぉ!」

 素人丸出しのひょろひょろパンチだが燃えているというだけで脅威だ。警備員は驚いて転倒してしまう。しかしなぜ偽コロッケは熱くないのだろうか。

「なるほど、ライターオイルを塗る前に耐火ジェル塗ったんだね」

 サリアは嫌に現実的な必殺技のトリックを見抜く。耐火ジェルにも限度はある様で、偽コロッケは急いで火を吹き消す。

「ふぅ、催してきたぜ」

 警備員を倒すと、どや顔で偽コロッケはセルフレジのところに行き、ズボンを足まで下ろして毛だらけのケツを晒しながら小便をレジに引っ掛ける。咄嗟に陽歌はサリアの両目を隠して見せない様にする。マナはそもそも会計に夢中で一連の出来事を見ていない。

(最悪だ……)

 原作を再現した行動ではあったが、小汚いおっさんがやるとただの変態だ。

「さて、他にバンカーいないのか?」

 小便を終え、ズボンを戻して偽コロッケは洗っていない手でファイティングポーズを決める。重ねて言うが最悪である。偽コロッケの挑発に、サリアが陽歌の目隠しを外して乗っていく。

「仕方ないねー。ため込んでいるのはポイントカードだけだけど、相手になってあげるよ」

「そうか、お前がバンカーだったか……」

 偽コロッケはまたも耐火ジェルを、それも今度は両手に塗って必殺技の準備をする。ライターオイルをドボドボとぶっかけて両手に火を点ければ完了だ。

「ハン、バー……」

 両手の拳を振り上げ、偽コロッケは突進しながら技名を叫んでくる。燃えやすいダンボールなどを重ねて売り場を作っているスーパーでは非常に危険な行為だ。

「ガー!」

 攻撃を見極め、反撃すべくサリアが姿勢を低くした次の瞬間だった。一発の銃声が店内に鳴り響き、小さな破片が床に転がった。それは、歯石まみれのくすんだ前歯であった。

「があああああ! 歯がああああ!」

 偽コロッケは前歯を折られ、激痛のあまり燃える両手で顔を覆った。だが、燃えていることに気づかなかったが為に二次被害をもたらしてしまう。

「あづいいいい!」

 うっかり顔が燃えるという悲劇、いや喜劇。顔には耐火ジェルが塗っていないどころか脂が乗っていて燃えやすい。偽コロッケは転倒してのたうち回る。そうしているうちに自分が小便を引っかけたセルフレジに激突してしまう。レジは小便で漏電を起こしていたのか、火花を散らしていた。それに激しくぶつかったものだから、追加で感電もしてしまった。

「あべべべっべ!」

 前歯以外は基本自業自得のピタゴラスイッチで偽コロッケは倒れた。これでスーパーの平和は守られた。しかし、一体誰が、どうやって偽コロッケの歯をへし折ったのだろうか。

「アイドルとかに蹴られたり踏まれたりすることをご褒美っていうんですよね」

 答えは、陽歌のフードの中にあった。フードから硝煙が立ち上っている。そして右手にはコントローラーであるCCM。彼がパーカーを脱ぐと、頭に乗っていたハンターが寝そべり姿勢でライフルを構えている。これを見て、誰もがサリアが屈んで偽コロッケが口を開けた瞬間に前歯を狙撃したのだと理解出来た。

「ならご褒美ではなく鉛玉が適当かと思いまして」

 陽歌はM御用達の文化、『ご褒美』というものを理解はしていなかったが知ってはいた。何せ暴力を日常的に受けていた側なのだから。それはともあれ、そのご褒美を偽コロッケに与えない様に狙撃を試みたのである。

「ひゅー、さすがユニオンリバーのスナイパー。やるもんだね」

 戦う必要が無くなり、サリアは戦闘態勢を解除する。アイドルとはいえ、師匠の影響で一通りの戦闘は出来るらしいと陽歌は聞いたことがあった。

「いえいえ……このくらいは」

 サリアの称賛に陽歌は謙遜する。人外チート集団の中にいる為か、自分はまだまだと思う日々なのであった。今回もハンターの性能とおもちゃのポッポに眠っていた狙撃銃『エクゼキューショナー』あっての成功だ。

「会計終わりました! さぁ、帰りましょう!」

 マナが会計と袋詰めを終え、二人に帰宅を促す。後は店員や警備員に任せればいい話だ。三人は一緒に店を後にした。

 

「助かるわ。台風への備えで晩御飯のこと全然考えてなくて……」

 喫茶店に帰ると、晩御飯には三人で買って来たコロッケが並ぶことになった。テーブルの中央にコロッケが山盛りになっており、一袋分使っているはずのカットサラダが皿の片隅に追いやられていた。

 アステリアらスタッフは台風対策とTMレボリューションごっこで忙しく、晩御飯まで手が回らなかったらしくサリアの思い付きは功を奏した。ご飯を炊いてみそ汁を作るだけで食卓が何とかなった。

(これが台風コロッケ……)

 陽歌は義手で箸を持ち、テーブルから取り皿を浮かせずにコロッケを食べる。以前使っていた義手が粗悪品で、急に神経接続の反応が遅れたり、途切れたりして物を取り落とすことがあったので癖になっているのだ。箸の持ち方自体は完璧なのだが、これは馬鹿にされたくない一心で修正したためである。

 肝心の味は温めの工夫のおかげでサクサクしているが、中身は給食で食べたものとさほど変わらない。要するに大量生産品の一つである。だが、なんだか『美味しい』という感覚が込み上げてきた。炊き立てのご飯によるものなのか、出来立ての味噌汁によるものなのかははっきりしないが、いつも給食で食べるそれよりも美味しい。

「ねこ、ソース取って」

「とら」

「お姉さん野菜も食べてよ」

「大人は平気なの」

「いやーお酒が進みまスね」

 周囲で聞こえる話声で、陽歌はその理由が分かった。

(ああ、そうか……)

 給食の時は、一人でびくびくしながら食べていた。家でも暗い部屋で、一人きりで食べていた。だが今は、その必要が無い。心を許せる仲間と一緒に食べるから、美味しいのだ。

 強くなった風が窓を叩く。もうすぐ雨も降り出しそうだ。だが不安に駆られることは無かった。何故なら、ここにはみんながいるからだ。

 




 機体解説
 LBX ハンター(陽歌仕様)
 タイニーオービット社製ワイルドフレームモデル、ハンターの改造品。ハンターはデフォルトで高いセンサー感度を持ち、銃撃戦向きの機体だが運動性も高く近接戦にも耐えられる優秀な機体。ボディには『スティンガーミサイル』が内蔵されている。
 カラーは白に変更。武装もハンターライフルからエクゼキューショナーへ持ち替えている。エクゼキューショナーは今回の復活に伴って再販されていない貴重な武器で、大型のスコープを持ちプルパップ式を採用することで反動の制御がし易い、精密狙撃にうってつけの優秀な装備。

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